いつも明るく朗らかで、強くて優しくて、美人で料理上手。

 それがティファ・ロックハートだと周りの人達はそう言っている。
 だけど、それだけじゃないことを知っているのは極僅か。

 だからこそ、マリンはティファに憧れている。






いつか大きくなったら…。







「ティファさんっていつも背筋真っ直ぐだよね〜」
「カッコいいよねぇ!」

 友達のその言葉に、マリンはニッコリと笑った。
 ティファやクラウド、デンゼルやバレット、そしてジェノバ戦役の他の英雄達が褒められるのはいつ聞いても嬉しい。
 それが友達の口からだと尚更嬉しい。
 知らない人が言っているのを聞くよりもうんと嬉しく感じるのは、知らない人達の褒め言葉がただの『ミーハー』に聞こえるからだろう。
 その点、友達の口からだと知らない人達と比べればうんとティファ達の事を知っている。
 知ってて尚、褒めてくれるということは嬉しいものだ。

 マリンはニコニコ笑いながら、
「うん、やっぱりティファは格闘家だから、余計に姿勢が綺麗なんだと思うな」
 そう言った。
 友達の1人がうっとりした目で、
「あ〜、本当に綺麗だよねぇ。憧れるなぁ〜!」
 嘆息しながらこぼす。
 他の友達がその言葉に同意して大きく首を振った。

「すごい素敵よね!」
「美人だし、お料理上手だし!」
「それに強くて優しいし!」
「うんうん!この前、セブンスヘブンの前通ったら、『マリンのお友達じゃない?』って声かけてくれたんだ〜!」
「「「 うわ〜、本当!? 」」」
「うん!それで『はい、そうです!』って言ったら、『いつもマリンをありがとう』って言って、クッキーくれたの!超美味しかった〜!!」
「「「 うわ、うわ〜!羨ましい!! 」」」

 初めて聞くそのことに、マリンは他の友達と一緒になって目を丸くした。
 友達は大興奮で、
「それで!?」
「ティファさんと他になにか話した?」
「私もセブンスヘブンの前を通ってみようかなぁ〜♪」
 などなど、まくし立てるように話している。
 大盛り上がりの女子グループを、デンゼルの男子グループが不思議そうな顔を向けつつサッカーボールを追いかけていた。
 その間も勿論、友達の興奮は冷めない。
 むしろどんどん白熱する勢いだ。

「なんかティファさん、すっごく良い匂いがしたわ!きっと何か素敵な香水つけてるのよ」
「本当に?マリン、ティファさんって香水なにつけてるの?」

 友達の視線が一気に集まる。
 マリンはその視線に全く飲まれることなく、むしろ嬉しくて仕方ない気持ちでいっぱいだった。

「ん〜…ティファは香水、つけてないはずだよ」
「「「 えぇ!?ほんとに!? 」」」
「うん。だってもしかしたら香水の嫌いなお客さんが来るかもしれないって前に言ってたもん」
「「「 そうなんだ〜! 」」」

 女の子は小さい頃から香水やらお化粧やらに興味が強い。
 マリンの言葉に友達は目を輝かせた。

「じゃああの時の香りはティファさんそのもの!なんだ〜!!」
 素敵すぎ〜♪

 大はしゃぎする友達に、他の友達が羨ましそうな声を上げる。
 その様子にマリンは笑った。
 なんとなく照れ臭い気持ちがしないでもないが、こうして手放しで友達が家族を褒めてくれるとやはり嬉しい。

「そうなんだ〜!完璧な人っているもんなんだねぇ!」

 クッキーをもらったという友達がうっとりと目を潤ませてそう言った。
 途端、他の友達が顎に手を添えたり首を傾げるなど慎重な素振りを見せる。

「え〜、でもティファさんだって何か『私達みたいなところ』があるんじゃないかなぁ?」
「うん、そうだよねぇ、だって英雄って言っても同じ人間なんだもん。絶対何か1つくらい『欠点』があるよ〜」
「そうかなぁ?」
「「 そうだよぉ 」」
「「「 どうなの、マリン? 」」」

 話の流れが自分に来るだろうことはちゃんと予想できた。
 マリンはニコニコと笑いながら、
「勿論、ティファにだって欠点の1つや2つはあるよ、だって人間だもん」
「「「 え〜!なになに?それってなに? 」」」
 食いつきオッケーの友達にマリンはもったいぶった様な仕草で「ん〜、そうだなぁ」と言いながらゆっくりと周りを歩き出した。
 考える素振りをすることで友達の関心がより高まるのを感じる。

「例えば、意外と嫉妬深い」
「「「 え〜!?本当に!? 」」」

 期待したとおりの反応にマリンは内心で破顔した。
 表面上はしかつめらしい顔を保つ。

「うん、だってクラウドは世界を走り回ってるでしょ?だから、自分の知らない土地に行くことの多いクラウドのこと、誰かが惹かれてもおかしくない!って思ってるの」
「ん〜…それはそうかも」
「でも、クラウドさんのことを好きになる女の人なんかエッジだけでも滅茶苦茶多いでしょう?」
「そうだよね!本屋さんのお姉さんとか、果物屋のお姉さんとか、数えたらきりがないくらいクラウドさんのこと好きな女の人っているもんね」
「うん!私達が知ってるだけでもこんなにいるのにね〜」

 うんうん、と頷きながらクラウドのことを高評価する友達に、マリンはうっかりしかつめらしい表情を崩して笑ってしまった。
 すぐにそれに気づいてわざとらしい咳払いで顔を取り繕う…。
 幸い、友達はマリンの表情が崩れたことに気づかなかった。

「でもでも、クラウドさんってそういう女の人からの『ゆうわく』にはとんと疎いって、パパが言ってたよ?」
「あ!それ、私の父さんも言ってた!」

 友達の1人が『ん〜〜?』と考える素振りをしながらそう言ったことに他の子が食いつく。
 残りの友達は、
「そうなんだ!?すっごい、やっぱりクラウドさんも素敵〜!」
「ティファさん以外眼中に無いってことだよね!!」
「「「 良いなぁ〜!ティファさん、羨ましい〜!! 」」
 ヒートアップする話題に、ティファとクラウドを間近で見ているマリンは気持ちがこれ以上ないくらい高揚した。
 大好きな家族が褒められる。
 媚びたような視線を受けることの多いクラウドとティファ。
 そんな2人の姿を見ることが多いマリンにとって、これは本当に嬉しいことだった。
 少し向こうでサッカーボールを追いかけ汗まみれになっているデンゼルをこっちに引っ張って来たいくらいだ。
 絶対にデンゼルも喜ぶだろう。
 だが、思っただけで実行には移さない。
 そう思った一瞬の間にも、友達は自分の大好きな両親の話しで盛り上がってくれているのだから、デンゼルを呼びに行く時間が惜しい。
 この時間を逃したくない。

「それを考えたら、クラウドさんの方こそティファさんに男の人が寄ってこないか心配だよねぇ」

 そのとどめの一言で、マリンの意識は完全にデンゼルを呼びに行くということから離れた。

「そうなんだ〜!クラウドもすっごくヤキモチ焼きなんだよ」

 ちょっと胸を張るように…、まるで自慢するようにそう言う。
 友達は予想通り、期待通り目を輝かせた。

「「「 キャ〜!!本当に!? 」」」
「うん、もうね、『ティファどうして気づかないかなぁ?』って思っちゃうくらいクラウドはヤキモチ焼きだよ」
「「「 キャ〜〜!羨ましい!! 」」」
「そのくせ、2人ともすっごく恥ずかしがりやだしね。たまに一緒にお店のお手伝いが出来る時とか、見てて面白いよ!」
「「「 どんな風に!? 」」」

 身を乗り出す友達にマリンはことさら努めてしかめっ面をして見せた。

「この前もクラウドが配達のお仕事お休みの時があってね。いつもはクラウドがお休みの時はお店を休むんだけど、今度の配達は比較的短時間で終われるから手伝いたいってクラウドが言ってくれて、一緒にお仕事したの。そしたらね〜」
「「「 うんうん! 」」」
「来ちゃったんだ〜、ティファのことを狙ってる人が」
「「「 うわ〜!それでそれで!? 」」」
「ティファはクラウドと同じですっごく『鈍い』から、その男の人のこと、『こまめに来てくれるお得意さん』くらいにしか思ってないんだ」
「「「 キャ〜!本当にモテる女性の見本みたい!! 」」」
「でも、クラウドにはバッチリその男の人の魂胆が分かっちゃって…」
「「「 うんうん、それでそれで!? 」」」
「ティファが料理を作って持っていこうとしたのを横からサッと料理取っちゃって、『俺が運ぶよ』って」
「「「 キャー!ジェラシー!? 」」」
「そしたらティファがちょっとほっぺた赤くして、『ありがとう、クラウド』って。もうその雰囲気だけでその男の人玉砕決定しちゃった」
「「「 キャー、キャー、キャー! 」」」
「あれはちょっと可哀相だったかなぁ。でも、クラウドはお料理をその男の人の所に運んだだけで、睨むとか何にもしなかったんだよ」
「「「 そうなの!? 」」」
「うん!そんなことする必要が無いって分かったんだと思うの、やっぱりクラウドはほら、そう言うことに関しては敏感だから」
「「「 キャー! 」」」
「でも多分、あの男の人が凹んでなかったら、ちょっとくらい睨んだり凄んだりしたと思うな」

 マリンの話に友達は夢中になった。
 マリンも楽しんだ。
 その後も沢山クラウドやティファの『欠点』について大盛り上がりに盛り上がって楽しい時間を過ごした。
 だがその帰り、マリンは思った。

(結局、『欠点』って言ってもクラウドとティファがどれだけ自分のことに鈍いかってことと、ヤキモチ焼きってことしか言えなかったなぁ)

 話をしている間にどんどん最初の主旨から離れてしまった。
 それに気づかず、どんどんずれたまんまで今日のお遊びの時間は終了してしまった。
 帰宅して店の準備を手伝わなくてはならない。
 いつもならすぐに気持ちを切り替えて『お手伝い♪』と思えるのに、今日はなんとなく後ろ髪引かれる思いがする。
 それはきっと、友達がクラウドとティファの話しで盛り上がってくれたからだ。
 もっともっと、『人間としてのクラウドとティファ』を知って欲しいと思う。
 クラウドとティファは、自分達と変わらない人間なんだってことを知って欲しい。
 知って、そうしてもっと好きになって欲しい。
 だから、また明日もうんとおしゃべりしようと思う。
 幸いにも、別れ際に友達は、
『『『 明日もまた教えてね!! 』』』
 と言ってくれた。
 まぁ、明日まで同じ気持ちでいてくれるか分からないが、それでもやっぱりその一言は嬉しかった。


 *


「マリン、さっき何をそんなに盛り上がってたんだ?」

 少しマリンより遅れて帰宅したデンゼルは、とりあえずシャワーを浴びて服を着替えるようティファに言われ、急いで降りてきたところだった。
 マリンはテーブルを拭きながら、
「さっきって?」
 エプロンを急いで着ようとしたばっかりにこんがらがってしまい、エプロンと格闘しているデンゼルを見る。
 ティファが笑いながらデンゼルに絡み付いているエプロンを解きにかかった。
 デンゼルは「大丈夫だよ、これくらいなんとか〜……って、もう!なんなんだよぉ!!コイツ〜!!」などなど言いながら、ティファの援軍を断りながら哀れにもエプロンに敗北しようとしている。
 ティファの笑い声に釣られてマリンも笑った。
 笑いながらも手は止めない。
 次のテーブル、次のテーブルを拭き清める。
 ティファもデンゼルの『意地』を汲み取ったのか、笑いながらカウンターの中に戻って調理の下ごしらえに取り掛かった。
 デンゼルが呻き声や苛立った声を上げつつエプロンと格闘しているその様子を見ながら、2人は笑いながら次々と自分達の仕事を仕上げていった。
 結局。

「……うぅ…ティファ、助けてくれ〜……」

 なんとも情けない声をでティファに助けを求めることとなった。

「最初からティファにしてもらったら良かったのに〜」
「うるせい!」

 ちゃんとすっきり本来のエプロン姿となったデンゼルにマリンがからかった。
 唇を尖らせながら不貞腐れた顔をするデンゼルにマリンは笑った。
 ティファもカウンターの中でクスクスと笑っている。
 マリンはふと、そんなティファの微笑みに意識を絡め取られた。

 マリンやデンゼルの良く知るティファの微笑み。
 明るくて…、楽しそうで、嬉しそうな微笑。
 だがそこにある微笑みは、自分にはない『何か』があると感じた。
 それはいつもティファから感じられるものだから、今更『なんだろう?』と思うこと自体が少しおかしいのかもしれない。
 だが、友人からティファやクラウドを沢山褒めてもらった後だからだろうか?
 いつも以上にティファの一挙手一投足に意識が細かく向かってしまうようだ。
 だから…だろう。

「なぁに、マリン?」

 不思議そうな茶色の瞳と真正面からぶつかって、マリンは必要も無いのに慌ててしまった。
「ううん、なんでもない」
「そう?」
「うん」

 返事もそこそこに視線を逸らす。
 しかし、すぐに後悔した。
 不思議そうなティファの気配が戸惑ったようなそれに変わったことに気づいたからだ。
 デンゼルが何か言いたそうな、ちょっと怒ったような顔を向けたことにも気づいた。
 ティファやクラウドに心配をかけるようなことは、デンゼルもマリンと同じで絶対に許せない項目として掲げている。
 だから、デンゼルが今、マリンに苛立ちを感じたのはマリンにとっては至極当たり前のことで言い訳出来ないことだった。
 いや、今回の場合は充分言い訳や申し開きが出来る理由があるのだが、変に慌てて余裕が無いため、場を持ち直すだけの頭の切り替えが出来ない。
 場を持ち直すことが出来るのは…。

「マリン、デンゼル。今日は暑かったからきっとビールが良く売れると思うわ。ジョッキ、多めに磨いて冷凍庫に入れてくれる?」

 やはりと言うべきか、ティファだった。
 デンゼルはクルリとティファに向き直って元気の良い返事をする。
 マリンもそれに倣うようにして慌てて返事をした。
 デンゼルはもうマリンに対して苛立った気持ちを表情から消している。
 ティファ自身がその空気を晴らす行動に出たのに、それを無視してまでマリンへのちょっとした苛立ちに固執する必要は無い、ということをまだ幼い少年はちゃんとわきまえているからだ。
 いつも一緒にいる『兄』だから、ちょっとしたそういう気持ちの切り替えが出来ることが当たり前のように思っていたのだが…。
(やっぱりデンゼルってすごいよねぇ…)
 改めて目の当たりにすると驚きは新鮮な発見となってマリンに印象付けた。
 イヤミではなく、ティファの隣で笑いながら準備をするデンゼルを見ながら本当にそうしみじみ思った。
 実は、そんな風に認められるマリンも、大変素晴らしい素質を持っているのだが、当人が気づく気配は無い。
 だからこそ、素直で裏表のない愛くるしい子供なのだろう。(そう評するのはバレット顔負けの親バカ振りを披露するクラウドとティファである。)

 マリンもデンゼルと同じようにジョッキを磨いて、冷凍庫へ入れる作業を手伝う。
 明るい声で礼を言いながらティファが手をデンゼル、次いでマリンの頭に置いた。

「いつもありがとう。じゃあ、もうそろそろ開店しようか」

 温かく微笑むティファの顔がすぐ傍にある。
 それは、時間で言えば僅か3秒に足るかどうか…。
 だけど、マリンにとってもデンゼルにとっても貴重で充分な時間。
 むしろ、それ以上まじまじと至近距離で見つめられたら落ち着かない。
 いくら大好きなティファと言えど、それは仕方ないことだ。
 気持ち良く過ごすためにはある程度の『距離』が必要なのだから。

 デンゼルと一緒に笑顔でドアに向かいながらマリンはその『絶妙な距離間と時間』を思った。
 いつも何気なくくれる『大切な時間』と『大切な距離』。
 それを、ティファやクラウドは自然と与えてくれる。

(あ〜…そっか…)

 今日、友達にちゃんと言えなかったこと。
 ティファにはちゃんと皆と同じように『欠点』があることを伝えようとして、充分伝えることが出来なかった。
 それでも明日、またちゃんと『他の人と同じだよ』ということを伝えたいなぁ、と思いながら、さてどう言って良いのだろう、と考えていた。
 だけど、やっと分かった。

(ティファもクラウドも、ちゃんと『必要なことを必要な時にくれる』ってことを皆に言わないと)
 そう、皆のお父さん、お母さんと同じように。

 デンゼルもマリンも、クラウド、ティファの血を引いているわけではない。
 親族でもないし、デンゼルに至っては赤の他人だった。
 それなのに、こうして『家族』として生活出来るのは、クラウドが…、ティファが友達のお父さん、お母さんのように『必要な時』に『必要な距離』を与えてくれるから。
 そしてそれは、いつの時でも『惜しみない愛情』から存分に与えてくれるのだ。
 だから、こんなにも心地良い。
 こんなにも幸せでこんなにも愛おしい。
 時折、性質の悪い客が来ることもあるこの仕事なのに、手伝うことをイヤだとは思わない。
 それは、ティファが…、クラウドが全身全霊で守ってくれることをちゃんと知っているから。
 マリンが、デンゼルが一生懸命頑張っていることをちゃんと見てくれるから。
 だから、お仕事も楽しいし、『家族』として一緒に生活出来ることが嬉しい。

(私も大きくなったら…)

 客と談笑している『母親』を見る。
 いきいきとした笑顔に凛とした眼差し、張りのある声は『店主』の顔。
 暗い顔、しんどそうな顔を常連客達は見ることが出来ない。
 それも全部ひっくるめてティファで、それを全部ひっくるめて大好きだ!と言える。

(私も…大きくなったら…!)

「マリンちゃん、メニュー良いかい?」

 馴染み客の1人がマリンに声をかけた。
 マリンはパッと顔を輝かせて笑顔を浮かべる。

「はい、ただいま参ります!」

 憧れの人が背後で微笑む気配を感じながら…。




 あとがき

 なんとなく昔の拙宅のような感じになりましたかね?
 マリンはすごくしっかりした子ですが、きっとその背景にはティファの影響が色濃くあるんじゃないかしら?という妄想の結末に生まれたお話です(笑)

 きっとすっごくすっごく、ティファへの憧れは強いんじゃないかなぁ?
 ティファの弱いところも知ってるけど、それでも頑張って自分やデンゼルを守ろうとしてくれるティファ。
 そんなティファを傍で見つめることの出来る子供達の特権のお話。
 うん、デンゼルの語る部分が無い状態ですが、またそれはいつかの機会にでも…。