『特に欲しいものがあるわけじゃないんだけど…折角だしどうしようかな』 少し頬を染めて、目を輝かせて、一生懸命考て…。 そうして。 無意識であろう魅力的な上目遣いと、少しだけ恥ずかしそうにはにかむ彼女に鼓動が跳ねる。 良い意味で鈍感な彼女はそんなことに気づかず無自覚のまま、心臓を止めてしまわんばかりの威力に溢れた一言を口にした。 『うん、それじゃあね。クラウドの1日を私にちょうだい』 今日はそんな彼女の誕生日。 All of me are dedicated to youエッジは決して美しいとは言いがたい街だ。 世界一、急速に成長している巨大都市であるこの街は、多くの人々と共に車や物資が流れ込んでいる。 人口が増えるということは建造物も増えるということに他ならず、急ピッチで高層ビルや様々な建物が建てられていた。 当然、街は喧騒に溢れ、活気に溢れると共に雑然とした雰囲気が生み出されている。 街行く人々の顔は明るく、生き生きとしている…と言えば聞こえは良いが、中には決してそうとばかり言い切れない種類の元気の良さもあったりして、最近のエッジは治安が良いとは言いがたい。 まさに闇と光の混在する街であるこの大都市は、生まれ故郷とは似ても似つかなかった。 時代に取り残されたような古びた村。 若者にとってなんの魅力をも感じさせず、大都会への憧れを募らせていた故郷。 しかし今、振り返ってみるとどうしようもない郷愁の念を抱かせる故郷。 その故郷とは真逆のこの街の成長振りには日々戸惑う。 そして、そのためかエッジという街そのものに安らぎを感じることはない。 それなのに…。 クラウドはいつもよりも己の足がうんと軽やかに進むのを感じながら、チラリ…と視線を横に流した。 軽やかな足取りの唯一の原因がピッタリと寄り添って歩いている。 自分以上に見慣れた街並みであるはずなのに、目を輝かせ、頬を染めて嬉しそうに歩くティファ・ロックハート。 いつもバイクに乗り、高速で走り抜ける街をティファの歩調に合わせてゆっくり歩くと全く違うものとして目の前に広がっていく。 それは新鮮な驚きとなってクラウドを楽しませた。 昨日からの雨が上がり、本日の天気は晴天で、空から注ぐ陽の光は眩しく、頬に当たる風はほんのり暖かいこととか。 見上げると抜けるような青空に真っ白な雲が薄い帯のようになって流れ、美しい青と白のコントラストを描いていることとか。 ところどころ植えられている街路樹も、昨日の雨で埃を洗い流されて目に鮮やかな新緑の輝きを放っていることとか。 はたまたセブンスヘブンのような小さな佇まいの店が増えていることとか。 意外と小さい子供が多いこととか。 街を行く人々の表情1つ1つがより身近なものとして感じられることとか…。 それらはバイクに乗って走っているばかりだと見過ごしてしまうものばかりだ。 勿論、このような良いことばかりを発見するわけではないのが残念と言えば残念である。 人が多くなると言うことは交通手段が多種多様になることにも繋がる。 乱暴な運転をする車も多い。 信号のない道路を強引に渡ろうとする危険な歩行者も多い。 クラクションや急ブレーキの音など珍しくない。 車やバイクが出す排気ガスの匂いも濃い。 当然、エンジン音や人々の声などの喧騒に溢れ返り、少しも心穏やかに過ごせる要素がない。 だが、それらはエッジにとって主要な道路周辺の話しであり、一本道を奥へ入り込むと喧騒は薄らぎ、ホッと一息つける空気が漂っていた。 セブンスヘブン自体がエッジの主要な道路からは離れ、奥まった場所にあるというのに、ティファに先導されるようにして入り込んだその小路の静けさには軽い驚きを感じる。 「ここに来たかったの」 クルリと振り返ってティファが笑う。 子供のように目を輝かせる彼女にうっかり見惚れそうになりながらティファの指す方へと視線を向けた。 「ここか?」 「うん」 そこは小さなログハウスを模した作りのアクセサリー兼カフェショップ。 クラウド自身、1回だけだが配達を頼まれ、仕事を請け負ったことがある。 当時、店はまだオープンどころかまだ完全に建ってはいなかったので、こんなにも立派な建物になったのかと軽く驚く。 美意識が人並みよりも疎いと自負しているクラウドの目から見ても、木の温もりを感じさせる瀟洒なその佇まいは中々素敵に見えた。 正直、こんな奥まったところに店を構えて客が来るのだろうか?と余計な心配をしてしまったことを思い出す。 自分の失礼な心配が杞憂に終わっていたことを初めて知り、クラウドは既に数人並んでいるその最後尾へと足を向けた。 「ここね、店主さんがすっごい良い人なんだって。それにアクセサリーも可愛いけどお茶がすごい美味しいって評判なの。でも、1人で来るのはちょっと…って思ってたから中々来れなくて…」 ふふ、と笑いながら話すティファに目を細めつつ、1人で来るのがちょっと…と言ったその言葉に首を傾げる。 だがほどなくしてその疑問は店に並ぶ客たちを見ることで解決した。 ようするに、カップルが多い。 女性同士の客も多いがカップルも多い。 半々…といったところだろうか? だがそれにしても子供たちを連れてきても良いはずだし、そもそもティファなら友達も多いだろうに…と思っているとまるで心の中を読んだかのように、ティファは恥ずかしそうに笑った。 「だって、きっと友達と来てても周りの人たち見てたらクラウドのこと思い出しちゃうだろうし…」 そうしたら、絶対に楽しさ半減しちゃうから。 少し俯き、照れ臭そうにボソボソ言ったティファに、うっかり頬が緩みそうになる。 緩んでしまわないように顔に力を入れ、 「そうか…」 と素っ気無い一言を口にしながらも、目が泳いでいることにクラウドは気づかない。 俯き加減のティファも気づかない。 お互い、気づかないままなんとも面映い気持ちが溢れる返る。 陽の光は穏やかに降り注ぎ、微風が優しく髪を撫でる。 どこからか甘い香りが鼻腔をくすぐり、それが今、自分たちが並んでいる店から漂っているのだと気づいたのは順番が回ってくるまであと一組となった時だった。 小さな店なので回転もさほど良いとは言えない。 しかし、待っていることは苦痛ではなかった。 理由はたった1つ。 寄り添い立つティファのお陰。 店の軒先で順番を待ちながら、楽しそうに話すティファに相槌を打つ。 「でもごめんね。クラウド、あんまり甘いものとか好きじゃないのに…」 「いや、いい。今日はティファの誕生日だからな。行きたいところに付き合う。それにコーヒーだけで十分だ」 「そう?」 「ティファは食べたいもの食べたら良い」 「私だけ?食べにくいよ、そんなの」 「気にするな」 「もう、気にするなって言われても気になっちゃう。あ、じゃあ、私が頼んだもの一口あげるわ。一口くらいなら大丈夫よね?」 「一口か?」 「あ、二口が良い?」 「半口で良い」 「え〜、それって食べたうちに入らないじゃない?あ。甘くないものもあるみたいだね、ほら、ウェイトレスさんが今持ってったじゃない」 「…ランチが入らなくなるし、今朝食べただろ?」 「あ、そっか。じゃあサンドイッチはダメか〜。でもクラウド、男の人なんだから少しくらい食べても平気じゃない?それに、お店が変わったら味も変わるし」 「ティファが3分の2を食べてくれるならそれでもいいぞ?」 「え〜?どうして私の方が多いのよ!」 「いや、ティファなら軽いかと」 「ちょっと〜、どういう意味よ!」 少し口を尖らせて拗ねたように見上げたその目は口調とは裏腹に笑っている。 釣られて少し頬を緩ませたところで順番が回ってきた。 パッと顔を輝かせてスタッフに応じるティファに、クラウドは目を細める。 クルクルと良く変わる表情の1つ1つが大切だと本気で思う。 子供たちの前でも良く笑うし表情も豊かなティファだが、『子供たちもいる場合』と『自分だけの場合』とはその表情が違う。 そう感じるのは気のせいではないと、最近になってようやく言い切れるようになった。 それは、ティファが与えてくれる惜しみない心を常に感じているからに他ならない。 そのお陰でようやっと、頑固な殻を打ち捨てて彼女と向き合えるようになったのかもしれない、とクラウドは思えるようになった。 そしてそんな甘い考えの自分も悪くないと素直に受け止めている。 だから今、家でティファの誕生日を祝うべく、その準備をしているであろう子供たちを思うと、少しだけ申し訳ない気もしたが、それでもこの貴重な時間を味わえる幸せを喜ばずにはいられなかった。 本当なら、子供たちも一緒に来るはずだったのにな…と言うティファと一緒に席に着く。 「デンゼルとマリンに何かお土産買って帰らないとね」 「そうだな。だけど、ケーキはいらないはずだ。ユフィがデカイ箱を持ってきてたみたいだし」 「あ〜そうね。じゃあプリンとかかな?明日食べるようにしたら大丈夫だろうし」 「そこら辺はティファに任せる」 「うん」 クスッと笑うティファに、クラウドは「ん?」と無言で訊ねる。 ティファは目を細め、両手で頬杖を付いた。 「結局、ユフィたちに先手を打たれちゃったなぁって思ったの」 その一言で今朝の騒動が一気に蘇り、クラウドの眉がほんの少し寄った。 『なんのためにわざわざアタシたちが来たと思ってんの?ほら、とっとと行った行った!』 いつもの如くシエラ号を私用に飛ばせ、ハリケーンのようにセブンスヘブンを強襲したユフィは、何故か同じテンションのバレットや少し疲れ気味のシド、ナナキ、憮然としたヴィセントと共に2人を追い出した。 ご丁寧に『夕方まで帰ってくんな!』と言う一言をつけて。 それは、「今から外出するから」と子供たちに着替えるよう言わんとしていたまさにそのタイミングでの強襲だった。 絶対にやって来る!という予感があったからこそ、もぎ取った休日にも関わらず、いつもと同じ時間に起きて朝食を取らずに出発しようとしたわけだが、敵はさらに上を行っていた。 仲間たちの勢いに抗うことすら出来ないまま、クラウドとティファはユフィたちと肩を並べた寝巻き姿のままの子供たちに見送られたのだった。 「ちゃんとデンゼルとマリンにご飯食べさせてくれたかなぁ?」 「心配ないだろう。もしなにかあれば2人が連絡してくるはずだ。案外、バレットが張り切ってなにか食べさせてるんじゃないのか?」 「うん、そうだとは思うんだけどね」 微かに眉間にシワを寄せるティファに応えながらチラリと腕時計を見る。 もう既に10時半。 こんな時間になっているのに子供たちがまだ朝食を食べていないとなると、親代わりである自負を持つ2人にとっては由々しき事態だ。 勿論、そんな心配を本気でしているわけではなく、ただの愚痴である。 何しろ、2人は子供たちと一緒に過ごすつもり満々だったのだから…。 注文したお茶が来るまでの間、話題は置いてきた子供たちのことや突然やってきた仲間たちのことで持ちきりだった。 多忙な中、わざわざ誕生日に集まってくれた仲間に感謝はしているが、いつもいつも襲撃するように突然やって来る訪問は悩みの種と言っても過言ではない。 今回の場合、集まってくれた理由が理由なだけに『ちゃんと事前に連絡を』とは言い出しにくい、とティファは言う。 言葉通り、笑みを浮かべてはいるがその表情は複雑そうだ。 「本当ならデンゼルとマリンを美味しいって評判の喫茶店に連れて行ってあげられるところだったのになぁ」 「ここじゃなくてか?」 「うん、本当は今朝、パンを買ったお店で食べるつもりだったの。売店の奥にカフェレストランもあるのよ」 クラウドはそう説明するティファをまじまじと見つめながら、レストランバーを営んでいるだけあって流石によく知っている…と感心すると同時に数時間前に食べた朝食を思い出した。 あれはあれで中々良かった。 サンドイッチと飲み物を買い、公園のベンチで食べたひと時。 ベンチの頭上には木々が枝を張り、程よい傘となっていた。葉の合間から零れる陽の光が穏やかに降り注ぐ中での朝食は、なんとも言えない寛ぎのひと時を与えてくれた。 仲間たちの襲撃によって波立った気持ちはすっかり凪ぎ、こうして2人の時間を楽しむことが出来るほどに…。 「それにしても、みんなも忙しいのに…」 なんだか申し訳ないな、と苦笑するティファにクラウドは肩を竦めた。 「みんなの気持ち、というよりユフィの気持ちになるだろうな、今日の場合。受け取ってやることが巻き込まれたみんなにとって一番報われることになるんだと割り切って楽しめばいい」 そう言って、丁度運ばれてきたコーヒーに手を伸ばす。 ティファの前にはレアチーズケーキとミルクティーが並べられた。 カップに口を付けて一口啜り、薫りとほろ苦い味わいを堪能する。 ティファがいつも煎れてくれるものの方が美味いという結論を出したところで、微笑みを湛えた眼差しを向ける彼女に気づき、目だけで『なんだ?』と訊ねた。 ティファは、ううん、と首を振りながらフォークを取り、一口大にケーキを切り取ると口へ運んだ。 薄茶色の双眸が軽く見開かれ、嬉しそうに輝く。 「これ、すっごく美味しいわ」 子供のような笑顔を向けるティファにクラウドは満ち足りたものを噛みしめながら、そうか、とだけ返した。 ティファは先ほど見せた微笑みを浮かべると、フォークでケーキを一口分より心持ち少なく掬い、「はい、半口」と差し出した。 思わず片眉を上げたクラウドにティファは楽しそうに小さく笑い声を上げた。 短いが明るいその笑い声に嬉しくなるも、わざとムスッとした顔をしてみせる。 ティファはそんなことには構わずケーキの乗ったフォークをクイクイ揺らした。 生き生きしたその表情に作ったポーカーフェイスがうっかり崩れそうになる。 もしかしたらティファにはそんなにイヤがっているわけでないとバレているのかもしれない。 クラウドはチラリとそう思いながらもせいぜいしかつめらしい顔のまま、仕方ない態度を装って口を開けた。 途端、濃厚なチーズとレモンの爽やかな酸味が広がり、思わず目を瞬いた。 「ね?美味しいでしょう?」 まるで自分が作ったかのように嬉しげに言う彼女にとうとうポーカーフェイスが崩れる。 「そんなに気に入ったのか?」 「うん!これ、お土産にしたいくらいよ。でも今日はケーキがあるから…」 また今度ね、と少し残念そうに肩を竦めて笑うティファにクラウドは目を細めた。 ちょっとしたことで喜んで、ちょっとしたことで残念だと思える彼女のなんと感情豊かなことか。 自分にはないものを沢山持つティファを誇らしいと思うし、そんな彼女が生まれた日をこうして一緒に過ごせることを幸福だと本気で思う。 彼女が大切だという想いが心の底から溢れて止まらない。 ふと、クラウドは俯いたティファが先ほど見せた何か言わんとする笑みを浮かべていることに気がついた。 なんだ?と、愛想のカケラもない一言で訊ねると、ティファは先ほどと同じように、ううん、と首をフルリと横に振った。 しかし今度はウェイトレスにも邪魔されることなどなく、ジッと無言のまま見つめ、視線だけで問いかけ続ける。 「あのね」 根負けしたのか、それとも最初から話すつもりだったのかは分からない。 短い逡巡の後、ティファは小さい声ではにかむように言った。 「クラウド、すっごく良い顔をするようになったなぁって思ったの。それに、本当に丸くなったわ」 目をパチクリさせて彼女の言葉の意味を考える。 良い顔をしているつもりはサラサラないし、性格が丸くなった自覚もない。 彼女が褒めてくれているのだと言うことはちゃんと分かっているが、自覚がないものだから喜びよりも戸惑いの方が強い。 ティファは目を上げると双眸を細めた。 「自覚、ないんだね。でも本当よ?クラウド、すごく温かくなったわ」 心に染み渡るその一言に、店内の華やかな雰囲気、ざわめきがスーッと小さくなり、ティファしか目に入らず、彼女の声しか聞こえず、他の存在全てが消える。 しかし、その錯覚もほんの一瞬。 知らず止めていた呼吸をハッと戻し、取り繕うようにカップを口に運ぶ。 「気のせいだ」 「そんなことないよ」 微笑む彼女の双眸にはどこまでも優しい色が輝いている。 優しいその声音に彼女の言葉を信じたくなってしまう。 「ありがとう、私のわがままを聞いてくれて。すごく嬉しい」 ― ありがとう ― その言葉はまさに自分が彼女へ言うべき言葉だとクラウドは思った。 生まれてきてくれたこと。 子供の頃、一緒に遊んだことなど1度もないのに、偏屈な少年だった自分の最初で最後の呼び出しに応じてくれたこと。 ミッドガルの駅で見つけてくれたこと。 アバランチに誘ってくれたこと。 一緒に旅をしてくれたこと。 家出をしたのに許してくれたこと。 信じ続けてくれたこと。 そうして今。 誰よりも一番近くにいてくれていること。 傍で笑ってくれていること…。 ありがとう、の一言に込められたあまりにも多い感謝すべき事柄。 伝えたいのに到底伝えきれるものではない上、うっかり一言でもそれらに関しての感謝を口にしたら、胸の奥底からこみ上げる熱いものに押されて泣いてしまいそうな気がして…。 結局クラウドはいつものようにこみ上げる思いをグッと堪え、「誕生日だからな」とかなんとかボソボソ言うと、なんでもないような顔をした。 だが、誤魔化すために口に運んだカップにはコーヒーが残っておらず、なんとなくバツの悪いような、少し恥ずかしいような気持ちでカップを置く。 ティファはと言うと、バツの悪そうなクラウドを見て見ぬフリをしながら「これ、本当に美味しい〜」と、ケーキを口に運んだ。 そのペースが早いことや頬がほんのり赤く染まっていることから、彼女自身、少し照れ臭く感じているのかもしれない。 甘酸っぱい雰囲気が2人の間に流れる。 ティファがケーキを食べ終わるまでの短い時間、2人は視線を合わせることも言葉を交わすこともなかった。 「あ、ちょっとだけ見てもいい?」 会計を終えたクラウドはティファに続いてショーウィンドウを覗き込んだ。 並んでいたのはシルバーをメインとしたアクセサリーの数々で、5月の誕生石であるエメラルドを使ったアクセサリーも並んでいた。 ショーウィンドウを覗き込んでいるティファをチラリと見ると、彼女は熱心にネックレスやリング、ペンダントと視線を流していた。 1つのところで止まることはなく、しげしげと眺めている彼女はまるで小さな女の子のように無邪気で可愛らしい。 ライトの当たったアクセサリーたちは、輝きを放ちながらティファの視線を捉えて離さない。 ふと自分たちの周りへ視線を流すと、同じようにショーウィンドウを覗き込んでいるカップルや友達同士でアクセサリーをお試しに着けて楽しんでいる人たちがいた。 「着けてご覧になられますか?」 あまりにも熱心に見ていたからだろうか、女性の店員がにこやかに声をかけた。 ティファはハッと顔を上げると「いいえ、良いです見てるだけで」とフルフルと手と首を振った。 少し慌てたような彼女に可笑しく感じながら、 「着けてみたらいいだろ?」 無愛想な一言で背中を押してみる。 驚いたように振り仰いだティファに、クラウドは内心疑問に思いながら彼女が最後に見ていたシルバーチェーンのネックレスを店員に出してもらった。 細かいエメラルドが縁を飾るクロスがペンダントトップとして揺れるそのネックレスにティファの目がオロオロと泳ぐ。 戸惑う彼女に微笑みながら店員が慣れた手つきで首に回した。 「まあ、すごくお似合いですよ」 お決まりの称賛の言葉だが、店員の声にはお追従(ついしょう)以上のものがしっかりと感じられ、クラウドは満足しながら鏡越しにティファを見た。 細い首元を飾るシルバーチェーンの繊細さと胸元で揺れるクロスはティファにピッタリだった。 「良く似合う」 自然と出てきた賛辞の言葉に、鏡の中のティファが目を大きく見開いた。 鏡越しに視線が合う。 驚いたようなティファにクラウドはまたもや疑問に思いながらも、店員を見た。 「これ、もらえるか?」 「クラウド!?」 とうとうティファから驚いた声が上がった。 ちょっと待って、と慌てる彼女にクラウドは眉を上げた。 「他のが良いのか?」 「え!?そうじゃなくて」 「良く似合ってるぞ?」 もう1度褒めるとティファは息を止め、顔を真っ赤にして目をまん丸に見開いた。 固まった彼女に店員がクスクスと微笑む。 「このまま着けて帰られますか?」 「ああ、このままで良い」 店員はティファ本人ではなくクラウドへ訊ね、慣れた手つきでティファの首に下がったままのネックレスから値札を手早く取り去った。 呆けたようなティファを尻目にクラウドは財布を取り出しながら、チラリ、とショーウィンドウを覗き込んだ。 他にティファに似合うものがあれば何でも買うつもりだっただけなのだが、深読みをしたのかはたまた商売っ気を出したのか店員はにこやかに口を開いた。 「折角ですから彼氏さんも同じものをどうですか?」 「ん?」 「こちらはメンズなんです。ペアでいかがです?」 丁度店員が手にしたものはティファのものより少しサイズの大きいクロスを揺らせたネックレスで、同じようにエメラルドが縁を飾っている。 頷き、「ではそれも」と言いかけたクラウドだったが、 「あの、すいません。ペリドットのものはありますか?」 「ええ、勿論。こちらです」 割って入ったティファは店員が差し出したものを見てホッと頬を緩めると、おずおずとクラウドに微笑みかけた。 今日、これまでの笑顔では初めてのその微笑みに、クラウドは釣られるようにして目を細めた。 「本当にありがとう」 もう幾度目にもなる感謝の言葉にクラウドは苦笑した。 ランチまでまだ時間があるため時間を潰すべく朝食を食べた公園を並んで歩く2人の胸元には、同じデザインのネックレスが揺れている。 「そんなに喜んでもらえると、贈り甲斐があるな」 「だって…」 揶揄するように言うと、ティファは言葉を詰まらせた。 少し驚いて足を止めると、ティファは真っ直ぐクラウドを見上げた。 薄茶色の瞳がいつになく潤んでいるのか、陽の光を受けて輝いている。 「本当に…すっごくすっごく、嬉しかった」 何度目かの眩暈にも似た感動を覚え、クラウドは吸い込まれるようにティファの瞳を見つめた。 自分の方こそ彼女に感謝しているというのに、こんなに喜んでもらえるとは。 黙ったまま息を飲んでいるクラウドにティファは言葉を続けた。 「一緒に喫茶店に行ってくれたことも、アクセサリーを着けてみたら?って勧めてくれたことも、プレゼントをしてくれたことも、全部本当に嬉しかったけど…でもね。『似合う』って褒めてくれて…すごくすごくビックリするくらいに嬉しかった。それだけで良かったのに…」 そっとクラウドの胸元へ手を伸ばし、彼が身に着けているクロスに触れる。 まるで自分に触れられたかのようにクラウドの鼓動が跳ねた。 「こうしてお揃いのものを着けてくれるなんて…。クラウドはこういうの、イヤがるかと思ってたから、本当に嬉しかった」 クラウドは小さく息を吐き出した。 店でティファが驚いた顔をした理由に少しだけ申し訳ない気持ちが沸いて来た。 ティファがそう思うくらい、普段の自分はティファに対して淡白な態度しか取れていないのだろう。 勿論、ベッタリと彼女に甘えたり甘やかしたり、ということが出来ていないことくらい自覚しているし、これからも絶対に出来やしないと思う。 だが、自分の気持ちは周りを歩くカップル以上に強く、彼女のことを想っていると自負している。 しかしそれがティファに伝わっていないならば意味がない。 伝えきっているとは口が裂けても言えやしないが、それでもそんなことで感動してくれるということはもう少し気持ちを伝える努力をしなければならないかもしれない。 胸ポケットの中にしまいこんでいるモノを意識する。 本当は、彼女の誕生日という特別な日以外のときに渡した方がいいかもしれない、と悩んだのだが、結局きっかけがなくてズルズルと今日まで来てしまった。 今日渡すと言うことは、これから1年に1度、必ず廻ってくる誕生日がティファの人生において大きな意味を持つようになってしまう。 もしも『これ』がティファにとって、望ましくないものであるならば、1年に1度の自分の誕生日と言う絶対に忘れない日が最悪の日になってしまうからだ。 だから、今日はやめておいた方が良いのではないかと今も悩んでいる。 だが…。 「毎日毎日、一生懸命働いてくれて、お休みも滅多になくて。それなのにこうしてクラウドが1日ずっと一緒にいてくれるってそれだけですごく勿体無いことなのに…」 言葉を詰まらせて微笑むティファの瞳が潤む。 軽く目を瞠ったクラウドにティファは花咲くような笑顔を浮かべた。 「本当に最高の誕生日だよ。ありがとうクラウド。私、すごく幸せ」 全身に震えが走るほどの歓喜がクラウドの中を駆け巡った。 喉の奥から熱いものが競り上がり、呼吸が止まる。 次の瞬間にはティファを腕に閉じ込め、彼女の髪に顔を埋めていた。 人の目があるとか、外だとか、そういうことなどどうでも良く、ただただ愛しくて愛しくて堪らない。 「ティファ」 名を呼ぶも、彼女に何を言いたいのか分からない。 後から後から溢れてくる想いをどう言葉にすれば良いのだろう? 好き?愛してる?誰よりも大切? 分かりきったそれらの言葉では全然足りない。 足りないから結局、どれも言葉にはならない。 言葉に出来ないからただ抱きしめて心を全部、彼女に伝わるように、感じてくれるようにと強く腕に力を込める。 ティファも何も言わず、ただ頬を胸に押し付けてうっとりと目を閉じる。 早かった互いの鼓動がいつしかゆっくりとしたリズムとなり、溶け合うようにして重なり合う。 サワサワと穏やかな風が2人を撫でるように吹き抜け、緑の薫りを運ぶ。 名残惜しさを感じながらそっと腕の束縛を解くと、夢見心地な瞳で見上げたティファがフッと口元に笑みを模った。 そうして、そっとクラウドの頬に手を伸ばす。 折角静まった鼓動が途端に大きく走り出す。 「クラウド、笑ってる」 「え?」 「ふふ。無自覚?」 「笑ってるか?」 「うん。ちょっぴりだけ」 「クラウドの笑顔、ホッとする」 吐息のようなその囁きに背筋がゾクリとする。 全身を駆ける強すぎる想いに突き動かされ、ティファの頬に手を添えると唇を寄せた。 いつもなら恥ずかしがるだろうに、ティファも拒むことなく受け入れる。 互いの吐息すら飲み込むほどの口付けに暫し酔う。 いつしか深くなり過ぎたその口付けに、ティファの身体からフゥッと力が抜けた。 身を預けるティファの腰にしっかり腕を回して身体を支え、もう片方の手は彼女の髪に埋める。 口付けの合間の微かに喘ぐようなティファの息遣いに、理性がかき消されそうになったが、かろうじてここが外だと言うことを思い出す。 名残惜しげに唇を離した頃には、ティファの息は上がり、瞳は潤んでなんとも艶っぽい表情が浮かんでいた。 そうしてクラウドは見た。 彼女の瞳に映る自分を。 ティファの言った通り、微かに笑みを浮かべているその表情を。 誰よりも幸せそうに笑みを浮かべる自分の姿に新鮮な驚きと同時になんとも言えない至福を感じる。 そして、自分の中に先ほどまであった迷いがすっかり消えていることに気がついた。 気がついて、今がそのときだと確信する。 「ティファ」 名を呼び、彼女の身体をしゃんと支えて立たせてから少しだけ身を離す。 潤んだ瞳に不思議そうな色を浮かべながらも、まだ夢見心地な表情の彼女を前にほんの少しだけ緊張が走る。 ティファの表情がどう変化するのか想像しながら、胸ポケットに手を伸ばす。 驚くだろうか? 驚くだろうな、当然だ。 喜んでくれるだろうか? それとも、戸惑って困った顔をするだろうか? 少しの緊張。 少しの不安。 だが、それを遥かに上回るのは、彼女への想い。 「これを」 小箱を差し出した手が微かに震えているのに、ティファは気づいているだろうか? 「俺と」 言葉を切り、この数ヶ月ずっと温めていた想いを舌に乗せるそのときに、ティファが浮かべた表情は? その答えは? 夕方。 帰宅した2人を出迎えた子供たちや仲間たちは驚き、目を丸くすることになる。 ピッタリと寄り添い、手を繋ぎ、おそろいのネックレスをして微笑み合う2人の姿に。 そうして、子供たちと共にだいの大人である仲間たちは満面の笑みを咲かせ、歓喜の声を上げるだろう。 大切なことを告げた2人に。 子供たちと仲間たちが二重の喜びに沸くまであと6時間と少し。 ティファ、お誕生日おめでとう。 ティファが幸せになるその瞬間を公式で是非!と願ってもう何年でしょうか…。 いつまでも大好きです! そして、同じくティファのことを大好きだ!と叫んでおられる沢山の方々に、このお話を捧げます。 こんな駄文ですが、フリーとさせて頂きますので、お好きにお持ち下さいませ。 よろしければ、お持ち帰りして下さった方はお知らせ頂けると泣いて喜びます。 ここまでお付き合い下さってありがとうございました。 |