私には才能がある。
 人望がある。
 そしてなにより、同性からは羨望と嫉妬、異性からはただただ賞賛されるべき天から与えられたこの素晴らしい容姿がある。

 だからこそ。

 こんな特別な私だからこそ、素晴らしい男性が伴侶として与えられるのは、当然というものでしょう?

 だから…。


 今宵こそ、彼を正当な場所に取り戻すのよ!!







選ばれし人(VS ???)








 この星で一番と言い切っても過言ではない『特別な女』であるこの私には相応しくないこの場所。
 この店の前に立つのは約2年ぶり。
 その間、ただ手をこまねいて過ごしたわけじゃないわ、当然よ!
 私の幸せを邪魔する女が只者ではないがゆえに、この2年、どれほどの努力をしてきたことか!

 料理、裁縫、スポーツ…。

 どれもこれも、この私には相応しくない『庶民のテクニック』に磨きをかけ、ようやっとあの魔性の女から彼を救出することが出来ると確信出来るようになったわ。

 思い返せば、本当に苦労の連続だった…。

 たかが卵一個をレンジにかけただけで爆発するし…。
 ちょっと手が濡れていただけなのに、油は飛んでくるし…。
 裁縫に至っては、白い布地が真っ赤になってしまうんですもの。
 まさに言葉通り、血の滲む努力をしたのよ!!

 でも、その努力の甲斐もあって、私は完璧に『庶民のテクニック』をマスターしたわ。


 ―『お嬢様、完璧でございます。このメイド長の私が太鼓判を押すのですから、どこにお嫁に行っても恥じは決してかきません』―


 メイド長がそう言って私を褒め称えたのはつい昨日のことよ。
 えぇ、そうよ。
『庶民のテクニック』と言えば『庶民出身者』から学ぶのが一番!
 そして、恵まれている私の周りには、その人材が豊富に溢れているわ。
 ふふ、この慧眼を持つ私ならではの努力よ!

 …。
 …噂によると、クラウド・ストライフは、あの忌々しいティファ・ロックハートと結婚したとか…。
 おまけに、双子の赤ん坊まで産まれたとか言うじゃない!?
 …。
 ……。
 ……お可哀想なクラウド様。
 私がぐずぐずしている間に、あの魔性の女を妻として迎えなくてはならなかったなんて!
 あまつさえ、子供まで!!
 でも、心配なさらないで。
 所詮、ジェノバ戦役の英雄とは言え、ティファ・ロックハートは(誰!?ティファ・ストライフだ…だなんて突っ込んだのは!私は認めないわ!あの女はロックハートよ、ストライフだなんて認めないわ!)ただの庶民。
 庶民の子供を2人…、いいえ、確か孤児が2人いたから4人ね。
 子供4人と大人1人くらいの慰謝料、この私が払って差し上げてよ。
 えぇ、生活に不自由するどころか、遊んで暮らせるだけのものを積んであげる。

 だから…。

 これまでのように、下手な小細工(← 手料理や裁縫、格闘術のことを言っている)なんか、『庶民のテクニック』をマスターした私には通用しなくてよ!!
 さぁ!
 いざ、尋常に勝負!!


 チリンチリン。


 頭上で2年前と全く変わらない間抜けで貧相なドアベルが私の来店を伝える。
 同時に、四つの顔がこちらを向いた。
 笑顔で私を出迎えて…。

「「「 !? 」」」「いらっしゃいませ」

 三つの顔が驚愕に固まり、一つだけが平然と常套文句を口にした。
 ふふん。
 その様子だと、私のことは覚えているようね。
 まぁ、こんなにも素晴らしいレディーを忘れられる人間なんか、いるはずないから当然なんだけど。
 …それにしても、髪の毛を外跳ねにしている小柄な女の子が一人、増えてるじゃない…。
 目の色は…。
 まぁ!
 クラウド様と同じ!!
 どういうこと!?
 も、もしかして、この女がクラウド様に産まれたっていう子供!?!?
 …、いえいえ、落ち着いて私!!
 いくらなんでも、英雄の子供だからって急成長するはずないじゃない。
 産まれてからまだ数ヶ月って話しですもの。
 絶対に違うわ。
 そう、落ち着くのよ、私!

「ティファ…?デンゼルもマリンも、どうしたんですか?」

 固まる私達を見て、その女は怪訝そうに眉を顰めた。
 ほら、御覧なさいな。
 自分の母親を名前で呼ぶ子供がどこにいるって言うの!(← いるかもしれません)
 ふふ。
 本当に私ったらおっちょこちょいなんだから。
 きっと、ようやく彼に会えるもんだから舞い上がってるのね。
 あぁ…。
 なんていじらしいのかしら、私!
 そんな『乙女チック』な私も素敵よ。

 なぁんて一人で浸ってると…。

「ティファ…?大丈夫ですか?」「シェルク!この女はティファとクラウドの敵だから入れちゃダメだ!」「シェルク、この女の人、ちょっとズレてる人なの…どうしよう…」

 などという不届きな言葉が耳に飛び込んで来たもんだから、一気に夢の世界から現実に舞い戻ったわよ!
 なんて言ったの今!?
 この世界一美しく、世界一才に溢れているこの私のことをー!

 …あら。
 なんだかおっきくなったのね。
 あんなにちっぽけな子供だったのに、身長が伸びてるじゃない。
 それに…。
 フワフワのクセのある前髪から射るように睨み付けるその瞳も…。
 …えぇ…悪くないわね。
 顔立ちもクラウド様には当然劣るけど、そこそこ見栄えがする顔だわ。
 うん…そうね。
 クラウド様が望んだら、小間使いとして傍においてあげてもいいわね。

「ティファはもうクラウドと結婚して子供までいること、知らないの!?」

 ムカッ!

 ツカツカと私の前にやって来た女の子の言葉に激しい苛立ちを感じる。

「そんなこと、この私が知らないとでも!?」

 ピシャリ!と、言葉で小生意気な孤児を叩く。
 まぁ、子供相手に本当に手を上げるわけにはいかないから、仕方なく言葉で我慢したわけだけどね。
 大体、子供が産まれたからって、そんなことがどうだって言うの?
 それこそ、クラウド様は『仕方なく』ティファ・ロックハートと式を挙げ、不本意ながら子供まで授かってしまったというだけの話。
 私とクラウド様にとって、取るに足りない話だわ。
 でも、目の前で私を敵意の眼差しで睨み上げる孤児達には、私の崇高なる考えがサーッパリ分からないみたいで、
「だったらもう来るなよ!」
「そうよ。クラウドはもうティファをお嫁さんにしてから一年も経つんだから!!」
 などなど、私にとっては全く意味のないことを叫びまくった。
 はぁ…これだから教養に欠ける人間はいやなのよ。
 まったく、キャンキャン吠えたらなんでも言うことがまかり通ると思っているところが、無学で無知な庶民の特徴よね。

「私にはよく分かりませんが、あなたはこの店には相応しくないようですね…」

 その声で、新顔が子供達の真後ろにいつの間にか来ていることにハッと気づいた。
 な、なによ、この子。
 全く動きが見えなかったんだけど!?
 なんとな〜く、イヤなオーラを醸し出してるわね。
 この私とは絶対にそりが合わない!って感じがぷんぷん臭うわ。
 それに、なんとも言えず、イライラするわ。
 腹が立つのよ、この子の態度!
 カウンターのところでまだ固まっているティファ・ロックハートの方が、まだ扱いやすい気がするわね。
 だって、何考えてるのかさっぱり分からないんですもの!
 無表情もここまできたらある意味凄いわ!!
 完璧に整った顔立ちで無表情なんかされて御覧なさい、動くマネキンそのものよ!
 …。
 でも、ここで弱気になってはダメよ。
 なんのためにこの2年間、苦渋の選択を甘んじて受けていたと思うの!?
 クラウド様を正当な場所に救い出すため!
 ただその一心で、屈辱の日々を送ったのよ!
 今までの私とは一味も二味も違うわ!

 無表情でクラウド様と同じ瞳で私を真っ直ぐ見る新顔に目を眇める。

「分からないなら口を出さないことね」
「いえ、そういうわけにはいきません」

 うぐっ。
 私の素晴らしい話術をいともあっさりと一蹴するとは。
 この女、中々やり手だわ。
 でも、これくらいで私を追い返せると思っていると大間違いよ。

「私が今夜ここに来たのは…」
「クラウド・ストライフを伴侶に迎えるため…ですね」
「そう!その通りよ!!よく分かってるじゃない、アナタ……って…え…?」

 突然割って入ったその言葉に気を良くしてふんぞり返ったものの。
 何故かその声は、私の後ろから聞こえてきて…。

 思わず振り向いた。
 と、同時に…。

「「 アイリ!? 」」「「 アイリ(お)姉ちゃん!? 」」

 驚きの声が四人分、私の鼓膜を直撃した。
 う、うるっさいわね!!
 なんて声を出すわけ!?
 苛立ちながらも、私の目は私の背後にいつの間にか現われたその女に釘付けになって離せなかった。
 いや、だって…。
 彼女の目もクラウド様と同じ瞳をしていたのよ!?
 いいえ…もっと…なにか違う。
 もっと深い……色?
 それに何より…。

 クラウド様と同じ瞳の色なんだけど、何かが違う…そんな色をしている…。
 何が違うのかしら…?

 首を傾げて思案する私を尻目に、孤児二人は満面の笑みでその女に飛びついた。

「いつ帰ってきたんだ!?」「アイリお姉ちゃん、ほんっとうに久しぶり!元気だった!?」
「たった今です。二人とも、元気そうで何よりですね」

 …。
 なんで今夜はこんなにクラウド様の瞳を持つ『動くマネキン』が集まってるわけ!?
 はっきり言って、不気味だわ。
 完璧な無表情は絵に描いた人物か、マネキンか…。
 ようするに生きているとは思えないのよ、この子達の存在が!

「アイリ、本当に久しぶりです」「アイリ、よく来てくれたわね!!嬉しいわ!!」

 孤児達に続き、無表情女とティファ・ロックハートもマネキン女に駆け寄った。
 …。
 あら、無表情女かと思ってたら、ほんのり笑ってる……。
 ティファ・ロックハートなんかは、もう顔をくしゃくしゃにして破顔して、マネキン女の両頬にキスをしている。
 孤児達はその間、ティファ・ロックハートが抱きしめられるようにそっと身体を引いて、嬉しそうに笑いながら見上げていた。
 でも…。
 対するマネキン女と言えば…。

「ご無沙汰しています。皆様お元気そうでなによりです」

 …。
 どこまで無表情!?
 なんか、ここには来たくなかった!!って感じまでするわ!
 来たくないなら来なければ良かったのに、なんて愛想のない。
 実に不愉快だわ。
 …。
 ……ハッ!
 そんなことはどうでも良いの。
 確かこのマネキン女、私が今夜ここに来た理由を言ってたような……言ってなかったような……。

「お〜い、ティファちゃん、その新顔の姉ちゃん二人の相手も良いけど、注文して良いか〜?」

 店の端から男の野太い声がティファ・ロックハートを呼んだ。
 マネキン女にすっかり夢中になっていたティファ・ロックハート達はハッ!と我に返ったらしい。

「「「「 すいません、すぐに! 」」」」

 言葉をユニゾンさせて惜しむようにマネキン女を振り返る。

「あの…」
「ティファ、私も久しぶりにティファの手料理が食べたくなりました。ですからこの人と同じテーブルで待っていますので、仕事に戻って下さい」

 グイッ。
 へ…?
 驚愕に見開かれた目が六つ。
 軽く眉を顰め、案じるように眇めた目が二つ。
 平然と私の腕を掴んで引き寄せた紺碧の瞳が二つ。

 突然のことに、ティファ・ロックハート達のビックリした間抜け顔を笑う余裕がなかった。
 いえいえ、どうしてこの気高く美しい私が、こんなマネキン女と一緒に庶民の…、しかも、魔性の女の手料理を食べないといけないの!?
 冗談じゃないわ!!
 お腹を壊したり、心臓発作が起きたり、脳梗塞になったらどうしてくれるの!?(← 一回の食事が原因で心臓発作や脳梗塞が起きることはありません。)

「さ、行きましょうか」

 驚いてあんぐりと口を開けているティファ・ロックハート達の返事を待たず、このマネキン女はさっさと空いているテーブルに私を引っ張って行った。
 な、なんて力なの!?
 もう全く歯が立たないんですけど!?
 あらゆるスポーツを習得したこの私が、ま〜ったく、全然、歯が立たないってどういうこと!?

「さ、座って下さい」

 グイッ、ドスン。

 気がついたら、向かい合うようにして二人がけのテーブルに私は座らされていた…。
 いやいや、なんで!?
 全く抵抗する間もなくあっさりと座らされてるわけ!?

 流石の私も脳内はパニック。
 目の前のマネキン女から目を離せない。
 その私とは対照的に、このマネキン女はさっさとメニューを広げて物色し始めた。
 その目の動きの早いこと!
 パパパパッ!と全てのメニューを見てしまうと、

 スッ。

 呆けてる私にメニューを突き出した。
 なんとなく抗いがたい力を感じてそれを受け取る。
 でも、とてもじゃないけどメニューを見る心境じゃないわ。
 冗談じゃない!
 なんで、こんなマネキン女と一緒に、魔性の女の手料理を食べないといけないの!?

 胸の中は苛立ちで満ちている。
 でも、もっともっと奥底の方では…。
 認めたくない感情がひしめき合っていた。

 その『認めたくない感情』を押し殺している私の耳には、先ほどからざわざわと不快な声が切れ切れだけど届いてくる。

「なぁ、あのゴージャスな姉ちゃん、何年か前にも来た事があったよな」
「あ〜!なるほど、どっかで見たことがあるなぁ…って思ってたんだよな」

「デンゼル、あの女性はどういう因果関係に?」
「クラウドのストーカー」
「あぁ…なるほど。では、やはり追い出すべきでは?」
「ん〜…でも、アイリ姉ちゃんが一緒に座ったってことは、なにか考えがあるんじゃないかな…?」
「確かに。あ、デンゼル、この料理をあちらのテーブルに」
「オッケー」

「はい、お待たせしました。カツカレー定食です」
「お〜、美味そう!いっただきまーす!」
「ふふ、召し上がれ」
「ティファ、新しい注文入ったよ」
「うん、分かった」

「なぁなぁ、あそこのテーブルの二人、なんかすごくねぇ?」
「本当だな。それに、あの金髪の女の人、どっかで…」
「女優とモデルの有名人よ!知らないの?すっごくセレブなんだから!雑誌にもバンバン掲載されてるのよ」
「へぇ。それでなんかオーラが一般人とは違うのか…。その金髪の女の人と同じテーブルの人もモデルかなにかか?」
「ん〜…見たことないわね。あの女性(ひと)のプライベートなお友達かしら…?」
「なんかそういう風には見えないけどなぁ…」

「ティファ、どうするの、あの女の人…」
「アイリなら大丈夫よ。それよりも、折角来てくれたんですもの、クラウドを呼んだ方が良いかしら?」

 ピクリ!
 最後に届いた会話に、意識が引っかかった。
 え?
 今、なんて言ったの!?
『クラウドを呼んだ方が良い』!?
 と言うことは、今夜、クラウド様は…。



「えぇ。クラウドさんは2階で子守をしています」



 突然、私の心の中を読んだかのように目の前の女が口を開いた。
 その内容にゾッとする。
 微かに2階へ向かって階段を駆け上がる軽い足音がしたけど、それが意味するところを考える余裕がない。

「あなたはクラウドさんを伴侶として迎えることを希望されているようですが、彼はもう妻子持ち。諦めた方が身のためです」

 淡々と語るその口調に、言葉には表せられない不気味なものを感じてしまう。
 同時に、言い知れぬ怒りがこみ上げてきた。
 不気味に思う感情と怒り。
 それが激しく胸の中でせめぎ合う。

「あなたに言われる筋合いはないわ…」

 情けないことに、搾り出した声は震えていて弱々しく、私としたことがみっともない台詞しか口には出来なかった。
 それを、マネキン女は相変わらずの無表情さで、何を考えているのかさーっぱり分からない目をして、私から一瞬も逸らさない。

「確かに、人が人を想う気持ちは抑えようとして抑えられるものではありません。ですが…」

 言葉を切って目を細める。
 その眼差しに背筋がゾーッとした。

「赤い髪を持つ男性の方がよほどあなたにはお似合いです」

 ………今……なんて……?

「あぁ、それとも茶色の髪の男性でも大丈夫でしょう。あなたとは意見が合いそうですね」

 ……なに……言って……?

「琥珀色の目をした男性は、要注意ですね。彼はあなたの財産を狙って求婚しているにすぎませんから。結婚されるなら、赤い髪の男性か、茶色の髪の男性がおススメです」

 な…な…な……!

「赤い髪の男性はあなたの容姿に惹かれ、茶色の髪の男性はあなたの『女王様』気質を気に入っておられるようです。結婚するなら、むしろ茶色の髪の男性が良いのでしょうが、彼は赤い髪の男性より資産が劣るので、今のきらびやかな生活を望むなら、赤い髪の男性が良いでしょう。ですが、心安らぐ結婚生活を求めるなら、茶色の髪の男性が良いですね」

 すらすらと語られるその内容に、どんどん冷や汗が流れ出す。
 なんで知ってるの!?
 この素晴らしい世界一の美女で資産もあって、女優として、モデルとして日夜脚光を浴びているこの私に求愛している男性のことを!

 私に関するスキャンダルは、マスコミには絶対に取り上げさせていない。
 そんなことをした出版社は、当然だけど社会から葬り去るわ。
 だから、このマネキン女が知るルートはどこにも存在しないのよ。
 それなのに…。

「クラウド・ストライフとティファ・ストライフとの間にある絆は、あなたが思っているそれとは段違いです。あなたには万に一つの可能性もありません。無駄に時間を費やすよりも、自分がどうしたら今後の人生を幸せに生きられるか、それを模索するほうに時間をかけた方がよほど『生きた時間』になるでしょう。それと…」

 紺碧の瞳がキラリ、と光った。
 どこか遠くからは、誰かが慌てて階段を駆け下りる音が聞こえてきた…。
 その人物が誰なのか、考えなくてもすぐ分かる。
 でも、とてもじゃないけどそれを喜んだり、振り向いて確認する気持ちにはなれない。

 目の前のマネキン女の次の言葉を、まるで死刑囚がその判決を待つかのような心地で待つこと以外、何も出来ない。



「クラウド・ストライフとティファ・ストライフは私にとっても、この星にとっても大恩ある方々。今後、彼らの心を乱すようなことがあれば、容赦しません。理(ことわり)に反することであろうが、なんであろうが…」


「あなたを生きたまま地獄の業火に投げ入れます」


 *


「お嬢様、お帰りなさいませ」
「お嬢様、お顔の色が優れませんが、いかがいたしました…?」
「お嬢様、さぁ、温かいお茶でも飲んで、その後、ゆっくりと湯浴みでもなされませ。お疲れがとれますわ」

 気がついたら私はセブンスヘブンが丸々入る広さの湯船で身体を温めていた。
 …じっくりと考える。
 あのマネキン女の目。
 あれは冗談を言っている目ではなかった…。

 間違いなく、私は負けた…。
 この私が…。


「お嬢様…?」

 背中を流す係りのメイドが、心配そうに声をかける。
 それを無視するように、私は二人の男性の名を口にした。
 明日、彼らを夕飯に招待するように…。


 ― 『…あんたか…。暫く来ないと思ってたのに…』 ―
 ― 『クラウドさん、もうこの女性(ひと)がここに来ることはありません』 ―
 ― 『アイリさん…?』 ―
 ― 『それよりも、ティファ。あなたはまだ安静にした方が良いでしょうに。また無理をして仕事をするだなんて…』 ―
 ― 『え…だって大丈夫だもの。シェルクもデンゼルもマリンもよく手伝ってくれるし』 ―
 ― 『『アイリ(お)姉ちゃん、もっと言ってやって!全然安静にしてくれないんだから!』』 ―
 ― 『私からもお願いします。ティファは無理をしすぎます』 ―
 ― 『シェルクの言うとおりだ。本当に頼むから、ゆっくりしてくれ。レッシュとエアルのためにも…』 ―
 ― 『クラウドさん。『俺のためにも』とは言わないんですか?』 ―
 ― 『『な!!』』 ―
 ― 『『『『 ひゅ〜ひゅ〜♪言うねぇ、姉ちゃん! 』』』』 ―
 ― 『『『まさにその通り(だな)(だね)(ですね)』』』 ―


 真っ赤になって照れながら微笑を交わすクラウド・ストライフとティファ・ストライフの姿を思い出す。
 瞼に焼きついた幸せそうな二人。
 照れながらもティファ・ストライフをそっと抱き寄せて、
『頼むから…もう今夜は店を閉めてくれ』
『……うん…』
 今にも口付けを交わすのでは!?と思われるほどの甘い雰囲気に、見ていてすっかり『当て馬』になった気分がしたわ。
 そんな二人を、誰もが祝福し、誰も……私を見なかった。


「私に相応しい人……ねぇ」


 一時期噂で流れた『ミコト様』の話を思い出す。
 まさかね。
 彼女が『ミコト様』なわけないわね。
 でも、ずばずばと言い当てた言葉達は凄かったわね。
 …。
 ……さ、仕方ないわ。
 あの『アイリ』とか言うマネキン女の言うとおり、赤い髪の殿方か茶色の髪の殿方。
 どちらがより私に相応しいかしら…?

 絶対に、クラウド夫婦に負けない最高の夫婦になってみせるわ!
 特別な女であるこの私が、平凡な夫婦だなんてとんでもない!
 世界中の女性が羨望してやまない理想の夫婦、華麗な夫婦になるために!



 いざ、尋常に勝負!



 あとがき

 とうとう『隠し』にまで進出した『選ばれし人シリーズ』ですが、これで完結です(笑)
 あまりクラティ要素はありませんでしたが、少しでも楽しんで頂けたら幸いです<(_ _)>