天使の卵




 あどけない顔をして眠る子供達を見つめるティファは、本当に綺麗だと思う。
 彼女は……俺にとってかけがえの無い人…。
 そして、ベッドで眠る二人の子供達も……大切で愛しい俺の『家族』。

 それにしてもさ…。
 なぁ…ティファ?
 いつからそんなに綺麗になったんだ?
 ティファが綺麗だってことは前から知ってたんだけど、気が付いたら俺が知ってる以上に綺麗になってるんだからな…。
 本当に……女性は劇的に変身してしまうから……不思議だ。


 あの過酷な旅の中、仲間と共に目的を果たして…。
 何をして良いのか分からなくて戸惑ってただろう?
 でも、それをキミは必死に隠してたよな。
 本当は、ティファのそんな不安な気持ち、気付いてたんだ。
 でも……。
 気付かない振りをして、笑って見せる事しか出来なかった。
 それもさ、決して安心出来るような、力強い笑みじゃなかっただろ?
 ごめんな。
 俺も不安だったんだ。
 俺だけじゃない。
 世界中の人達は、きっと、もっと不安で一杯だっただろうな。

 それまでのいろんな『普通』が、あっという間に『異常』になっちゃったからさ。
 神羅という巨大な組織が崩壊した事もそうだし、なにより魔晄エネルギーが星の命を吸い取ってしまうという事実に、世界中で人々は混乱と恐怖に突き落とされて…。
 それで、その直後にメテオとホーリーの暴走と、ライフストリームの癒しの力。
 全てが終ったかと思ったら、今度は星痕症候群という奇病。
 もう……世界中が混乱しつつ、必死に足掻いて……もがいて……誰もが手探りで目一杯生きようとしてただろ?
 俺達も……そうだったもんな。
 そんな中。
 俺は……逃げてしまったから…。

 俺が逃げてしまった後、実はさ、ティファと子供達の事が気になってコッソリ様子を見に行った事があったんだ。
 その時も、ティファはとても綺麗だったよ。
 星痕症候群で苦しむデンゼルを看病しつつ、店を切り盛りして、マリンを元気付けて……。
 そして、ティファ自身も子供達に励まされて、店に来るお客さんに支えられて…。
 その姿を見て、本当は……ちょっと寂しかったな。
 勿論、安心もしたんだ。
 やっぱり、ティファにはいつでも元気で笑っていて欲しかったから。
 でも…。
 その時に見たキミの笑顔は……ここまで綺麗じゃなかった。
 どこか儚げで……陰を纏わせててさ。
 こう……『陰のある美女』って感じだったな。

 その時……そんなキミに、ついつい甘えて家に戻ってしまいそうで…。
 必死に歯を食いしばるようにして、そこから立ち去ったんだ…。
 だって、その時はザックスやエアリス、その他、俺に力が無い為に星に還ってしまった人達への申し訳なさで一杯でさ。
 俺だけが幸せな空間になんか居ちゃいけない……って思ってたから…。

 まぁ、結局は家に帰る事をデンゼルやマリンと約束する事になって……バハムート・シンと闘う事になって…。
 その時、ティファの真っ直ぐな眼差しに、『あぁ……ティファには敵わない』って思ったんだ。

 教会で星痕症候群の発作で倒れて、子供部屋で目が覚めた時、ティファに『家族皆で頑張ろうよ!』『逃げないで!』って叱咤激励された時も『敵わないなぁ……』って思ったんだけどな。
 でも、あの時はティファの目を真っ直ぐ見てなかったから……痛いほどの視線を受け止める事が出来なかったから…。
 こんなにも心の弱い俺を、キミは『クラウドは優しいから』って言ってくれるんだ。


 ハハ…。
 優しい?この俺が??
 違うだろう…。
 本当に優しいのは…キミだよ、ティファ。
 そうやって、俺の心の弱さを『心が優しいから』と言ってくれるのは、君くらいなものさ。
 そして、キミは俺の知らない間に、どんどん綺麗になっていくんだ。
 なんだか……置いてけぼりを食ってる感じ。
 これ以上、ティファにつりあわない男にならない為に、これでも努力はしてるんだぜ?
 まぁ……大した努力じゃないけどな。

 仕事は絶対にきちんとこなす。
 いい加減な男だなんて思われたくないし、やっぱり『家族』を養い、『家族』に認めてもらうには、きっちり働く事が肝心だと思うから…。
 それに、携帯にも出るようになったし、俺からもかけるようになっただろ?
 話し好きじゃないから、本当は物凄く緊張してたんだよ、最初の頃は。
 でも、努力の甲斐あって、今では『家族』と『仲間』には人並みにしゃべるのを楽しめるまでになったと思う。
 うん……楽しめるようになった。
 前みたいに、『義務感』から携帯に出る事はなくなったな…。
 今は……ティファや仲間達が鳴らしてくれる携帯が嬉しく感じるよ。
 それも……全部ティファ、君のお蔭だ。

 こんなにもどうしようもなく甘ったれた俺を…。
 こんなにもどうしようもなく弱い俺を…。
 最後までずっと……信じて待っててくれたから。
 今もずっと、俺の傍で笑ってくれるから。

 キミの笑顔で俺は、また新しい一日を頑張れるんだ。

 ま、こんな恥ずかしい事は面と向かって言えないけど…。

 それでも……いつか…。
 キミにその『証』と共に言う事が出来たら……。


 でも……。
 ごめん。
 今はまだ、『その時』じゃないと思う。
 正直、これから先、『その時』が来るか分からない。
 だって、俺達はあまりにも多くの血を流し過ぎたから…。
 あまりにも多くの悲しみを生み出したから…。
 それはキミも分かってるんだろうな。
 だから、女性なら憧れて止まない『純白のドレス』を着る日が来ることを俺に話したりしないんだろう?

 ティファ…キミと街を一緒に歩く時、気が付かずにはいられない。
 キミの瞳が、ショーウィンドーに飾られてるその『純白のドレス』に注がれる瞬間を。
 そして、その時には決まってちょっと夢を見るような……儚い笑みを口元に湛えて……。
 そうしてキミは、そっと俯くんだ。

 ごめんな。
 それでも俺は、ティファに『純白のドレス』を着せてあげられない。
 きっと、キミ自身も『純白のドレス』を着る事を望んでいても、その気持ちを押し殺して着る事を拒むだろう…。
 俺達はお互いに、まだ『その時』じゃないことを知ってるから…。

『その時』っていうのが来るのか来ないのか……分からないけど。
 それでもいつか…。
 本当に遠い未来でも構わない。
 いつか『その時』が来てくれる事を願ってる…。
 きっと『その時』、キミは今以上にもっと綺麗になるんだろうな。
 それこそ、天上に舞う『天使』よりも美しく、優しい笑みを浮かべて。


『純白のドレス』を身につける事が許されていないキミは、まだ『天使』になりきれていない『卵』なんだ。
 なぁんて事言ったら、キミは呆れるだろうか?
 それとも顔を真っ赤に染めて『バカ!』って言って、そっぽを向いてしまうだろうか…?
 どんなティファも、俺には魅力的だけど…。
 勿論、そんな事は絶対に口が避けても言えやしない。
 酒の力を借りても、絶対に誰にも聞かせられない俺の本心。


 今でも時々フッと思うことがある。
 もしも……。
 もしも俺が、家に戻らなかったら……。
 ティファ、キミは俺以外の男と幸せになったか……?
『純白のドレス』を身に纏い、『卵』から孵って『天使』になっただろうか……?
 そうして、その俺以外の男の傍で、『天使の微笑み』を浮かべてただろうか……?


 ………。
 ……………。
 ………………ダメだ…。
 やっぱり、そんなティファの姿は想像出来ない…。
 って言うか、想像したくない。
 俺って奴は、本当に自分勝手だなぁ…。
 我ながら呆れてくるよ。
 それでもさ。
 やっぱりティファには俺の傍にいて欲しいんだ。
 例え、俺の手で『天使』にしてやれなかったとしても。
 他の男に『天使』にされる事は、絶対にイヤなんだ。
 だから……俺がティファを『天使』にしてやれるまでは『卵』でいて欲しい。
 本当は、今すぐにでも『天使』に孵してやりたいんだけど…。
 無理そうなんだよな……今すぐは。


『このバ〜カ!男ならビシッと決めろよ!!』
『クラウド〜〜!!いつまでズルズルしてるつもり〜!?』


 親友達の声が聞える気がするよ…。
 それでもさ…。
 まだやっぱり『その時』じゃないと思う。
 いつまでもこんな風に、ダラダラと『家族』という都合の良い言葉を隠れ蓑にするのは良くないって分かってるさ。
 それでも…。
 それでも、もう少しだけ一緒に『その時』が来るのを待ってくれないか?
 きっと、『その時』が来たら分かると思うんだ。
 バレットじゃないけど『落とし前』をきちんとつけることが出来たら…。
 もっとも、『落とし前』をきちんとつけるには俺の人生全部をかけても足りはしないって分かってるけど、それでも『ある程度』の見切りが付いたら…。
 それが『その時』だと思うんだ。

 星はまだ安定していない。
 なんとなく、そう思う。
 根拠は……ないんだけど、魂が感じる……っていうか…。
 言葉では上手く表現出来ないな。
 でも……ティファもそう感じてるんだろう?
 最近、時々あの旅の頃のような目になる時があるからな。
 気付いてないと思ってるだろう?
 それが、意外とティファは分かりやすいからな。
 傍にいると良く分かるんだ。
 ティファも何かを……星に迫ってる危機を感じてるってさ…。
 俺達の『落とし前』をつける『人生の旅』は、まだまだ終着点からはほど遠い。
 そして、俺達には星に迫ってるその危機から『星を守る』という義務がある。
 この星を愛し、命を賭けてこの星を守った親友達の願いを引き継いだ俺達の使命だ。
 勿論、この星に生きる全ての命に、その義務は存在すると思うけど…。
 でも…。
 それでも…。
 俺達に課せられた使命は、その全ての命が持つ『義務』よりも重いと、俺はそう思ってる。
 だって、そうだろう?
 いつか……出来れば遠い未来であれば良いんだけど、星に還った時にさ、彼女とアイツに呆れたような顔されたくないじゃないか。


『お前……なにやってんだよ……』
『もう、ほんっとうに……なっさけな〜い!』


 なんて言われたら、そのまま即行地獄に落ちるな。
 落ち込みすぎて、地獄の奥底まで真っ逆さまに落下するね。

 ま、半分冗談だけど、それでもきっと二人はガッカリするだろうな。
 そんな二人は見たくないだろう?
 俺は見たくないし、何より顔向け出来ない。
 だから……そんな事にならない為にも…一緒に頑張ろう。
 なによりも。
 この目の前で安らかに……無垢な寝顔を見せてくれる可愛い子供達の未来を守る為に…。
 頑張ろう。
 もう少し……もう少しだけ…。

 そして…。
 今、星に迫っている危機から星を守る事が出来たら…。
 もしかしたら、俺の待っている『その時』が来てくれるかもしれない。
 来ないかもしれないけど……それでも俺は『その時』が来るんじゃないか…って少し期待してる。
 ティファ……キミはどうだろう…?
 そして、もしも…もしも俺の予想通り、『その時』が来たら…。
 君に『純白のドレス』を俺の為に着てもらえるよう、ティファ……キミにその『証』を贈るよ。
 今はまだ、その『証』すら準備してないけどな。
 いや……だって、ああいう『店』に入るのは、俺にとって並大抵の決意と勇気じゃ無理なんだよ…。
 それに、『物』が『物』だしなぁ……。
 ……そう言えば、シドはどんな顔して『店』に入って、『証』を手に入れたんだろう…。
 ………。
 ……………。
 …………………ブハッ!
 ダメだ…想像出来ない!!
 もう、ほんっとうに似合わないって言うか…。
 俺以上に滑稽な姿しか思い浮かばないな。
 でも…。
 それでも、シドはちゃんと『証』を手に入れて、シエラさんに贈ったんだから……俺の想像以上に大した男なんだろう。

 ……本当に滑稽な姿しか想像出来ないけどな…。

 そう言えば、バレットも奥さんがいたな……。
 一体どんな女性だったのか、いまだに聞いたことはないし、過去の古傷を抉るような質問だろうから、これからも訊ねるなんてバカな真似はしないけど…。

 …あのバレットに『証』を贈らせた女性…。

 ………どんな女性だったんだろう………。
 なんか、意識すると余計に気になってくるな……。
 バレットは、見た目と違って純情で凄く照れ屋な男だ…。
『証』を贈った時はどんな顔をしてたんだろう…。
 …………。
 ………………。

 やめよう。
 なんか、急に虚しくなってきた…。
『証』を贈る勇気を持ってない自分が妙に不甲斐なく感じる…。

 でも…。
 いつかは必ず…。
 そう思ってるのだけは確かだ。
 …というよりも、今のままズルズルと『家族』という『今の枠』の中で安心したくないんだ。
『家族』という形を成すまでの『経過』をきちんと辿りたいんだよ。
 ……そう改めてキミに言ったら…。
 ティファ……キミはびっくりするだろうか…?


 ― 今更なに言ってるの…? ―


 そう言って、顔を真っ赤にさせるかもな。
 キミは本当に照れ屋だから。




「どうしたの?クラウド、さっきから一人で百面相してるけど」
「え……?あ、ああ……悪い。ちょっと考え事をな…」
「そう?フフ…おかしなクラウド」
 フワリと微笑むティファは…。
 本当にあったかくて…。
 優しくて。
 愛しくて。
 誰にも渡したくない。

 あぁ……。
 本当に俺はどうしようもなく独占欲が強い。
 でも、それだけティファが魅力的だって事なんだから、俺の独占欲の強さはティファ、キミのせいでもあるんだぞ?
 ……こんな恥ずかしい事、死んだって言えやしないけど……な。
 ユフィ辺りにこんな言葉を聞かれたら、それこそ死ぬまでからかわれるのは目に見えてるし。

 でも…。
 俺がもし、こんな恥ずかしい台詞を口に出来たら、ティファ……キミは本当に真っ赤になって、それこそもう、顔から火が噴出すんだろうなぁ…。
 そんなキミも可愛いだろうから、ちょっと見てみたい気もするけど…。
 その為には、俺がまず恥ずかしくて死んでも言えないような台詞を告げなくっちゃならないんだから……まぁ、今はまだ見れないって分かってるんだけど……。



 俺がキミに『証』を贈れるその時が来たら。
 必ずキミに『証』と『誓い』を捧げるよ。
 他の誰でもない…ティファ・ロックハート。
 キミにだけに誓約を立てる。



 いつか必ず。
 俺の隣に、『純白のドレス』に身を包み、俺の手で『天使』に孵化したティファ……キミの手を取り、『誓い』を立てると約束するよ。
 キミが優柔不断で臆病な俺に愛想を尽かす前に……な。



「クラウド?難しい顔してるけど、何か悩んでるの?」
「……そうだな…。少し悩み事があってな…」
「…私じゃ…力なになれないかな……?」



 控えめに…そして、どこか心配そうに……不安そうにそう尋ねてくれるキミが心から愛しい。
 そっと。
 本当にそ〜っと…。
 愛しい『天使の卵』を胸に包み込む。
 ちょっと強張ったのが分かったけど、それでの彼女は黙って身を預けてくれた。
 愛しくて…。
 愛しくて……。

 なぁ…ティファ?
 俺がこんなことで悩んでるって知ったら……キミはどんな顔を見せてくれる?
 喜び?
 戸惑い?
 それとも……呆れるかな?
 ただ…。
 どの顔をされても、やっぱり俺にとって『天使』は一人だけだから。
 だから…。



「今は、俺の中で孵化するのを待ってて…」
「?…『孵化』??」



 キョトンとした顔で、俺の腕の中から見上げてくる愛しい人に。
 俺の頬が自然に優しく緩むのが分かる。

 どうか…。
 どうか、これから先に起こるであろう星の危機が、俺の愛する『家族』を星に還したりしませんように……。


 願いを込めて彼女の髪に頬を押し付けた。




 俺の『魂で感じていた危機』が現実になったのはこれから数ヵ月後。
 そして…。
 俺の『家族』が無事であるように……という願いが叶ったのはその時。

 俺の可愛い家族は今日も元気だ。
 さぁ…。
 次は、『卵』を孵化させて『天使』にする番だけど…。
 その勇気ときっかけ……。
 そして、『その時』を俺は必死に探してる。



 願わくば…。
 愛しい人が俺の手で『天使の微笑み』を浮かべてくれますように…。




 あとがき

 『天使の卵』
 なんとなくこのフレーズが頭に浮かびまして。
 それで、珍しく『題名』からお話を考えました。
 本当は、『卵』を題名にしたお話しなら、ティファや誰かが妊娠してて、生まれてきた新しい命に対して『我が家の可愛い天使』ってなるんでしょうが、拙宅では誰もまだおめでたになっておりませんね……。
 DCの影響からだと思いますが、あんまりこう…『結婚』『出産』というお話しは書きにくいのですよ。
 他の素敵サイト様のお話しはもう、めっちゃドキドキしつつ読ませて頂いているというのに…(苦笑)。
 ここまでお付き合い下さり、ありがとうございましたm(__)m