「ねぇ、ティファちゃんはさ、彼氏に対して不満とかないわけ?」

それは、セブンスヘブンで投げかけられた、何気ない一言…。


誰よりも愛しい人


「え!?いきなりどうしたんですか?」

 突然の質問に、ティファは声が裏返る。
 相手は、特に悪気はないのだろう。ただ、酔っ払っているだけで、少々目が据わっている様だ。
 その酔っ払いの一言は、騒々しい店内をシン、とさせる力を持っていた。
 その事に気付いているのかいないのか、酔っ払い・常連客の一人は言葉を続けた。
「いやさ。いっつも健気に彼氏の事想ってるじゃん?でも、こう言っちゃ悪いけどクラウドさんって、ティファちゃんにそこまで『健気に尽くされる様な特別な存在』になっちまうのが、俺から見れば不思議な訳よ」

 悪意のない、ただの酔っ払いの戯言…、そう軽く流してしまえば良いのに、ティファは何て返して良いのか咄嗟に言葉が出てこなかった。
 店内が急に静かになった為、滅多な事を口に出来ない雰囲気が漂っている事も、言葉を詰まらせる原因の一つだった。

 そんなティファに、酔った男は更に言い募った。

「ほら、クラウドさんて一度家出しちまっただろ?あの時、ティファちゃん、本当に大変だったじゃないか。デンゼルの坊主は星痕症候群だったし、店の切り盛りと子供達の世話、あれ一人でこなしていくの、本当に辛かっただろ?」

 今や、店内全員がこの男の言葉に耳を傾け、自分達に注目しているのを、ティファはイヤでも感じ取っていた。


『マリンとデンゼルがいなくて本当に良かった』


 子供達は、つい先程就寝時間になった為、部屋へ引き上げたところだった。
 きっと今頃は、夢の世界の住人となっている事だろう。


 ティファは、内心でホッとしつつ、さてこの酔っ払いをどうあしらうべきか、思案した。

 適当に返事をしてごまかすには、ギャラリーが多すぎる。
 それに、適当に返事をしてごまかすには、この質問はあまりにも内容が重過ぎた。
 おまけに、恐らくこの質問は他の客達の間で、密かに酒の肴として面白おかしく語られていたのであろう。店内の客達の白々しいまでの『素知らぬ振り』で聞き耳を立てている気配が、その事実を物語っている。


 ティファは、自分を酔った目で見つめてくるこの男と、素知らぬ振りをしつつ聞き耳を立てているであろう、他の常連客達全員にはっきりとした口調で答えた。

「クラウドに対して、不満は特にありませんよ。もちろん、『もう少し早く帰って来てくれたら良いのに』とか『もっとゆっくり休んでくれたら心配せずに済むのに』とかはありますけど。それに、家を出ていた時の事は、私達家族の間ではとっくに問題解消済みなんです。だから、その話は御客さん達が心配してくれなくても大丈夫ですよ」

 言外に、『他人は口出しするな』と、威嚇を含めた返答に、質問をした当人と、聞き耳を立てていた他の客達は一様に『触らぬ神に祟りなし』という昔の人の格言を思い出した。

 
 酔った男は、自分を真っ直ぐに見つめる強い意志を秘めた瞳に、おどおどしながら「い、いや、別に悪気があったんじゃ」とか何とか言いながら、「じゃ、じゃあ、お勘定」とさっさと勘定を済ませ、そそくさと店を後にした。

 店内は、男が店を出た後でも少々後味の悪い雰囲気が漂ったままだった。

 ティファは、そんな店の雰囲気に内心で苦笑すると、『いつもよりも早いけど、そろそろ閉店しちゃおうかな』と考えた。
 するとその時、店の扉が開いて、クラウドが帰宅した。


「おかえりなさい、どうしたの、随分早かったじゃない!?」


 ティファは驚いて時計を見た。
 確か、今朝クラウドが話していた予定だと、あと二時間くらいは帰宅出来なかったはずだ。


 そんなティファに、クラウドは彼女にしか見せない柔らかな微笑を向けると
「ただいま。思った以上に順調に配達周りが出来てさ。モンスターにも珍しく遭遇しなかったから、早く帰れた」
そう言って、腰にぶら下げていたソードホルダーを外すと、当然のようにティファに渡す。もちろん、ティファは当然の事としてそれを受け取ると、極上の笑みを彼に見せてから居住区の方へ、受け取った装備をしまいに行った。
 もちろん、その前にクラウドへ簡単な料理と飲み物を出す事を忘れない。


 クラウドは、ティファの姿が見えなくなってから、出された料理に口をつけた。

 いつ食べても彼女の料理は本当に美味しいし、心が温かくなる。

 クラウドが、ティファの料理に顔を綻ばせていると、ふいに肩を叩かれた。
 顔を上げると、そこには意を決した表情で、常連客の一人が立っていた。
 そして、その彼の後ろには、彼を引きとめようとしている他の数人の常連客がおろおろとしているのが見えた。

「?」
クラウドは何も言わずに、自分を半ば睨みつけるようにして見据えている若い男に、首を傾げた。




 ティファは、クラウドが予想よりも早く帰宅してくれた事に、踊りだしそうな心地で店内へと戻って来た。

『もう、早く帰れそうなら携帯で言ってくれれば良かったのに』

 そう、思いながら、頬が緩むのを抑えられない。
 クラウドが早く帰って来てくれたのが本当に嬉しいのだ。
 自分は店の営業、彼は配達業に追われる日々を送っている為、彼とゆっくり過ごせる時間はそんなにない。
 だからこそ、彼が予想以上に早く帰宅してくれた今日のような日は、早々に店を終えてしまおう、そう考えた。
 
 ティファは店内にあと一歩、という所で、店内から響いてきた怒声に驚いて足を止めた。

 そっと、居住区の入り口から店内を窺う。

 すると、常連客の一人が真っ赤な顔をしてクラウドに詰め寄っているのが見えた。
 クラウドはと言えば、その相手を涼しい顔で見つめている。

 ティファはその光景に、先程帰った男の言葉と、それを素知らぬ振りで聞き耳を立てていた店内の客達の様子を思い出した。

 クラウドが帰宅するホンの一瞬前の事なのに、彼が帰宅した喜びで、すっかり忘れていたのだ。

 ティファは慌てて店内に戻り、クラウドと客の間に割って入ろうと思った。
 しかし……。

「あんたの言いたい事は分かったが、それは俺と彼女の問題だ。あんたの心配する事じゃない」

 クラウドの言葉に、ティファは足を止めた。

 聞き耳を立てるのはフェアじゃない。そうは思ったが、もしかしたら、日頃あまり聞くことの出来ない彼の本音を聞くことが出来るかもしれない、そう思ってしまったのは、果たして悪い事だろうか?


 ティファは、そのまま店と居住区の入り口で中の様子を窺う事にした。


「何だと!?」
「だから、あんたの心配する事じゃない、そう言ったんだ」
「あんた…、あんたなぁ!彼女が一体どんな思いで家出したあんたを心配して、それでも子供達の面倒を見て、店を切り盛りしてたと思ってるんだ!?それを見てるしか出来なかった俺達の気持ちなんか知りもしないくせに、よくもそんな事を……!!」
「じゃあ聞くが、俺の事で彼女はあんた達の誰かに相談したのか?」
「い、いやそれは…」
「俺の事で、彼女が何か不満をあんたたちにこぼしたのか?」
「………」
「俺の彼女への気持ちを、正確に言える人間が誰かここにいるのか?」
「………」
「勘違いしている人間が多いみたいだから、この際ハッキリと言っておく。俺は、彼女の事を一度でも『都合の良い女』だなどと思った事はない。ましてや、『どうでも良い』『どうにでも出来る』そんな女だなんて、ただの一度でも思った事はないし、これからも思うことは絶対にない。彼女の事は、誰よりも大切に思っているし、だからこそ、家を出ていた時の事は、悔やんでも悔やみきれない。どうにかして償いをしたい、そう思ってる」

 クラウドは、ここで一旦言葉を切り、黙り込んだ若い男と、自分に注目している全員をぐるっと見渡した。

「俺は、この先ずっと彼女を離すつもりはないし、誰かに譲る気もない。彼女が俺から離れたい、と言うなら話は別だが、その時も俺は精一杯の悪足掻きをするだろう。だから……」
 中途半端な覚悟で彼女に近づくな。

 凄みを効かせたクラウドの言葉が、シンとした店内に響き渡った。


 ティファは、店と居住区の入り口に身を潜めたまま、口を押さえてしゃがみこんだ。


 嬉しすぎて、胸が一杯で、声が、嗚咽が口からこぼれそうになる。

 涙が溢れてきて、頬を伝う。
 
 その熱い雫を止める事など、今のティファには不可能だった。

 こんなに幸せなのに、止める事がどうして出来るだろう?

 ティファは、クラウドの本音に心から至福を感じ、しゃがみこんだまましばらく動けずにいた。


 やがて、彼女が涙を拭いて立ち上がり、店内に戻った時には最後の常連客がクラウドに勘定を払っているところだった。
 その光景に彼女は驚いた。

 あれ程いた客が、自分が少し幸福に酔いしれている間に、きれいにいなくなっていたのだから。

 最後の常連客は、ティファに気付くとニヤッと笑って
「ティファちゃん。色々ご馳走様!」
と、ウィンクし、クラウドの肩をバンバン叩いてから店を出た。

 後に残されたのは、いつもよりも多いギルと、いつもよりも多く料理の残った客達の皿、グラス、そして…誰よりも愛しい人。


 クラウドは、ティファを見ると、少々バツの悪そうな、それでいて、どこか照れたような顔をした。
「皆、早めに帰ったんだ」
と、店内をぐるりとみやって肩をすくめた。

 ティファは、そんな照れ隠しをするクラウドに、再び涙がこぼれそうになる。
「ティ、ティファ?」
 涙を浮かべたティファに、クラウドは思い切り狼狽し、おろおろしながらそっと手を差し伸べた。
 ティファは、そんな彼の胸に思い切り飛び込むと、キュッとその背に両手を回した。

 クラウドの鼓動が耳に心地良く届く。

 クラウドも、ややあってからティファの背にそっと腕を回して優しく抱きしめた。

「クラウド、ありがとう」
 優しい彼の腕の中で、ティファはそっと囁いた。

 クラウドは、ギョッとしたように身をよじると、恐る恐る声をかける。
「もしかして、聞いてたのか?」
「うん」ごめんね?と頷くティファに、クラウドはたちまち顔を真っ赤にさせると、「あ〜、その、あれは〜…」とごにょごにょ何かを言おうとするが、結局、自分の腕の中で幸せそうに微笑む彼女を見て、頭を掻くと「いや、良いんだ、本当の事だから」と言って息を吐き、照れながらも微笑んで見せた。



 セブンスヘブンの店の明かりが、いつもよりも早く消えたのは言うまでもなく…。


 その後の事を詮索するのは、野暮と言うもの…。

あとがき

何となく、マナフィッシュがAC中の二人に感じていた不満(?)らしきものを書いてみました。
クラウドを健気に待っているティファに、本当に頭の下がる思いと共に、クラウドのへタレ
振りには「おい!!怒」と思いましたね(苦笑)。でも、こんな二人がマナフィッシュは
大好きなのです!!(本当です!)。
んで、クラウドに絶対に言って貰いたかったのが『都合のいい女何て思った事ない』なんですよね。
だって、AC中ではティファを大切にしているシーン、少なかったんだもん!もっとあっても
良いのにさ〜!(あ、またなんか余計な事、書いちゃいました!?)
あまり、ラブラブな描写は得意でないので、最後はごまかしちゃいました(汗)
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。