一途に、真っ直ぐに…。




 チリンチリン。

 大勢の客達で賑わうセブンスヘブンに新たな客が来た。
 少し長居をすれば、幾十回も耳にするそのドアベルの音に、常連客達は特に何も感じず自分達の話しに花を咲かせることに余念が無い。
 しかし…。


「あ……」


 滅多に驚かない店主の恋人の小さなその声に、彼を良く知る常連客達の一部が反応した。
 紺碧の瞳を見開いてドアを凝視する彼の姿に、視線を辿る。

「「「「 あ… 」」」」

 以前は良くこの店で見かけたその顔。
 精悍な顔立ちをしたガッシリとした体躯の青年。
 クラウドよりも幾つか年上の彼は、睨むようにして店主の恋人を見つめていた。
 自然、クラウドの視線も鋭くなる。

 睨み合う様にして立つクラウドとその青年。
 二人の緊張はあっという間に店中に広がった。
 段々、客達の話し声が小さくなり……消える。
 その消える僅かの間、クラウドのピリピリした雰囲気に一番最初に気付いたのは接客をしていた子供達だった。
 デンゼルとマリンが気付いたのはほぼ同時。
 ハッと顔を上げて父親代わりを見る。
 新たな客の応対に彼が向かってくれたような気配を感じていたので、ドアを振り向かなかったのだ。
 ドアベルが鳴った時、丁度二人共重い皿に乗せられた料理をテーブルに慎重に置いているところだったから、振り向く余裕が無かった…。

「「 あ… 」」

 二人の顔が強張る。
 見覚えのあるその顔。
 一年ほど前はよく通ってくれていた…馴染み客。
 クラウドが家を出てから、引っ切り無しにティファへの想いを告げ続けていた…男。
 それが、ある日を境にパッタリ来なくなった。
 確かそれは、クラウドが家に戻ってきてくれてから…数週間経った頃。
 咄嗟に二人は顔を見合わせると、クラウドとその男が衝突したりしないように気を配った。
 店内には他にも客がいる。
 賑わっているのだから当然だ。
 だが、その『他にもいる客』の中に……『いる』のだ、今夜も。

 ティファを諦め切れていない男が。

 本当に…ティファは磁石のような人だと思う。
 異性のみならず同性までも魅了する。
 それこそ、老若男女幅広く。
 それはティファの持っている魅力ゆえ仕方ないことだろうし、人としてはむしろ喜ばしいことだ。
 だが、そのひきつける力が強すぎると摩擦を生じてしまう…。

 丁度、目の前に現れた男とクラウドのように…。


「久しぶりだな…」


 発せられた言葉は男から。
 対峙する形になっているクラウドは何も言わない。
 ただ黙って眼光鋭く相手を見る。
 丁度、店内の奥に足りない香辛料を取りに行っていたティファはまだ店内に戻っていない。
 同じく、空になってしまった酒の補給に奥に引っ込んでいたシェルクが先に店内に戻り、緊張で張り詰めた空気に怪訝そうな顔をする。
 サッと視線を廻らせ、クラウドとシェルクにとって新顔の男に眉を寄せた。

 一番近くにいたデンゼルに音も無く歩み寄ると、
「あれ…誰?」
「あぁ…。一年前くらいにこなくなった人なんだけどさ。ティファのことを……その……」
「………」
 小声での簡潔なやり取り。
 シェルクは軽く溜め息を吐いた。

 シェルクがセブンスヘブンで一緒に暮らし始めてから、ティファを巡った男性のトラブルはこれで三度目。
 一度目の時はシェルクが住み始めてわずか四日で起きた。
 その時は、体よく子供達があしらった。
 あまりにもあっさりと子供達があしらってしまったので、最初はなんの冗談かと思ったくらいだ。

『アレくらいは全然大した事ないよ』
『そうそう。クラウドが家出したときはすごかったもん』
『だよなぁ。んで、クラウドが戻ってきてからはもっとすごかった』
『クラウドの目の前で酷いこと沢山言うの。でも…』
『ティファがすごく怒ったんだ。『家族の悪口を言う人は、金輪際店に来ないで下さい!』ってさ』
『あれから随分減ったんだけど、やっぱりいるんだよねぇ…』
『ティファはモテるからなぁ…』
『モテるって大変だよねぇ』

 あっけらかんという子供達に、シェルクは驚いたものだ。
 二度目は男性が花束を持ってティファに直接想いを告げに来た。
 しかし、それをティファは心底申し訳なさそうに丁重に断った。
 男はガックリと肩を落としながら、開店前のドアの向こうに消えた。

 そうして、今夜が三度目。
 そんなに経験があると言うわけではないが、一番厄介なタイプだろうことは想像に難くない。
 クラウドを真っ向から睨むと言うだけで肝の据わり方が違うし、何よりも…。

『あの身体つき…。玄人ですね…』

 少し斜に構えた立ち方も、格好をつけているように見えるが実はそうではない。
 いつでも攻撃の出来る体勢だ。
 クラウドも分かっているのだろう。
 ピリピリと緊張しているのが伝わってくる。

「クラウドと顔見知りですか?」
「…いや、どうだろう…。クラウドが戻ってからも店に来てたけど…、クラウドが店の手伝いしてる時に飲みに来たかどうか覚えてないや…」

 申し訳なさそうに言うデンゼルに、シェルクは軽く首を降った。
 一々、どの客がいつ来て、どうだったか…。
 そんなこと、覚えていられるはずが無い。

 だが、睨み合う二人を見る限りでは、今日が初対面ではないだろう。


「この一年間、本当に苦労したぜ」
「自業自得だ」

 唇の片側を吊り上げて哂う男に、クラウドがバッサリと切って捨てる。
 男の眉がピクリ…と動いた。
 不快そのものの顔つきで眦を吊り上げる。

「本当に…一日、一瞬だって忘れた事は無かった……」
「…………」

 静まり返った店内の空気に、男の呪いの言葉がジワリ…と浸透する。
 不愉快極まりないものでもあり…、非常に危険な香りを醸し出す…そのオーラ。
 シェルクはスッとデンゼルの傍を離れ、クラウドの背後に着いた。
 ティファはまだ奥から戻ってきていない。

「クラウド、外でお願いします」

 このまま、この男が恨み言を吐き出すだけで大人しく帰るとは思えない。
 シェルクの一言に、クラウドはほんの僅かに頷いた。
 その小さな動きは、男の目をごまかすことに失敗する。
 嘲笑が男の顔一杯に広がって、次の瞬間、カッと目を見開いた。


「クラウド・ストライフ!一年前にも言ったが、お前がティファを幸せに出来るはずがない!!」


 朗々と響き渡る……宣戦布告。
 子供達はギョッとし、男の豪胆ぶりに息を詰めて見守っていた客達がビクッと身を竦めた。
 クラウドとシェルクも僅かに身じろぐ。

 身じろいだのは恐れたからではない。

 大胆不敵な言動に驚いたから…ということも勿論あるが、この大声で折角この場にいないティファが飛んでくる!と、焦ったからだ。

 出来れば、彼女にはこの場にいて欲しくない。
 彼女は、間違いなく傷つく。

 自分がクラウドを責める材料になっている事に対して…。

 出て行ったのは自分。
 家族の優しさに甘えてノコノコ帰ってきたのも自分。
 それなのに、出て行ったら行ったでティファは言い寄られ、戻ったら戻ったで、クラウドを許したことについて詰る…。

『男はクラウドだけじゃないのに…』と言って。

 この目の前の男もそうだ。
 簡単にティファを放り出したクラウドよりも、うんと彼女の傍にいる権利を持っていると未だに信じている。
 一年前、この男にはクラウド自らが引導を渡したというのに…。

 クラウドはティファが戻ってこないうちに…と、焦燥感に駆られながら男との間合いを一気に詰めようとした。
 だが、それを、

「へぇ、言うじゃん、兄さん」
「クラウドの旦那がこの前の『WRO隊員との試合』で圧勝したこと、知らないのかい?」

 傍観していた他の客が揶揄を飛ばして邪魔をした。
 クラウドの足が止まる。
 客達の揶揄など無視をしたら良かったのに、思わぬ所からのその言葉に身体が反応してしまった。

 固まったクラウドに、その客達が冷たい微笑を送る。
 シェルクは黙ったまま眉を吊り上げた。

 この男達もまた、ティファの恋人であるクラウドが気に入らないのだ…。
 いつも来店しては、胸の悪くなるような視線をティファに向けている。
 ただ見ているだけなので、子供達もティファも…、そしてシェルクも何も出来ないでいた。


 いっそ、妄言、凶行に出てくれたらどんなに良いだろう?


 何度そう思ったか。

 何も言ってこない、何もしてこない。
 当然、飲食代もきちんと払っている。

『害のない客』。

 だからこそ、この客達を追い払えないでいた。
 クラウドはその事実を知らない。
 普段、配達の仕事で世界中を走り回っている彼に、余計な心配をしてもらいたくない、というのが、ティファと子供達の強い希望だった。
 ひょんなことから運転を誤って荒野で大事故を起こしでもしたら、確実に死ぬだろう。
 もっとも、クラウドがそんなヘマをするとは思えないが、リスクは少しでも減らしたい。
 だから……黙っていた。

 だが、その客達の揶揄に反応し、固まってしまったクラウドを見て、シェルクは打ち明けているべきだった…と、思わずにはいられなかった。
 知っていたら、余計な言葉に惑わされないで目の前の男を店の外に出せただろうに。

 不意打ちを喰らって勢いをそがれたクラウドに、今夜の騒動の元凶である男がニヤリ…、と哂った。


「知ってるさ。冷たい牢獄に入ってても、そういう話は不思議と流れてくるからな」


 湖面に石が投げられたように、客達に驚きの波紋が生じる。
 ザワザワと囁く声と共に、クラウドへ疑うような視線が突き刺さる。
 クラウドは無表情でその場に突っ立っていたが、流石の子供達とシェルクも驚いてその背中を見つめるばかりだった。
 自分の投げた石が思うように衝撃を与えたことに満足したのか、男は嘲笑を深くする。

「なんで一年も入ってたのか…?って顔だな」
「………」

 言葉を切ってクラウドと周りの反応を楽しむ。
 予想したとおり、客達はクラウドが自分を投獄したことに驚愕し、
『いくらティファちゃんに言い寄ってたから…ってよぉ』
『投獄…って、ちょっとなぁ…』
『酷くないか…?』
『あぁ…、俺、幻滅…』
 小さなその囁きは男の耳にしっかり届いた。
 男は哂いながらクラウドへ視線を向けたまま一瞬たりとも逸らさない。
 対するクラウドは、確実に客達の囁き声が聞えているはずなのに、言葉に詰まってはいるものの、男の顔から視線を逸らせなかった。
 そのことが、男には不思議でもあり、許せなくもあった。

 おどおどとすれば良いのに!
『英雄』と称される自分が、大勢の目の前で辱められた…という屈辱を味わえば良い!
 そうして、その狼狽する顔は、さぞや滑稽で一年もの間、自分の心を苛んだ贖いには相応しい!

 はずなのに…。

 言葉に詰まり、黙って睨みつけている青年は困ってはいるようだが決して『屈辱』を感じてはいない。
 男は一瞬、苛立ちを両目に燃え上がらせたが、すぐに冷静になるとフッと哂った。

「俺が本当に牢獄に入っていないといけなかったのは、たった一ヶ月だった」
「………」
「だがよ、一ヶ月ものんびり入ってられるか?一ヶ月!その間に、お前はティファの優しさにつけこんでますますやりたい放題、ティファを振り回すだろうが!」

 ドヨッ!

 その場が一際大きくざわめく。
 先ほど揶揄した客達が、『よく言った!』と言わんばかりに一回だけだが手を叩いた。
 子供達の顔にサッと朱が走る。
 クラウドを辱めたことへの憤りゆえに…。

 怒りはシェルクも同様だった。
 白磁の肌はそのままの色を保っていたが、魔晄の瞳が鋭く光る。
 何も言わず、黙って突っ立っているクラウドの脇を通り抜け、男に向かう……が。

「!!…クラウド!」

 無言のまま、クラウドがシェルクの腕を掴んで止める。
 非難するように見るが、クラウドの目は男にのみ向けられていた。

「それで、一ヶ月のはずがどうして一年になったんだ?別に俺は、お前を長く止めて置けるように看守に言ってないぞ」

 実に冷静な一言。
 周囲の反応など全く気にしていないようなその姿勢に、シェルクの頭から少し血が引く。
 だが、怒りはまだ治まらない。
 黙ってクラウドの真横に並んで男を睨みつける。
 クラウドの手が、シェルクの細腕から離れた。

「へっ。一日も早くティファをお前から解放してやるために、脱獄しようとしたんだよ」
「一回…じゃないみたいですね」

 クラウドの代わりに口を開いたシェルクに、自慢げに笑みを浮かべる。

「あぁ、四回だ。一回脱獄するたびに一ヶ月ずつ増やされたからな」
「四回?じゃあ、正確には一年と三ヶ月入ってたんですか」

 あっという間に計算したシェルクに、男はちょっと驚いたような顔をしたが、すぐに表情を引き締めた。

「ああ、そうだ。一年と三ヶ月…。本当に長かった」「バカですね」

 サクリ。

 長くなりそうな苦労話兼、自慢話をシェルクがサクリと遮った。
 今度こそ、男は驚き過ぎて間の抜けた顔をし、唖然とシェルクを見やった。
 それはクラウドも同じだった。
 目を丸くして隣に立つ少女を見下ろす。
 背中からは、子供達も驚いている気配を感じる。
 周りの客達は、驚きつつも普段無口な少女の言動に興味を駆り立てられていた。

 その渦中のシェルクはと言うと。
 凛と立ち、男を見据えていた。

 魔晄の瞳は不貞な輩以外、見ていない。

「アナタがなにを『信じたがっている』のかは知りませんし、興味も無いですが、それでもクラウドとティファをバカにすることは許せません」
「は!?クラウドはともかく、一体いつ、俺がティファの事を…」
「先ほどからアナタはティファの事を何一つ知ろうとしていない愚か者が口にすることばかり言っている…。ティファは、相手が誰でも『良いように扱えることが出来る人間』ではありません」

 キッパリと言い切る少女に、クラウドを揶揄したのとは別の客達から称賛の拍手が微かに上がった。

 男の顔に朱が走る。
 柳眉を逆立て、大股でシェルクに歩み寄る。
 クラウドはサッとシェルクを背後に庇うが、それをまた、シェルク自身が拒むように脇に避ける。
 クラウドの視線とシェルクの視線が交わり、その隙に男が肉薄する。
 二人が勢い良く顔を男に戻したその時。


 ザワッ。


 客達が一斉に一方向を見た。
 その気配に至近距離で対峙する格好になっていた三人も、ハッと顔をそちらに向ける。

「「 !! 」」
「 ! ティファ!!」

 顔を強張らせて息を飲んだ魔晄の瞳を持つ者達とは対照的に、男が喜色の声を上げる。
 長い月日、会いたくても会えなかった女性が硬い表情でカウンターの入り口に立っていた。
 いつからそこにいたのか、全く気付かなかった。
 だが、今、他の……、カウンターに近い客達が気付いた…ということは、今の今まで店内にはいなかったのだろう。

 男がティファに歩み寄るよりも、ティファが動いた方が早かった。
 目を見開いて彼女の一挙手一投足を興味津々に見つめている客達を縫い、心配のあまりギュッと手を強く握っている子供達を全く見向きもしないで、ただ真っ直ぐ男へ視線を注ぎ、足を動かす。
 茶色の瞳は、シェルクもクラウドも映していなかった。
 その事が、男にはこれまた大きな喜び。
 あと数歩。
 あともう少しで、彼女が自分のところに…。

 自然と緩む頬、下がる目尻、僅かに広げられた両腕。

 対照的に、クラウドとシェルクはなにも出来ず、ただただティファを見ているだけだった。
 それは…。
 知っていたから…。
 誰よりも…分かったから…。


 ティファが怒っている…と。


 バッシャーン!


 鳩が豆鉄砲を食らったような顔…とは、このことだろうか…。

 クラウドは思った。
 シェルクも思った。
 子供達は、ただ驚き過ぎて目を丸くし、客達もあんぐりと口を開けてグラスの水を男に思い切りぶっ掛けた女店主を見つめるだけ…。

 シーン。

 店内が静まり返る。
 そんな中、ポタポタと雫を垂らしながら信じられない、と言わんばかりに驚き、固まっている男をティファは凄まじい形相で睨みつけた。

 ダンッ!

 荒々しくグラスを傍のテーブルに置く。
 そのテーブルの客が、小さく悲鳴を上げて椅子の上に縮こまったが、彼女は全く気付いていない。

『よく…割れなかったな…』

 この緊張感が漂う中、ズレたことがフッと浮かんだクラウドは、
「よくも……黙って聞いていたら言いたい放題……」
 ティファの怒りに震える声で、一瞬のうちに現実に戻った。

 彼女の肩が震えている。
 背を向けているので彼女の表情は分からない。
 だが…。

 確実に怒っている!
 溢れんばかりの怒りのオーラが、目に見えるようだ。
 いや、実際オーラが立ち上っているのだろう、客達の顔が恐怖に引き攣っている。
 それは目の前の男も同様だった。

「言っておくけど、私は誰かに幸せにしてもらわないといけないような女じゃないわ!」

 ビシッ!
 指を突きつけ、もう片方の手を腰に当てて胸をそらせる。

「幸せっていうのは、心から思い合っている人と一緒に作っていくものよ。アナタの言うような、『振り回される女』じゃないし、『つけこまれる女』じゃない!」


 全部…聞かれてたわけか…。


 クラウドは軽く苦笑した。
 シェルクも苦笑いを浮かべている。
 だが、本当は二人共ホッとしていた。
 ティファが『傷ついていない』ことが分かったから。
 高らかに、宣言するように怒りを口にしている彼女は、クラウドがバカにされたり蔑まれたことに対して『怒っている』のであって『傷ついて』いるのではない。
 いや、多少はやはり傷ついているだろうが、心配していたような『弱い女性』ではないことを改めて見ることが出来た…、という喜びのほうが大きかった。

 一方、男は自分の恋焦がれていた女性からの想像もしなかったこの言葉に、すっかり気を呑まれている。
 口をパクパクさせるだけで、なにを言って良いのか分からないようだ。

 ティファは、言葉による攻撃を緩めない。
 大きく息を吸い込むと、先ほどクラウドを揶揄した客達を思い切り睨みつけた。
 客達が鋭く息を吸い込んで身を竦める。

「あなた達も…本当に毎晩毎晩……」

 声が、肩が、腕が震えている。

「この際だから言っておくけど、私は『誰かに』守られなくちゃいけない女じゃないの!」

 バンッ!
 自分の胸を叩く。
 大きなその音に、ビクッと数人の客達が竦んだ。

「私の傍にいて、私を守って欲しいと思える人はクラウドだけよ!他の誰でもないわ!もう一つついでに言うけど、クラウドが腕っ節が強いからでも、カッコイイからでもない!ジェノバ戦役を一緒に乗り越えたからでも、幼馴染だからでもない!『自分の弱さを認めて、真っ向から立ち向かって勝ってくれたクラウド』だから、私は一緒にいて欲しいのよ!」
 それに。

 再び言葉を切ると、クルリと男へ身体を向ける。
 石化している男に、ティファは彼にとっての『死』の言葉を告げた。

「クラウドがこの先、私以外の女性(ひと)に心を奪われたら、私はその心を取り戻す!私が一緒に幸せを作っていきたいと思える人は、後にも先にもクラウドだけなんだから!分かったら……」

 ツカツカと歩み寄り、呆然と突っ立っている男の胸倉をむんずと掴むと…。

「さっさと…」

 グイッと持ち上げる。

「帰って……」

 ググッと腰を落として全身に力を籠める。

二度と来るなーーー!!

 ブンッ!バキメキ!!……ズズーーン………!



 その音を合図に…。

 その日のセブンスヘブンは閉店した。





「ティファはどうだった?」
「…クラウド〜…?」
「…やっぱりまだですか…?」
「あぁ……まだ『落ち込んでる』」

 あの大立ち回りをやってのけた後。
 ティファは、文字通り赤面した。
 それはもう真っ赤になってしまって、高熱が出ているのでは!?と思われるほどだった。
 あっという間にポカン…と口を開けているクラウドとシェルクの脇を走りぬけ、満面の笑みを浮かべていた子供達の前を疾走して二階へ引っ込んだ。

 というわけでの、閉店。
 客達に出せるような料理はティファ以外作れない。
 まぁ、もっともこんな空気を漂わせて開店したまま…というわけにもいかなかっただろうが。

「なんでティファってあんなに恥ずかしがるんだろう…」
「デンゼル、ティファはすっごく恥ずかしがり屋なの、昔っから」
「昔っから…って、マリンがティファを知ってるのは五年くらい前からだろ?」
「ううん、四年」
「じゃ、昔っから…っておかしくないか?なな、クラウド、子供の時のティファってどんなだった?」
「デンゼル!なによぉ、失礼ね!四年じゃダメなわけ!?」
「わわ、なんだよマリン!痛い痛い、悪かったって!」
「はいはい、二人共片付け手伝って下さい。クラウドはティファをお願いします」

 じゃれる子供達に、シェルクが実に冷静に声をかけ、クラウドにティファを託す。
 クラウドはぽりぽりと頭を掻き、困ったように笑った。

「あぁ、本当にすまない」
「「「 気にしない(で)! 」」」

 ニコニコと笑う子供達と、目元を和らげるシェルクに見送られ、クラウドは再び寝室へ足を向けた。
 二階に向かう足取りが、ここ数日間の中で一番軽く感じられた…。



「ティファ…」
「 ……… 」
「あのさ……」
「 ……… 」
「その………」
「 ……… 」
「さっきは…ありがとう…」
「 ……… 」

 先ほどから、クラウドはベッドの上で大きく盛り上がっているシーツに向かって話しかけていた。
 ティファは全く反応しない。
 恐らく、恥ずかし過ぎて出てこられないのだろう。
 グルグルと、余計なことを考えて後悔しているに違いない。

 真っ赤になりながらあれこれ悩んで、頭がグルグルの彼女を想像し、クラウドはクスッと笑った。
 そして、そっと大きく盛り上がっているシーツに触れた。
 ビクッ!と、シーツが可哀想なくらい震える。
 まるで、ティファが泣いているように見えて、胸がチクリと痛む。
 そのままクラウドはシーツごと、ティファを抱きしめた。

 モゾモゾモゾモゾ。

 シーツの中でティファが微かに身を捩る。
 拒絶から身を捩っているのではなく、びっくりして、おどおどして、どうして良いのか分からなくてモゾモゾしていることが手に取るように分かり、ますますティファが愛しく感じられる。

「なぁ、ティファ。明日からちょっと遠出の配達があるんだけど…」
「 ……… 」
「一緒に行かないか?」

 ピタリ。

 モゾモゾ動いていたティファがピッタリと動かなくなった。
 かと思えば…。

「それ、本気で言ってるの!?」
「あ、やっと顔出してくれた」
「 !! 」

 ガバッとシーツから顔を出したティファの額に、前髪が汗でベッタリと張り付いている。
 クスクスッと笑いながらそれをそっとよけてやると、
「ク、クラウド…!」
「ウソじゃない。本気だ」
「!!………………」
 カッと顔を赤くして『顔を出させるためにウソを言ったの!?』と言う前に先手を打つ。
 言葉を無くし、真っ赤な顔で見つめるティファに、クラウドは釣られてちょっと赤くなりながら目を軽く逸らした。

「シェルクがいてくれるから三人で留守番してもらってさ。一緒に配達回りしないか?」
「………………なんで……」

 弱々しく訊ねる彼女に、
「だって、居づらいだろ…?」
 途端、「う……」とティファが小さく呻く。
 そのまま、顔を覆ってベッドに突っ伏し、
「本当に……私、どうかしてたんだわ……。あんなに大勢の前で………、あんな恥ずかしい台詞…………」
「……俺は、本当に嬉しかった……」
「 !? ……クラウド…だって、恥ずかしいでしょ……?普通は……」
「…まぁ…普通なら…恥ずかしいと思うんだろうけど……、俺は…その、ティファの事になると…普通じゃなくなるみたいだし……」
「 !! ………クラウド……キザ……」
「………悪かったな……」
「………プッ……クスッ」
「…で?」
「…え?」
「どうする、行かないか?」
「………………三人がお留守番、してくれるって言ってくれたら……行く」



 翌日の早朝。
 フェンリルがセブンスヘブンの前から出立した。
 見送った人影は三人分。

「うんうん、クラウドにしてはよくやったよな!」
「うん!これでティファとの時間が過ごせるね!」
「そうですね。それに、予定では一週間ですから、一週間後に戻ってきたら昨日の話も少しは下火になってるでしょう」
「「 そうだよね〜♪ 」」

 弾むような声を上げる子供達に、シェルクは柔らかい笑みを浮かべてフェンリルの走っていった方へ視線を向けた。
 もうバイクの姿は無い。
 あるのは、朝靄と……澄み渡った空。

「良い天気。二人にとって最高の日和ですね」




「クラウド、きつくない?」
「あぁ、大丈夫だ。なんなら、もう少ししがみ付いてくれても大丈夫だぞ?」
「……バカ…」

 風を切って疾走するフェンリルに乗っているため、大声でやり取りする。
 ティファは『バカ』と言いながらも、嬉しそうに頬を染め、クラウドの腹の前で組んだ手に力を籠めた。
 クラウドの耳が薄っすらと赤くなったのだが、彼の背中に頬を押し付けている彼女には見えない。


 今日から一週間。
 二人で大陸を横断し、荷物を配る。
 そしてその合間、二人の時間をこうして過ごす。
 特に言葉は無いけど、それだけで十分。


「デンゼルとマリンとシェルクのお土産、なにが良いかな?」
「そうだな…。デンゼルは……船の模型はどうだ?マリンは……最近お洒落に興味があるみたいだから、そっち関係を。シェルクもやっぱりお洒落なものが良いだろうな」
「うん、そうだね。じゃあ、やっぱり…買うところは…」
「コスタだな」
「うん!」


 耳元で唸りをあげる風に負けないよう、大きな声でやり取りをする幸せそうな二人を、真っ青に澄んだ空、白い雲、そして道の脇に咲いている草花と輝く太陽だけが見守っていた。



 一途に…真っ直ぐに……。
 お互いを想い合っている幸せそうな二人を…。




 あとがき

 えらく長くなりました〜!!
 ごめんなさい。
 二部構成にするにはちょっと短くて…(^^;)。
 ですから、ちょっと長い一話完結です。
 リクの内容は、

 『英雄シリーズで、「My Angel」にでていた男が今回の決闘の経緯と結末を雑誌で読み、ティファへの想いを再燃させてわざわざクラウドが居る日をねらって営業中のセブンスヘブンに乗り込んでくる、そして前回のような「やっぱりお前はティファを不幸にしか出来ない!」や「お前さえ死んでいれば・・・」など、呪うような言葉でクラウドを追い詰めるが、ティファがそれを真っ向から否定し、ティファにしてはキツイ言葉でその男を拒絶する。そしてその言葉は2人を応援していた常連客を喜ばせ、その男とクラウドの陰口を叩いていた客達を完全に打ちのめし、クラウドは英雄のリーダーや、ソルジャーではなく一人の男としてティファのそばに居続ける決意をあらためてする!』

 だったのです。
 ちょっと……、かなりズレている気がするこのお話し…(ビクビク)。
 それなのに、快くOKを出してくださったT・J・シン様!!
 本当にありがとうございました〜゜+。(*´ ▽`)。+゜