*クラティは全くと言っていいほど登場しません。
オリキャラメインですので、苦手な方は回れ右をお願いします。
苦情は一切受け付けません。
― あなたの名前は、『星の戒め』と言う意味なのよ ― 『先の世の母』である女性の声を、青年は星空を見上げながら思い出していた…。 Fairy tail of The World 〜 夢から現実へ 〜 プライアデス編その女性で一番印象に残っているのは、いつでも最後は笑いながら涙を一杯に浮かべる…深緑の目。 慈愛に満ちたその瞳が、僅かな時間でいつも一変する。 最初は待ちわびた瞬間を迎えられた喜びで一杯なのに、あっという間に『面会時間』が終り、離れる時間が来る。 その僅かな時間で、彼女はいつも『喜び』から『悲しみ』と『深い贖罪』の瞳で自分を見る。 ― いつか、必ず出してあげるから! ― それがいつもの別れの台詞。 少年は、その言葉を言わせてしまう自分が嫌いだった。 心底、大嫌いだった。 母親を苦しめている『自分』が大嫌いで、大嫌いで…! こんな、弱い自分は消えてしまえ!! そう…、いつしか無意識に『自分で自分に』呪いをかけていた…。 母親とは似ても似つかない『漆黒の髪』と『漆黒の瞳』は、同族とされる一族の誰一人として持っていないものだ、というこをは、『看守』でもある『世話番』から聞かされていた。 彼らは…、あるいは彼女らは、少年に嫌悪感を隠しもしないで、まるで汚らわしいケダモノを見るような目で少年を見た。 その母親に対しても…。 母親が、一族の中では尊敬を集める素晴らしい人であったことも散々聞かされていた。 いかに美しく、いかに憧れの対象であったのか。 それが、幾度目かの『遠征』の後、『外の人間』と通じて身ごもった…。 彼女は『不逞の輩』という烙印を押された。 ― 『本当はね、あんたなんか産まない方があの方のためだったの。それなのに…』 ― 中年の女が吐き捨てるように自分に向けて罵詈雑言を浴びせる。 その言葉の中から、少年は自分を殺そうとする周囲の反対を押し切り、母が産んだのだと知った。 正直。 何故、殺してくれなかったのか…?と思わないでもない。 惨めで…。 辛く、苦しい生活を強いられる今の現状を、その当時の母が予想しなかったとは考えられない。 何故、産んだ? 堕胎してくれたら良かったのだ。 そうしたら、こんなにも苦しい思いを味わわずに済んだというのに…。 だが…。 それらの不満、恨み言のような言葉は、いつも彼女の顔を見ると消し飛んだ。 僅かしか許されていない自分との面会の時間を、こんなにも心待ちにし、こんなにも喜んでくれている母に向かって、恨み言など言えようはずもなかった…。 それに、少年は決して一人ではなかった。 ― 大丈夫 ― ― キミは、望まれて産まれて来たんだよ ― ― 私達の可愛い、可愛い子供 ― ― どうか、強く育って ― ― きっといつか、キミは沢山の人に愛されるから ― ― 愛されるために産まれてきたんだから ― 絶えず囁き続けてくれる星の声。 そのお蔭で、少年の心は『闇』に堕ちることなく清いまま保たれた…。 最期の『その時』を迎えた『後』も…。 少年の人生は実に短く、その短い人生において輝かしい時はなかった。 と、何も知らない第三者が彼の人生を見たら言うだろう。 しかし、少年は幸福だった。 こんなにも自分を忌み嫌っている己には、勿体無いくらい素晴らしい従兄妹がいた。 そして、最期の最後まで自分を想い続け、星に還った…優しく、強い母。 その妹の…叔母。 かの人達だけで自分の人生は幸せだったと言いきれる。 それなのに…。 「忘れてたんだからなぁ…」 つい、声に出してそう呟く。 自責の念が込上げてくるのを抑えられない。 いくら、『呪い』をかけられていたからと言って、何モノにも変えがたい素晴らしい人達との記憶を綺麗さっぱり忘れ、暢気に普通の人間として20年も生きてきたのが信じられない。 勿論、シュリとアルファはそのまま記憶を取り戻さないで人生を全うして欲しかったはずだ。 だが、それでは意味がない。 いや、意味がないことはないが、それでも『プライアデス・バルト』としての人生が終わり、星に還ったその瞬間、過去の記憶は鮮やかに蘇えり、耐え難い苦痛をもたらしただろう…。 せめて、こうして途中からでも記憶が戻ったのは幸福だったと思わねばならない。 だけど…。 「ライ…」 隣ですっかり眠っていたと思っていた愛しい人が、いつの間にか目を開けて真っ直ぐ自分を見ているのが暗闇でも分かる。 吸い込まれそうなそのアイスブルーの瞳に写るのは自分だけ。 それが…こんなにも嬉しい。 「あなたが自分を責めるのを見るのは辛い」 「ん…」 そっと目を閉じて愛しい人の頭に額を押し付ける。 草や木々、土の匂いよりも強く、彼女の香りが鼻腔を甘くくすぐる。 アルファ、いや、アイリはそのままプライアデスの肩口に頬を軽く乗せた。 「あなたが前世の記憶を取り戻さないように『闇から守る』という言い訳をしながら術を施していたのは他ならぬ私と兄上。私と兄上のエゴです。だから、責めるならどうか私と兄上を」 「バカだな。責められるわけないだろう?」 クスクス。 軽く笑いながら彼女の華奢な身体を抱きしめる。 本当は知っている。 彼女は『死にたがっていた』。 心の底から、死ぬその日を渇望していた。 死んで『地獄』に堕ちるその日を待ち望んでいた。 自分の望みの為に多くの人達を見殺しにし、最後の方では駒として利用した。 人の心の弱みに付け込んで…。 人は弱い。 それはもう何千年も前から分かりきっていることだ。 だから、人は支えあうし、争い、恐れるのだ。 その心の闇を突き、自分の手駒として利用したことを、彼女は決して忘れない。 自分の犯した罪を…許さない。 贖罪のしようなど『死』を迎え、地獄に堕ちる以外にはないと固く信じている。 そう…今も…。 その彼女が生きる道を選んだのは、一重にプライアデスという青年と、シュリという兄のわがままゆえ。 彼女が死んだら自分達も生きてはいられない。 いや、たとえ生きていったとしても、幸福な人生は歩めない。 そう……ほのめかしたのだ。 これ以上はない脅し文句。 彼女がその脅し文句に屈しないはずなどなく、現にこうして自分の腕の中にいる。 我ながら卑怯だと思わずにはいられない。 自分がもしも彼女の立場だとしたら、生きる道を強制されたとしても立ち止まれたかどうか分からない。 おまけに、こうして愛している人と過ごし、『幸せ』と称される環境に身を置くなど持っての外だ。 だけど…。 ― アイリ、もう大丈夫だな ― ― 兄上… ― ― 幸せになれ。カーフも言ったが、俺達の罪は死ぬことで償えるほど軽くはない。精一杯、全身全霊かけて幸せになれ。それがお前の犯した大罪に対する唯一の贖罪だ ― ― …… ― ― そんな顔するな。大体、お前が不幸のうちに死んだからといって、誰が喜ぶ?お前を忌み嫌い、憎む者達が喜ぶだけだ。お前を愛している人は誰も喜ばない ― ― …… ― ― だから、精一杯幸せになれ。先の世の分までお前は幸せにならなければならない義務がある ― ― …なら、兄上も… ― ― ん? ― ― 兄上も過去に縛られずに現在(いま)を生きて下さい ― ― アイリ… ― 兄妹はしっかりと固く抱き合って暫しの別れを惜しんだ。 ― カーフ、いや…ライ。アイリを頼む ― ― うん ― それだけ。 漆黒の瞳が紫紺の瞳と重なり、二人は固く抱きしめあった。 暫しの別れ…。 アイリは自分が駒として利用した最大限の切り札でもあった『彼ら』に会うだけの準備がまだ整っていない。 クラウド達が、自分達のことを心配しているのは痛いほどよく分かっていた。 だから、シュリが一足先に彼らの元に戻ることとなった。 しかし、それだけではなく彼らの元に戻るのはもう一つ、別の目的もあった…。 彼らの傍にいなくてはならない。 そして、その理由を決して知られてはならない。 シュリとアイリ、そしてプライアデスは誓った。 決して明かさないと。 彼らを今も『闇』から守っているということを。 固く抱きしめるシュリの温もりを感じているうちに、プライアデスはシュリの気遣いに気がついた。 アイリと二人きりの時間を与えてくれているのだろう…。 変な所で気の回る大切な『従兄弟』を、プライアデスはしっかりと抱きしめた。 自分に回された細いくせに逞しい腕が、力づけるように背を叩く。 ― それじゃあな ― クルリ…と背を向け、荒野に一人消えようとしているシュリを、アイリと手を繋いで見送る。 プライアデスは言おうか言うまいか迷ったが…。 ― シュリ! ― ゆっくりと振り返った従兄弟の顔は穏やかで、心に染みる。 ― シュリ、ラナのこと、考えてみて! ― 少しだけ驚いたように青年の目が見開かれる。 ― シュリ、本当に真面目に考えてみてよ、ね? ― 願いを込めるようにもう一度言う。 大切な従兄弟に、同じく大切な『従姉妹』の想いを真正面からちゃんと向き合ってもらえるように。 ― 兄上。私に残酷にも生き残るよう言ったのですから、兄上もそれくらいの努力はして下さい ― 思いがけないアイリの加勢。 驚いて彼女を見る。 彼女の瞳はどこまでも真っ直ぐで、澄んだその眼差しはたった一人の兄を見つめていた。 シュリは少しだけ困ったように眉尻を下げたが…。 ― 考えとく ― 一言だけを言い残し、背を向けて今度こそ本当に去った…。 「あれから暫く経つんだね…」 「…心配?」 「いや。シュリはちゃんとラナの想いと向き合ってくれるから心配じゃない。でも…」 「…そちらも大丈夫。星が力の限り守ってる」 「はは、そうだね…」 すべてを言葉にしなくても通じ合える。 それがとても幸福だと思う。 今、プライアデスとアイリが気にかけているのは、『ティファ・ストライフ』のお腹に宿っている新しい命の事だ。 彼らには誰よりも幸せになって欲しい。 そう、心から思っている。 だから、彼女が未だに『闇』に狙われていることは絶対に知られてはいけない。 あの日。 闇から哀れな魂達がクラウド・ストライフとティファ・ロックハートの強い絆によってもたらされた『一条の光』により解放されたあの日。 闇は確実に弱体化した。 そう、弱体化したのだ。 ただ弱体化しただけで『消滅』したわけではないのだ。 そして、その弱体化した『闇』は、統率を失い、アルファが女帝として君臨していた頃のような勢いは影も無い。 だがしかし、微かに残っている小さな『闇の塊』は、弱体化させる一番の原因となったクラウド、ティファの二人を特に憎み、呪っている。 その呪いが彼らに届くまでに星が彼らをあらゆることから擁護していた。 しかし、時にはその擁護も綻びが出来ることがある。 なにしろ、二人だけではないのだ、この星に生きている命は。 彼らだけに力を費やすことは出来ない。 だから、シュリは戻った。 彼らの傍に。 闇はなくならない。 命が星にある限り、決して消えはしない。 時には『闇』も必要なのだ。 それを人は知らなくてはならない。 無意味やたらと拒絶し、闇に属する者達を排斥するような運動は、もう止めなくてはならない。 WROの新たな課題はまさにそれだ。 闇に引きずり込まれて苦しんでいる者には救済を。 光の眩しさに目が眩み、一時の心の平安を求めている者には『静かな闇』を。 心を静めるときには…ほんの少しの闇必要なのだから…。 だが、闇にどっぷりはまり込み、新たな『帝王』が立てられるほどに闇が強まったその時は…。 「また、戦えばいい」 「うん…そうね」 「今度は…ちゃんと最初から皆と一緒に…ね」 「………はい」 そう、もしも今度、こんなことが起きたら、その時は初めから一緒に戦う。 彼女の力は『人型ウェポン』としての力の大半を失ってしまい、今の状態では戦うことなど不可能。 だけど、それでも彼女は戦うだろう。 自分を盾にすることも厭わないはずだ。 彼女が一人で暴走しないよう、プライアデスは自分がしっかりとしなくては、とそう思っている…。 自分がそう思っていることを、彼女はとうの昔に知っている…ということも…ちゃんと知っている。 だから、遠慮はしない。 彼女が盾となって朽ち果てようとしたその時は、自分が彼女の盾となって果てよう。 そう…決意している。 もしもそうなったら、彼女はどれほど嘆くだろう? どれほど己を憎み、蔑み、呪うだろう? その計り知れない暗闇のどん底に突き落とすことになると分かっていても、こればかりは譲れない。 だから…。 「明日も…特訓、よろしくお願いします」 「こちらこそ」 戦うための術を身につける。 先陣切って戦えるように、その力をイチから育てる。 それしかない…。 プライアデスとアイリの特訓の方法は実に独創的だ。 まず、星との融合から始める。 シュリがエアリスやザックスと魂の契約をした時と非常に似ている。 星と融合し、その力を分けてもらう。 その融合をいかにスムーズに行えるかが、戦闘の際には最も重要となる。 融合が出来ない間は完全に無防備だからだ。 この一年。 『器』である身体を修復することに時間を費やし、特訓は最近始めたばかりだった。 正直、生身の人間として新たな一歩を歩き出したアイリには辛い。 だが、乗り越えなくてはならない。 もう一度、彼らに会うために。 彼らの傍で、今度こそ『幸せ』になるために。 「赤ちゃん…元気そう…」 「うん。きっと、元気な赤ちゃんが生まれるよ」 「…兄上は…間に合うかしら…」 「間に合わないと思う?」 「ふふ…ううん」 「でしょ?」 「…うん」 きっと、身重の彼女が一番に狙われるだろう。 闇も力を失ったとは言え、躍起になっている。 『小さな虫にも五分の魂』ということになっては大変だ。 「生まれたら…」 「うん?」 「『言祝ぎ(ことほぎ)の宴(うたげ)を開いてあげたい…」 「うん」 「早く…帰らないと…ね」 「うん、でも焦ることはないよ」 「うん……」 暫し静寂が流れる。 満天の星空が、無防備すぎる薄着の二人を見下ろしている。 身を寄り添わせ、大樹の陰でうとうととまどろみ始めた若い二人を、星全体が祝福している様だ…。 「『アーク』」 プライアデスは重くなっていた瞼を開けた。 澄んだ青空のような瞳は、白い象牙の肌を思わせる瞼と、長い睫によって閉じ隠されている。 「なぁに、『アルファ』」 「もう…『古語』で名前を縛らなくても…」 「大丈夫だよ。僕は僕として、シュリはシュリとして、存在出来るんだから」 「えぇ…そうね…」 薄っすらと口元を綻ばせて、少女は深い眠りについた。 『アーク』と呼ばれ、『カーフ』と呼ばれ、現在(いま)は『プライアデス』と呼ばれている青年は愛しそうに彼女の頬を手の甲で撫ぜた…。 ― 『カーフ。あなたの名前は『十の戒め』を収めた聖なる箱という意味なのよ』 ― ― 『私達にとって、あなたは星が与えた『戒め』 ― ― 『決して驕るな、という…『戒め』 ― ― 『そして…』 ― ― 『最も愛しい者、大切な者を守るための『守りの術』なのよ』 ― 母上。 伯母上。 僕は幸せです。 青年はそっと、今は星に還り、安らかな眠りについている愛しい人達へと呼びかけた。 満天の綺羅星達が、星の希望である二人を温かく、静かに照らしていた…。 |