それは、本当にいつもと変わらない日常の一コマだったはずなのに…。
秘密…
いつものように朝起きて…。
いつものように家族に挨拶をし…。
そして、いつものように配達の仕事に出かけた…。
いつものように荷を受け取り…、荷を運ぶ。
いつものようにフェンリルを走らせ…。
いつものように仕事を終えて帰宅した。
そう。
幾つもの『いつものように』が重なって過ぎた一日だったのに、帰宅したら『いつもと違う』彼女が微笑んでいた。
「ティファ、何かあったのか?」
ただいまも言わず、彼女の作られた笑顔に驚いて声をかける。
彼女はそんな俺に、
「どうしたの?別に何も無いわよ?」
と、本当に何でもないかのような、キョトンとした顔をして見せた。
その顔だけを見ると、俺の勘違いのようだけど、絶対に勘違いじゃない。
今だって、ほんの僅かに瞳が動揺して揺れ動いているじゃないか。
確かに俺は、鈍感だって自覚があるけど、ことティファや子供達の事に関したら割りと人並み…って言うか、鋭い感覚をしていると自負しているんだ。
だから、そんな取ってつけたような偽りの仮面を被ったとしても、全部バレバレなんだぜ…?
でもさ。
ティファが、意外に頑固者だって事もちゃんと知ってるから、きっと今問い詰めても絶対に白状なんかしないだろ?
だから…。
「ああそうか。何でもないなら別に良いんだ…」
って言うしかないんだよな…。
あっさり俺が引き下がった事で、彼女は背を向けてそっと安堵の溜め息を吐いていたけど、それもバレバレなんだよな…。
………本当に何があったんだろう…。
俺には言えない事なんだろうな…。
嫌な客とかが来たのだろうか?
いや、それくらいのレベルの話なら、別に俺に隠す事もないよな…。
誰かに告白でもされたとか?
十分ありえる話しだけど、それならもっと、こう、顔が赤くなって、挙動不審で、落ち着き無くて、終始俺の顔をチラチラ盗み見て…。
うん。
きっと、そんなバレバレな仕草を必死に隠してるつもりで無意識にするだろう…。
なら、一体なんだろうな…?
ただ単に疲れが溜まってる…、それだけの話ならいいんだけど、どうもそうじゃない気がするんだよな…。
勿論、これは俺の勘だけどさ。
「美味しい?」
「ああ、美味い」
「本当に?」
「…?本当に」
「良かった…」
「…ティファ?」
「うん?どうしたの…?」
どうしたの…?は、俺の台詞なんだけどな…。
「いや、何だか疲れてるみたいだけど大丈夫か?」
「うん、ありがとう。子供達が手伝ってくれたから大丈夫。いつも子供達に助けられてて、本当に幸せ!」
幸せ…、って顔じゃない気がするんだが…。
「あのさ…」
「なに?」
「明日…、店、休めるか?」
「? 休めるけどどうして?」
「……たまには子供達ものんびりと夕食食べたり、話をしたりする時間が欲しいだろうからさ」
「あ!そうよね。うん、じゃあ、明日はお休みにしようかな」
本当はそんな事が言いたかったんじゃないんだけどな…。
ティファが何だか辛そうだから、休みにして欲しかったんだけど、そう言ったら絶対に休まないだろ?
子供達を出したら、きっとティファは子供達の為に休みにするだろう?
そう思って子供達を利用した俺って、結構酷いやつだよな…。
でも、子供達にのんびりと過ごして欲しい気持ちもあるんだから、あながち全部が嘘じゃないんだよな。
だから、ちょっとの嘘は許してくれよ。
それにしても、ここまで俺の予想通りの返答をしてくれるんだから、ティファは根っからのお人よしだよな。
どうしてもっと、自分を大切にしないんだろう…。
もっと甘えてくれたら良いのに…。
もっと頼ってくれたら良いのに…。
もっとわがまま言ってくれたら良いのに…。
でも、そんな事言ったらきっと、
『なに言ってるの?私は今のままでも十分幸せだし、クラウドの事、とっても頼りにしてるんだよ?わかんないかな〜??』
って、眉間にしわ寄せて困ったように笑うんだろうな…。
全く、とことん苦労性なんだからさ…。
苦労性で甘え下手、お人好しで涙もろい、そのくせ頑固者で頑張りや…。
これほどまで自分に厳しい性格の人間はそうそういないんじゃないか?
何だってこんなにしんどい性格になったんだろうな…。
もっと、こう、自分に甘い顔したら良いと思うんだが…。
「クラウド…、私の顔に何かついてる?」
「ん?ああ、目と鼻と口」
「ふぇ?何それ!?」
俺のとんちんかんな答えに、ようやく作り物でない笑顔になる。
本当に…、頼むから作った笑顔で俺を見ないでくれよな。
ティファの作った笑顔は、今にも壊れそうで、儚くて、とても辛い。
ティファがどっかに行ってしまう…、そんな理不尽な思いに取り付かれてしまうから…。
「なぁ、ティファ?」
「なに?」
「ティファはさ、欲しい物とかないのか?」
「え?どうしたの、いきなり?」
あ、本気でびっくりしてる。
大きな目が更に大きく見開かれたその表情…、頼むから他の奴には見せないでくれよ…。
なんて事言ったら、絶対に『バカ!!』って怒鳴られるんだろうな…。
顔を真っ赤にさせて怒鳴るティファを想像したら、ついつい頬が緩んでしまう。
「あ!何か今、意地悪な事考えたでしょ!!」
「ん?何で?」
「だって、そう顔に書いてあったもの」
「そうか?」
「そうよ!」
「ティファにはバレバレだな」
「もう!」
「ところで、話を戻すけど、何か欲しい物は無いのか?」
「ん〜。特には無いわ」
本当に、欲のない人間だよな…。
「服とか鞄とか欲しくないのか?」
「え?だって、今のままで十分だもの」
戸惑ったような顔をするティファに、『ん?』と内心首を傾げる。
何か、今、まずい事言ったか?
「ティファ…あのさ…」
「クラウド、ご飯冷めちゃうよ?」
「………ああ、そうだな…」
あからさまにその話題に触れて欲しくなさそうな彼女に、心の中で狼狽する。
何だ?
俺は今、何か言ったらまずいことでも口にしたか?
ただ『服とか鞄とか欲しくないのか?』って言っただけだろ?
あれか?
贅沢は禁物ってやつなのか?
でも、そんなに日頃から贅沢してるわけじゃないし…、どっちかと言うと我が家の暮らしは収入から考えたら質素な部類に入るんじゃないのか?
…………。
だめだ。
全然分からないぞ…。
「クラウド、もう食べないの?」
「え!?いや、食べる…、食べるさ、うん」
ちょっと気遣わしげな顔をするティファに質問なんか出来るはずもなく、冷めかけていた夕飯を胃袋に押し流した。
「なぁ、昨日ティファに何かあったのか?」
翌朝、子供達が起きてきてからティファにバレない様にコソコソと訊ねてみる。
結局、昨夜はあのまま何も解決しないで就寝してしまった。
聞ける雰囲気ではなかったんだ。
「あ、クラウドが帰ってからもおかしかった?」
「帰ってからも…って事は…」
「うん。昨日、何だかティファ、様子が変だったの。料理は焦がしちゃうし、注文は間違えちゃうし、何だか全部上の空って感じで、ボーっとしてたし…」
デンゼルとマリンが心配そうな顔をしてそっと囁く。
「それ、いつからだ?」
「ん〜。お店が開いた頃は普通だったよ?ねぇ?」
「うん。途中から何だか失敗が急に増えたんだよな」
マリンに話を振られたデンゼルがコクコクと頷く。
「という事は、誰か変な客が来たって事か?」
それなら、別に俺に隠す必要なんか何も無いんじゃないだろうか…。
「ああ、別に昨日は変なお客さんとか来なかったよ」
「?そうなのか?」
「うん、なぁ、マリン」
「うん。昨日はとっても平和だったもん」
子供達の話を聞いて、ますます謎が深まるだけ…。
困ったな…。
このまま時間が経てば、自然と解決するんだろうか?
でもそれじゃ、根本的な問題の解決にはならないしな。
となると、やっぱり直接本人に聞くしかないのか…?
きっと、不器用にはぐらかそうとするんだろうな…。
でも…。
当たって砕けてみても良いかもな。
話をする事で明確な答えをもらえなかったとしても、少なくても心配している事は伝わるだろう。
そう決意した時、
「お待たせ!朝御飯で来たよ!」
カウンターから笑顔で彼女が呼びかけた。
子供達は顔を輝かせて彼女の手伝いに走り出し、俺もその後からゆっくりと続いた。
家族揃って朝食を食べる。
それは、俺が家出から戻って来てからの暗黙のルール。
勿論、仕事の関係で無理な時もあるけど、極力揃って食卓を囲むようにしている。
うん。
ティファの料理はいつでも美味いんだが、皆で食べるとその美味しさが何倍にもなる。
食卓を囲む子供達は、昨日のティファの件があって少々彼女を心配そうに見ていたりもしたけど、それでもやっぱり笑顔で美味しそうに彼女の手料理を味わっていた。
子供達の笑顔は食卓を華やかにしてくれる。
彼女も、そんな子供達に穏やかな眼差しを向けていた。
それは、『いつものように』平和な朝の風景だった。
「じゃ、今夜はお店、お休みするの?」
マリンが嬉しそうな声を上げる。
そのマリンの横では、同じ様に顔を輝かせたデンゼルがティファを見ていた。
「うん。今夜はゆっくりとしましょう。いつもお手伝いしてくれてるデンゼルとマリンにうんと美味しい夕食作ってあげる!」
「「やった〜!!」」
子供達の歓声に、破顔する彼女は、本当に綺麗だと思う。
彼女と同年代の女性は、まだまだ自由を謳歌して、綺麗な格好をして、好きな人と楽しい一時を過ごして…。
そうやって時間を過ごしているのに、彼女は自分の事よりも家族の事を優先させる。
だから、昨夜、彼女に『欲しい物はないか?』って聞いたんだよな。
最近、配達の仕事の内容が変わってきていた。
衣服関係の荷物の配達が少しずつ増えてきたんだ。
それは、世界が少しずつ平和になってきたって事だと思うから喜ばしいんだけどさ。
それらの荷物を届けた時、俺達と同年代の女性が嬉しそうな顔をして荷物を受け取るのを見て、ティファにも何か彼女の似合う服やアクセサリーを買ってやりたい…。そう思ったんだ。
それは別に変じゃないよな?
それに、あの旅の間で『彼女』が言ってたんだ。
『いつでも女性ならお洒落に関心があるものよ』
ってさ。
確か、こう言われたのは『彼女』が戦闘の度に乱れた髪を気にしているのを俺がじっと見てた時だったな。
いや、勿論、悪いっていう意味で見てたんじゃなくて、ティファもユフィもそんなに気にしてなさそうだったから、何だか『彼女』の仕草が不思議に見えてさ。
ああ、確かに俺はあの頃から鈍感だったな…。
『乙女心が分かんない人ね』
って、思い切り呆れられてたしな…。
今もそれは変わってないって事だよな…?
…………。
何だか無性に落ち込むんだが…。
「どうしたの、クラウド?」
「え?い、いや、なんでもない」
「そう?でも、早くしないと遅れちゃうんじゃない?」
ティファがそう言って時計を指差す。
出発予定時刻まであと五分しかなかった。
大慌てで洗面所に行き、うがいをして身だしなみを整える。
でも、頭の中はティファに昨夜の事を訊ねる台詞で一杯だった。
一体、何て切り出したら良いんだ?
…………。
考えたって分かるわけないな。
俺は口下手なんだから…。
「クラウド、行ってらっしゃい!」
「今夜は早く帰ってくるだろ?」
子供達が小走りで俺の後を着いて来る。
「ああ、勿論だ」
「じゃあ、クラウドが帰ってくるまで夕飯待ってるからな!」
「分かった。じゃあ、皆が餓死するまでに帰ってくるよ」
そう言って、デンゼルとマリンの頭を軽くポンポンと叩く。
そして、子供達の後ろで微笑んでいるティファに目を向けると、ちょっと手招きをして彼女を呼び寄せた。
「なに?」
首を傾げつつも素直に傍に来てくれる彼女が可愛い。
「あのさ。昨夜の事だけど、何か気に障ったなら謝る」
突然切り出した台詞に、ティファはびっくりして目を丸くした。
ああ、当然だよな。
俺だってこんな切り出し方するつもり無かったんだし。
でも、こんなにスッキリしないまま仕事に行くのはイヤだったんだ。
頭の中がその事で一杯で、フェンリルの操作を間違えちゃうかもしれないだろ?
まだ、『彼女』と『アイツ』の所にいく気は無いんだから。
「ただ、ティファは自分の事は何でも二の次にするだろ?いつも俺やデンゼルやマリンを優先させるから、たまにはティファに喜んでもらおうと思っただけなんだ。だから…」
そこまで言った時、ティファが顔をクシャッと歪めて泣きそうになってしまった。
な、ななな、何でそこでそんなに泣きそうな顔するんだ!?
ホラ見ろ!デンゼルとマリンがびっくりし過ぎて目が落ちそうになってるじゃないか!
俺か?
俺が悪いのか?
いや、確かに俺が言ったすぐ後にこんな顔したんだから俺が原因だろうな…。
でも、何も泣くような事、言ってないだろう?
変な汗が背中を伝う俺に、ティファは極上の笑みを見せると、
「ありがとう!」
そう言って、ギュッと俺に抱きついてきた。
え……。
なんだ……?
もしかして……。
嬉しかったのか……?
はあ〜〜〜。
もう、思い切り安心した。
安心しすぎて思わずへたり込みそうになった。
そんな俺達を見て、デンゼルとマリンが心から嬉しそうに笑っている。
本当…。
みっともないよな…。
でも、まぁ、家族だから良いよな、こんなみっともないところ見せてもさ。
涙で濡れた瞳で俺を見上げるティファの頬にそっと『行ってきます』のキスを贈ると、見送る三人に片手を上げてフェンリルのエンジンを思い切り噴かせた。
ミラー越しに手を振る三人の姿を見て、胸が温かくなる。
俺には勿体無いほど、素晴らしい家族だとしみじみそう思う。
そして、先ほど見せてくれた彼女の笑みに、どうしようもないほど頬が熱くなる。
これからもああいう顔を見せてくれるなら…、何だってするんだけどな。
でも、そういうことを言うと、『バカ!』って顔を真っ赤にさせて怒鳴るんだろうな。
彼女は恥ずかしがりやだから。
恥ずかしがる彼女も可愛いんだけど、あんまりいじめるのも悪いからな。
だから…。
暫くこの事は秘密だ。
あとがき
突発的に思いつき、勢いだけで書いた『内緒…』の続きのお話です(笑)。
『内緒…』は暗かったので、今回は明るめで。作中でティファが『服とか鞄』に過剰に反応
したのは、『内緒…』の影響があるのです(わ、分かりましたでしょうか…汗)
では、お付き合い下さり有難うございました。
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