クラウドのとある一日



 コスタの宿に着いたのは、空が満点の星々で彩られている時刻だった。
 クラウドは、本来ならばとっくに定期船の中で船酔いと戦い終えているはずだった事を思い、深々と溜め息をついた。
 明日の朝にならなければ、もう船はない。

 つくづく、今日はついてない一日だった…、と振り返る。
 まず最初に、荷物の受け取りに行った先で手違いがあり、荷物そのものの準備がまだだと言われ、1時時間近くも待ち惚けを喰わされた。
 次に、やっと荷物をフェンリルに積み、配達先に向けて出発出来たと思ったら、モンスターの集団に手厚い歓迎を受けた。
 漸くその歓迎から解放されたと思ったら、何と配達先が留守ではないか…!?依頼主にその事を携帯から連絡すると、依頼主が一言、こうのたもうた。

「じゃ、悪いけど持って帰って来てくれる?」

 ………ありえない……。

 常識と言う名の範疇から遠く離れた場所に存在する依頼主のお蔭で、クラウドは今日一日を無駄にしたといっても良い。
 
 そして、漸くその忌々しい依頼主から解放され、コスタの定期船に間に合う様、急ぐクラウドに、本日最後の災難が降りかかった。
 まさしく、言葉通り、突然のスコールに見舞われたのである。
 激しい豪雨に視界は完全にシャットアウト…。

 クラウドは今日中の帰宅を諦めた。

 大樹の下で雨宿りをし、コスタに着いてみると嫌味なくらいの満天の星空……。
 クラウドはその星空を恨めしげに見上げると、再び深い深い溜め息をつく。
 そして、背中に『哀愁』の二文字を背負い、宿の扉を押し開けた。


 1階が酒屋でもあるこの宿は、何度利用しても慣れる事のない独特の臭気に満ちている。
 クラウドは、愛想とは無縁の顔に、今では『不機嫌』という名の感情を貼り付かせ、そのまま店内へと踏み込んだ。
 相変わらず、活気の溢れる店ではあるが、セブンスヘブンとは違う空気が充満していて、全く気分が高揚しない。

 むっつりとしたまま、必要以上に愛想を振り巻いてくる女性店員を、無愛想で持って返すと、メニューも開かずに「今日のオススメで」と実に簡潔に用件だけを伝える。
 そんな自分に、流石に接客業として慣れている女性店員は、特に鼻白む表情も見せず、笑顔でもって返すと、身を翻してオーダーすべくカウンターへと戻っていった。
 その後姿を冷めた目で見送ると、何となしに携帯をポケットから取り出し、店に入る直前のやり取りを思い返した。


『もしもし、クラウド?今はもう船から出たの?』
「いや…。今日中に帰れなくなった、すまない」
『え!?何かあったの!?』
「いや…。これと言った事はないんだが…。あえて言うなら、『不幸のオンパレードだった』かな…?」
『大丈夫?どこか怪我でもしてない!?』
「大丈夫だ。怪我とかは全くない。ただ、今日中に帰れないのが大きな痛手だな」
『え!?なになに!クラウド怪我したの!?』
『ううん、大丈夫みたいだけど今日は帰れないんだって』
『ええー!!帰る約束だろ〜!?』
『もう、デンゼル!押さないでよ!!ティファ!クラウドと話したい!!』
『あー!!俺も俺も!!』
『はいはい、順番ね』

 その後の、賑やかで心の和む子供達とのやり取りと思い出し、クラウドは自然と口元が緩んだ。

 明日は必ず帰る。

 そう約束して、再びティファに電話を替わると、ティファは苦笑を湛えた声で、
『気をつけてね。明日はお店、お休みするわ』
と、言ってくれた。

 その約束に、更に心が温かくなるのを感じつつ、惜しむ気持ちを振り切って電話を切った。

 彼女や子供達は、仕事中なのだから…。
 今頃は、セブンスヘブンの常連さんと楽しく談笑をしながらくるくる働いている事だろう…。
 つくづく、今日中に帰れない現実が恨めしい……。
 
 ここでクラウドの思考は、運ばれてきた料理によって一時中断された。

 目の前に並べられた料理を見て、そっと溜め息をつく。
 そして、気が進まないまま、一口口へ運ぶ。

 やはり、美味しくない。
 彼女の存在により、舌が肥えてしまった自分にとっては、この店のみならず、大抵の店の料理では、到底満足出来なくなってしまっていた。

 ゆっくりと味わう気になれず、注文した品を機械的に咀嚼し、飲み込んでいった。

 さほど時間もかからず、食事を終えようとしたとき、ふいに店の一角で怒号が飛んだ。

 看ると、赤い顔をした大柄な中年の男が、何やら女性店員に怒鳴りつけている。その後ろでは、同じテーブルに着いている仲間と思しき同年輩で、柄の悪そうな男が3人ニタニタと笑っているのが見えた。

 その光景に、不吉な予感がチラリと脳裏をよぎる…。

 そんな事には全く関係なく、無愛想な顔にこれ以上はない不機嫌な表情を浮かべるクラウドの眼前では、店の奥から慌てて男性店員が駆けつけたものの、呆気なく中年の男に殴り飛ばされる惨劇が繰り広げられた。

 男性店員の突っ込んだテーブルから、皿や料理、グラスが飛散し、それらが床に叩きつけられる音と、他の客の悲鳴で、あっという間に店内は騒然となった。

 そんな中、中年の男は執拗に女性店員に詰め寄り、手を上げようとしている。

 女性店員の甲高い悲鳴が上がるのと、ヒュッという空気を裂く音、次いで小皿が中年の男の眉間にゴスッ!と鈍い音を立てて見事に命中するのとがほぼ同時に起こった。


 一瞬、店内がシンと静まり返る。
 中年の男は、ゆっくりと後ろへ傾き、テーブルをひっくり返しつつ床に倒れこんだ。
 
 それを見届け、店内全員の視線が一点に集中する。むろん、小皿が飛んできた先に、である。
 そして、店内全員が見たものは、素知らぬ振りをしている金髪で紺碧の瞳の青年。

 何でもないような素振りで、自分のグラスを傾けているが、この騒ぎの中で落ち着き払っている姿こそが『僕がやりました』と言っている様なものだ。
 本人は、その事実に気付いているのか誰にも分からなかったが、そんな事にお構いなく、さっさとグラスの中身を空けてしまうと、これまた何でもない自然な動作で立ち上がり、勘定をテーブルに置いてその場を去ろうとした。

 もちろん、中年の男の仲間3人がそれを許すはずがない。

 鼻息も荒く、床に倒れている中年の男を跨ぎ、足を踏み鳴らしつつクラウドに近づく。

「おい!よくも俺達の仲間をやってくれたな!!」
「俺達に手を出しといて、そのままただで済むと思ってんのか!?」
「しらばっくれた顔してても、バレバレなんだよ!!」

 クラウドは、自分を取り囲む大柄な男達を、溜め息をつきつつ冷めた瞳で見返した。
『何だって今日は、こうも災難が振って湧くんだ……』

 本当なら、こんなところで、こんなに暑苦しい中年の男などではなく、セブンスヘブンの温かな我が家で、ティファの手料理を3日振りに味わい、可愛い子供達に囲まれながら、ティファの笑顔を見つめていたはずだと言うのに……。

 それに比べてこの現実はあまりにも酷くはないだろうか…?

 クラウドの心の嘆きなど知る由もない男達は、冷めた目で黙ったままのクラウドに対し、『馬鹿にされた』という印象を強く受けた。

「この野郎…!澄ました面しやがって!!」
「ケッ!ちょっと顔が良いからっていい気になってんじゃねぇよ!!」
「クールでいると女にもてるとでも思ってんのか!?」

 何やら怒りの論点がズレていたが、その事に気付いたのは、クラウド本人と店内の客の大半で、本人達は至極真剣な怒りに苛まれていて全く気付いていなかった。
 そして、相変わらず無表情のクラウドに、3人が一斉に飛びかかった。



 結果は目に見えていた……。



 約5分後。店内にはお祭りムードが満ちていた。

 クラウドがあっさりと3人を昏倒させると、それを店員が嬉々として先に『のされた』中年の男共々店の外に放り出した。
 そして、クラウドは一瞬にして『今夜のヒーロー』にされてしまったのである。
 
 クラウドの周りには、店内の他の客達と先程中年の男に詰め寄られていた女性店員がベッタリと纏わりついていた。

「凄いわ〜!本当にあんなにあっさりと片付けちゃうなんて!!」
「いや〜。見ててスカッとしましたよ!!」
「見た感じそんなに強そうにないのに、一体どんな鍛錬したんですか!?」
「本当に!言っちゃ悪いけど、あんた男なのに『女』みたいに綺麗な顔してくるからな!」
「お〜い!『今夜のヒーロー』にじゃんじゃん料理と酒お出ししろ!」
「ほらほら、遠慮しないでじゃんじゃんやってくれ!俺らのおごりだ!!」
「それにしても、本当にカッコいいわ!顔だけじゃなくて腕っ節も強いなんて、本当に『理想な男性像』そのものよね!?」

 周囲の賞賛の言葉に、クラウドは全くの無反応だった。
 それどころか、彼はいまや限界の境地に立たされていた。

 自分を賞賛する人々の視線が、鬱陶しい…。
 自分を褒め湛える言葉が耳にうるさい…。

 そう、クラウドは疲れていた。
 この上なく、うんざりしていたのだ…。

 そんな限界、崖っぷちに立たされている彼の背中を『ポン』と軽く一押ししたのは…。

「もう、主役がそんなにむすっとした顔してたら駄目ですよ〜」
と、甘えた声を出しながら、女性店員がギューッとクラウドの腕に抱きついた。
 クラウドの腕に、女性店員の胸が押し付けられる。


 クラウドの全身にぞわ〜っと、鳥肌が立った。


 そんなクラウドには全くお構いなく、他の客達はやんややんやとはやしたて、「良いねぇ、羨ましい!」「顔が良くて腕の良い男は得だねぇ!!」等々、とんでもない事を口にした。


 プチ


 そんな可愛らしい音を、はやし立てていた客と、クラウドの腕に抱きついていた女性店員は聞いた気がした…。


「盛り上がっているところを悪いが…」
 低い声で、何かを堪えているようにゆっくりと口を開きつつ、女性店員の腕を押しやりながらクラウドは自分を取り囲んでいる面々を睨むようにして見回した。

「疲れているんだ…」だから、部屋に戻る。後は適当に楽しんでくれ…。

 そう言い残し、誰にも有無を言わさずクラウドはその場を去って行った。

 彼の去り際、こめかみに浮いた青筋をその場にいた全員は確かに見た。
 そして、彼が去った後、誰ともなくポツリとこぼす

「「「怖かった……。」」」

 店内は異様な空気に包まれ、いつもの活気溢れる雰囲気は微塵も存在しなかった。


 クラウドは、そんな事には全く構わず、と言うか全く気付かずに、宿のベッドにゴロンと転がると、大きく深い溜め息を吐いた。

 仰向けになって横になると、いやでも天井が視界に入ってくる。
 その天井をぼんやり眺めながら、しみじみセブンスヘブンの我が家を恋しく思っていた。
 そして、先程女性店員に抱きつかれた腕を、反対の手でさすりながら、愛しい人を想うのであった。



 翌日。

 朝一番の船に乗るべく、さっさと宿を後にしたクラウドは、今度は何の障害もなく無事に乗船し、ジュノンに着くまでの間、お決まりの船酔いと戦いながらも、4日ぶりの帰宅に心弾んでいた。

 そして、滞りなくジュノンに着いたクラウドを待っていたのは…。


「「おかえりなさい!クラウド!!」」
「デンゼル!マリン!?どうしたんだ、こんなとこまで!?」
「ふふ、おかえりなさい。びっくりした?」
 可愛い子供達の溢れんばかりの笑顔と、愛しい人の輝く微笑だった。

「ティファが、今日は天気が良いからお昼ご飯はクラウドと一緒に外で食べようって!」
「ティファが?」
「うん。良いお天気でしょ。何だが、家でじっとクラウドを待ってるのが勿体無くて」
「そうそう!ティファが早起きして沢山弁当作ってくれたんだ!俺、今から食べるのが楽しみ〜!!」
「あのね、デンゼルったらティファのお弁当沢山食べれるようにって、朝ごはんあまり食べなかったんだよ」
「あ!マリン、その事言うなって言っただろ!?」
「はいはい、二人共。クラウドは疲れてるんだから、あまりはしゃがないの」

 可愛い子供達とティファの笑顔に、クラウドは幸福感で胸が一杯になり、自然に子供達をギュッと抱きしめた。

 デンゼルとマリンは、クラウドの突然の抱擁に一瞬驚いたようだったが、すぐにくすぐったそうな笑い声を上げ、「おかえりなさい!」「おかえり!」と自分達もクラウドにギュッとしがみついた。

「ああ、ただいま」
 そう言って、クラウドは二人を放し、微笑んで見せると、自分達のその光景を微笑みながら見つめていたティファに、そっと手を伸ばした。

 ティファは、サッと顔を赤らめたが、それでも素直にクラウドの腕に包まれ「おかえりなさい。お疲れ様」と優しく耳元で囁いた。

「ああ、ただいま、ティファ」
 少し身体を離し、赤くなったティファの顔を見つめ、軽く頬にキスを贈ってクラウドは腕を解いた。

「じゃ、行こうか?」
「「は〜い!」」

 ジュノンの港に、元気な子供達の声が響く。


 今日は晴天。
 風も柔らか。
 そして、自分の隣には可愛い子供達と愛しい人の笑顔。

 クラウドは満ち足りた気分で、身も心も軽く、ティファの運転するトラックの横にフェンリルを走らせた。

 そんな家族を、太陽が優しく照らしていた…。


あとがき

何となく、仕事先のクラウドが書きたくなりました。
きっと、仕事で家に帰れない日は、どこか宿に泊まるんでしょうね?
いつもシエラ号出してはもらえないと思った事から、今回の作品が出来上がりました。
それで、多分宿とかでご飯食べたり、お酒飲んだりすると、セブンスヘブンと無意識に
比べてしまうんじゃないかなぁ…、と思いました。
だって、あんなに良いお店に素敵な店員(ティファとお子様達)の姿を知ってると、
どうしても他のお店じゃ満足出来ないと思うのです!
そして、家に帰って「ああ、やっぱり我が家が一番だ」と惚気てくれるのです(笑)。

はい、マナフィッシュの願望です(アハハ〜)。
最後までお付き合い下さり、有難うございました。