女の子の憧れる展開、と言うやつを挙げればきりがない。 きりがないのだが、あえて諸々挙げてみてランク付けをしたとしよう。 恐らく、間違いなく上位にランクインされるであろうシチュエーションは、そういった『乙女的思考』に縁のない人、興味のない人でも割合すぐ脳裏に浮かぶのではないだろうか? ・ピンチの時にヒーローが颯爽と現れ、助けてくれる。 ・王子様的容姿のイケメンと街ですれ違い、一目で(彼が自分に)恋に落ちる。 ・どこぞの御曹司が見初めてくれる。 ・職場(学校)で反発しあっていた異性と、ひょんなことから価値観がガラリと変わり、熱烈な恋へと堕ちる。 ・ちょっと悪ぶっていた彼だが、自分にだけ心を許してくれる。(過去、自分は気づかなかったが一度だけ接触があり、以降彼はずっと自分を意識してくれていた) などなど、いわゆる王道ネタというものが挙げられるだろう。 そして、改めてこうして挙げてみるとどれもこれも現実味がなく夢物語で終わってしまうと言わざるを得ない。 だがしかし、こういった手合いの展開(ストーリー)は、小説、ドラマ、漫画、そして映画に至るまで幅広く女性の心をガッチリと掴んで離さず、ロングヒットとなることも珍しくない。 TVの画面や本、そしてスクリーンを通して彼女たちは主人公に己を重ね、ひと時の夢を見る。 そうして物語が終わったとき、感嘆の吐息を漏らしながら誰に言うともなく胸中で呟くのだ。 あぁ、一度で良いからこんな恋をしてみたい。 果たして、本当にそんなシチュエーションに当の本人として巻き込まれてしまっても、そう思えるだろうか…? ベッタベタ「クラウド、この先にあるみたい」 クラウドが配達の仕事で請け負った送り主より譲り受けた街の簡易地図。 それを片手に指を差し、数歩先を行く彼女にクラウドは我知らずアイスブルーの双眸を和らげた。 明るい声に大輪の花の如き笑顔。 それだけで人の目を浚(さら)うというのに、秀麗な面差し、女性なら誰もが憧れてやまないプロポーションをしていたとしたら、行き交う人々が思わず振り返っても仕方ない。 いつもなら、ちょっとくらい危機感を持って欲しい、とか思ってしまうくせにこんなにも楽しそうな彼女を前にしてしまってはそれらの”焦燥感”というか”危機感”は、はるかに上回る”幸福感”によって脇に追いやられ、ガラにもなく胸が満たされてしまう。 彼女の背景には真新しい匂いのする街並みと、晴天の青空に真っ白な雲が見事なコントラストで広がっており、それが彼女の生き生きとした姿をこれ以上なく引き立てているようにすら見える。 そんな彼女が他の誰でもなく、自分に笑顔を向けているのだ、心浮き立たないはずがない。 クラウドは自分でも気づかないうちに頬を緩ませながらティファの後をゆっくり追った。 今、2人は出来たばかりの街に来ている。 遊びに、ではない。クラウドの配達の仕事にティファがくっ付いてきたのだ。 では、この場にいない可愛い子供たちはたった2人で留守番をさせられていると言うのか…?と、知っている人なら眉を寄せてしまいそうである。 だが、断じてそうではない。 可愛い可愛い子供たちは例のごとく急襲してきた巨漢の男によってゴールとソーサーへと連れて行かれてしまったのだ。 毎度のことながら、こちらの都合は全く我関せずで『強引グ・マイウェイ』に子供たちを浚って行ったバレットは、バカ笑いをしながらプリプリ怒るティファに痛恨の一言を放った。 お前らもたまには2人っきりの新婚生活”もどき”を満喫しやがれ! ティファのお小言を封じるに絶大な効力を持っている、と確実に知っての一言である。 頭の片隅でそうと分かっているのに、でもティファはバレットの思惑通り、二の句が継げなくなってしまった。 首まで真っ赤に染まり、硬直したティファにバレットは『すわっ、今のうちじゃ〜〜い!』と、子供たちをさっさとトラックに押し込んだ。 「んじゃ、1週間後にきっちり送り届けるからよぉ〜!」 真っ黒な排気ガスを吐き出しながら猛然と走り去るトラックをクラウドと2人、並んで見送ったのはつい3時間ほど前のこと。 そう、たった3時間ほど前なのだ。 半日すら経っていない。 当然だが、我に返ったティファは猛然と怒った。 と言うか、呆れた。 ぷぅっ!と頬を膨らませたかと思うとあっという間に脱力した。 そうして、同じくどこか放心しているクラウドを見上げ、情けなさそうに眉尻を下げた。 「私、今日はデンゼルとマリンと一緒にお菓子を作って、いっぱい一緒に遊んで、普段出来ないことを沢山沢山してあげる予定だったのに…」 買い物も全部昨日済ませて、用事は全部昨日のうちに終わらせてたのに、やることなくなっちゃった…。 悲しげとすら言える表情を浮かべたティファに、クラウドは困ったように軽く肩を竦めた。 元々、今夜は店を休む予定だった。 と言うのも、ここ暫く開店しっぱなしだったため、心身の健康を維持するためにも休憩を!と子供たちに強く勧められたからだ。 勿論、クラウドも積極的に子供たちの援護射撃を行ったわけだが、そういった経緯があっての今日。 言ってみれば、ここ暫くセブンスヘブンにはなかった”ちょっぴり特別な日”だった。 ティファが店を休む、と決めた時、子供たちはたいそう喜んだ。 顔には出なかったし態度もいつもと全く変わらず無表情、無愛想、我動じずだったがクラウドも喜んだ…とティファは知っている。 ほんわりと柔らかい雰囲気を全身から漂わせるクラウドに、『店を休む=通常通り働くクラウドに申し訳ない』とちょっぴり感じていた後ろめたさはあっという間に霧散した。 そうして、ティファの心も子供たちと同じようにふわふわと浮かれ上がった。 折角店を休むのだから、普段してあげられないことを子供たちに思う存分してあげたい。 一緒にお菓子を作って、それをおやつで食べて…。 ショッピングに行くのも良いし、一緒に外でボール遊びをしても良い。 いや、ここは家でゆっくりとおしゃべりでも。 子供たちと過ごす楽しいことを頭いっぱい描いて、胸いっぱいに幸福感で満たされて、さぁ!いよいよ休日の朝になったぞ、クラウドをお見送りしたら存分に子供たちを可愛がってあげるのだ!と、思っていたのに。 それなのに。 「どうして…デンゼルもマリンも、あっさりバレットに着いて行っちゃうかな…」 ポツリと呟かれた一言は、おおよそティファらしからぬ一言で、クラウドは軽く目を見開いた。 いつもなら、落ち込んでも割とすぐに浮上して、『しょうがないよね』と苦笑してみせると言うのに。 ましてや、マリンにとってバレットは養父だ。 普段忙しくしている彼が娘のために時間を割いてやって来て、一緒に過ごそうというのだから自分の気持ちは脇に押しやり、『でも、良かったよね。マリン、喜んでた』と言って笑うだろう。 だから、こうして本音を漏らすことは本当に本当に珍しい。 それだけティファも今日と言う人楽しみにしていたんだ、とクラウドは改めて今さらながらにこちらの都合を丸無視して強襲をかけてきたバレットに苛立ちを覚えた。 だが、そんなことを言っても仕方ない。 デンゼルもマリンも、嬉しそうにバレットに着いて行ってしまったのだから。 それはきっと、バレットも去り際に言っていたのと同じように自分たちへ気を使ったからだろう。 その心遣いは大変ありがたいが、だがこの場合はちっともありがたくない。 今度、子供たちを送って来た時にはきっちりバレットに話を付ける必要がありそうだ。 本人が聞いたら背筋を凍らせてしまいそうなほどの真っ黒いオーラを瞬間的に宿しながら腹の底で呟く。 もしかしたらトラックを運転しながらバレットはブルッと体を震わせ、くしゃみをしたかもしれない。 そんなことは置いといて。 クラウドはどこかしょんぼりとトラックの走り去った方へ顔を戻したティファに気づかれないようチラリ、と腕時計に視線を走らせた。 マズい。 もうそろそろ出発しないと配達の時間に遅れてしまう。 だが、こんな状態のティファを1人残して仕事に行くのはどうにも可哀想で仕方ない。 せめて自分くらいはティファの傍にいてやりたい。 と言うよりもむしろバレットの言う通り、ちょっとくらい2人っきりと言う時間を満喫したい。 いやだが、1週間後に子供たちを送り届ける、とバレットは言っていた。 と言うことは、別にガッツかなくても今夜から1週間はティファと2人きりの時間を過ごせるということになる。 …これはいわゆる、棚から牡丹餅的展開ではなかろうか。 いやいや、ようやっと気づいた美味しい展開は脇に置いといて。 今はこの状態のティファを1人、残して行くことをどうにかしなくては。 落ち込んでいるティファは今日の予定が丸々パーになってしまったことへのショックで頭がいっぱい状態。 今夜から自分と2人きりということに気づいていない。 だから、ちょっとそのことを耳元で囁いてやれば恥ずかしがり屋の彼女のことだ、あっという間に凹み虫から恥じらい乙女へと変身するだろう。 と言うことに、唐変木(とうへんぼく)のクラウドが気づくはずもなく。 グルグルと、この事態をどうしたら良いのか考えていた。 だが当然のように何もいい案なんぞ浮かぶはずもない。だって、クラウドだもの…。 「あ、クラウド。ごめんね、もう出ないといけない時間になってない?」 我に返ったのはやはりと言うべきなのだろうか、ティファの方が早かった。 そうして、あぁ、とか、うん、とかモゴモゴはっきりしないクラウドに、いつもの調子を取り戻した彼女は、 「お客様をお待たせしたらダメだよ、クラウド。って、ごめんね?私を心配してくれたんでしょ?大丈夫。子供たちもいないし、今日はしっかりバッチリお掃除とかしちゃって、今夜はごちそうだよ」 発破をかけられる立場であるのに逆にクラウドに発破をかける始末。 そうして、クラウドの背中を押して共に店内に戻ると、これまた慌てたように仕事道具を手際良く手渡し、オタオタとまごつくクラウドの背を押してフェンリルへと追いやった。 「いってらっしゃい」 ニッコリ笑って軽く手を上げて。 それはいつものお見送りの姿。 うっかりクラウドもいつもの調子で「行ってくる」と返しそうになってハタと思いとどまったのは、彼女の両脇にいつもある姿がないから。 両脇に子供たちがいないティファたった1人の姿…。 それがとてもとても寂しいものに見えて、その寂しい姿はそっくりそのまま自分が仕事に行ってしまった後のティファを表しているように思えて…。 だからつい。 「一緒に行かないか?」 驚いたのは考えるより勝手に口が動いてしまったことよりも、その言葉を聞いて目を丸くしたティファが、次の瞬間本当にうれしそうに顔を輝かせ、 「いいの!?」 と笑ったことだろう。 咄嗟に口をついて出た言葉だったので、着いて行って良いのか聞き返されて内心かなりドギマギしていた。 だが、これまた条件反射で、 「ああ」 と頷いてから、ティファが自分の身支度を済ませてフェンリルの後ろに跨るまでかなり内心動揺していたのだが、その動揺もティファが軽やかに自分の後ろに跨って嬉しそうにキュッとウエスト部分に掴まったとき、あっさり霧散した。 そして。 「すごいねクラウド。こんな新しい街が出来てたなんて…」 目を輝かせ、本当に楽しそうにキョロキョロと落ち着きないティファを前に、咄嗟に彼女を誘った自分を褒めずにはいられない。 全く何も考えずに口から出た言葉でティファをここまで喜ばせることが出来ただなんてちょっと、いや、かなり信じがたい、と我ながら思う。 だが、とにもかくにも結果オーライ。 終わり良ければ全て良し。 いや、ちょっと意味は違うかもだが、ティファが笑ってくれている。しかも自分の目の前で。 他の誰にでもなく自分に笑いかけてくれている。 これはかなり、美味しい展開になった。 1週間後、バレットに灸を据えた後でちゃんと礼も言っておかなくては。 などなど、クラウドは彼らしくなく浮かれていた。 見た目で全く分からなかったが、彼はとてもとても浮かれていた。 だから…。 「ティファ。ここで待っててくれるか?」 「え?」 ティファはパチクリとクラウドと地図を見た。 配達先である届け主の家まではまだ距離がある。 少し先の角を曲がった中ほどにある民家なので、ここからだとまだ目的地は見えない。 言葉にせずとも、何故ここで?と問うているのが分かる。 キョトンと見上げるティファに、そんなあどけない表情もまた可愛いな、とちょっぴりドキッとしながらクラウドは困ったように軽く頭を掻いた。 「仕事中の姿はあまり見られたく…」 「へ?」 ボソボソと呟くクラウドにティファはますますキョトンとした。 その様子にバツが悪くてちょいと恥ずかしくて。 「頼むから、ここでちょっと待っててくれ」 強引に言い置いて足早に目的地へと向かう。 ティファの脇を通り過ぎざま、「すぐ戻るから」と振り向かないで言い捨てると、何となく背後で彼女がクスクスと笑ったような気がした。 仕事中の姿を見られるのは恥ずかしいから、という理由に彼女が思い至ったのだと確認する勇気などなく、クラウドは角を曲がった。 そうして。 クスクスと笑いながらクラウドの背を見送ったティファが目の前の街灯にもたれるようにして立つこと15分。 彼女は若い男2人に絡まれていた。 「人を待ってるって言ってもさ、まだ来ないじゃん?」 「そんな薄情なヤツ放っておいて、俺らと一緒にメシでも食いに行かね?」 「この街、来るの初めてっしょ?俺ら、この街の創始者と一緒に最初っからここでずっと働いてるからさ、この街の人間かそうでないかは分かるんだ〜」 「しかもこんだけ美人だったら一回見たら絶対忘れらんねぇし?」 「な。俺ら以上にこの街に詳しい奴いねえよ?美味いもん奢るからさ」 「よしっ、決定!行こ、行こ」 「結構です」 なにが『よしっ、決定』なんだろう…。 ティファは辟易しながら掴まれた腕を引き抜き、さもイヤそうに睨みつけた。 この手のナンパは相手をしているとつけあがるので無視が一番、と相手になかったのだが、中々にしつこい性質らしい。 街をゆく人たちも絡まれるティファをチラチラ気にしながら、助け舟を出してくれる雰囲気はない。 遠巻きに見ながら誰も彼もがとばっちりを避けるように足早に通り過ぎる。 ティファは溜息を吐いた。 チラリとクラウドの消えた方へ視線を向けるがまだ彼の姿は見えない。 確かに少し遅すぎる。 なにかトラブルでもあったのだろうか…? 目の前の軽薄な男たちへの不快感と、クラウドを案じる不安で胸中が曇る。 しかし、男たちにそれが分かろうはずもない。 「『結構です』だって。可愛い〜声だねぇ」 「良いじゃん、そんな毛嫌いしなくってさぁ。大丈夫、俺らこう見えても誠実よ?」 どこが誠実だ。 誠実から縁遠い風貌に行動。ニヤニヤ笑いのしまりのない態度。 不誠実の歩く見本のような男たちを侮蔑のこもった眼で睨み据え、ティファはクラウドの消えた方へ足を向けた。 これ以上ここにいても良いことはないし、戻ってこないクラウドも心配だ。 だが、当然と言うか何と言うか。 ナンパ男たちは諦めなかった。 1人がティファの腕を引き、もう1人がティファの行く手に立ち塞がる。 「ちょっと!」 「おい、良いじゃねぇかよ少しくらい」 「そうそう。あんま男をなめてると痛い目みちゃうんだぜ〜?」 振り向きざまに腕を引き抜きキッと睨みつけるが、男たちは全く恐れることなく若干の苛立ちを混ぜて凄む。 普通の女性なら怯むであろうその態度に、当然ティファがそうなるはずもなく、逆に彼女の神経をこれ以上ないくらいに逆なでしていることに男たちは気づかない。 気づかないまま、ティファの睨みをただの虚勢と決めつけ、ニヤニヤと軽薄な笑みを深める。 なにしろ自分たちは男でティファは女。しかも2対1。 どう考えても自分たちに有利な状況、引く理由は全くない。 だから。 「さ。そうと決まったら行こうぜ」 そう言って、拒まれたばかりだというのに手を伸ばしてくる。 周りにいる道行く人たちはただ遠巻きで見ているだけで、厄介ごとに巻き込まれるのは御免とばかりに知らぬふりをしていたから邪魔する奴は誰もいないから。 目の前で虚勢を張っている美人も強く押し続けていたらこちらの流れに流されるに決まっているから。 だから、自分たちのナンパが失敗する理由などどこにも、これっぽっちもない。 2人がそう思っているのがありありと分かった。 ティファは腹を決めた。 出来れば目立ちたくはなかったが仕方ない。 ここはこの困ったちゃん2人に一発二発、お仕置きをしてやらなくては。 完全に戦闘モードへ切り替えようとしたその時。 「ティファ」 割り込んだのは静かで低い男の声。 一瞬にして思考が”彼”のことでいっぱいになる。 パッと振り返り、そこに待ち人が佇む姿を見てティファはホッと気を緩めた。 「クラウド」 自然と体が動き、彼へと駆け寄る。 今度はティファの行く手を男たちは邪魔しなかった。 というよりも、むしろポカン、と間抜け面を晒してクラウドを凝視している。 そっと体を引いて自分をその背に庇ってくれたクラウドに柄にもなくドキドキとトキメキながらティファはハッと気が付いた。 自分たちがいかに周囲の目を集めているかを。 先ほどまでは遠巻きにしながらも足を止めることなく通り過ぎていた人たちが今、何故かわざわざ足を止めて自分たちに注目している。 注目されていることにクラウドも気づいているのだろう、なんとなぁく体が硬い。 背中越しにナンパ男たちを見ると、彼らはどうやらこの事態に気づいていないようだ。 ひたすら割り込んだクラウドを呆けたように見つめている。 ティファはチラリ、とクラウドを見た。 クラウドも同じタイミングでティファを見た。 「…ティファ、なんともないか?」 「…うん」 「そうか」 「……」 「じゃあ…もう行くか?」 「うん、そだね」 なんとなく。 なんとなく、ギクシャクとしながら2人はナンパ男たちに背を向けた。 ナンパ男たちは今度は止めなかった。 呆けたように立ち尽くしているのが分かる。 だが、分からないのは何故こんなに注目を集めているのか、だ。 分からないが、これまた理不尽なことにギャラリーが一斉に不満そうなオーラを発散させたのが分かった。 耳を澄ませなくても色々、色々、ほんっとうに色々と聞こえてくる。 『なぁんだ、これで終わり?』『せっかくリアルなラブロマンスが見れると思ったのにぃ』『あ、でもでも、彼氏さんがタイミング良く来てくれたのはドキドキしたよね』『だからじゃん!もっとこう、決め台詞とか言ってくれるのかと思って携帯の動画撮影までしてスタンバってたのにぃ』『だよねぇ!こう、もっと睨みつけてさぁ、『俺の女に手を出すな!』とか言ってくれても良いのに〜』『ね〜〜〜〜』『つまんなぁい』 クラウドとティファは最後に聞こえたその言葉に思わず全身が鳥肌立つのを感じた。 無愛想で。 口下手で。 言葉のボキャブラリーが決定的に欠けているクラウドが。 溢れるギャラリーを目の前に。 『俺の女に手を出すな!』と、口にする…? …。 ……。 気持ち悪すぎて砂を吐きそうだ。 「……ティファ」 「……なに?」 「あ〜…その…、言って、欲しかったのか?」 「いらない!!」 顔を引き攣らせて即答したティファに、クラウドは心の底から安堵の溜息を吐いた。 配達先の客にマシンガントークをされてティファを待たせ、その間にナンパと言うとんでもなく不愉快な思いを味わわせてしまったばかりかギャラリーを集めてしまい、挙句、『つまんない』とまで言われてしまった…。 もしも、ティファがギャラリーが待っていた台詞を期待していたとしたら、自分はかなり残念な人間ということになるではないか、という心配は杞憂に終わった。 終わったが。 ティファはしみじみと噛み締めていた。 まさに自分は今、女の子なら憧れてやまないシチュエーションに遭ってしまった。 ピンチの時にヒーローが颯爽と現れてくれると言う奴だ。 あの子供の頃、満天の星空の下でクラウドにお願いした約束の通りに、クラウドはピンチの時に助けてくれた。 な の に ! 「やっぱり、ドラマとか映画の世界だから王道って素敵なのね」 「ん?なにか言ったか?」 「ううん、なんでもない」 発見した事実を前に、幼い頃の自分の願いがなんとも恥ずかしいものだったのだと気づいたティファが、羞恥心の余り地面にめり込まんほど凹んだとはつゆ知らず。 「ティファ、そろそろなにか食べに行かないか?さっき荷物を届けた人が美味しい店を教えてくれたんだ」 「うん!」 ギャラリーから解放されてホッとしたクラウドに手をそっと握られて、あっさりとティファの気持ちは浮上した。 空は快晴。 風は穏やか。 隣には大好きな人。 弾む足取りで2人は新しい街を歩いて行った。 だから知らない。 「なぁ」 「なんだよ」 「あれってさぁ、反則じゃね?」 「……だよな」 「あんな美人にあんなイケメン、普通にリアルでアリか?」 「……ナシだろう」 「ずりぃ」 「…」 「あんな、ラブロマンスみたいな王道ネタ、素でやるか?てか、マジで拝めるか普通!?」 「まだ『俺の女に手を出すな』とかなんとか言われなかっただけまだマシかもだぞ?」 「う〜わ〜〜、それ、言われてたら俺、砂吐いてた、絶対」 「ベッタベタな展開だったなぁ……」 「マジで俺、もぉヤダ、こんな理不尽な世の中」 「……」 「も、俺、絶対にナンパなんかしねぇ!」 「……」 ベッタベタな展開。 そこまで言われていたとは知らないクラウドとティファは、美味しい美味しい昼食を食べた後はまた配達の仕事に精を出した。 そうして予定通り、バレットがくれた1週間の”新婚生活もどき”を堪能したのだった。 ラブロマンス。 それは、当事者になってしまうととんでもなくこっぱずかしい目に遭ってしまうベッタベタな世界である。 あとがき いや、本当にただ何となく思いついただけの意味のない話です。 右から左にサラッと流して下さいませ。 |