『すまない、予定が狂った。今日は帰れそうにないんだ』

 耳に当てた携帯から申し訳なさそうな声が鼓膜を打つ。
 ティファはそれに対し、
「仕方ないよ。大変だと思うけど頑張ってね?」
 明るい声でそう労った。
 携帯越しに少し緊張を緩めた気配が伝わってきたが、それでもまだ、なにか言い難そうに躊躇っている雰囲気がする。
 クラウドが言い難そうにしている内容を察したが、ティファはじっと待った。

『本当にごめん。今夜こっちに泊まったら、そのまま次の配達先に向かうことになるからまた1週間、帰れない…』

 予想通りの言葉にティファは薄っすら微笑んだ。

「そう、分かった。気をつけてね?」
『あぁ、本当にごめん』
「いいよ。お仕事だもん。頑張って」
『うん、それじゃ』

 そうして携帯は切れた。
 もしもクラウドがティファの顔を見ることが出来ていたら、決してこれだけの会話で携帯を切ることなどなかっただろう。
 だが、ティファの完璧な声音にクラウドはとうとう最後まで気づくことなくあっさりと携帯を切った。


 切れた携帯を握り締めたティファの顔には諦めきった微笑が浮かんでいた。






笑顔と真と








「「 え〜、また仕事になったの!? 」」

 心底ガッカリする子供たちにティファは眉尻を下げた。
 予想通りの反応に口元には苦笑が浮かぶ。

「仕方ないよ、お仕事だもん」
「仕事って、この前もその前も、その前の前も仕事だーって言って帰ってこなくて、久しぶりに帰れるはずだったじゃん!」

 唇を突き出して拗ねるデンゼルにティファは困ったような顔をしながらしゃがみ込んで視線を合わせた。
 ティファとてデンゼルやマリンと同じ気持ちだ。
 心の中には分厚く黒雲が垂れ込めている。
 しかし、それを子供たちの前で晒すわけには行かない。

「謝ってたよ、クラウド。だから、許してあげようよ、ね?」

 そう言って、子供たちを宥める。
 マリンは膨れっ面をしていたものの、デンゼルよりは聞き訳が良かった。
 恐らく、ティファと同じ『女の子』ということもあり、『ティファを困らせること < ティファを困らせないこと』という図式が自然と出来上がったのだろう。
 だが、クラウドに並々ならぬ憧れの情を抱いているデンゼルは違った。
 今回の帰宅を心から楽しみにしていた分、裏切られたとより強く感じてしまっているらしく、いつもなら『しょうがないよなぁ…』とすぐに機嫌を直してくれるというのに、いつまで経ってもムスッとしている。
 心なしか、若干目が潤んでもいるようだ…。
 ティファは若干焦りを感じた。
 デンゼルの小さな肩に手を置いて顔を覗き込む。

「デンゼル、絶対来週には帰ってきてくれるから」

 そう言って微笑みかけたものの、デンゼルはフイッ、と視線を逸らしてしまった。
 子供らしく、拗ねてしまっている。
 しかし、今までそんな年相応の姿を見せたことがなかったデンゼルに、ティファは戸惑った。
 焦りながらどう宥めて良いのか分からず一瞬言葉に詰まる。
 その間に、黙ってみていたマリンが我慢出来ずに、
「もう、デンゼル、しょうがないじゃない!帰れなくてガッカリしてるのはデンゼルよりもクラウドの方なんだから!」
 と、声を荒げた。
 途端、少年はキッ!とマリンを睨みつけると、
「分かってるよ、うるさいな!!」
 いつにない強い口調で反論をした。

 そうなると、もう止まらない。
 子供の口喧嘩にあっという間に発展してしまった。
 間に入って宥めるティファをよそに、2人の口喧嘩はヒートアップする。
 自分の声を聞いてくれない子供たちに、ティファは一瞬、フッ……と意識が遠くなった気がした。
 だが、それも本当に一瞬のことで、すぐに子供たちの激しい怒鳴り声に我に返る。


「は〜い、もうストーップ!!」


 2人の間に無理やり割って入り、両腕を突っ張って引き離す。
 ティファに力で敵うはずもない。
 まだまだ感情が落ち着かずにイライラしながらも2人は唇をギュッと引き結んで睨み合った。
 ティファは子供たちの視線に合わせて再びしゃがみ込むと、それぞれの顔を覗き込む。
 マリンは頬をパンパンに膨らませてはいたが、やはりデンゼルよりは冷静だった。
 ブゥーッ、と膨れながらもデンゼルを睨むことを止める。
 マリンの精一杯の努力を見て苦笑しつつ、ティファはデンゼルを見た。
 今回の子供たちの喧嘩の原因が『子供たち自身以外のこと』と言うことがとても申し訳なく思える…。

 ティファは「ごめんね、デンゼル…」と謝ると、ふとあることを思いついた。

「そうだ!今度、クラウドが帰ってきたら一緒に買い物に行こう。デンゼルが見たがってたスポーツ用品店、覗いてみようよ。きっとクラウド、今回のお詫びに何でも買ってくれるわよ?」
 ね?

 途端、デンゼルの拗ねた顔が変化した。
 噛み付かんばかりにティファを睨みつけると怒鳴りつけた。


「物なんかで釣るな!!!」


 ティファの笑顔が一瞬で掻き消える。
 マリンも膨れっ面が吹き飛んで、ただただビックリして目を丸くした。
 デンゼルはそんな2人に背を向けると足音も荒く、2階の子供部屋に駆け上がってしまった…。

 ティファはデンゼルを追いかけることも、声をかけることも出来ず、横っ面を張り倒されたような衝撃を受けて呆けていた。
 ショックを受けているティファにマリンはオロオロと2階を見たりティファへ視線を戻したりしていたが、
「ティファ、デンゼルも悪気があったんじゃないんだよ。ちょっと様子見てくるね?」
 そう言い残し、デンゼル同様、ティファを残して2階へ駆け上がっていってしまった…。

 店内にポツン…と残されたティファは、膝立ちの状態でショックのあまり暫く呆然としていたものの、やがてノロノロと立ち上がり、椅子の1つに腰掛けた。
 力なく座っていると、次第に自分がデンゼルに言ってしまったことや、デンゼルが自分へ吐き出した台詞がグルグルと頭を回り、何度も何度も耳に蘇ってくる…。


 パタリ。
 パタパタ…。

 力なくテーブルに置いていた手やテーブルに雫がこぼれる。
 ユラユラ揺れる視界に、惨めさが拍車をかけて止まらなくなった。
 嗚咽こそこみ上げては来なかったが、涙だけが次々頬を流れる。
 まるで壊れた蛇口のようだ。

 別に泣くほどのことではない。
 クラウドが帰るのを楽しみにしていたデンゼルに、ちょっと八つ当たりされただけ。
 それだけだ。
 それだけなのに、何故、こんなにも悲しいのか、苦しいのかティファは自分で自分が不思議だった。


 別に物で釣るつもりはなかった。


 あんまりにもガッカリして悔しそうなデンゼルが可哀相で、なんとか元気を出してもらいたかった。
 あのままだと、泣いてしまいそうに見えたから…。
 だけど、自分の一言が少年の自尊心を傷つけてしまった…。
 それがとても情けない。
 安直な言葉でデンゼルの機嫌が直ると思ってしまった浅はかな自分が情けない。
 きっとデンゼルは、自分に怒鳴りつけたことを後悔するだろう、ということもティファは分かっていた。
 だからこそ、情けなさにあいまって惨めさがこみ上げてくる。
 もう良い大人なのに、子供たちを守ることが出来ないでいる未熟な自分。
 マリンにも余計な心配や負担をかけてしまったこともまた、ティファを責め立てていた。

 まだまだ小さくて甘えたい盛りなのに、いつも失敗した自分をフォローさせてしまう…。

 ティファは心底、自分がイヤになった…。

 デンゼルが『久しぶりに帰れるはずだったのに!』と言ったのは大げさではない。
 かれこれ3週間、クラウドとは携帯だけのやり取りだった。
 次々舞い込んでくる仕事に加え、悪天候やモンスターの歓迎等々。
 クラウド1人の努力ではいかんともしがたい事態が発生し、結果、こんなにも長い間、彼の顔を見ない時間が家族の間に横たわることとなってしまった。

 勿論、ティファだって充分分かっている。
 クラウドが好き好んで3週間も家から離れて過ごしていることくらい。
 むしろ、ティファやデンゼル、マリン以上に帰宅出来ないことを悔しがっていることも…。

 だけど…。

 ピリリリリ。

 突然鳴った携帯電話に、ティファはビクッ!と顔を上げた。
 涙がパタラッ…と散る。
 ディスプレイを見ると、今、ティファや子供たちが辛い思いをしている元凶から…。
 条件反射で通話ボタンを押すと、
『もしもし、ティファ?』
 聞き慣れたテノールの声が耳に流れ込んできた。

 それだけで、新しい涙が溢れそうになる。
 おまけに、つい今までは出なかった嗚咽まで引き連れてきそうになって慌ててティファは深呼吸をした。

「はい、もしもし」

 鼻にかかった声が出てティファは焦った。
 だが、もうこればっかりはどうしようもない。
 携帯の向こうからいつもと様子の違うティファに気づいたクラウドが心配そうに問いかけてくる。
 それを、ティファは「ちょっと鼻風邪引いたみたい」と、誤魔化した。

『熱は?』
『無理するなよ?』
『なにかあったらすぐに電話をくれ』

 自分を心配してくれるクラウドの言葉に、ティファは嗚咽を堪えて唇を引き結んだ。

『なぁ…子供たちはどうしてる?』

 ドキッ。
 ティファは咄嗟に「あ、ごめんね。もう遊びに行っちゃった」とウソをついた。
『こんな朝早くからか?』と、クラウドは少し不審そうだったが、それ以上に突っ込んだりはせず、これから配達に回る、と告げると電話を切った。

 こんな泣き顔を子供たちに見せまいとして咄嗟にウソをついてしまい、クラウドと子供たちの双方に心の中で詫びながら、ティファは小さく嗚咽を洩らしつつカウンターへ入り、勢い良く蛇口をひねった。
 そしてそのまま何度も顔を洗う。

 全部流してしまいたかった。
 子供たちをしっかり守ってやることが出来ない情けない自分も。
 こんなにも小さく弱い自分も。

 だが、顔を洗っても胸の中のグチャグチャした思いは消えてくれない。
 そして、唐突にここ数日の間、胸にわだかまっていた1つの黒い思いが芽を吹いた。



 クラウドは…本当に『帰りたい』と思ってくれているの?



 クラウドの気持ちを疑ってはいけない。
 そう自分に言い聞かせてこの数日過ごしていた。
 だが、度重なる『トラブル』に徐々に弱い自分が強い自分を喰ってしまった。

 本当に帰りたいと思っているのなら、多少の仕事など後回しにしてでも帰ってきてくれるんじゃないの?

 それは、絶対に考えてはいけないこと。
 分かっている。
 良く分かっている。
 だから、必死になってその考えから己の意識を逸らして誤魔化してきたというのに、デンゼルに怒鳴りつけられてその思いに目をやってしまった…。
 そうしてもう1つの目を逸らしていた不安に直面する。



 クラウドにとって、私は必要な存在…?



 きっと、そう問いかけたらクラウドはギョッとして、呆れた顔になるだろう。
 そして、困ったように笑って、
『当たり前だろ?』
 そう言って照れながら抱きしめてくれるに違いない。

 ティファは…自分の抱えている不安がただの『被害妄想』に過ぎないとちゃんと分かっていた。
 だから、改めて聞いたことはないし、それらしい問いかけもしたことがない。
 だが、頭で分かっていることがそっくりそのまま心で受け止められているとは限らない。

 そのことにティファは気づけない。
 ゆえに……苦しい。

 だから…。


 *


「エアリス…私、やっぱりどうしてもダメなの…、上手くいかないんだ〜…」

 教会の泉のほとりに腰掛け、ぼんやり天井を見上げながら呟くと、壊れた天井からはこぼれんばかりに太陽の光が差し込んでいた。
 ミッドガルの中にある大切な大切な教会。
 奇跡の泉が湧き出した当初は大勢の人が訪れていたのだが、時が経った今、元の静けさを取り戻している。

 ボーっと天井を見上げ、泉に靴のまま足を浸しているとざわついていた心が少しずつ癒されていくような気がした。
 風がそよそよと頬を撫でる。
 ひりひり痛む目元や涙で突っ張ったようになっている頬がやんわりと包み込まれるようだ。

 どうしようもなく落ち込んで、気がついたら教会に来ていた。
 こうしてボーっと座り込んでいる自分の姿を冷静になってきた頭の片隅でちょっと想像してみる。
 …なんとも情けなさ過ぎて、哀れな女の姿が浮かんで、ティファは苦笑した。
 だがしかし、こういう時間も自分には必要だったのだ、とようやっと認められるようになってきた。

 別に1人で気を張っていたつもりはない。
 クラウドがいない間も、子供たちはちゃんと変わらず傍にいてくれたし、店の客たちも気さくで良い人たちばかりだ。
 愚痴や弱音を少しくらい吐いたとしても、親身になって聞いてくれる人たちばかり。
 それなのに、無意識に肩肘張っていたのは紛れもなく『弱い』自分。
 平気なフリをして強がっている弱い自分だ。
 強がる必要などこれっぽっちもないのに、何故だろう?弱い自分を晒すことに慣れていないので、ギリギリまで追い込まれないとこうして1人の時間を作って『逃げ出す=一息つく』ことすら出来ないのだから。

「エアリス……本当にダメだよねぇ、私。全然上手くいかないの…。これじゃあ、クラウドだって家出したくなっちゃうよね」

 ポロッとこぼれた独り言。
 あぁ、そっか、と1人納得する。

 根底に『これ』があったから、こんなにも辛いのだ。
 結局、クラウドがいつまた消えてしまうかもしれない、という恐怖があるから弱音を吐けないのだ。
 弱い自分、支えを必要としている自分を彼が知ったら、また『重荷』に思われるかもしれない。
 そうなったら、彼はまた出て行くだろう。
 今度はこんな近くの『教会』という避難場所ではなく、自分の知らないどこかに移り住んでしまうはず。
 過去の呵責を乗り越えたクラウドは本来の姿を取り戻し、生き生きと輝いているのだから女性が放っておくはずがない。
 きっと、自分よりもうんと素敵な、相応しい人が現れてしまう。

 ティファよりも美しく、聡明で明るい女性など山ほどいるのだから。
 だが、そんなことをグダグダ考えて落ち込んで、なにになるというのだろう?
 そんなことを気にしてウジウジと時間を潰すよりも、クラウドに相応しい女になる努力をした方がうんとうんと良いに決まっている。
 クラウドが引き寄せられずにはいられない女になれたら、それは自然とデンゼルやマリンを悲しませずに済む結果になるだろう。
 つまり、子供たちにとってももっともっと、頼りがいのある大人になれるということだ。

 子供たちも幸せ、自分も幸せ、クラウドも幸せになれるのだがら、一石二鳥どころか『一石三鳥』にも値するではないか。
 なら、こんなところでグズグズしていないで、今、立ち上がるべきだろう。

「あ〜……本当に最低」

 そう呟いたティファの声は、教会に来たときとは打って変わって明るく、さっぱりとしていた。
 久しぶりに泣けたお陰か、それとも気の置けない親友に弱音を思い切り吐けたお陰か…。
 心機一転、とはこのような清々しい気持ちのことかもしれない…など、思いながらティファが深呼吸を1つしたとき…。


「ティファ!!」


 ギョッとして振り返ると同時に、身体に何かがぶつかった衝撃を受けた。
 強く強くしがみついてくる身体からはじっとりと汗ばむ熱気と荒い息。


「ティファ、ごめん、俺、ティファのこと責めるつもりなんかなかったんだ!」


 だから、家出なんかしないで帰ってきて!と、涙でいっぱいの瞳で見上げてくるデンゼルに、ティファはただただ驚いた。
 ハッと視線を上げると、教会の入り口でマリンが泣く寸前の顔で立ち尽くしている。
 しがみつくデンゼルと立ち尽くすマリン、2人の姿にティファは自分が家出をしたと勘違いされたことを悟った。
 大切な家族が突然、何も言わないで出て行った辛い経験を持つ2人にとって、それがどれだけの恐怖だったのか想像に難くない。
 申し訳なさが怒涛のようにあふれ出る。

「ごめんね、デンゼル、マリン!」

 そう言って、思い切りデンゼルを抱きしめてマリンに向かって手を伸ばす。
 途端、泣くのを堪えていたマリンが顔をくしゃくしゃにしながら胸に飛び込んできた。
 そうして、一緒に思い切り泣いて…泣いて…。
 ひとしきり泣いた後…。

 明るく笑いながら教会を後にする家族の姿があった。

「私、家出するつもりなんか全然なかったのよ?」
「あ、そうなんだ…良かった〜…。私てっきり、今の状況に疲れてイヤになったのかと思っちゃった…」

 ティファと繋いだ手をギュッと握り締めながらマリンが心底ホッとしたように笑う。

「そうだよなぁ、ティファが家出するわけないよなぁ。でも、俺マジでビビッたよ。マリンが『ティファが泣いてる!デンゼルのせいだからね!!』って言ってきた時もビックリしすぎて心臓が口から飛び出すかと思ったけど」

 ティファのもう片方の手をつないでいたデンゼルも照れ臭そうにしつつホッとして笑う。
 ティファは申し訳ないと思いながらも、ここまで心配してくれて、必死になって探してきてくれたことが嬉しくてたまらない。
 こんなに可愛い子供たちにこんなにも必要とされている。
 幸せだと感じないはずもないし、だからこそ頑張らないでどうする?と思えるではないか。

「うん、ごめんね、心配かけて。ありがとう2人とも、探しに来てくれて本当に嬉しい」

 そう言ってニッコリ笑ったティファの笑顔は作り者ではない本物の笑顔。
 久しぶりに見る本心からの笑顔に子供たちも嬉しそうに笑った。
 その日、セブンスヘブンが臨時休業したことも、夕飯がいつもよりも豪勢だったことも言うまでもない。


 そして1週間後。


「た…ただいま…」

 ようやっと帰ってきたクラウドに、ティファはギョッと目を見開いた。
 髪は乱れ、頬や腕に無数の擦り傷、服はボロボロ。
 帰宅時間は午前2時。
 帰って来る予定時刻を6時間もオーバーしていた。
 何度も電話して、帰ってくる言葉は『問題ない』『ちょっとトラブッたが帰る、絶対に!』と、要領を得ないものばかり…。
『絶対に帰る』と言う言葉のみに縋り、何があったのか、とか、もしかしたらまた帰れないというのでは?という不安と戦った。
 子供たちは当然、遅くまで粘ったがとうとう睡魔に負けて23時に部屋に戻っているので独りで薄暗い店内で待っていた。
 だが、こんな姿で帰ってくるなど思いもしなかった…というか、信じられない。

「どうしたの、クラウド!?」

 今の今まで半分泣きそうだったことなど夜空の彼方にぶっ飛ばし、クラウドに駆け寄ると、そのまま思い切り抱きしめられた。
 あんまり強く抱きしめられるので体が仰け反る。

 常の様子とあまりにも違うことに、なにかあったのかと急速に不安が押し寄せた。
 そんなティファを思い切り言葉もなく抱きしめたまま、クラウドは背に回した腕を何度も確かめるように動かした。
 そうして…。

「……死ぬかと思った…」
「え!?」

 ボソッと呟かれたその言葉に心臓がギュッと縮こまる。
 そんなティファから少し身体を離して顔を覗き込むとクラウドはようやっと疲れきって虚ろだった目元を和らげた。
 そうして、また抱きしめる。


「ティファが足りなくて死ぬかと思った…」


 そのたった一言で、ティファはこの数週間、抱えていた暗い思いの全部が昇華していくのを感じた…。


 *


「どうしてボロボロだったの?」

 場所を変えて、今、ティファはベッドに横になっている。
 腹の上にはクラウド。
 腰にギュッと腕を回してウトウトとしている彼は、シャワーを浴びて汗と埃を落としてからずっと、ティファの腹に顔を押し付けるようにしてグッタリとしていた。
 まるで小さい子供が母親に甘えているようだ。

「飛ばして走ってたら泥濘(ぬかるみ)にはまり込んでスリップした…。転倒したところにモンスターに襲われた…」

 ぼそぼそっと答えるクラウドの声は、もう半分以上睡魔に負けている。
 その寝ぼけた声が可愛くて愛しくて、本当ならもう休ませてあげないと分かっているのにティファは声をかけずにはいられなかった。

「そんなに飛ばして帰ったら危ないじゃない。どこか適当な宿にでも泊まって明日の朝、帰ってきたら良かったのに…」

 本当は、何が何でも帰る!という一心で帰ってきてくれたことが泣くほど嬉しいくせに、これからのクラウドの身の安全を思ってわざとそんなことを言ってみる。
 すると、くぐもった寝ぼけた声に『拗ね』が混じった。

「冗談じゃない。これ以上たとえ1日でも帰れないなんて耐えられない。気が狂う…」

 そう言いながらより一層ティファの腹に頬を押し付けてくるからくすぐったくて仕方ない。
 軽く身を捩りながらくすくす笑うティファに、クラウドは深く息をついた。

「あ〜……やっと帰れた……」

 心の底から安らぎを得たと言わんばかりの言葉に、ティファは歓喜と悔恨の念がこみ上げる。
 歓喜は勿論、クラウドの気持ちが嬉しいから。
 悔恨の念は、自分がウジウジとくだらないことを考えて悩んでしまったから。
 クラウドを信じられずに1人で暴走したことが恥ずかしくて情けない…。

 薄っすら涙を浮かべたティファに、いよいよ眠りに入ろうとするクラウドの声が届いた。

「絶対に…1週間は仕事…休んでやる…」
「うん、沢山休んで、疲れを取って」

 泣き笑いの顔でそう答えると、クラウドの腕から徐々に力が抜けてきた。

「もう…これ以上、ハードな仕事は…しない…」
「うん、そうしてくれたら子供たちも喜ぶよ」
「…ティファは?」
「え…?」
「ティファは…嬉しくない?喜んでくれないのか…?」

 いつにないストレートな彼の言葉に心臓が飛び跳ねる。
 どうやらもう半分以上寝ぼけているらしい、こんな台詞、テレ屋でカッコつけのクラウドが言うはずがない。
 だからこそ、クラウドの本心を聞かせてもらってるようでティファは歓喜に震えた。

「…嬉しいよ。すごく…すごく嬉しい」

 噛み締めるように本音を口にする。
 腹の上でクラウドが小さく笑い声を洩らした。
 そうして、そのまま引き込まれるように眠りに落ちる。
 規則正しい寝息を立て始めたクラウドに、ティファはそっと目元を拭った。

「おやすみクラウド。良い夢を…」

 そっと力の抜けた腕を解くと、クラウドの顔の位置まで身体をずらし、その寝顔を覗き込んだ。
 あどけない顔をして眠る彼の寝顔に軽いキスを送って目を閉じる。

 久しぶりに悪夢を見ないで眠ることが許されたティファもまた、安らいだ微笑を浮かべていた。
 優しい夜が明けたらきっと、翌日は素敵なことが待っている。



 あとがき

 なんとなく、めっちゃネガティブティファを久しぶりに書きたくなりました。(← 久しぶりか?)
 甘えるクラウドも書きたかったんだ!!(笑)

 うん、これ以上は何も書くまい!
 だって、逃げ口上以外の何者でもないんだから〜(汗)

 お付き合い、感謝ですvv