カチ…カチ…カチ…。

 静まり返ったセブンスヘブンに時計の針の音だけが響く。
 ティファは濡れた手を拭きながら、カウンターを出た。



星明りの下で…




 今夜、愛しい人は帰ってこない。
 彼の帰宅は明日の早朝。
 子供達は既に夢の中。

 ティファはうーん…と伸びをすると、ゆっくり肩を回して窓をふと覗いた。
 窓から見えるのは……満天の星。
 ジッと見つめていると吸い込まれそうなその綺羅星達に、どうにも気持ちが抑えられなくなってくる。

「大丈夫…だよね…?」

 呟いた言葉にニッコリ笑ってそっと二階へ向かう。
 子供部屋を覗くと想像通り、二人の天使は愛らしい顔をして熟睡していた。
 それぞれの額にキスを贈り、そーっと部屋を後にする。

「玄関良し、火の元良し、水道の蛇口良し、電気良し!」

 一つ一つ点検して…。

「裏口の鍵OK!」

 弾む声を極力抑えながら、ティファは自宅を後にした。


 静まり返ったエッジの街を軽やかに疾走する。
 自慢の脚力は、戦闘から離れた生活を送っている今尚健在で、あっという間に目的地に到着した。
 そこは…。


「ごめんなさ〜い…」

 建設中のビルの一つ。
 黄色と黒の『立ち入り禁止』を示すロープをくぐり、軽やかに跳躍。
 半年前にバハムート・シンと対峙したあのビルは、もう既に工事を終了し、立派なショッピングモールとなっている。
 実は、あの建設中のビルはティファのお気に入りだった。
 むき出しの鉄骨は、自慢の脚力を活かして天辺に到着するには格好の条件。
 それがあっという間に大きなビルに変身してしまった。
 それだけ復興が進んでいるという事なので喜ばしい事なのだが、個人的にはちょっぴり残念だった。
 何しろ、あのビルの天辺から見上げる夜空はサイコーだったのだから!
 しかし、エッジはこの星一番と言って良いほどの復興の街。
 建てても建てても、新しいビルがにょきにょきと現れる。
 というわけで、今夜はまだ鉄骨の骨組みしか出来ていないビルの一つへやって来た。
 店からそんなに離れていないこのビルは、またもや大手のショッピングモールが出来るという。

「そんなにショッピングモールばっかり出来ても仕方ないと思うんだけどなぁ…」

 呟きながらも、跳躍はいささかも左右されない。


 トン…スタッ。
 ストン…タタッ。
 シュッ……トンッ。


 軽快なジャンプの音。
 空に向けて飛び上がるたび、ティファの耳に空気を切る心地よい音が届く。
 身体全身で風を切るその感触は、言い様のない高揚感をもたらしてくれる。

 まるで、この星の大気を独り占めしたかのような優越感に近い感情。
 全身で風を受けながら一気に建設中の建物の天辺に到着する。


「はあぁ〜〜……」


 満天の星空を見上げ、思わず感嘆の溜め息が洩れる。
 まるで……星達の宴のようだ。
 ある星は小さく、ある星はその存在を主張するかのように煌々と輝いている。

 このように満天の星は、エッジの街では見ることが出来ない。
 何故なら、復興めまぐるしいこの街には日々大きな変化が起こっている。
 次々と大きな建造物が立ち並び、道端でふと空を見上げると、空が小さく小さく切り取られたように見えるのみだ。
 だからこそ。
 このような建設中の、しかも鉄骨の状態のビルに上らない限りは、この街で心ゆくまで空を満喫できない。
 それは、復興のめまぐるしい街では喜ばしい事。
 でもやっぱり…。

「ちょっと……寂しいな」

 天辺の鉄骨に座り、柱に背を預ける。
 ホッと一息ついて、ゆったりとして…。
 くつろいだ状態で星空を見上げた。
 キラキラと光の点が煌く様は畏怖の念を抱かせる。
 大自然の前に、自分達人間はなんと小さなものだろうか……と…。

 そうして、心ゆくまで星空を見上げ、静かな時を過ごしていると自然に蘇えるのは……懐かしい故郷。
 給水塔で彼と共に見た一晩と。
 もう一つの……思い出…。



 いつも荒んだ目をしながら、その瞳の奥には寂しさを湛えていた…金髪の少年。
 今では違う色の瞳になってしまった彼。
 そんな彼も……小さい頃の彼も……。

「やっぱり好き……なんだよねぇ……」

 口にした直後、どうにも照れ臭くて…くすぐったくて……。
 一人身体をギュッと抱きしめながらクスクスと笑う。

 小さい頃も今も、素直に自分の気持ちを口にする事が難しいティファにとって、誰も周りにいないと分かっていながらもやはり……恥ずかしい。

「でも、本当に我ながら良く頑張ったと思うわ」

 そう褒めてみたティファの心は、はるか彼方に注がれていた。



 遠くから見つめる瞳。
 幼馴染達はいつもイヤそうに…そしていつもどこか小バカにしていた。

『ほら、またこっち見てるぜ』
『ゲ〜ッ…、またクラウドかよぉ…』
『あんな奴ほっとこうぜ。いっつもツンツン澄ましててさ』
『そうだな。それにアイツ、今日も年上に喧嘩吹っかけて殴られてたんだぜ』

『『『え〜〜……サイアク〜』』』

『俺達までとばっちり喰らったらたまんないもんな』
『そうそう』
『あんな変な奴、ほっとこう!』
『ほら、ティファ。あっち行こう!』


 なんで?


 その一言が…あの頃の自分には言えなかった。
 言ってしまったら、幼馴染達が自分から離れてしまいそうで……恐かった。
 それに、クラウド自身のことも恐かった。
 いつもいつも、喧嘩ばかり。
 本当にたまにだけ、声をかけた事がある。
『おはよう』だったり、『その怪我、どうしたの?』だったり。
 その度に、冷たい目をしてプイッと顔を背けるのだ。
 そのくせ、ふと気が付くとこちらを見ている……金髪の少年。

 きっと……寂しいんだろう。
 きっと……一緒に遊びたいんだろう…。

 幼心に漠然とそう感じてはいたが、それだけ。
 行動に出したのは……。



「クラウド、今夜は『流星群』っていうのがあるんだって………か」

 ポツリと呟いて、またクスクス笑う。

 その当時の気持ちが胸に蘇えって、どうしようもなく照れ臭い。
 と…。



「『それがどうしたんだ?』」



 突然耳に響いたその台詞。
 これ以上ない程心臓がギュッと収縮し、ビクッと身を震わせて下を見る。
 一段下の鉄骨の上にいるのは……。

「クラウド!?」

 いるはずのない彼の姿に、思わず足場の悪い鉄骨の上で勢い良く立ち上がる。
 グラリ…、と視界が揺れ、「うひゃっ!」と、なんとも奇妙な声が上がってまさに落下しそうになる。
 ギョッとしたクラウドが、慌てて跳躍。
 そのまま、真っ逆さまに落下しそうになったティファを下から掬い上げるようにして横抱きにし、ティファの座っていた鉄骨の上にストン…と着地した。


 バクバクバクバク。


 暫く二人共、ギュッと抱き合って冷や汗を流し、激しく打ち付ける鼓動を抑えるべく大きく呼吸を繰り返した。

「あ、危なかった……」
 ようやっと絞り出たその彼の言葉に、ティファは彼の肩に押し付けていた頬をゆっくりと離し、端整な顔を見上げた。

「クラウド…?」
「ティファ…危ないじゃないか。なんでこんな時間にこんな所にいるんだ?」

 呆れたような口調。
 そのくせ、どこまでも優しく細められた魔晄の瞳。

『あぁ……本物のクラウドだわ!』

 今の今までしっかりと抱きついていたにも関わらず、ティファはようやく目の前にいる彼が、本物であることを認めた。

「おかえりなさい!!」
「うわっ!!」

 明日の早朝までは会えないと思っていたのに、降って沸いたような贈り物に、思い切り抱きつく。
 足場が悪いことなどすっかり忘れていた為手加減なし。
 グラリ…と、再びバランスを崩しそうになるが、クラウドは『ジェノバ戦役の英雄のリーダー』という肩書きを裏切る事はしなかった。
 大きく仰け反りはしたが、しっかりとティファを抱きしめたまま体勢を持ち直した。

「ティファ……危ないだろう?」
「あ…ごめんなさい…」

 ちょっとだけ焦ったような…怒ったような声に、ティファは自分がどんな状況で何をしたのかをようやく理解し、バツが悪そうに謝り、クラウドから離れようとする。
 だが、クラウドの腕はしっかりとティファの背に回されていて、離れる事を許さないかのように力が込められていた。
 少し驚いて顔を上げると、口元に柔らかな笑みを浮かべてクラウドは真っ直ぐ見つめていた。
 その笑みに釣られる様にしてフワリ…と微笑むと、今度は慎重に彼の胸に頬を寄せる。

「おかえり…クラウド」
「ああ…ただいま…」

 ちょっと身体を離して恒例の『おかえり』『ただいま』のキスを交わす。
 そしてそのまま二人はクスッと笑い合うと、鉄骨の上に並んで腰を下ろした。




「早かったのね。明日の早朝だって言ってたじゃない?」
「あぁ。そのつもりだったんだけど、ちょっと……な」

 嬉しそうに顔を覗き込むと、クラウドは少しだけ言いよどみ、目を逸らした。
 ムクムクムク…と好奇心と悪戯心が沸く。

「ねぇねぇ、『ちょっと…』ってなに?」
「………」
「ねぇ、なに〜?」
「………」

 星明りでも十分分かるほど、クラウドの頬がほんのりと赤くなっているのに気付く。
 ティファは益々おかしがって「ねぇってば〜!」と、まるで子猫がじゃれるようにクラウドの腕にぎゅっとしがみ付いた。
 居心地悪そうにクラウドは身を捩り、腕を軽く振り払おうとする。
 が、当然ティファがそれを許さない。
 しっかりと自分の腕を巻きつけ、クラウドににじり寄って質問を繰り返す。

 本当は……もう分かってる。
 彼がどうしてこんな深夜に帰宅したのか。
 でも……彼の口から直接聞きたい。
 その欲求を抑える事は今夜は到底出来そうにない。
 きっと、満天の星達の幻想的な明かりのせいだろう。
 いつになくしつこく食い下がるティファに、クラウドは「あぁ…っと、その…大したことじゃない」と、あくまでシラを切ろうとした。
 その度に、目が泳いでいる。
 そんなオロオロしているクラウドも愛しくて、愛しくて。
 嬉しさのあまり、巻きつけていた腕を離し、その隙に距離をとろうとしたクラウドへ素早く身を寄せ、両腕を彼の腰に巻きつけた。
 いつにない積極的なティファに、クラウドはびっくりして目を点にする。
 そんなクラウドに、ティファは上目遣いでジッと見上げ、

「ね?なんで早く帰ってきてくれたの?」

 星明りをキラキラと反射させて輝く茶色の瞳。

 クラウドの胸がドクン…と、大きく波打った。
 こんな彼女は……これまで見た事がない。
 再び心臓が不規則にダンスを踊りだす。
 目を逸らしたいのに…逸らせない。
 吸い込まれそうな彼女の瞳に、クラウドはとうとう観念した。

 彼女の頭を抱え込むようにして胸に引き寄せる。


「早く…ティファに会いたかったから…」


 ティファの耳に、クラウドの言葉と彼の早い鼓動が甘美に響いた。
 これ以上はない程の…至福。


「嬉しい…」


 それだけを口にし、ティファはクラウドの早い鼓動に耳を傾けた。





「クラウド…覚えてくれてたんだ……」
「ん?」
「ほら…さっきの……」

 二人仲良く鉄骨に並んで座り、幸せな時間を過ごす。
 ティファの言葉に、クラウドは暫く何の事か分からなかったようだが、「あぁ、さっきの『それがどうした?』か?」、と言うと、照れ臭そうに頭を掻いた。

「ティファが……初めて誘ってくれた時の台詞だから…」

 ティファは目を見開いた。
「覚えて……くれてたんだ……」
 信じられない…という気持ちで一杯だ。
 クラウドはテレながらも「当たり前だろ?」と、片眉を上げてチラリと彼女を見る。
 そして、再び視線を逸らすと、
「喧嘩ばっかりしてる俺に…ティファが誘ってくれた。それがどれだけ俺にとってすごい事かは……きっと誰にも分からない…」
 ボソリと呟いて片膝を立て、抱え込んだ。

 ティファは…。
 初めてあの時、勇気を出してクラウドを無理やり引っ張っていった事を心から良かったと思えた。
 それまでは、『クラウドに声をかけて、一緒に満天の星空を見ることが出来た』ことだけに満足していた。
 だが!
 クラウドがその事を覚えてくれており、おまけに彼がそれを嬉しく思ってくれていたとは!
 もう…胸が一杯になる。

 今夜のティファにとっては素敵な贈り物が一杯だ。

 満天の星空を見ることが出来たこと。
 子供の頃の忘れかけていた大切な思い出を思い出したこと。
 クラウドが予定外に早く帰ってきてくれたこと。
 クラウドもそのことを覚えていてくれて……喜んでくれていたこと。
 そして…。

 あの時、勇気を振り絞って声をかけたことが、彼の中でとても大切な思い出になってくれていたこと…。


「私……あの時、勇気を出して本当に良かった…」
 肩に頭を乗せて呟くティファに、クラウドは頬をそっと寄せて目を閉じた。
「ああ…。あの時、ティファに誘われて……。素直になれなくて素っ気無い態度とったのに、ティファは強引に誘ってくれたよな。すっごく……嬉しかったんだ」
 そう言って、クラウドはハッとして目を開けた。
 そして、そっとティファの肩を掴んで身体をほんの少し離す。
 キョトンと見上げるティファに、クラウドは真っ直ぐ見つめ、意を決したかのように口を開いた。


「ありがとう…」
「え…?」
「俺…結局あの時、ティファにお礼を言えなかった。ずっと……その事が気になってたんだ。それでさ…。本当は給水塔に呼び出したとき、村を出るって話しをしたときに、本当はお礼も言うつもりだったんだけど…結局言えなかったから…今更だけど…」

 言葉を切って大きく息を吸い込む。

「ティファ…本当にありがとう。嬉しかった」


 真摯なその言葉は、ティファの胸を至福で満たした。
 真剣な眼差しを照れたようにそっと目を伏せてティファの反応をドキドキしながら待っているのが分かる彼。
 ティファの頬を、幾筋もの涙が伝う。

 クラウドは視界の端にティファの涙を認めてギョッとした。
 なにか自分は失態をしでかしただろうか?
 お礼が遅くなってしまったのがそんなに悲しかっただろうか?
 それとも、まだ他に子供時代に彼女の心を苦しめる事をしてしまっただろうか…?

 それらの考えが矢の様に脳裏を駆け巡る。
 しかし、クラウドの焦燥感は一瞬だけ。

 何も口にする前に、ティファがクラウドの胸に顔を埋めた。
 ドキッと心臓が跳ね上がる。
 再び不規則なダンスを始めた鼓動。
 耳の奥からドクドクという血が駆け上がる音がする。


「私も……ありがとう……。覚えてくれてて…本当に嬉しい」


 彼女の言葉に、クラウドの心は不安から一気に幸福へと舞い上がった。
 これ以上…どんな言葉が必要だろう?
 そのまま二人できつく抱きしめあって。
 互いの激しく打ち付ける鼓動に耳を傾けて。
 そして…。
 極々自然に唇を合わせる。



 遠い遠い日。
 ニブルヘイムに捻くれものの少年と、人気者の少女がいた。
 二人はとても不器用で。
 幼い心に宿った小さな小さな明かりに気付かないでそのまま別れた。

 数奇な運命に導かれて再会を果たした二人は、それでも中々自分の中に灯り続けた明かりに気付かずに過ごし、そして…。
 大きな闘いを前にしてようやく互いの明かりに気付いた。
 それでもやっぱり中々素直になれなくて、結ばれたのは……本当に暫くしてから。

 そして。
 ようやっと結ばれた今も尚、二人はやっぱり照れ屋で奥手で、見ている者達が歯痒く感じる。

 でも…。


 満点の星空の下、小さい頃の思い出を語り合う二人は、ようやく自然に…心から相手を思って寄り添う事が出来た。


 きっと、翌日にはいつも通りの照れ屋で奥手な二人に戻ってしまうだろう。
 今夜だけ。
 それは満天の星空の下の奇跡。



 あとがき

 以前、いつも遊びに来て下さっている設楽様から頂いたイラストを元にブワワワワッ!!と浮かんだ妄想です(笑)
 喧嘩ばっかりしてるクラウドにティファが勇気を出して誘い出した『天体観測』(← もう少し表現ほかにないんかい!!)です。

 クラウドがどうしてティファのいる『建設中のビル』にやってこれたかと言うのは……。

 まぁ、『愛』ということで(爆)。

 はい、お付き合い下さってありがとうございました。
 また、このお話しの元となるイラストを下さった設楽様に心からの感謝を…vvv