『なぁ、クラウドさん、どうしたんだ?』

― さぁ。分からないの… ―

『え?クラウドさん、出て行ったの!?』

― ……ええ……。 ―

『ティファちゃん、クラウドさんと喧嘩したの?』

― 喧嘩…なんて… ―

『じゃあ、どうしたんだい!?まさか、クラウドさん、他に女が出来たとか!?』

― ……やめて…… ―

『へぇ、あのクラウドさんが、他所に女をねぇ』

― …お願い、やめて… ―

『じゃ、ティファちゃん、捨てられたんだ!?』

― やめて!! ―




いつも貴方を…



 
荒い息遣いと共に、ティファはガバッと飛び起きた。

 
 …なんて夢を見たんだろう……。


 全身が冷や汗でグッショリとしていて、不快な気分に拍車をかける。


 夢。……そう、あれは夢だ。

 自分に言い聞かせながら、ティファは小刻みに震える己自身を抱きしめた。
 そして、そっと自分の隣を見る。
 そこには、ポッカリと一人分の空間が空いていた。

 もう、今日で二週間になる。

 彼…、クラウドを仕事へと送り出して…。

 本来、彼を請け負う範囲はここ、エッジを中心としている。
 しかし、世界各地で復興作業がどんどん進んでいるとは言え、メテオ襲来以前の様な交通レベルに到達するには、まだほど遠い。
 おまけに、街の外でのモンスターの発生率が、以前に比べて高くなっている。
 このような事柄から、彼の様に配達業を生業としている人は、大変重宝がられ、需要が非常に高いものの、彼の様にモンスターにも十分対応が可能で、かつ地理に詳しい人材は少ない。
 その為、リーブ・WROからの依頼を請けて、現在彼は北コレル、ゴンガガ、コスタ・デル・ソルといった、西大陸の方へ出向いている。目的は、西大陸地方での安全な交通ルートと、その地域に生息しているモンスターの種類とその対応法の伝授である。

 当初の予定では一週間であったが、予定に大幅なズレが生じ、帰宅予定日が一週間延びてしまった、と連絡を受けたのは、つい昨日の夕方だった。




 ティファは、時計に目をやった。
 時刻は丁度、三時を少し過ぎた頃だった。

 今頃、彼は眠っているのだろう。

 本当なら、昨日には帰っているはずだった彼に、思いを馳せる。

 ティファは、夕方に彼からかかってきた電話を思い返した。



『すまない。また新たな問題が発生してしまって。帰るのは明後日になりそうだ』

「また!?」

『本当にごめん。どうも上手くいかなくて…』

「…………」

『ティファ…?あの、怒ってるのか?』

「……怒ってないよ。呆れてるだけ」

『……そうか』

「……ちゃんとご飯食べてる?」

『ああ』

「……きちんと休んでる?」

『ああ』

「……怪我とかしてない?」

『大丈夫だ』

「………」

『………ティファ…』

「…なぁに?」

『……いや、何でもない』

「……クラウド」

『何だ?』

「……気をつけてね」

『ああ。子供達のこと、頼んだぞ』

「うん」

『それから…』

「……それから、何?」

『……いや』

「……そう」

『ああ。じゃあ、また電話する』

「うん」

『それじゃ』

「うん」



 何度も聞こうとしては言い出せなかった言葉を、心の中で反芻する。



 ― ねぇ、私に会えなくても、平気? ―



 あまりにもバカバカしいその問いに、ティファは自嘲気味な笑みを浮かべた。

 ― 平気なはずがない! ―

 彼がそう答えてくれるのは分かりきっている。

 それなのに、つい口からこぼれ出てしまいそうになるその言葉を、ティファは必死になって抑え付けた。

 子供達は、クラウドの帰宅予定日がズルズル延びていく事に対して、不満気な顔はしたが、決して不安気な顔は見せなかった。
 クラウドが必ず帰ってくる、そう信じているのだ。
 ティファは、子供達の強い信頼を感じずにはいられなかった。

 それに比べて自分は…。


 ティファは、ベッドから抜け出ると、汗で冷えた身体を温める為と、汗を流す為にシャワーを浴びに浴室へ向かった。
 途中、子供部屋をそっと窺う。
 子供達は、規則正しい寝息を立てて、良く眠っていた。
 その寝顔に、少しだけ落ち込んでいた気分が良くなるのを感じる。
 ティファは、子供達にそれぞれキスを落とし、そっと部屋を出た。


 熱いシャワーを浴びていると、自分の中にジクジクとしていたドス黒い感情まで洗い流してくれる気がする。
 ティファは、しばらく熱いシャワーを浴びて気持ちを落ち着かせようとした。
 きっと、今すぐにベッドに戻ったとしても、先程見た嫌な夢を再び見てしまう、そんな気がした。


 あれは夢……現実じゃない。


 でも、『過去にあった現実』。

 そう、あれはクラウドが家を出て少ししてから、実際にセブンスヘブンの客と交わした会話だった。

 あの時は、クラウドの身に何が起きたのか知らなかった事と、デンゼルの病の事等で、本当に辛い会話だった。

 どんなにか、叫びだしたかった事だろう。


 それに比べ、今は本当に幸福ではないか。
 それなのに、何故、あんな夢を見てしまうのだろう?
 何故、こんなに心、掻き乱されるのだろう?
 何故、こんなに苦しいのだろう?
 何故、私は泣いているの?


 え……、泣いて……?


 ティファは、熱いシャワーに混じり、己の頬を伝う熱い雫に驚いた。
 自分が泣いている事に気づいた途端、嗚咽が込上げてきた。
 慌てて、声が漏れないよう口を押さえると、そのまましゃがみこんでしまう。


 何故、自分はこんなに弱いんだろう?
 何故、子供達の様に、彼を信じられないんだろう?


 信じられない……?


 違う!
 信じられない、そんな事は断じて違う!!

 なら、何故苦しいのか……?

 その理由は一つだけ。

 たった一つだけ。



 彼に会いたい、ただそれだけ……。

 
 ティファはただひたすら嗚咽を堪え、彼を想いながら涙を流し続けた。



 翌朝。

 結局あの後、ベッドに戻ったものの一睡も出来ず、腫れぼったい瞼をどうにかしようと、冷水で何度も顔を洗い、タオルで目元を冷やした。
 その甲斐あってか、子供達が起き出す頃には、どうにかいつもと変わらない程度に戻り、笑顔で子供達に朝の挨拶をする事に成功した。

「おはよう、ティファ!」
「おはよう、マリン。デンゼルは?」
「もう起きてくるよ。今、髪を梳かしてるとこ」
「そう。じゃあ、マリン。このお皿をテーブルに運んでくれる?デンゼルが来たら、朝ごはんにしよう」
「うん」

 マリンがいつもの様に笑顔を見せ、お皿を運んでくれる姿に、ティファは内心ホッとした。
 家族の中で一番感受性が豊かで、人の感情の機微を敏感に察知するマリンにばれなかったと言う事は『大丈夫』と言う事になる。

 やがて、デンゼルがふわふわした茶色の髪を揺らしながら、元気良く「おはよう、ティファ!」と挨拶をしてきてティファもそれに笑顔で応え、三人で朝食を囲んだ。


 朝食の間に交わされる話題は、今朝もやはりクラウドの帰宅予定日についてだった。
「ねぇ、ティファ?クラウドいつ帰れそうなの?」
「う〜ん。昨日の電話では、確か『明後日』って言ってたから、順調に行けば明日になるわね」
「でもさ、何でそんなに予定がずれるんだろう?」
「うん。何でも、WROの正式な隊員さん達みたいに、戦う訓練をした人に教えるんじゃなくて、一般の人で配達の仕事が出来る様に安全な交通ルートを教えて、モンスターがどんな種類の物がどこにいるのかっていうのもきちんと教えないといけないんだって」
「そんなの、一般人が出来るわけないんじゃないかなぁ?」
「でも、これからの世界にはそういう人達が沢山必要だもの。いつまでもWRO隊員さん達に頼るわけにはいかないから」
「う〜ん、でも、クラウドのレベルに一般人の人達が着いて来られるわけないじゃん!」
「もちろんそうだけど、クラウドの場合は、交通ルートの伝授と、それを教わる人達の護衛も兼ねてるからね」
「……教えて、守って、か。クラウド、大変だなぁ」
「……ティファ」
「うん?」
「無理しないでね?」
「え!?」
マリンの真っ直ぐな目を見て、ティファはドキッとすると同時に、
『ああ、やっぱりこの子には敵わないな』
と、内心で舌を巻いた。

 ティファは、キョトンとした顔のデンゼルと、真剣な眼差しで心配そうな顔をしているマリンに微笑みかけると、
「大丈夫!」
と元気良く言って、二人の頭をテーブル越しにそれぞれ撫でた。

 そして、マリンに小声で『有難う』と囁く。
 マリンは、まだ何か言いたそうな顔をしていたが、ティファの笑顔を見ているうちに、ニッコリと笑みを返してくれた。
 デンゼルは、そんな二人をやはりキョトンとした顔で交互に見つめるだけだった。


 やがて、時間はどんどん過ぎ、あっという間にセブンスヘブンの開店時間になってしまった。
 この時間には、子供達も遊びから帰ってきて、ティファの手伝いをしてくれている。
 それが、ティファにとって大きな支えとなっていた。

 数分後には開店、という時に、ティファの携帯が着信を知らせた。

 まだ携帯に出る前から、子供達がパッと顔を輝かせてティファを見る。

 そう、この着信音はクラウド専用のものだ。

 ティファも、二人に微笑みかけると、「もしもし?」と電話に出た。


『ああ、俺だ。皆、変わりないか?』

「うん。皆、元気だよ」

 電話口から、愛しい彼の声が耳にやさしく響く。
 それだけで、今のティファは涙が出そうな心地になる。
 どうも、そろそろ限界らしい。

『ティファ?』

「ん?」

『何かあったのか?』

「え?」

『何かさ……』

「何?」

『声が泣いてる……』

「………!!」

 今朝、見た夢が鮮烈に脳裏に甦る。

 あの、暗く、辛かった日々の記憶に、感情が引きずり込まれそうになる…!!


 ああ、駄目……!!

 子供達が見てる……!!!

 彼が心配する……!!!!



『ティファ!?』

「やあね、何言ってるのよ!」

電話口から焦ったように、クラウドが語りかけるのに対し、ティファは必死に泣くまいと、喉の奥で涙声を必死に抑え付け、溢れそうになる涙が流れないように、天井を見上げ、ゆっくり回るファンを見つめた。

「私は何ともないから、心配しないで!お仕事頑張ってね!!」

『ティファ……』

「じゃ、そろそろ開店の時間だから、切るね?」

『あ、ああ…』

「それじゃ、」
と、ティファが携帯を切ろうとした瞬間、マリンがパッとティファに飛びつき、ティファの手から携帯を取り上げた。
 そして、驚くティファを尻目に、携帯のクラウドに向けて猛然と捲くし立て始めた。

「クラウド!!」

『え?マリンか!?』

「クラウド、いつ帰ってくるの?早く帰ってきて!!私もデンゼルもティファも、クラウドに凄く会いたいの!!ティファはいっつも私達に気を使って元気に見せてくれてるだけで、本当はとっても辛くて苦しいの!!全然大丈夫じゃないの!!クラウド、分かるでしょ!?」

「マ、マリン!!」

ティファが慌てて携帯を取り上げようとするが、マリンはサッと身をかわすと、テーブルの下に潜り込み、更に言い募った。

「ねぇ、クラウド。クラウドが今しているお仕事がとても大切だって、ちゃんと分かってるよ。でも、クラウドでないと駄目なお仕事じゃないよね?他の人でも代わりは出来るよね?でも、でもね。私達にとって、クラウドの代わりは誰もいないの!誰もクラウドの代わりになんかなれないの!!だから、ねぇ!!早く帰ってきて!!」


 マリンの言葉に、ティファは立ち尽くした。
 全て、自分が胸に秘めていた言葉ばかりだったから…。
 その全てをこの小さな女の子が、涙を眼に一杯浮かべて代弁してくれている姿に、気付けばティファの頬を涙が一滴流れていた。

 デンゼルはその光景に仰天し、今では泣き声になって話が出来る状態でないマリンの手から携帯を受け取ると、
「クラウド!なぁ、早く帰ってよ!!ティファもマリンも俺も、クラウドがいないと寂しいんだ!クラウドは寂しくないの!?」




 クラウドは、携帯を握り締めたまま、立ち尽くしていた。

 いつも、傍にいたいと思っている。
 当然だ。
 大切な、本当に大切な家族なのだから、大切な彼女なのだから。

 しかし、彼女はこの仕事を請ける事に関して、賛成してくれていた。
「新たな、世界復興への手助けになるわね!」
そう言って、笑顔で自分を送り出してくれた。
 確かに、帰宅予定をズルズル延長してきたが、ここまで必死になって自分に帰るように訴える子供達の言葉に、クラウドはどれ程子供達や彼女に寂しい思いをさせていたのか、初めて思い知らされていた。

 そう、寂しい、と思っていたのは自分だけではなかったのだ。

 子供達も、ティファも、自分と同じ位、もしかしたら自分以上に寂しい思いをしていたのかもしれない!!

 そう考えると、クラウドはいてもたってもいられなくなった。




 結局、その日はセブンスヘブンを営業しなかった。

 とてもじゃないが、三人が三人共、大泣きに泣いて仕事どころではなかったのだ。

 ティファは、携帯に向かってひとしきりわめいた後、大声で泣き出したデンゼルと、それに呼応するかのように泣きじゃくり始めたマリンを力一杯抱きしめて、自分も泣いた。

 思い切り三人で抱き合って泣いた。

 そうするうちに、いつの間にか携帯は切れていて、クラウドがそれから何か言っていたのか分からないが、ティファは可愛い子供達と感情を共有する事によって、早朝に見た忌まわしい夢のドス黒い感情が消えていくのを感じていた。


 その夜は子供部屋の二つのベッドをくっつけ、三人で川の字になって休んだ。



 そして、その翌日。

 ティファが目を覚ますと、何故か目の前がキラキラ眩しい金色に包まれていて、ティファは首をかしげた。

 次いで、驚いて顔を離す。

 すると何と言う事だろう!!自分の目の前に、あんなに会いたかった愛しい彼が静かな寝息を立てているではないか!


 これは、夢、かしら……?


 そっと、今度は身体を離そうとするが、今度は上手くいかなかった。

 そこでやっと、自分が彼の腕の中にいる事に気付き、一気に顔がほてり始める。

 どうやったらそんなに器用に割り込めるのか不思議で仕方がないが、クラウドはデンゼルと自分の間にすっぽりとはまり込んで、自分をそっと、でもしっかりと抱きしめて眠っていた。


 恐る恐る、彼の頭へと手を伸ばす。

 懐かしいその感触に、ティファは涙が溢れてどうしようもなくなった。


『クラウド……!!』


 昨夜の電話の後、大急ぎで帰ってきたのだろう。

 きっと、シエラ号を出してもらったに違いない。

 装備こそ外してあるが、それ以外は私服を着ており、帰ったなりでそのままこうして自分を包んでくれたのだ。

 ティファは、嬉しさのあまりまだ眠る愛しい人へそっと自分の腕を回す。

 自分の体全部で彼の存在を感じ、改めて幸福を実感する。

 そのまま、ティファは眠る彼と、子供達に囲まれたまま、再び眠りに落ちていった。



 その時見た夢は、あの過去の辛い記憶ではなく、きっと、現在感じている幸福な色をした夢……。


あとがき

何となく、シリアスな物が書きたくなったので、ちょっと暗め、でもハッピーエンドを目指してみました。
マナフィッシュの中でのティファのイメージは、完全無欠!ではないんですよね。
脆い部分がとっても沢山あって、でも、それを見せないで頑張りすぎてしまう、
そんなイメージがあります。だから、頑張りすぎてしまうティファを
子供達が上手にフォローして、そして、クラウドがここって時に
支えてくれる、そんなクラティがマナフィッシュの二人であったり
するのです。そして、そんなクラティファミリーを
仲間達が色々サポートしてくれるという…。
こんなFF7のキャラ構図が好きです。