「なんでそんな余裕なんだよ…」 呆れたようなその一言に、クラウドはハタ…と考え込んだ。 all all allクラウドは、デリバリーサービスを始めてから、少しずつ人との付き合いというものが出来てきた。 人付き合いが苦手でも仕事をしていたら自然と最低限の付き合いと言うものが必要になるし、出来上がっていく。 配達の仕事をし始めの頃は、依頼主と届け先の人間だけを相手にしていれば良かったのだが、仕事をこなすにつれ、その関係は幅広くなっていった。 依頼主が発注をした相手先である品物を作る業者などがまさにそれにあたる。 そして、彼らを通じて新たな人とのつながりが出来るのだ。 今、クラウドの目の前にいる若い男もその1人。 チェック柄のハンティング帽を小粋に被った中肉中背の彼は、シルバーアクセサリーを作る職人でクラウドの配達依頼主たちの間で腕は確かという評判だった。 クラウド自身、仕事以外で彼の小さな店を訪れたことが何度かある。 ちなみに、今も仕事外での来店だった。 「なんで?」 「そ、『なんで』?」 軽く困惑して首を傾げてみると念押しされてしまった。 クラウドは無意識に顎に指をかけて暫し黙考する。 しかし、考えても男が求めているような答えは浮かばない。 強いてあげるなら、彼女がとても心が広く、愛情深い人だから。 だがそんな台詞はクラウドにとって当たり前すぎて口にするのもなんとなくバカらしいし、目の前で興味津々な顔をしている男に聞かせてやるのもなんだか無性に勿体無い気がする…。 クラウドがツラツラとそんなことを思っていると、質問した男は苦笑めいたものを顔に浮かべて、小さな店に相応しい小さなカウンターに頬杖をついた。 「クラウド〜、本当にアンタって面白いなぁ」 その軽い口調に思わずムッとして目を上げる。 男は頬杖をついていない方の手をヒラヒラ振って見せると、カウンターの下に手を差し入れた。 取り出した小さな箱をそっと置く。 抑え気味の店の照明だが、それでも置かれたそのアクセサリーはキラキラと輝いていた。 「大体な、あんなにモテモテの彼女が『ちょっとうっかり、いけない気持ちを他の人に持っちゃった〜』って言ったって可笑しくないのが世の常だぞ?それなのに、全然疑ったことがないってアンタは言った」 「言ったな」 「だから、『なんで?』ってなったんだよ、俺は。ティファが浮気しないって自信があるんだろうけど、その自信はどっからくるわけ?」 男がティファを呼び捨てにするのはもう今更の話だが、内容が内容だけにやはり面白くない。 クラウドの眉間にしわが寄る。 「ティファをそこらへんの浮ついている女と一緒にしないでくれ」 「アンタ、いま世の女性の大半を敵に回したぞ?」 「ほっといてくれ」 「ほっとけないね。その溢れんばかりの自信はどっから来るわけ?なにか特別なことでもしてるのか?」 「特別?」 「そ。例えば家事は全部クラウドがしてる…とか…、それはありえないな。贅沢させてるとか…って、これもありえないなって、アンタ、言わせるなよなぁ〜そんなこと!」 「…お前、言いたいことが分からないぞ…?」 ニヤニヤ笑い出した男にクラウドが怪訝そうに目を眇めると、男はクイクイ…と人差し指で呼び寄せる仕草をした。 眉間のしわを深めながら少しだけ耳を寄せたクラウドの首へ腕を回して引き寄せると、男がなにやら小声で耳打ちをした。 「なっ!?!?」 真っ赤になって勢い良く距離をとると、人の悪い笑みを満面に浮かべた男をクラウドは思いっきり睨みつけた。 「お〜お〜、可愛いねぇ。冗談だよ、冗談」 「……帰る」 「照れるな照れるな。今更ダロ?」 「……サイテーだな、お前…」 ひとしきり笑った後、カウンターに置いていた品物を大事に包み、クラウドに差し出した。 「ほら、注文どおりだったろ?」 「そういうのは包む前に確認するもんじゃないのか?」 「アンタの顔見てたら注文どおりの仕上がりになってたことが分かった」 自信満々に言い切った男にクラウドは面白くなさそうな顔で小箱をひったくるようにして受け取った。 そのくせ、懐にしまいこむときはとても慎重に、大切そうな手つきになっている。 心なしか頬が緩んでいるようだ。 アクセサリー職人の男が意地悪く笑うには充分だった。 「丁度今から昼休憩するんだけどどうだ?おごるぜ?」 クラウドはチラリ…と男を見やると首を振った。 「いい」 「なんで?昼飯、食わねぇの?別に『奢れ』なんて言ったりしないぜ?」 「持ってるから」 「…なにを?」 しつこい質問にクラウドは辟易したような顔をしたが、それが実は、取り繕うための表情だと男にはすぐ分かった。 あえて『本当に分からない』とそぶりで首を傾げると、クラウドはそっぽを向いたままボソッと呟いた。 小さすぎて聞こえない。 「なんだよ、聞こえない」 「だから…、弁当持ってるんだよ」 「弁当!!」 自棄になって大声を出したクラウドに、男は眉を持ち上げ両目を見開いて見せた。 明らかにからかっているその仕草に反応し、クラウドのこめかみに青筋が走る。 しかし、そんな危険信号状態のクラウドを前に男はどこまでもマイペース。 「へえ〜〜、良いなぁ、愛妻弁当か〜。そりゃ、そこらへんの店のメシなんか食えねぇよなぁ。いいなぁ、いいなぁ、ちょっと見せてくれよ」 わざわざカウンターから出ると、照れ隠しで思い切り不機嫌になるクラウドにまとわりつく。 当然、クラウドの機嫌はあっという間に悪くなる。 身体をひねって鬱陶しい攻撃を避けつつポケットから金を取り出した。 放り出すようにしてカウンターに置くと、長居は無用といわんばかりに、 「じゃあな!」 イライラと捨て台詞を残して背を向けた。 人付き合いが苦手で言葉の言い回しも不得意なクラウドに太刀打ち出来る相手ではない。 男はとうとうからかうのを放棄して笑い出した。 その笑い声にまた神経が逆撫でされる。 「じゃあな、また来てくれよ。今度は『結婚したい女ナンバーワン』の美女をゲットし続けていられる秘訣を土産に持ってきてくれ」 「黙れ!」 腹を抱えて笑う男に舌打ちを残し、クラウドは荒々しくドアを叩き締めると店を後にした。 恥ずかしいやら、ティファを俗物扱いされて腹立たしいやらで荒い足取りでずんずん歩いていたが、暫く歩いているとその苛立ちも段々収まってきた。 代わりにこみ上げてくるのは懐にしまいこんだ品物を渡す相手への想い。 そっと服の上からそのふくらみに触れると、ほんのりとした温もりを感じた。 それは、錯覚でしかないのだが、それでもクラウドの心を暖かいもので潤わせてくれた。 苛立ちが急速に薄らいでいく…。 「…喜んでくれると良いな…」 言葉にすると、胸の中に残っていた苛立ちの最後のカケラがスーッと消えていった。 別になんの記念日でもない。 たまたま、この前の仕事で彼の新作を目にしたのがきっかけ。 一目で絶対にティファに似合うと思った。 しかし、あまり指輪の類を送ってもティファは困ってしまう。 セブンスヘブンは飲食を扱っている。 だから、仕事をしているときは指輪は外さなくてはならない。 その理由からいくとブレスレットもダメだ。 いちいち洗い物や料理をするときに外したりつけたりするのは面倒だ。 ならば…と、クラウドは目に止まったそのアクセサリーを『チョーカー』にするべくオーダーメイドしたのだ。 ネックレスでも良いのでは?と職人の男には言われたが、なんとなくネックレスよりもチョーカーが良い、と思ったのだ。 理由は……いまだに良く分からない あえて言うなら『直感』だ。 そんなことをつらつら考えながら、クラウドはフェンリルのボディーに背中を預けて地面に座り、小高い丘の上でティファ特製の弁当を食べていた。 今日は朝からとても良い天気だったので、ティファが空を見て一言。 『とってもいい天気だからお弁当作るわね。そしたら、お仕事でもピクニック気分が味わえるでしょ?』 ニッコリ笑ってそう言った彼女はとても可愛かった。 その後で、 『まぁ、ピクニック気分と言っても1人だと味気ないかもしれないし、お昼ご飯の時だけそういう気分を味わっても一瞬で終わっちゃうから意味ないかも…だけど…。それでも…、やっぱり少しだけでもリフレッシュ出来るのと全く出来ないのじゃあ、違うよね?』 悪戯っぽく笑ったティファに、クラウドは釣られて微笑んだ。 ティファのことを思いながらティファが作った弁当を食べる。 なんとも贅沢なことだ…としみじみ感じつつ、気がつけば最後のサンドイッチを手にしてクラウドは顔を上げた。 どこまでも澄み渡る青空は、魂が溶けてしまいそうな心地がする。 「今度、デンゼルとマリンも一緒に連れてくるか」 ゆっくり咀嚼しながら呟くクラウドの中では、ティファが一緒にいることはもう決定事項だった。 ティファに弁当を作ってもらってピクニックへ誘ったとして、彼女は渋い顔をするだろうか? ありえない。 絶対に彼女は断らないだろう。 むしろ、顔を輝かせて喜んでくれるはずだ。 というか、喜ばないはずがない。 『デンゼルとマリンも絶対に喜ぶわ!』 はしゃぐ彼女が姿がリアルに想像出来る。 クラウドは自分でも気づかないうちに柔らかい笑みを浮かべていた。 それをたまたま町の外へ遊びに来ていた子連れの若い親子や、恋人達が数名目撃していたことにも気づかない。 だから、若い母親や女性が自分たちの伴侶や恋人そっちのけでクラウドに見惚れていたことにも気づかない…。 気づかないまま、クラウドは水筒から湯気の立つコーヒーを注ぎ、ゆっくり口に運んだ。 ホッとする…。 買ってきたものとはやはり違う『味』と『温もり』。 ティファは、『少しだけでもリフレッシュ出来る』と言っていたが、『少し』どころか…。 「…また作ってもらおうかな…」 食べることは生きること…とはよく言ったものだ。 良いものを食べると身体を維持するだけでなく心まで生き生きしてくる。 「流石ティファだな。うん、美味かった」 満足のため息を吐くと、ゆっくり腰を上げた。 少し伸びをして遠くへ視線を向ける。 山々の青い波が遥か遠くをゆったりと大地へ伸ばしていた。 雄大な自然で目を休め、美味い弁当で腹を満たす。 「うん、贅沢だった」 クラウドにしては珍しく、何度も『満足』の独り言をこぼす。 そして、ハタ…とクラウドは昼食前に立ち寄ったジュエリーの店で店主で職人の男が唐突に訊ねた『質問』を思い出した。 そっと空になった弁当箱を見る。 フェンリルのシートに押し込もうとしたそれは、すっかり軽くなっていた。 ―『結婚したい女ナンバーワンを恋人にしてるけど、いつか自分から離れてしまうかもしれないって思わない?』― いつか離れてしまうかもしれない? ティファが…? 自分から…? 温かな風が少しだけ固まったクラウドの頬を優しく撫でる。 顔を上げて暫し眩いばかりの自然へ目を向ける。 目は自然を、しかし脳裏に浮かんでいるのは笑みを浮かべて弁当を差し出してくれた彼の人(かのひと)の顔(かんばせ)。 一点の曇りもない微笑みを自分に与えてくれるティファ。 どうしてその彼女が自分から離れてしまうと思えるだろう? そんな風に思うことは、ティファへの裏切りに近いのではないだろうか? 「……ありえない…よな…?」 首を傾げてそう呟く。 そう、ティファが子供たちを連れて自分の前から姿を消してしまうなら、もうとっくの昔にやっているだろう。 それこそ、家出からのこのこ帰ってこようとした時点で門前払いだ。 なのに、ティファは両腕を広げて迎え入れてくれた。 あのときのティファの微笑みと温もりは死んでも忘れない。 だから、クラウドはティファが自分から離れてしまうとは思えないのだ。 それに、ティファは家出前と家出から帰ってからでは全然違うとクラウドは感じている。 真っ直ぐ自分を見てくれていると実感するのだ、ことあるごとに。 そう思えるのはクラウド自身がティファのことを真っ直ぐ見ているからに他ならないのだがそのことにクラウドは気づかない。 気づかないから、何も成長出来ない自分をティファが包み込むように変わってくれたと感じている。 勿論、そんな彼女の隣に立つに相応しい男になりたいと必死に自分を律してはいるのだが、全然そんな努力、ティファの包容力には追いつかない…と思っている。 だから、ティファが自分から離れない理由をクラウドはたった1つしか挙げられない。 彼女が素晴らしい人だから。 ただそれだけ。 クラウドに彼女を惹きつける何かを持っているからではなく、ただただ彼女が素晴らしいから…それだけだ。 「…こんなこと、絶対誰にも言えないな」 気障過ぎてとてもじゃないが口に出来ない恥ずかしい想いの数々。 ユフィあたりに知られたら死ぬまでからかわれたり、それをネタに永久に揺すられることが目に浮かぶ。 それをスラッと思い浮かべた自分にほんの少し戸惑いながらも心は温かくて気持ちが浮き立つ。 いつか、彼女に告げられたら…とかとか、そんなこっぱずかしいことがフッと浮かんで、クラウドは1人赤面した。 赤面しつつ、シートに詰め込んだ空の弁当箱を見つめて双眸を細めた。 彼女が忙しい朝に心を込めて作ってくれた弁当に見合うだけのプレゼントが買えただろうか?と今更ながらに思う。 きっと、ティファは喜んでくれるだろう。 なんでも大げさなくらいに喜んでくれる彼女だから、クラウドは時々、本当にティファは嬉しいと思っているのだろうか?と不安になる。 気を使って喜んでいるフリをしているのでは?とバカなことを考えてしまうのだ。 だが、そう思ったとしてもすぐ、ティファの笑顔を前にバカな考えは霧散してしまうわけだが…。 愛しい。 ただ愛しいから、ティファが喜んでくれるようなことならなんでもしたいと思う。 元来照れ屋な性分ゆえに、中々思うように行動出来ずにいるが、少しずつそんな自分から脱却し前進出来るよう弱腰な己に喝を入れている。 今日のように、ティファのためのちょっとしたプレゼントを買い求めたりがその例だ。 まだまだ全然足りない努力。 自分が胸に抱いている大切な想いの100分の1も表せていないのだから。 もっともっと…、もっとティファに喜んでもらいたい。 そのためならば、多少の無理はしてみせる…と、そこまで思っていた。 …思うだけで実行に移せていないのだが…。 「…仕事仕事…」 気恥ずかしさを無意識に誤魔化すべく呟くと、身体も心も軽くクラウドは仕事モードに気持ちを切り替えた。 早く仕事を終えて帰宅するため、勢いよく愛車のエンジンを噴かす。 1分、1秒でも早く帰ってティファの喜ぶ顔が見たい。 勿論子供たちにも会いたい。 今夜は午前中の仕事が思いのほか上手く運んでくれていた。 この分だと早い時間に帰宅出来るだろう。 「さ、もうひと頑張り頼むぞフェンリル」 愛車をポンと叩くと、クラウドは勢い良くスロットルを回した。 懐にはティファへのプレゼント。 ハート型のルビーとそれを取り巻くようにちりばめられたダイヤをシルバーチェーンのボディにあしらった『チョーカー』。 脳裏には、プレゼントを渡した時に見せてくれるであろうティファの笑顔。 プレゼントを渡したときの驚いた顔。 箱を開けるときのちょっと緊張した面持ち、それでいてワクワクと輝く瞳。 チョーカーを見た瞬間のハッと息を呑む仕草。 そっと細い首にそれを宛がったときの艶っぽさ。 そして…。 「ありがとう……クラウド…!」 嬉しさのあまり、破顔した彼女の潤んだ双眸。 全部全部、その全部が愛しい。 だから、彼女の隣に立つに相応しい男になるため、クラウドは今日も頑張る。 クラウドが知らずのうちに脳内で展開したお花畑物語が現実のものとなるまであと8時間。 あとがき 拙宅4周年のお話しがこんなんってどうよ…(汗) はい、クラウドがかなり壊れキャラとなってしまいましたが、これはもうね、管理人のティファへの愛が強すぎる故の産物です。 たまにはクラウドも脳内お花畑になりやがれ! ティファに心だけでなく命も魂も捧げやがれ!!(← そんなことして本当に星に帰ったらティファが悲しみます) とかとか思いましてね。 ティファってば本当に小さい頃からクラウドに一途だったのに、クラウドったらフラフラ気持ちは揺らぐし家出はするしでほんっとうにマナフィッシュの中では『この野郎……(怒)』となっているわけです。 そのくせ、ティファが他のキャラへ気持ちを移すことは断固反対なんですけどね…(笑) というわけで! ティファ大好き管理人は、ティファが喜ぶであろう『クラウド、ティファにベタ惚れよぉ』というお話しを書いてみました。 お話しというよりも一人語りですね。 オチのない話しになりましたが、久しぶりにクラウドがアフォになっているのが書けて自己満足です(^^) ここまでお付き合い下さって本当にありがとうございます。 これからも拙宅をよろしくお願いします<(_ _)> |