生きながら死ぬ時
『もう、クラウドにはついていけない…!』
『私、クラウドと一緒に歩くのに疲れちゃった…』
『だから…、さよなら…』
心が壊れてしまう言葉を口にしたのは、誰よりも愛しい女性(ひと)。
その言葉を耳にした瞬間、自分の中の時が止まった。
何も考えられない…。
何も見えない…。
何も聞えない…。
何も…何もかも…。
自分という存在が消えてしまうのを感じる。
それでも。
今、目の前に広がる光景を見るまでは、まだ自分は存在していたのだと、嫌でも気付いた。
白いウェディングドレスに身を包む彼女が、幸せそうに微笑んでいる。
誰よりも優しく、美しく、そして愛しくて堪らない彼女が…。
その彼女は教会の入り口に佇み、隣には自分の知らない若い男。
彼女はその男の腕を取り、これまで誰にも見せた事の無い…、そう、自分以外には決して見せた事の無い極上の微笑を浮かべ、その男を見つめている。
そして…。
愕然とする自分の目の前で、彼女は隣の新郎と優しく口付けを交わした。
沸き起こる沢山の人々の拍手や口笛が、晴れやかな二人の門出を賑やかに祝福する。
その歓声と拍手の嵐に耳が痛い…。
彼女が知らない男と晴れやかに佇む残酷な光景を、視線を逸らす事も…、目を閉じる事も出来ず、ただ黙って瞳に焼き付ける。
目の前が真っ暗になる…。
呼吸もままならない…。
手の先が痺れて感覚がなく、足から力が抜けそうになる。
『ナゼ、コウナッタ?』
彼女が自分から離れた原因を…、きっかけを必死に思い起こそうとする。
しかし、記憶が朧ではっきりとした輪郭を掴む事が出来ない。
そんな自分一人を置き去りに、周囲は興奮の絶頂に達している。
彼女を祝福する人々の中には、かつて苦難を共にした仲間達の姿もあった。
そして、可愛い子供達の姿も…。
「おめでとう、ティファ!!もう、すんごく綺麗!!」
「ティファ!本当におめでとう!!おいらもとっても嬉しいよ!!」
ユフィ…ナナキ…。
『ドコデ、オレハマチガエタ?』
見つからない答えに、喪失感だけが心を占める。
「おめでとう、ティファ!幸せになんな!!」
「うっうっう…。本当に良かったなぁ、ティファ…」
シド…バレット…。
『イッタイ、イツ、オレハカノジョヲテバナシタ?』
ああ、そうだ。原因は…、思い当たる節はあり過ぎる。
彼女を置いて家を出た事…。
病を黙ってた事…。
全てから逃げ出した事…。
数え上げたらきりがない…。
「おめでとうございます、ティファさん!本当にお綺麗ですよ!」
「…おめでとう。幸せにな」
リーブ…ヴィンセント…。
『ナゼ、コンナコトニ?』
でも、彼女はそんな自分を許してくれたのに…。
彼女の心はいつ、自分から離れてしまったのだ!?
「おめでとう、ティファ!本当に綺麗!!」
「おめでとう、ティファ!俺も凄く嬉しいよ!!これから、うんと幸せになってよね!!」
マリン…デンゼル…。
『イッタイ、ドウシテ…!?』
何故、こうなる前に彼女の心の機微に気付かなかった!?
彼女を見ていたつもりだったのに…、ただの『つもり』だったと言う事か!?
「ありがとう、みんな。本当に嬉しい…!これからも、私達二人をよろしくね!!」
ティファ!!!
輝かんばかりの笑顔で、仲間達の祝福を受ける彼女に、クラウドは絶叫した。
「………と言うわけだ…」
「………クラウド…」
しゅんとうな垂れるクラウドを、ティファは呆れきった顔で見つめた。
クラウドのつんつんした頭には濡れたタオルが乗せられている。
クラウドの後頭部が少々盛り上がり、たんこぶが出来た事を表していた。
「それで、びっくりして飛び起きてベッドから転落したの?」
「……………」
苦笑するティファに、クラウドは何も言えず、黙って俯くしかなかった。
そう、嫌な夢だった。
とてつもなく、嫌な…、悲しくて、苦しくて、自分という存在が消えてしまうような悪夢だった。
その夢を見たクラウドは、隣に眠るティファを実に上手に避けて見事にベッドから転落するという離れ業をやってのけた。
当然、ティファはびっくりして飛び起き、したたかに頭を打ってうずくまるクラウドを助け起こして、とりあえずの応急処置を終えたところだった。
心配しきりなティファの質問に、クラウドは最初、返答する事を拒んだ。
当然だ。
悪夢を見た為に飛び起き、ベッドから転落したなど恥ずかしくてとてもじゃないが口に出来ない。
しかし、心配のあまり瞳を揺らめかせる彼女の眼差しに、とうとう根負けしてしまったのだ。
話し終えて顔を上げる事の出来ないクラウドに、ティファはふっと顔を緩めると、そっとその頭を胸に抱え込んだ。
クラウドが驚いて身じろぎする。
「ティ、ティファ!?」
「あのね、クラウド…。私、こんな事言ったら不謹慎だって思われるかもしれないけど…」
言葉を切って、紺碧の瞳を覗き込む。
「とても…、嬉しい…」
「え……?」
澄んだ魔晄の瞳が、見開かれる。
その瞳を持つ彼の顔を再び己の胸に優しく抱き、口を開いた。
「だって、それって私の事、その……。誰にも渡したくないって…思ってくれてるんだなぁって思えるから…」
「………ティファ…」
恥ずかしそうに呟く彼女の背に、クラウドはそっと腕を回して抱きしめる。
そうだ。
誰にも渡したくない。
手放したくは…ない…!!
クラウドは黙ってティファの鼓動に耳を傾けた。
温かく、安心するその音に、ざわめいていた胸の内が、スーッと落ち着きを取り戻す。
クラウドは大きく息を吐くと、
「本当、みっともないよな…」
と、ぼそりと呟いた。
ティファはそんなクラウドに、クスクス笑うと体を離して微笑んで見せる。
「うん。カッコ良くは無いよね」
そして、フフっと笑うと、
「でもね…」
と、額と額をくっつけた。
「それでも、私にとってクラウドが世界で一番カッコイイ人なんだから…」
「ティファ…」
「だから…、クラウドこそ私を置いていかないで…?」
最後の一言に、辛そうな響きが込められる。
その一言に、クラウドは思わず強くティファを抱きしめた。
「すまない…。もう決して置いていったりしないから…」
強く抱きすくめられたティファは、ゆっくりと頭を振った。
「違うの…クラウドの事を信じてないんじゃないの…」
「え?」
ティファの言葉が分からず首を傾げるクラウドを、悲しそうな顔で見上げる。
「クラウドが帰って来てくれてから、一度でもクラウドを信じなかった事は無いよ?ううん、違うね。クラウドが家を出てた時だって、きっといつかは帰ってきてくれるって、心のどこかでちゃんと信じてた。そうじゃなくてね…、私は私に自信が無いの…」
「ティファ…?」
「私よりも素敵な人は沢山いるもの。クラウドがそんな人達に出会った時を考えちゃうと…どうしても私は不安になるの…」
思わぬティファの告白に、クラウドは紺碧の双眸を大きく開いた。
そして、ふわりとその瞳を優しく細める。
「ティファは自分の事が分かってないんだな…?」
「え?」
戸惑うティファの額にそっと口付け、抱きしめる。
「ティファこそ、本当に素敵な人なのに…」
ポツリと零したクラウドの一言に、ティファの瞳に涙が浮かぶ。
そして、キュッとクラウドのシャツを握り締めた。
「私達、本当に似者同士だよね…」
「そうだな…」
クスクス笑い合いながらお互いを優しく抱きしめる。
「しなくていい心配をして、勝手に不安になって…」
「それでもって、勝手に落ち込んで…さ」
「うん。でも…これから一緒に過ごす内に、そんな事もなくなるよ…ね?」
「ああ、一人じゃないからな」
「うん!」
ゆるりと微笑み合い、ベッドに戻った二人は幸福感に包まれて再び夢の住人となった。
おかげで。
クラウドはその悪夢の続きを見る事もなく、ぐっすりと朝まで眠る事が出来たのだった。
「それでさ!昨夜どうしたの?」
朝、一番にデンゼルとマリンが心配そうな顔をして訊ねてきた。
どうやら、クラウドの転落した音が子供部屋にまで響いたらしい。
クラウドは困った顔をしてティファに助けを求め、ティファは笑いを堪えて横を向いた。
そんな二人の様子に、子供達は口を尖らせた。
「あ〜!何だかずるい!!教えてよ!」
「そうだそうだ!俺達、家族だろ〜!」
「……家族でも一つや二つ、隠し事はあるもんだ」
「「えー!!」」
頬を染めながら朝食の席を立ち、逃げるように仕事の準備に行ってしまったクラウドの後を、子供達が笑いながら追いかける。
その光景に、ティファは堪らず吹き出した。
今日も快晴。
家族は元気。
そんな新しい一日を迎える事の出来たティファは、満面の笑みを浮かべながら朝食の後片付けに取りかかったのであった。
あとがき
はい、ありがちネタですね(苦笑)。
きっと、こんな悪夢を見る事もあるのではないかと…。
なにせ、クラウドの根本はズルズルですから(爆)。
でも、きっとティファと一緒なら乗り越えられるはずです!!
お付き合い下さり、有難うございました。
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