母上。 あなたの傍にはきっと、伯母上もおられるのでしょう。 お二人の傍には、それぞれ父上と伯父上はおられますか? ご覧の通り、俺の傍にはいつも……。 Fairy tail of The World 〜 過去を担いて前を見つめん… 〜「シュリ兄ちゃん!こっちこっち!!」 「あ〜!!ダメだってば、こっちが先!!」 「「 なんで(だ)よー!! 」」 何故、こんな風に…。 「シュリ、おめぇも飲め!」 「シュリ、アンタほんっとうに根暗だねぇ。人生1回しかないんだから楽しまないと〜」 「ユフィ…、シュリは前世の記憶があるんだから、それはちょっとおかしくない?それにちょっと酷だよねぇ…」 「ナナキ、お前の一言も酷だと私は思うが…」 「あれ…?そう…かな…?ごめんね、シュリ、オイラ、悪気があったわけじゃ…」 オロオロと俺を見上げる隻眼の英雄。 俺の両脇を陣取って兄妹喧嘩をしている可愛い子供達。 寡黙、豪快、破天荒というそれぞれの肩書きを持つ英雄達。 皆、俺を…俺達を自然と受け入れてくれている。 何故…? 心の中には常にその二文字が片隅にある。 恐らく、妹と従兄弟もそうだろう。 俺と同様、感情が表に出ない妹と、それとは対照的にいつもにこやかに微笑んでいる従兄弟へ思いを馳せる。 今、この場に二人はいない。 妹は数多の命に対する大罪を少しでも贖う(あがなう)べく、折角拾った命をまた削っている。 従兄弟は黙ってそんな妹の一番近くに控え、彼女を全身全霊で包み込んでいる。 この二人だけが俺にとって唯一かけがえのない存在として、『二度目の人生』を手に入れた瞬間から心の支えとなっていた。 それが…。 「シュリ君、はい」 「あ……どうも」 穏やかに微笑みかけながら、特大のオムレツを手渡してくれる美しい英雄に、気の利いた言葉一つ返せない俺。 そんな俺に…。 「シュリ〜!折角のティファ様じきじきのお言葉と料理に、なんて愛想のない!」 もっとこう、笑顔を作って微笑め! 笑い返せ!! 『未来の義兄』と自己主張している年上の部下が肩をガシッと組んできた。 彼の妹への想いを俺が意識したことをきっかけとして、こうして何かと絡んでくる。 初めてWROで会った時からは想像も出来ないほどの変わりように、俺はまだ慣れることが出来ない。 彼は妹同様、俺のことを苦手だと思っていたはずなのに、この変化はなんだろう…? 疑問に思いながら、それでも不快だと感じたことは一度もない。 それどころか、心地良いとすら思っている。 ずっと俺は、嫌悪されることに慣れていた。 だが今は、この腕や笑顔を失いたくない…と、身勝手にそう思ってしまう自分に戸惑う。 ふと。 ハラハラしながら見守っている彼女と視線がかち合った。 ボッ!! 音を立てて火がついたかのように、彼女の顔が真っ赤になる。 慌てて顔を背け、この店の女主人が作ったカクテルを一気に呷った。 あ……バカ。 案の定、激しくむせこんで義姉になりたての女性に背を叩かれる。 ゲラゲラと陽気な英雄達が彼女の様子に笑い声を上げた。 そして、ティファさんに睨まれて首を竦める羽目になる。 正直。 頭が良いとは言いがたい。 そして、俺は『バカ』は嫌いだ。 嫌いなんだが…。 ここにいる人達は嫌いじゃない。 そう感じる自分に驚き、戸惑うことの何と多いことか…。 「シュリ、食べてるか?リトも」 「…はい」 「食べてま〜っす!」 紺碧の瞳をうっすら細め、金髪の英雄が微かに微笑んだ。 俺と『将来の義兄』の表情の違いが可笑しいのだろう。 グリートを挟んで腰を下ろし、まだなんだかんだと言い合いをしていた子供達の頭をポンポンと軽く叩く。 「ほら、二人とももうそろそろやめておけ」 「「 だって〜!! 」」 「レッシュとエアルが起きてしまう」 「「 う… 」」 クスリ…。 グッと言葉に詰まった子供達を愛しそうに見つめ、あやすようにまた頭をポンポンと叩いた。 子供達は、互いに「「む〜〜」」と言いながらも、あっさり闘争心を手放した。 二人にとって、『弟と妹』はこの上もなく大切な存在なのだ。 まだ小さいのに、本当に出来た子供達。 己の過去を振り返って比べずにはいられない…。 「シュリ、アイリさんとライは今、どの辺にいるんだ?」 「多分、アイシクルエリアです。WROの仕事でライがそこへ派遣されているんですよ」 「そうか。いつくらいに帰って来れそうか分かるか?」 「さぁ…。でも長くないかと思います。ライの今回の派遣は世界の変化に対してモンスターへの影響がないかの調査ですからね。一週間もあれば帰ってくるでしょう」 「そうか。帰ってきたらまたこうして集まれると良いんだが」 「あ〜!それは良いっすね、俺、大賛成!!」 クラウドさんとの会話にグリートが加わる。 陽気な彼に、クラウドさんの頬が緩む。 デンゼルとマリンも、はしゃぎながら「「賛成、賛成!」」と飛び跳ねた。 「じゃあ、その時は今日来られなかったリーブも来れると良いわね」 テーブルの向こうからティファさんが微笑む。 巨漢の英雄が、大口を開けて笑いながら、 「おう!俺様の方もバッチリ予定を空けておくから、事前に連絡してくれよ!?」 「アタシも〜!!」 「…私は遠慮させて「ダメですよヴィンセント。それは認めません」 それまで静かに座っていたシェルクが、寡黙な英雄の言葉を遮った。 唇を引き結んで片眉を上げ、困ったように見やるガンマンに、 「ダメです」 もう一度シェルクが言い切った。 「そーそー!シェルク、もっと言ってやれ!!」 シエラ号の艦長が、赤い顔をしてゲラゲラ笑いながらけしかける。 ヴィンセントの赤い瞳が恨めしそうに艦長へ向けられた。 あぁ…。 本当にどうしてこの人達はこんなに温かいのだろう…? どうして俺や、妹や従兄弟をここまで丸ごと包んでくれるんだろう…? 「シュリ〜?」 至近距離で『将来の義兄』が顔を覗き込む。 彼の妹が俺に視線を向けたのが分かった。 パラパラと、英雄達の視線が俺に集まるのが分かる。 「いや…なんでも」 こうして注目されるのは苦手だ。 誰とも目を合わせないで、湯気を立てているオムレツにフォークを入れる。 トロリ、と半熟の卵が流れ出し、それはそれは美味しそうな芳香を漂わせた。 陽気な笑い声で満ちていたのが嘘のように、今、シンと静まり返っている。 その原因が俺にあることはすぐ気づいたが、だからと言ってどうしろと? 皆の注目を集めたまま、一口頬張る。 「美味い…」 口内に広がる何とも言えない暖かで幸せな味に、素直な感想が口に出た。 その途端、その場の全員が笑みを浮かべた。 ……間違っても『不味い』などという、失礼な言葉は口にしたりしないのだが…。 「ふふ、嬉しいわ、ありがとう」 ふと顔を上げると、本当に嬉しそうに微笑むティファさんと目が合った。 グリートを挟んで、クラウドさんも微笑んでいる気配がする。 『ありがとう』…ね。 その言葉はどちらかと言うと、俺の台詞だと思うのだが言ったところで彼女は聞き入れないだろうし、あまりそういった『心情』を表現するのは得意じゃない。 だから、黙ってその言葉を受け止めると共に、もう一口オムレツを口に運んだ。 …本当に美味い。 こういう温かい食事を温かい気持ちで、気の置ける人達と食卓を囲んだ記憶は…俺にはない。 『前の世』でもそうだったな…と、ふと思った。 あの頃は確かに愛する母が、伯母が、妹が、従兄弟がいたのに…。 こうして温かな食卓を囲んだ記憶はない。 あぁ…そうだ。 妹は生まれた時から『隔離』されて生活していたし、従兄弟は存在そのものが認められずに幽閉されていた。 待望の『歌姫』として生まれた妹には、生まれ出でた瞬間から自由がなかった。 偽装だらけの平和の中で生き、絶望の中で死んだ妹。 彼女を救い出したのは、俺と従兄弟。 そう思っていたけど、そうじゃない…。 俺と従兄弟を支え、慈しんでくれたこの人達がいてくれたからこそ、妹は『大望』を果たしたのだから。 果たし終えた後、死に急ぐアイリを引き止めることに成功したのも、彼らが妹を慈しんでくれていたからこそだ。 そう。 俺達には過ぎた幸せだ。 そして、その過ぎた幸せに身を置くことの『罪悪感』を常に抱えている。 『闇』に魂を置いていたアイリは、その罪悪感がことのほか強い。 だが…。 俺もライも、アイリを二度と『闇』には渡さない。 そして、幸せなことにこの場にいる全員が、俺とライの気持ちに賛同してくれている。 だからこそ、俺達はまた、『罪悪感』を覚えてしまうのだ…。 なんとも『ネガティブ』な思考回路。 破天荒な英雄に『根暗』と言われても仕方ない。 仕方ないのだが、これが『俺』だ。 そして、そんな『俺』を受け入れてくれるこの人達を全力で守りたい。 その『守りたい』という気持ちがあるからこそ、こうして生きることが出来ている。 この感謝を、いつか必ずこの人達に返したい。 どうやって返せば良いのかまだ分からないが…いつか必ず…。 「シュリ〜!飲んでる〜???」 赤い顔をしながらフラフラとした足取りで俺の傍に来たウータイの英雄。 目が若干据わっている。 …どんだけ飲んだんだ…? 「あ〜、飲んでないじゃん、もっと飲め飲め〜!」 「…ユフィさんは飲みすぎです…」 「てやんでぃ!まだまだ大丈夫なのら〜!!」 キャハハハハッ! 甲高い声で笑いながら俺の首に細い腕を回し、もう片方の腕でグリグリと頭を撫で回す。 痛い。 正直に言おう。 かなり痛い。 毛根から髪が抜けそうだ。 だが、正直に口にしたところで彼女がこの攻撃を止めてくれるとは考えにくい…。 俺は『バカ』は嫌いだが『無駄なこと』も嫌いだ。 黙ってやられている方が早く開放される気がする。 だから、黙っていたのだが…。 「ユフィ、止めなさい。ラナさんの前で…」 呆れたような声音で、諌めるティファさんの言葉に反応したのは、ユフィさんよりも俺の方が強かった。 …何故彼女の前だとダメなのだろう…? なら、彼女の前でなければ良いのだろうか…? などなど考えながらノロノロと顔を上げる。 …。 ……。 ……俺が悪いのか……? 何故、そんな風に傷ついた顔をしている…? ……分からん……。 だが、俺とは違ってユフィさんには分かったらしい。 ニヘラニヘラ笑いながら、 「あ〜っと、ごめんごめんよぉ〜っと」 ラナに笑いかけ、面白そうに俺の顔を覗き込む。 純粋に面白がってからかっているその表情が、俺の顔を見て不快気に歪められた。 「…アンタ、『なんで傷ついてるんだろ』って思ってるんでしょ!?」 ……忍というのは、読心術も心得ているものなのだろうか…知らなかったな。 「アホ、そんなもん、心を読まなくても顔見りゃ分かるっつうの!」 ……いや、何も言ってないから…。 「はぁ…ったく、ボンクラ男が多いったらありゃしないねぇ」 「…それは誰と誰のことを指してるんだ…?」 「おっとっと〜、こりゃ失礼。つい本音が〜」 「ユフィ」 ジト目になったクラウドさんから微かな殺気が放たれる。 ユフィさんがおどけながら俺の傍を離れ、またニヤッと笑った。 目は俺に向けられたままだ。 「アタシの知り合いの男はほんっとうに乙女心に疎いんだから。もっとこう、精進しないとねぇ〜」 笑いながら視線をラナに向ける。 いつも勝気な彼女が、ユフィさんの人の悪い笑みを前にドギマギと視線を逸らしている。 ……貴重な反応ではなかろうか…? 「ユフィ…本当に飲みすぎだ…」「ユフィ、もっと言ってやれ〜!」 ユフィさんを諌める言葉と、煽る言葉が同時に上がる。 クラウドさんは、不快気な顔をして艦長を見た。 艦長は忍に負けないくらい赤い顔をしてニヤニヤ笑いながらその視線を受け止める。 あっさりとクラウドさんは白旗を揚げた。 若干、不貞腐れたように頬杖をついてジョッキの中身を喉に流し込む。 シドさんがまた、「ケケケッ!おめぇのこれまでの行いの報いだ〜」とゲラゲラ笑った。 …それはちょっと酷くないだろうか…。 もうそろそろ、三年前の家出を許してやっても良いのではなかろうか…? そうは思ったが、それを口にするとまた余計な火の粉が降りかかるのは必至。 俺は心の中で小さく詫びながら、黙ってオムレツを食べることに専念した。 と。 「シュリ兄ちゃんはいつ式を挙げるんだ?」 膝の上に軽い重みを感じ、視線を下ろすと興味津々な顔をしたデンゼルが下から真っ直ぐに俺を見上げていた。 小声で囁かれたその言葉に、うっかり口の中のオムレツを噴き出しそうになる。 危ないところだった…。 勿体ないことをするところだった…。 「……何の話しだ……?」 声が上ずらなかったのは褒められたことだと自負しても良いと思った俺は、愚か者だろうか……? キョトン、としたデンゼルの後ろから、ひょっこり顔を出したマリンが、 「だって、ラナお姉ちゃんと結婚するんでしょ?」 小声で更なる追い討ちをかけた。 …。 いや、なんでそんな話しに…? いつの間に? って言うか…俺も彼女もまだ付き合っているとか、恋仲になったとかのレベルじゃないのだが…。 グルグルと思考が回る。 答えに窮するとはこのことだな…、などと冷静に判断する自分がいることに、自分自身でバカみたいだと思いながらも、子供達が満足する答えを口に出来ない自分を嘆く自分が確かに存在するのだから、本当に俺はバカ者だ。 バカは嫌いなのに…。 「シュリ兄ちゃん、ちゃんとビシッと決めないと一生後悔するぜ?」 「シュリお兄ちゃん、ちゃんとしてあげてね。でないとラナお姉ちゃんが可哀相だから」 コソコソコソッと耳打ちした愛すべき子供達の言葉に込められていた威力は、『言葉』でこれほどまで心を揺さぶられた経験なんぞ、これまでの人生では体験したことがないくらいの力を持っていた。 そして、動揺しても顔に出ない性質を、今回ほど有難いと感じ、味わったことはない…。 顔や態度に、今感じている『動揺』が現れてみろ。 またからかわれるのがオチだ。 そして、俺はもう、からかわれるのはお腹いっぱいだ。 俺は、一応『小声で言う』という配慮をしてくれた子供達に、 「………善処する」 と、小さな声で告げると、 「「 …『善処』ってなんだろうな(ね)??? 」」 と首を捻り、顔を見合わせる二人の頭を軽くポンポンと叩いた。 それだけで、ニッコリ嬉しそうに笑って、拷問(?)から開放してくれた子供達を可愛いと素直に思う。 そして、ふと顔を上げた。 彼女は義姉となにやら楽しそうに談笑している。 ティファさんがその会話に混ざり、笑いながらシェルクさんを巻き込んだ。 いつも無表情なシェルクさんが、話しを聞いてクスッと笑った。 あぁ…。 本当に温かい。 笑っている女性達の輪の中にいる彼女が、純粋に愛しいと想う。 子供達に言われたから…というわけでもないのだが、彼女の幸せを願わずにはいられない。 その幸せの一つに、俺からの正式な『儀式への要請』が含まれるのなら……。 それが例え、未知の領域で、且つ、死ぬほど恥ずかしくて、大穴があったら躊躇わずにこの身を投げ出したくなるようなことであっても…。 しないでおけようか……? いや、きっと出来る。 彼女の笑顔を未来永劫、保つことが出来るのなら…。 「デンゼルとマリンの言葉を借りるわけじゃないけど…」 不意打ちで肩を組まれ、耳に直接囁きかけた『将来の義兄』に心臓が止まりそうになる。 なんとも…一番聞かれたくなかった相手に聞かれていたらしい…。 「可愛い妹を幸せにしてくれる男なら誰でも良いんだ、俺は」 おどけた声音に込められている真剣な思いに身体が強張る。 彼が言わんとしていることが痛いほど分かった。 別に、俺でなくても構わない。 そう言っている。 そして、そう言われて当たり前なのに、酷く胸が痛んだことに驚きを禁じえない。 まったく自分の心にホトホト嫌気が差す。 「だから、ちゃんと決めてくれよ?俺は将来の弟はアンタが良いんだからさ」 クククッ。 押し殺した笑い声に、言いようのない安堵の感情が広がる。 彼に認めてもらっているという事実が妙な安心感を与えているのだ。 「兄さん、何してるの…?」 不機嫌そうに…、心配そうにラナが睨む。 「おっと、怖い怖い」 『お調子者の兄』に戻って、グリートが俺から離れた。 クラウドさんとティファさんがクスッと笑いながら顔を見合わせている。 お二人はグリートの『お調子者』の部分も含めて彼を好いている。 そんなお二人を俺は『凄い』と思わずにはいられない。 「別になんでもない」 グリートに代わってそう言った俺を、ラナが今夜初めてまともに見た。 驚いたように見開かれたグレーの瞳を、本当に綺麗だと思う。 「そ、そう…?」 なら良いんだけど…。 尻すぼみになる言葉。 それに比例するように赤くなる顔。 可愛いと思う。 守りたいと思う。 『家族』以外でこんな感情を抱けるとは夢にも思わなかった。 「見つめ合うなら他でやれ〜!」 完全に出来上がったシエラ号の艦長がケラケラ笑いながら俺達をからかった。 彼女は首筋まで真っ赤にし、俺は相変わらずの無表情を決め込んで彼を見た。 「「 別に見つめ合ってなんかいません 」」 同じ台詞を同時に口にする。 彼女は声を張り上げるようにして…。 俺は、いつもと同じように冷めた口調で。 驚いて口を噤み、顔を見合わせる。 ドッ、とその場が笑いで沸いた。 「本当に二人とも仲が良いんだから」 「ティファ〜、やっぱり景気良くこう、パーッと宴会やろうよぉ!」 「ユフィ、もう充分飲んだじゃん…」 「なにおぅ、ナナキ〜!アタシゃ、まだまだ足りないっつうの!!」 「「 もうやめとけ 」」(← クラ&ヴィン) リリーさんが笑いながら、真っ赤になって俯くラナにカクテルを勧めている。 それを、彼女はバカの一つ覚えのように勢い良く呷ってまたむせた。 リリーさんがまた笑いながら背を叩いて介抱する。 バカみたいに明るくて。 バカみたいに優しい人達に囲まれて。 バカみたいに幸せを感じる。 そんなバカみたいな俺を、バカみたいに気に入って…。 そうして願う。 彼らに近づく『闇の残滓』から、最期の最後まで守れる力が与えられるように。 高級檜(ひのき)のベビーベッドから、可愛い赤ん坊の泣き声が二つ上がった。 デンゼルとマリンが、パッと駆け出す。 クラウドさんとティファさんがゆっくりと腰を上げる。 ベビーベッドからまだ幼い『兄』と『姉』に抱き上げられた赤ん坊が、真っ赤な顔をして一生懸命泣いている。 赤ん坊が父親と母親に託される。 そんな家族を、彼らの仲間が微笑みながら見守っている。 温かなこの人達に出会えた奇跡を感謝せずにはいられない。 ― シュリ…。貴方…幸せ? ― ふと、懐かしい声が耳に届いた気がした。 深緑の瞳を持ち、銀糸の髪を持つ母の声が…。 ― これを幸せと思わずに、一体何を幸せと言えば良いと仰るのですか? ― 胸の中でそう応える。 母が穏やかに微笑んだ気がした。 ― シュリ…。幸せに…ね… ― ゆっくりと母の気配が星に溶け込む気配を感じる。 ― 母上 ― これまでの長い時間、俺と妹を見守るべく星に溶け込まずにいてくれた母と伯母上達に精一杯の感謝の意を込めて呼びかける。 ― 心からの感謝を ― 俺達は大丈夫。 守るべきものがあるから。 目の前で幸せそうに笑う彼らを与えてくれた星に感謝しつつ、俺もゆっくりと口角を緩めた…。 自然と浮かんだ微笑に、子供達が一番最初に気づいて嬉しそうに笑いかけてくる。 大丈夫。 守ってみせる。 グレーの瞳を持つ黒髪の美しい人が、目を合わせて照れくさそうに笑った。 あぁ…。 本当に幸せだ。 さぁ、戦えシュリ。 今度の敵は自分自身の羞恥心。 これほど手ごわい相手はいない。 だが、勝ってみせよう。 大切な人達を幸せにするために。 ― 頑張れ ― 星からの声援を受けながら、俺はゆっくりと目を伏せた。 大丈夫。 勝ってみせるさ。 さぁ、顔を上げよう。 大切な者を守るために。 凄惨な過去を持つ俺を受け入れてくれた彼女と、今、この場にいる人達との未来を生きるために。 |