その日…。

ひぃぃぃぃいいいいいいいっ!!!!!

 という、なんとも形容し難い悲鳴が早朝のセブンスヘブンを揺るがせた…。



あぁ…オンナゴコロ




「な、なんだティファ、大丈夫か!?」
 ドゴッ!!!!

 身も凍るような凄まじい音が子供部屋にまで響き、この家の天使二人は飛び起きた。
 慌てて部屋を飛び出すと、廊下で自分達の父親代わりが壁に背を預けるような形で失神している。
 その青年に、母親代わりが真っ青になって呼びかけていた。

「ごめんなさい、ごめんなさい、クラウドー!!」

 見事までにノックダウンされている青年に、子供達は一日の始まりから不吉な予感に包まれ、顔を見合わせたのだった…。



「それで、どうしたの?」
「そうだよ、あんだけダメージを与えられるくらいの攻撃したってことは、クラウドがなにかしたんだろ?」

 あの後。
 ティファの手によって失神状態から無理やり覚醒させられたクラウドは、不機嫌絶頂の顔で朝食の席についている。
 彼の不機嫌の原因は、愛しい彼女からの突然の攻撃のせいではない。

「本当に…本当にごめんなさい!!」

 美しい瞳一杯に涙を浮かべて謝罪する彼女に、機嫌が悪くなるはずが無いではないか。
 不機嫌の原因はというと、先ほどから繰り返されている子供達の質問攻撃。
 すっかりしょげ返っているティファを見て、幼心が激しく揺さぶられたらしい…。
 それも、『クラウドがなにかしたせいだ!』という風にしっかり、バッチリインプットされてしまったようなのだ。
 しきりに『何をしたのか?』『ティファに殴らせるようなことをしたはずだ』と、決め付けのような質問ばかりを繰り返す。
 いつもなら、子供達相手だと何を言われても腹を立てたりはしないのに、今回ばかりはそうはいかない。
 なにしろ、自分は被害者なのだ。
 いや、勿論、ティファを加害者として訴える、とかそんなことは微塵も思っていない。
 しかし、朝っぱらから世にも恐ろしい彼女の悲鳴を聞いてしまっては、何事があったのか、と駆けつけるのは当たり前だろう…?
 それなのに…。

「……俺は何もしていない…」

 両脇を挟むようにして座っている子供達に、低い声でボソッと答える。
 デンゼルとマリンは眉間にシワを寄せて黙り込んだ。
 二人とて、なにもクラウドが憎くて先ほどから疑うようなことを口にしているのではない。
 大好きなクラウドが、大好きなティファに殴られて失神した。
 それがいかに小さな胸を痛めさせる出来事だったのか、この若い親代わり二人は恐らくまだ気付いていない。
 それどころではないのだから…。
 ティファは最愛の人を殴ってしまったというショックから…。
 クラウドは最愛の人から何もしていないのに殴られた、というショックから…。
 まだまだ未熟な親代わりは、自分達の中に生まれている大きな衝撃で手一杯で、子供達の心まで思い巡らせる余裕が無かった…。
 だから、クラウドは分からない。
 子供達が、クラウドの口から知りたいのは『絶対にクラウドが原因ではない証拠』ということに。
 先ほどから繰り返し質問しているのに、クラウドの返答は、

 ― 俺は何もしていない。ティファの叫び声が聞えたから駆けつけたら、いきなり殴られた ―

 だけの一点張り。
 それだけの情報では、落ち込んでいるクラウドやティファにフォローの言葉をかける事が出来ないではないか。

「なぁ…クラウド。クラウドがティファの嫌がる事をするとは思ってないんだぜ?」

 暫しの沈黙の後、デンゼルが重い口調で切り出した。
 それまですっかり不貞腐れモードになっていたクラウドは、ちょっとだけびっくりした顔をして息子を見る。
 デンゼルは俯いて、前髪がカバーしてしまい表情が分からない。
「俺も…マリンも…。クラウドがティファに酷いことしたから…とか、ティファに悪戯したから殴られたって思ってない」
 クラウドの紺碧の瞳が、次は愛娘に移る。
 クラウドはギョッとした。
 マリンの大きな目には涙が浮かんでおり、しかもマリンは小さな手を固くこぶしに握り締め、口をヘの字に曲げて、眉間に寄った眉は、そこを頂点として下に『ハの字』に下がっている。
 まさに、小さい子供が泣くのを懸命に堪えているときの顔。
 クラウドは、自分のしでかした大きな失敗に気付いた。
 同時に全身の毛穴からドッと冷や汗が噴き出る。

「わ、悪かった、マリン!本当に悪かった!!」
「…クラウド…っく…」
「わ、わわわ、本当に悪かった、泣くな、な?」

 ……。
 世の人がこんな『英雄』を見たらさぞ幻滅するだろう。
 たかが小さい女の子一人がグズグズと泣き始めてオロオロするなんて、みっともないことこの上ない。
 更に…。

「クラウド、謝るのはまぁ良いんだけどさ、結局なにがどうなって殴られたわけ?いい加減状況説明してくれよ…」

 などと、齢10歳にもならない小さな少年にそう諭されては…。
 大人形無しである…。

『ティファが奥に引っ込んでて良かった…』

 クラウドは自身も半分泣きたくなりながらも、朝食の足りない食材を取りに奥の倉庫へ向かったきり、帰ってこないティファを思って情けなくもそう思ったのだった…。

 恐らく、ティファ自身もクラウドや子供達と顔を合わせづらいのだろう。
 何しろ、もうかれこれ15分も帰ってこないのだから…。
 このみっともないシーンを目撃されずにホッとすると同時に、自分こそが倉庫に避難したかった…と思うクラウド・ストライフ23歳であった…。




「ようするに、クラウドはティファの悲鳴を聞きつけて洗面所に向かった…と」
「ふ〜〜ん……ドアを開けた途端に殴られた…って言ってたよね…」
「…それだけ…って言ってたよなぁ…?」
「うん…それだけ…って言ってたね…」

 いつもよりも陰気で遅い朝食の後、クラウドは後ろ髪を思い切り引かれながらも配達の仕事に出発した。
 はっきり言って大遅刻である。
 先方に謝罪の電話をかけながら愛車に跨った父親代わりの左頬には、くっきりとティファの手形が残っていた。
 それがまた、黒い携帯電話に映えて痛々しさを助長している。
 クラウドから聞きだした『傷害事件の状況報告』に、子供達はしきりに首を捻った。
 なるほど…クラウドが『分からない』との一点張りになるのも頷ける。

 クラウドがティファの悲鳴を聞いたのは、夢と現(うつつ)の狭間という実に気持の良いその時だった。
 心臓が凍るような思いで跳ね起き、靴も履かずに部屋から飛び出した。
 向かった先は…洗面所 兼 脱衣所。
 なにも考えずにドアを思い切り開けたクラウドを待っていたのは…。

 ― ヒッ!! ―

 思い切り引き攣ったティファの顔と、視界一杯に瞬いた星。
 はっきり言って、痛みなど感じる余裕など無かった。
 次に気が付いたのは、蒼白になったティファのドアップ。
 瞳に浮かんだ涙が、それはそれは綺麗だった……とは、言ってない。
 まぁ、恐らくクラウドのことだから、『綺麗だった』と思ったはず!とは子供達の勝手な憶測で、しかも当たらずとも遠からず、だろう。

「クラウドさぁ、もしかしてティファが着替えてる所に入ったんじゃないの?」
 散々考え込んで出た結論に、クラウドは即座に否定した。
「ティファ…ちゃんと服着てたぞ」
「本当に?」
「マリンまで…。そこだけはバッチリ覚えてる。なにしろ、ティファの服の裾からウエストラインが見えたから…とと…」
 マリンの純粋な疑問に、クラウドは余計な一言をつい漏らしてしまったが、子供達は気にしない。
 なにしろ、仕事で慣れている。
 いや、本当はこんな小さな子供達が慣れるのは、子供達の教育としてはいかがなものかと思うが、まぁ…仕方ないとして…。

「クラウド、ティファはちゃんと服着てた…って言ってたよね…」
「言ってたなぁ…」
「もしかして…」
「ん?」
「ほら、あのゴキ○リが出たとか…」

 マリンはわざわざ『マル』の部分を抜かして、その生命体を示した。
 デンゼルも身震いする。
 二人共、この生物が大嫌いだ!
 そして…ティファも…。
 更には子供達は知らないが…クラウドも…。

 セブンスヘブンは食べ物を扱う店。
 害虫駆除はマメに行っている。
 しかし、やはり………出る。
 呼んでもないのに出現するのだ、あの生命体は!!
 しかも、一匹いると必ず『おともだち』がいるのだ!!
 いや、家族か…???
 いやいや、それはどうでも良い。
 要するに、ティファはアレ(もはや『アレ』扱い)が大嫌いだ。
 もしかしたら、マリンの言う通りかもしれない。
 しかし、デンゼルは暫く身体を擦りながら考えて…、
「いやぁ…もしそうだったら、クラウドを攻撃する意味が分かんないよ。それに、もし仮に『ヤツ』の出現だとしても、俺達に言いにくくたってクラウドにはちゃんと『ヤツ』の出現でビックリした…って言うだろう?」
「あ…そうか」

 ティファはクラウドに何も説明をしていない。
 ひたすら謝るだけなのだ。

「「 う〜〜〜ん 」」

 子供達は子供部屋で額を付き合わせて唸り声を上げた。
 完全に行き詰ってしまった。
 ティファは、クラウドが配達に出かけるときも本当に申し訳なさそうに、何度も何度もクラウドに謝罪し、挙句の果てには子供達や近所の人達の目などすっかり忘れて、赤く腫れたクラウドの左頬を何度も優しく擦った。
 それはそれは、慈愛に満ちた恋人同士のひとコマ。
 当然、クラウドは真っ赤になってティファのその手から逃げようとしたが、すっかりしょげ返っているティファを無下に扱うことも出来ず、一人耳まで真っ赤にしながらフェンリルを走らせたのだった…。
 小さくなるその背が、微妙に変な動きをして急ブレーキのタイヤ音が遥か遠くから聞えてきた時は、それはそれはヒヤヒヤした。
 どれほど子供達は肝を冷やしたものか、言葉には表せられない……。

「ティファ、そう言えばクラウドが配達行ってから何してるのかなぁ…?」

 ふと思いついたようにマリンが顔を上げる。
 デンゼルは耳を澄ませながらベッドから降りると、そのままドアを開けて廊下を窺う。
「あれ…?」
「いないの?」
 マリンもデンゼルの隣に立つと、そっと階下を窺った。
 いつもなら、店内の掃除に取り掛かるか、寝室の掃除、もしくは布団干しをしているはずのティファの気配が全くない。
 二人は無言で首を傾げつつ顔を見合わせると、揃って店内に下りようとして…。

 ハタ…と足を止めた。
 どちらからとも無く息をひそめる。
 そっと…そっと……。

 二人が向かったのは……洗面所 兼 脱衣所。

 何やら…気配がする。
 ゴクリ…と、デンゼルの喉が鳴る。
 マリンがそおっとドアを薄く開けた。

「本当に…もうどうしよう……」

 小さな声でブツブツ言っているのは…。
 今朝の騒動を引き起こした犯人。

 泣きそうな声で、しきりに何やら呟いている。
 視線は……どうも足元を見ているようだ。
 子供達もティファの視線を追って、下を見るが…。

『『…見えない…』』

 洗濯物の籠が邪魔で見えない。
 そのまま、子供達はそおっと、開けた時同様、ドアを静かに閉めた。

 そろそろと、後ろ向きに洗面所 兼 脱衣所から遠ざかる。
 そのまま真っ直ぐ子供達は子供部屋に引っ込んだ。

 ドアを閉めると暫しドアに張り付くようにして背を預ける。

「「 …… 」」

 二人は溜め息を吐いた。
 そうしてそのままグッタリとベッドに突っ伏す。

「デンゼル〜…」
「ん〜〜……?」
「分かった〜〜?」
「………オンナゴコロは複雑だよなぁ…」
「……ティファに『大丈夫だよ』って言ってあげるべきかなぁ…」
「……それって、女の人に対してどうなわけ?俺、男だからわかんない…」
「……私もまだ子供だからわかんない…」
「「 …はぁ…… 」」

 結局その日は、二人共遊びに行くこともしないで、あ〜でもない、こ〜でもない…と、堂々巡りの状態に陥ったのだった…。





「よ、ティファちゃん!今日も綺麗だねぇ」
「…ありがとう…」
「ま、一緒に乾杯してやってよ。今度孫が遊びに来てくれることになってさ〜」
「…まぁ、おめでとう!あぁ…でもごめんなさい、私、ちょっと胃の調子が悪くて…」
「え?ティファさん、胃の具合がお悪いのですか?よろしければ、僕の胃薬を…」
「あ、えっと…ごめんなさい。さっき飲んだから大丈夫です」
「ティファちゃ〜〜ん!なんかつれないなぁ、じゃあジュースとかどう?」
「えっと…本当にごめんなさい。お腹もいっぱいだし」
「え〜〜、なんか全然今日は食べてないし、飲んでないんじゃない?いっつも、お客さんと乾杯したり、ちょこちょこっとつまんでみたりしてくれてるのに、つまんないじゃん」
「…本当にごめんなさい…」

 デンゼルはマリンを見た。
 マリンはデンゼルを見た。
 二人は、店内の対極の位置で仕事をしていたが、見事に波長が合い、同時に肩をガックリと落とす。

『『ティファには必要ないのに…』』

 二人共そう思うが、きっとティファくらいの歳の女性には非常に重要な問題なのだ。
 それに、子供である自分達が言うよりも、クラウドという『最愛の恋人』からそれとなく言ってくれた方が良いだろう。
 …と言うよりも、きっと自分達が言ったって、ティファは傷つくだけだ…。

「本当に…オンナゴコロって難しいよなぁ…」

 思わず呟いたデンゼルの言葉は、間の悪いことにすぐ傍にいた客にバッチリ聞かれてしまい…、
「お!?とうとうデンゼルにも恋の悩みが出来たのか〜???」
「おぉぉお!?マジかよぉ!!」
「よっ!青少年の若き恋の悩みにカンパーイ!!」
「「「 カンパーイ!! 」」
「ままま、デンゼルもジュース飲みねぇ!」
「そうそう、今日はオジサン達、『恋の先輩』がしっかりと女心を掴める秘策を伝授してやろう!」
 と、勝手に大盛り上がりになり、戸惑い、混乱するデンゼルを自分達の輪の中に引きずり込んで、宴会になってしまった。


「……バカ……」


 マリンの呆れ果てた呟きは、誰の耳にも届かなかった……。





 チリンチリン…。

 もう幾度目か数えられないほどの来客を知らせるドアベル。
 客達にバッチリ捕まって身動きの取れないデンゼル以外の二人が振り返る。
「「 いらっしゃい……って、クラウド! 」」
 二人は思わず素っ頓狂な声を上げた。
 ティファは空いた皿を乗せるべく持っていたお盆を床に落とし、慌ててクラウドに駆け寄る。
 店内の客達もビックリして固まった。

「クラウド、どうしたの、その怪我!!」
「……いや……別に…」
「別にって!」
「その…後で説明する。ちょっとシャワー浴びてくるから」
「でも、すぐに病院に!!」
「あ、いや、傷自体は大した事ないんだ。これはほとんどモンスターの返り血だから」

 そう言い逃げるように、クラウドはせかせかと二階に続くドアの向こうに消えた。

 シーン……となってしまった店内だったが、一人…また一人…と客達が席を立つ。
 そして、テーブルに自分達の料金を置くと、ドアのところで心配そうな顔をして立ち尽くしているティファの肩を優しく叩いた。
「俺達、もう帰るからさ」
「ティファちゃん、ご馳走さん!」
「旦那の怪我の手当て、ちゃんとしてやりなよ」

 客達のその温かい言葉に、ティファは我に返ると、その客達に泣きそうな顔をしながら深く頭を下げた。
 その様子に、他の客達も苦笑しながら席を立つ。

「ま、俺らばっかり残るわけにもいかないし〜」
「それに、ティファちゃん、今日はなんか疲れてるみたいだから、また今度ね」
「ご馳走さ〜ん」

 そうして、セブンスヘブンはいつもよりもうんと早い時間に閉店となった。


 それからのティファは早かった。
 とりあえず、クラウドがシャワーで泥と血と汗を流している間に店内を綺麗にするべく奮闘した。
 子供達も手伝った。
 それはそれは手伝った。
 もう、いつもの頑張り以上に必死になった。
 何しろ、これからクラウドとティファには『仲直り』をしてもらわなくてはならないのだから。
 その為には、クラウドに『言わなくてはならない事がある』のだから。
 クラウドがシャワーから出てきた直後に、ティファが上がってくる前に!
 ようするに、ティファに聞かれずにすむよう、クラウドに説明しなくてはならない。
 デンゼルは自分の仕事であるテーブル拭きが終ると、
「じゃ、俺、先にクラウドに救急箱出してくるな!」
 と、大声で言いながらあっという間に二階へ駆け上がった。
 ティファは「お願いね〜!」と実に素直に感謝の言葉をかける。
 これで、ティファは先程よりも落ち着いて仕事が出来るはずだ。
 デンゼルは簡単な応急手当くらい出来るのだから。
 予想通り、ティファはほんの少しだけいつものペースに戻して片付けを始めた。
 しかし、それはあくまでも『ほんの少しだけいつものペースに近付いただけ』である。
 マリンは、上手くデンゼルが説明してくれていることを祈るしかなかった…。



「…っていうわけなの、分かったか?」
「………………そんなに気にすることなのか?」
「だよなぁ。俺もそう思うんだ。だって、見た目はほとんど変わってないじゃん」
「あぁ…そうだよなぁ……」

「「 う〜〜ん 」」

 クラウドはベッドに腰掛け、デンゼルの邪魔にならないようにジッとしている。
 息子は必死になって、クラウドの傷口に消毒をし、薬を塗っていた。
 ガーゼを適度な大きさに切り、テープで止め、仕上げは包帯でグルグルと…。

「デンゼル、もう少しきつく締めても構わない」
「そう?じゃあこれくらい?」
「ああ、すまないな」

 一通り処置が終るまでの間、デンゼルは説明をすることが出来た。
 クラウドは終始渋い顔をしていたので、恐らく子供達同様、どうしてティファがそんなに『必死』になるのかが分からないのだろう。

「なぁ、クラウド。頼むからちゃんと言ってくれよな?でないとティファ…」
「あぁ、分かってる…、分かってるんだが……言葉が難しい…」
「だよなぁ…」


「なにが難しいの?」


 すっかり二人で話しこんでいたので、ティファがドアを開けたことに気付かなかったデンゼルとクラウドは、文字通り飛び上がった。
 ティファの綺麗な眉が寄る。
 デンゼルはそそくさと「じゃ、頼むなぁ」と、唇の動きだけでそう伝え、退散した。

『裏切り者…』

 消えていく小さな背中を見送りながら、クラウドは深い溜め息を吐いた。

「クラウド、調子はどう?」
「あぁ、問題ない」
「もしかして…私のせいでなにかヘマを…」

 ションボリと落ち込むティファに、クラウドは苦笑すると横に首を振った。
「ティファのせいじゃない…と言えば嘘になるかな…?半分くらいはティファにも責任があるだろうが、仕事の間もティファの事を気にしていて、そのせいでモンスターに囲まれて出遅れた…となると、やっぱり俺の責任だ」

 ティファはその言葉に、ますます申し訳なさそうに俯いた。
 そんな彼女をクラウドはそっと抱き寄せて、そのままベッドに腰掛けさせる。
 腰掛けたまま、腕を解かない。
 ティファも振りほどくようなことはしない。
 今日一日、クラウドに嫌われていないか心配でたまらなかったのだろう。
 いつもは恥ずかしがってそわそわしているのに、今はクラウドの背に手を回している。
 クラウドはホッと安堵の溜め息を吐いた。

「なぁ、ティファ…」
「…うん…なに?」
「………俺は今のティファはイヤだ」
「 !! 」

 驚いてガバッと身体を離す。
 ティファの目は、悲しみで彩られ、大ショックを受けた証として目はまん丸だ。
 クラウドは悪戯っぽく笑うと、再び抱き寄せて、今度は甘えるようにティファの身体をゆっくりと擦り始めた。
 ティファは「今のティファはイヤだ」と言った直後のこの抱擁に、大混乱である。
 クラウドは、ティファをしっかり抱きしめたまま口を開いた。

「ティファは昔からちょっと痩せすぎなんだ。だから、太ってくれたら嬉しい」
「 !? ……知ってたの…?」
「あぁ、今朝の騒ぎはきっと『体重が増えた』ってことを俺にばれたくなかった『オンナゴコロ』だって、子供達が教えてくれた」
 ティファは顔がほてるのを抑えられない。
 まさに図星。

「それに、デンゼルが言ってたけど、今日はほとんど野菜しか食べてないんだって?そんな食生活したらダメだってことくらい分かってるだろう?」

 小さい子をあやすように頭をポンポンと軽く叩く。
 ティファは身体を離してクラウドを見た。

「だって!!た、たったの三ヶ月で三キロも太っちゃったんだもん!!」

 危うくクラウドは『たった三キロだろ?』と言いそうになったが、先ほどのデンゼルとの打ち合わせを忘れてはいなかった。
 困ったように笑ってティファのウエストをひょい、と抱えて床に立たせる。

「ほら、まだまだ軽い」
「そ、そりゃ、クラウドは男の人だし…『ジェノバ戦役の英雄』って呼ばれるくらいの人だし…」
「俺は、今のティファの方がいい。っていうか、もう少し太った方が良い」
「え!?そ、そそそそ、それは絶対にいや!!今だってイヤなのに〜!!」

 真っ赤になって泣きそうになっているティファに、クラウドはわざと溜め息を吐いた。


「だってさ、ティファがもっともっと太ったら、変にちょっかいかけられることがなくなるし、俺は安心」
「……え……」
「それに、ティファはちょっと痩せすぎ。今よりも少し太ってくれたら、抱き心地最高だと思う」
「 …!! 」
「俺はティファが痩せてようが太ってようが、気にしない。まぁ、ティファは女性だからな、体重とかは気になると思うけど、俺は今の『太った』って言っているティファも好き」
「 …… 」
「抱きしめててすごくホッとする。なんか、甘えたくなる」
「 …… 」
「だから、身体が壊れる前にダイエットやめてくれないか?でないと俺、心配で仕方ない、…ティファ?」


 あまりにも反応がないため、クラウドは怪訝に思い、ティファを抱き寄せた。
 と…。

「………もう…ずるい…」

 真っ赤になったティファが、クラウドの肩口に頬を押し付けるようにして、ギュッと抱きついてきた。
 クラウドは内心で『やれやれ、なんとか上手くいったな』と、安堵したのだった。




 それから数日後。
「クラウド、ティファにちょっとダイエットしてもらった方が良いかも知れない…」

 デンゼルが神妙な顔でそう言ってきた。
 クラウドは眉間にシワを寄せると、その先を無言で促す。
 きっと、何かがあったのだろう。
 その予想は外れていなかった。

「ティファが前よりも『お色気』があるってお客さんが言ってたんだ」
「そしたら、『あ〜、最近ちょっと肉感的に色っぽくなったよなぁ…って」


『 ピッキーーーーン!!! 』


「ティファ、ティファー!!今夜から組み手だ、組み手!!ダイエット成功させてくれ。いや、もしくは、もっと甘いもの食べて思い切り太ってくれ!!」



 当然、説明不足でクラウドは再び鉄槌を受けることになった。
 誤解がすぐに解けたのは、一重に子供達の説得力である。
 そして、その翌日の晩からクラウドとティファの組み手が始まり、あっという間にティファは体重が落ち、スタイルに戻ったのだった…。


 だが!!


「なんか、すっごく生き生きとしてて…素敵だよなぁ…」


 毎晩、組み手をすることで、旅の時の気持ちになり、今、手にしている世界の平和を思って心底幸せを噛み締めているティファに、客達が羨望の眼差しを向けることとなってしまったではないか!

 結論!!

 ダイエットしてもしなくても、ティファは異性を引き寄せまくる。
 クラウドにとって、今回のダイエットはティファの機嫌が直ったことだけが唯一喜ぶべき成果である。


 クラウド・ストライフの苦悩はまだまだ続く




 あとがき

 某ユーザー様からヒントを頂戴して、『ティファが三キロ太ったらどうなる?』というお話しでした♪
 なんか、あんまりオチのない話でしたが、本当にごめんなさい。
 でも本当に体重計に乗って太ってたらもう、全てを投げ捨ててしまいたくなりません?
 あ、マナフィッシュだけでしょうか…(苦笑)