いつもなら…。
 見逃せていたのに…。
 今日はどうしても無理だった…。



怒髪天を突く…!?




 常連客で賑わうセブンスヘブン。
 時間が遅くなると、酔っ払いが増えるのは必然で…。
 調子に乗る者が多くなるのも当然だ。
 そう…、別にいつもと変わらない。

 でも…。


「ティファちゃん、本当にいつ見ても綺麗だよねぇ!」
「美人は三日で飽きる…とか言うらしいけど、一日中見てても飽きる事なんて絶対無いね!」
「それは当然!だって、ティファちゃんは見かけも綺麗だけど内面も綺麗なだから!!」

 酔っ払いオヤジ達(中には若者もいるんだけど)のあからさまに下心満載な褒め言葉。
 端で聞いているとムカムカする以外の何ものでも無いのに、彼女はいつもと変わらない笑みで、
「もう!おだてても何も出まんよ」
 と、実に上手にあしらっている。

 流石、女だてらに店を切り盛りしているだけあって、その切り返しは見事だと思う。
 でもさ。
 少しくらい不快感を表しても良いんじゃないか?
 でないと、調子に乗った野郎共には分からないじゃないか。
 イヤ……所詮相手は酔っ払ってるんだから、何を言ったところで無駄かもしれないけど、それでもそれを傍で聞いてる俺が腹立つんだよ。


「いやいや、俺達本当の事を言ってるだけだから!」
「そうだよ。別に何にも見返りを期待して言ってるわけじゃないし〜!」


 ニヤニヤ笑いながら言っても説得力無いんだよ!!
 何だよその手つきは!
 さっきから隙あらば彼女の手を握ろうとしてるだろ!?
 おい、そこの中途半端はげ!!
 お前のいやらしい視線で彼女が穢れる、それ以上見るな!!

 全く……。
 いつもこうなんだ。
 子供達がまだ店を手伝っている時は、こいつらもそれなりに気を使ってるのか、ここまであからさまにセクハラ野郎じゃないんだけど、子供達が寝る時間になって店からいなくなった途端、その隠していた本性を剥き出しにするんだ。
 ったく…とんだ猫かぶり野郎共だ。
 イヤ、猫だなんて可愛すぎる。
 虎だな。
 イヤイヤ、虎もカッコ良過ぎるから、何だ?アレか?
 そう!!
 まさに子犬の毛皮を被った狼だ!!
 本当に……どいつもこいつも……。


「ティファちゃん、お勘定お願いね」
「はぁい!少々お待ち下さいネ」

 店の隅にあるテーブルの客が呼びつけた。
 そのお陰で、カウンターに陣取っているセクハラ野郎共から一時、彼女は逃れる事が出来たのだが、まぁ、それも勘定が終わってしまうまでの僅かな時間だよな。
 それに…。
 彼女の後姿まで、野郎共はジーッといやらしい目で眺め回してるんだ。

 やめろ!
 それ以上見るな!!
 純真な彼女が汚れるだろうが!!!!


 それにしても彼女も彼女だよ。
 こんな野郎共にまで笑顔を見せる事なんか無いんだ。
 だってそうだろう?
 彼女の笑顔を見るには、こいつらは相応しくないじゃないか。


 でも、彼女に以前、それとなくそういう事を言ったら、
『でも…。それでも相手はお客様でしょう?それに、お酒が入ったからああいう風になっちゃうけど、日頃は真面目に街の復興に頑張ってるんだから…。そういう頑張ってる人の憩いの場として、このお店を開いてるんだもの。ある程度は仕方ないわよ』
 って穏やかな笑みを浮かべてそう言った。


 でもさ…。
 俺が耐えられないんだ。
 その輝く笑顔は、あんな奴らには勿体無さ過ぎる!
 確かに、普段の彼らは街の……世界の復興の為に汗水たらして頑張ってる。
 それは認めるよ。
 でも、それは別に彼らだけじゃないじゃないか。
 この星で生きている大勢の人達が、それこそ必死になって頑張ってるだろう?
 だから、彼らだけ頑張ってる……そういう風に言って、甘い顔をする必要なんかどこにもないんじゃないのか?

 そう思ったのが顔に出たんだろう。
 彼女は困ったように笑って、
『まぁ…心配してくれるのはとっても嬉しいのよ?ごめんね、気を使わせて。でも、大丈夫だから』
 と言うと、俺のお気に入りのきつめの酒をコトリと置いてくれた。

 彼女のそういうさり気ない気配り。
 そして、甘やかな眼差し。
 漂わせている温もり…。

 それがどれ程、世の中の男達にとって魅力的か。
 彼女はもう少し自覚を持つべきだと思う。
 そりゃあ、彼女の腕っ節を考えたら余計な心配だと思うけど…。
 それでも彼女はやっぱり『女性』なんだから。
 もっと、『女性』としての自覚を持って欲しいんだ。
 彼女自身の存在が、男達の目には欲望を掻き立てる存在だって事を、もっと分かって欲しい。
 でないと、心配で仕方ない。

 エッジは復興途中にあるこの星の中でも、特にその復興振りはめざましい。
 でも、そういう街だからこそ、光の裏側にある闇の部分は本当に深くて恐ろしい。
 治安は良くなる傾向にあるんだろうけど、それでも犯罪は日々絶える事無く起こっている。
 しかも、その手口は悪質になってきているんだ。

 この前も、若い女性が拉致・監禁されて、半死半生の状態で保護をされた。
 しかも、彼女は監禁されている間、薬漬けにされていて、WROが保護した時にはかなりヤバイ状態になっていたという。
 今は、病院で療養中との事だが、元の生活に戻れる可能性は……低いって聞いた。

 そんな治安が悪く、かつ立ちの悪い犯罪の起こる街で、彼女が狙われる可能性がないなんてどこにもないんだ。
 勿論、この街に住む人間全てに当てはまることなんだけどさ…。
 でも彼女の場合は、その腕っ節の強さから真正面からぶつかってくる奴らはいないだろう…。
 そんな事しても返り討ちに合うのが目に見えてるんだし…。
 という事は、卑怯な手に出てくる輩が出てきても、それは当然じゃないだろうか…?

 子供達を人質にとるって手段もあるだろうけど、それよりももっと手っ取り早い方法が……。


「ティファちゃん、たまには俺と一緒に飲みに行かないか?セブンスヘブンの他にも酒の出る店はあるんだし、それに、他の店に行く事で新しい発見があるだろうしさ」
「お〜!それ良いね。その時は俺もご一緒させてよ!」
「バカ言うな!俺はティファちゃんと二人きりで行きたいんだよ!」
「お前こそ大馬鹿者だな。んな事させられるかよ!!抜け駆けは許さねぇぞ!!」


 お前ら……。
 よくも俺の目の前で……。


 そう。
 こうして、彼女を飲みに連れ出して…。
 いや、飲みに出なくても何でもいい。
 彼女と二人きりになる機会を設けて、彼女に飲み物か何かを差し出す。
 その差し出した飲み物や食べ物にはクスリが混入されていて……。
 そして……クスリの回って意識のなくなった彼女を……。
 って手段があるんだよ!
 実際、この手の犯罪もついこの前あったところだしな…。
 そういう『ヤバイクスリ』ってエッジの路地裏の奥深くに行けば、割と簡単に手に入るって噂だ。
 彼女がいくら格闘術の達人でも、そんなヤバイものが入った物を口に入れたら……。
 ひとたまりも無いんじゃないか…!?

 そんな危ない目に彼女を合わせられるわけにはいかない!!

 俺がその愚か者共に制裁を与えるべく腰を上げるよりも早く、彼女は茶目っ気たっぷりの笑みを浮かべた。

「フフ、ありがとう。でも、お気持ちだけ頂いておくわ。だって、私だけそんな美味しい思いするわけにはいかないじゃない。あ、でもクラウドと子供達も一緒で良いなら喜んで!」

 そう言った彼女は本当に輝いていた。
 それまで散々酔いにまかせて彼女を口説こうと……彼女の隙を窺おうとしていた男達は、一様にシュンと項垂れた。
「か〜っ!ほんっとうに妬けるねぇ!」
「本当に!」
「ティファちゃんは一途だからなぁ…」
「ま、そこがティファちゃんの良い所なんだけどさ」
「たまには羽目外そう!!とかないわけ?」
「あ〜あ、結局仲が良いのを見せつけられただけか〜!」
 等々、冷やかし半分、悔しさ半分の台詞を口々に言い合った。
 そんな哀れな男達に、彼女はうっすらと頬を染めながら、

「フフ、ごめんなさいね」

 そう言って微笑んだ。

 その笑顔は…。
 本当に今の生活が幸せなんだと思わせるもので…。
 とても彼女を綺麗に見せた…。


 こんなに素敵な笑顔を見せる彼女に、これ以上言い寄る輩がいるとは思えない。
 俺はそう思っていた。
 今までもそうだったし…。
 しかし……。
 今夜の客の中に、そうで無い奴がいたのだ。


「ティファちゃんさ。ハッキリ言ってそれってティファちゃんの事を本気で想ってる男には残酷だぜ!?」


 声を荒げたその男に、騒がしかった店内がシンとなる。
 カウンター席の端に座っていた体格の良い若い男が、酔いの為かヨロヨロとしながら立ち上がった。
 視線は、まっすぐ彼女に向けられている。
 息を飲む客達には目もくれず、男はおぼつかない足取りでカウンターの中にいる彼女へ一歩一歩近付いた。
 彼女は戸惑いながらも、その男から視線を外す事無く、真っ直ぐに姿勢を正して立っていた。

「ティファちゃん…。この店に集まる男達が、一体どんな思いで来てるか分かってんのか?」
 少々震える声を、歯の間から押し出すように言うその男に、彼女は何と言って良いのか分からないのだろう…。
 黙ったまま、男から視線を逸らさない。
「少なくとも俺は!!この店に来る理由はあんたに会いたいからだ!!」
 声を荒げてカウンターを拳で叩く。
 その場にいた客達が慌ててその場から飛び退ったお陰で、誰も被害を受けなかった。
 彼女はそれを見て、眉を顰めると、
「お客様…。少々飲み過ぎたようですね。今夜はもう、お帰り下さい」
 カウンターから出てきてまっすぐその若い男の前に立った。

 彼女と男の身長差は軽く20cmはあるだろう…。
 女性としては決して低く無い彼女の身長を遥かに上回るその男に、店内にいる客達が息を飲んだ。
 しかし、彼女は決して視線を逸らしたり…ましてや怯んだりしてはいない。
 どこまでも凛とした眼差しで男を見上げている。


 ここは、俺の出る幕じゃないだろう…。
 彼女の…。
 この店の店長としての立場故に、他の者がしゃしゃり出て良いものではない。
 そう俺は判断した。
 他の常連客と同じ様に、黙ってその行く末を見守ることにする。


「俺は飲み過ぎてもいないし、血迷ってもいない!いつか、ティファちゃんにハッキリ言おうと思っていた事だ!」
 明らかに酔っているであろうその男は、真っ直ぐに見つめ返してくる彼女ににじり寄った。
 あと少しで男の伸ばされた手が彼女の腕に触れる…。
 そんな事……到底許せない!!
 確かに、これは店長としての彼女の戦いだ。
 しかし、だからと言ってこのまま彼女に男の穢れた手が触れるなど……!!

 先程、この場を最後まで見守ると決めたばかりなのに、俺の心は激しく揺れ動いていた。
 そう……。
 怒りによって。

 しかし、またしても俺が行動するよりも早く彼女が口を開いた。
「私が家族を大切に想っているって、アナタも知っていたはずですよね?」
「ああ…勿論だ。ずっと、ティファちゃんだけを見てきたんだからな!」
「なら、アナタの気持ちにも……他の誰の気持ちにも応えられない事も分かってますよね?」

 しっかりと男の目を見てハッキリそう言い切った彼女に、男は顔を歪ませた。
 そして、力任せにカウンターを叩く。
「ああ!!分かってるさ!!!だがな……だからと言って諦められる様な軽い気持ちじゃねえんだよ!!」
 そう怒鳴り声を上げると、彼女を力任せに抱きしめようとした。
 その瞬間…。


「俺の女に手を出すな!!」


 堪らず俺は、彼女を庇おうと男と彼女の間に割って入った。
 顔と背中に激痛が走り、世界が暗転する。




「……ん?」
「あ…気がついたみたいね」
 目を開けると、そこには彼女の茶色の瞳が心配そうに俺を覗き込んでいた。
 身体を起こす時に背中に激痛が走った為、顔を歪める俺に、
「本当にごめんなさい」
 と、彼女が申し訳なさそうに頭を下げる。
「いや…それよりも……」
 グルリと見渡すと、俺が寝かされていたのは店内にあるソファーだった。
 そして、カウンターには気を失う前よりも少なくなった客達と……。
 そして………。


「ゲッ!!」


 カウンターの端…。
 いつもはチョコボのクリスタルガラスが『予約席』と書いたプレートを挟んで置かれているその席に……。
 金髪・紺碧の瞳をした……。
 この店の店長の恋人の姿……。


 彼は、彼女の声にゆっくりと俺を振り返ってカウンターのスツールから立ち上がった。
 その動作の一つ一つに、何とも言えない威圧感を感じる。
 他の客達も、その空気に気付いてる。
 ヒソヒソと俺と彼女、そしてクラウドさんの顔を見比べていた。


 すっかり固まっている俺の目の前まで来ると、クラウドさんはしゃがみこんで俺と視線を合わせた。
「ティファを庇ってくれたそうで…感謝する」

 信じられない感謝の言葉に、俺は拍子抜けした。
 ああ…絶対に今、俺は間抜けな顔をしている。
 彼女が俺とクラウドさんを見比べて微笑んでいた。

 体中に入りまくっていた力が、一気に抜けるのを感じる。

 しかし……。

「じゃあ、私、お仕事に戻るわね」
 そう彼女が立ち去った直後、クラウドさんが俺に顔を寄せて一言囁いた。


「ティファを『俺の女』って言ったって……本当か……?」


 一気に血の気が引く。
 絶対……確実に……完璧に………!!!
 怒らせてはいけない男を怒らせた!!
 ほら……見てみろよ!
 クラウドさんの髪!
 これぞ『怒髪天を突く』ってやつだ!!!
 え?
 その髪型は生まれつきだって??
 いやいや、何を言ってるんだ!!
 クラウドさんの完全に据わった目つき。
 背中から……イヤ……全身から発散されている怒りのオーラ!!

 もう…、クラウドさんの髪型が生まれつきであろうが何であろうがどうでも良いんだよ!
 そう、言葉の綾だ!!
 そんな事よりももっと重大なことがあるだろう!?



 俺がいかにしてこの場を死なずに済むかって問題がさ〜!!!



「……モウシワケアリマセンデシタ……」
「ティファは…アンタの女じゃない…だろ?」
「ハイ……ノミスギマシタ……」
「もう…帰るよな?」
「ハイ!!モチロンデス!!!」



 クラウドさんの魔晄の瞳に込められた殺気に、俺が敵うはず無いだろう!?

「ティファ、この人、帰るってさ。勘定してやって」
「あら…、良いのよ。だって、背中殴っちゃったの私だもの。今夜は奢らせて?」
 クラウドさんに呼びかけられた女店長は、心底すまなさそうな顔をして駆け寄って来た。
 本当なら、とても嬉しい状況なのに……!!

「イ、イエ!!メッソウモ、アリマセン!!!」

 早くこの場を離れたい!!
 この異様に完璧に整った顔をした彼女の恋人から、最低でも半径一キロメートル離れたい!!!


 俺は彼女の制止の声を振り切って、多目のギルをテーブルに置くと、転がるようにして店を飛び出した。

 はぁ……。
 酒の力って怖いよな…。
 普段、心の中で言うだけで済んでいた事まで、ペロッと出ちゃうんだから……。
 暫く店にも行けないし……禁酒しようかな……。


 すっかり冷え込んだ街を、一人トボトボと歩きながら、俺はいつの日かまた、セブンスヘブンに通えるだろうか……と、お先真っ暗な気持ちになっていたのだった…。




 あとがき

 はい。おバカなお話でした(笑)。
 途中まではクラウドが話しているのかなぁ…?と思って頂けたらこのお話は大成功なのですが……あんまり上手くいかなかったですね(苦笑)。
 最初は、クラウドにしようかとも思ったんですが、クラがいる時にティを口説く愚か者は流石にいないかなぁ…と思いまして、急遽第三者の登場です(爆)。

 ああ…それにしてもセブンスヘブンでのワンシーンを書くのって……ホント、楽しいわ♪
 ここまでお付き合い下さってありがとうございましたm(__)m