特に理由はないけれど、時としてとても寂しく、時としてとても人肌恋しくなることがある。
 それは忘れていた頃に何故かフッと胸を過ぎる幼い頃の思い出や望郷の念に近いかもしれない。

 そうすると、それまでは何も感じなかったのに急に周りの人たちと自分との『差』のようなものが浮き上がってくる。
 特にそれは、幸せそうに微笑み合っている恋人たちを見てしまうとその『差』は大きくて…。

 自分は決して不幸ではなく、むしろ幸せモノなのだと言うことは分かっているのに、傍らに寄り添う人がいないこの現在(いま)を意識してどうしようもなく寂しくなってしまう。

 何度『大丈夫』と自分に言い聞かせてもそれは無駄な足掻きでしかなく、切ないような、愛しいような、そういうものが、胸の奥底でツキツキとその存在感を主張して、現在(いま)、この場にいない人のことでいっぱいにするのだ。

 だから、つい口に出して言ってしまいそうになる。



 そばにいて欲しい…と。



 なにもしなくて良いから、ただ傍にいて。
 ただ…アナタに寄り添いたい…。





I want to draw close to you






 最後の客を笑顔で送り出し、千鳥足でその姿が宵闇に消えたのを見届けてからティファはふぅっ、と息を吐いた。
 今夜の最後の客は中々話しの楽しい客だった。
 営業回りをしているというだけあり、話し口調もその内容も実に上手く人を惹き付ける。
 楽しい時間はあっという間に過ぎる、という実証のような時間だった、とティファは背伸びをして時計を見た。
 時計の針は深夜1時を差そうとしている。
 楽しい時間はあっという間でも、身体への疲労が減るわけではない。
 むしろいつも以上に遅い時間まで店を開けていたため、それまでの楽しかった時間の反動のように疲労感がどっと押し寄せ、ティファはもう1度息を吐いた。

「さて…」

 声に出してグルリと腕を回す。
 緊張の切れかけている自分に軽く喝を入れる。
 そうしないと、大量に残っている後片付けをやりきることが出来ない。
 客の話しにすっかりのめり込んでしまったせいでいつも以上に片付けものが残っているのだ。
 カウンターの中に入ってティファはげんなりとした。
 折角入れた喝がシュルシュルと消えてしまいそうになる。

 目を閉じ、少ししてから「よしっ!」と無理やり気分を浮上させてティファは目を開けた。

 まずはテーブルを拭き清める間、汚れた皿はシンクの中で水に浸ける。
 次いで、水に浸けていた汚れ物を洗うのに取りかかる。
 すっかり手馴れたその作業だが、無言で手だけを動かすことがほんの少し苦痛に感じる。
 いつもなら…、と思ってしまってティファは眉間に軽くシワを寄せた。
 考えても仕方のないことを考えるだなんて、無駄でしかない。
 だが、浮かんでしまった考えを完全に頭の中から消し去ることが出来る人間など、いるのだろうか?
 気づきたくないのに気づいてしまった自分に少しだけイラッとする。


 だから、しょうがないってば。


 聞き分けのない小さい子供を叱るように、胸の中で呟く。
 今夜、クラウドが帰って来られないのは今朝から分かっていたことではないか…と。

 8日前から他の大陸へ配達廻りをしているクラウドは、本当なら今日、帰宅する予定だった。
 だが、クラウドが今いる大陸では生憎の荒れ模様らしく、乗り物酔いという体質と仲良くお付き合いしている彼は今日の渡航を早々に諦めた。
 おまけに明日も天候は最悪と言う予報が出ている。
 ということは自然と明日の渡航も無理、ということになってしまうわけで、実質、今日の帰宅予定は明後日まで伸びてしまったことを差す。
 携帯に向かって、『『ええ〜〜〜…』』と残念そうに声を上げる子供たちに苦笑しながら、ティファも内心、とてもガッカリしていた。
 だが、子供たちの手前そんな素振りはおくびにも出さず、宥める役に回る。

「帰って来たら家のこと、沢山してもらおうよ」

 そうおどけて言ってやると、デンゼルとマリンは不満そうな顔からパッと明るい笑みへと表情を変えてくれた。
 嬉々としてクラウドへ可愛い命令をする子供たちに、そのときだけティファはほんの少し救われたような気持ちになれた。
 だが…。

 子供たちが遊びに行ってしまったあと。
 店の周りを掃除しに外へ出たとき。
 市場へ買い物に出かけたとき。
 店の開店準備を始めたとき。
 常連客たちが次々顔を見せてくれたとき。

 そんな、日常の当たり前な瞬間瞬間で、胸の奥の奥がツキツキと小さく小さく痛んだ。
 そのたび、ティファは無視をする。

 なにも感じていない。
 なんにも変な感じはしない。
 大丈夫、大丈夫。
 今日は天気もいいし、洗濯物もよく乾く。
 少し暑いくらいだから、ビールがよく出るだろう。
 なら、ビールに合うおつまみを沢山用意しておかなければ。
 子供たちの服もそろそろ薄手のものに変えてやらないと。
 やることは沢山あるのだから、変なことを考えている暇はない。

 しっかりしないと。
 よしっ、大丈夫。
 今日も1日頑張ろう。
 『今日』が終わったら…、『明日』も乗り切れる。
 『明日』を乗り切れれば『明後日』になって、『明後日』になれば、クラウドが帰って来る。

 だから、大丈夫。
 …大丈夫…なんだけど…。

 ティファは溜め息を吐いた。
 シンクの中の洗い物はまだ半分ほど残っている。
 どうにもやる気になれないが、やらなくてはいつまで経っても終わらない。
 嫌々する作業ははかどらない。
 はかどらないと益々気が滅入る。
 まさに悪循環。
 鬱々とした気持ちを抱えながら、ティファは自問自答する。

 そんなに残念だったの?と。

 答えは簡単だ。

 とてもとても残念だ。
 早く、”いつも”の生活に戻りたい、と思っていたのだから、クラウドの帰宅が遅れてしまったのは残念でならない。
 いつもなら洗い物を片付けながらクラウドの夜食を温めたり、風呂の湯を見に行ったり、やることが今夜よりも多くてそれなりに大変だ。
 それをしなくて済むのだからいつもよりもうんとラクなはずなのに、いつも以上に気だるく感じてしまう。
 いや、いつも以上に気だるく感じたのは今夜だけではない。
 ラクだ、と思ったのはクラウドが家を離れた3日くらいまでで、それ以降は既にいつもの生活に戻りたいと考えるようになっていた。
 勿論、いつもいつも帰宅が深夜になるわけじゃない。
 昼間に帰ってくることもあれば、夕方に疲れた顔で戻ってくることもある。
 そうかと思えばまだ夜も明けきらない時間にゴソゴソとベッドに潜りこんでくることもあった。
 そう言うときのクラウドは、寝ぼけて頭の回らないティファにいつも以上にホッとした顔で微笑むと、そっと優しく抱きこんで『ただいま』と耳元で囁き、首筋に鼻先をくっつけるようにして密着するとようやく全身の力をゆっくり抜いていく…。
 そうして、無垢な子供のように安心しきった顔で眠りに落ちるのだ。

 その瞬間の至福は言葉に出来ない。



 本当なら。
 深夜を回る直前に帰宅予定だったクラウドのために今頃は腕によりをかけて、夜食…というにはいささか豪華な食卓を整えていたはずだ。
 急に空いてしまった予定を埋めるかのように最後の客との会話にのめり込んでしまったわけだが、胸の奥底でツキツキとその存在を主張する痛みは消えてくれない。

 皆が『無愛想』と評する彼の顔が見たい。
 口下手で言葉が足りない彼のその声が聞きたい。
 ただいま、とホッとしたように柔らかい目をして言って欲しい。

 そうしてくれたら。

 おかえり、と笑って迎えて、お疲れ様、といたわりの言葉をかけてあげたい。
 そうすると、いつも彼は無愛想と評される表情に薄っすら笑みを浮かべてくれるのだ。
 仲間ですらあまり見たことがないのかもしれない、彼がくつろぐ瞬間に見せてくれるあの表情がとてもとても愛おしい。
 出来れば、自分と子供たち以外、仲間以外にあのホッとした顔は見せて欲しくないと心密かに思ってしまう。
 流石に独占欲丸出しなので絶対に口が裂けても言えないが、本気でそう願ってしまう。

 心の鎧を脱ぐのは私の前だけにして欲しい…などと。

「……そんなこと考えるなんて、我ながら病気ね」

 思わず声にして呟き、ティファは苦笑した。
 苦笑して、大きく息を吐く。
 声に出したことで思いがけず、気持ちが少しだけ明るくなったような気がした。

 水を止め、手を拭く。
 鬱々しながらの作業だったのだがいつしかシンクの中はいつも通り、綺麗に片付いていた。
 1つ用事が済んでしまえば更に気持ちが軽くなる。

「どうしようかな」

 呟いて、なにがどうしようかな、なんだろう、と自分でおかしくなった。
 時計を見ると、もう深夜2時に近い。
 どう考えても寝る以外の選択肢はないだろう。
 いや、その前にシャワーを浴びなくては。

 だが、ティファはカウンターから出る時にグラスと酒瓶を手にしていた。
 なんとなく。
 なぁんとなく、明日は…というよりも、既に”今日”だが、臨時休業にしちゃうかも、と気持ちが”休業”に傾いていた。
 そしてなんとなく、その通りにするような気がする、と自分の気持ちを第三者のようにちょっと離れた立ち居地で見てみたりする。

 うん、今日はもう仕事、しないだろうな。
 デンゼルとマリンはびっくりするだろうけど、きっと反対しないわね。
 反対するどころか、『ティファは働きすぎ!』って、すごく賛成してくれそう…。
 でも、すごくすごくビックリするから、もしかしたらクラウドから電話が入ったときに言っちゃうかもしれないな。
 ううん、絶対に言っちゃうわね。
 そしたらクラウドはどうするかな?
 ビックリ…するかなぁ?
 案外、『そうか、たまには身体を休めることも必要だからそうすると良い』とか、冷静に言ってくれちゃって終わりそうだよね。
 少しくらい『休みにするってなにかあったのか!?』って驚いてくれないかな?
 あの綺麗な目をパチクリと見開いて…。
 心配そうに眉間にシワを寄せて。
 そして、ゆっくりと手を伸ばして額に手を当てて、『熱はないみたいだが、無理はするな』って言ってくれないかな。

「って、それって目の前にいないと出来ないじゃない」

 あ〜、本当に私って病気ね、と苦笑交じりに呟きながらクラウドが好きな酒を手酌でグラスに注ぐ。
 グラスを軽く持ち上げて琥珀色の液体を暫し眺め、口の中で小さく「乾杯」と言ってから一口啜る。
 途端、カァッ!と口の中いっぱいに強いアルコールが広がり、ティファは「ん〜〜!」と目を瞑った。

「ふぅ〜。クラウドってどうしてこんなにキツイお酒をあんな澄まして飲めるのかな」

 カウンターにグラスを置いて、行儀悪いけど肘を着くとグラスの縁に指を一本引っ掛けてユラユラと揺らす。
 波打つ琥珀色の輝きに目を注ぎながらも、頭の中は今夜、傍にいない彼のことを考え続ける。

 今頃何をしているだろう?
 何をしている、ってこんな時間ならとっくに寝ているに決まっている。
 いや、もしかしたら珍しく、本当に珍しく酒場に行っているかもしれない。
 なにしろ、今夜帰ってこられなかったのは悪天候のために船に乗れない、というだけの話しなのだから、明日は1日中ヒマなはず。
 もしも天気が回復したらすぐ船に飛び乗るだろうが、生憎その可能性は非常に低い、というのが天気予報で言っていたからまず無理だろうし…。
 ということは、仕事もない、船にも乗れない、一日中宿屋に缶詰になるってことよね。
 それはそれは、ヒマでヒマで仕方ないだろうなぁ。
 携帯の充電器は持っていっているはずだから、1日子供たちと電話をしているのかもしれないね。
 ううん、いくら子供たちがおしゃべり好きだとは言え、ずーっと携帯で話し続けられるはずがないし、子供たちにだって予定はあるもん。
 そもそもクラウドってば長電話が苦手だから、いくら可愛い子供たちが相手だってせいぜい15分話したらおなか一杯になっちゃうよね。
 じゃあ、何をして明日1日時間を潰すんだろう?
 ゴロゴロするにしても限界があるだろうし。
 あぁ、もしかしたら部屋で出来るトレーニングでも軽くしてみるかも。
 あれ?そう言えば、クラウドが一生懸命基礎体力作りをしている姿を見たことがないな…。

 つらつら考えながら、チビリチビリと酒を飲む。
 たっぷり時間をかけてグラス一杯を空にした頃には随分気持ちがフワフワと心地良い状態になっていた。
 それと同時に、ここ数日小さな棘となってずっと胸の奥でチクチクとその存在を主張していた”感情”がブワッ、と溢れてきた。

 頭はフワフワと夢見心地。
 だけど胸はキュゥッと締め付けられて、喉元にまでその気持ちが競りあがってきている。

「……」

 ティファはおもむろに手を上げた。
 そこに”いる”と仮定してなにもない空間へ軽く指を伸ばす。
 手をソロソロと伸ばし、小首を微かに傾げながらどうだったかを思い出しつつ指先で空に描く。

 顔の輪郭はこんなだっけ?
 髪の毛は…こんな感じだったかな?
 目と鼻は…こんな感じで、唇はこう…。

 ツンツンとした髪が実は触れてみると意外にも柔らかくて手触りが良いとか。
 頬に指を滑らせた時の感触とか。
 どこに触るとくすぐったそうに目を細めるのか…とか。

 そういうことを思い出しながら見えないキャンパスに彼を描く。
 それはまるで手を伸ばせば届く距離に彼がいて、本当に触れているかのようで…。

 小さいことまで思い出しながら空に彼を描き、そうしてパタリ、と膝の上に手を落としてティファはカウンターにコテリ、と顔を乗せた。
 冷たいカウンターの感触が、アルコールで火照った顔に心地良い。
 フワフワした感覚は続き、胸の奥でツキツキとした疼きも消えない。
 だからやはり考えてしまう。

 クラウドも少しは私のことを思い出してくれてるかな?と。

 そうであって欲しい、と思うと同時に、彼がそこまで思ってくれていたとしたら今すぐ死んでも良い、とかバカなことを考える。
 バカなことついでに、このまま死んでしまったら星に還らずずっと彼の傍に寄り添っていたい、とか一瞬だけだけどそう思ってしまってティファは小さく笑った。
 我ながらまったくバカで似合わないことを考え付くものだと呆れてしまう。
 こういう人肌恋しいというか、切ない気持ちが胸いっぱいに満ち満ちているときにアルコールを、しかもキツめのものを口にしてしまって、普段では考えられないくらい乙女思考になってしまった。

 でも。

「たまには良いよね」

 そう、たまにならこんな風に自分の気持ちを素直に認められる時間も良いと思いたい。
 いつもこんなだったら周りの人たちに迷惑だろうし、なにより『気味悪いモノ』として引かれてしまう可能性が大だから、極々たまに、にしようと思う。
 それも、周りに誰もいない今夜のような時間にひと時だけにするから、だから許して欲しい…。

「…会いたいなぁ…」

 ゆるゆると目を閉じる。
 冷たいカウンターの感触が目を閉じたことでよりリアルに感じられるようになり、切なさの陰に隠れていた感情が顔を出した。
 それは、ティファがずっと自分自身にすら隠そうとしていた率直な思い。
 それを言葉にしてしまうととてもツラくなるから、だから言葉にしないよう、明確な単語として表さないように無意識下で押さえ込んでいたのに、とうとう自覚してしまった。
 そうして、ティファは奥の奥で隠していた一言を口にする。


「寂しい…」


 ポツリとこぼした言葉が静まり返った店内にコロリと悲しげに転がる。
 時計が時を刻む音がやけに大きく響く深夜の店内に、その一言はとてもとても哀しい色を帯びて聞こえた。

 寂しい。
 寂しい、寂しい、寂しい。

 今、この場にクラウドがいないのは、仕事のせいだということを信じていないわけじゃない。
 仕事で忙しくしているだけで他に理由はなく、帰れないのは頑張って働いてくれているからだということを疑っているわけじゃない。
 そうではなくて。
 ただ会いたいだけ。
 ただ傍にいて欲しいだけ。
 ただただ、彼のことが愛おしくて愛おしくて…。


「どうにかなっちゃうぞ?」


 大好きだから傍にいて欲しい。
 大切だからいつも包まれていたい。
 愛おしいから独り占めしたい。

 無愛想と言われるその表情も。
 時折見せてくれる柔らかな微笑みも。
 胸にジンと響く低い声も。
 昔よりもうんと暖かくなったその眼差しも。

 全部を独り占めして、全部を自分だけモノにして…。


「……ちょっと私、大丈夫?」

 急に思考が冴えて目をパチクリ開けると姿勢を正す。
 誰も見ていないが、なんとなく気恥ずかしさを感じる。
 気恥ずかしいからソワソワしてしまって、空になったグラスを持ってカウンターへ逃げるように入った。
 手早く洗いながらなんとなく、本当になんとなく、たった今浮かんだ乙女思考過ぎるフレーズのオンパレードをリピートして、顔から火が出るほどの恥ずかしさを覚える。

 いやいや、いくらなんでも恥ずかしすぎるし!
 グラス一杯でこんなに酔っ払うだなんて、疲れてるんだわ。
 さ、もう寝よう寝よう。
 っと、その前にシャワーだけでも浴びないと。

 ブツブツ呟きながらそそくさと居住区へ上がり、有言実行とばかりに手早くシャワーを浴びて自室へ戻った。
 そして、ドアを開けてティファは目を丸くした。

 自分はまだ酔っ払っているのだろうか?
 シャワーを浴びて、あらかた酔いは醒めたと思ったのだが、あの酒はそんなにアルコールが強かったのだろうか?
 うん、そうに違いない。
 そうでなければ、どんだけ自分は寂しがり屋なお子様なんだろう?
 幻覚が見えるほど、クラウドを恋しがっているだなんて。

 ドアを開けた時のまま、呆けた顔で突っ立っている姿がよほど面白いのだろうか、ティファの目の前で悠然と足を組んでベッドに座っているクラウドは、これまで見たことがないほど悪戯っぽい楽しげな笑みを浮かべていた。

「おかえり、遅かったな」

 大好きな低い声がからかいを含んで甘く響いても、ティファはポカン、と目を丸くしたまま突っ立っていた。
 クツクツ、と喉の奥で笑いながらクラウドは組んだ膝の上に肘を着き、顎を乗せるというポーズから両手をベッドに着いて上体を軽く後ろへ反らせるくつろいだ姿勢をとった。
 そして、小首を傾げるようにして笑みを深くすると…。

「ところで、『おかえり』は言ってくれないのか?」

 その一言にティファの止まっていた時がハッと動き出す。
 爆発的に歓喜が湧き上がり、心臓が駆け足で鼓動を刻む。

 どうして帰ってこられたのか?とか。
 帰ってくるなら連絡くらいくれたら良かったのに、とか。

 そういうことが全部吹っ飛んで、ティファは突き動かされたようにクラウドへ大股で近寄った。
 そして、真正面で止まると悪戯が成功した子供のような顔で笑っているクラウドに向けて手を伸ばした。
 抱きつくよりも早く、彼の腕が伸びてあっという間に横抱きに膝の上に乗せられる。
 いつもなら恥ずかしがって中々素直にその膝に乗れないティファは、恋焦がれていた温もりと香りに包まれて心が一気に潤っていくのを感じた。

 そうして、少しだけ顔を離して改めておかえり、と言い、ただいま、と言われる。
 微笑み合って、額をくっつけて、優しいキスを交わして、また抱きしめて抱きしめられる。
 トクトクと、彼の鼓動に泣きたいくらい安心して、包み込む彼の香りと吐息に至福を感じて、そうしてティファは目を閉じた。
 さきほど店内で1人、クラウドを思い出しながら空に描いたものとは比較出来ないほどのリアルなクラウドに心の底から満たされていく。
 そしてしみじみと思う。
 傍にいたい。
 手を伸ばせば届くその距離にいつもいたい。



「どうして帰ってこられたの?」
「今朝のティファが少しおかしかったから気になって、あれからすぐ船に乗ったんだ。でも、案の定船が凄く揺れてな、船酔いがいつもよりもうんと酷くてジュノンに着いてから暫く動けなかった」
「…私のこと…気にしてくれたの?」
「ん?当たり前だろ?」
「クラウド…」
「それにしても、ティファ?」
「え?」
「さっき、店で何してたんだ?」
「さっき?」
「なんか、指揮をしてるのかと思ったけど、指の動きがそうじゃなかったし」
「……っ見てたのっ!?」
「あぁ。なんか声かけづらい雰囲気だったからちょっと様子を見て、と思ってたんだけどな」
「〜〜〜!」
「あ〜、それから」
「っ!ま、まだなにかあるの!?」
「『会いたい』『寂しい』って俺に会えなくて寂しいってことで良いのか?」
「っ!!」
「それと『どうにかなっちゃう「それ以上は言わないで!!



 顔を真っ赤にさせたティファに口を塞がれても尚、意地悪そうに笑っているクラウドに、やはり自分の本音は隠しておかなければ!と痛感しながらも、やはり幸せだ、と感じる。


 私はアナタに寄り添っていたい…。

 それは、乙女思考をフル稼働させた甘いフレーズでもあり…。
 ティファが恥ずかしがっている心の奥底で願っている本当の気持ちの1つである。



 あとがき

 某素敵管理人様へ押し付けた一品です。
 切ない → ラブラブ って構図を目指しましたがラブが足りない><

『I want to draw close to you』(私はあなたに寄り添いたい)