『え!?デンゼルが!?』 携帯から聞えたクラウドの声は、これまで聞いたこともない様な…『父親』の声をしていた。 『家族』デンゼルが真っ赤な顔をしてフラフラしながら帰宅したのは約三十分ほど前。 親友と妹に支えられながらセブンスヘブンのドアをくぐってきたデンゼルに、ティファは目を見開いた。 三人は一様にグッショリと濡れていたが、具合が悪そうなのはデンゼルだけだった。 後から事情を聞いて分かったのだが、いつも遊んでいるメンバーとちょっとした事で口論になり、水のかけ合いになったそうだ。 『もう、絶対に許さないんだから!!』 可愛らしい頬を紅潮させ、プックリとむくれて怒る娘を親友の少年が苦笑しながら宥める。 その姿に苦笑を浮かべながら、ティファは高熱を出してしまったデンゼルをタオルで拭き、パジャマに着替えさせた。 微妙なお年頃のデンゼルはティファに着替えを手伝われる事を頑なに拒み、何とか一人でやってのけた後、力を使い果たしたのかベッドの中でグッタリとしていた。 着替えている間にティファが手際良く作った卵粥をほんの数口食べ、風邪薬を飲んで再びベッドに戻ったデンゼルは、苦しそうな息使いを繰り返していた。 病院に行こうと言うティファに、デンゼルはこれまた頑なに拒否をした。 恐らく、星痕症候群の時に味わった苦い思い出が渋らせたのだろう。 星痕症候群で病院に行った人間は、最後の頼みである医師にあっさりとさじを投げられたのだから…。 そんなデンゼルの気持ちを尊重し、ティファは受診を諦めた。 デンゼルの額に濡れタオルを乗せ、心配そうな顔をするマリンとキッドを部屋から出す。 「デンゼル…そんなに長い間濡れてたの…?」 体温計を見て眉間にシワを寄せるティファに、マリンとキッドは顔を見合わせて首を振った。 「ううん、そんな事ないけど…」 「でも、今日公園に来た時からなんだかしんどそうだったよな…」 「あ〜…うん。そう言えば…なんか昨日の夜、寝ながら咳してた気がする……」 今更のように様子が違ったデンゼルに気がついたマリンが、シュンと落ち込む。 ティファは肩を落として落ち込むマリンを慰めるようにその頭を撫でると、 「とりあえず、二人共シャワー浴びてらっしゃい。二人まで風邪引いたら大変だもの」 そう笑って小さな背を押した。 当然、ここでもまた「マリンが先に!」「キッドが先で良いってば〜!」という可愛らしい譲り合い…という名の小さな口喧嘩が繰り広げられたのだが、 「そこまで言うなら二人で入ったら?風邪ひかれるよりもうんと良いわ。これ以上心配かけさせないで」 とのティファの発言にピタリと黙り込み、大人しくジャンケンで順番を決めることとなった。 「うぅぅ……」 「ほら、ジャンケンで俺が勝ったんだから後で良い!」 「普通…逆だと思うけど…」 「ダメ!勝った方の言う事聞くのがジャンケンのルールだろ!」 「ううぅぅぅ……」 「絶対にしっかり温まって来いよ!?俺の事気にしてあっという間に出てきたりしたら、浴室に追い返すからな!」 「むぅぅ……」 項垂れながら浴室に向かう小さな背中に、キッドがマリンの退路を塞ぐような……少女のしそうな事を封じることを一生懸命言っている。 そんな二人にティファは苦笑した。 そこまでして譲り合う精神……って……。 まぁ、そこがこの子供達の良いところなのだが、だがしかし……。 「…ックシュン」 小さな可愛らしいくしゃみが聞えて、ティファは慌ててキッドの小さな身体の上に、毛布を巻きつけた。 勿論、既にバスタオルでその身体は包み込まれていたのだが、流石にそれだけでは足りないらしい。 「ありがとうございます」 ニッコリと笑う少年に、ティファはフンワリと微笑んだ。 「出たよキッド!!しっかり温まったからキッドの番だからね!!」 バタバタバタバタ…!!! 二階から小さな足が駆け下りてくる慌ただしい音がしたかと思うと、店内に現れたマリンが開口一番そう言ったのを見て、ココアを飲んでティファと談笑していたキッドは目を丸くした。 ティファも同じく目を丸くして驚く。 まん丸な目をしてビックリしているキッドに、マリンはタタタター…と駆け寄ると、キッドの手からマグを取り上げ、グイグイ引っ張った。 「ほら、早くキッドも入って!風邪引いちゃうよ!!」 「え…あ、うん。でも、折角だからココア飲んでから…」 「ダメ!約束でしょう!?」 「で、でも…折角のココアが冷めちゃう」 「温めたら良いの!早く早く〜〜!!!」 「え…え…?いや、ちょ、ちょっと…?」 「は〜や〜く〜!!!」 グイグイグイグイ〜〜!!! 呆気に取られるティファを尻目に、マリンは小さな身体のどこにそんな力が…?と思うほどの勢いで、キッドをとうとう二階に押しやってしまった。 ほどなくして頬を紅潮させ、肩で息をしながら下りてきた娘に、ティファは噴き出した。 ムッとしてティファを見る愛娘に、そっとココアの入ったマグを置く。 「はい、マリンの分」 「…ありがとう」 ふぅ…。 これはココアを冷ますために息を吹き付けたものではない。 一仕事を終えたかのような溜め息だ。 溜まらずティファは吹き出した。 マリンが頬っぺたをプックリと膨らませているのもかまわずに……。 「それにしても、どうして三人共、あんなにびしょ濡れになってたの?」 公園には確かに水飲み場がある。 だが、それにしては頭のてっぺんから足の先までグッショリとなるには、それこそ池にでも落っこちないと無理だろう…。 マリンはム〜ッとしながらココアを一口啜った。 「向こうはバケツ持ってたの」 「バケツ?なんで???」 意外過ぎるその言葉に、ティファは目を丸くした。 マリンはその時の心情になったのか、眉を吊り上げて乱暴にマグを置いた。 「あのね、子供達だけで花火しようとしてたの!」 「花火!?こんな昼間から!?」 「そう!その子、本当は昨日の夜に家族でするつもりだったんだって。でも、お父さんが急に仕事で帰れなくなったから出来なかったんだって。それで、その花火を家から持ってきて、公園で皆でやろうって言い出したの!」 「…子供達だけで花火は…ダメよ、やっぱり」 「でしょう!?だから、私もデンゼルもキッドも、『今夜、一緒にお父さんとお母さんとしたら良いじゃない』って言ったの!そしたら」 「…そしたら…?」 「他の友達が『良いじゃん、やろうぜ!』って乗り気になっちゃって。それで、私とデンゼルとキッド、あと何人かの友達と、その花火をしたいって友達の二つに分かれて言い合いになったの」 なんともあまりな出来事に、ティファは呆気に取られてポカンとした。 もっとこう…。 前のように自分やクラウドのように『英雄』と呼ばれる『育ての親』がいることを妬まれたのかと、内心心配したのだ。 それが杞憂であった事にホッとしながら、まだむくれているマリンに声をかける。 「……それで…水の掛け合いになったの…?」 「ううん…」 ちょっと気まずそうにマリンはマグを持っていじいじすると、意を決したかのように口を開いた。 「私達が言い合ってる間に、花火を持ってきた子がイライラしたみたいで、花火に火をつけちゃったの。だから…」 「……だから……?」 なんともイヤな予感がする。 言いづらそうな娘を見て、ティファはほんの少し、頬を引き攣らせた。 「だから、その子に向かって……」 「向かって…………?」 「…………水かけちゃったの」 「え…………」 絶句。 いや、確かに子供だけで花火はよろしくない。 しかし、花火に火をつけたからって水をかけるとは……いささかやり過ぎなのではないだろうか……。 言葉を無くすティファに、マリンは慌てて、 「本当は花火だけに水をかけて火を消すつもりだったの。でも、その子が花火が濡れないように庇ったから、水をかぶっちゃっただけなの!」 捲くし立てるようにそう言うマリンに、ティファは表情を何とか改めると、「え〜っと、そうなの……」と、一言呟いた。 何と言って良いのかわからない。 この場合、褒めて良いのだろうか…? それとも、『誰でも良いから大人を呼ぶべきだよ』と言うべきだろうか……? 判断つきかねて困っているティファに、マリンはガックリと肩を落として、 「そりゃ……水かけちゃったのは悪かったって今にしたら思うけど……」 しょんぼりとする。 「マリン、気にする事ないよ。あいつが悪いんだからさ!」 肩を落とすマリンに、いつの間にかシャワーから戻って来たキッドがすかさずフォローを入れた。 真っ直ぐ困惑しているティファを見上げ、 「だって、あいつ…その花火を持ってた子がふざけてロケット花火を俺に向けようとしたんだ。それをマリンが止めてくれたんだよ!マリンが助けてくれなかったら俺が怪我してたかもしれない」 「え!?」 キッドの言葉にティファはギョッとした。 ショボンとしている娘の目線に合わせるようにしてしゃがみ込む。 「そうなの、マリン?」 「…………うん」 モジモジとしながら頷くマリンに、ティファはフゥ…と息を吐き出すと、おどおど顔を向けたマリンをギュッと抱きしめた。 「もう!それならそうと言ってくれないと!」 「…え……?え……??」 ティファの腕の中でマリンは目を白黒させた。 ティファは少し身体を離すと、額と額をこつんと合わせ、ニッコリと微笑んだ。 「良くやったわ、マリン!だって、キッド君を助けたんだもの。それに、人に向けて花火をするような悪い子には、お仕置きしないとね」 マリンはティファの笑みに釣られ、はにかむように笑い返した。 そんな二人をキッドがニコニコと笑みを浮かべて見つめていたのだった。 「それじゃ、気をつけて帰ってね」 「ごめんなさいね、送ってあげられなくて」 玄関先で見送る二人に、キッドは困ったように笑った。 「大丈夫!俺の家まで歩いて二十分もかからないし。それよりもデンゼル、早く良くなるといいね…」 心配そうに二階を見上げるキッドに、二人も顔を曇らせた。 「うん…」 「大丈夫よ、デンゼルは強い子だもの。星痕症候群にも負けなかったんだから」 暗くなりがちな子供達にティファが明るくそう言った。 ……かなりぎこちなかったが…。 それでも、素直な子供達は「そうだよね!」「うん、そうだね。明日には少しくらい良くなってるよな!」と、笑い合った。 小さな背中が人混みに紛れて見えなくなるまで見送ったティファとマリンは、どちらからともなく『臨時休業』の看板をみやった。 店の隅にちょこんと置かれているそれは、ウータイの仲間がくれたとびきりの贈り物。 「こんな時に…」 「お店なんかしてられないわよね?」 同じ事を考えていた二人はクスッと笑みをこぼし、セブンスヘブンの外側のドアノブにそれを掛けたのだった。 掛けながら……ティファは思う。 デンゼルがまだ星痕症候群の時。 クラウドが出て行った頃…。 病に苦しむ息子を気にしながら店を営んでいた事を…。 あれからそんなに時間は経っていない。 それなのに、随分昔のような気がする。 『よくあんな状態のデンゼルを放ってお店をしてたものね……私ったら……』 あの頃は…店をする事こそが…。 店を開いて、復興に全力を注ぎ、疲れた人々の癒しになれば……、それこそが自分に課せられた『使命』だと思っていた。 しかし、それだけではなかったのだと今は気付く。 ようするに……逃げいていたのだ。 忙しく働く事で、己の中にある不安から。 クラウドの心が離れていく…という恐怖から。 勿論、生活の事もある。 復興ままならないこの星で生きていくには、とにかく働かなくてはならなかったのだ。 いくら、星を救った英雄だから…と言っても。 当然、『英雄』という肩書きを仲間達は誰一人『良し』としていない。 むしろ、一生涯背負うべき十字架だと思っている。 だから…というわけではないが、仲間も自分も…そして彼も、必死に今日まで…これからも働いて……必死に生きるだろう。 でも、それだけじゃなかった。 忙しくする事で、不安に押しつぶされることから逃げていた…。 それこそ全力で。 『ほんと…私ったら…弱虫だったんだから…呆れちゃう…』 整った唇が自嘲の笑みを形作る。 家を出たクラウドも……そうだったのだろう。 黙って自分達の前から姿を消したクラウドは……逃げていた。 それこそ、当時のティファと同じ様に全力で。 家を出た後も続けていたデリバリーの仕事。 それは、日々の糧を得るためにも当然必要な行為だっただろう。 しかし、それ以上に『不安』と『恐怖』から逃げていた。 仲間を救えなかったという罪の意識から……必死に逃げていた。 考えないように……。 心が潰されないように…。 『ホント……私達は……弱かったね』 店内に戻るまでの僅かの時間に、ほんの少し前の過去に浸る。 視線をカウンターに移すと、彼の為の『予約プレート』を挟んだチョコボのクリスタルガラスが窓ガラスから差し込む夕陽に輝いていた。 「今頃…どこらへんを走ってるのかな……?」 誰に言うともなくティファは呟いた。 既に店内にマリンの姿はない。 恐らく、デンゼルの様子を見に部屋に行っているのだろう。 ティファは、ポケットに手を入れると携帯を取り出し、少し躊躇ってから通話ボタンを押した。 「マリン、今夜は私のベッドで寝てね」 すっかり日が暮れ、窓から星明りが瞬いて見える時刻。 簡単な夕食を交代で取り終え、子供部屋に戻って来たティファは、デンゼルの傍にベッタリ張り付くようにして看病するマリンに声を掛けた。 マリンはゆっくりと緩慢な動きでティファを見やり、その流れのままゆっくり首を振った。 「今夜は…ここにいる…」 「マリン…」 小さなその声には頑として譲ろうとしない意思が感じられ、ティファは困惑した。 「でも、マリンまで風邪引いちゃうかもしれないし…」 当たり障りのない台詞を口にする。 しかし、マリンは再びデンゼルを見つめ、荒い呼吸を繰り返す兄の額からタオルをそっと取り上げた。 ベッド横のローテーブルに置いてある洗面器に浸し、小さな手でギュッと絞ると再びタオルを額に乗せる。 その姿に、ティファはズクリ……と胸が痛んだ。 マリンもまた。 デンゼルが星痕症候群の頃を思い出しているのだと悟ったのだ。 そして、この目の前の少女が、一体どんな思いでベッドに横たわる兄を看ていたのか……。 そう思うと、自分が……自分と彼が小さな子供達にどれほど酷いことをしてきたのか、今更ながらに痛感する。 幼い心に受けた傷は…簡単には消えない。 そう。 自分とクラウドが故郷を神羅に奪われた傷が未だに癒えないのと同じことだ。 そっとベッドに近寄り、ティファはしゃがみこむとマリンの小さな肩を抱き寄せた。 「ごめんね……マリン」 耳元で囁かれたティファの謝罪の言葉に、マリンは何も言わない。 『どうして謝るの?』とすら言わない。 ティファがどうして……一体何を謝っているのか分かっているのだろう。 本当に…聡い子だ。 答えを言葉にする代わりに、マリンはティファの腕の中に静かにおさまったまま、ジッとデンゼルを見つめていた。 目の前で真っ赤な顔をして苦しそうに眠るデンゼル。 家にある常備薬で済ませるのではなく、ちゃんと病院に行けば良かった。 いくら嫌がっているとは言え、『ちゃんと一緒について行くから大丈夫』とたった一言言ってあげていたら、もしかしたらデンゼルは病院へ行ってくれていたかもしれない。。 ティファは腕の中にマリンの小さな身体を抱きしめたまま、至らない自分に臍を噛むのだった…。 「ティファ、私が看てるからお風呂、入ってきたら?」 暫くそのまま二人で寄り添っていると、マリンが思いついたように見上げてきた。 ティファは、一日くらい入らなくても…と思わないでもなかった。 しかし、今日も蒸し暑い一日だったことと、汗で気持ち悪いという感触がマリンの『お風呂』という言葉で一気に気になるようになった。 シャワーくらい浴びて汗を流したいという気持ちが強くなる。 少し躊躇ったが、ニッコリと笑ってくれるマリンに申し訳なさそうに眉尻を下げると、 「ごめんね。それじゃ、少しの間だけお願い。すぐ戻ってくるから」 「良いよ、ティファも疲れてるんだからゆっくりしてきて」 ありがたいマリンの言葉を受け、浴室へと向かったのだった。 そんなに時間をかけないように大急ぎで身体と髪を洗い、湯冷めしない程度に温もってティファは浴室を後にした。 一日の疲れを取る為に、いつもなら時間をかけてゆっくり入浴の時間を堪能するのだが、そんな事が出来るはずがない。 生乾きの髪のまま、浴室から子供部屋に向かう途中、少し慌てたマリンとぶつかりそうになった。 「どうしたの!?」 マリンが慌てて自分のところに来ようとしていた事に気付かないはずがない。 デンゼルの具合が急変したのかと一瞬血の気が引く。 しかし、マリンは何故か黙ったままグイグイとティファを子供部屋に引っ張っていった。 そして、その間、口元に人差し指を立てて『シーッ!』と黙るよう仕草をしてくる。 「???」 すっかり困惑していたのだが、マリンに促されるままそっと子供部屋を覗き込んだ。 「…!?」 そこには。 マリンが先ほどまで座っていた椅子に腰を掛ける愛しい人の姿。 心配そうに眉間に刻まれたシワ。 そっとデンゼルの汗を拭う優しい手つき。 そして、何よりも……。 仕事で今夜は帰れないはずのクラウドがここにいると言う事実。 ティファの視界がぼやけて滲む。 子供達の体調が悪いというだけで…残りの仕事を全てキャンセルしてくれたのだ。 帰宅してから直行でデンゼルの様子を見に来たのだろう。 着ていた服は、荒野の風にさらされて薄汚れたまま。 荷物も足元に無造作に放り出されている。 どれだけクラウドが必死になって帰ってきたのかが手に取るように分かる。 「…クラウド…」 「あ…ティファ。デンゼルは何か食べたのか?薬は?熱は?」 帰宅してから初めて顔を合わせるというのに、口から出る言葉は全て可愛い息子の事ばかり。 ティファは溜まらず一滴(ひとしずく)涙をこぼした。 それを見て、クラウドはデンゼルの具合が想像以上に悪いと勘違いしたらしい。 大慌てで部屋から飛び出すと、自分の事務所の引き出しを漁り始めた。 そして、一冊の薄っぺらい雑誌を取り出すと、携帯ボタンをプッシュしていく。 「ストップ、ストーップ!!」 慌てて止めたのはマリン。 クラウドが今まさに『通話ボタン』を押す寸前、携帯をひったくった。 「マリン!?なにするんだ、早く病院に電話をしないと!!」 「違うよ、クラウド!デンゼルは良くなってるの。ティファが泣いたのは…別の事だよ」 「…良くなってるのか……?あれで……?だって、随分苦しそうだし、それに熱もちょっと触っただけだがまだあるみたいだし…」 「本当だって、大丈夫なの。帰った時はもっと悪かったんだから!」 「……そうなのか?」 「そうなの!」 「じゃあ、なんでティファ、今……だって泣かなかったか……あれ?気のせいか…?」 どうやら目の前で苦しそうだったデンゼルに、想像以上にパニックになっていたらしい。 ティファが泣いていたと思い違いをしていたのか…と、勘違いに走っている。 マリンは呆れたように…それでいて嬉しそうにちょっと笑う。 「ん〜…まぁ、ちょっと泣いたと思うけど、デンゼルの具合が悪くて泣いたんじゃないよ?」 「…そうなのか?しかし…それ以外で泣く理由なんてあるのか…?」 「あるよ。本人に聞いてみたら?」 チラリとドアを振り返る。 そこには頬を染めて恥ずかしそうにはにかんで笑っている愛しい人の姿。 クラウドはわけの分からない顔をしていたが、それでもマリンの言う通り、デンゼルの具合が悪化したのではないと理解してくれたようだ。 はぁ……。 脱力しつつ、大きく安堵の溜め息を吐いたクラウドに、マリンとティファは嬉しそうに破顔した。 「あのね。クラウドがデンゼルを心配して飛んで帰ってきてくれたことが嬉しかったの」 デンゼルの枕元に椅子を三つ並べ、それぞれに腰を下ろしてからティファが恥ずかしそうに先ほどの涙を説明した。 クラウドはわけが分からない…と言わんばかりに…「本当にそれだけで…?」と首をかしげている。 「だって…。私達、あの頃はデンゼルの面倒を見ているつもりで、実はちゃんと見てあげられてなかったじゃない…」 ティファの言葉に、クラウドは目を見開いた。 そして、深く悲しみの色を浮かべ、目を伏せた。 「ああ……そうだったな。特に俺は…」 「違うよ、クラウド。私も……デンゼルが『星痕症候群』で苦しんでる時に、お店を開いて…忙しくする事で、結局逃げてたんだもの。クラウドと一緒よ」 ティファの告白に再びクラウドは驚いたような顔をした。 「そんなことは…」 「そんなこと、あるの」 「ティファ……」 「私も…怖かったの。不安だった。だって……」 言葉を切って、クラウドの視線から逃れるように顔を伏せる。 「クラウドが…消えてしまうって思ったから…。ミディールみたいにただ傍にいるだけっていうのも辛かったけど、それでも一緒にいられなかった事の方が…ずっと辛かった。」 心の中を曝して口にするティファの手を、小さな手がギュッと握り締めてきた。 マリンが真っ直ぐに見つめている。 ティファは微笑んだ。 「でも、それなのにクラウドは帰ってきてくれた。そればかりか、何よりも『家族』を一番にしてくれるようになってくれて……本当に嬉しかったの…」 「ティファ……マリン……」 ティファの言葉とマリンがティファを力づけるように手を握っている姿に、クラウドは己のしでかした過ちの大きさに改めて身震いする。 そして、そんな自分に『家族』が一緒にいることを喜んでくれる幸福を思わずにはいられない。 泣きたくなるほどの幸福。 ティファの気持ちが分かる。 今まさに、クラウドがそうだから。 胸が熱くなって……腹の奥底から込上げるものが涙腺を刺激しそうになる。 と、その時。 「クラウド…?」 いつもよりも熱い手が、そっとクラウドの腕に触れた。 熱のせいか、潤んだ目で見つめる息子に、クラウドは微笑を浮かべた。 「具合はどうだ?お腹、空かないか?」 「……ちょっと…空いたかも……」 デンゼルのその言葉に、ティファとマリンはパッと立ち上がると、足早に一階に向かってしまった。 その二人の素早さにクスッと笑うと、フワフワの髪をゆっくり撫でる。 気持ちが良いのか、デンゼルは目を細めるとゆっくり息を吐き出した。 「俺……クラウドが俺のこと心配して帰ってきてくれて凄くうれしい」 「そうか……」 「俺……ティファと…マリンと……クラウドと『家族』で本当に良かった…」 「……それは俺もだよ、デンゼル…」 「仕事、キャンセルしたんだろ?ごめんな、俺のせいで…」 「バカ、なに言ってるんだ?デンゼルの方が仕事よりも大事に決まってるだろ?」 「うん……凄く嬉しい……」 そう言葉を切って、デンゼルは目を閉じた。 「なぁ、クラウド…」 「なんだ?」 「ありがとう」 デンゼルの心からのその言葉に、クラウドは気付かれないようにそっと目元を拭った。 「俺のほうこそ……ありがとう……」 男二人のやり取りをドアの外で聞いていたティファとマリンは、満面の笑みを浮かべ…。 その瞳を潤ませて…。 帰宅したばかりのクラウドと、デンゼルの為の卵粥を持って部屋に入ったのだった。 もう…。 大丈夫。 私達は…『家族』だから。 ね?そうでしょう、クラウド? あとがき 『家族』を大切に思うクラウド、そして、それを行動に出せるまでに成長したクラウドでした(笑)。 実際問題、家族が…子供が風邪を引いたからといって仕事をキャンセルするのは不可能に近いでしょうが、それでもクラウドとティファには『負い目』がありますからね。 それをちゃんと克服できた…というか乗り越えて強い絆を持った『形』を書いてみたくなりました。 えっと…それでもやっぱり拙宅のクラティはヘタレですね……(苦笑)。 ここまでお付き合い下さり、ありがとうございました!! |