「もしも、貴女に残された時間が僅か1ヶ月だとしたら、どうします?」

 唐突過ぎるその質問に、ティファは笑顔を引っ込めた。




あなたをいつでも一番に





 それまでは特に変わったことを話していたわけではない。
 当たり障りのない話ばかり。
 どこの店に新しい看板娘が入った…とか、あの店の商品は品が悪くなってきている…とか。
 そういった世間話しをしていたはずなのに、目の前の客は突然、即答出来ない質問をティファにぶつけた。
 最初、それまでの話の流れから、冗談かと思ったティファだったが、男の真剣な瞳にそうではないと気づかざるを得なかった…。

「えっと……そう…ですね……」

 途切れがちにつなぎの言葉を口にする。
 しかし、男はティファの動揺をからかうように、
「いやいや、ごめんごめん、冗談だからさ」
 そう言って笑った。
 だが…、ティファは笑えなかった。
 男の笑いが『作られたもの』だと感じ取ったからだ…。
 そのまま、結局その男は帰っていった。
 ティファは胸の中に重い鉛が一つ、ズン…と抱えたまま、その日の営業を終えた。

 そしてその夜。
 ティファは、別の大陸にいるクラウドに携帯を通して短くこう訊ねた。


 ― 『ねぇ、クラウド。もしもクラウドが、あと一ヶ月しか生きられないとしたら…どうする? ―


 携帯の向こうでクラウドが訝しんでいる気配を感じながら、ティファは待った。
 それはとても短い時間だった。


 ― 『俺なら、仕事を半分に減らす』 ―


 短い簡潔なその答えに、ティファは聞く。
 ― 『どうして?』 ―
 …と。


 クラウドは、彼女がそう問い返すだろうことは予測していたのだろう。
 フッ…という笑みを含んだ吐息を洩らし、

 ― 『本当なら、仕事を全部捨てて、ティファやデンゼル、マリンと一緒に過ごしたい。だけど、俺が一ヶ月でいなくなるなら、その後で皆が生活に困らなくて済むように、最低限の収入は手にしたいからな』 ―


 ティファは息を飲んだ。
 クラウドは少しだけ間を置くと、また話しだした。


 ― 『でも、やっぱり今のように仕事で家に帰れないという生活はごめんだ。だから、半分に減らして、その分、目一杯子供達と…、ティファと一緒に過ごす』 ―


 言葉数は少ないが、その言葉の中に込められている深い愛情を感じ、ティファの紅茶色の瞳に涙が浮かんだ。

「ふふ、そっか」

 少しだけ鼻を啜りながら、目元をそっと拭う。
 携帯の向こうから、クラウドが照れながら笑っている気配を感じて、更にティファの喜びは大きくなった。

「早く帰ってきてね」
 ― 『あぁ…』 ―
「じゃ…おやすみ、クラウド」
 ― 『おやすみ、ティファ。明日の昼には帰るから』 ―
「うん…待ってる」
 ― 『あぁ…』 ―
「 …… 」
 ― 『…ティファ』 ―
「ん?」
 ― 『………ありがとう』 ―
「え?」


 躊躇いがちに…、だがはっきりとそう言ってくれた彼に、彼女は目を見開いた。
 聞き間違いだったかもしれない、と思うほど、呆気なく彼は携帯を切っていた…。
 ティファの口元に笑みが浮かぶ。
 そっと切れた携帯を見つめ、愛しそうに、
「クラウド…私の方こそ、ありがとう…」
 そう呟いて、そっと折りたたんだ…。



 翌日。
 言うまでも無く、子供達は朝から上機嫌だった。
 父親代わりの帰宅は、いつでも、どんな時でも待ち遠しい。
 待ち遠しくて、心が弾む。
 いつも必ず何かお土産を持って帰るクラウドを、子供達は少しだけ『水臭い』と思っていた。
 クラウドは、自分が家を空けることが多く、その分、店の手伝いが幼い子供達の小さな肩にかかっていることを心苦しく思っているのだ。
 そして、その謝罪と純粋に子供達を愛しいと想う気持ちから、彼は必ず何かしらの土産を持って帰る。
 子供達にとって、店の手伝いは至極当たり前のこと。
 クラウドが仕事で家を空けることが多いのも、自分達を養うために頑張っている結果であると思っている。
 だから、クラウドが長期で家を空けることがあるのは当然だ、という認識でいる。

 だから…。
 クラウドの想いが『水臭い』。
 しかし、同時に嬉しくも思っている。
 自分達のことをいつもちゃんと考え、想ってくれている証拠なのだから。

『水臭い』と『感謝』という、相反する気持ちを小さな胸に膨らませながら、子供達は朝から元気一杯で、クラウドが帰った時のことを競うようにしゃべる。

「クラウドが帰ったら、フェンリルに乗っけてもらって、カームまで走ってもらうんだ!!」
「ダメよ!クラウドが帰ったら、一緒に市場へ買い物に行くんだもん!」
「なんでだよぉ、別にクラウドがいなくても市場には行けるだろう?」
「クラウドと一緒に買い物に行きたいの!一人で行くのとクラウドと行くのじゃ、意味が違うもん!」
「む〜……それは分かるけどさぁ…」
「この前、雑貨屋さんが出来たでしょ?あそこ、ちょっとしたインテリアも売ってるの。だから、クラウドとティファと、デンゼルとマリンで、この店の飾りをなにか買いに行きたいの!」
「む……」
「ね〜?やっぱり家族揃ってこの店の物は買いたいでしょ?」
「むむ…」
「フェンリルにはいつでも乗せてもらえるでしょ?今日じゃなくても良いじゃない」
「いや…それなら買い物だって別に今日じゃなくても…」

 いつの間にか劣勢に立たされているデンゼルが、か弱い反撃に出る。
 しかし、当然のように……。

「ダメ!だって、オープニングセールは今日までなんだもん!クラウド、昼には帰るでしょ?今日しかないの!っていうか、間に合うかどうかも危ないんだから!!」

 ガックリと肩を落としたデンゼル。
 顔を少し紅潮させて胸を逸らしているマリン。

 勝利のゴングがマリンの為に鳴った音が聞えた気がした…。
 ティファはクスクスと笑いながら、最後まで子供達のやり取りを聞いていた。
 決して口を挟まず。
 水を差さず…。

 子供の成長は本当に早い。
 今のやり取りも、自分達の『してもらいたいこと』が『家族の為に』という新たな別の目標が出ると、そちらを選んでくれる。
 それをごくごく自然にしているのだ。
 これはきっと、他の子供達にも自然と身につけていくものだろうが、それでもデンゼルとマリンは少々早すぎる気がする。
 まだ10歳にも満たない子供達。
 その子供達が、自分のわがままよりも『家族の為に』を優先させる。
 その成長が誇らしくもあり……、申し訳なくも思う。
 ここまで子供達が成長しなくては『いけない環境』にあるのか…?と深く考えすぎてしまう…。
 きっと、そんなことをユフィやバレット辺りが聞いたら、

 ―『はぁ!?なにそれ!ティファったらなんだってそんなにわざわざややこしく考えるかなぁ?私なら自慢しちゃうな』―
 ―『うぉぉおおお!!マリン、お前は本当になんて良い子なんだ!こんな環境で育つしかなかったお前を思うと…父ちゃんは…父ちゃんは…!』―

 ユフィの呆れた顔と、バレットの『感動』と『申し訳なさから』の号泣する姿が目に浮かぶ。
 ティファは二人にバレないようクスリ…と笑った。


 そう。
 本当にこの店の住人は幸せだ。
 どんな逆境にも、これまで乗り越えてきた。
 一人じゃないから…。
 彼らには、頼れる仲間がいるから。
 そして…。
 一緒に泣いてくれる仲間がいるから…。
 傷ついた時、慰めてくれる仲間がいるから…。
 嬉しいとき、一緒に喜んでくれる仲間がいるから…。

 自分の命を預け、全身全霊で戦える地盤を作ってくれる仲間がいるから!

 と、その時!

 ― では…。―

 誰かの…。

 ― いなかったら……? ―

 声が…。

 ― 『仲間』や『家族』や『大切なもの』がない人は…? ―

 ティファの脳に直接語りかけてきた。


 ティファはガタンッ!と勢いよく椅子から立ち上がった。
 反動で椅子が倒れる。
 子供達が呆気にとられた顔をして、ティファを見上げていた。

 ティファはハッと我に変えると、取り繕うように笑い、朝食の準備へ慌ただしく向かってしまった。
 残された子供達は、キョトンと首を傾げたものの、全くわけが分からない。
 しかも、今のティファの逃げようをみると、恐らく聞いても教えてくれないだろう。
 二人はちょっぴり不安な顔をしながらティファの手伝いをすべく、カウンターへと向かった。

 勿論。
 ティファを気遣い、ティファに質問などはしなかったし、クラウドが帰ってもその一件は言わなかった。
 きっと、必要ならティファが自分でクラウドに言うだろう…。


 そして、子供達の判断は正しかった…。


 その日。
 クラウドは昼前に帰ってきた。
 予定より少しだけ早い帰還。
 子供達は大喜びでクラウドの元に駆け寄り、まだ熱いフェンリルの機体に飛び乗らんばかりの勢いだった。

 真っ直ぐ自分の元へ駆け寄ってくれる子供達が待ってくれている…『家』。
 どれほど自分は幸福なんだろうか…と思わずにはいられない。
 正直、こんな幸福な毎日が送れるとは夢にも思わなかった…。


 家出をしている間は…。


 あの頃は、『希望』に繋がることは全て諦めていた。
 決して、温かなものに包まれることなどない。
 己の犯した大きな罪が、それを決して許さない…と。
 しかし、現実はどうだ?
 こんなにも自分は恵まれている。

 クラウドは、そっと愛車から降り立つと、子供達を片腕一本ずつで抱き上げて、
「ただいま」
 幸せそうに軽く頬を緩めてその小さな頬に『ただいまのキス』を贈った。
 子供達がくすぐったそうにクスクス笑う。
 そっと地面に二人と下ろし、ほんの少しだけ見つめる。
 子供達の目はキラキラと輝いていて、『命の力』に満ち溢れている。
 子供達を守り、養うために働いている…と、思っているのだが、実はこの子供達の生きる力に『生かされている』ということを改めて自覚させられる。

 特に、デンゼルへの思いはクラウドにとって特別だった。

 出会いは決して良いとは言えない。
 お互いに星痕症候群だったし、デンゼルは頑なだった。
 それがどうだろう?
 マリンに出会い…。
 ティファに触れ…。
 こんなにも逞しく、元気一杯に『子供らしい子供』に成長してくれた。

 満足すぎて、いう言葉が見つからないくらいだ。


「クラウド、おかえりなさい」


 トクン…。

 胸の鼓動がほんの少しだけ早まる。
 それでも、元来の意地っ張りで恥ずかしがり屋という性分から、なるべくバレないよう…、ゆっくりと…精一杯余裕ぶって…。


「ただいま、ティファ」


 ゆっくりと顔を上げた先には、夢にまで見た愛しい人の微笑み。
 心がスーッと軽くなり、フワフワと夢見心地になる。

 などとユフィあたりにバレたら、きっと死んだ後でも面白おかしく、話しのネタにされるに違いない…。


 甘いムード……に、突入かと思われたが、流石に真昼間。
 隣近所の人の視線が痛い。
 二人は、軽く互いの頬にキスを贈るだけの簡単な『挨拶』をしただけで、さっさと長旅の仕事の荷解きにかかった。
 案の定、クラウドは子供達に土産を買ってきていた。
 デンゼルには飛空挺のプラモデル。
 マリンにはビーズで作られた可愛いブローチ。
 以前のクラウドからは想像も出来ない程、センスの良いそれらの土産に、
「これってやっぱりお店の人に選んでもらったんでしょ?」
 マリンがあっさりとネタをばらしてしまった。
 だが、だからと言って嬉しさが半減するわけではない。
 二人は丁寧に、嬉しそうにそれを自分達の部屋に持っていった。
 だが、下りてきたマリンの胸には、今しがたもらったばかりのブローチが輝いている。
 どうやら、子供部屋にプラモデルを持っていったデンゼルに付き添っただけのようだ。
 そして、その僅かな時間だけでもクラウドとティファを二人きりにしてやろう…という、なんとも粋な計らいというか…、おしゃまな発想と言うか…。

 とにもかくにも、その僅かの時間で、ティファは今朝がたの『幻聴』の話しを手短に話すことが出来た。
 ゆっくり時間もとらないで簡潔にクラウドに話して聞かせたという行為が、どれほどティファにとってその『幻聴』が不安にさせるものなのかを窺わせる。

 クラウドは話を聞き終わると、軽くティファを抱きしめた。


「それはさ、きっとティファ自身の声だよ」

 腕の中で彼女が首を傾げる。
 クラウドは笑った。

「ティファは優しいからな。色々な人の場合を想像してしまったんだ…」
 俺はそう思うけど…?


 クラウドの魔晄の瞳に真っ直ぐ見つめられているうちに、ティファの不安がスーッと溶けて……消えた…。
 クラウドの言葉を信じたわけではない。
 確かに、誰か『他人』の声を聞いた。
 自分以外の…誰かの…。

 だが、そんなことはどうでも良い…。

 そう思えたのだ。
 この真っ直ぐ自分を見つめ、包み込んでくれる人がいてくれたら、きっと大丈夫。

 そう……、思った…。


「ありがとう、クラウド」


 万感の想いを込めてキュッとしがみ付く。
 クラウドの大きな手の平の感触を背に感じながら、ティファはその至福に心を委ねた…。







「それで、どれにするんだ?」
「「 コレが良い!! 」」

 二人が全く真逆の物を持ってきたのを見て、クラウドとティファは苦笑した。
 簡単な昼食を摂った後、家族揃って市場に新しく出来た雑貨屋に来ている。
 オープニングセール最終日とあって、小さな店舗の中は人で一杯だ。
 その人混みを掻き分け、自分が『コレ』と思われる商品を手にとって持ってきた子供達に、クラウドは舌を巻いた。
 人混みを苦手とする自分には絶対に出来ないことだ。

「なんでだよぉ!絶対こっちだって!!」
「え〜、ヤダ〜!セブンスヘブンのイメージじゃないもん!!」

 どちらも譲らない姿勢をとる子供達に、親代わりの二人は顔を見合わせた。
 二人共、センスは良い。
 だから、どっちが良いか問われると非常に困る。
 しかし、センスが良いのに相反した物を持ってくるとは…。

「なぁ、クラウド!男ならこっちだろ?」

 可愛い息子がそう言って、手に持っているジープの模型を差し出す。
 かなりクラシックな雰囲気があり、カウンターに置いたらそれはそれは似合うだろうと思われた。

「ねぇ、ティファ!女の子ならこっちだよね?」

 可愛い娘がそう言って差し出したのは、ステンレス製のツリー。
 幾何学的な形で枝を伸ばしているソレは、枝の部分にちょっとしたストラップやアクセサリーをアクセントとして引っ掛けたら、それはそれは可愛くなるだろう。
 しかも、ステンレスのグレーと硬質な感じが甘過ぎない印象を与えてくれて、こちらもセブンスヘブンのカウンターには似合いそうだ。

 クラウドとティファは、それぞれ可愛い子供達の必死な視線に心底困り果てた。
 どちらの物もかなり良いセンス。
 しかし、二つを並べてカウンターに飾るには……アンバランス。

 ティファは一瞬、カウンターの両端にそれぞれ飾ろうか…とも考えた。
 しかし…。
 想像してみたのだが、どうも両端に置いたとしても統一感がなくて…不恰好だ…。

 困り果ててチラリ…と、隣のクラウドを盗み見る。

 バチッ!!

 同じく自分を盗み見た紺碧の瞳と見事にかち合い、慌てて二人はそっぽを向いた。
 心のなしか心拍数が上がり、頬が火照る。

「そ、そうね。どうしようかなぁ…」
「そ、そうだな…。二つともカッコいいんだが…」

 子供達の手前、ごまかそうと反射的に口にした台詞。
 それがまた、見事にどもりながら被ってしまい、二人はバッ!と互いの顔を驚き見て、またもやババッ!!と顔を背けた。

 二人の頬と首筋がほんのり赤くなっている。
 親代わりの二人の慌てふためき、照れているその姿に…。

「なんか、俺、マリンのでも良くなってきた…」
「私も…。なんかデンゼルのでも良くなってきた…」

 闘争心がすっかり萎え、二人は顔を見合わせると、「「 はぁ… 」」と溜め息を吐き、
「俺達、一緒に別のを探してくる」
 そう言い残してまたもや人ごみの中に消えて行った。
 クラウドとティファが声をかける間もない。
 二人はそわそわとしながらも、むせ返りそうな店内に止まる気になれず、黙って顔を見合わせ、苦笑しながら店の外に出た。
 何となく、軒先で肩を並べて空を見上げる。
 澄んだ青空に真っ白な雲がゆっくりと形を変えながら流れていく…。
 街の喧騒とは全くかけ離れたその世界に、暫し火照った心と頬を冷ます…。


 と…。


「あ…」

 ふと視線を下げたティファの視界に、昨日の客が通りの向こうを歩いている姿が見えた。
 クラウドが視線だけでティファにどうしたのか、と問う。
 ティファはその視線に気付き、手短に昨日の客である事を説明した。
 ほんの一言ほどの説明ではあったが、クラウドはすぐに理解した。
 そのまま二人は黙って男の背を見送った…。

 彼が白いバラの花束を持っているのをしっかりと認めながら……。






「どうしたんだろうね…」
「さぁ…」
「私達、喧嘩しないでちゃんと買ったのにね…」
「うん…」
「なんだろう…」
「俺達を待ってるのに疲れたのかなぁ…?」
「…それか…もしかしたら…」
「「 俺(私)達を待ってる間になにかあった…とか? 」」

 同時に囁き、子供達は二人にバレない様にそっと肩を落とした。
 なんとなく…二人に問いただしてはいけない気がした。
 自分達が心配をしていることは、二人は気付いているはずだ。
 それなのに、何の説明もしないのはきっと、上手い言い訳が思い浮かばないのか、本当に大したことがなかったのかのどちらかだろう。
 そして、子供達は前者だと判断していた。
 二人に余計な気を使わせたくはない。
 それでなくても、結局二人で一緒に買い物を選ぶのに結構時間がかかったのだ。
 心配事がある上に、待ちくたびれさせてしまったのだから、これ以上の負担はかけられない。
 そう、物分りの良い子供達は思っている。

 なんとなく気詰まりな感じがして、デンゼルはなんとなしに親代わりの二人から視線をそらし、通りの向こうへと目をやった。
 と…。

「マリン、マリン」
「???」
「ほら、あそこの人…」
「あ…」

 兄代わりの指差す方を見て、マリンは大きな目を丸くした。
 そこには、常連客の一人が寂しそうに橋の欄干にもたれて、立っていた。
 橋…と言っても川が流れているわけではない。
 自然災害が起きた場合に備えてのものだ。
 普段はなにもないコンクリートの地面が広がっているだけのそれは、子供が上ったり出来ないように網目の細かなフェンスが内側に反り返る形で備え付けられている。
 当然、大人が上ったりも……かなり無理がある。
 自殺者が出ないように…との配慮だ。
 そのフェンスに、常連客はいた。
 細かな網目の隙間から、橋の下をジッと見つめている。
 それは……ちょっと……怖いものを感じてしまって…。

「「 ティファ!! 」」

 子供達に大声で呼ばれたティファは勿論、その隣を歩いていたクラウドまでもを驚かせた。
 揃って同じ方向を指差し、困った顔をしている子供達に、その指先を視線を走らせて…。


 クラウドとティファは顔を見合わせた。
 なんとなく……イヤな予感だ。

 クラウドはティファと子供達に目配せをすると、三人をわざとその場に残し、単身、男の元へ向かった。
 その背を家族が固唾を呑んで見守っている。




「なにか見えるのか?」

 何の前触れも無く突然声をかけられた男は、ギョッとして数歩分飛び上がった。

「あ、あぁ……なぁんだ、クラウドさんかぁ…」

 声の主を認めてホッと安堵の溜め息を漏らす。
 意外にもその明るい表情と声音に、クラウドは眉間に少しシワを寄せた。

「なにかあったのか?」

 重ねて問われ、男は軽く戸惑った表情を浮かべた。
 しかし…。

「あぁ……そっか…」

 通りの向こうにいるティファの姿に気付き、自分が昨夜彼女に謎かけのようなことをしてしまったことを思い出したのだろう。
 苦笑しながら、
「いや…すいません、なんか変なこと言っちゃったから、気を使わせちゃって…」
 そう軽く頭を下げ、再び橋の下へ視線を流した。
 男の纏っている暗いオーラにクラウドはその場から離れられなくなった。
 先ほどの白いバラの花束と言い、今、目の前で小さな…そして暗いオーラを纏っていることと言い…。

 きっと…、この男は……。


「恋人がね…。丁度一年前の昨日、死んだんですよ」
「 …… 」

 なんとなく予想していた範疇である言葉に、クラウドは頷くでもなく、ただ黙ってそこにいた。
 男は続けた。

「彼女ね。妊娠してたんですよ。それを俺に隠しててね。気付いたのは彼女が死んだときでした」
「なんでも自分で決めちゃう女でさ。妊娠してることを言ってくれたら結婚も考えたのに、自分の命があと少ししかない…って医師に言われて、言わなかったんだ…って…」
「彼女の両親に泣きながら言われましたよ」

 力なく笑うその青年に、クラウドは腹の中がカーッと熱くなった。
 それは、青年の態度に対する怒りなのか、それとも、死んだ彼女への同情なのかは分からない。
 腹が立っているのか、同情なのか。
 相反する気持ちでクラウドは口を開き……。

「でも、俺、彼女に会えて幸せでした」
「え…?」

 男を非難する言葉を口にしようとしたクラウドは、そのタイミングを見事に失った…。

「彼女は本当に頑固でね。ずーっと『貴方の枷にはなりたくないの!そんな弱い女にはなりたくないのよ』が口癖で」
 クスリ…、と笑いながらクラウドに真正面から向き合う。

「彼女、一回だけこの何も流れていない川に水が溢れているのを見たことがあるんだ!って言ってましてね。すごい嵐の日があったでしょう?その翌日朝早くにわざわざ見に来たんですよ」

 本当に可笑しそうに青年は笑った。

「だから、ここに来るとつい、彼女が見たって言うものが見れるかなぁ…って覗き込んじゃうんです」
 そう言うと、青年はクラウドに軽く手を上げた。

「すいません、もう行かないといけない時間なのでこれで失礼します。ティファさんに申し訳ありませんでした、って言って下さい」

 そしてクルリ…と背を向けると思い出したように振り返った。

「今度、彼女と俺の可愛い天使を連れて行きます!なんと三つ子なんですよ、凄いでしょう!!」

 満面の笑みでそう言った青年に、クラウドの瞳が見開かれ、そして柔らかく細められた。


「俺も…楽しみにしてる」


 青年は、まさかクラウドにそう言ってもらえるとは思っていなかったのだろう。
 破顔してこう付け加えた。

「一日でも迎えに行くのが遅れると、親権を彼女の両親にとられちゃうんです。だから俺、これからも遅れないように仕事をしながらがんばります!!」


 そうして、若い三児の父は走って…人混みの中に消えた。





「そうだったんだ…」

 その日の夜。
 子供達が寝静まってからクラウドは彼とのことを話した。
 なんとなく、子供達には話さなかった。
 デンゼルとマリンは、その歳にしては充分大人びている。
 だが、他の人から見たら、精神年齢までは分からない。
 このような重く、とても大切なプライベートの話しは子供達に話して聞かせるのは、あの誠実な青年に失礼かと思ったからだ。
 ティファは目元の涙を拭いながら、クラウドから聞かされた男の話しに微笑んだ。
 その瞳は、カウンターに置かれたクリスタル細工のイルカの置物に反射して輝いている。
 子供達二人が選んだ品だった。

「でも…、やっぱり彼にしたら、彼女から本当の事を教えて欲しかったんでしょうね」
「ああ。だけど……それでもやっぱり嬉しかったんだろう…と、俺は思う」

 クラウドの答えに、ティファはそっと見つめた。
 フッと口元に軽く笑みを浮かべつつ、クラウドは言う。



「自分の辛い時に同じように辛い思いをさせたくないし、見せたくない。本当は傍にいたいし、きっとそう言ってくれるのは分かりきっている。だけど、そうして傍にいてくれている間は、彼は仕事とか『しなければならないこと』を放り出さなくてはならない。それは…させたくない。彼のこれからの人生を考えたら、大きな障害になる」


「きっと……そう思ったんだよ彼女は。彼女だって『傍にいて欲しい』と思いながらも『彼』を一番に考えたんだ。だからこそとった行動だ。他の誰でもなく『彼を一番に』考えた結果なんだから…きっと、哀しいのと嬉しいのがごちゃまぜなんだろう…と思うよ、俺はさ…」


 クラウドの言葉に、ティファの瞳にまた新たな涙が薄っすらと浮かんだ。
 それは目尻でギリギリ止まり、キラキラと瞳を輝かせた。


「うん、うん!そうだよね」

 何度も何度も頷き、ティファは感極まってクラウドに抱きついた。
 クラウドもそっと彼女を抱きしめ返す。
 ゆったりとした時間に包まれ、二人は幸せな夢を見た。
 自分達にも必ず訪れる『死』。
 その最期の瞬間、必ず傍にいる…と。
 人生の最期を愛している人の傍で迎えられることほど、ティファとクラウドにとっては幸せな最期はない。

 残念ながら、青年の彼女が選んだ道は違ったが、それは価値観の相違。

 彼女も幸せだったはずだ。
 愛する子供達を三人も世に残せて…。


「俺達も…」
「ん?」
「きっと…可愛いだろうな…」
「…なにが?」
「…フッ、なんでもない」
「え〜、なによ、教えてよぉ!」
「ハハハッ、痛い、怒るなティファ、子供達が起きるだろう?」
「もう、だったら教えてよ!」

 プーッと頬を膨らませながら、軽く叩くティファにクラウドは声を上げて笑った。

 大丈夫。
 大丈夫。
 自分達は…決して……。


 ― 本当にそうでしょうか? ―


 ドックン!
 クラウドはピタリ…と笑顔を凍らせた。
 ティファが怪訝な顔をする。
「どうしたの、クラウド…?」
「…いや、なんでもない。なにか変な音が外からしたように思ったから」
「外…?あぁ、猫じゃないかしら。車に最近よく轢かれてるの……大丈夫だったかしら……」

 窓の外を覗き見るティファに、クラウドは上手くごまかせたことを喜んだ。


 大丈夫。
 大丈夫。


 俺達は……負けないから…。


 誰に言うともなく、クラウドはこぶしを握り締めて宣戦布告をした。



 ― 楽しみにしています。あなたがあなたの大切な人を一番に考えられるかどうか…見物ですね ―



 低く…低く……。
 まるで地の底から聞えてくるかのような……女の声。


 クラウドは、これから起こる不吉な予感にグッと奥歯を食いしばった。


 それから僅か一ヵ月後に、彼は噂を耳にする。
 路地裏に現れるという『予言者』。


 名を、『ミコト様』と人は呼ぶ…。



 あとがき

 なぁんとなく…ほんっとうになぁんとなく書いちゃいました…『隠し』への『プロローグ』的なお話し(笑)
 大丈夫です。『隠し』読まなくてもこれは『これ』というお話しで読んでいただけたら(笑)

 大切な人があと一ヶ月かもしれない…って時、どうします?
 私は、仕事なんか放り出して看病!!
 …するつもりでしたが、仕事の長期休暇をとった僅か三日後でしたからね。
 本当に人間って儚く、脆いものです…。

 おっとっと。
 しんみりしちゃってごめんなさい。

 ではでは、ここまでお付き合い下さりありがとうございました。