「クラウドさんにはまだ先の話だろうけどよぉ…。ほんっとうに……『娘』なんか持たない方が良いぜ…」
「……そうか…?」
「そうなんだっつうの!!もう……俺は……俺は〜〜!!!」
「いや……話は分かったから……少し落ち着け……」
「落ち着いていられるかーー!!!」

 酒に酔った為か、はたまた興奮している為か…。
 真っ赤な顔をして大声を上げる中年の男性客に、クラウドは苦笑した。



花嫁と父親




 セブンスヘブンが営業している時間に帰宅出来る事は珍しい。
 クラウドは浮き立つ思いで店のドアを開けた。
 途端に、懐かしいとすら思える店の喧騒に包まれ、ホッと全身から余計な力が抜け出ていくのを感じる。

「クラウド!」
「クラウド、おかえりーー!!」
「お疲れ様、本当に早く帰れたのね、良かったわ」

 駆け寄る可愛い子供達と愛しい人の微笑みに、クラウドが柔らかい笑みで応える。
 その光景は、久しく店で見ることが出来なかったものだ。
 久方振りの心温まる家族の姿に、常連客達が笑い合ったのはつい三十分ほど前の事。

 そして今は…。

 明るい店の雰囲気はそのままなのに、どこか緊張を孕んでいる。
 原因は、先程からクラウドに絡んでいるこの一人の中年男性客の存在ゆえ…。
 クラウドがいつキレるか、他の常連客達はヒヤヒヤしているのだ。
 もっとも、ティファと子供達はそんな心配をしていないようで、いつもと同じ様に仕事に励んでいる。
 いや…。
 いつも以上にご機嫌に働く女店主と看板息子・娘の三人に、客達は内心で呆れていた。
 何しろ、あの『ジェノバ戦役の英雄のリーダー』だった青年に、酔った中年の男性が絡んでいるのだ。
 それなのに、全くその事に関して動じないどころか、彼が久しぶりに早く帰宅した事の方が大きなウェイトを占めている。

『『『『良いのかよ!?!?』』』』

 客達の心配を余所に、セブンスヘブンの住人はご機嫌に接客に励み、絡まれている青年を救出に行こうとはしないのだった…。


「俺はよぉ…。ほんっとうに心を砕いて、手塩にかけて大事に大事に育ててきたんだ!それなのに……それなのに〜〜!!」
「……まぁ……その気持ちは分からんでもないが……」
「いいや!クラウドさんには分からねぇ!!『花嫁の父』の気持ちなんかよぉ〜〜!!!!」
 ズズズ…と鼻をすすり上げながらグワッと目を剥く男性客に、
『じゃあ…俺に話すなよ…』
 と思いながらも口にしないで苦笑を浮かべる。
 口にせず思うに止める事に成功したクラウドは、家出した時から比べて見ると、非常に成長したのではないだろうか……。
 もっとも、その彼の成長振りに気付いているのは、この店の店主だけ。
 カウンターの中からチラリと視線を送り、愛しい人が困ったようにしながらも、決して邪険に扱わずに話しを聞いている姿を、くすぐったいような想いに囚われながら見守っていた。

 クラウドが帰宅するまで、中年男性に絡まれていた他の常連客達がそっとティファに声をかける。
「なぁ……クラウドさん、大丈夫か?」
「俺達も散々『クダ巻かれた』けど、クラウドさんにはキツイんじゃねぇか?」
「そうだよなぁ…。仕事から帰ったばっかなのに…」
 そう言いながらも、自分達が先程まで被っていた被害を思い出し、クラウド救出に乗り出そうとしない。
 この店の主(あるじ)に事態が重くならない今の間に何とかこの状況を打破してもらいたい。
 そう願っている他力本願な常連客達に、ティファはクスリと笑って首を振った。
「大丈夫ですよ。もしも本当にイヤなら、彼はなんにもしゃべらなくなるし、さっさと二階に行っちゃいますから」
「でもよぉ…」
 自分達の期待をあっさりと裏切ってくれた美人店主に、情けない声がついつい上がる。
 それでも、ティファの眼差しがあまりにも優しく、彼に注がれていたから…。
 客達は顔を見合わせて諦めの溜め息をこぼした。
 それに、確かに彼女の言う通りでもある。
 あのクラウドが、本当に心の底から中年男性の絡みを嫌がっているなら、とっくにこの場に居ないだろう。
 という事は、少しは中年男性の気持ちが分かる……というか、興味があるという事なのだろう…。

『『『…俺は関わりたくねぇけどなぁ…』』』

 しみじみとそんな事を思いながら、先程まで被害に合っていた客達は、自分のグラスに手を伸ばした。



 一方、カウンターから離れたテーブル席に着いている客達も、クラウドと中年男性のやり取りをハラハラしながら見守っていた。
「おいおい…大丈夫か、クラウドの旦那…」
「俺なら、あんなに酔っ払ったオッサンの相手なんぞしたくねぇけどなぁ…」
「……私も……。っていうか、絡まれた時点で即行逃走するわ」
「「「「だよなぁ……」」」」
 小声でも声が揃うとそこそこの声量になる。
 看板息子の視線が自然とそのテーブルに向けられた。
 そして、そのテーブルの客の一人が意味あり気に自分に注がれているのに気付いたデンゼルは、首を傾げながら足を向けた。
「なぁなぁ。アレ、止めなくて良いのか?」
「アレ?」
 客が親指で指し示す方へ視線を流したデンゼルは、困った顔をしながらも懸命に話しを聞いている父親代わりの姿にキョトンとする。
「アレって……クラウドのこと…ですか?」
 首を傾げていま一つ分かっていない看板息子に、期待をかけていた客達は「「「「ハァ〜〜……」」」」と、ガックリ肩を落として深い溜め息を吐き出した。
「あのなぁ…。旦那は最近忙しかったんだろう?」
「こんなに早く帰って来たのは久しぶりじゃないのか?」
 呆れたような顔をしてそう言う客達に、デンゼルはフワフワの髪を軽く揺らして頷いた。
「だったら、疲れもたまってるでしょう?それなのに、あんなおじさんの愚痴につき合わされたら、クラウドさんが可哀想じゃない?」
 同席していた若い女性客が詰るように言うと、デンゼルは漸く「ああ…!」と声を上げた。
 看板息子が理解してくれた事に、なにやら脱力感を覚える。
 それでも、そのテーブルの客達は、これでデンゼルがクラウド救出に乗り出してくれると思い、ホッとするのだった。
 しかし…。

「まぁ、あのままでも大丈夫だと思うな。もしも本当にクラウドが嫌がってたら、絶対に今頃、あのおじさんはこの店に居ないと思うし…」
 もしくは、クラウドがとっとと二階に逃げるか…どっちかだよ。


 まさしくカウンターでティファが口にした台詞と同じ言葉をデンゼルは口にした。
 勿論、その事実は誰も知らない。
 何しろ、店は今夜も大繁盛なのだ。
 中年男性がいくらクラウド相手にクダを巻こうとも、それくらいで店の活気は衰えたりしない。
 …………若干、空気は緊張してしまうが……。

 まぁ、そんなわけで、ティファと常連客達の会話も、デンゼルとテーブル客達の会話も…。
 更には中年男性にクラウドが何を言っているのかなんか、聞えるはずも無い。
 中年男性の喚き声が、時々店内に響いて聞えてくるくらいだ…。

 それだけでも十分他の客達には心臓に悪いのだが……。

「でもさぁ…。やっぱりクラウドさんが可哀想じゃないのか?」
「そうだよなぁ…。滅多にこんな時間に帰れないのに、あんなオッサンに捕まっちまってさぁ…」
 のほほんとしているデンゼルに、客達は尚もそう言ってみたのだが、肝心の看板息子はあっさりとその願いを一蹴した。

「大丈夫だよ。クラウドだってたまには仕事以外でこうして他の人とおしゃべりしたいんだよ、きっと。じゃなきゃ、わざわざ汗流した後で店に降りて来ないって」

 ニカッと笑ってそう言い切ったデンゼルに、客達は諦めた。
 本当はもっと言いたい言葉があった。

 ― クラウドさんが下りて来るのは、ティファさんと子供達を見ていたいからだ ―
 ― 本当は今すぐにでも、オッサンを張り飛ばしたいと思ってるんじゃないのか? ―
 ― きっと、もうすぐキレるぞ!? ―
 ― 話しベタだから、おじさんに捕まっても上手く逃げる口実が見つけられないだけじゃないの?? ―

 などなど…。
 しかし、それらの言葉を口にする気力すら、客達には残されなかった。
 何しろ、デンゼルがあまりにも嬉しそうにクラウドを見ているから…。
 中年男性の話を一生懸命聞いているクラウドに、本当に嬉しそうな顔をして笑っているから…。
 だから…。

『『『『ま、いっか…』』』』

 そう思いなおし、改めて自分達のグラスを取って乾杯したのだった。



 はたまたそのテーブルと対極の位置にあるテーブルでは。
 同じく常連客の一グループがマリンにコソコソッと話しかけていた。
「良いのか?クラウドさん、なんか絡まれてるけど…」
「大丈夫ですよ。だって、なんだかんだ言いながらも話が弾んでるみたいだし」
 看板娘の言葉に、客達は身を仰け反らせた。
 どう見ても、クラウドが機嫌良く話しているとは思えない。
 むしろ、いつ不機嫌モードに突入してもおかしくないと思える『絡まれっぷり』なのだ。
 それなのに、看板娘はケロッとした顔でそうのたまうではないか!
「どう見ても……弾んでないと思うけど……」
 一人がおずおずそう意見すると、同席していた客達は勿論、隣のテーブルの客達も力一杯頷いた。
 しかし、マリンはニッコリ笑ったまま、
「クラウド、無表情だから分かりにくいですけど、大丈夫ですよ。今も、ホラ。ちょっと笑ったし」
 そう軽くあしらう。

『『『『どこが!?』』』』

 マリンの言葉に、客達の心は一つになった。
 どう見ても……。
「笑ってないよなぁ……」
「そうだよな……」
「むしろ、俺には不機嫌まであと十秒と見た」
「「「俺も〜」」」
 声を揃えた客達に、マリンがキョトンと首を捻る。
 しかし…仕方ないではないか…。
 客達にはそうとしか見えないのだから…。

 魔晄色に染められた瞳は、真っ直ぐ中年男性に向けられており、客達の心配そうな顔には全く気付いていないだろう。
 その青年の表情は、絡んでいる中年男性を必死に相手しているようにしか見えない。
 マリンが言った『笑った』のはいつの事だ???
 というのが、客達の本心だ。
 だがしかし…。

『『『『ま…いっか…』』』』

 結局、このテーブルの客達もデンゼルやティファに無言の期待をかけた客達同様、諦めに近いような…それでいてどこか妙に『安心』した心地になり、このまま様子を見ることにしたのだった…。



 さてさて。
 こうして店内の客達の心配と、家族の絶大な信頼を得ているとは露ほども知らないクラウドはと言うと…。

 絶好調に、自分の愛娘を『嫁に出す』という心痛を語る隣の常連客に、心底困っていた。
『俺に……一体何を期待してこんなに絡んでくるんだろう……』
 頭の中は疑問符で一杯。
 そして、視界は真っ赤な顔をして泣いたり怒ったり…、めまぐるしく表情を変えるむさいオッサン顔で一杯…。

『どうせ頭と視界を一杯にするなら、ティファやデンゼルやマリンが良いのに……』

 そう思いつつも、何故かバカみたいにお人よしになって話しを聞いている自分に驚いたりもする。
 正直、『逃げ出したい!!』とは強く思わないのだ。

『なんでだろうなぁ……』
 どこか呆けた頭でそんな事を考える。
「クラウドさんよ!聞いてるのか!?」
「……聞いてる」
「だったら、何か返事くらいしろよ〜、この野郎!!」
 ガシッと首に腕を巻きつけ、酒臭い息を顔に吐きかけるようにして怒る馴染み客に、クラウドはやはり気の利いた台詞一つ口に出来ず、苦笑するだけだった。
 そんなクラウドに、ただの酔っ払ったオヤジと化している馴染客は、「この〜!誠意っつうもんが感じられねぇ!!」「これだから最近の若い野郎は〜〜!!!」などなど、実に理不尽な暴言を遠慮なく浴びせてくる。

 そして…。

 何故かこの酔っ払いが自分に絡む度、店の空気が妙に緊張するのを敏感に感じ取っていたクラウドは一人「???」と、首を捻るのだった。






「本当に…ご迷惑をおかけしてしまって……」
「いや……別に…」
「いえ…クラウドさんもティファさんも。義父が本当に申し訳ありませんでした」
「あんらとぉ〜!?お前に『ちち』らなんれ、呼ばれう筋合いは…にゃ〜〜!!!」
「「「「…………(『にゃ〜〜!!!』て)…」」」」

 すっかり…しっかり…やっぱり…。
 ただの迷惑な酔っ払いへ変身を遂げた馴染み客は、こうして二時間後、無事に娘夫婦に託された。
 完全に呂律の回らない中年の男性は、ヘロヘロになって足腰が立たなくなっており、娘婿に負ぶわれて帰って行った。
 その後姿が時折大きく揺れ、四人はその度にヒヤヒヤした。
 どうやら、娘婿の背中で馴染み客が暴れているらしい…。
 そんな危なっかしくもどこか温かな後姿が、路地を曲がって消えるまで四人はしっかり見送った。
 というか…目が離せなかった。

「もう、お父さん!暴れないでよ!!」「しゃらくせ〜〜!おめぇに心配されるような俺じゃねぇ〜〜!!」「あ、あの…落ちますから、暴れないで…!」「キャ〜!危ないから〜〜!!」「うおぉぉぉおん!なんでこんな野郎と結婚するんだ〜〜!!」「…お義父さん……」「どぅわれが(誰が)、『おとうさん』ら〜〜〜!!!」

 路地を曲がって姿が見えなくなっても、そんなやり取りが夜気に乗って聞えてくる。
 クラウド達は顔を見合わせると穏やかな笑みを浮かべたわけだが、ふとクラウドは自分の隣に立っている娘を見下ろした。
 血は繋がっていないが、マリンは自分の娘だと思っている。
 勿論、マリンにはバレットがいるから、マリンはバレットこそを『父親』と思っているだろう。
 しかし、それでもクラウドにとっては『娘』であり、大切な『家族』なのだ。

「どうしたの?」
 ジッとマリンを見つめていると、ふいにその視線に気付いたマリンが不思議そうな顔をして見上げてきた。
「……いや……別に……」
「?」
「何でもないんだ…」
 小首を傾げる娘に穏やかな笑みを浮かべると、そっとマリンの視線に合わせるようにしゃがみ込んだ。

 大きな目はマリンが利発である事を充分語っている。
 そして幼いながらも、既に『美人』としての将来が約束されたような整った顔立ち。

「……マリンはモテるだろうなぁ……」
「ふぇ?」
「いや……何となくあのお馴染さんの気持ちが分かった気がして…な」
「???」
 クラウドの一言一言が、マリンには理解不能。
 そして、それはデンゼルも同様。
「クラウド……やっぱり疲れてるのか?」
 心配そうに顔を覗き込んでくる息子に視線を移す。

 フワフワした前髪に意志の強い光を湛えた瞳が覗く。
 マリンとは血が繋がっていないにも関わらず、マリン同様整った顔立ち。

「……デンゼルも将来が楽しみだな……」
「は…?」
「いや……なんとなく……」
「???」
 これまた謎な言葉に、子供達は少し困ったように顔を見合わせた。
 ただ一人。
 ティファだけはクラウドの心情を理解したらしい。
 クスリ、と可笑しそうに笑みをこぼすと、「はいはい。みんな、お店に戻りましょう」そう促してクラウドの耳元に唇を寄せた。


 ― そんなに先の事を心配してどうするの?『お父さん』 ―


「!?…………………そうだな…」
 ティファの囁きは、子供達には聞えなかった。
 ただ、クラウドがビクッと顔を強張らせた後、どことなく気まずそうに頭をガシガシと掻き、どこか吹っ切れたような顔をして笑った父親に、胸があったかくなったのだった。

「じゃ、戻るか」
 そう声をかけると、
「「うん!」」
 と嬉しそうに頷いてくれた子供達が愛しくてたまらない。
 クラウドは両腕を子供達の膝下に伸ばすと、そのまま軽々と子供達を持ち上げた。
 首に子供達の細い腕が回り、嬉しそうな歓声が耳に心地良い。
 顔をピッタリと寄せてくる息子と娘に、クラウドは幸せで一杯になった。

『確かに…もう少しはこのまま一緒にいられるんだから…な』

 そう自分に言い聞かせ、ゆっくりとした足取りで店に戻った。
 その途中。

「…マリン」
「なぁに?」
「出来れば……俺と一緒に歩いてくれると嬉しいんだが……」
「へ?どこを???」
「…………………その時が来たら言う…」
「「???」」

 クラウドの謎掛けのような言葉に、子供達はクラウドの頭を挟んで顔を見合わせるのだった。
 そんな子供達に、クラウドは困ったような顔をしてクスクスと笑って見つめる愛しい人を見た。
 ティファには何の事かバレバレのようだ。



 純白のドレスに身を包んだ愛娘。
 深紅の絨毯を歩く愛娘の隣を歩くのが自分だと良いのに…。
『まぁ…無理だろうな……』

 苦笑したクラウドの脳裏にごつい体躯の仲間が浮かぶ。
 きっと、マリンはバレットの腕を取ってバージンロードを歩くのだろう。
 でも…。


「やっぱり……俺が一緒に歩きたいな…」
「「???」」


 思わず口からこぼれた落ちた本音に、子供達はますます首を捻った。

 クラウドか…。
 それともやはりバレットなのか…。

『花嫁の父』としての大役を果たす事になるのがどちらなのか…。
 それをバージンロードが知るのは、まだまだ先の話。




 あとがき

 なんとなく…。
 本当になんとなく、マリンって一体誰とバージンロードを歩くんだろう…???
 と思いまして…。
 いや、やっぱりバレットなんでしょうかねぇ…。
 絵的にはクラウドの方が素敵になりそうですが(苦笑)。
 でも、一つだけ分かってるのは、『花嫁の父』としてマリンの隣を歩くのがバレットであってもクラウドであっても、マリンは幸せだ〜♪という事ですね(笑)

 はい。お付き合い下さってありがとうございましたm(__)m