”死と隣り合わせの旅”。

 今までその重みを俺達は本当に分かって旅してきていたのだろうか?
 そう自問自答してしまうほど、今、俺達はとても危うい状態にある。
 いや、危ういのはパーティーというよりも、俺自身。

 そして…。

「ティファ!下がれ!!」

 無茶な戦い方をするようになった…彼女。





あたかも泡沫(うたかた)の夢のように






「ティファ、下がれって言っただろう」
「…………」

 自分でも少し驚くほどの冷たい声が出る。
 しかし、彼女は俯いたまま何も答えようとしない。
 俯いているから表情は分からないが、それでも俺が怒っていることに対して怖がっているとか、逆に気分を害しているとか、そういうものは一切ないと言うことだけは分かる。
 むしろ、俺の言うことなんか聞こえない、届かない、と言われているような気さえして、そんな彼女に苛立ちが増す。

「聞いてるのかティファ」
「ちょっとクラウド」

 しつこく説教をくれる俺を見かねて、周りでうろたえていた仲間たちの中でも感情が豊かで義理人情に厚いユフィが咎めるような声をあげる。
 庇うように俺とティファの間に入ろうとするユフィについ、条件反射のように一歩ティファへ詰め寄ると、その流れで彼女の細い肩を掴んだ。
 たった今、回復魔法で癒された右肩だ。
 出血は止まっているが、そこに獣の爪が食い込んだ痕が微かに隆起として残っており、その感触に神経がザワザワとする。
 確かに彼女は俺の目の前で怪我を負ったのだという証し。
 一瞬にしてさきほどの情景が蘇る。
 ほんのたった数歩先で獣の爪に引き裂かれ、宙に舞った鮮血の赤い飛沫。
 それはまさに、”あのとき”を思い出すには十分すぎて…。

「自分がどれだけ無茶をしたのか分かってるのか?」

 全身の血が凍りつくかと思ったあの刹那。
 一瞬で全身を駆け抜けた絶望にも近い恐怖。
 俺の言う通り下がっていれば味わわずに済んだあの瞬間。
 にも拘(かかわ)らず、相変わらず何も答えようとしないティファにどうしようもなく苛立ち、声が自然と荒くなるり、彼女の肩を乱暴に揺する。

「クラウド」
「クラウド、ちょっと落ち着け」

 ユフィだけでなくシドやバレットまでも乱暴な俺に非難の声を上げた。
 だが、割って入ろうとする仲間たちよりも早く、俺の手は高い音を立てて振り払われた。

 ジン、と痺れるような痛みを感じる手に呆然とする。

 うろたえて見守っていたナナキや静観していたヴィンセント、俺から庇おうとしていたユフィたちもまた、唖然とした顔でティファを見つめていた。
 それなのに、そんな俺達の視線を一身に受けながら、ティファは俯いたまま仲間達も…俺も…、誰をも見ようとしない。

「何度も言わなくたって分かってるわ。次は…うまくやる」

 硬質な声で淡々と告げるティファに一瞬、カッとなる。
 だが、喉の奥からこみ上げる怒鳴り散らしたいその激情も、肝心の怒鳴るべき言葉が生まれないまま、結局虚しく口を閉ざして拳をきつく握りしめた。
 周りで仲間達が俺の怒気にたじろぎ、青褪めたのが分かる。
 だがそれでも、怒りを向けられている当の本人は硬質な空気を纏ったまま、微塵も動じない態度を崩さず背を向けた。
 それは周りの、というよりも、俺への強い拒絶を表しているものでしかないように感じられて…。

 いたたまれない。

 怒りたいのか、それとももっと違うことを訴えたいのか自分でも分からない。
 荒れ狂う感情を持て余している俺を尻目に、ティファは1度も振り返ることなく次の目的地へと歩を進める。
 あっという間に小さくなる彼女の背を慌てて追いかけるユフィを筆頭に、仲間達もノロノロと足を動かし始めた。
 誰もが一様に俺へ気遣わしげな眼差しを向け、ヴィンセントがポンと肩と背を叩いてくれたが、俺はそれに答えられるだけの余裕がなかった。

「クラウド、行くぜ?」
「……」

 数歩先を歩き、振り返ったシドの言葉にようやく足が動き始める。
 一歩、踏み出した俺の足は、情けないことに微かに震えていた…。



 いつからだろう?
 俺と彼女の間に見えない壁が出来たのは。
 いや。
 いつから…なんて、”彼女”が目の前で殺された時からだ。
 あの時、俺はすぐ傍にいたのに。
 ”アイツ”の気配を誰よりも強く感じていたのに。
 それなのに、守ることはおろか、盾となってあの凶刃を受け止めることすら出来なかった…。
 そればかりか、アイツにいいように操られ、あと少しで俺自身が”彼女”に手を下すところだった。

 それを止めてくれたのは…。

『やめて、クラウド!』

 他の仲間達も叫んでいたのは聞こえていた。
 だが、俺の凶行を止めてくれるだけの力を持った声は彼女の声だけだ。
 それなのに今、そんな彼女が仲間達の中で一番遠い存在に感じる。
 エアリスを失った悲しみ、己の無力感を味わっているのは俺だけだと言うつもりはない。
 仲間達全員がそう感じていることを知っている。
 だがそれでも、俺は皆とは違うと思っていた、ついこのあいだまで。

 だってそうだろう?
 アイツの気配を強く感じ、アイツに良いように操られ、アイツの行動を少しとは言え読むことが出来る。
 その俺があんなに近くにいたのにみすみす殺されてしまった。
 彼女はもう笑わない。
 あの花のような笑顔を見せてくれないし、声を聞かせてもくれない。
 彼女は今、忘らるる都の聖なる泉に眠っている…。
 自らの手で葬った時の水の冷たさに混じり、温もりが失われていく感触は今も腕や手、身体全部で覚えている…。

 いつでも前向きで、明るくて、そしてとても芯の強い女性(ひと)だった。
 パーティーに彼女がいるとそれだけで華やかで、暗い旅を明るく照らしてくれた。
 そんなかけがえのない彼女を、あの時一番近くにいた俺は守れなかった。

 なにがボディーガードだ。

 結局、俺は1人じゃ何も出来ないんだ。
 ニブルヘイム一(いち)の嫌われ者。
 ティファの幼馴染。

 そう、ティファの幼馴染。

 そのはずなんだ。
 なのに。

『お前は…人形だ』

 エアリスを殺した後、セフィロスが残した一言が俺の胸の奥で不気味にこだまする。
 人形…とは、どういう意味だ…?
 俺は俺だ。
 他の誰でもなく、ニブルヘイム出身の元・ソルジャー。
 …。
 でも、いくら言い聞かせても俺の存在全部を否定する”いくつかの矛盾点”、”記憶の欠落”がエアリスを失ってしまったのをきっかけとして顔を出すようになった。
 その都度、足下が崩れてしまうほどの不安を…、恐怖を感じる。
 だからそう言うとき、俺はティファのあの言葉に縋る。

『久しぶりね、クラウド』

 久しぶりね。

 あの一言があるから、俺は壊れずにここまで来ることが出来た。
 なのに…。
 今ではこんなに彼女が遠い。
 俺と言う存在を確立してくれている彼女からの言葉を欲しながら、それを口にすることが出来ない。
 それどころか、ティファとの間には溝が出来ている。

 エアリスを失ってから徐々に均衡が崩れてきている俺達パーティーだが、その中でも一番脆く、今にも崩れそうになっているのが俺とティファの関係だ。
 そう認めてしまうことすら辛くて苦しくて…、恐ろしい。
 だが、ようやっと最近、俺はこの事態が非常にまずいところにまできていると認められるようになった。
 それは、先ほどのようにティファが全く指示を聞かず、自暴自棄とも言える戦い方をするようになったことがきっかけだった。
 あの時も、今日のようにティファを注意した。
 ティファは…。
 少し悔しそうな顔をしながらも、黙って頷いてくれた…。
 だけど、今日は…。

 厳密にいつからこんなギクシャクした関係になってしまったのか分からないが、それでもこうなってしまって時間は決して浅くないということだけは分かる。
 開いた溝を埋めたいのに、どうしていいのか今の俺には分からない。

 なぁ、エアリス。アンタならどうした?
 今の俺やティファを見たらどう声をかけてくれた?

『あ〜、またクラウド。女の子をいじめてる!ティファ、こういういじめっ子は無視無視!本当はね、クラウドみたいないじめっ子は『好きな子ほどいじめたい』ってタイプなんだから、気にしちゃダメ!無視することがクラウドにとって一番のお仕置きなんだから』

 いつかの日に、そう言って気まずい空気を取っ払ってくれた彼女はもういない。
 仲間達の誰も、エアリスのように上手く俺達の間を取り持ってくれることは出来ない。
 俺達は。
 いや、俺は俺自身の手でティファとの関係を修復しなくてはならない。
 そう…自分で頑張らなくてはならないんだ。
 でもどうやって?
 その方法が少しも思い浮かばないまま、もう小さくなってしまった彼女の背中へ目を向けた。


 *


「…ティファは?」

 夕食の時間になり、食堂へ下りた俺は2人足りないことにすぐ気がついた。
 陰鬱な顔をしているバレットが軽く肩を竦め、シドがフルリ、と頭を振る。

「ユフィがティファを呼びに行っている」
「……」

 俺は1つ溜め息をつくと適当に席に着いた。
 暗くなる前に宿に入った時、夕食まで自由行動と言うことだけ口にした俺はさっさと割り振った自分の部屋へと引っ込んだ。
 折を見て、ティファを呼び出そうと思っていたんだ。
 すぐに話をするには俺もティファも、気持ちの切り替えが難しいと思ったからだ。
 いや、それは言い訳だな。
 俺自身が気持ちの切り替えが出来ていなかった。
 ここ最近の彼女が作り出している壁を前に、俺は立ち尽くすばかりで…。
 俺の言葉は…彼女には届かないと言われているような気がして仕方ない。
 事実、ティファは他の仲間には良く話しかけていると思う。
 だが俺とは目が合うとフイッ、と逸らしてしまう。
 あたかも、目なんか合わなかったと言わんばかりに…。

 暗い気分に拍車がかかる。
 いつもはなんとか空気を和ませようと頑張るナナキも、今日は鬱々と床に寝そべるばかりだ。
 シドやバレットも居心地悪そうに互いに目配せしつつ酒を呷っている。
 ヴィンセントに至っては元々俺と変わらないほど無口なタイプだ。場を和ませるという高等技術が扱えるはずがない。

「よぉ、ユフィ。どうだった?」

 シドの声にいつの間にか伏せていた顔を上げる。
 階段をゆっくり下りるユフィの後ろに続くはずの姿は…ない。

「なんか疲れちゃったんだってさ。一眠りしてから食べるから先に食べててくれ〜って」

 妙に明るい口調でそう言ったユフィにシドたちは一瞬、落胆の色を浮かべたがすぐ表情を取り繕った。
 めいめいメニューを手に取り、声高に店主へ注文をする。

「ほらクラウドもサクッと選ぶ!」

 ズイッと差し出されたメニューを、だが俺は気の利いた返事すら出来ないまま、やる気のない目で料理の羅列を追い、適当に目に付いたものを注文した。

 まるで深い泥沼にはまり込んだ気分だった。
 どうやって抜け出していいのか分からない。
 このまま時だけが無情に過ぎていき、取り返しのつかないところまで行ってしまう…そんな気がした。
 だが、そんな暗く陰鬱な思いに囚われて立ち止まっている場合ではない。
 早くアイツい追いつかなくては。

 エアリスの死を無駄にしないためにも。

 そのためには仲間割れをしている場合でも、ギクシャクしている余裕もない。
 アイツに追いついたとき、俺達の信頼関係が悪ければ勝つことは出来ない。
 また…犠牲者が出る。

「そうなってたまるか」
「え?」

 声に出たらしく、仲間達がギョッと目をむいた。
 気まずさを感じたが、おり良く料理が運ばれ仲間達の視線から俺を隠す。
 そのまま仲間達を見ることなく湯気を立てているそれらを、俺は素知らぬ顔で口に運んだ。
 気遣わしげな仲間達の気配のせいなのか、それとも俺自身の気持ちが暗く沈んだままのせいなのか。
 口にした料理は全部、味がしなかった…。


 *


 古い木戸は荒くささくれている場所があり、なんとなく今の自分と同じだな、と皮肉に考えながら3回ノックする。
 中から返事があるまでの数秒がやけに長く、ガラにもなく緊張が高まっていく…。
 もしかしたらこのまま返事をもらえないのかもしれない、と弱気になった俺の耳は彼女が小さく応えた声を拾った。

「…俺だ…」

 自分でも素っ気無いと思う。
 これから関係を修復するためにわざわざ夕食を持って部屋を訪れたというのに、これでは昼間の言い争いの続きをしにきたようではないか。
 これでますますティファの機嫌が悪くなれば、明日までこの嫌な雰囲気を持ち越さなくてはならないことになる。
 だが、俺の心配をよそにティファは少しの間の後、小さくドアを開けた。

「ティファ、結局下りてこなかったから」

 手にしていた夕食の乗った盆を見せる。
 細いドアの向こうから室内の明かりは見えない。
 真っ暗な部屋の中、彼女は一体何を考えていたのかと思うと、胸がズキリ、と痛んだ。

「入って良いか?」

 夕食を見て戸惑う気配を見せるティファの返事を待たず、少し強引にドアの隙間に身体をねじ込んだ。
 抵抗する可能性がチラリと頭を過ぎったが、意外とティファはすんなり身を引いた。
 俺がベッド脇のローテーブルに盆を置くのをぼんやりと眺めている視線を感じる。
 ぎこちなくなかっただろうか?
 盆をローテーブルに置いてしまうと途端にすることがなくなった。
 勿論、夕食を届けることだけが目的ではない。

 ティファと話し合い、どうしようもないとすら思える2人の関係を修復したい。
 セフィロスと対峙する前に。
 2度とエアリスの時のように、目の前で大切な人を失くさないために…。

 いや、違う。

 純粋にティファとの関係を修復したいだけだ。
 また以前のように笑顔を向けて欲しいだけ。
 ただ…それだけ。

 そのためにも話をして、堪っているであろう不安や俺への不満等、聞きださなくてはいけないのに、会話の糸口を探して口を開くが、やはり言葉は出てこない。
 何かきっかけを探して部屋へ視線を彷徨わせるが、宿にありがちな殺風景な物の少ない部屋にそういうものがあるはずもなく…。

「クラウド、ありがとう。ちゃんと食べるから」
「どうして最近は無茶ばかりなんだ?」

 口火を切ったのは彼女。
 暗に、出て行け、と匂わせるティファに、咄嗟に口をついたその台詞は、ティファの表情を更に硬質なものへ変えることにやぶさかではなく、俺は言葉のボキャブラリーのなさにほとほと嫌気がさした。
 だが、出てしまった言葉は取り消せるはずもない。
 ならば、と開き直ってティファを見る。
 昼間の時のように、ティファは口をギュッと引き結んで俺を見た。
 昼間と違うのは俯かないということだけだ。
 彼女の鳶色の双眸に映るのは、やはりどこまでも分厚い壁。
 俺を拒絶する色。

「…なんであんな戦い方……ティファらしくない」

 なあ、なんでなんだ?
 前はもっと自分を大切にする戦い方をしてたじゃないか。
 あんな風に自分を壊してしまわんばかりの戦い方、しなかったじゃないか。
 もっと、自分を大切にして欲しいんだ。
 もう誰も失いたくないんだ。
 誰よりも、ティファをエアリスと同じ目に遭わせたくないんだ。
 だから、こうなってしまった理由を教えて欲しい。
 俺に出来ることならなんだってしてみせる。

 と。
 頭の中ではこんなに饒舌なのに、これっぽっちも言葉に出てこない。
 これではいけない。
 ちゃんと言葉にしないと伝わらない。

 そう分かっているのに、ティファは焦る俺に時間を与えてはくれなかった。

「…ふ。…ねぇ、クラウド。私らしい、ってナニ?」
「ティファ?」
「…だって、このままじゃ星は救えない…強く……ならなくちゃ…そう、強く…」
「…ティファ…」
「大丈夫。明日からは上手くやるわ。今日みたいなことには絶対にならない。だから心配しないで。大丈夫…大丈夫なんだから」

 目を伏せたかと思うと、廊下から漏れ入る照明によって明暗のくっきり刻まれたティファの唇が弧を描いた。
 あまりにも投げやりで、自暴自棄なその笑みと声音に心臓が縮む。

 コワレル。

 ティファが…壊れる。
 何がティファをここまで追い詰めているんだ?
 頭が真っ白になる。
 だが、なにか言わなくては。

「そんな…必死にならなくても大丈夫だ。ティファは十分強いしみんなも…、俺もいる。1人じゃないんだ、力を合わせて頑張れば良い。だから…」

 しどろもどろ…、無様だったと思う。
 なにか言わないといけないという一心で口にした俺に、ティファは目を伏せたまま弧を描いた唇を開いた。

「力を合わせる?」

 明らかな嘲笑を含んだその一言に、俺は目を見開いた。
 心臓が鷲づかみにされるほどの衝撃を受ける。
 俺の知ってるティファは、こんな風に嗤ったりしない。
 それなのに今、ティファは伏せていた目を上げ、真っ直ぐ俺を睨むように見ながら口元には嘲笑が刻まれていた。
 それは俺を嘲っているのか、それとも彼女自身を嘲っているのか、はたまた過酷な運命を押し付けようとしている”なにか”へなのかは分からない…。
 分からないが、明らかにティファは激しい憤りを俺に対して抱いていた。

「よく言うわ。他の誰でもないアナタが!」
「…ティファ…?」
「私のこと信用してないんでしょ!?」
「な…!!」

 あまりな言い分に呆然としたショックから激昂へと感情の波が移行する。
 激しい憤りに駆られ、思わずティファへ詰め寄ろうとしたが、立て続けに吐き出された言葉の奔流に再び激情は大きな衝撃へと変わった。

「だってそうじゃない!いつだって『俺がやる』『俺に任せろ』『下がれ!』そればっかり!私のこと頼るとかそういうこと全然してくれないじゃない!」
「そんなことはない!」

 まさか、そんな風に思われていたとは思わなかった。
 ティファのことを信じていないなんてこと、一瞬たりとてありはしない。
 むしろ、誰よりも俺のことを支えてくれる大切な人だと思っている。
 それなのに。

「そんなことはない?じゃあアナタが最近、指示した言葉を思い出してよ!今日みたいに『下がれ!』以外で口にしたことあった!?」

 反論しようとして…言葉が出てこないことに絶句する。
 思い返してみれば、確かにそれ以外の台詞を口にした記憶がここ最近はない。
 彼女は口をつぐんだ俺に更に口調を激しくした。

「ほら!何も出てこないじゃない!私のこと1人じゃだめだって、頼りないって思ってるんでしょ!?」
「違う!」
「じゃあ言ってみてよ!私のこと信じてるって!頼りにしてるって!エアリスにフォローしてもらわない私でも大丈夫だって!」

 最後の悲鳴のよう言葉に一瞬、頭の中が真っ白になる。

 なに?
 なんて言った?
 エアリスが…なんだって?

 呆然としている俺をどう思ったのか、ティファは突然、それまでの勢いをなくして小刻みに震えながら後ずさった。
 まるで、言ってはいけないことを口にしてしまったと言わんばかりに。
 いや、まさしくそうなんだろう。
 今、ティファの顔に浮かんでいるのは激しすぎる後悔の念。
 フラフラと後ずさり、壁に背をつけてようやく足を止め、カタカタと震えながら不安と恐怖のない混ざった目で俺を見ると、両手で口を覆った。

「ごめんなさい…ごめんなさい、こんなこと…言うつもりはなかったの」

 何度も小さく謝罪を繰り返すティファに、俺は言葉をなくしたまま立ち竦んだ。
 ティファが口走った言葉がウワンウワンと頭の中を駆け巡る。
 エアリスが…なんだって?
 フォローしてもらわないと…どうだと言うんだ?
 確かに、エアリスはパーティーの中でもヒーラー的存在だった。
 彼女の回復魔法によってどれだけ仲間も俺も助けてこられたか分からない。
 だが、だからと言ってエアリスがいなくなった今、戦闘が大変になったとか、仲間のことをどうだとか、ティファの働きに信頼がおけないとか、そんなことは微塵もない。
 あまりにも俺にとってあり得ない話し過ぎて、頭が今まで以上についていかない。
 そんな俺にティファはどんどん言葉を重ねた。

 本当にごめんなさい。
 エアリスがいなくても足手まといにはならないから。
 頑張るから。
 だからどうか。
 どうか…
 私を置いていかないで。
 エアリスの代わりにはなれないけど、精一杯頑張るから。
 エアリスの分まで…、エアリスの想いを無駄にしないために戦うから。
 だからお願い!

「ティファ!」

 最後の方にはもう、ティファ自身なにを言っているのか分からなかったと思う。
 それは俺も同じだった。
 ティファがどうしてエアリスの分までとか、エアリスがいなくなったから自分は必要とされないなんて思うようになったのか分からない。
 分からないが…それでも。

 今、彼女を止めないと壊れてしまうと思った。

 だから。

 一気に距離を詰め、大きく目を見開いて俺を凝視するその瞳を至近距離で見つめる。
 窓から入る星明りの微かな光りを受けてキラキラ光るティファの瞳は、彼女の心が酷く傷ついていることを雄弁に物語っていた。
 今にも心がバラバラに壊れてしまいそうに、儚く、脆く、泣いていないのにまるで泣いているかのようなその双眸を前に、俺の中でカチリ、と何かのスイッチが入る。
 サッと顔を強張らせて逃げようとする彼女の両手首を掴み、そのまま壁に縫い付けて僅かに開いた距離を無遠慮に縮めた。

「っ!」

 息を飲んだ彼女の唇を強引に奪う。
 こぼれそうなほど鳶色の瞳が見開かれるその様を間近で見つめながら、角度を変えて深く交わる。

「う…、ふぅ…っん!」

 顔を振って逃げようとするが絶対に逃がさない。
 手首を壁に縫いつけたまま、全身で彼女の華奢な体躯を押さえ込むようにして押し付け、退路を絶つ。
 鼻から抜けるような息を吐くティファにドクリと心臓が脈打つ。
 そのままもっとティファを感じられるよう、縫いとめている両手を片手で頭上でまとめ、空いたもう片方の手で細いウエストをグッと引き寄せた。
 途端。

「っ!」
「っはあっ!」

 唇に走った痛みに思わず顔を離す。
 間近で見つめたティファの瞳はユラユラと揺れ、今にも涙がこぼれそうだった。
 荒い息を繰り返すその瞳に映る自分の唇から一筋の鮮血が伝う。
 だが、唇を噛み切られた俺よりも痛い表情を浮かべているティファの方にこそ意識が向く。
 ティファは自分がしたことを後悔するような顔をして一瞬目を伏せたが、変わらず押さえつけている俺へ再び顔を上げた。

「お願い…クラウド。私を見て…。私を…エアリスの代わりにしないで」
「エアリスの代わりになんかしたことない!」
「じゃあ…どうして…?ど…して、こんなこと…」
「ティファが…大事で、好きだからに決まってる!」

 震える唇で紡がれた言葉は、どの言葉よりも俺の心を抉った。
 だが、そんな俺よりもティファはもっと、もっと辛かったはずだ。
 こんなことをされても尚、エアリスの代わりにされていると感じてしまうほどに。
 エアリスのことが大好きで、大切で、大親友だったティファにとって、彼女がいなくなったからお前はダメなんだ、と思われることはどれほどの苦しみだっただろう?
 それなのに、こんなことをされてしまうのがエアリスの身代わりにだなんて、ティファにとって耐え難いことに違いない。

 ウソ、と呟いて震える彼女を思い切り抱きしめる。
 抱きしめて、もっと言いたいこと、伝えたいことを舌に乗せたかったけど、気持ちがいっぱいでなにも言葉に出来ない。
 その代わり、俺の気持ちが少しでも伝わるようにと、小さく震える彼女を壊れんばかりに抱きしめる。

 ごめん。ごめん、ティファ。
 俺は…言葉が足りない。
 態度も…素っ気無い。
 だけど。これだけは疑わないで欲しい。

 ティファをエアリスの代わりに見たことは無い。
 頼りないと思ったこともない。
 ティファをティファとして誰よりも大切に思っている。

 だから。
 ”声”を聞かせて。
 どんな言葉でもいいから、ティファの心を俺に聞かせて。
 傍にいて。
 誰よりも…傍にいて、一緒に歩いて欲しい。

 ティファのことが誰よりも…。

 そっと、背中に彼女の手が回されて…それだけで…幸せで泣けてくる。
 まるで水面に生まれ、一瞬で消えてしまう泡のように儚いモノだったとしても。

 おずおずと背に回された彼女の手に決意が新たになる。

 エアリス。
 アンタの星を思う気持ち、仲間を思う心を無駄にはしない。
 俺の腕の中で小さく震えている大事な彼女を守るためにも…。
 だからそのために、どうかこれからも助けて欲しいというのはおかしいのかもしれない。
 だけど、どうか頼む。
 ティファや仲間みんな、この星に生きる命を守るためにこれからも俺達の傍にいてくれ。

 この儚く脆く、呆気なく消えてしまう泡沫の夢のような一瞬でしかない俺達の傍に。

 再び重なった唇に目を閉じる。
 瞼の裏で、星の聖女が満足そうに微笑んだ姿が見えた気がした…。



 あとがき。
 素敵イラストサイトの『☆DROPS☆』様と相互させて頂いたマナフィッシュ、感動のあまり管理人であるランマさんへ押し付けリクなんぞをしてしまいました。(← 身の程知らず)
 んで!
 お優しいランマさんは、以前、ランマさんがブログで描かれた『エアリスが死んでから戦い方が少し自暴自棄になったティファ(← おい!)』を…!と、リクエストして下さいまして!!

 …え!?Σ('◇'*)

 とビックリしたマナフィッシュです。
 だって、あんな素敵イラストに関するお話をリクされるだなんて〜o(≧∇≦o)(o≧∇≦)o
 快く受け取って下さったランマさんには本当に感謝しかありません〜o(;△;)o

 ありがとうございました〜!これからもどうぞ末永くよろしくお願いします<(_ _*)>(← 三つ指ついて)

 素敵サイトである『☆DROPS☆』さんへはサイト名からどうぞ〜ww