甘え下手なキミ


 なぁ…。
 俺がキミにこれまでしてきた事は、世間一般から見たらとんでもなく非道で、サイテーな男だと思われることばっかりだよな…。
 それなのに、キミは黙ってこんな俺を待っててくれて…。
 いつも気にかけてくれて…。
 そうして…。
 出て行った俺がいつでも戻ってこれるように、居場所をちゃんと確保しててくれた。
 それがどれだけ嬉しかったか…。
 それがどれだけ勿体無かったか…。
 それが……それがどれだけ………申し訳なかったか…。

 あの時の気持ちは、薄れる事無く一生忘れない。

 家を出て。
 独りになって。
 帰りたくて、子供達に会いたくて。
 キミを……抱きしめたくて…。

 でも出来なくて…。

 教会で独り過ごしたあの日々は……忘れない。
 どれだけキミや子供達に支えられてたかを痛感したな…。

 それなのに…。
 キミは俺を責めないで、むしろ両手を広げて迎えてくれた。
 本当に…キミには甘えてばっかりだ。
 だけどさ。
 キミは……甘えてくれないんだな。
 いつも独りで抱え込んで。
 いつも独りで解決しようとする。

 全てを放り出して逃げ出した俺が言うのも滑稽だけどさ。
 たまには……本当にたまにで良いから、俺にもキミの重荷を負わせてくれないか?
 本当は、全部の重荷を一緒に背負いたいんだけど、甘えベタなキミにそんな事言ったって、急には無理だろう?
 だから、今は少しで良い。
 少しずつ……少しずつ……。
 キミの抱えてるものを。
 背負ってるものを。
 俺にも背負わせてくれないか?
 そうして、いつの日かキミと俺……二人の重荷を一緒に背負い合って、支え合える関係になりたい…そう願ってる。



 セブンスヘブン。
 エッジにてその繁盛振りを自慢出来る店の一つであるここは、今夜も明るい活気に溢れている。

 酒を出す店、そして日雇いの人間が大勢集まる事を考えると、こんなにも明るく、温かな空気を醸し出しているのは、どこか別世界のようだ。
 普通、日雇いの人間が多く集まる酒屋と言うのは、陰惨な笑みと『すえた臭い』、そして何よりも小汚い印象を受けがちだと言うのに、全くそれらのものから無縁であるというのは奇跡に近いのではないかとすら考えられる。
 そうして。
 その奇跡に近い状態を保てているのは、ひとえにこの店の女店主と看板息子、看板娘の存在ゆえ。
 気が荒く、心が疲れている日雇いの人達を優しく包み込むこの三人は、今ではエッジになくてはならない存在であると言っても過言ではない。
 だからこそ、日雇いで気の荒い男達が大勢集まる店に、小さな子供を連れた家族達も安心して訪れるのだろう。
 気の荒い男達が、子供達の賑やかで明るい笑い声とその笑顔を視界の端に映し、その事で更に気持ちが安らいでいる。
 素晴らしい相乗効果を生み出すこの店は、エッジの誇りでもあった。
 そうして、温かな光で人々を魅了するこの店で働く看板息子と看板娘は、今夜、いつも以上に明るく楽しそうだった。
 それは…。


「お待たせしました」


 接客業には明らかに向いていない無愛想な青年の存在。
 いつもなら彼はまだこの時間には帰宅していない。
 珍しく…。
 本当に珍しく配達の予約が一件キャンセルになったのだ。
 最近では彼の仕事は評判が評判を呼んで大変な人気振り。
 その為、一日中愛車を駆って世界中を走り回っている。
 お蔭で家族サービスからほど遠い生活を余儀なく送っているわけだが、二週間に一日は必ず休日を取るように心がけている。
 本当は一週間に一日は休むべきなのだろうが、何しろ入ってくる依頼が半端ではない。
 クラウドの家族は、もっと休みを取って身体を休めてもらいたいと思っているのだが、当の本人は常人離れした体力を持っている為、その家族の願いを知りつつもついつい仕事に赴いてしまっている。

 自分を頼りにして仕事を依頼してくれる人達を断れない…。

 口にしたことの無いクラウドの考えに、家族はとっくに気付いていた。
 だからこそ、クラウドのやりように口を挟まず、笑顔でそれを支えているのだから…。
 そうして、クラウド自身もそんな家族の笑顔に支えられ、頑張れる幸せをかみ締めつつ日々を送っている。

 そんな毎日を送っているクラウド一家にとって、今夜のように急なキャンセルは諸手を挙げて喜ぶべき事だった。
 普通、仕事がキャンセルになって喜ぶなど、あまりないのだろうが…。

 そんなこんなで、看板息子と看板娘は非常にご機嫌だった。
 久しぶりにクラウドと一緒に仕事が出来る。
 同じ空間にいられる。
 同じ時を過ごせる。
 未だに接客業に慣れず、どこか戸惑いがちのクラウドに笑みが浮かぶ。
 心が弾む。
 ウキウキと働くデンゼルとマリンは、その為に全く気付いていなかった…。


 女店主の異変に…。


「ティファ?」

 クラウドの声が、喧騒あふれる店内に低く響き、子供達はふと顔をカウンターに向けた。
 そこには、何やらボーっとしているティファと…。
 真剣な顔をして真っ直ぐティファを見つめているクラウド。
 真っ直ぐ見つめられている事にドギマギしつつ、視線を逸らせてティファが料理の続きに取り掛かっている。
 クラウドを見ずに、「なぁに…クラウド?」そう問いかけたティファに、クラウドは無言のまま彼女に近付いた。

「……………」

 心配そうな顔つきから、怪訝そうな表情へ、そして最後には眉間にシワを寄せる。


『『『『『ゲゲッ!!!!!』』』』』


 思い切り不機嫌な顔になった青年が、ティファの顎に手を添えて…。
 やや強引に自分の方へ顔を向けさせて…。

「へ、ちょ、ちょっと!」

 狼狽する彼女を完全に無視して顔を近づけている。

 まさに、目の前で行われようとしているラブシーンに、客達はそれぞれ一瞬の内に石化した。
 子供達も自分達の前ですらしようとしないクラウドの行動に、目と口を最大限に開けてギョッとしている。

 しかし…。

 コツン。
 合わさったのは、唇ではなく額と額。
 呆けている客と子供達に気付いた彼が、不思議そうに店内を見渡して閉店宣言をし、店主が高熱である事を告げたのはそのすぐ後の事。
 突然のラブシーンもどきに度肝を抜かれた子供達と客達は、クラウドの閉店宣言によって漸く理解した。
 ようするに、彼はティファの熱を測ろうとしただけだったのだ。


『『『『熱計るだけなら、おでこ触るだけで良いじゃん!!』』』』


 などなど、無粋な台詞はそれぞれの胸のうちだけに止められたのは言うまでも無い。

 クラウドの台詞で、ティファが高熱を出している事を知った子供達が顔を見合わせ、直後、弾かれたようにカウンターへ駆け寄っている。
 大事な自分達の母親代わりが高熱を出した事に全く気づかなかった事が悔やまれてならない。
 そんな様子の子供達に気付いたのは、残念ながら一部始終を見ていた客達だけだった。
 肝心な親代わり二人は、完全に自分達の世界に入っている。
 自分を労わるように抱き寄せているクラウドからソワソワと落ち着き無く離れようと身を捩り、困ったように彼を見上げているティファの姿は、見ていてこちらまで恥ずかしくなるものがあった。

「大丈夫よ、クラウド。もう開店しちゃったし今夜一晩くらい…」

 などなど言いながら、ティファはクラウドをそっと押しやると、中途半端になっている料理に取り掛かろうとしている。
 そんな彼女に、更にクラウドの眉間のしわが深くなった。
 有無を言わさず強引にティファの手から包丁を取り上げ、これ以上は無いくらいムスッとした顔でティファを抱き上げる。
 再度、目の前で展開されたラブシーンもどきに、子供達と大半の客達が石化し、少数の酔った客達が黄色い歓声を上げた。
 ティファは、高熱のせいだけでない理由から、首筋まで真っ赤になる。
「ウキャッ!!な、何するのよ!!」
 なんとも素っ頓狂な声を上げ、クラウドから逃れようと抵抗するティファに。
 この日、この店にいた客達は初めてクラウドの怒鳴り声を聞いた。



いい加減にしろ!!



 キーーーーーーン………。

 騒然としていた店内が一気に静まり返る。
 怒鳴られたティファもビクリを身を竦ませ、自分を睨みつけている彼を見つめた。
 紺碧の瞳の中に真剣な怒りを見て取り、ギュッと身体を萎縮させて怯えた顔をして口を噤む女店主と、怒り心頭の彼を客達と子供達はただただ黙って見守るしかなかった。

「悪い、皆。こういうわけだから今夜はもうこれで…。それから暫く店は休業するから。また営業するようになったら来て欲しい」

 そう言う青年に、一体誰が反対出来ようか…?

「そ、それじゃ…お大事に〜!」
「あ、釣りはいらないから!」
「そうそう、ティファちゃんのお見舞いだと思って受け取ってくれ!!」
「クラウドさん、あんまりティファちゃんを苛めないでやってくれよ〜!」
「ティファちゃんも、具合が悪いなら無理しないで甘えろよ〜!」
「「「「ご馳走さ〜ん!!!!」」」」
 半ば本気で逃げるように、あっという間に客達は店を後にした。
 残されたのは、中途半端に残された料理とお酒、そして多すぎるギル。

 店内にポツンと残された小さな影二つは、嵐のような出来事に唖然としていたが、それでもやらなくてはならない事に気付いて、苦笑し合った。
「クラウド……あんなに怒ってたのって…初めてだな…」
「そうね…」
「……片付けるか…」
「…そうね…」
「それにしても」
「うん?」
「ティファって…熱があったんだな…。気付かなかったよ…俺…」
「私も…」
「…………クラウドが今日配達無くて良かったな」
「うん…。クラウドが気付いてくれなかったら絶対に、ティファ、今も仕事無理してしただろうし…」
「「………流石クラウド……」」
 そうして、黙々と片付けに取り掛かるのだった。





「クラウド…」
「……………」
「あの……」
「……………」
「……ごめんなさい」
「……………」

 ティファを寝室に強制送還したクラウドは、有無を言わさずそのままベッドに彼女を押し込んだ。
 そして、無言のまま風邪薬を飲ませ、有無を言わさず横にした彼女の額に冷たい濡れタオルを乗せ、部屋に加湿機代わりとして水を張ったバケツを各所に設置する。
 その間、終始無言。
 いつもなら、いくら怒っていてもこれだけの事をし終えた頃には、嫌味の一つでも口に出来るほどくらいには余裕が出来てくるのだが…。
 今夜は早々簡単に機嫌が直らなかった。
 そして、そんなクラウドにティファは泣きそうになりながら勇気を振り絞って声をかけたみたのだが…。
 クラウドはことごとくそれらを無言でもって冷たく跳ね返した。

「……………」
「……………」

 暫しの沈黙。
 ティファは、もう何を言っても今はダメなのだと悟るしかなく、この季節には不似合いな毛布を口元まで上げると、そのまま壁の方へ顔を向け、目を閉じた。

 クラウドはティファが眠るまでベッド脇に置いた椅子に腰掛け、ムッツリとそっぽを向いていた。
 しかし、その心中は怒りで一杯だったのではない。
 いや、勿論怒りが無いわけではない。
 しかし、それをはるかに上回る感情に支配されていた。
 それは…。


 ― 情けない…… ―


 どうにもやり切れないその無力感。
 倒れるギリギリの状態にあったというのにそれでも彼女は頼ってくれなかった…。
 傍にいたのに…。
 いつもなら仕事でいないのに、今夜は違う。
 こんなに傍にいたのに。

 手を伸ばして汗ばみ、眉根を寄せて眠るティファの頬を撫でる。

 こんなにも…。
 こんなにも彼女が愛おしい…。
 それなのに…。


「やっぱり……俺がいなくなったから…かな……」


 結局の所、彼女が自分を頼ってくれないのは、自分の犯した過ちゆえなのだろう。

 ― 頼ろうと手を伸ばしたその時に、もし再びいなくなってしまったら…… ―

 そう無意識に思っているのかもしれない。
 そのせいで彼女はなんでも自分の中に抱え込んでしまうのではないだろうか?
 この考えは、決して間違いではないだろう……そうクラウドは自嘲した。
 過去の愚かな自分に今更ながらに腹が立つ。
 あの時。
 彼女がどんなに辛い思いをしたのか…。
 そのせいで、今も尚、こうして苦しい時に素直に頼ってくれないではないか…。
 犯してしまった罪は消えない。
 それは分かっている。
 だからこそ、今をどうするべきなのか…?
 日々、考えている問題に、こういう形で直面する事になるとは…。

 クラウドはそっと眠る彼女の額に唇を落とすと、部屋を後にした。



 店内に下りると、まだ幼い子供達が片付けの大半をやっつけてしまっていた。
 クラウドはその事実に目を丸くしてしまった。
 何と手際の良い子供達だろう…。
 そんなクラウドに、デンゼルとマリンが心配そうに駆け寄った。

「ティファは?」
「ああ、風邪薬を飲ませたからな。今眠った」
「どっか行くのか?」
 クラウドの格好を見たデンゼルが怪訝そうに眉を寄せる。
 フワフワの髪をクシャリと撫でると、「医者を連れてくる」そう一言残し、クラウドは外へ出て行った。

「クラウド……辛そうだったね」
「うん…」
「絶対、自分のせいだって思ってるよね」
「そうだなぁ…」
「クラウドもティファも、本当に自分ばっかり責めるんだから」
「似たもの夫婦ってやつだよなぁ…」
「「はぁ……」」

 看板息子と看板娘の溜め息は、慎と静まり返った店内に寂しく響き、壁と床に吸い込まれていった…。





「過労ですな」
「…………」
「ま、命にどうこうという事はないから、明日、明後日くらいまでゆっくりさせてあげたら、問題ないじゃろう…」
「……ありがとうございました」
「ま、お前さんもあんまり自分を責めんこった。お前さんが自分を責めてる姿をティファちゃんが見たら、余計に彼女の負担が重くなるじゃろうからな」
「…………」
「ほれ、その眉間のシワをやめんかい!」
「うっ…!」

 初老のドクターから鳩尾に肘鉄を一発くらい、流石の英雄も身体を折り曲げた。
 鍛えていても、まさかの不意打ちに寸分違わぬ急所への一発はやはり堪える。
 そんなクラウドとドクターのやり取りを、子供達が目を丸くさせ、口をあんぐりと開けて見つめていた。

「すっげ〜」
「うん」
「あのジイさん。タダ者じゃないな…」
「うん」

 そんな子供達の囁きは、しっかり・バッチリ、クラウドの耳に届いていた。
 だからと言って、子供達を……ましてやこんな非常識な往診を頼んで了承してくれた初老のドクターに文句など言えるはずが無い。
 ただただ「努力する…」と一言だけを口にした。
 そうして、「送る」と言うクラウドに、ドクターはヒラヒラと手を振ってその申し出を拒んだ。
「いつティファちゃんが起きるか分からんからな。お前さんは傍にいてやれ。なに、ボチボチ帰るから心配しなさんな」
「いや……しかし…」
「ティファちゃんが元気になって店を再開させたら、そん時は彼女の自慢料理を何か一つご馳走してくれたらそれでええから」
「……ありがとう…」
「じゃ、お大事にな〜」
「「ありがとう!!」」

 三人に見送られながら、初老のドクターはのんびりした足取りで帰って行った。
 初めて世話になったそのドクターに、クラウドは勿論、子供達もひたすら感謝感謝である。

「良いお医者様だったね!」
「ああ!オマケになんか、カッコ良かったよな!」
「それじゃ、クラウド。私達寝るから、ティファをよろしくね」
「クラウド、俺達の分までしっかりティファを看病してやってくれな」
「あ、それから明日と明後日の仕事はキャンセルしてよ!ティファが一大事なのに配達に行ったりなんかしたら、もう家に入れてあげないんだから!」
「そうそう!泣いても家に入れてやんないぞ!」
「だから、明日の朝一番にキャンセルの電話、忘れないでね!」
「「じゃ、お休み〜〜!!」」

 嵐のように言いたい事を捲くし立て、疾風のように子供部屋に駆け上がってしまった二つの小さな背中に、クラウドは苦笑した。

「………………お休み……」

 そうクラウドが呟いたのは、子供達の背中が完全に消えてしまってから随分経ってからだった…。



 寝室に戻ってそっとベッドに歩み寄る。
 そこには、相変わらず眉根を寄せて眠る愛しい人…。

 クラウドはベッド脇の椅子に再び腰を下ろすと、改めてティファの寝顔を見つめた。

 整った顔立ちの美しい人が苦しそうに眠っている。
 それだけで胸が抉られるようだ。
 それなのに……。

「綺麗だな……」

 ポツリと零れた本音に、クラウド自身が驚いた。
 そして、頭をガシガシ掻き、ガックリと両膝の上に頭を垂れた。

「ったく…。何言ってんだ…俺は」
 ティファが苦しんでると言うのに……。


 ホトホト自分に愛想が尽きる。
 しかしそれでも、苦しそうに眉根を寄せて眠っている彼女の寝顔すら、綺麗だと思ってしまうのは……仕方ないんじゃないのか……?
 などと考え、更に自己嫌悪に陥った。


「なんで待っててくれたんだろうな……」


 頭をもたげ、眠るティファを見つめながらしみじみ不思議だと思う。
 なにも、こんなに厄介で無愛想で無責任で最低で……。
 こんな男の事なんか忘れ、他にいくらでもいる良い男の元へ走ったら良かったのに…。
 そう思う傍から、そんな事になっていたら、例え星痕症候群が治っていても生きてはいられなかった……そうクラウドは結論付けた。
 どう考えてもティファのいないこれからの人生など……想像出来ない。
 いや、幸せな人生が想像出来ないのであって、不幸せな自分の未来像ならいくらでも想像出来てしまう…。

 溜め息を一つこぼし、彼女の額に乗せたタオルを交換しようと手を伸ばした時。

「……って…」
「ティファ?」

 僅かに頭を動かし、ティファが何やら呟いた。
 起きたのか…?と顔を覗き込むが、どうやらうなされているらしい。
 クラウドは躊躇した。
 ティファが悪夢を見て苦しんでいるのなら起こした方が良いに決まっている。
 しかし、それでも過労で倒れた彼女の眠りを妨げるのは躊躇われ……。
 暫くどうするべきか思いあぐねていると…。

「……だ……やだ」
「ティファ!?」
「………ごめんなさい…………理…よ……」
「おい、ティファ!」
「お願い……いてか……で…」

 彼女の閉じられた瞼から、涙が零れる。
 クラウドは狼狽してティファに手を伸ばした。
 その瞬間。



クラウド!!!!



 弾かれたように一瞬早く、ティファが跳ね起きた。
 荒い息と共に跳ね起きた彼女の瞳が、何かを必死に探して彷徨っている。
 跳ね起きたと同時に額に乗せられていた冷たく絞ったタオルがベッドの下に落ちたことなど、気にしていられない。

「ティファ!!」

 クラウドは荒い息を繰り返す彼女の両肩を掴み、顔を覗き込んだ。
 途端。
 ティファが必死にしがみ付いてきた。
 あまりの事にクラウドは益々うろたえたが、彼女の華奢な肩が小さく震えている事に気付き、居た堪れない気持ちになる。
 宥めるように彼女の背中に腕を回し、すっぽりと包み込むと子供にするようポンポンと優しく叩く。

 ありったけの愛情を込めて…。

 その腕にしがみ付き、何度も何度も繰り返し「ごめんなさい」「置いてかないで」と涙ながらに訴えるティファに、クラウドはただただギュッと力を込めて抱きしめた。

「だいじょうぶだから」「誰がティファを一人置き去りにしてどこかに行くもんか」「ティファ、ティファ。大丈夫、全部夢だから…だから大丈夫」「ティファ…俺を見て、ほら、ちゃんと俺を見て。ここにいるから、何も心配要らないから…大丈夫だから」

 何度も何度も繰り返し、ティファへ言葉をかける。
 それは、常の彼からは想像も出来ないような言葉ばかり。
 そして、その言葉の一つ一つは彼にとってウソ偽り無い言葉ばかり。

 そんな彼の真摯な言葉に、取り乱していたティファは漸く荒い息を整え、次第に落ち着きを取り戻していった。
 ただ、あまりにも取り乱し、興奮していた為、落ち着きを取り戻した時には折角下がってきていた熱がぶり返してしまった。


「ごめんなさい」
 目元を真っ赤にさせながら、ティファが何度もかも分からない台詞を口にした。
「良いんだ…。それよりも、大丈夫か?どこか…まだ辛い所は無いか?」
「うん……大丈………」
「ティファ?」
 言葉を中途半端に切ったティファに、クラウドが眉を寄せてより一層心配気な顔になる。
 そんな彼を見つめながら……彼に見つめられながら……。
 ティファは何やら遠い目をしていた。
 自分を見ているはずなのに見ていない彼女の表情を前に、クラウドは再び冷静さを失っていった。

『また……無理をしてるんだろうか……』

 心に鈍い痛みが走る。
 先程まで本音を聞かせてくれていた彼女がいなくなってしまった……そんなバカな事がふと頭をよぎり、何度目か分からない自己嫌悪に陥った。
 そして、今は自分の事よりも先に優先しなくてはならない事に頭を切り替える。

「ティファ…?やっぱりどこか……頭痛か?それとも腹痛か?」

 とりあえず当たり障りの無い質問をしたクラウドに、ティファはそっと手を伸ばした。
 そして、クラウドの服の袖をそっと握る。
 その力はあまりにも弱々しくて、少し身じろぎすれば簡単に離れてしまうような……そんな力の無い手だった。
 しかし、勿論クラウドはその手を振り払ったりしない。
 困惑気味に、服の裾を握る手をそっと握り締め、ベッドの傍らに膝を付いて頬を寄せた。
「ティファ、どうした?」
「………て」
「え?」
 こんなに顔が近いのに、クラウドの耳はティファの言葉を拾えなかった。
 それほどまでに弱々しい彼女の姿に、益々焦りが募る。
 そんなクラウドに、ティファが再び口にした言葉。



「……傍にいて……どこにも…行かないで…」



 紺碧の瞳が最大限に見開かれる。
 思考が一瞬停止する。
 どんなに間抜けな顔をしているのか、気にする余裕など微塵も無い。
 なにも考えられない。
 なにも言葉を発せられない。
 身体をピクリとも動かせない。

 最大限に見開かれた紺碧の瞳が…。
 愛しい人の薄茶色の瞳から零れる透明の雫を映し出す。

 後から後から流れ出すその涙に、クラウドは堪らなくなった。
 ティファの両頬を挟むと、真っ直ぐティファの瞳を見つめ返し、ゆっくりと、子供に言い聞かせるように…優しく口を開いた。

「ティファ…。ティファがもしも俺達を……いや、俺を嫌いになったとしても……俺から離れようとしても…。俺は絶対にティファから離れない。絶対に……ティファを手放したりしない。だから……そんなことを心配しないで……」

 そう言うと…。
 クラウドの言葉に反論するかのように開かれた彼女の唇にそっとキスを贈った。
 驚いて目を見開いたティファの瞳が、スーッと幸せそうにゆっくり閉じられる。
 そのままティファの腕がクラウドに回され、クラウドもしっかりとティファの背に腕を回した。




「ティファ…大丈夫だから…傍にいるから…」
 眠る彼女の髪を梳きながら何度も同じ台詞を口にする。
 安心して彼女が眠れるように…。
 彼女の心から恐れが消えるように…。
 何度も…。
 何度も…。

「朝になったらキャンセルの電話……入れないとな」

 そう呟きながら、クラウドはティファの枕元に腰を下ろし、上半身だけゴロリと横になった。
 目を開ければ、彼女の寝顔。
 規則正しい寝息と安らかなその寝顔に、クラウドは自然と微笑んだ。
 明日になったらきっと、ティファは元通り元気になっているだろう。
 しかし、三日間は絶対に仕事をさせないつもりだ。

「きっと……拗ねるだろうな」

 仕事禁止令を出した時の彼女の表情を想像してクククッ…と喉を鳴らす。
 そうして、クラウドはティファの頬に唇を寄せて彼女に『お休み』のキスを贈り、目を閉じた。




 なぁ…。
 キミが想像出来ないくらい、俺はキミを必要としてるんだ。
 だから、キミが怯える必要なんか無いんだ。
 俺がいなくなるかも……なんてバカな事は……さ。
 でも、俺がしてしまった過ちを考えたらそう考えてしまって仕方ないだろう…。
 俺が逆の立場でもきっとそうだろうから…。
 失ってしまった信用は、簡単には戻らない。
 そんな事は分かってる。
 だから、これからの人生全部をかけて、ティファ……キミの信用を取り戻してみせる。
 キミが……本当に必要だから……。
 誰にも渡したくないから…。
 だから……さ。
 これからもずっと…。
 キミの傍らに立つ権利をくれないか?
 他の誰でもなく…。
 デンゼルやマリンですらなく……この俺に。
 一生かけてキミを守って生きていきたいから…。

 誰よりも…。
 キミを愛してる…。



 あとがき

 『誰よりも愛しい人へ』のクラウドsideのお話しです。
 いや、本当はクラウドsideのお話しを書くつもりは無かったんですが、『誰よりも〜』を読み返してみて、やっぱり書いとこうかな……と。
 あまりにもティファ一人だけが苦しんでて不公平感が…(苦笑)。
 おまけに、書いたは良いけど『誰よりも〜』からコピーして貼り付けてる箇所が多くて……(ダク汗)。
 なるべく違う言葉に代えたり、ちょこっと描写を増やしてフォローしてるつもりですが……どうか許してやって下さい。

 拙宅のクラティは、お互いを思いやり過ぎて、自分を責めるタイプまっしぐらでございます。
 そんな親代わり二人を子供達がヤキモキしながら見守っているという…構図ですね(笑)
 でも、いつか…。
 拙宅の二人も他のステキサイト様のように幸せにしてやりたい…。
 そう思ってはいます…はい(苦笑)。

 ここまでお付き合い下さり、ありがとうございましたm(__)m