*見事にオリキャラである『シュリ』と『ラナ』しか出てきません。
 完璧にオリキャラばっかりのおはなしですので、苦手な方はお読みにならないで下さい。
 本当に本当にごめんなさい!!

 少し前を歩く年下の上司の背を見つめながら、女性はなんとなくくすぐったい気持ちを押し殺すように青年の背から視線を逸らした。








Fairy tail of The World 〜その後 ラナ&シュリ編〜







 今日は、偉大な英雄の夫婦に生まれた天使のお披露目の日だった。
 極々仲間内だけでささやかにお祝いをするその席に、彼女は年下の上司と共に幸運にも御呼ばれしていた。
 それだけで、本当に自分には過ぎた幸福だと思っている。
 しかし、それ以上に胸を弾ませるのは…。

 目の前の年下の上司の存在。

 いつからだっただろう?
 最初は本当にいけ好かない奴だった。

 最年少で少佐クラスに昇進し、将来有望なのは間違いなし。
 それだけで女性にモテる魅力に溢れているのに、容姿と言えば……美青年なのだ。
 嫌味なくらいに整ったルックスに、鋭い眼光は異性を惹き付けて止まない。

 かの『クラウド・ストライフ氏』もそうだ。
 自分が望んでいないのに、周りからは一目も二目も置かれており、異性を惹き付ける。

 シュリが女性隊員達から熱烈なアタックを受けているのはもう周知の事実だった。
 一体誰が、彼の心を射止めるか、賭けになっているほど彼を慕っている『美人隊員』達は多い。
 しかし、彼はそれらのアピールには全くなびかなかった。
 硬派を気取っているのではない。
 純粋に『恋愛』に興味が無いのだと分かるその素っ気無い態度。
 何が目的でWROの隊員になったのか、その理由をひょんなことから知ったとき、ラナは心底『サイテー男』だと思った。
 隊員志望の人間全部が、星のために何かをしたい!という熱い思いで入隊したわけではないことくらい、勿論知っている。
 WRO組織は、いわば新しい『企業』のようなものだ。
 腕に覚えのある人間、頭脳に自信のある人間が、一旗上げようと入隊したのも知っている。
 だが、目の前の青年は、完全に『私事』の理由でWROの情報網を使おうとしている。
 それがラナには許せなかった。
 それに許せなかったのはそれだけではない。
 とにかく、年下の癖に生意気なのだ。
 無愛想で、口を開けば嫌味にしか聞えないことをボソリ…と呟く。

 顔が良い分、性格は最悪。

 そう思っていた。
 それなのに…。

『本当に…いつからかなぁ…』

 少し前を歩く青年の背を見つめる。
 彼は決して振り返って、自分を待ってくれることはない。
 それがとても……寂しい。
 少しだけで良い。
 他の女性隊員達や、憧れの視線を送ってくる一般の女性達よりも、自分をその漆黒の瞳に映して欲しい。

『でも…叶わないんだよね…』

 達したその結論に、胸が痛い。
 彼は…。
 プライアデスとアイリ以外、興味がなかった。
 プライアデスとアイリのために、彼はWROに入隊した。
 幼少期は二人を捜す為、死ぬほどの屈辱にも耐えて戦う技術と生き延びる知恵を身につけた。
 彼が生きた世界は…。
 ミッドガルのスラムという最悪な環境。
 これ以上はない程の…劣悪な環境だ。
 幼い子供が売春をしなくては、食べていけないような…そんな世界。
 その世界で、彼はひたすら捜し求めていた。
 先の世の妹と従兄弟を。
 どれほど辛い日々だっただろう?
 二人の幸せのためだけにシュリは生きてきた。
 そして、その願いを叶えるために、彼は一時期目の前から消えてしまった…。

 彼の消息が分からないあの一年間。
 どれほど辛かったか!
 英雄の結婚式で起きた『奇跡』で、どうやらシュリと従兄弟、そして『彼女』が生きているらしいことは分かった。
 だが、それだけだった。
 彼がひょっこり帰って来てくれた時までずっと消息不明。
 どこでどうしているのか…心配で心配で。
 何度もWROの情報部へ足を運んだ。
 自らもコンピューターに向き合って、『大富豪』という独自のネットワークをフル活用した。
 それでも…ダメだった。

 その彼が帰って来てくれた時、どれほど嬉しかったか!
 それに、はっきりとシュリは語らなかったが、従兄弟と『彼女』も広大な大地のどこかで幸せに…前向きに生きているらしいことが本当に嬉しかった。
 むしろ、言葉で語られるよりシュリがこうしてWROに復帰した事実が、二人の幸せを雄弁に語っているようにラナには思えた。
 もしも、幸せでなかったら、青年がここに戻ることは無かったはずだ。

 なら…。

 もう良いだろう…とラナは思う。
 今度こそ、シュリ自身が幸せになる番じゃないだろうか?
 そして…。
 彼を幸せに出来るのが自分であれば…。

 そこまで考え、ラナはドキドキと高鳴る鼓動のせいで呼吸が乱れた。

 ダメだ。
 これまで『告白された』ことは沢山あったのだが、『心からこの人と一生を共にしたい』と思った事はおろか、『心惹かれる男性』に出会ったことなどプライアデス以外では一度として無かった。
 だから、この胸いっぱいに膨らんで、今にも破裂しそうな気持ちをどうして良いのか分からない。
 分からないので見つめているしか出来ない今のこの状態がもどかしい。
 ただ見つめているだけ…というのは自分の性には合わないのだから。
 だからと言って、どう行動に移したら良いのか分からないから、結局こうして見ているだけ…。

『…どうしよ…』

 意識すればするほど苦しくなる。
 同時に、どうしようもなく幸せで…、悲しくなる。
 なんと矛盾した感情だろう?
 これまでの自分の人生が色褪せてしまうほど、現在(いま)、この時が輝いているように感じられるくらい、ラナは『生きる』ことに意味を感じていた。

 シュリと共に生きたい。

 プライアデス以外の誰かと共に一生を過ごしたいと思えるとは…自分で驚いてしまう。

 紫紺の瞳を持つ従兄弟に強く心惹かれていたことが、なんだか遠い昔のように感じられる。
 自分の心の変化に、ラナはまるで第三者のように不思議な思いで振り返る。

 本当に…好きだった。
 周りから偏見の目で蔑視され、それでも尚、真っ直ぐに立つ従兄弟が本当に好きだった。
 だが、彼の心は既に他の女性のものだった。

 辛かった。
 本当に辛かった。
 いっそ、彼女の事を嫌いになれたらラクだったろうに、それすら叶わなかった。
 彼女は…重度の魔晄中毒患者だった。

 最初は嫉妬。
 次いで憐れみ。
 最後には諦め…。

 アイリにラナが抱いた感情だ。

 あそこまで酷い魔晄中毒患者に、嫉妬したのはほんの一時だけ…。
 すぐに強い罪悪感に襲われ、最愛の人を奪われたという悲しみや妬みすら許されない気がした。
 彼女にはプライアデスの愛情以外、普通のものは何一つ残されていなかったのだから…。

 だが、彼女はもう一つの顔を持っていた。
 それを知ったのはほんの一年前…。
 信じられない真実を前に、自分も兄も大いに戸惑いながら、最終的には受け入れた。
 そうせざるを得なかった…。

 ―『ま、信じられないけど、信じるしかないなぁ、あんな経験したんだから』 ―

 苦笑しながら笑った兄の顔と声が蘇える。

 そこまで振り返ってラナは立ち止まった。
 少し前を歩いているシュリとの距離があっという間に広がる。
 小さくなる青年の背中を見つめたまま、ラナは動かなかった、
 たまたま引っかかった信号によって引き離された。
 そういうことにしたかった。

 なんとなく…。
 本当に何となく、とても孤独に感じられた。


『あぁ…まるで私と彼の距離みたい…』


 らしくもなく、そう思う。
 先ほどまで浮ついていた気持ちがウソのように、心がシン…と寒くなった。
 一緒に街を歩き、一緒のところへ向かっている。
 それだけで幸せだったのに一体どうしたことか…?

『…そうだよね…ただ、一緒に『御呼ばれしただけ』だもんね…』

 一緒に歩いていたのは『彼の気持ちから』のものでも、『自分の気持ちに彼が応えてくれた結果』でもない。
 ただの『偶然』が招いてくれた幸福。
 一時の夢だ…。
 その証拠に、WROを出た時から彼とは全く会話がないままなのだから…。

 急にその事が大きな事実として胸に押し寄せた。
 その原因は、先ほどから周りの目を集めずにはいられないこの環境のせいだ。
 幾人もの女性が羨望の眼差しで自分に向けてくる、、あるいは彼に憧憬の眼差しを向けるのだ。
 その目に気づいてしまったから…。
 それにもう一つ。
 自分達がWROという組織から離れているこの街中で歩いているという環境そのものが、『勘違い』をさせたのだ。


 あたかも、彼との距離が他の女性よりも近くなった…などと…。


 あっという間に雑踏に紛れ、青年の背中は見えなくなった。
 ラナは哂う。
 心の中でひっそりと己を哂う。

 滑稽だ…と。
 なんと浅ましいのか…と。
 こんな自分に、気高い意思を貫き通した彼が振り向くはずがない。

 ラナは持っていたお祝いの品が入った可愛い紙袋を思わずギュッと胸に抱いた。
 分かりきっていた事実に改めて気づいただけで、こんなにも胸が痛い。
 ラナは数回大きく深呼吸をした。
 目の前の信号が青になったら、すぐに駆け出さなくては。
 きっと、シュリは自分が後ろに着いて来ていない事に気づいただろう。
 そうして、怪訝に思って引き返すはずだ。
 その時、しょぼくれた顔をしているわけにはいかない。

 ― ちょっと信号で引っかかっちゃった。あなた、少しくらい後ろ向いてくれない?愛想が無いにもほどがあるわよ ―

 そう、だからいつもと変わらないように、怒った顔をして説教口調で声を掛けるのだ。
 このくらいの明るさで接しなくては。
 こんなにもウジウジとバカみたいに悩むのは自分らしくないし、彼の隣を歩く資格などない。

 信号が青になる。
 車が止まり、歩行者が歩く。
 その波に乗るようにして、ラナは駆け出した。

 と…。


「悪かった、信号に引っかかってたんだな」

 息を飲む。
 慌てた様に前髪をかき上げて駆け寄った青年に目が吸い寄せられる。

「あ……うん…」
「その…ごめん、本当に気づかなかったから…」
「あ…いや…別に…」

 困ったように視線を彷徨わせている青年の、『年相応』の仕草、表情に心臓がバクバクとその存在を主張する。
 シュリにその音が聞えるのではないか!?と心配してしまうほど…どうしようもない。
 必然的に顔が赤くなるのを抑えられない。

 もしかしたら…。
 本当にバカな妄想かもしれない、だが…本当の本当に…もしかしたら…。


 彼は……少しは自分のことを気にかけてくれてるのでは…?


 願望から込上げるその『妄想』を振り払えない。
 そのバカな妄想に頭がボーっとなってしまうラナに、
「あ〜…じゃあ…行くか…」
「え…あ………!?」
 青年の無骨な手が伸ばされて、手を握られる。
 引っ張られるようにして歩き出した自分達の距離が信じられない。
 じっとりと手の平が汗ばむのが分かる。
 さっきは視線を逸らしてしまった青年を、今度は食い入るように見つめた。
 信じられなさ過ぎて…。
 現実の事とは思えなくて…。

 真っ赤な顔をしたまま、シュリに手を繋がれたラナは街を歩いた。


 *


 別に…特別な感情からではない……と、思い込もうとする。
 シュリはほとほと自分の不安定な精神状態に嫌気がさしていた。

 特段、彼女を意識しているわけではない。
 彼女が自分に好意を持ってくれていることは…ちゃんと分かっている。
 人一倍、人の心の機微には鋭いシュリは、彼女以外にも多くの人が自分に好意を持ってくれていると知っている。
 もしかしたら、一番その事実をより正確に知っているのが…シュリかもしれない。
 そして、シュリは困っていた。
 その大勢の女性には感じていない『戸惑い』を彼女に感じていることを。
 これまで、彼の人生は『従兄弟と妹』を捜すことだけに存在していた。
 捜して…幸せになれるように『従兄弟にかけられた呪い』を解いて…。
 そうして、出来るならば…許されるならば…、また三人で一緒の時を生きたい…。
 ただそれだけだった。
 金持ちになるとか、いい暮らしをしたいとか、人に好かれるとか…。
 そういう、一般的に人間が望むようなものは一切持ち合わせていなかった。
 ただ、『カーフ』と『アルファ』の笑顔が欲しかった。
 二人が笑って生きてくれるなら、この命、喜んで死神に差し出しただろう。

 だと言うのに…。

 じっとりと汗ばむ手の平が、他人に対して興味を持たなかった自分のものとは思えない。
 心臓の音がやたらと耳に響くのは一体どういうことだ?
 彼女の緊張が自分に移ったのだろうか…?

『理解出来ん…』

『カーフ』と『アルファ』が今の自分を見たら笑うだろう…と、半ば情けない気持ちになりつつそう思う。
 そう…思うのに…。

 勢いとは言え、繋いだ手を離すのが惜しい。
 WROを出た直後からずっと会話がない状態で歩いていた。
 彼女は自分よりも一歩遅れて後ろを歩く。
 自分も歩調を緩めないものだから、彼女が自分の隣を歩くこともなく…。

 それがなんとももどかしく感じられるとは、自分でも信じられない。
 自分はなにか病気にでもなったのではないだろうか?
 あんなに他人に興味を持たないようにして生きてきたというのに、こんなにも気づけば…彼女が気になる。
 プライアデスとアイリが前向きに生きてくれている現実が嬉しすぎて、心の枷が外れてしまったのではないだろうか?
 もしもそうだとしたら、それはとんでもないことだ。
 許されることではない。


 自分は穢れているのだから…。


 生き抜くためにはどうしても『汚い仕事』をしなくてはならなかった。
 生れ落ちたのが、ミッドガルのスラム街にフラリ…と立ち寄った『あばずれ』からだったのだから。
 母親という種類に入るその女は、生後直後の自分を売春宿の前に置き去りにした。
 だから…仕方なかった。
 別にそのことを恨んではいない。
 恨む道理もない。
 自分が『この時代』に生まれることを強く望んだ結果だったのだから、どこで生まれようが、どうされようが、そんな事はどうでも良い。
 むしろ、10ヶ月も腹の中で大切に育ててくれたことを感謝している。
 だから、今までの生き方を卑屈にも思っていない。
 今の自分があるのは、これまでの人生があったからだ。
 あの頃の悲惨とも言える経験があったからだ。
 だけど、それと『彼女の隣を歩く権利』とは別だ。
 自分は、誰の隣をも歩く権利などない、と思う……などと、他の人にバレたら、恐らくこっぴどく怒られるだろうことも分かっている。
 分かっているのだが、心がどうしてもそこから動かないのだから仕方ないではないか…と、最近なんとなく不貞腐れたような結論に達するのは、恐らく……この繋いでいる手の持ち主の存在。

 彼女は最初、プライアデスを愛していた。
 そして、彼女はアイリを愛しているプライアデスを愛して、恋敵であるアイリをも愛してくれた。
 そのことを、一年間、一緒に過ごしたプライアデスとアイリから聞かされて、シュリは驚いた。
 なんと素晴らしい女性だろうか…と…。
 そして、亡き伯母を思い出した。
 彼女のひた向きな『愛』が、ラナとかぶる…。
 伯母は…、許されない恋をして『カーフ』を産んだ。
 おそらく、『カーフ』の父親は同胞に殺されただろう。
 亡き恋人を、伯母は最後まで愛していた。
 その姿を一番間近で見ていたのは、『アルファ』と自分の母親。
 そして、二番目は……シュリだ。
 どこまでもひたむきに、深く亡き恋人を愛し、恋人との間の『カーフ』を愛しぬいていた。

 その誇り高く気高く、どこまでも美しかった伯母とラナの姿が重なって見えるとは。

『本当に…病気か何かじゃないのか…俺は…』

 グルグルと頭の中で同じ事を自問する。
 こんな風に自分から手を繋ぐとは狂気の沙汰としか思えない!
 おまけに…。
 先ほど、彼女が自分の後ろを着いて来ていないことに気づいた時、真っ先に浮かんだのは彼女が他の見知らぬ男と一緒に笑っている姿。

 腹が立った。

 自分とは話をまともにしないのに、他の男とは話をする彼女を想像して…。

 街を歩き始めて、彼女が道行く男達の視線を集めている事にすぐに気付いた。
 無性に…苛立たしかった。
 そして、そんな自分が滑稽で…無様で…。

 自分自身を侮蔑した。

 慌ててとって返し、信号前まで来て見たら、人の波の中に彼女の姿を見つけて彼女が信号に引っかかっただけなのだと分かった。
 分かって…ホッとした。
 ホッとした自分にまた、ギョッとして…。
 自分を見上げて徐々に赤い顔をするラナを直視出来なくて。
 でも、だからと言って彼女の傍から離れるのがもうイヤで…。

『本当に…ヤバイかもしれない』

 人一倍、人の心の機微には敏感な青年は、人一倍自分の心の機微には疎いらしい。


 シュリがそのまま、セブンスヘブンに着いて、英雄達に散々からかわれたのは言うまでも無く…。
 そのからかわれたことによって、自分の気持ちに気付いたわけだが…。


「…中佐、ちょっとゆっくり歩いて下さい。えっと…その……ヒールが高いから足が痛いです」
「あ……悪い…」
「いえ……」


 その時を迎えるのまであと少し…。