(どうしよう…) ティファ・ロックハートは激しい葛藤に責めさいなまれていた。 1ページずつ一緒に…。彼女の目の前には簡素な造りのデスクがある。 机上には一見、散乱しているとしか見えない状態の伝票やその他こまごました物が散らばっていた。 それらをまるで避けるように、家族で撮った写真がそれだけが大切にされていると証されているかのように立っている。 ティファの目はその家族写真の隣に添えつけられているブックエンドに挟まれている『モノ』に釘付けだった。 マップ関係の本に混ざってそこにある、なんの変哲も無い黒い背表紙の『それ』。 だが、このデスクにはかなり…、もう非常にこの上なく!不釣合いな代物だった。 (これって……何かしら…) クラウドの仕事部屋を掃除していて偶然気づいたその『代物』を前に、ティファの好奇心はどうしようもなく煽られた。 あのクラウドが伝票整理以外のノートを持っているとは信じられない! 伝票整理ですらままならない状態は、この目の前の惨状が雄弁に物語っている。 だがそれなのに…だ。 何故、不釣合いにしか思えない『それ』があるのだろう? (……もしかして、『ノート』とは見せかけで本当は……!?) 世の男性なら持っていても不思議ではない『本』を思い浮かべ、ティファは真っ赤になった。 自分の考えに慌てて頭を振る。 いやいやいや、クラウドに限ってそれはない!断じてない!! あぁ、違う。 クラウドが『女性に興味が無い』と言っているのではない。 決して彼が『男色家』ではないことはティファが一番良く知っている。 (じゃなくて!!) もしもたった今、想像してしまった『代物』だったとしてもだ! こんな風に堂々とデスクの上に置いておくはずが無い。 普通、それらの種類の代物はベッドの下とかクローゼットの奥とかに隠してあるはずだ。 (じゃなくて!!) バカバカしい考えを振り払うように頬をパチンッ!と叩く。 そして、そのまま気持ちを切り替えて掃除機のスイッチを押す…。 いや、押そうとした。 その手が、どういうわけか黒い背表紙の『それ』に向かって伸びていく。 だが、すぐに我に返って引っ込めた。 家族とは言え、プライバシーを犯してはいけない、というティファの美徳である生真面目さが本能を上回ったのだ。 だがしかし、それでも、どうしても! (うぅ……気、気になる…!!) 1度気になり始めるとどうしようもなく気持ちが加速する。 (そう言えば…!) ハッと目を見開いた。 あれは1ヵ月ほど前のことだっただろうか? いつものようにその日の配達を終え、遅めの夕食を食べ終えた彼は伝票整理があるから…と仕事部屋に引っ込んだ。 ティファはクラウドの食べ終わった洗い物を手早く片付け、コーヒーを煎れた。 (伝票整理、クラウド苦手だし…) 一緒にコーヒーを飲みながら手伝おう、そう思ったのだ。 1日24時間ある中で、一緒に過ごせる時間はほんの僅か。 その僅かな時間を少しでも長くしたいと思うのは、抑えがたい恋心を抱くがゆえ…。 一緒に伝票整理を手伝ったら、きっといつものようにクラウドは軽く目を細めて『すまない…ありがとう、ティファ』そう言ってくれるに違いない。 もしかしたら、そのまま甘い雰囲気に突入して…。 (キャーーーッ!なんてこと考えるのよ私!!) バカみたいに真っ赤になりながら2人分のコーヒーを盆に乗せて階段を上る。 上りきるのに時間はほとんどかからない。 自分の 入るわよ〜。と、声をかけながらドアを開ける。 と…。 ガタガタ、ドデッ、ガッタン!! バサ〜ッ…と伝票が宙を舞った。 クラウドが何故か椅子から勢いよく立ち上がって失敗し、バランスを崩して尻餅をついたのだ。 目を丸くしてビックリ仰天、言葉もなく立ち尽くすティファに、 「あ、あぁ…すまない。急に入ってくるからびっくりした」 必要以上に顔を赤くしながら椅子を起こしてギクシャクとティファの手から盆を取り上げ、乱雑さを増したデスクの上に何も考えず盆を置いた。 勢いが良すぎてカップからコーヒーがこぼれて処理していない伝票の上に染みを作ってしまい、クラウドはますます慌ててオロオロと拭く物を探した。 「みっともないところを見られたから動揺した」 ティファはただただビックリしていた。 知識云々はともかく、運動神経は抜群に素晴らしいクラウドが、椅子から立ち上がるのに失敗して尻餅をつくなんて!(← 無意識に失礼) さらにさらに、空笑いをしたクラウドが伝票の染みを取るために手にしたものが彼のお気に入りの服だったことにも驚かされた。 だが、その時はクラウドの言った『みっともないところを見られたから動揺した』という言葉を疑いもなく信じた。 何しろ、ティファの愛しい彼は、無表情から想像出来ないほど恥ずかしがり屋な一面を持っている。 苦笑しながら、 (しょうがない人なんだから…) と、自分にしか見せてくれない彼の一面にくすぐったくも大きな喜びを感じ、満たされたものだ。 その後、クラウドと一緒に伝票整理をして(ついでにクラウドがうっかり手にしてしまったお気に入りの服を浸け置き洗いにして)仲良く眠った。 今になって思えばあの時から既にこの目の前の『代物』はあったに違いない。 全然気づかなかったが、それはデスクの上がその『代物』へ注意を向ける以上に悲惨な状態になっていたからだ。 本当は、こまめにデスクでも仕事部屋でも片付けてやりたいのだが、一応これでも彼なりに把握しているらしいことを理解していたため、今日までデスクの上だけは手を出していない。 せいぜいが床と窓の掃除だけ。 それがどうして今日に限って気づいてしまったのか…。 偶然という言葉以外出てこない…。 だって、何となく目を上げた視線の先に『それ』があったのだから。 ティファは睨みつけるように黒表紙のノートを見て動けなかった。 見てはいけない、と心に決めた瞬間から余計な (もしかして……アルバム……とか?) 仮にアルバムだとしたら、その中身はなんだろう…? 家族の写真でないことは確かだ。 なら…なに? (ま……まさか……!) 彼は世界各地を回っている。 その土地に住んでいる美しい女性達が納められていたとしたら!? 妙齢な地方美女が写っていたら!? (死、死んじゃう…) 考えただけで悶絶死してしまいそうだ。 ちょっと想像しただけでまさに今、動悸、息切れを引き起こしてるだから、手に取って中身を確認した結果、現実のものとなったら絶対に死ぬ。 ショック死してしまう! (あぁぁぁああ、まだ死ねないのに!!) デンゼルとマリンの笑顔を思い浮かべてパニックになった。 まだ死ねない! あの子たちが1人立ちするまでは!! グルグルグルグル。 第三者が見たら『……バカだ…』と思われること間違いない。 だが、当事者のティファにはそれが分からない。 到底1人では脱出出来ない袋小路から抜け出ることが(誘惑立ち込める仕事部屋から脱出)出来たのは、天からの救い主が現れたからだ。 いや、実際はただ来客があっただけなのだが、ドアベルの音がまさしく天から響く天使の音楽のように聞こえた。 ドアベルの音で、文字通り飛び上がって驚いたティファは逃げるようにして仕事部屋を飛び出した。 階下に駆け下りたティファに八百屋のおカミさんが目を丸くして「どうしたの!?」と心配してくれたが、引き攣った笑いしか返せなかった…。 * 「ティファ〜、スタミナ定食まだ?」「ティファ、レディースセット、間違えてメンズセットになってるよ…?」 デンゼルとマリンの不信そうな表情にティファは焦りながらミスを重ねていった。 どうにも今夜はいつものように仕事をすることが出来ないらしい。 いつもなら多少、気になることがあったとしても仕事に影響など出ないのにこの体たらくだ。 デンゼルとマリン、そして迷惑をかけた注文客に平身低頭しながらも、ティファの頭からクラウドの仕事部屋で見た代物が離れてくれなかった。 それは、ティファがクラウドを心の底から愛している、という証拠でもあり、セブンスヘブンの仕事をしてきた経験からきているのだが、そのことに気づかない彼女は、ただただ自分自身を情けなく思いつつも振り払えない疑問に振り回されていた。 セブンスヘブンは酒が出る店だ。 だから、酒を飲むことで過去や現在の辛い胸のうちを語る客たちと沢山接している。 その中でも特に多いのが仕事の愚痴と失恋の痛み。 ティファの気持ちはまさに失恋した時の客の言葉にモロ影響を受けていた。 ―『男なんてね、口先でアイシテル、なんて言っても、一歩家を出たら何してるのか分かったもんじゃないわ…』― ―『アイシテル、なんて心が無くても言えるのよ…』― ―『私と婚約しておきながら、私の親友とデキてたのよ…!信じられない、もう男なんか……!!』― ―『コソコソ何か隠してる、怪しいな…、って思った時にはもう手遅れ。浮気がバレたら、男は愛人に走るんだから…』― ティファが女性ということもあり、女性客はこういった辛い経験を時には怒りながら、時には涙を流しながら話すのだ。 そして、最後に必ずと言って良いほどティファにこう言い残す。 ―『生涯、アナタだけを愛するだなんて幻想、妄想、架空のものでしかないわ。気を緩めてると私みたいになるから気をつけて…』― まさかクラウドに限って…と思う。 クラウドは人付き合いが苦手なのと同じくらい、ウソをつくのが苦手だ。 だから、半年前も黙って家出をした。 星痕症候群であることを勘付かれる前に…、バレバレのウソをつかずに済むように…。 それに、クラウドはやはりティファを愛してくれている…と信じている。 信じられるのだ。 これは決して妄想でも、幻覚でも、架空のものでもなく強く感じる事実。 不器用な彼が日々、与えてくれる愛情を心で感じ取っているからこその事実。 それなのに、どうしても心がざわついて仕方ないのは、それもこれもクラウドがただただ愛しいから。 愛しすぎるゆえの嫉妬。 あの時、どうして隠そうとしたのか。 何故、今になっても話してくれないのか。 それは隠し事をされたことに対しての嫉妬。 その『嫉妬』にティファは自分で気づいておらず、ただただ悶々と今夜の仕事でミスを連続する自分を情けなく思うばかりだ。 結局、様子がおかしいことを心配した子供達や客たちによって、ティファは早々に店を閉めることとなった…。 * 「ティファ、大丈夫か、何かあったのか?」 ティファはハッと顔を上げた。 魔晄の瞳が至近距離で心配そうに見つめていた。 いつの間にかカウンターに突っ伏して寝てしまったらしい。 カウンターの上には、飲みかけのスコッチの入ったグラスが置かれている。 (あぁ……結局あのまま…) あまりにも情けなさ過ぎて、デンゼルとマリンが眠ったのを確認してから自棄酒を呷ったのだ。 どうにもこうにも、今夜は酒の力を借りたかった。 頭の中はぐちゃぐちゃだ。 クラウドに隠し事をされているという悲しみと、気持ちを切り替えて仕事が出来ない不甲斐ない自分への情けなさと…。 「ティファ…!?」 クラウドに醜態を晒していることを急速に自覚すると、今度は涙が溢れてきた。 醜態を晒していることの羞恥心…というよりも、酒の力が大きかったのだろう、と気づいたのは後々になってからだ。 オロオロしながらティファの目元や頬を大きな手で拭うクラウドに、酒のせいで緩くなった涙腺がまたも涙を溢れさせる。 しゃくり上げながら首を振り振り、ティファは昼間からずっと胸に溜まっていたものを吐き出さずにはいられなかった。 「なんで……なんで、隠し事……なんか……!」 魔晄の瞳が見開かれた。 ティファの言っていることが分からないのだろう。 眉根を寄せながら困った顔をしつつティファをそっと抱きしめる。 しかし、ティファはクラウドの胸を押しやってスツールから立ち上がった。 自分で思う以上に酔っていたらしい。 足元がふらついて転倒しそうになる。 サッと馴染み深い腕が伸びて抱きしめてくれなければ、一ヶ月前のクラウドのように無様に尻餅をついたはずだ。 「ティファ?なんだ、どうした?」 デンゼルとマリンから電話をもらった時には心臓が止まるかと思ったんだぞ…。 その言葉で、身を捩ってクラウドから逃れようとしていたティファはピタリ…と止まった。 そのままクラウドの肩口に顔を押し付けてしゃくり上げる。 困ったようにぎこちない手付きで背を撫でてくる大きな手の平が愛おしい…。 あぁ、きっと大丈夫。 何をいったい隠しているのか聞いても、クラウドは怒ったりしない、呆れたりしない…。 そう思わせるには十分な温かさと心地良さを感じ、ティファは今度はきちんと道筋を追って話しだした。 しゃくり上げながら泣いているせいで途切れがちなティファの告白を、クラウドは最後まで聞いていた。 そして、聞き終えると、 「……そうか……気づかれたか…」 困ったような…、照れたような声音で白旗を揚げた。 「丁度、一ヶ月くらい前に配達した届け先の老人が話してくれたことがあって…」 場所を問題のブツがある仕事部屋に移し、クラウドは照れたように黒い背表紙のノートを差し出した。 泣き止んだばかりで腫れぼったい瞼を恥ずかしそうにこすりながら、ティファは受け取り困ったようにクラウドを見た。 中を見ても良いのか視線だけで訊ねる。 クラウドは肩を竦めることで許可をした。 躊躇いがちにページをめくったティファの目に飛び込んできたものは…。 「……『今日はモンスターが多くてイライラした』…?」 声に出して読み上げ、理解不能…と言わんばかりにクラウドを見る。 端整な顔をほんのり染め上げたクラウドはそっぽを向いていた。 ティファはもう1度、今度は次のページをめくって視線を落とす。 「……『今日の依頼主はちょっと頭の寂しいおっさんだった。おまけに腹は出てるしピチピチのタンクトップ姿だしサイアクだ。将来ああいう風になったら…と思うと今から心配だ』…?」 ますますクラウドの頬が赤くなる。 俯きがちになったクラウドに、ティファはピンときた。 「これって……日記?」 「………あぁ」 「なんでまた?」 驚きのあまり、声が裏返る。 途端、クラウドは羞恥心の極みに達したのだろう、ティファの手から日記帳を取り上げた。 「だから…、一ヶ月前くらいの届け先の老人が話してくれたことが…、その…、俺にも合うって思ったんだ」 「…………どういうこと…?」 溜め息を1つ、盛大に吐き出してからクラウドは話しだした。 * 「ほほほ、お前さん、ピリピリしとるの」 「………すいません」 「いやいや、怒っとるわけじゃない。昔のワシみたいじゃなぁ…と思ったんじゃ」 てっきり自分の態度にイラッとして、皮肉を言ったのかと思ったクラウドは、その温和な笑みを浮かべる老人をまじまじと見た。 昔の自分のようだ…と言ったがこの老人の年頃を迎えたとしても、自分がこんな風に他人へ穏やかな笑みを向けられるようになっているとは到底信じられない。 それは逆に、クラウドくらいの年の頃、この好々爺がピリピリとした無愛想男だったとは思えないことを表していた。 まったくもって想像出来ない。 「ワシもよく人から言われたわい。『お前はいっつも無表情でブスッとしてて、付き合いづらい人間ナンバーワンだ』とな」 うっ。 クラウドはどう言って良いのか分からず黙り込んだ。 まさにその通り。 自分のことを言われているようなものだ。 老人は微笑みながら言葉を続けた。 「お前さんくらいの年頃、丁度ワシは好いた女性(ひと)ができた。相手はとても優しくて、いつも明るく朗らかで、ワシとは180度違う人じゃった」 うぅっ! またもや自分のことを言われているようだ…と思った。 いつも明るく、どんな時でも笑顔で温かい存在であるティファが脳裏にポン…と浮かんだ。 「じゃが、対するワシは『付き合いづらい人間ナンバーワン』とレッテルを貼られている人間。所詮、影から見つめるしかない、そう思っておった」 しみじみとした口調が胸に突き刺さる。 もしもティファと幼馴染でなかったら、きっと今の幸せはないだろう。 自分とは違ってティファは誰とでも大抵上手くやっていける。 クラウドは自分以上の男がこの世の中にごまんといることをちゃんと分かっていた。 分かっているからこそ、ティファの目がその男達をとらえたりしないよう願いつつ、自分で出来ることを一生懸命していこうと努力している真っ最中だった。 まあ、せいぜいが『1日1回、必ず電話でもなんでも良いから話しをする』だったり、『出された食事はきちんと平らげる。出来たら『美味しかった』と言う』などなど、非常に初歩的なことだったりするのだが…。 「じゃがそんな時、ワシのじいさんがこう言ったんじゃ。『影から見守るだけで本当に良いのか?遠い将来、後悔しないか?』とな…。ワシはこう言った。『そんな先の話し、分かるわけがない』と」 ふぅ…。 一息ついて遠い目をする。 どこまでも穏やかで、心豊かな人生を送った証拠のような温かい目だった。 「じいさんは言った。『勿論、遠い将来のことなど今、分かるはずがない。だが、想像くらいは出来るだろう?遠い未来、お前がワシくらいになった時、お前は幸せか?努力らしいことを何もしないで、周りの人間から誤解されている今のままで本当に満足いく人生になると思うか?戦う前から逃げてどうする?』と…。ワシは衝撃を受けた」 ほっほっほ。 おかしそうに笑う。 老人は黙って聞き入っているクラウドを見つめた。 「戦う前から逃げ出す…というのは、ワシにとって…、いや、男にとって甚だ不名誉なこと、到底我慢出来ないことじゃ。違うかの?」 クラウドは黙って頷いた。 「そこで、ワシは戦うことにした。じゃが、相手は強敵じゃった。何しろ、頑固でプライドばかり高い自分自身が敵なのじゃから…」 「手始めに、怒りを堪えることからしてみようとした。じゃが、すぐにそんなことが出来るなら苦労なぞせん。今も言ったが、ワシはプライドばかり高い頑固者。売られた喧嘩を買わずに背を向けるなど、到底出来なんだ…」 「挫けそうになった時、またじいさんが言った。『お前、少し自分を見つめなおす時間がいることに気づいておらんじゃろう?』とな」 「自分を見つめなおす時間…などと抽象的なことを言われても分からん。そう言うと、『じゃったら、その時の状況を記録として残していけば良いだけじゃろうが』と言われた」 「そこで始めたのが、日記じゃった」 ゆっくりと視線を巡らせてピタリ、と暖炉の上で止まった。 クラウドも視線を追って暖炉の上を見る。 仲の良い家族写真が所狭しと並べられている。 どの写真も幸せいっぱいの笑顔で満ちていた。 その写真達の後ろには…。 「…あれが日記……ですか?」 目を丸くする。 大きめな暖炉の上、端から端までビッシリと立てられたそのノートは、どれもこれも年季が入っていることが一目でわかった。 老人は、ほっほっほ…、とまた笑った。 「日記をつけ始めた頃はただただ愚痴ばっかりじゃったのう。アイツが悪い、こいつが憎い、そんなことばっかりでな。すぐに止めようと思った。何しろ読み返してもちーっとも詰まらんのじゃから…」 「じゃが…。ある日ふと思った。『あぁ、嫌なことばかりしたためているから詰まらんのだ。1つで良いから良かったと思えることを書いていこう』と」 「そうすると、不思議と売られた喧嘩を買う回数が減っていった。『今日はアイツを殴らなかった』『今日は昨日よりも人と笑って話せた』。そう書いていくことで自分に自信が持てるようになったんじゃな」 「そうして…」 「とうとう、彼女の両親が彼女へ見合い話しを持っていったのをきっかけに、横から掻っ攫うようにして彼女へ告白をした」 「結果は…、あの暖炉の上じゃ」 幸せそうに写ってる写真の中でも、特に幸せそうに輝いているのが写真の中でも一番古ぼけているものだった。 老人の結婚式の写真…。 クラウドは深く息を吐き出した。 * 「と言うわけだ…。俺もあの人を少しでも見習ってみようかと思って……」 ごにょごにょごにょ。 最後の方は口の中でごまかすように消えていったが、ティファの耳にはちゃんと聞こえていた。 胸がいっぱい…とはこういう感情を言うのだろう。 まさに、クラウドが聞かせてくれた話は、自分自身に勝利し、素晴らしい人生を手に入れた偉人の物語だ。 「だから……だったのね…」 感極まって涙ぐんだティファに、クラウドは照れ臭そうに頬をかきつつコクン、と頷いた。 「少しでもデンゼルやマリン、それにティファに並べるようになれたら……、あの人に近づけたら…と思ったんだが…」 これが中々難しい…。 付け加えられた言葉にティファは微笑みながらポロッ…と涙をこぼした。 まさか、こういう形で人から影響受け、それを実践してみようと心が動いてくれるとは…! これを喜ばずしてどうしろと言うのだろう。 へへ…、と照れ臭そうにティファも笑うと、涙を指先で払いながらそっとクラウドに腕を伸ばした。 背に腕を回すと柔らかく抱きしめられる。 いつもよりも彼の鼓動が早いのは、やはり照れ臭く思っているからだろう…。 「クラウド……良かったね」 そう、良かった。 その言葉が一番適している。 クラウドもそう思ってくれたに違いない。 素直に「…あぁ…そうだな…、そうなんだよな…」と噛み締めるように答えた。 「大丈夫だよ。絶対にクラウド、そのおじいさんみたいになれるわ」 「…どうかな……」 「絶対よ!大丈夫よ!」 「……はは、ありがとう…ティファ」 力説するティファにクラウドは本当に嬉しそうに笑った。 そうしてちょっとだけ身体を離して、自然と口付ける。 掠めるように重ねて顔を離し、額をくっ付けて笑い合ってまた口付けた。 絶対に大丈夫。 そのおじいさんよりもうんと幸せな人生を歩めるから。 だから、これからも一緒に歩いてね…。 声にしなかったその言葉をクラウドがちゃんと受け止めれくれた、とティファは至福に包まれながら感じた。 そして翌日から、毎晩寝る前に日記をつけ合うクラウドとティファの姿があった。 一ページずつ見せ合い、笑い合える幸せを噛み締めるジェノバ戦役の英雄の姿があった…。 それは、可愛い子供達も知らない2人だけの秘密。 あとがき。 355554番キリリクです。 なんだかリクから脱線した気が非常にするのですが、ありがたいことに温かいお言葉を頂戴しましてアプとなりました。 リク内容はこちらからどうぞ♪ ゅぅ様! 今回は本当に素敵なリクをありがとうございました!! すごくすごく、楽しかったです〜o(*^▽^*)o |