*かなりダークな話しです。ハッピーではありません。苦手な方はお読みにならないようお願いします。(本当にダークです)








 私が欲しかったもの。
 ううん、今でも欲しくてたまらないもの。
 ほしくて仕方ないものを、あの子は…持っている。
 それがたまらなく妬ましい。
 妬ましくて…憎くて…。

 ねぇ、どうしたら良い?
 どうしたら…私にも手に入るの?


I WANT …




「行って来る」
「「「行ってらっしゃーい!!」

 明るい笑い声が今日もあの店の前から聞えてくる。

 憎い…。
 憎い、憎い…!

 なんで?
 なんであの子はあそこで笑って英雄を見送りしてるの?
 なんであの子まであそこで笑って手を振ってるの?

 ズルイ!
 ズルイ、ズルイ、ズルイ!!!

 私と違わない孤児のくせに。
 おまけに、デンゼルは二年半前まではプレートの上で生活してた、『上の世界の子』じゃない。
 それが、やっと私達と同じ、地べたに這いずって生きなくてはならない…ってとこまで堕ちてくれたのに!!

 どうして、どうして!?
 神様、どうして!?!?
 私は生まれた時からずっと地べたを這いずるようにして生きてきた。
 必死になって…泥まみれになって…。
 今日食べるものも無くて、小さい弟と妹が沢山いたから、小さかった私まで必死になって朝から晩まで働いてたのに。
 それなのに!!

 神様、不公平だよ!!
 許せない!
 許せない、許せない、許せない!!!!


「しょうがないよ。マリンは英雄の一人の子供だろ?」
「うん、それにデンゼルも行き倒れるのをクラウドさんが助けてくれたんだし…」
「まぁあれだ。所謂(いわゆる)『成り行き』ってもんじゃないか?」

 違う…。
 違う、違う、違う!!!
 私が言いたいことはそうじゃない!!

「でも、お前だってちゃんと家族いるじゃないか」
「そうよ。星痕症候群に罹ってた兄妹も皆助かったんだろ?」
「ほらぁ…あそこにいる子、奇跡の雨が降る直前に弟が死んじゃったんだよ…」
「あぁ、そうだったよな」
「あいつ…暫く悔しそうに泣いてたもんな…」

 なによ…。
 皆は良いわよ、私が欲しい物を持ってるんだもの。
 あそこでしょげてるあの子だって、持ってるんだから!!

「もう良いわよ!!」

 癇癪を起こして公園を飛び出す。
 心のどこかで誰か追いかけてくるだろう…と、当たり前のことと思っていた。
 期待はしてなかった。
 期待はしてなくて…そう思い込んでいたの。

『ごめん』『悪かったよ』『ね、一緒に遊びの続き、しましょうよ』

 だってそうでしょう?
 私は間違ってない。
 皆がおかしいんだもの!

 それなのに。


 結局、誰も追いかけて来てくれなかった…。


 なんで?
 なんで、なんで?
 私がおかしいの?
 私の考え方が変なの?
 ねぇ、どうして皆、私の事を分かってくれないの!?


 私は…。


 間違ってない…。





「ねぇ、マリン」

 私が声をかけると、おさげを揺らしてクリクリした目を持つ女の子が振り返った。
 ニッコリと笑ってくるその笑顔にも……憎しみしか持てない。
 でも、ダメ。
 それを表に出しちゃダメ。
 そう、私は『女優』なんだもの、『お友達』って顔くらいわけなく出来る。

「これ、作ってみたんだ。良かったら食べてみて?」
「え?これを!?」

 差し出したクッキーにクリクリした目が真ん丸くなる。

 何よ。
 私がクッキーを焼いたらおかしいわけ?
 …本当にムカツク奴よね。

「うっわ〜!すっごい、美味しそう〜!!」

 …輝くような笑顔。
 花が咲くような笑顔って、この事を言うのかしら…?
 だったら、とんだペテンよね。
 白々しい。
 絶対にそんなこと思ってないくせに。
 どうせ、
『私の方がティファに教えてもらって美味しく焼けるわ』
 ってバカにしてるのよ。

「食べて良いの?本当に!?」

 食べて良いから……食べさせるためにわざわざもってきたんだから、一々聞かなくても良いじゃない。
 本当はバカじゃないの?

「えぇ、ちょっと味見してもらいたいんだ」
「ありがとう!!」

 ニコニコ笑いながら、小さな手でそれをそっと包み込むように受け取り、クッキーの一つをもったいぶった仕草でつまむ。

 良いからさっさと食べちゃいなさいよ!
 イライラするわね。
 そういう『かわいこぶる』のが滅茶苦茶腹が立つのよ。

「えへへ〜、頂きま〜す!」

 ア〜ン、と口を開けてクッキーを齧る。
 頬が自然と緩むのを抑えられない。
 ホラ、あと少し!

「危ない、マリン!!」
「え?キャーッ!!」
「キャッ!!」

 良く知っている男の子の声がしたかと思ったら、私達の方にサッカーボールが飛んできた。
 丁度、私とマリンの間を信じられない速度でボールが通り抜ける。

 思わずビックリして私達はお互いに数歩分、後ろに飛びのいてしゃがみ込んだ。

「ごめんごめん!!ほんっとうにごめん、二人共大丈夫か!?」
「もう、大丈夫かじゃないよぉ、デンゼルー!!」
「いや、本当にごめんな。ちょっと狂っちゃって…」

 汗だくで駆け寄ってきたのは、マリンと一緒に住んでる男の子…デンゼル。
 私の大嫌いな子の一人。
 デンゼルの後ろから、男の子達が何人かついてきた。
 私とマリンに怪我が無いのを確認して胸を撫で下ろしている。
 ううん、違う。
 他の子達もデンゼルも、私よりもマリンを気にしてる。
 マリンに怪我が無いことを喜んでいる。

 私なんか…どうでも良いって思っているのよ…。
 胸の中でドロドロとした熱いものが込上げてくる。

 悔しい。
 悔しい、悔しい、悔しい…!!

 知らず知らずのうち、両手をギュッと握り締めていた。
 手の平に爪が食い込んでいる痛みも、なんとも無いくらいに……胸の中が熱い。


「ああーー!!!!」


 突然、マリンが大声を上げたから、ビックリしちゃったじゃない!
 デンゼルも、他の子達もビックリしてマリンを見る。
 マリンの目は足元に注がれていた。
 地面に転がっている……クッキー達を。

「ご、ごめんなさい、ごめんなさい!!」

 顔を真っ赤にして何度も私に頭を下げる。

「なんだよ、どうしたんだ?」
「クッキーをもらったの!丁度食べようとしてたのに〜!デンゼルのバカー!!」
「う、うわわ、ごめん、ごめんったら!!」

 真っ赤な顔をして半泣きになりながら、デンゼルをポカポカ殴る。
 それを男の子達が面白がって見ていた。

 何が面白いわけ?
 なんでそうやって笑ってるわけ?
 私がクッキーを焼いてきたのがそんなにおかしいわけ!?
 マリンのこと、本当は大嫌いだって皆知ってるから、私があげたクッキーがおじゃんになったのを喜んでいるわけ!?


「本当にごめんな、悪かったよ」


 デンゼルが私に向かって頭を下げる。
 その隣で、潤んだ目をしてマリンが「ごめんね、本当にごめんね?」と繰り返していた。
 いつの間にか、遠くのブランコで遊んでいた女の子達も私達の方を注目している。

 …ここで私が不貞腐れたら、私が悪者じゃない。

「ううん、良いの気にしないで。クッキーはまた焼けば良いんだから」

 ニッコリ笑って首を横に振る。
 デンゼルは申し訳なさそうにもう一度私を見たけど、
「早くサッカーの続きやろうぜ?」
 という友達の誘いにあっさりとついていった。
 マリンはというと、しゃがみ込んでボロボロになったクッキーを丁寧に集めている。

 それを見下ろすようにして立っている私は、周りから見たらどんな風に映る?

 その事に気付いて、
「良いの、止めてよ。そんなことしたら手が汚れちゃうでしょう?」
「でも…」
「良いの。それに、放っといたら鳥とか蟻の食べ物になるじゃない?」
 慌てて止めに入る。
 私の説明に納得したのか…それとも納得した振りをしているのか、マリンは小さく頷きながらようやっと立ってくれた。

「本当にごめんね?」

 小さい声で再び謝罪をして…。

「また焼いてくるからその時は食べてね?」

 そう言うと、おさげを揺らしてマリンは大きく頷いた。


 ふん。
 本当に演技の上手なムカツク奴よね。
 それにしても、思い返せば返すほど、腹が立つ!
 あと少しだったのに…!!

 でも、次こそは…。
 新たな決意を胸に、『お詫びをする』と言い張るマリンを適当にあしらって帰宅した。

「ただいま」

 帰りたくもない家に帰る。
 今日の収穫は結局ゼロ。
 ゼロどころかマイナスよ。
 このご時勢、クッキーの材料を揃えるのも一苦労。
 ましてや、それを親に見つからないようにくすねて焼くだなんて、どれだけの労力を要したか!

 案の定。

「こら!!お前、一体どこに行ってたの!?」

 私を生んだ女が怒鳴りつけてくる。

「公園に行ってた」
「公園!?まったく、もっと早く帰って家の手伝いをして頂戴!兄さんと妹は身体が弱いんだから、その分お前が助けてくれないと困るんだよ!」
「………」
「なんだい、反抗的な目をして!さっさとこれを配達して!」
「………」

 母親が織った布をいつもの籠に押し込み、洋裁店へ届けるため黙って家を後にする。
 父親は……いるにはいるけど、滅多に帰ってこない。
 どうせ、どっかで女でも作ってるのよ。
 家に帰りたくないのは私だって一緒なのに、自分は大人だからって適当な言い訳作って帰らなくて済むだなんて、本当に不公平だわ。


 神様は…不公平だわ。


「それからお前!バターと小麦粉、砂糖もえらく使っただろう!?帰ったらきっちり説明聞くからね!!」

 道路を渡りきった所で母親が思い出したかのように怒鳴りつけてきた。
 街行く人達が奇妙な目で、あるいは好奇の視線で私と母親を見る。

 …本当に………私の周りにはろくな人間がいやしない!!!

 だから…。
 壊すの。
 壊して、踏みにじって、滅茶苦茶にしたいの!!


 マリンとデンゼルの幸せを!!!


 ジェノバ戦役の英雄が余計なことをしてくれたから、私はこうしていたくもない家に縛られ、病弱な兄と妹の分まで手伝いをさせられている。
 二年半前、巨大隕石が落っこちてくれていたら、こんな目に合わずに済んだのに…。

 ジェノバ戦役の英雄。

 英雄と讃えられているのに、その生活ぶりはおよそ英雄らしからぬもの。
 それが、世の中の人達の称賛をより一層際立たせるものとなっている。

 だけど、私は知ってるの。
 そんなの、表の姿だけ。
 仮の姿なのよ。
 本性は、英雄と言う肩書きにものを言わせて、甘い汁を吸ってるんだわ。
 私達が……ううん、私が必死になって働いて稼ぐほんの僅かな小銭なんか、道端に投げ捨てるくらいの生活をしているに違いない。

 許せない。
 許せない、許せない、許せない!!

 私を不幸にするために星を救った英雄達が!
 私を当たり前のようにこき使う親たちが!
 身体が弱いからといって、何もしないでベッドで横になることを許されている兄と妹が!!


 全部、全部、全部、全部!!!!



 壊してやる!!!!





「マリン、はい。約束通り作ってきたよ」

 あれから一週間後。
 勝手に貴重な食料を使ったことに怒り狂った母親の目を盗んで、ようやっとまたクッキーを作ることに成功した私は、息を切らせながらマリンの肩を叩いた。
 少し力が強かったかもしれない。
 皆が『可愛い』という顔が歪みつつ振り返ったから。

 ふん。
 それくらいの痛み、私が一週間前に私を生んだ女から受けたビンタに比べたら、なんともないでしょ?

「わ〜!ありがとう!!」

 一週間前の笑顔と同じ。
 嬉しそうな顔をして大事そうに私の手から包みを受け取る。
 サササッと周りを見渡したのは、きっとサッカーをしていないのを確認しているんだろう。
 バカね。
 大丈夫なのは私が既に確認済みよ。
 だからこそ、息も整えないでアンタにそれを渡したんだから。
 だから……。
 早く、さっさとそれを食べなさいよ!

「じゃあ、頂きま〜す!」

 サクッ。
 モグモグモグモグ。

 思わず頬が緩む。
 私が笑っているのをマリンはどう思ったのかしらね。
「すっごく美味しい!ありがとう!!」
「そう?良かった」
 ニッコリと笑ってもう一つ、もう一つ…と食べた。

 そう、その調子で全部食べてしまいなさい。

 なのに、残り数枚、というところで、マリンはクッキーをそっと包み、食べるのをやめてしまった。

「まだ残ってるのに…美味しくなかった?」
 声に不満が混じったのは仕方ない。
 全部食べないと致命傷にならないじゃない。
 それなのに、このムカツク奴は、
「すっごく美味しいからデンゼルとティファとクラウドにも分けてあげたいの」
 そう答え、大切そうにスカートのポケット中にしまいこんだ。

 これは…計算外。
 そうね。
 マリンはそういう子だったわ。
 家族みんなを大事にしている『フリ』をして、ご機嫌を取り、自分の居場所を確保することに余念が無い強かな(したたか)な性格をしてるんだった…。
 こうなることが分かってたら、『倍』にしておけば良かった…。

「本当にありがとう!また私もなにかお礼するね!」

 その言葉に、私は適当に相槌を打って「母さんからお使い頼まれてるから」と、早々に帰宅することにした。
 母親に手伝いを言い渡されているのは本当だもの。

 忌々しいけど、大人になるまで私一人では自分の食い扶持を稼ぐことは出来ない。
 居心地サイアクだけど、ストリートチャイルドになるくらいならまだマシ。

 私を生んだ女が角を生やしている家に帰るため、私は足を早めた。
 でも、頭の中は今度いつ、マリンにクッキーを食べさせるかで…一杯だった。



 だけどその翌日。


「すいません、WROの者ですが」

 予期せぬ来客。
 母親は文字通り蒼白になり、病弱の兄と妹はより一層顔を白くさせ、まるで死人のようになった。
 三人が、まるで私のことを化け物でも見るかのような目で見てくる。

「ちょっと聞きたいことがあるんだ。一緒に来てくれるかな?」

 人の良さそうな顔をした若い隊員が、私にそっと手を伸ばした。
 その隊員の目が紫色に輝いているのを見て、初めて私は恐怖を感じた。
 紫の瞳に映る私の姿は…。


 バケモノそのものの形相だった…。





「幸い、マリンちゃんの身体に入った毒物は少量でしたからね。胃洗浄と点滴でなんとかなります」
「そうですか……」
「くそっ!どうしてマリンが!!」
「クラウドさん、落ち着いて…と言うほうが難しいとは思いますが、どうか落ち着いて下さい。今、マリンちゃんに『洗剤入り』のクッキーを食べさせた女の子に話を聞いてるんですが……どうも……その……」
「その…、なに、ライ君?」
「その…かなりな被害妄想がみられています。通常の子供からは考えられないような…かなり異常な思考を持っているようで、『自分は被害者だ』と言っていて…」
「『被害者』!?よく言うよ!『加害者』じゃないか!!」
「デンゼル…落ち着いて…お願い、ね?」
「でもティファ!!」
「デンゼル君。デンゼル君もその女のこのこと、知ってるよね?普段はどういう子?」
「え…普段?う〜ん、あんまり話した事ないけど、すっごく陰気で暗い子。それに、お父さんがずっと工事現場で仕事してて、家に帰ってこられないって話しだし…。あ、お兄ちゃんと妹が一人ずついるんだけど…」
「『だけど』?」
「身体が弱いから病院代が大変なんだって。それに、家の手伝いとか沢山あるけど、それを全部あの子がしないといけなくて…。よく言ってたよ、『世の中不公平だ』『お兄ちゃんと妹ばっかり両親は可愛がる。私は手伝うために生まれてきたみたいだ』って…」
「そう…」
「ライ?」
「ライ君?」
「…ご両親の嘆きようは凄まじいものがありましたから…」
「「「 ??? 」」」
「『今まで本当にこの子を見てあげられていただろうか?日常の忙しさ、貧しさにかまけて、この子に『愛している』と今まできちんと伝えたことがあっただろうか…?』と…そう言って泣き崩れておられました…」
「…そう…」
「…………」
「…そんな勝手な理由でマリンを殺されかけたんじゃたまんないよ!」
「うん、確かにそうだよね。でも…」


「身近な人に『愛している』『大切に想っている』と伝えるのは…本当に難しいんだよ」


「その事を、僕は改めて思い知らされた気がします」





 あなたは とても近い人に 想いを伝えられていますか ?

 言葉で。

 態度で。



 そうしないと……。






「なによ……なによ、なによ、なによ、なによ!」

「今更、父親面、母親面して!!」

「信じない。なにも信じない!私以外、なんにも信じない!!」

「死ねばいい。みんな死ねばいい!!死んで、綺麗さっぱりなくなってしまえばいい!!!!」


「そうしたら…」


「私は惨めな思いをしなくて済む………」



「この世界で信じられるのは………私だけ……正しいものは……私だけ……」




 あとがき



 すいません、どっぷりダークで終らせてみました。
 まだマナフィッシュが専門学生だった頃の話ですが、先生が一つの『実験』の話をして下さいました。

 生まれたての赤ちゃんが二人いました。
 そのうち、一人の赤ちゃんは一つの部屋に置き去りにし、オムツを替えたり授乳する時だけ母親の面会を許し、それ以外の接触を一切断つというもの。
 もう一つは、普通の接し方、つまりいつも惜しみない親の愛情を受けられる環境で育てる…といったものです。

 一つの部屋に置き去りにされた赤ちゃんは、僅か生後数ヶ月だったかと思いますが、亡くなったそうです。
 非常に残酷な実験ですが、この実験で『人間は生まれた時から、周りより愛情をもらわないと生きていけない種族である』と立証された…というのです。

 赤ちゃんだけじゃないですよね。
 私達だって、家庭や学校、職場で仲の良い人や愛している人、大切な人がいなかったら上手く『人として』生きられませんよね。

 最近、暗いニュースが多くって…フッと学生時代に聞いた実験を思い出しました。
 ここまでお付き合い下さり、ありがとうございました。