デンゼルの悩み



 デンゼルは悩んでいた。
 そう、クラウドにもティファにも、そしてマリンにさえも秘密にして。
 いや、むしろマリンには言わなければならないのだが…。

 何故、家族に内緒にしているかと言えば、理由は簡単だったが、内容は彼にとって重いものだった。

「はぁ…」
「どうしたの?」
 思わず溜め息をついたデンゼルに、マリンが不思議そうな顔をして真正面から覗き込んだ。
 マリンに全く気付いていなかった為、デンゼルは飛び上がって驚いた。そして、その反動でバランスを崩し、見事に頭から床へ突っ込んだ。

「い、一体いつからそこに…」
「ん〜と、デンゼルが『何で俺がそんな事〜』とか何とか言ってる時から」
 痛む頭をさすりさすり、手を差し出してくれたマリンに助けられつつ椅子に座りなおす。

「それで、何悩んでるの?」
「へ!?い、いや、別に…」
「…声が裏返ってるけど…」
「ほ、本当に何でもない!」
「…クラウドそっくりだね」
「え!?本当か!?」
「うん。隠し事下手なとこ」
「………」

 クラウドに似ている、と言われて一瞬嬉しそうな顔をしたデンゼルだが、次のマリンの言葉に、ウッと詰まると、額に汗を滲ませながらあらぬ方向へ視線を流した。
 そんなデンゼルを、少々冷ややかな眼差しで見つめながら、「まあ、良いけどね」と、実に面白くなさそうに呟いて、マリンはその場を去っていった。
 明らかに怒っている…。

 横目でその後姿を見やり、デンゼルは再び広い店内に一人きりの状態になってから、盛大なため息を吐いた。



 ティファは、クラウドの部屋の掃除をしていたが、看板娘が少々怒ったような顔をして子供部屋に入っていくのを目にし、その手を休めた。

『デンゼルと喧嘩でもしたのかしら?』そう言えば、さっき店内から物が落ちた様な鈍い音を聞いた気がする…。

 ティファは、そっと子供部屋を覗き込んだ。
 すると、マリンがベッドに腰を掛けているのが見えたが、その表情は……。

「マリン、どうしたの?」
「……別にどうもしないよ…」
「でも、どうもしないって顔じゃないんだけど…?」
「……私じゃなくて、デンゼルがおかしいんだから」
「デンゼルが?」
 マリンの言葉に、ティファは目を丸くした。
 マリンは、むすっとした顔のまま、ゴロンとベッドに転がり、ティファに背を向けてしまった。

 その看板娘の姿に、ティファは首を傾げながらも、どこか笑みを誘われるその仕草に、苦笑しつつおさげ頭をそっと撫でてから子供部屋を後にした。



 一方、デンゼルはと言うと、一人きりの店内で、本日何度目かの盛大な溜め息を吐いているところだった。

 その様子を、そっと扉の陰から見守っていたティファは、確かにマリンの言う通り、様子のおかしいデンゼルに首を捻った。


『確か、今朝は何ともなかったわよね…?』
 そうして、朝食時の様子を振り返る。
 ………うん。確かにいつもと変わりはなかった…。という結論に達する。

 と、いう事はそれ以降に何かがあったという事になるが…はて…?


 ティファは考え込みながら、途中で放り出していたクラウドの部屋の掃除をし始める。

『う〜ん、確か…朝ごはんの後は…、いつも通り外へ遊びに行ったのよね……?』
 考え事をしながらも、手はテキパキと机の上の埃を雑巾で拭き取ったり、床に掃除機をかけたり、休む事無く仕事をこなしていく。

『それで、昼食の支度が丁度終わった頃に…、あれ?どうだったっけ……?』
 その時の記憶が曖昧な事と、丁度掃除がひと段落着いた事から、ティファはクラウドの机に添えつけられている椅子に腰を下ろした。

『う〜んと、どうだったっけ?確か…、マリンが先に一人で帰って来たんだったかな〜?』

 少しの間、その時の情景を思い返すのに没頭する。
 そして…。

『うん、そうそう。マリンが一人で先に帰ってきたから、デンゼルはどうしたのか聞こうとして、でもその時丁度、卓上用のお醤油が切れてることに気付いたから、注ぎ足す事に意識がいっちゃったんだったわ。それで、お醤油を注ぎ足している間に、少し遅れてデンゼルが走って帰ってきたのよ』
 その時の記憶が鮮明になっていく。

 確かに、デンゼルは走って帰ってきた。
 でも、そんな事はいつもの事だし、先に帰ったマリンに追いつこうと走って帰って来たのだろう、そう思って特に気にもしなかったのだった…。

『う〜ん。じゃあ、外で遊んで帰るまでの間に何かあったって事になるわね〜』

 まあ、子供は子供なりに悩みもあるし、家族に対して秘密にしたい事が一つや二つはあるものだろう…、そう思うとティファは、少々気にしつつもデンゼルをそっとしておく事にした。
 きっと、何か大変な事が起きたのなら、自分やクラウドにそのうち相談してくれるだろう…そう判断したのだった。

 と、言うわけで、デンゼルは『母親代わり』の有難い見守りの元、一人でその『悩み』と向き合う事となった。
 その状況が、デンゼルにとって有難い事なのかは甚だ怪しい…。


 そんな状況になってしまった当のデンゼルは、テーブルに頬杖をついた姿勢で、本日何度目かの盛大な溜め息を吐いていた。
『いっその事、ティファかクラウドに…』
 そう考えては、頭をブンブン振って、『却下!』と自分に言い聞かせる。
 そう、『これ』は断じてクラウドやティファ、マリンには知られてはならないのだ!
 知られたが最後、一体どんな反応をされるやら、想像しただけでぞっとする。
 だが、『この悩み』は自分独りでどうこう出来る問題じゃない気もする…。
 いや、しかし、やはり家族に知られるのも…。

 先程から同じ事がグルグル頭の中を旋回している。
 どうにも妙案が浮かぶ気配がない。

 デンゼルは、イライラと頭をかき回すと、煮詰まった思考を冷ます為、新鮮な空気を吸いに外へ出る事にした。


 そして、その事をうんと後悔する事になったのは、外に出て僅か数十秒足らずの事であった。


「ゲッ!!」
「『ゲッ!!』とは何だよ、失礼な奴だな〜」

 目の前にいる人物に、思わず素直な口が素直な感情をこぼしてしまった。
 そんなデンゼルに、その人物は軽く眉をひそめたが、持ち前の明るさであっという間に普段のお茶目な表情を取り戻した。

「な、何でここに…?」
「何でって、決まってるじゃん!マリンちゃんに会いに!!」
「マ、マリンに会いに…!?」
「そ!お前、ちゃんと話してくれたんだろうな?」
「う……、い、いや、その……」
「え〜!?もしかしてまだなのか!?」
「わ、悪い…」
「あのな〜。ちゃんと約束守れよな!」
「わ、分かってるよ…!」

 二人が店の入り口前で、つまり家の玄関先で不毛な言い争いをしている声は、当然店の中にいるティファとマリンにも良く聞こえてきた。

 ティファは、洗濯物を取り込む手を休め、マリンは横になっていたベッドから起き上がり、それぞれ不思議そうな顔をして店の扉に向かう。
 二人は、店の扉の手前で合流する形になり、互いにキョトンとした顔を見合わせた。
 そして、店の中からそっと外の様子を窺ってみる。

 すると、そこにはデンゼルの友人の一人が何やらデンゼルに詰め寄っているのが見えた。

 その状況は『友人』が何かデンゼルと約束をして、デンゼルがいまだに約束を果たしていない事を詰っている…、そんな感じだった。
 そして、その印象はズバリ的中していたわけである。

「誰?」
「ああ、いつも一緒に遊んでる子の一人なんだけど…」
 そっと尋ねるてみると、少々顔をしかめながら答えたマリンの顔を見て、ティファは『?』と首を傾げた。
 マリンが目の前でデンゼルに詰め寄っている子の事を、あまり快く思っていないのが容易に想像出来たからだ。
 マリンは、人の悪口を一切口にしない。その為、マリンのその表情が逆に新鮮に感じられる。
 ティファは、マリンの意外な一面を見た気がして、妙にくすぐったい気持ちになった。

 …もちろん、そんな事は表情に出さず、グッと堪えたが…。


「だから、まだ何も言ってないんだよ…」
「お前、約束破るつもりかよ!?」
「そ、そんな事言ってないだろ!」
「じゃあ、何で一緒に住んでて今まで何にも言ってないんだよ!!」
「そ、それは、色々と、その、タイミングが…」
「何だよそれ!意味分かんねぇっつーの!!」
「はい、そこまでよ、二人共!!」

 苛立たしげに『友人』がデンゼルに掴みかかろうとした寸前、ティファがサッと二人の間に割って入った。
 ティファの登場に、『友人』はもちろんの事、デンゼルもびっくりして目をまん丸にする。

「ティ、ティファ!?」
「ゲッ!ティファさん!?」
「全く、二人共、玄関前で何を言い争ってるの!?」

 両手を腰に当てて呆れ顔のティファに、二人は何となく気まずそうに顔を見合わせる。
 そんな二人に、ティファは溜め息を一つこぼすと、扉のから半身を覗かせてじっと見つめているマリンに振り返った。
 マリンは、ティファと視線が合うと、硬い表情のまま無言で扉の陰から出てきた。そして、ますます驚く二人の前にティファと並んで立つ。

「デンゼルに何をさせようとしたの?」
「え…!?」
「また何か無茶な事言ったんでしょ」

『友人』は、マリンの言葉に目を泳がせていたが、気まずそうなデンゼルの視線に気付くと、噛み付かんばかりの表情で睨みつけた。
 そんな『友人』に、マリンとティファの視線は自然とデンゼルに集中する。
 デンゼルは、四方からの視線にますます居心地悪そうにしたが、やがて大きな溜め息を吐いてマリンを見た。どうやら観念したらしい…。

「あのさ…、さっき遊んだ時に『賭け』をしたんだ…」
「「賭け?」」
 デンゼルの思わぬ発言に、ティファとマリンは素っ頓狂な声を出した。『友人』は、ますます不機嫌にそっぽを向く。

「うん。駆けっこで勝ったら、何でも一つ命令出来るってルールで」
 言いにくそうに、チラチラとティファ、マリンを見ながら白状するデンゼルに、マリンはますますきつい表情をした。
 そして、そっぽを向いている『友人』を睨むように見ると
「そんなの、デンゼルが勝てるわけないじゃない。だって、友達の中で一番足が速いのこの子だって皆知ってるのに!」
と、非難を込めた口調で言い切った。

 ティファは、呆れ切って看板息子と『友人』を見た。
 二人共、これ以上はないくらい居心地悪そうにもじもじしている。
「どうしてそんな『賭け』をしたの?それに、そもそも、一体何を『命令』されたの?」

 ティファの至極ごもっともな質問に、デンゼルはガックリと肩を落としつつ、半ばやけくそになって口を開いた。
「だってさ、『クラウドとティファの子供なら、駆けっこくらい勝たなきゃおかしい』って言われたんだ。それで、ついカッとなって『じゃあ、やってやる!』って言っちゃったんだ。その後で、『勝った方が好きな事を一つ命令できる』ってルールが決められたんだけど、だからって一度やるっていったのに止めるなんて出来ないだろ?だから、そのまま勝負して……」
「負けたんでしょ!」
 不機嫌も露わに、ビシッとマリンに突っ込こまれ、デンゼルはシュンとなった。

 ティファはその様子を見て、苦笑しつつ、
「それで、一体『命令』は何だったの?」
と質問する。

『友人』は、そわそわと落ち着きなくティファとマリンから顔を背け、デンゼルは半ばびくびくしながら、マリンの顔を上目遣いで見やった。
 マリンは、そんな二人にムスッとした顔をすると、じっとデンゼルを見つめた。

 どうやら、『命令』に心当たりがあるらしい…。

 ティファはそんな三人の様子からそう判断するが、『さて、子供達の間での『命令』って何かしら?』と今では興味津々になっていた。

 デンゼルは、鋭い眼光のマリンにたじたじとなっていたが、ついに腹を括った。

「マリンを『アフタヌーンティーに誘う』こと。この前のジェイミーのバースデーパーティーで着たワンピースを着てもらって…」

「え!?」
 ティファは、デンゼルの答えに目を見開いた。
 そして、いよいよ機嫌の悪くなった看板娘を見やり、次いで、顔を真っ赤にさせて明後日の方向を見ている『友人』に視線を移す。


 アフタヌーンティー……。
 まだ小さな子供が、『午後の優雅な一時』を過ごしましょう…だなんて、普通誘う…!?
 ……しかも、『正装』してだなんて…!!

 ……ありえない……。

 ……最近の子供の考えが分からない…。


 ティファは、軽いカルチャーショック状態に陥りながらも、何とか己を保つ事に成功する。
「そ、それで、デンゼルはマリンにその事をまだ話してなかったのね?だから、友達が怒ってたってわけね」
 デンゼルはこっくりと頷いて、チラッと『友人』とマリンを見やった。
 二人が不機嫌であるのを見て、ますますシュンとなる。

 ティファは苦笑するしかなかった。

「そう。でも、それってマリンの意志をちゃんと尊重してないから、『賭け』としては無効ね」
 苦笑交じりでティファが二人にそう言うと、
「ううん、行くわ」
と、マリンがしっかりとした口調でそう言った。

 その場にいた全員が、驚いてマリンを見る。
 マリンは、まだ不機嫌な顔をしていたが、軽く溜め息を吐くと、
「だって、デンゼルは『賭け』で負けたんでしょう?これが『無効』になったら、また別の事を『命令』されちゃうわけでしょ?」
と、さらりと言ってのけた。

 この言葉に、『友人』はパーッと顔を輝かせ、デンゼルは何か言いたそうな顔をした。
 そんなデンゼルを無視して、マリンは『友人』に向き直り、
「私が行ったら、デンゼルとの『賭け』は『成立』した事にして良いよね」
と、念押しする。
『友人』は、今では喜色一色の面持ちで何度も頷いてみせる。そんな『友人』を、デンゼルは忌々しそうな目つきで見た。

「それじゃ、これから先、デンゼルに『賭け』を持ち掛けないって約束して。今日みたいに、デンゼルを使って私を誘うなんてやり方、絶対にしないでね」
 マリンの言葉に、『友人』はご機嫌で頷くと、勝ち誇ったような顔で、デンゼルを見た。

 ティファは、この光景に《デンゼル→マリン←『友人』》の構図を一瞬頭に浮かべたが、次のマリンの言葉でその構図が呆気なく崩れ去った。

「じゃ、デンゼルも着替えに行こう」
「「「え!?」」」

 マリンの言葉に、マリン以外の全員が目を瞠る。

 マリンは、皆の驚きを平然とした顔で受け止めつつ、
「だって、『私一人だけでないと駄目』だなんて言われてないもん。だから、デンゼルも一緒に行ってね!」

しれっとした口調から、ほんの僅かに『してやったり!』という気持ちが感じられたのは、恐らくティファの勘違いではないだろう…。

『友人』は、あっという間にガッカリした表情と僅かな苛立ちの顔をして俯き、デンゼルはデンゼルで、少々安心した顔をしつつも、どこか複雑な表情をした。それでも、マリンに促されて、素直に着替えに行ってしまった。
 ティファはそんな子供達それぞれの姿を眺めながら、『我が家の娘は最強ね…』としみじみ感じると共に、自分がマリンくらいの年ではどうだっただろう…、と我が身を振り返ってみたりした…。


 ほどなくして三人は『友人宅』へ向けて出発した。
 出発する際、見送りに出ていたティファに、「今日はいつも通り帰るからね」と満面の笑顔で看板娘が言い切ったのを、たいそう不満げに『友人』が見つめていた。デンゼルは、もう吹っ切れたのだろう、いつもと変わらない元気な様子で、「じゃあ、行ってきま〜す!」と笑顔で手を振った。

 そんな三人の後姿を、ティファは笑いを堪えながら手を振って見送った。
『クラウドが帰ってきたら、真っ先に教えてあげないと!!』

 踊りだしそうな心地でティファは、仕事に精を出しているであろう愛しい人の驚く顔を想像した。


 そんなティファの視線の遥か先では、『看板息子』を真ん中に、元気良く歩きながら、楽しそうに話をしている可愛い子供達と、どこか肩を落としてトボトボと歩いている『友人』の後姿があった。


あとがき

『マリンはモテる!』そう思った突発的な小説でした(笑)。
あんだけ可愛いんですよ!?これでモテなきゃ、何かが間違っていると思うのです!!
(間違えているのはマナフィッシュの思考…!? アハハ〜 )
きっと、この先もあの手この手で誘われてしまうのでしょうが、それをデンゼルがガードしてくれる、そんな二人だと嬉しいな〜(笑)。

でも、マリンが物凄く『したたか』な性格になってしまって…(ああ、すみません)。
お付き合い下さり、有難うございました!