私は貴方を愛してる。
 誰よりも……。
 誰よりも………。

 だから。
 待っていられたの。
 ううん、違う。
 あの時の私は……。
 待つことしか出来なかったから……。
 だから………。
 ただ……待ってただけ…。
 それだけだったの……。



誰よりも愛しい人へ




 ねぇ、クラウド。
 気付いてる?
 私が誰にも絶対に負けないくらい貴方を想っているって…。
 きっと貴方が想像している以上に私は貴方を想ってる。
 別に私の気持ちを押し付けてるわけじゃないの。
 むしろ、気付いてくれない方が気楽だわ。
 でもね…。
 誰にも知られずに…。
 貴方を想っているこの心を知られずに『星に還る』のは………………イヤなの…。
 フフ。
 矛盾してるでしょう?
 でも、これが本心だから困っちゃうのよね。

 貴方が私達家族に見せてくれる柔らかな眼差しも…。
 子供達を見守る穏やかな眼差しも…。
 酔っ払ったお客さんから私達を守ろうと、さり気なさを装って警戒してくれてるその鋭い眼差しも…。
 仕事に向かう時に見せてくれる『仕事に対する誇り』に溢れた真っ直ぐな眼差しも…。
 そして…。
 私にしか見せない甘い眼差しも…。

 全部全部!
 愛しくてたまらない。
 ギュッとギュッと…強く抱きしめて……。
 誰にも見せないで、心の奥底に大事に大事に隠しておきたい『宝物』。
 その反面。
 皆に見せびらかせたいって思っちゃうのよ。

 本当に……これ以上矛盾したものってこの世界にあるのかしら…?
 でも、これが私の本心。
 そして、これが私の真実。
 この誰にも決して奪われたくない想いを、貴方だけに捧げるわ。
 ねぇ…。
 だから…。

 どうかどこにも行かないで。
 お願い、ずっと傍にいて。
 そして…。
 どうか他の女性を貴方の心に入れないで。
 お願い、どうか……どうか………。





「ティファ?」
 クラウドの言葉に、ティファはボーっとした頭抱えながら振り向いた。
 クラウドの紺碧の瞳が真っ直ぐティファに向けられている。
 ティファは、その吸い込まれそうな魔晄の瞳に、ドキリと胸を高鳴らせつつ、そっと視線を逸らせると背を向けた。
 そして、途中だった料理を再開させつつ、クラウドを見ずに口を開く。
「なぁに…クラウド?」
「……………」
 自分が話しかけたくせに、彼はティファに答えなかった。
 ただ、心配そうな顔つきから、怪訝そうな表情になり…。
 最後には眉間にシワを寄せて…。

「へ、ちょ、ちょっと!」
 客達がいる前で、クラウドはティファの顎に手を添えると、やや強引に自分の方へ顔向けさせ、そのままそっと顔を近づけた。
 まさに、目の前で行われようとしているラブシーンに、客達はそれぞれ一瞬の内に石化した。
 子供達も自分達の前ですらしようとしないクラウドの行動に、目と口を最大限に開けてギョッとしている。

 しかし…。

 コツン。
 合わさったのは、唇ではなく額と額。

「「「「………………」」」」

 言葉を無くしたままのデバガメ達は、今度は違う意味で絶句した。
 そんな中。
 クラウドは顔を離すと、真っ赤な顔をしているティファを少し怒ったように見下ろして、深い溜め息を吐いた。
 そうして、店内で固まっている客達に初めて気付いて、そして彼らが何故固まっているのか分からずにキョトンとしつつ、口を開いた。

「悪い…今夜はもう店じまいだ」
「え!?」
「なんで!?!?」

 クラウドの声に真っ先に反応したのは看板息子と看板娘。
 その子供達の言葉に、クラウドは片腕でティファの身体を引き寄せつつ、不機嫌そうにこう言った。


「セブンスヘブンで唯一料理が出来る店主が高熱だ」


 店内の全員がその言葉に目を剥いて驚いたのは言うまでも無い。
 ティファが仕事が出来なくなった時点で閉店になるのも当然だ。
 しかし…。
 そんな素振りは全く見えなかった。
 言われて見れば、いつもよりも目は潤み、頬が赤いような気もするが……。
 それは、たった今、目の前で繰り広げられた衝撃のシーンのせいではないだろうか…。
 現に、高熱のはずのティファは、ソワソワと落ち着き無くクラウドから離れようと身を捩り、困ったように彼を見上げているだけだ。

「大丈夫よ、クラウド。もう開店しちゃったし今夜一晩くらい…」
 などなど言いながら、ティファはクラウドをそっと押しやると、中途半端になっている料理に取り掛かろうとしている。
 彼女のその一言で、客達はティファが本当に熱があることをようやく信じた。
 そして、クラウドの鋭い観察眼に感心する。
 子供達は、自分達が早く気付いていれば…、と焦りつつ、カウンターに戻ってティファの手伝いをしようと顔を見合わせ、頷きあった。
 ところが…。
 クラウドは有無を言わさず強引にティファの手から包丁を取り上げ、怒ったような顔をしてティファを抱き上げた。
 再びあんぐりと口を開けて目の前の展開に呆然とする客達と子供達の前で、ティファは思わず、
「ウキャッ!!な、何するのよ!!」
 なんとも素っ頓狂な声を上げた。
 皆の前でこうして抱き上げられた事など無い為、羞恥心でどうにかなりそうだ。
 しかし…。


いい加減にしろ!!


 キーーーーーーン………。

 耳鳴りがしそうな怒鳴り声を上げたクラウドに、騒然としていた店内は一気に静まり返った。
 クラウドが怒鳴り声を上げたところなど今まで見たことが無い。
 それも、相手は彼の大切な人とくれば、客達と子供達の衝撃は筆舌し難いではないか…。

 怒鳴られたティファ自身も、彼の腕の中でビクリを身を竦ませ、自分を睨みつけている彼を見つめた。
『本気で怒ってる…』
 紺碧の瞳の中に真剣な怒りを見て取ったティファは、ギュッと身体を萎縮させて怯えた顔をして口を噤む他無かった。
 それは客達と子供達も同様で。
 ただただ、固まったまま怒りを露わにするクラウドと彼に抱き上げられているティファを見守ることしか出来ない。

「悪い、皆。こういうわけだから今夜はもうこれで…。それから暫く店は休業するから。また営業するようになったら来て欲しい」
 店内へ視線を流しつつ、カウンターからティファを抱き上げたまま出たクラウドの言葉に、客達はハッと我に帰ると大慌てで自分の飲み代と思われる金額をテーブルに置き、
「そ、それじゃ…お大事に〜!」
「あ、釣りはいらないから!」
「そうそう、ティファちゃんのお見舞いだと思って受け取ってくれ!!」
「クラウドさん、あんまりティファちゃんを苛めないでやってくれよ〜!」
「ティファちゃんも、具合が悪いなら無理しないで甘えろよ〜!」
「「「「ご馳走さ〜ん!!!!」」」」
 半ば逃げるように口々に言いたい事を言つつ、あっという間に店を後にした。
 残されたのは、中途半端に残された料理とお酒、そして多すぎるギル。

 しかし、その時には既にクラウドとティファの姿は店内には無かった。
「デンゼル、マリン。悪いけど後片付けをしててくれ。ティファを寝かせたら俺も手伝いに降りる」
 そう子供達に言い残して、サッサと居住区に引っ込んでいたのだ。

 残されたデンゼルとマリンは、嵐のような出来事に唖然としていたが…。
「クラウド……あんなに怒ってたのって…初めてだな…」
「そうね…」
「……片付けるか…」
「…そうね…」
「それにしても」
「うん?」
「ティファって…熱があったんだな…。気付かなかったよ…俺…」
「私も…」
「…………クラウドが今日配達無くて良かったな」
「うん…。クラウドが気付いてくれなかったら絶対に、ティファ、今も仕事無理してしただろうし…」
「「………流石クラウド……」」
 そうして、黙々と片付けに取り掛かるのだった。





「クラウド…」
「……………」
「あの……」
「……………」
「……ごめんなさい」
「……………」

 寝室に強制送還されたティファは、有無を言わさずそのままベッドに押し込まれた。
 そして、無言のまま差し出された風邪薬を飲まされ、有無を言わさず横にならされ、頭には冷たい濡れタオルと部屋には加湿機代わりの水を張ったバケツが各所に置かれた。
 その間、終始無言。
 いつもの彼なら、怒っていてもこれだけの事をし終えた今なら、嫌味の一つでも口にしているか、心配そうな顔を見せてくれるか…どちらかだろう。
 しかし、今日は違う。
 今も、全くティファを見ようともしない彼の冷たい横顔に、ティファは激しく動揺していた。

 そうして。

 明らかに怒り心頭な彼に、ティファは泣きそうになりながら勇気を振り絞って声をかけたみたのだが…。
 ことごとくそれらは無言でもって冷たく跳ね返された。

「……………」
「……………」

 ティファは、もう何を言っても今はダメなのだと悟るしかなく、この季節には不似合いな毛布を口元まで上げると、そのまま壁の方へ顔を向け、目を閉じた。
 目を閉じても、ティファの意識はどうしてもベッド脇に不機嫌そのもので腰をかけて自分を見張っている(としか思えない)クラウドの向けられる。


 確かに、無理をした自分が悪い。
 そして、そんな自分を心配してくれた彼を否定するような言動をしてしまったことも…。
 いつも、彼や子供達に『無理はしないでね』と言っているだけに、こんな体たらくになってしまった自分が悪い…。
 そう…。
 クラウドがこんなに怒ってるのも…。
 子供達が怒ったクラウドに怯えたことも…。
 お客さん達が気を利かせてあっという間に引き上げたことも…。
 全部…。
 全部自分が……。


 考えれば考えるほど情けなくなって、惨めな気持ちで胸が押しつぶされそうだ。
 それでも、必死に泣く事だけはしまいと歯を食いしばりつつ、いつしかティファは眠りについていた。




『ねぇ…ティファはどうしていつも無理するのかなぁ…』
『俺達がいなくても平気だってことじゃないのか?』
『あ〜、そうかもねぇ』
『俺達は頼りないってことなんだろうな。何か、一緒に暮らしてるのにさ、面白くないよな』
『そうよね。じゃ、私達が別にいなくても平気なら、私、父ちゃんの所に行っちゃおうかな』
『あ、それ良いかも!バレットのオッサンなら、きっと頼ってくれるだろうしさ』
『うんうん、それが良いよ!やっぱり、一緒に生活するなら家族でも持ちつ持たれつっていう関係が良いもんね』
『そうだよな!バレットのオッサンは何かと苦労してそうだし…。よし!そうと決まれば、善は急げだ!!』
『クラウドはどうする?』
『俺?』
『そう!クラウドも一緒に行かない?』
『それが良いって!配達の仕事だったらどこでも注文取れるだろうし、それにクラウドもエッジを離れたら運命の人って奴に出会えるかもしれないぜ?』
『…………』
『クラウド…ティファの事、気にしてるの?』
『…………』
『クラウドは無愛想なくせにお人よしだからなぁ。ティファだったら一人で大丈夫だって。だって、今まで俺達のこと、全然頼ってくれなかったし。それに、ティファだったらきっと、他に良い男が寄って来るだろ?』
『…………そうかもな……』
『そうだよ。ね、一緒に行こうよ!』
『俺達、クラウドと一緒にいたいんだ!』
『うんうん!ね、クラウド、お願い!!』
『……そうだな、そうするか』



 ― 待って!!
   お願い、行かないで!! ―



『それじゃ、ティファ。もしも一人で寂しくなったら電話くらい頂戴ね』
『ま、ティファだったら一人でも平気だろ?だから、俺達の方からたまには電話してやるよ』
『……ティファ…』
『クラウド、ほら!行こ、行こ!』
『じゃ、ティファ、元気でな〜!!』
『……さよなら……ティファ…』



 ― やだ……やだ!!
   デンゼル、マリン、ごめんなさい……私…私、一人じゃ無理だよ……。
   ねぇ、お願い…。
   置いてかないで…!!



  クラウド!!!!



「ティファ!!」
 荒い息と共に跳ね起きたティファが目にしたものは、自分を案じてうろたえている紺碧の瞳。
 跳ね起きたと同時に額に乗せられていた冷たく絞ったタオルがベッドの下に落ちる。
 それに気にも留めずにティファはクラウドにしがみ付いた。
 最初は驚いたようだった彼の力強い腕が、宥めるように背中にまわされる。
 そして、子供にするようポンポンと優しく叩く。

 ありったけの愛情を込めて…。

 その腕にしがみ付き、何度も何度も繰り返し「ごめんなさい」「置いてかないで」と涙ながらに訴えるティファに、クラウドはただただギュッと力を込めて抱きしめた。

「だいじょうぶだから」「誰がティファを一人置き去りにしてどこかに行くもんか」「ティファ、ティファ。大丈夫、全部夢だから…だから大丈夫」「ティファ…俺を見て、ほら、ちゃんと俺を見て。ここにいるから、何も心配要らないから…大丈夫だから」

 何度も何度も繰り返し、ティファへ言葉をかける。
 それは、常の彼からは想像も出来ないような言葉ばかり。
 そして、その言葉の一つ一つは彼にとってウソ偽り無い言葉ばかり。

 そんな彼の真摯な言葉に、取り乱していたティファは漸く荒い息を整え、次第に落ち着きを取り戻していった。
 ただ、あまりにも取り乱し、興奮していた為、落ち着きを取り戻した時には折角下がってきていた熱がぶり返してしまった。


「ごめんなさい」
 目元を真っ赤にさせながら、ティファが何度もかも分からない台詞を口にした。
「良いんだ…。それよりも、大丈夫か?どこか…まだ辛い所は無いか?」
「うん……大丈………」
「ティファ?」
 心配そうに自分を覗き込む紺碧の瞳を前に、ついいつもの台詞を口にしそうになり、ティファは言葉を切った。
 その不自然な言葉の切り方から、クラウドが眉を寄せてより一層心配気な顔になる。
 そんな彼を見つめながら……彼に見つめられながら……。
 ティファは先程の悪夢を思い起こした。


『俺達は頼りないってことなんだろうな…』
『私達が別にいなくても平気なら…』
『バレットのオッサンなら、きっと頼ってくれる…』
『ティファだったら一人で大丈夫だって。だって、今まで俺達のこと、全然頼ってくれなかったし。それに、ティファだったらきっと、他に良い男が寄って来る…』


「ティファ…?やっぱりどこか……頭痛か?それとも腹痛か?」
 黙り込んだまま、熱で潤んだ瞳をジッと向けるティファに、クラウドが段々冷静さを失っていく。
 そんなクラウドに、ティファはそっと手を伸ばした。
 そして、クラウドの服の袖をそっと握る。
 その力はあまりにも弱々しくて、少し身じろぎすれば簡単に離れてしまうような……そんな力の無い手だった。
 しかし、勿論クラウドはその手を振り払ったりしない。
 困惑気味に、服の裾を握る手をそっと握り締め、ベッドの傍らに膝を付いて頬を寄せた。
「ティファ、どうした?」
「………て」
「え?」
 こんなに顔が近いのに、クラウドの耳はティファの言葉を拾えなかった。
 それほどまでに弱々しい彼女の姿に、益々焦りが募る。
 そんなクラウドに、ティファが再び口にした言葉。



「……傍にいて……どこにも…行かないで…」



 紺碧の瞳が最大限に見開かれる。
 思考が一瞬停止する。
 どんなに間抜けな顔をしているのか、気にする余裕など微塵も無い。
 なにも考えられない。
 なにも言葉を発せられない。
 身体をピクリとも動かせない。

 最大限に見開かれた紺碧の瞳が…。
 愛しい人の薄茶色の瞳から零れる透明の雫を映し出す。

 後から後から流れ出すその涙に、クラウドは堪らなくなった。
 ティファの両頬を挟むと、真っ直ぐティファの瞳を見つめ返し、ゆっくりと、子供に言い聞かせるように…優しく口を開いた。

「ティファ…。ティファがもしも俺達を……いや、俺を嫌いになったとしても……俺から離れようとしても…。俺は絶対にティファから離れない。絶対に……ティファを手放したりしない。だから……そんなことを心配しないで……」

 そう言うと…。
 クラウドの言葉に反論するかのように開かれた彼女の唇にそっとキスを贈った。
 驚いて目を見開いたティファの瞳が、スーッと幸せそうにゆっくり閉じられる。
 そのままティファの腕がクラウドに回され、クラウドもしっかりとティファの背に腕を回した。



 ねぇ……クラウド。
 私はね。
 私自身よりも貴方が大事なの。
 私が例え死んでしまったとしても、貴方がその事によって命永らえ、幸せに人生を全う出来るなら、喜んでこの命を捧げるわ。
 だから……。
 お願い。
 頼る事が下手な私だけど、どうか傍にいて。
 私の前からいなくならないで。
 貴方がいなくなったら……きっともう、私は耐えられないから。
 子供達を置いて自殺するわけには行かないけど……それでも、きっと……。
 貴方のいない人生を歩むなんて…私には意味が無いのよ?
 ねぇ、だからお願い。


 どこにも行かないで…。
 私を……ずっと……ずっと見ていて…。

 でも…。
 もしも今度、貴方が出て行く時があったとしたら。
 その時は、子供達も一緒に貴方について行くわ。
 絶対に…絶対に離れてなんか……やらないんだから。
 家族皆で……貴方と……一緒に……。

 どうか…。


 それは、ティファが初めて見せた、彼女の心からの願い。



 あとがき


 はい、無性にシリアスなお話が書きたくなりました。
 高熱の原因を書いてませんが、その理由は過労と言う事でひとつお願いします(苦笑)。
 いや、本当に無理しそうだから…。
 ここまでお付き合い下さり、ありがとうございました♪