陽だまり




家族というもの。
それはきっと。
“ただいま”を言えば、どこからともなく“おかえり”を返してくれる存在。
すべてを言葉にしなくても、互いの思いが伝わる存在。
倒れそうになったとき、さりげなく手を差し伸べてくれる存在。
そこでは、血の繋がりが持つ意味なんてそれほど大きくはない。
気持ちさえ繋がっていれば、どこにも負けない自慢の家族と呼べる。
そう、私は思っている……。



「パパ、そろそろお昼ご飯にするから子供たち呼んできてくれる?」
火にかけたお鍋の中で、ミルク色のシチューがふつふつと美味しそうな音を立てている。
「……これで良し、と。……ねえパパ、子供たち……あら?」

火を止めて、彼がいるはずのリビングに視線を送った。
さっきまで本を読んでいたはず……。
「……いつの間に」
ちらっと階段の方へ目を遣ってから、小さな溜息を一つ吐く。
「あの子のパパっ子は筋金入りね」

キッチンから、心持ち足音を忍ばせるようにしてリビングへ向かった。
途中、ぎしりと床が音を立て、私の身体もぎくりと竦む。
まるで“だるまさんがころんだ”でもやっているみたいに。
……何してるんだろう、私。
そう思ったけれど、すぐに苦笑が浮かぶ。
彼の寝顔、あれは私じゃなくたって、いつまでも見ていたいと思うはずだもの。
うん、私が変なんじゃなくって、彼の寝顔がいけないのよ。
あんなに……可愛いから。

そろそろとソファへ近づいて、彼の足元へ膝をついた。
彼が読んでいたはずの本は脇に転がり、きっと無意識なんだろうけれど、膝に乗った小さな“彼女”の身体をその逞しい両腕で抱き締めている。
彼も“彼女”も、同じように規則正しく寝息を立てている。
もう一度、くすりと笑いが零れてしまったのは仕方ないと思う。
だって、こんなにそっくりなんだもの。
姿かたちだけでなく、いつも彼を追い回しているからなのか、やること成すことが全部彼のコピーのよう。
……私としては、嬉しいんだけどね。

「……アイン、もうご飯よ」
そっと我が娘の金糸のような髪を撫でた。
一度寝るとなかなか起きないところも彼に似ちゃって。
その細い腕を彼の首に回し、頬を彼の肩に摺り寄せて、微かに開いた唇から時折小さく何かを呟いている。
「もう、……少しはママにも甘えてくれないかな?」
ついそんな言葉を漏らすと、彼の掠れたような声が突然耳に届いた。
「……あ…・・・知らないうちに眠ってたな」
“彼女”のあどけない顔を覗き込んでいた私の目の前で彼の空色の瞳が開かれたことで、心臓が途端にうるさく音を立て始める。
私ってば、何年経ってもこんな状態。
ユフィあたりに言ったらきっと呆れられちゃうって分かってはいるんだけど。

「ごめん…起こしちゃったね」
「いや、それはいいけど……アイン、いつからここに?」
「私も今気づいたところ。2階でお兄ちゃんたちに遊んでもらってたはずなんだけど」
「……そうか」
彼が目を細めて、自分にきゅっと抱きつく娘の顔を覗き込んだ。
その無骨な手で何度も繰り返し、小さな頭を撫で下ろす。
「アインも8月で3歳か」
「うん。……まだまだ小さいよね?この頃のマリンの方が全然大人びていたでしょ?」
「マリンと比べるのは無理がある気がしないか?……マリンは特殊な環境にいたから、必然的に気持ちの方の成長速度が速まったってだけだろう?」
「うん……そうだね。考えてみれば、アインのように安心しきってただ親に縋り付いて眠れるような状況じゃなかったものね。それを思うと、マリンは何だか可哀想だったって気がする」

そんなことを言ったら、彼がくくっと小さく笑い声を漏らした。
「……何?」
「マリン本人は、自分が可哀想な子供時代を過ごしたなんて思ってないと思うけどな……?俺の勝手な推測かもしれないが、マリンはマリンで、いろんな苦労をしながらティファを手伝い、バレットの心配をし、俺やデンゼルを時々叱ってくれたりしながら、自分も家を支えている一人であることを誇らしく思ってるんじゃないか?」
「……そう、思う?」
マリンに申し訳ない気持ちから不安の色が私の顔に滲んでいたのかも知れない。
彼が頷いて片手を私に差し出した。
「気になるなら、直接マリンに聞いてみればいい。あいつもきっと本音で答えてくれるよ。俺たち、家族なんだしな」
私の身体は彼の腕で引き寄せられて。
娘を抱いたまま顔を近づけてくる彼に、私の胸はどきどきと高鳴る。
やがて重なった唇は、いつにも増して熱を帯び、甘く感じられた。
……2階からあの子たちが降りてきたらどうしよう?
そんなことがふっと頭を掠めたけれど、彼から伝わる高めの体温は、私に冷静な判断を下すことを許さなくて。
暫くそのまま、縋るように彼のシャツを掴んでいた。
子供たちが傍にいる空間で“母”でなく“女”でいることは、随分久し振りだって思う……。

「パパ、ちゅーしてる。アインもー」
突然割り込んだ幼い声に、思わず私は彼から飛びのいた。
目の前で、娘の鳶色の瞳がきらきらと輝いている。
「アイン?!……起きてたの?」
彼の方は私より幾分余裕の顔で、顔を真っ赤にする私に苦笑している。
そうだよね。
こんな小さな娘に彼とのキスを見られたからって、いちいち過剰に反応する私が変なのかもしれない。
でも……私よりいつも少しだけ余裕のある彼が時々憎らしく思えることがある。

「ねーねー、アインもちゅーする!」
彼の返事も待たずに、娘はそのちっちゃな唇を彼の頬に押し付けた。
「……まったく」
彼は愛娘の強引とも思えるキスに、一応そんなことを呟いてはいるんだけれど。
言葉とは裏腹に、……何て嬉しそうな顔してるのかしら。
まったく、って言いたいのは私の方よ。

「ああ!またクラウドがアインを独り占めしてる!」
振り向くと、2階から駆け下りてきたらしい我が家の“長男”が口を尖らせながら抗議していた。
後に続いて“長女”と愛犬も下りてくる。
「本当だー、まったくしょうがないよね、クラウドとデンゼルは揃いも揃って親バカ兄バカで」
「はあ?俺が兄バカってなんだよ?」
「言葉の通りよ。アインがどんなに我まま放題やったって、2人ともデレ〜っと目尻下げちゃって、情けないったらない」
「だっ……それは!……しょうがないだろ、アインは可愛いんだし」
「ほうら。やっぱり兄バカね。結局アインの躾はティファとあたしの役目になるんだもん。クラウドとデンゼルは絶対に叱ったりしないから、当然アインには大好きー、とか言われるのよね。美味しいとこ取りでずるいんだから」

聞いていた私は思わず吹き出してしまった。
2人とも背も伸びてだいぶ大人っぽいところが出てきたけれど、デンゼルがマリンに意見される構図はずっと変わらない。
それはマリンとクラウドの関係も同じようなものなんだけれど。
でも、マリンのお説教を余裕で流してしまう彼とは違って、デンゼルはその度にかなり本気でむくれたり焦ったり。
そんな“長男”がとっても可愛くて、時々以前のように抱き締めてあげたいと思っても、最近は恥ずかしいのかそれもなかなかさせて貰えなかったりする。

「デンゼル、お前は確か……弟が欲しいって散々言ってなかったか?」
彼が瞳に笑みを含ませて口にした言葉に、デンゼルはかりかりと頭を掻いた。
そんな仕草もますます彼に似てきたようで、彼のコピーが2人もいることに私の頬は自然と緩む。
「うん……確かに言ったかも知れないけどさ。でも、やっぱりアインは可愛いし。悪戯しても怒る気になれないんだよな」
「駄目だろ?それで苦労するのはティファとマリンなんだし」
「え?!クラウドだってアインを怒ってるとこ、見たことないけど?」
「……可愛いからな。仕方ない」
「何だよそれー!俺は駄目でクラウドは良いのかよ?!そんな理屈俺認めないからな!」

本気でむくれたらしいデンゼルが、つかつかと歩み寄って妹を彼から取り上げた。
「アイン、お兄ちゃんにもちゅーだろ?ほら」
変な対抗意識を燃やして、デンゼルが自分の頬を抱き上げた妹に向かって突き出す。
「うん!ちゅー」
デンゼルにもかなり懐いているアインが、兄の首に縋りついて頬に唇を押し当てた。
「うん、アインはいい子だ」

堪らずくすくすと笑い出した私の頭を、彼がぽんと軽く叩いて立ち上がった。
「ひょっとして、もう昼ご飯?」
「あ、うん。今日はクラウドの好きなシチューだから」
「俺は何でも好きだっていつも言ってるだろ?…もちろん、ティファが作ったもの限定だけどな?」
「……有難う」

彼が何気なくくれる言葉が、その度に私の気持ちを弾ませたり、穏やかにしてくれたり。
……時には落ち込んじゃうこともあるんだけれど。
そんなときは決まって、彼の言葉が少しだけ足りないときで。
後から慌てた彼が付け足してくれる言葉で、沈んだ私の気持ちはあっさりと掬い上げられるから。
彼の隣にいられること、可愛い子供たちに囲まれていられること。
すでに当たり前となったその揺るぎない事実が、私を誰よりも幸せにしてくれている……。



「アインは今度、いくつになるんだ?」
「みっつー」
娘がちっちゃな手で「3」を示す。
「そうだったよな。偉いぞ、アイン」
「……ティファ、クラウドはあの質問、何度繰り返せば気が済むの?」
隣でマリンが溜息をついている。
誰もマリンを責めることなんてできないよね。
私は苦笑しながらも、手にしていたスプーンを置いて目の前の彼にマリンの質問をぶつけてみる。
返ってきた答えは……やっぱり親バカって言われても仕方ないのかも知れない。

「だって、見てみろよ。こんな紅葉みたいな手でみっつー、ってやるんだぞ?可愛くて何度も見たくなるって思わないか?」
「……」

やっぱり私も溜息をつくしかないみたい。
隣のマリンと視線を絡めて、どちらからともなく苦笑を浮かべた。
後で2人になったときにでも、さっきの質問をマリンにしてみよう。
彼の言うとおり、家族だもんね。
きっと遠慮なんてせずに、本音を伝えてくれるはず。
普通の子の知らないたくさんの苦労をさせてきちゃったけれど。
ううん、きっとこれからも苦労をさせちゃうはずだけれど。
優しく育ってくれたマリンを、私も彼もとっても頼もしく、誇らしく思ってる。
そして、たまには甘えて欲しいな、なんてちょっぴり思っていたりもする……。

「アイン、にんじんきらい!パパにあげる。はい!」
「しょうがないな。大きくなれないぞ?」
娘がスプーンでシチューに入っていたニンジンをぽいっと父親のシチューに放り投げる。
「好き嫌い言ってたら、アインは誰のお嫁さんにもなれないと思うけどな。いいのか?」
「いいもん。アイン、パパのおよめさんになるんだから。ぜんぜんこまらないもん」
「……まあ、いいか」
彼が緩んだ頬をかりかりと指先で掻いている。

……パパのお嫁さんになるって、それを言わせたかっただけでしょう?
誘導尋問なのよ、クラウドの発言は全部。

はあ、とさらに深い溜息をついてしまった私は、くすくすと笑うデンゼルとマリンの視線に気づいて、思わず頬を火照らせた。
別にアインに嫉妬してる訳じゃないのよ?
成長した2人の子供たちにこちらの気持ちをすべて見透かされているようで、慌てた私は足元に寝そべっていたジュエルの餌を用意しようと席を立つ。

「ママー、アイン、ママも大好きー」

きっと彼が無理矢理言わせてるのよ。
私の機嫌を損ねないために。
だけど、その手には乗らないんだから。

「パパもママが大好きだってー」

……それは不意打ちじゃない?!
フェアじゃないわよ!

耳まで赤くなっているのを自分でもはっきりと感じながら。
大好きな彼と、彼にそっくりな可愛い娘と、しっかりものの“長女”、そして素直な“長男”と。
そんな素敵な家族に囲まれて、今日も私の胸は陽だまりのように温かくなる……。



FIN



感想

もう、本当に心がホッコリする素敵な小説に大感激です!!アインちゃんと言う名前も何て愛らしい(陶酔)
アインちゃんにメロメロなクラウドとデンゼルが堪りませんね!!
こんな素敵な小説が、フリーと聞いて即ゲットです(笑)。
太っ腹なるしあ様に万歳です!!