どこまでも澄み渡った青空が広がっている。 遥か彼方を臨むと、地平線の向こうには緩やかな丘陵が深い緑の色を抱いて大地に伸びていた。 その山の反対側に視線を転じると、どこまでも美しい青い水面。 陽の光を受け、キラキラと輝くその様はまさに絶景以外の何モノでもない。 それなのに! 「ふふふ、時は熟した」 美しい大自然が色褪せてしまうほどの邪(よこしま)なオーラを醸し出している人間がいた。 自分の周りに広がる素晴らしい命の息吹達を全く愛でる事無く、己の中にある『一つの野望』を達成させることだけに頭を一杯にしている『その人』。 「待ってろ〜、絶対に成功させてやる!!」 ググッと拳を握り締め、天に向かって高々と片腕を上げたその人間を、数羽の鳥達が興味なさそうな鳴き声を残して青い空を飛んでいったのだった…。 あなたの為のサプライズ「 ! 」 赤いマントを突風がなぶる。 ヴィンセント・バレンタインは、言い知れない不吉なものを感じ、咄嗟に腰のホルスターから銃を抜き放って振り返った。 しかし、見えるのは荒涼と広がる赤茶けた岩肌だけ。 五感の全てをフル活動させても、特に危険はなさそうだった。 「……気のせいか…?」 誰に言うともなく呟く。 呟いてからヴィンセントは自嘲気味に鼻を鳴らして銃をあるべき場所に収めた。 二年半前の、あの旅からこっち、どうも独り言を口にしている自分がいる。 思えば、あんなにも信頼出来た人間との出会いは、自分の人生の中ではなかった。 最愛の人を除いて…だが。 その仲間達とは、やるべきことをやり終えた後、あっさりと別れた。 死なない限りはいつでも会えるし、馴れ合うのはやはり苦手だった。 いくら背中を預けることが出来るほど信頼している仲間とはいえ…。 元来、自分は集団行動が苦手なのだ。 タークス時代からそうだった。 『任務』という枷がなければ、到底あのような『組織』に身を置くことなど無理だった。 だがまぁ、今になってみたら、いくら『任務』という枷があったとは言え、よくもまぁ、くだらないあんな組織に身を置いていたものだ…と思う。 「フッ…それもこれも、アイツ等の影響か」 一人軽く笑ってまた自分が独り言を呟いたことに気づき、眉間にシワを寄せる。 本当に…変わったものだ、と我ながら驚いてしまう…。 そして、そんな自分が不思議とイヤではない。 そのこと自体が驚きだった。 「…行くか」 またもや独り言を呟くと、ヴィンセントは荒野を飄々と歩き出した。 目指すは……、一番近くの町。 ヴィンセントはその小さな町でいつも食料と必要最低限のアイテムを買い込んでいた。 人と交わることを良しとしない性格のせいで、ギリギリの状態にならなければこうして人の集まる所には行かなかった。 そのため、時にはモンスターに寝込みを襲われてアイテムが足りなかったり…。 水がなくなってドライアップしかけたり…。 食料がなくなって餓死しかけたり…。 それはそれは、サバイバルな生活を送っていた。 仲間が彼の生活を見たら、その質素さのあまり涙ぐんだに違いない…。 いや、仲間ではない、第三者が見ても涙をそそる生活のはずだ。 元々、他の仲間達とは違い、彼は働いていないので収入源がないのだ。 切り詰めた生活を送らないと生きていけない…と、なにも知らない人間だったらそう語るだろう。 だが、仲間達も知らないのだが、実はそうでもない。 ヴィンセントはいつも、何かしらで収入を得ていた。 ある時は、モンスターに襲われていた金持ちを偶然助け…。 またある時は、偶然貴重な『鉱石』を発見し…。 そしてまたある時は、モンスターから取れる貴重な牙や皮を手に…。 彼は結構な収入を得ていたりする。 もしかしたら、ジェノバ戦役の英雄達の中で、一番の高収入かもしれない…。 とまぁ、非常に幸運に恵まれているヴィンセントだったが、リッチな生活を送りたい!と言う願望は、砂粒ほども持ち合わせておらず、手に入ったそれらの金銭は、自分の最低限の食料等に費やし、余った分は匿名で孤児院等に寄付をしていたのだった。 その寄付の手段も至ってシンプル。 直接、郵便受けに放り込むのだ。 勿論、無記名で。 孤児院の郵便受けに入っている粗末な封筒の中身を見たシスター達が、その中身に目を回して卒倒する。 そんな珍事件が巷を騒がしていることなど、彼は知らない。 知らぬが仏…と言うべきかどうか、判断に困るところだが、とにもかくにも、彼は彼なりの生活を送っていた。 この日も…。 彼が近くの町へ足を向けたのは彼自身の状態(ようするに、食料やアイテム関係)によるもので、決して『本日訪れなくてはならない』という予定があったわけではない。 あったわけではないのだが!! 「…久しぶりだな、ヴィンセント」 「クラウド!?」 あまり物事に動じないヴィンセントも、目の前でデカイバイクにもたれるようにして立っている仲間を前にして、驚かずにはいられなかった。 彼にとっては至極当然な『どうしてここに!?』という言葉も、ヴィンセントは言わせてもらえなかった。 「すまない、緊急の用事が…」 そのたった一言だけで、ヴィンセントは否応もなしに巨大バイクの後ろへと導かれ、元・リーダーに連行されてしまった。 言いたいことは山ほどあった。 しかし、ヴィンセントにその余裕が与えられることなど、微塵も無いまま…。 「……質問しても良いか…?」 「え…?な、何かしら」 「どうして私はここに連れて来られたんだ…」 至極最もな質問をする余裕が与えられたのは、仲間の営む店に着いてから……だった。 自分をここに連れてきた元・リーダーは、店に着くと同時に、 「じゃあ、中でティファが説明してくれる」 そう言い残し、ヴィンセントが「あ」とも「おい」とも言う暇を与えず、逃げるように…(実際は逃げたのだが)、巨大バイクを走らせて風のように去って行った。 ヴィンセントは猛スピードで街の彼方に消えていったその背を呆然と見送り……。 現在に至る。 目の前の女性は大切な仲間。 ついでに言うなら、血の繋がらない子供達を二人も養い、店の切り盛りまでしている凄い女性。 因みに、自分を放り出した無責任な元・リーダーの恋人というポジションにいる。 その恋人に、厄介ごとを押し付けるようにしていなくなった金髪・碧眼の青年に軽い苛立ちを感じながら、目の前のティファ・ロックハートに質問をぶつけることとした。 何しろ、セブンスヘブンには、いつもいる『看板息子』と『看板娘』はいないし、彼女以外の人間がいないのだからしょうがない。 他の選択肢は残念ながら思いつかなかった。 何よりも、『中でティファが説明してくれる』と言い残して誘拐犯(クラウド)は去って行ったのだから。 哀れにも『説明しなくてはならない』という理不尽な大役を押し付けられた仲間は、どこかよそよそしく微笑みながら、 「えっと…。まぁ、立ち話もなんだし、座って?」 ぎこちなくカウンターのスツールを勧め、自身はカウンターの中に入ってコーヒーメーカーをセットし始めた。 ヴィンセントは軽く溜め息を吐きながら、仕方なくスツールの一つに腰を下ろした。 どうせ、『なにか』を終えるまでは帰らしてもらえそうもないし、ヴィンセント自身に切迫した用事がないのだから、ここで暫く時間を潰しても全く問題は無い。 コポコポ。 コーヒーメーカーから心地良い音と香りが漂ってくる。 その音と香りに、ヴィンセントは久しぶりに懐かしい感じを味わった。 それは、あの二年半前の旅の頃。 飛空挺では、こうして目の前の彼女が、戦いの日々に疲れる仲間達の為に料理を作ってくれていた。 自分自身も戦いで疲れているだろうに、仲間の為に一生懸命美味しい料理を振舞ってくれた。 そうして、毎朝彼女は誰よりも早く起き出し、仲間の為にコーヒーを煎れていたものだった。 その時の…安らかな空気。 また『頑張ろう!』と心を奮い立たせてくれる…その『香り』。 自分がどれだけティファから力をもらってくれていたのか。 それを改めて思い起こさせてくれる、そんな穏やかな時間だった。 「はい、どうぞ」 目の前にスッと差し出されたのは…カフェオレ。 ミルクが多めに入ったその飲み物に、ヴィンセントは無言のままティファを見た。 彼女は変わらぬ微笑で温かく見つめてくれている。 ヴィンセントは黙ったまま、カップに口をつけた。 ほのかな甘み。 心の疲れがスーッとほぐされていく感触。 「美味い」 「そう?良かった」 ティファの顔に、パッと嬉しそうに笑みが咲く。 花が咲くような笑顔、とはこのことだ…、とヴィンセントは思った。 思いながら、自分が愛した『女性』がこんな風に笑ってくれたのはいつ頃までだっただろうか…?と考えた。 出会って最初の頃は良く笑っていた。 だが…。 自分が想いを告げた頃からか…。 彼女は笑わなくなった。 そんな彼女を見ていたくなくて…。 「ヴィンセント?」 「…なんでもない」 うっかりボーっとしてしまったヴィンセントを、気遣わしそうに声をかける。 それに素っ気無く応えると、ヴィンセントはもう一口、もう一口、とカップの中身を喉に流していった。 「ご馳走様」 「お粗末さまでした」 飲み終わるまで、ティファはカウンターの中で何やら作業をしていた。 残念ながら、スツールからは彼女が一体何をしているのかまでは見えなかった。 微かに香ってくる匂いが『野菜らしきもの』を切ってるのだと教えてくれたが、それが一体何なのかまではさっぱりだった。 空になったカップをカウンターの上に置くと、彼女は嬉しそうにそれを取った。 その時、彼女の手がオレンジ色に汚れているのを見て、彼女が扱っている『野菜らしきもの』の正体が『オレンジ』なのかとヴィンセントは思った。 が、すぐに違うだろう…と思い直した。 オレンジ系特有の柑橘類の香りがしないからだ。 相変わらずほのかに香るのは『野菜臭さ』だけ。 ヴィンセントは、ティファが何を一生懸命しているのか気にはなったが、黙って待つことにした。 真剣に何かに取り組んでいる彼女を、素直に『美しい』と思ったし、ずっと見ていたい、とも思った。 勿論、恋慕等の念は微塵も無い。 職人が一生懸命作業に取り組んでいる姿は、素晴らしいものを感じさせてくれる。 いつまで見ていても飽きることがない、そんな魅力を感じさせてくれるのだ。 ヴィンセントは、頬杖をつきながらじっと待った。 時計の針だけが店内に響いている。 心地良い静寂。 と…。 カウンターの上に置かれていた携帯が鳴った。 軽快な音楽に、ビクッとティファが肩を揺らす。 ヴィンセントもすっかり店の静寂に慣れていたので若干驚いたが、幸いかな、表面には出なかったらしい…。 慌てて手を洗い、まだ完全に拭ききれていない濡れた手で、存在を主張するソレを取る。 「もしもし」 彼女が誰と話をしているのか。 ヴィンセントにとって、それは全くどうでもいいことだった。 自分よりも顔がうんと広い彼女に電話がかかってくる。 全く不思議じゃないし、至極当然だ。 しかし、彼女の声がシーンと静まり返っている店内の中でよく通るのは仕方ないこと。 否が応でも耳に入る。 「うん…うん……え!?いや…まぁ……なんとか……。うん……」 なんとなく、困ってる声音になってくる彼女に、自然と視線が向く。 ティファはヴィンセントに背を向けるようにして立っていた。 表情はそのため分からないが、なんとなく…、なぁんとなく……ヴィンセントを警戒しているように感じるのは彼の気のせいだろうか…? 「うん…分かった……」 ピッ。 軽い音がして、話しが終る。 ヴィンセントはティファを見つめたままだった。 格闘技を得意とする女性にしては、華奢過ぎる彼女の背中が、微かに緊張している様に見えるのは…気のせいだろうか? 「ティファ?」 何気なく呼びかけたその声に、彼女はぎこちなく振り返った。 ヴィンセントは彼女が緊張しているのだ、と確信した。 だが、どうして緊張しているのかを問い詰めて良いものかどうかが、分からない。 このまま気付かぬ振りをしていた方が良いのか…それとも…。 「なぁに、ヴィンセント?」 「……いや、なんでもない」 結局、気付かない振りを選んだ。 別に気にすることは無い。 まさか、自分絡みで彼女が緊張しているわけはない。 ティファが目下、クラウド・ストライフに夢中で、かの青年以外に彼女の心をざわめかせる男などいるはずがないのだから。 だとしたら、今の電話は恐らくティファかクラウドの仕事絡みだろう。 ならば、自分などが変に気を配るのもおかしな話だ。 下手なアドバイスなどしない方が良いだろう。 「ヴィンセント」 「…なんだ?」 ヴィンセントが頭の中で『電話の内容を詮索しない言い訳』を繰り広げていると、彼女はそれを知ってか知らずか、おずおずと声をかけてきた。 相手が緊張しているので、何となく居住まいを正しながら答える。 ティファはゆっくり、ゆっくりとヴィンセントに近付いた。 ヴィンセントはその他人行儀、と言うかバリバリに緊張しているティファに内心首を傾げながら、スツールに座ったまま彼女を見つめる。 薄っすらと開いた桃色の唇が、何か言おうと言葉を探しているのが分かった。 一歩、一歩。 距離が縮まる。 とうとう、ヴィンセントと彼女の距離は手を軽く伸ばしただけで触れられるほどになった。 と…。 フッ…。 「 !? 」 店内が急に真っ暗になった。 まだ昼間だ。 それなのに、真っ暗になったのは一体どういうわけだ!? 一瞬、ヴィンセントは自分が視力を失ったのか、失神をしたのかと思ったほどだった。 それほどまでに唐突な出来事。 しかも。 「ティ、ティファ!?」 店内が暗くなったと同時に、自分の体が誰かに探られている感触。 しかも『触れる』などという生易しいものじゃない。 ガサガサガサッ!! マントの中では止まらず、ティファの繊手が服の中にまで侵入してきた。 ヴィンセントはギョッとした。 頭はパニックなのに、彼女の甘い香りが鼻腔をくすぐり、身体は硬直してピクリとも動かない。 心臓はバクバクで、口の中が一気に干上がる。 ティファが一体何をしているのか考える余裕など微塵も無かった。 そして…。 「ちょ、待て、やめろ!!」 大声を上げて彼女を押しのけようとした、その一瞬早く、彼女の気配がフッと消え、身体を触っていた彼女の手が突然消えた。 真っ暗な店内に残っているのは自分一人…。 真昼間にも関わらず真っ暗になった店内に驚いたが、何よりも仲間の女性の奇怪な行動に流石のヴィンセントも大いに動揺し、訳が分からずバクバクと胸を叩く鼓動に息を弾ませた。 まるで、リアルな悪夢を見たような…そんな心地しかしない。 一体、彼女はどうしたというのか? まさか、クラウドとなにかあって、彼女は神経が病んでしまったのでは!? いやいや、しかしクラウドが自分をここに連れてきたとき、そんな素振りはなかった。 だが…よくよく考えると、クラウドはティファとどうこう、という話しはおろか、どうしてここに連れて来たのかも説明しなかった。 考えだしたらきりが無い。 ティファもそうだ。 どうしてここに連れられて来たのかの説明をしてはくれていない。 「な、なんだ……一体何が…」 呆然としながら腰を上げ、手探りで店のドアを探そうとして……。 パンパンパーン!!!! 「「「「 ハッピーバースデーー!ヴィンセントーーー!!! 」」」」 銃声かと間違えるような大音響のクラッカー。 ソレと共に、店内がパッと明るくなって……。 「な……」 目の前に突然現れたのは、満面の笑みを浮かべているこの店の看板娘と看板息子、それに…。 「ユフィ…!?おまけに…」 ウータイのお元気娘と飛空挺の艦長、看板娘の養父、赤い体毛を持つ隻眼の獣にWROの局長。 ずらり、と並んだ彼等は実に嬉しそうに笑いながら見つめている。 その様子の奇怪なこと! 「へっへ〜!ビックリした?ビックリした〜〜???」 ヒョコリ、とウータイの忍のお尻から黒い尻尾が生えている。 彼女の頭にはこれまた黒い猫耳。 手には猫の手…。 足元は、猫の爪を生やしたフッカフカのブーツ。 要するに、『猫娘』の仮装をしているのだ、しかも『ヘソ出しスタイル』。 子供達はそれぞれ魔法使いと魔女っ子。 バレットはフランケンシュタイン、シドは狼男、リーブは……包帯男……。 ナナキはそのままの格好だが、何故だかシルクハットをかぶっている。 それぞれ実に楽しそうな仮装をしている。 そして、彼等の手には『ジャックオーランタン』が……。 目を点にして呆然としているヴィンセントに、ユフィは「にしし」という、いつものイタズラ一杯の笑みを浮かべてツツツ、と近寄った。 「ほら、今日はあんたの誕生日じゃん?しかも今月はハロウィンだしさ!だから、いっぺんに楽しんじゃうことにしました〜!!」 「「 しました〜!! 」」 子供達二人がクルクルと回り、笑いながらユフィの真似をする。 ヴィンセントはまだショック状態でポカン…とするばかりだ。 呆けたままのヴィンセントに、仲間内一番の巨漢がバシン!と力一杯背を叩いた。 激しく咽るヴィンセントに、 「なぁに、いつまで呆けてやがる!おら、今日の主役はテメェだぞ?ちったぁ嬉しそうにしやがれ!」 ガハガハ!と大口を開けて笑う。 バレットのバカ力に若干涙目になりながら、ヴィンセントはようやく理解した。 何故、クラウドが自分をここに黙ったまま連れてきたのか。 何故、ティファが挙動不審だったのか。 あの二人は奇妙な所が似通っている。 【ウソを吐くのが下手】 それが良いことなのか、悪いことなのかは時と場合によるだろうが、とにもかくにも二人共、こういう『サプライズ』は大の苦手だ。 特に、クラウドの場合は突っ込みでもされたらボロを出す可能性が非常に高い。 だから、フェンリルでの移動中、一言も口を利かなかったのだろう。 そしてティファ。 そう言えば、肝心のその『二人』がいない。 「おい…、残りの二人はどこ行った?」 「あんたねぇ、第一声がそれ〜?」 あきれ返ったような…興醒めしたような声音でユフィが腰に手を当てた。 が、すぐにニヤ〜ッと笑うと、 「もうすぐ来るよん」 人差し指を立てて横に振って見せた。 「すぐ来るから!」 「ヴィンセントの兄ちゃんはこっちこっち!!」 マリンとデンゼルに引っ張られ、ヴィンセントはテーブル席に座らされた。 店の窓を見ると、暗幕が外から垂れ下がっている。 どうやら、店の屋根から窓を覆うようにして暗幕を落としたらしい。 なるほど。 真昼間なのに真っ暗になったわけだ。 「リーブ、私の居場所を調べたのはお前だな?」 呆れながらWRO局長という責任を背に背負っている仲間を見る。 リーブは困ったように、だがどこか嬉しそうに口元を綻ばせた。 「ユフィさんにお願いされましてね」 「WROの力をそんな私事で使って良いのか?」 「なぁに、固いこと言ってんでぃ!」 バシン! 今度はシドに肩をはたかれた。 と…。 「ハッピーバースデー!ヴィンセント!!」 「…おめでとう」 二階からクラウドとティファが降りて来た。 クラウドの手にはシャンパンのボトルと人数分のグラス、そして子供達用のジュースが。 ティファの手には、大きな大きなデコレーションケーキが。 それぞれの手にあるそれを見て、ヴィンセントは軽く目を見開いた。 子供達とユフィの歓声が上がる。 仲間達の感心した溜め息がこぼれる。 「うわ〜、美味しそうだねぇ!」 ナナキが嬉しそうに尾を振った。 尾の先の炎がチロチロと揺れる。 子供達が我先に二人に駆け寄り、ニッコリと見上げた。 クラウドは照れ臭いのをごまかすように目をそらせ、ティファはほんのりと頬を染めていた。 「二人共…」 呆然と呟いたヴィンセントに、『魔王の仮装』をしているクラウドはますます真っ赤になり、『天使の仮装』をしているティファは目をキョロキョロと落ち着かなく動かした。 「だって、皆に合わせないと可笑しいって、ユフィが…」 「 …… 」 クラウドは黙ったまま、皆が着いているテーブルの上に盆を置き、シャンパンをそれぞれのグラスに注いだ。 ティファもそれに倣うようにして、ヴィンセントの目の前にデコレーションケーキを置く。 【 誕生日おめでとう! あなたが生まれてきてくれたことを、心から感謝して…(仲間よりvv)】 ヴィンセントの目が大きなチョコプレートに釘付けになる。 チョコの周りを彩っている白いクリームやフルーツの美しさより、そのメッセージがなによりも心を動かした。 紅玉の瞳がやんわりと穏やかに輝く。 それを、誰よりも嬉しそうに見ているのは…。 「よっし!じゃあ乾杯しよう!!」 ニッカリと笑いながらいち早くグラスを手に取ったユフィ。 仲間達もそれに倣い、グラスを手に取る。 ナナキは器用にも後ろ脚で立ち上がり、両方の前脚を使ってグラスを持った。 子供達もジュースの注がれているグラスを持つ。 「じゃあ…、ヴィンセント!お誕生日おめでとう!!!」 「「「「「「「「 おめでとう!! 」」」」」」」」 カチン! 軽やかな音を立て、グラスが重なる。 グイッと一気に飲み干すと、一斉に拍手が湧き起こった。 ヴィンセントも同様に一気にシャンパンを飲み干すと、軽く息を吐き出して…。 「……ありがとう」 たった一言。 だが、この一言を聞きたいが為に、皆、忙しい合間を縫って集まった。 充分すぎるほどの…一言。 「へへっ!やったね!!」 グシッ…、と鼻を鳴らしながら、今回のサプライズパーティー一番の立役者が笑った。 皆の胸に熱いものが込上げる。 「よっしゃ、じゃあガンガン飲むぜーー!!」 バレットの一言で一気に宴会に突入した。 一先ずケーキは食後に…と、テーブルから消え、代わりに現れたのは豪華な料理。 チキンの丸焼き、スペアリブの甘辛煮込みにスコッチエッグ、ポテトサラダにグリーンサラダ、エビチリ、タコの唐揚げ、フォアグラのソテー、かぼちゃのスープ等々。 どれだけティファは頑張ったのだろう…。 ヴィンセントはそれらの料理と笑顔の絶えない仲間達に囲まれて自分でも忘れていた誕生日を終えた…。 宴会の最後。 ほろ酔いの仲間達を前に、ヴィンセント自身も珍しく酔いを感じながら、フ…と思い出したように口を開いた。 「ティファ…あの時、私に一体なにをしたかったんだ?」 「あの時?」 簡単な片付けを始めていた彼女がキョトン、とする。 ヴィンセントは詳しく説明をしようとして……やめた。 隣には、ティファと同じく軽く片付けをしようとしているクラウドがいる。 出来れば、何事もなく穏便に……、波風立てずに今日を終えたい…。 「いや…良い…」 言葉を濁したヴィンセントの鼻先に、ズイッ、と差し出されたものがあった。 「ユフィ?」 「これのことでしょ?」 ニシシ、と笑うウータイの忍が差し出したのは…。 「…私の携帯か!?」 サッと服の胸ポケットを探る。 そこにあるはずの携帯はなかった。 ティファを見ると、彼女は真っ赤になりながら急いでカウンターに向かっている。 お盆の上に乗せていたグラスと皿が、おっかなびっくり落っこちてしまいそうだ。 ヴィンセントは感心したようにユフィを見た。 「お前の発案か…」 「へっへ〜!これでもう、バカみたいに『着信拒否』なんか出来ないし、仲間達のメルアドとか番号とか入力バッチリ!おまけに、誰からの着信かすぐ分かるようにメロディー設定しました〜!」 嬉しそうな彼女の手から、ヴィンセントは軽く溜め息を吐きながら、ボディーチェンジしてしまった携帯を受け取った。 ハロウィンにちなんで、オレンジ色のボディー。 パカッと開くと、待ち受け画面が仲間達と一緒に撮った写真になっている。 「ちゃんとこれからは携帯に出るように!」 ビシッと人差し指を突きつけたユフィに、ヴィンセントはもう一度溜め息を吐くと…。 「気が向いたらな」 仲間達が嬉しそうに頬を緩めたり、大袈裟に目元を拭ったりしている。 ヴィンセントは……笑った。 薄っすらとだが、本当に心から幸せそうに…。 ― 幸せに ― 最愛の人の声が聞えた気がした。 後日。 孤児院の郵便受けにいつもの如く茶色の粗末な封筒を放り込んだヴィンセントの胸ポケットから、軽快すぎる音楽が鳴り響いた。 孤児院の中がザワッと動いた気配を感じ、慌ててヴィンセントは背を向けて走り出した。 「なんだ!?」 『なんだ、じゃないじゃん!なんでいきなり喧嘩腰なわけ!?』 「あぁ…ユフィ、お前か」 『そうだよ、着メロで分かるでしょうが!』 「『着メロ』?」 『……あ〜、その説明はまた今度。とにかく、リーブがあんたと私に話しがあるんだって!だから、カームに来てよね』 「は!?」 『じゃ、確かに伝えたから〜!』 勝手に切れた携帯を、ヴィンセントはジトーッとねめつけた。 何となく…忌々しい。 しかし、まぁ…。 「……仕方ない、行くか」 誰に言うともなく呟いて、オレンジ色のボディーのソレをしまいこんだ。 ふと顔を上げると、どこまでも澄み渡った青空が広がっている。 美しいものを素直に美しい、と感じられることを心のどこかで誇らしく思いながら、ヴィンセントは歩き出した。 大切な仲間達の呼びかけに応えるために…。 あとがき ヴィンセント。 あなたが生まれてきてくれて本当に嬉しいです! 今まで幸薄かったあなたが、幸せになってくれることを切に祈りながら…。 |