「なぁティファ。この服、ちょっと袖が短くなったんだ」
「あら…本当。デンゼル、おっきくなったのね」

 ティファは朝食の後片付けの手を止めて息子を見ると、にっこり微笑んだ。

「じゃあ、他の服も袖とか裾が短いんじゃないの?」
「ん〜…、この前、お客の兄ちゃんからもらった奴は大丈夫。でも、やっぱり何着かはちっちゃいかな」
「そう。じゃあ、今日は服を買いに行こうか!」
「え!?本当に!?」

 自分の提案にパッと顔を輝かせたデンゼルに、ティファは微笑みながら頷いた。
「じゃあさ!俺、欲しい服あるんだ!!」

 デンゼルのキラキラした顔に、ティファは小首を軽く傾げた。



憧れてますから!




「ねぇ、デンゼル。これなんかはどう?」
「…………違うのが良いな……」
 ティファが広げて見せたフード付きのトレーナーを、デンゼルは難しそうな顔をして結局首を横に振った。
 はぁ…と軽くティファは溜め息を吐いた。
「またぁ〜?」
 と、唇を尖らせたのはマリン。
 デンゼルの服を買うなら、マリンの分も一緒に買ってやりたい。
 息子と娘を常に平等に可愛がるようにしているストライフ・ファミリーでは、極々自然な成り行きだった。
 ただ、予想外だったのはデンゼル。
 マリンが思わず唇を尖らせるくらい、今日のデンゼルは……難しい。
 以前、同じく買い物に来た時には割と早く決まったというのに…。

「やっぱり…私が選んだ奴よりもクラウドが選んだ方が良いのよね…」

 ガックリと肩を落としながら一人ごちた。
 以前来た時はクラウドも一緒だったのだ。
 ティファはマリンの、クラウドはデンゼルの服をそれぞれ子供達を連れて一緒に選んだ。
 男の子売り場と女の子売り場は隣同士ではあるが、それでも別れて買った方が効率が良い。
 その日は、買い物と映画を観る予定だったので、少々時間がなかったのだ。

 マリンが試着している時、フッと男の子売り場を見たティファの目に、デンゼルとクラウドが楽しそうにあれこれ話しながら服選びをしているのが見えた。
 その姿に微笑ましく思いつつ、心のどこかでちょっぴり寂しく思う自分がいることに苦笑したものだ。

 その出来事が…妙にリアルに思い出される。


 男の子が何を好んでいるのか、女の自分には分からないものだし…。


 そう胸中で再びぼやきながら、ティファは店員さんに声をかけた。
 餅は餅屋。
 こうなれば、専門の人にアドバイスを貰おうと思ったのだ。

 にこやかに営業スマイルを浮かべながらやって来たその若い女性に、最近の男の子に人気の服を訊ねる。

「あぁ、これなんかはどうですか?」

 店員がニッコリと進めたものは……。
 先ほどまでにことごとく振られた服の一つ。
 ティファは引き攣った微笑を浮かべると、
「あ〜…ごめんなさい。さっき、フラレちゃったやつです」
「あら。じゃあこっちは…?」
「すいません。…それも……」

 その後、何着か勧めてくれたが、ことごとく既に却下されたものばかりだった。
 店員はかろうじて微笑みながら、
「ん〜…申し訳ありません。でしたらもう……当店には……」
「あ…そうですか…。こちらこそ…すいませんでした…」

 店員と客が深々と頭を下げあう姿は…ハッキリ言って奇妙以外の何ものでもない。
 そんな母親代わりの姿に全く気付かず、デンゼルは難しい顔をして店内を物色し、マリンは苛立ち混じりの溜め息を吐いた。

「ティファ〜…悪いけど、ここにはないから違う店行きたいな」
「「 ……… 」」

 店員が他の接客に向かうと同時に戻って来たデンゼルの台詞に、ティファとマリンはガックリと肩を落とした。

 ここまで物にこだわるデンゼルは珍しい。
 いつもは特にあれこれ注文などつけないのに…。
 食べ物や遊ぶための道具、それらにはとんと無頓着。
 いつもニコニコしながら、

「あ、これ美味しい!」
「ティファが作るやつだったら何でも良いよ。あ、なんでも良い…って言われるのが困る…っておばちゃんがぼやいてたから……ん〜……冷蔵庫、何があるの?じゃ、ハンバーグで!」
「へ?サッカーボール?まだ使えるから良いよ、新しい奴なんて贅沢だし!」
「他に欲しい物?特にないなぁ。じゃあ、明日のおやつはクッキーにしてよ」

 そんな感じだ。
 それなのに、今日はこだわる。
 何がそんなに重要なのか分からないが……とにかくこだわる。
 実は、店に来てすぐに聞いてみたのだ、どういった服が欲しいのか。
 だが、来るまではウキウキしていた息子は、途端に恥ずかしそうにそわそわとすると、
「あ…と、…ちょっと見て来る!」
 そう言って店内に逃げてしまったのだ。
 だから、デンゼルが欲しいという服がなんなのか分からない。

「ティファ〜…デンゼルの欲しいやつって…何だと思う…?」
「…………さっぱりだわ」
「……デンゼル…どうして教えてくれないのかなぁ…?」
「お金払う時にイヤでもバレちゃうのにね…」
「そうだよねぇ…」
「マリン、お友達はどんな服を着てるの?」
「ん〜…さっき、ティファと店員さんが選んだような服だよ?別に高いものとか着てる子、いないし…」
「そう……」
「…本当に何が欲しいのかなぁ……?」
「「 はぁ… 」」

 エッジのショッピングモールの中を歩きながら、先を歩く小さい背中を見つめる。
 キョロキョロと一生懸命お目当ての服が売っていそうな店を探す息子に、ティファはすっかり諦めの境地になっていた。
 ここまで時間がかかると思っていなかったので、店の仕込みなど一切、手をつけていない。

『今日は…臨時休業ね…』

 いつも来てくれる常連達に心の中で詫びながら、ティファはマリンの手を引きつつ小さな背中の後を歩いた。


「あ…」


 大きなショッピングモールの半分は制覇したのではないだろうか…と思えるくらい歩きに歩いた頃。
 漸くデンゼルが小さな声を上げて一つのフロアーに向かって走り出した。

 やれやれ。

 マリンと顔を見合わせ苦笑する。
 二人は店のウィンドーに釘付けになっているデンゼルへ笑顔で近付き……次の瞬間目を見張った。

「……デンゼル……」
「まさか……このお店で買う……つもり…?」

 恐る恐る訊ねる二人に、デンゼルはハッと振り返って照れ臭そうに笑った。

「子供用…って……ないかな……」
 フワフワの髪をテレながら掻く息子に、ティファはやっとデンゼルが本当に欲しいものが何であるのか分かった。


 ― 紳士服 ―


 マネキンがショーウィンドーの中で着ている服は、クラウドの服を髣髴とさせる黒でシックなデザイン。
 とてもじゃないが……まだ幼いデンゼルには…似合わないだろう…。
 それに……。

「デンゼル…きっと子供用はないと思うわ…それに……」
「…それに……なに?」
「…あったとしても……ごめんね、買ってあげられない…」
「へ?」

 申し訳なさそうに指を差すティファに、デンゼルはヒョイ、とマネキンの足元を見た。
 クリクリの目がギョッと見開かれる。
 次いでズザザザザーッ!!と勢い良く後ずさると、

「ご、ごごごごごめんなさい!!そ、そんなに高いとは思わなかったから!!!!」

 真っ赤になって必死に謝る。
 マリンも値段を見て目を丸くした。

 何でもなさそうな黒のシックなカットソー。
 一枚三万ギル。
 シックなデザインのパンツ。
 一本四万八千ギル。
 黒の革靴。
 一足三万九千ギル。

 ちなみに、ポーションは一個五十ギル、万能薬は千ギル。

 血圧が一気に上がって失神しそうな額だ。

「うっそーー!!なんでそんなに高いの、コレ!!」
「まぁ、紳士用だからかもしれないけど、この系列のお店は高級店なのよ」
「…クラウドの着てるのとそんなに変わらないのに…。クラウドの服、こんなに高いの?」
「ん〜…ここまでは高くないわね」
「だよねぇ……何が違うのかなぁ…、素材?」
「素材もだろうけど、きっと縫製がしっかりしてるのよ」

 クスクスッと笑いながらティファはマリンの手を引くと、真っ赤になって呆然としているデンゼルの頭をポンと優しく叩いた。

「ふふ…気にしないの。さ、別のお店に行きましょう」
「 …………… 」
「デンゼル、クラウドに似たような服はデンゼルにはまだ早いわ」
「 !! ……あはは…バレた……?」

 恥ずかしそうに頭を掻く息子に、ティファは目を細めた。

「もう少しデンゼルがおっきくなったら、きっとクラウドよりも似合うようになるわ」
「え……と……そうかな…?」
「ええ。クラウドがヤキモチ妬くくらいカッコ良く似合うようになってるわよ」
 ね、マリン?

 話を振られたマリンはキョトンとすると、マジマジとデンゼルを見つめた。
 あんまり真剣に見つめるものだから、当の本人であるデンゼルは勿論、ティファもおどおどする。

『あら……振っちゃダメだったかな…?』

 内心ちょっと焦ったりしたのだが…。

「ん〜…デンゼルがもう少し強くなったらね」

 ニッコリと笑ってそう答えたマリンに、胸を撫で下ろした。
 デンゼルは真っ赤になって、
「う……が、頑張ってるんだから、今だって!絶対にクラウドみたいに強くてカッコイイ、クールな男になるんだ!」
 こぶしを握り締めて見せる。
 そんなデンゼルに、マリンはわざとシレ〜ッとした顔をして見せると…。


「ふ〜ん、クラウドみたいにクールになるの?だったら、ティファみたいな理解のある女の人見つけないと、絶対に将来一人ぼっちで寂しくなるよ?」


 ボンッ!!

 ティファの顔から火が出る。
 対照的に、デンゼルは、
「そっか〜…そうだよなぁ。俺、そこんところは考えようかな…」
 などとすっかり余裕を取り戻してニヤ〜ッと笑った。

「も、もう!そんなこと言ってからかうなら服、買ってあげないからね!」

 まったくもって説得力も迫力もない捨て台詞を口にした母親代わりに、子供達は大声で笑い出すと、
「ごめんって〜!」
「ティファ、ごめんなさい〜!」
 ティファの両手にしっかりとしがみついてじゃれあった。
 そんな親子を、通り過ぎる人達が微笑ましく見つめるのだった。






「……そんなことがあったのか…」

 その日の晩。
 深夜近くに帰宅したクラウドに、ティファは昼間の出来事を話して聞かせた。
 クラウドは紺碧の双眸を優しく細めると、ティファ特製のクリームシチューに舌鼓を打ち、ホゥッ…と、幸せの溜め息を吐いた。
「俺も一緒に回りたかった…」
 ポツリと呟いた彼の一言に、ティファは微苦笑を浮かべて隣のスツールに腰掛ける。
「うん…、ごめんね?」
「え?」

 急に謝られてクラウドは目を瞬いた。
 さっぱり意味が分からない。
 ティファは茶色の瞳を伏せると、
「クラウドだって…子供達と一緒に過ごしたいのに…。私ばかりがいつも子供達と一緒で…、仕事も子供達に手伝ってもらってるから…。でもクラウドは…」
「ストップ」

 まだまだ続きそうな彼女の謝罪の言葉に、手を上げて止める。
 申し訳なさそうに曇るその表情に、クラウドは苦笑した。

「俺は良いんだ。仕事で世界中を走り回ってるんだから。それに、むしろ謝らないといけないのは俺の方だろ?いつも子供達のことや家の事をティファに全部任せっきりなんだから」
「でも!」
「でもじゃないだろ?本当の事だ」
「だけど」
「だけどもナシだ、ティファ」

 顔を近づけて至近距離で瞳を覗き込む。
 途端に、彼女の頬に朱が差した。
 うろうろと所在なげに視線を彷徨わせる彼女が…愛しい。

 クラウドはクスッと笑うと、軽く口付けてそっと抱きしめた。
 初めはモゾモゾとしていたが次第に落ち着いてきたのか…それとも諦めたのか。
 大人しくクラウドの腕の中に収まると、自身もそっと彼の背に腕を回す。

「マリンの言う通りだよなぁ…」
「…なにが?」

 ポツンとこぼした一言に、ティファは顔をそっと上げると小首を傾げた。
 魔晄の瞳が苦笑している。

「いや、本当にティファがいなかったら俺は一人ぼっちで寂しく過ごしてたんだろうなぁ…って思って」
「 !? ……そ、そ、そんなことはないと……思うけど………」

 真っ赤になってしどろもどろ答えるティファに、
「いや、そうに決まってる…。まったく、本当にマリンは良く見てるよな…」
 キッパリと言い切った。

「そう考えると、デンゼルは大変だな。俺に憧れてくれるのは嬉しいけど、性格まで似たら大変だ」
 まぁ、今のデンゼルを見てるとそんな心配は無用だと思うけど…。

 どことなく遠くを見るような目をしてクラウドは天井を見上げた。
 その顔が…ひどく寂しそうで……ティファの胸がちくりと痛む。

「どうしたの?」

 そっと手を彼の頬に添えると、すぐに魔晄の瞳はティファに戻った。

「いや、デンゼルが俺に憧れてくれてる…って聞いて、ちょっと子供の頃を思い出した」
「…『英雄』に憧れてたこと?」

 苦笑いを浮かべて小さく頷く。
「あの頃はさ、自分が認められなくてどうしようもなくて…。強くなったら皆俺を認めてくれる…って…思い込んでた…」
 ティファから視線を逸らして言葉を続ける。
「まぁ…今考えたら本当にちっぽけでみっともない理由だけど…でも……」


 あのバカでみっともない俺がいたから…今の俺があるんだよな…。


 ちょっと照れたようにそう言ったクラウドに、胸が熱くなる。
 クラウドの背に回していた片腕、頬に添えていたもう片方の腕をそっと彼の首に巻きつけて…。

 心からの口付けを贈る。

「うん……そうだよ、クラウド。無駄なことなんか…一つも無かった…」
「ん……ありがとう…」

 ギュッと抱きしめ合って…ちょっと身体を離して微笑み合って。
 そうしてまた口付けを交わす。



「今度は皆で買い物に行こうよ」
「ん…そうだな。じゃあ、ちゃんとスケジュール調整して、丸々一日か二日は休みが取れるようにしないと」
「ふふ…楽しみね!」
「ああ。それに、最近デンゼルに護身術教えてやれてないからな。ちゃんと教えてやらないと」
「あ、それなら大丈夫。私が時々基礎だけ見てあげてるから」
「 !? ………じゃあ、俺は別に必要ないんじゃないか…?」
「ダメよ。デンゼルはクラウドが良いんだから。なんて言っても、世界一憧れてる男の人なんだから」
「……そうかな……」
「そうよ。今日の買い物、本当に見せたかったわ」
「はぁ…本当に見たかった…。そんなに服、高かったのか?」
「もうビックリ!クラウドの服、元々そこらへんのお店で簡単に手に入ったものを私が繕った…なんて言ったら、絶対に『作って〜!』って言うと思ったから言ってないんだけどね…」
「……なんか、そんなに『憧れてる』って言われると恥ずかしいな…」
「ふふ、頑張って『お父さん』」
「 !? …お、お父さん……か……そうだな……」
「あ、でももしかしたらやっぱり『ヒーロー』かしら」
「 !! ティファ、頼むからもうそれ以上やめてくれ…」
「プッ!!もう、クラウド顔真っ赤!!」
「誰のせいだと思ってるんだ…」
「デンゼルのせいでしょ?」
「…………デンゼルとティファのせいだ」
「…でもいつか…」
「ん?」
「いつか、クラウドに繕ってあげたように、デンゼルにも繕って上げられる日が来るかしら……」
「来るさ。きっと、その日が来るのはあっという間だ…」
「うん…そうだね…」
「その日が来た時は、家族みんなでお祝いだな」
「うん!」
「じゃあ……お休み、ティファ」
「うん…お休み、クラウド」




 数日後。
 家族四人が仲良く並んで買い物をしている姿がエッジのショッピングモールで目撃された。
 そして更に数日後。
 セブンスヘブンの看板息子が額に汗を浮かべながら、真剣な顔で父親代わりに護身術を教わっている姿があったという。
 一生懸命教わっている看板息子の目は、とても輝いていた。
 それこそ、ティファに格闘の基礎の型を教わっている時よりもうんと!

「やっぱり憧れてる人に直接教わると気合の入り方が違うのよね」
「うん!だって、憧れてる人の事はなんでも真似したがるもん!」
「あら、マリンったら良く分かってるのね」
「へへ〜。私もティファの事、すっごく憧れてるから、ティファの真似っこ、一生懸命してるんだもん」
「え…?」
「でも、中々上手くいかないんだけど…」
「マリン…」
「でも、だから!せめてお料理だけは同じくらいに上手になりたいの」
「もう…ほんっとうに可愛いんだから〜!!」
「きゃー!くすぐったい〜!!」


 ひとしきりじゃれ合って、もう一度窓の外をみる。
 一生懸命頑張っているデンゼルと、そんなデンゼルに真剣な眼差しで教えているクラウドに微笑みながら、二人はいそいそと昼食の準備に戻ったのだった。
 それは本当に幸せそうな家族の姿。

 理想の姿がそこにはあった。


 数年後、きっと看板息子はジェノバ戦役の英雄と並んでも劣らない立派な青年になっているだろう。
 そして、その頃にはセブンスヘブンには料理の達人がもう一人いるのだろう。
 それも、目を見張るほどの美人になって。

 そう思わせてくれるある日のひとコマ。




 あとがき

 166661番、キリリク小説です♪
 リクエストは、『デンゼルにとってクラウドは憧れの存在。クラウドに憧れいっぱいの眼差しを向けていて、そんなデンゼルにかつて英雄に憧れていた自分を思い出したり、重ねたりしているクラウド。そんな、二人のお話を〜』とのことでした☆

 なんだか微妙に話しがズレた気がします……。
 な、何ででしょう???
 おおう…こんな話しですが、設楽様、貰ってやって下さいませ(土下座)。
 あ、勿論返品可です〜(^^;)
 リクエスト、本当にありがとうございました!!