憧れの彼女

「いらっしゃいませ!」

 明るい、弾むような声が今夜も俺を出迎える。

「よお、今夜も飲みに来たぜ」
「あら、今晩は。今夜はやけに早いのね」いつももっと遅くなかったかしら?と、小首をかしげながらも輝く笑顔で、テーブルへと案内してくれるのは、この店の女店長。
 女だてらに、この店を切り盛りし、毎晩大盛況だ。

「いらっしゃいませ、今晩は」ニコニコと、この店の看板娘が席についた俺に笑いかける。
「おう、いつものやつと、今夜のお勧めを頼むぜ」
「はい、かしこまりましたー!」

 この店が繁盛する理由、それは、旨い酒、旨いメシは当たり前、そんなの他の店でも有るにはある。だが、繁盛する最大の理由はこの店の女店長とその看板娘の存在が一番だな。

 見た目は、抜群のプロポーションで思わず涎…、いやいや、見惚れてしまう程のもんで、こんな良い身体…、いやいや、だから、魅力的な女はあまりお目にかかれない。
 顔もそりゃあ美人で、初めてこの店を訪れる野郎共は、女同伴でも必ず馬鹿面下げて、口をポカンと開け、同伴の女に睨まれたり、抓られたり、時には高い音を立てて張り手が飛ぶ有様だ。
 しかもだ!これ以上は無いくらいこんなに良い女なのに、そのことを全く鼻にかけていない。
 いや、そもそも自覚がないんじゃないだろうか。

 誰でも、どんな客にでも輝く笑顔で出迎え、明るい声で接客をこなす。
 おまけに、そのか細い腕が作り出す料理の数々は、素材が素朴な物しか揃わないこのご時勢の為、素朴な、特別な物など何も使われていないにも関わらず、吃驚するほど旨い!一体、どんな工夫をしたら、こんな旨いメシになるのか不思議で仕方が無い。
 骨惜しみ無く、くるくると良く働く姿は、見ているだけで「よし!明日も頑張るぜ!!」って、気にさせる力強さがある。

 そして、この店が繁盛するもう一つの理由の、この店の看板娘は、まだ幼いながらも、女店主に負けず劣らず、明るくて、くるくると良く働く。
 可愛い容姿、明るい笑い声、そして何よりもこのご時勢で、子供が明るく笑う姿を見る事が出来るなんて、心が安らぐってもんだ。

 そう言った様々な理由から、この店の常連になる奴も多いらしく、俺もその一人だ。
 通い始めて丁度二週間くらいになる。
 二週間ぽっちじゃ、まだまだ新参者だろうが、俺は勝手に、すっかりなじみ客の一人だと思っている。
 美人の女店長も、可愛い看板娘も、砕けた雰囲気で接してくれているのだから、俺の独りよがりってわけでもないと思ったって、罰は当たらないはずだ。

 そう言えば、こんな美人なんだから恋人の一人や二人いても良いだろうに、酒屋の女にありがちな≪色事めいた、きな臭さ≫がない。
 子供も二人養っているようだし、もしかしたら恋人を作る暇も無いんじゃなかろうか…、と言う結論に達し、最近では勝手に俺の中の彼女の身分は≪恋人募集中≫、となっていた。

 と、いうわけで、毎日毎日せっせと通いつめているのだが、二週間した今でも一つ分からない事がある。
 それは、カウンター奥の≪予約席≫だ。
 俺の知る限りでは、まだこの二週間、誰も座っていないはずだ。

 う〜ん、………気になる。気になるが、つい聞きそびれて今日まで来てしまった。しかし、今日こそは……!!


「お待ちどう様でした」

 俺の目の前に、看板娘が笑顔で野菜の煮物、タレに漬け込んで焼いた肉、湯気を立てる野菜たっぷりのスープと酒が並べられる。
 仕事帰りの俺にとって、こう、『お袋の味』系のメシが一番旨く、明日への活動力になる。

 早速、運ばれた料理を頬張ると、「美味い!」と思わず唸り声がこぼれてしまう。

「いつもありがとう。そうやって喜んで食べてくれて、作り甲斐があるわ」

 他の客の料理を運ぶ為に、たまたま近くを通りかかった女店主が、嬉しそうに声を掛けてくれる。

「いやあ、本当に美味いぜ、あんたの作る料理は!何度食べても飽きない料理なんざ、そうそうないからなぁ」

 俺の心からの言葉に、女店主はにっこりと笑い、「ありがとう」とカウンターの奥へ、新しく受けた注文の品を作るべく戻って行った。

 その後姿は凛としていて…。

「はぁ〜…」

 思わず溜め息がこぼれちまう。本当に、良い女だよなぁ。

「大丈夫か?あ、いや、大丈夫ですか?」

 そんな俺に、この店のもう一人の子供、看板息子って言や良いのかな?茶色のフワフワした髪の坊主が声をかけてきた。
 接客にはあまり出てこず、店の奥で洗い物を担当していると、この前看板娘が話してくれた。
 こうして、まともに口を利くのは初めてだな。

「おう、気に掛けてくれるのかよ。うれしいねぇ、いや、別に具合はどっこも悪くないぜ。至って元気だな」

 ニッと笑いかけると、坊主も笑顔で返してきてくれた。
 本当にこの店は心を和ませる要素が詰まってる。

 出された料理もそろそろなくなってきた頃、店の扉が開かれ、俺の見た事のない男が入ってきた。

 別に、いくら他の常連客がいたってちっとも変じゃない。
 それくらい、この店は魅力的だ。
 だが、その男はどうも、他の≪常連さん≫とは違う物を感じた。
 若いながらも、相当な修羅場を潜り抜けてきたのが、その立ち居振る舞い、さり気ない視線のやり方で分かった。
 もし、この店に何か良からぬ事をしでかすようなら、俺が黙っちゃいないぜ。
 そう、俺の大切な看板娘や看板息子、そしてあの輝く笑顔の女店主の為、刺し違えても…!

 と、俺が一人で勝手に息巻いていると、看板娘と看板息子が、これまで見た事の無い笑顔で

「おかえり、クラウド!!」

 と飛びついたのだ。

「???」やや混乱する俺の前で、その男は紺碧の瞳を優しげに細め、飛びつく二人の子供に「ただいま」と微笑んで見せた。

 その低い声には、子供達へのどこまでも深い愛情があり、一瞬で俺は自分の思い違いに気づかされた。

 そうか、この男は、子供達にとって無くてはならない存在なんだな…。一瞬の寂しさを交えて、そう理解する。って事は…もちろん…。

「おかえりなさい、クラウド。予定より随分早かったのね。吃驚するじゃない」

 彼女の輝く笑顔が今まで見た事ない程、いつも以上に美しく輝いている。

「ああ、珍しくモンスターも少なくてな。驚くほど、スムーズに仕事が終わったよ」
でも、二週間も帰れなかったのは、やっぱりきつかったぞ…、そう答えながら、いつも≪予約席≫とクリスタルガラスのチョコボが置かれている席に、当然のように腰を下ろした。
 女店主も、当然のようにその予約プレートを脇にどけると「いつもので良い?」と笑顔を絶やす事無く声を掛けている。

 この店に来てからの謎が一度の解けてしまった…。

 こんな良い女なのに、男はいないのだろうか?

 何故、カウンター奥の席はいつも予約されているのか?

 子供達にとって、父親のような男はいないのか?


 なるほどねぇ…、としか言いようが無い。
 チラッと店の中を見渡すと、俺と同じように彼女に想いを寄せていたであろう野郎共がガッカリしたり、急に酒を飲むピッチが上がったり、力なく席を立ったり、と様々な表現でその心中を物語っていた。

 しかし、俺よりもうんと長く常連客をしている大半の客(とっくに彼女の事を諦める事の出来た奴)は、笑顔で男に杯を掲げて見せたり、女店主に「良かったねぇ、こりゃ、早く引き上げないとな。折角の家族団欒の時間が少なくなっちゃ気の毒だ」
と、笑いながら本当に席を立って勘定を払って店を出て行った。

 俺も何だか、嬉しくて仕方ない、と男の周りから離れようとせず、一生懸命男の不在の間の出来事を話し、こぼれる笑顔を振りまいている子供達を見ていると、早々に店を出なきゃならない気持ちになってきた。

「んじゃ、いつもより早いけど、勘定頼むよ」

 声を掛ける俺に、女店主はこれまで見た事もない、キラキラした目で俺の元へやって来た。


 ……本当にこの男に惚れてんだなぁ。


 心なしか気分が落ち込んでいく。
 が、まぁ、仕方ねぇな。こんな良い女に恋人がいないなんて、世の中おかしいぜ、と勝手に思ってた俺の方がおかしかったって事だな。

 告白もせずに失恋か……。

 でも、強がりじゃなく、どこかホッとした気持ちもあるんだなぁ、これが。
 きっと、彼女が本当に幸せで、恐らくあの男も(クラウドだっけか?)彼女を心から大切にしているのが、ほんの一瞬で分かっちまったからだろうな。
 あいつなら、きっと彼女や子供達を世界で一番の幸せ物にしてくれるだろう。
 これは、俺の勘だか、多分、きっと間違いじゃないと思うぜ。

 これからも俺はセブンスヘブンの常連客して、通い続けるつもりだ。
 もちろん、彼女を諦める事の出来た奴の一人としてな。
 彼女と子供達が幸せになっていく姿を見続けて行きたいって思うんだ。
 まぁ、世の中広いから、俺にも俺に似合った女がどっかにいて、そのうち出会えるだろう。 ま、多分な!

あとがき

クラウドが長く留守にする事があの世界情勢ではあると思うのです。
んで、その間にティファのハートを狙う野郎共が虎視眈々とそのチャンスを窺っているのですが、
クラウド一筋なティファにはそんな思惑には全く気付かず、ひたすらクラウドの無事を祈りつつ、
セブンスヘブンで頑張っている
…、とマナフィッシュは思ってます。
はい、やっぱりマナフィッシュの強い願望です。(笑)