― このクソガキが!! ― 怒声と共に左頬に鈍痛が走ったのを…青年は今でも覚えている…。 Fairy tail of The World 〜 夢から現実へ シュリ編〜微かなまどろみの中、少年は『気配』を感じて目を閉じたまま様子を窺った。 相手が何をしようとしているのか…。 もしも、『強盗』の類なら寝たふりをしてさえいれば『命』まで奪われることはない。 しかし、相手が『快楽殺人鬼』なら話しは別だ。 相手の不意を突いて逃げなくては死んでしまう…。 ゴソゴソ……ガサガサ……ゴトリ…。 どうやら相手はただの『コソ泥』のようだ。 少年が寝ていると信じ、多少大きな物音を立てても平気だと思っているのだろう…。 少年は、相手が複数いることを正確に掴んでいた。 一人は入り口。 もう一人は『同居人』が目を醒まさないか見張っている。 残りの二人で、物色をしているのだ。 この狭苦しい雑居部屋を…。 ここはミッドガルのスラム街。 スラム街は恐ろしく広く、恐ろしく……治安が悪い。 子供一人では生きていけない。 少年は、物心付いた頃からこのゴミ溜めのような町にいた。 親はいない。 母親は生まれたばかりの少年をあっさり売った。 売った相手は……『売春宿』。 性別に頓着しないその『売春宿』は、子供であろうが、男であろうが、普通に『客』を取らせる。 生きていくためには自分達で食い扶持を稼ぐ。 それがこの町での唯一の法則。 「あったぞ…」 「けっ、しけてんなぁ…」 「しっ!ほら、ずらかるぜ…」 小声…というにはあまりにも相応しくないやり取り。 同室の子供達は少年と違い、泥のように眠っていた。 だから……殺されることはないだろう…。 少年はただただ、ひたすらこの『コソ泥』どもが早くこの場からいなくなってくれることを祈っていた。 自分の力では、まだまだ戦えない。 悔しいが……哀しいが……とてもとても、腹立たしいが…! それでも少年はグッと歯を食いしばって我慢する。 入り口の男が物色していた二人と合流し、子供を見張っていたもう一人が遅れて合流する。 そうして、四人がまさに雑居部屋から逃げ出そうとした時…。 「 !? 」 グイッと少年は口元を塞がれた状態で担ぎ上げられた。 驚愕の余り、目を見開く。 薄暗い月明かりがお粗末な天井から降り注ぎ、その月明かりで自分を卑猥な目で品定めしている男と目が合った。 男は唇を吊り上げ、残忍な笑みを浮かべた。 仲間達が呆れたような顔をしながらも、少年の顔を見て、「へぇ…」と感心したような声を漏らす。 話しは一瞬の内に決まった…。 「よし、こいつももらって行くか」 「 !? 」 抗う事など出来ない。 野太い腕はまるでびくともせず、口を塞がれた少年は呻き声すらもらせず、そのまま連れ去られて…。 殴る、蹴る、時に………犯す。 血と汗と埃。 鼻につく不快な臭い。 少年は決して泣かない。 それが、男達の弑逆心(しいぎゃくしん)を煽る。 嬉しそうに残忍な笑みを浮かべて…男達は少年を弄ぶ。 少年の目には何も映っていない。 それがまた、この少年の物憂げな儚さを美しく見せる。 男達は交代で少年の『番』をした。 その『番』が男達の歪んだ欲望を満たす時間。 少年を思って…。 星が泣く…。 だが、少年は『これで良い…』、と星に言う。 決まって…必ず、『何でもないんだ…これくらい…、『アイツ』の苦しみに比べたら……』そう言って…心の中で星に詫び…、今は亡き『先の世の母』に詫び…、今はどこにいるのかすら分からない『従兄弟』と『妹』に詫びる。 自分が今、身を置いているのは、少年を愛してくれている者達への冒涜でしかない。 それが分かっているのに、少年は逃げ出さない。 何故なら……!! 「おい…お前、もうそろそろ名前くらい教えても良いんじゃねぇの〜?」 実に満足そうな顔で、汚いボロを少年に放り投げながら、自分は下着のみを身につけてタバコをふかせる。 その男にチラリ…と視線を投げると、少年はまだ慣れない行為に悲鳴を上げる身体を無視して、無表情のままそのボロを身に纏う。 男は、ベッドの上でふざけたように口笛を吹いた。 「へぇ、やっぱ元がいいからボロを着てもどっかの王子様みたじゃねぇか」 けけけ…。 下卑た笑い声を上げ、男はタバコをベッド脇の灰皿にふかしていたタバコをねじり潰した。 「なぁ、おい。お前は将来、とんでもない『ベッピンさん』になるんだろうぜぇ?そりゃもう、変態がワンサカ寄ってくるような…なぁ…?」 言いながら、少年の顎を掴み、自分へ向ける。 そのまま、少年の顔に自分の醜い顔を近づけて……。 「そうだな、あんたみたいな変態が寄って来るんだろうな」 「 !? 」 この時、初めて口を利いた少年に、男の顔が驚きに歪む。 そして、ギリッと奥歯を鳴らすと、 「このクソガキ!ちょっと優しくしたら付け上がりやがって!!!」 強かに何度も少年の顔面を殴打する。 ― 兄上 ― ― シュリ ― 少年の目に映るのは、自分を激しく殴り続ける醜い男ではなく……。 「……ア…ファ………カ……フ」 ささやかに漏れたその言葉が、名を意味すると知るものは…誰もいない。 そのまま少年は気を失って…。 目が覚めた少年の傍らには、少年を激しく殴っていた男が冷たくなって横たわっていた。 更に、そのすぐ傍には…。 男の死体が三つ……。 「やっぱり…死んだんだな…」 ポツリと呟かれたその言葉を聞く者は誰もいない。 こうなることは…分かっていた。 少しだけ『読め』ば良い。 星の流れを…。 そうすれば、自ずと『最も可能性の高い未来』が見える。 今、こうして目の前の盗賊三人が、『仲間割れの果てに殺し』あったように…。 少ない分け前をくすねていたのだ。 ……三人とも。 それが露呈して、全員がキレた。 結果が…目の前に転がっている。 この星に生きるもの、全てが星の流れを汲んでいると知る者は、もうほとんどいない。 少年は、痛みで悲鳴を上げる身体を無視し、無表情な顔で足を引きずりながら汚い小屋の中を漁った。 そうして、一冊の文献を手にすると、転がっている三体の躯のうち、一体から靴を脱がせて自分の腰紐にぶら下げた。 この文献が少年を汚辱の環境に繋ぎとめていたもの。 「俺は……無知だからな…」 ポツリと呟いたその言葉は、妙に空虚なものとしてその場に転がった…。 この世界で生きていくには、身体も鍛えなくてはならないだろうが、まずは『知恵』を叩き込むことが一番必要だ。 そうして、遥か時の彼方に消え去った『先の世』を思い出す。 思えば、本当に何も知らないままだった…。 母や伯母も、恐らく知らなかっただろう。 『魔法』を使えない人間が、いかにして多くの『知識』を蓄えていたのか…を。 今、思い返せば伯母は、そんな所に惹かれて従兄弟を産むに至ったのかもしれない…。 もっとも、それだけが理由ではないだろうが…。 腰にぶら下げた靴が、ふくらはぎに当たって僅かに少年は顔を顰めた。 再び、今度は当たらないように結びなおす。 まだ齢(よわい)6歳に満たない少年にはとてもじゃないがその靴は大きすぎる。 しかし、売れば幾らかの金になるだろう…。 「まぁ…こんな『なり』じゃ、いくらで買ってくれるか分からないけどな…」 誰に言うともなく呟くと、少年はびっこを引きながら、まだ暗いスラム街へと姿を消した…。 そうして少年は生きていく。 少年が目にするのは、どいつもこいつも、己の利益ばかりを求める愚者ばかり……ではなかった。 中には清浄なオーラを纏う人もいた。 少年は…。 その女性に心を惹かれた。 淡く光る深緑の瞳は緑豊かな大地を思わせた。 頭部に戴く豊かな茶色い髪は、豊穣な土地を思わせた。 意志強いその瞳を遠目から見た瞬間、少年は一滴(ひとしずく)の涙を流した。 もう二度と目にすることはないと思った……母と伯母の瞳と同じだった……。 『どうか…彼女だけは……』 祈るような思いで女性を見つめた。 どうか、最後の『同胞』だけは幸せを掴んで欲しい…。 彼女の産みの母親が苦しみ、遂には果ててしまったその時。 まだたったの二歳でしかなかった。 そんな乳児に何が出来る!? 今ですら、少年は見守ることしか出来ないと言うのに!! 傍で守ることが出来たらどんなにいいだろう!? しかし、少年にはその選択肢は与えられていなかった。 こうして見守っていることすら誰にも知られてはいけなかった。 何故なら、少年はもう既に、『その道』の者の間では有名だったからだ。 一晩の快楽を求めてしつこく少年を追跡している変態達。 狂人の奴らは、彼女を見守っていると知ったら間違いなくエアリスを人質に取るだろう。 それだけは、なんとしても避けなくてはならなかった。 必死に身を隠し、時には強盗達をたぶらかして逆に金品を奪い、それを元に食いつないだ。 全ては、自分よりも先に生まれたはずの『家族』を見つけ出し、今度こそ『人として』人生を全うするため。 ヤバイ連中を相手にしていくうちに、少年はメキメキと『変装』と『戦う術』を身に付けていった。 元々、敵の動向を察知し、相手の考えを読むことに長けていた少年は、12歳になる頃にはスラム街でも充分一人で生きていくことが出来るようになっていた。 そうして、地べたを這いずるような生活を送りながら、星の声に耳を傾け、最愛の者達を探し続けた。 しかし、中々星からは有力な情報を得ることが出来なかった。 星にとって、たった二人の人間の居場所よりも、何億という人間の命に迫っている危機のほうがうんと大切だったからだ。 少年は……苛立った。 星に声をかけても、返ってくる答えはほとんどが全く関係のない情報だった。 ― ニブルヘイムで悲劇が起こる ― ― どうか……『かの者』を止めて… ― ― あぁ……死んでしまう…死んでしまう… ― ― 私達の子供達が…死んでしまう ― ― 星の守人よ、どうか… ― 『うるさい!!』 そのたび、少年は激昂した…。 そうして…。 深い後悔の念に囚われることになる……。 「セフィロスがとんでもないことをやらかしてるらしいぜ…」 その噂が肉声として耳に入ったのは、いよいよ星の悲鳴がうるさくなった頃だった…。 少年は16歳になっていた。 その男の名前は耳にタコが出来るほど聞いてよく知っている。 先ごろ、一際大きく星が泣いたからだ。 そうしてその悲鳴は、少年の網膜を刺激し、目の前には絶対にありえないはずの光景を鮮明に映し出させた。 二人の男が地面に倒れている。 一人は金の髪。 もう一人は漆黒の髪。 その漆黒の髪を持つ青年の顔を見た途端、シュリは現実世界で悲鳴を上げた。 ― 『ザックス』 ― 母と伯母、二人と同じ温かな深緑の瞳を持つ女性が笑いながら彼の名を口にする光景を何度も見てきた。 周りにいた、人相の悪い男達がギョッとしながら腰を浮かせる。 ビクビクと窺うように、まだ年端も行かない少年の顔色を窺っている。 だが、少年はその事に気付かない。 両目を中心に、両手で顔を押さえ、前かがみになって苦悶の悲鳴を上げ続ける…。 少年の脳裏にはまだ映像が消えずに動いていた。 金髪の青年が、大雨の中、泥水にまみれながら必死になってザックスの遺体に這って行く……。 そして、暗雲垂れ込める空に向かって………絶叫した。 そこで、少年の意識は途切れた……。 また…少しだけ時が流れた。 少年は、スラム街に住んでいた頃、世話になった老人の墓を訪れた。 つまらない闘争に巻き込まれた哀れな老人の成れの果てだった。 老人は、ただ『学問』に魅入られただけだったのに、その最後はあまりにもつまらないものだった。 唯一、老人が己を褒めることができるとするならば、偏屈な少年に自分の持っている知識を叩き込めたことだろうか…? そうであって欲しい…。 少年はそう祈るような気持ちで、目を閉じた…。 この街は、表は華やかなのに対し、裏はどこまでも腐っていた。 その腐った街で、少年は生き延びた。 そして、決心した。 母と伯母の瞳を持つ女性と共に星を巡ろう…と。 そうすれば、いつかは家族を見つけ出すことが出来るだろう。 彼女はもうすぐ、なにかの事件に巻き込まれる。 禍々しいオーラが、彼女をがんじがらめに取り巻いていたからだ。 その出立に先立って、たった一人の恩人の墓を参ってから…。 そう思ったのが…少年のミスだった。 突然、少年は『闇』の触手に襲われた。 最大限に気を配り、防御のために最善の術を施していたにも関わらず、その術の合間を縫って『闇』が攻撃を仕掛けてきたのだ。 墓場のような『陰の気』が溜まりやすい所だからこそ、『闇』が噴出しやすかったのかもしれない。 もしかしたら、過剰に防御し過ぎたのが『闇』をへんに刺激したのかもしれない。 どちらかはもう分からないが……少年は必死に戦った。 左腕が飛び千切れるほどの衝撃と激痛が走り、意識が飛びそうになる。 地面を転がりながら右手で左手を押さえる。 間髪要れず、迫る攻撃に向かって『気』を飛ばす。 眼力だけのその凄まじい『陽の気』は、触手をあるべき場所に推し戻すには少し足りなかった…。 だが、確実に距離を稼ぐことに成功する。 まさに命がけの戦い。 少年は勝利を手にしたが、その代償として全治半年の大怪我を負った…。 そして、病床のベッド、というにはあまりにお粗末な寝床で、高熱と逸る気持ちに苦しめられている間に…。 世界は生まれ変わった…。 少年が家族以外で守りたいと思った女性の命を飲み込んで…。 だが、それで終わりではないことはよく知っていた。 これからが、本当の戦いなのだ…。 少年は、己が犯してしまった取り返しのつかない失態を償うべく、一つの建物の門扉をくぐる。 周りには、自分と同じ意志を持ち、あるいは別の『野望』を抱いて、『その列』に並ぶ。 「キミは…えっと…?」 「シュリです」 「苗字は?」 「ストリートチャイルドに、苗字はありません」 「あ……そうだったのかい……。それで、入隊希望の理由なんだけど…」 「WROを発足したのが貴方だったから」 「え…私だったから?」 「はい。貴方なら、世界中の情報が集められるでしょう」 「いや、まぁ、それは……。いや、そんな理由で入隊を希望されても…」 「勿論、情報収集が俺の一番の入隊理由ですが、俺自身も情報収集は得意なので、そちらで入手しづらい情報は提供出来ます」 「……キミ…いくつだっけ…?」 「16歳です。あと三ヶ月で17歳になります」 「こちらで情報が入手困難な分野…って意味がキミには分かってるのか?」 「裏の情報」 「…………」 「それに、コンピューターも割りと得意ですし、一応自分の身を守る戦闘くらいは出来ます」 「………キミのその『欲しがっている情報』とは一体なんだい?」 「……『星の移ろいゆく正確な姿』」 「え…?何だって?」 「…この星の変わっていく姿を正確かつ迅速に知りたいんです」 「…………」 「それは理由としては不適切でしょうか?」 「…いや……しかし……」 「それから、危険な任務もやらせてもらいたいと思ってます」 「…どうして?」 「その方が、勘が鈍らなくて良いからです」 「……勘って……」 「何より、俺には家族や友人といった関係の人間がいませんから、俺がいなくなっても差し障りはありません」 「…………」 「勿論、俺には『目的』があるのでその『目的』を実現させるまで、絶対に死ぬつもりはありません。ですから、命を無駄にするかもしれないという懸念は無用です」 「……キミの言いたいことは分かったが……。キミのその『目的』とは何か聞いても良いかい?」 「…それはお応えいたしかねます」 「……そうか…」 「それで、入隊許可は頂けますか?」 目の前で困ったように八の字に眉を寄せる男を、シュリは黙って見つめていた。 そうして、シュリは出会う。 『英雄』という重い枷を背に負う人達と。 そして、知る。 自分が探して止まなかった『家族』が生きていることを。 たった一人の妹が、実は『闇の皇帝』という烙印を押されていたことを…。 暗黒の世界をたった一人で二千年以上も存在していたという事を…。 誰かが、優しく前髪を撫でている感触がする。 あまり良いとは言い難い夢の世界から、シュリはゆるゆると『現実の世界』へ戻って来た。 「……本当に…眠ってると年相応なのに……」 どうやら『彼女』は自分が目を醒ましている事に気付いてはいないらしい。 声音には、青年がこれまで聞いたこともない様な慈愛の念が込められている。 シュリは、このまま眠った振りを続けようかどうしようか、少しだけ考えた。 しかし、もうそろそろ起きなくてはならない時間になってしまう。 ほら。 もうすぐ…。 ピピピピ…ピピピピ…ピピピピ。 ビクッ!! 可哀想なくらい、上司が驚いた気配がする。 シュリは仕方なく、さも『今目が覚めた』と言わんばかりの態度を装って目を開け、軽く伸びをして見せた。 「…おはようございます、中尉殿。こんなところで何をしているんです?」 「え!?あ、あぁぁああの……いや、な、なんでもないわ!!」 青年は思う。 つくづく…この目の前の女性は不思議だ…と。 最初、彼女は自分の事を敵視していたはずだ。 それなのに、今はこうして自分に好意を抱いていくれている。 勿論、喜ばしいことなのだろう。 だが…。 彼女には申し訳ないが、彼女の気持ちと同じ様な感情を彼女には抱いていない。 今は…まだ……。 そう言ったら、目の前の女性はどういう顔をするだろう? 悲しむだろうか? それとも怒るだろうか? ― まだまだ、勝負はこれからよ! ― きっと、そう言うだろう…。 その姿を想像し、シュリは思わず顔を綻ばせた。 微笑んだシュリに、ラナが首や耳の端までも真っ赤になる。 「も、もう!!悪かったわね!少しドアが開いてたから入っただけよ!それに、資料室を休憩室にして寝るだなんて、たるんでるわ!!」 「はいはい、申し訳ありませんでした」 「『はい』は一回!!」 キーッ!!と、真っ赤になって照れているのか、怒っているのか分からない彼女に、シュリはいたって真面目に敬礼をして「はい、中尉殿」と言い直した。 途端、彼女はハッ…、と傷ついたような顔をする。 そんな彼女の心の動きに…青年は戸惑う。 人の心を読むのは得意なのに、『女性』の心を読むのはイマイチ苦手だ。 そして、目の前の彼女はもっと苦手だ。 『シュリ、本当に真面目に考えてみてよ、ね?』 『兄上。私に残酷にも生き残るよう言ったのですから、兄上もそれくらいの努力はして下さい』 従兄弟と妹の声が残っている。 シュリは苦笑した。 「悪かった」 「 !? 」 ポンポン、と小さい子供にしてやるように頭を軽く叩く。 途端、傷ついたような表情が一変、またもや真っ赤になる。 「じょ、上官に対して〜!!」 「そのもっと上の上官に呼ばれてる時間だから、もう行く」 「シュ、シュリ!」 「その用事が終ったら、ゆっくり付き合うからちょっと待て」 「あのね、今は私があなたの」 「上司、だろ?でも、もしかしたら、今夜には俺はあなたと同じ官位を持っているかもな」 「 あ…… 」 思い当たることがあるのか、ラナはそのまま黙り込んだ。 たいそう複雑な顔をしている。 それに気付かない振りをして、シュリは資料室を出た。 「今夜、クラウドさんのところでお祝いがあるだろ?俺もそれに呼ばれてるから、後で一緒に行こう」 パッと彼女の顔が喜びに輝く。 シュリは内心で苦笑した。 本当に…この女性の心は難しい。 だが…。 それが決して心地悪いと思わない自分もいる。 無事に出産し、セブンスヘブンに戻って来た双子の赤ん坊と若い両親。 その家族と、家族の友人達が今夜、セブンスヘブンに呼ばれている。 身内だけで、ささやかにお祝いをするのだそうだ。 「ま、『ささやか』じゃあ済まないだろうけど」 一人ごちながらエレベーターの前に立つ。 「名前……か…」 金髪の青年が恥ずかしそうに、それでいて心から嬉しそうに笑いながら、自分に『名付け親』になって欲しい、と頼んだときの事を思い出すと、一人でに笑みが浮かぶ。 「最高の名前をつけてやらないとな」 闇から光へ数多の魂を介抱させた勇者の血を引く希望の赤ん坊だ。 そんじょそこらの名前ではなく、幸福で、光に溢れた名前をつけてやらなくては…。 シュリは一人、微笑みながら、WRO最高司令官の待つ部屋のある階を押した。 「さて、アイツらはいつになったら顔を見せに来るのやら…」 その呟きを、エレベーターの外に残しながら……。 |