「ティファ、行って来ま〜す!」
「夕方までには帰って来るからね!」

 元気に子供達を送り出し、ホッとティファは安堵の溜め息を吐いた。



癒しの魔法




「ふぅ……頭痛い……」
 ティファは店のドアを閉めると施錠し、すぐ傍の椅子に重い身体をおろした。
 子供達に心配かけまいと、遊びに行くまで必死になっていつも通りを演じて見せた。

「ふふ……今日はばれなかったなぁ…」

 微かに嬉しそうに笑って、ティファは冷たいテーブルの感触を喜んだ。
 以前、風邪を引いた時はあっさりバレた。
 それというのも、咳が止まらなかったからだ。
 今回の風邪は…どうやら熱のみのようだ。
 熱のみとはいっても、かなり高熱が出ているので両脇に冷却シートを貼り、いつもよりもファンデーションを濃く塗って赤い顔色をごまかした。
 マリンが何となく不審そうな顔をしていたが、
「このファンデーション、新しく最近来てくれてるお客さんがくれたの。コスメの仕事をしてるんで、ちょっと試しに新商品を使ってみてくれって」
 そう言うと、マリンは「ふ〜ん。そうなんだ。でも、ティファには濃い化粧は似合わないね。やっぱりいつものナチュラルメイクが良いと思うよ♪」と、実に女の子らしく意見まで言ってくれて、特に不審がられることは無かった。
 そうして。
 精一杯努力して…子供達にもバレない様に頑張って……。
 ティファは机に突っ伏した。
 このままではいけないことは分かってる。
 最初は、顔がカッカカッカしていてテーブルの冷たさが気持ちよかったのに、いつの間にやら酷い悪寒に摩り替わっている。
 歯が噛み合わないほどの寒気。
 かなりの高熱が出ているのだろう。

 このまま店内で過ごすのは…非常によくない。
 重い身体をひきずるようにして、自室に向かう。
 途中で、グラスに一杯の水を飲み、そして空になったグラスに水を満たしてフラフラと寝室に向かう。

 ドサッ…。

 投げ出すようにベッドに横になる。
 吐く息までもが熱く感じる。
 身体の節々が酷く痛い。
 喉もひりひりする。

 寒くてたまらず、着替えるなんてことは出来そうになかった。
 服のまま、シーツに包まったが一向に寒気は治まる気配が無い。
 ガタガタと震えながら、ティファは力の入らない身体をなんとか起こし、タンスを漁った。
 取り出したのは真冬用のフカフカしたパジャマと毛布。
 ズルズルと毛布を引っ張ってベッドに力尽きて倒れこむ。
 そのまま傷む身体を無視して、毛布をすっぽりと被った状態で、少しでも悪寒が酷くならないように…と、考えて着替えをした。
 毛布に包まっているせいと、震える手先で上手く着替えることが出来ない。

 何とか、落ち着いてベッドに改めて横になった時には、すっかり体力を消耗し、もう何も出来ない状態だった。
 暫く、毛布に包まって震えるままに横になる。


 寒い…。
 寒い……。
 寒いよ……クラウド…。


 無意識に心の中で助けを求める。
 誰よりも一番傍にいて欲しい。
 特に、こんな辛い時には…。

 ティファはらしくもなく気弱になっている自分に自嘲の笑みが浮かんだ。

 子供達を無理して送り出して…。
 子供達が帰るまで横になっていれば、今よりも少しはマシになっていると思ったのだ……送り出したときは。
 そうしたら、子供達が心配しても『ちょっと風邪引いたみたいだから、今日はお店、お休みするわね』と、軽く流せただろうに…。
 どうもそうはいかないらしい。
 どんどん関節の痛みが増してくる。
 頭痛が酷くなって目がかすむ。


 ― すまない、明日には帰れると思うから… ―


 そう言って昨日、コスタに配達に出かけたクラウドの申し訳なさそうな顔が瞼に浮かぶ。


 ― 仕事だもの。そんな顔しないで ―


 そう言って笑った自分の声が蘇える。

 考えてみたら、そう言って笑ったときから何となく……ほんっとうになんとなく身体がダルイ気がしたのだ。
 だが、熱を測ったりすると余計に病人の気分になりそうで……結局そのままほったらかしにしてしまった。


『あぁ……本当にバカみたい……』

 今の状態を子供達がみたら、真っ青になってクラウドに電話をかけるだろう。
 そんなことは絶対にさせられない。
 折角仕事にやりがいを感じ始めたクラウドの邪魔をしたくない。

『何でこんなときに風邪引くかなぁ……』
 バカは風邪引かないんじゃなかったっけ?

 などと自分にくだらないツッコミを入れながら、いつしかティファは眠りに落ちていった。










「大丈夫、ティファ?」
 深緑の瞳をした親友が心配そうに覗き込む。
 喉がひりついて…頭が痛い。
 それでも微かに頷いて笑って見せると…。

「はい、お水」

 そう言って……そっと頭を抱え上げて水を飲ませてくれた。

「おりょ、ティファ、目が覚めた〜?だいじょぶ…?」

 心配そうにひょこっと顔をのぞかせたウータイの少女。
 クリクリした瞳には不安そうな色。
 反対側からは赤毛の仲間が、隻眼を細めてジッと見つめてくる。

「ティファよぉ…おめぇは無理しすぎだ」
「そうだぜ!これを機会にゆっくり休め!!」
「ちょっとバレット、うるさいわよ!ティファがゆっくり出来ないじゃない!!」
「「エアリスの方がうるさいよね…」」
「ナナキ、ユフィ、何か言った?」
「「いいえ、何も言ってません」」

 エアリスの低い声に仲間達が首を竦める。
 熱が出て苦しいのに…心が休まる。
 とても安心出来る。

 でも…。

 足りない…。


 ノロノロと視線を彷徨わせると、何を…『誰』を探しているのか目ざとく発見したエアリスが悪戯っぽく笑いながら顔を近づけた。

「クラウドなら買出しに出かけたわ。ジャンケンで負けたの」

 高熱で火照る顔が、更に熱を持つ。
 クスクスと可笑しそうに笑いながら、ゆっくりと前髪優しく梳き、エアリスは瞳を細めた。

「大丈夫。すぐに帰って来るからそれまでちゃんと休んで……ね?」

 幼い頃亡くした母を思い出すその温もりに、いつになく素直に頷いた。
 そのまま目を閉じてうつらうつら浅い眠りにつく。

 ふと…。
 額に大きな手の感触。
 いつもなら温かく感じるその手も、高熱のためにひんやりと心地よい。
 目を開けなくても分かる…その手。

「クラウド……」
「ティファ、すまない、起きたのか?」

 重い瞼をこじ開けると、想像以上に近かった彼の整った顔に内心驚く。
 緩慢な動作で首を振ると、心配そうな紺碧の瞳が優しく細められた。

 まだ…彼が本当に幼馴染のクラウドなのか不安に思っているのに…。
 こうして自分を案じてくれている彼を見ると、本当のクラウドなんだと思える。
 それが……とても嬉しい。

「何か欲しいものはないか?」

 無口で、照れ屋で、不器用な彼が一生懸命言葉をかけてくれるのが…本当に嬉しい。
 嬉しくて…愛しくて…。

 微かに口元に笑みを浮かべてゆっくりと頭を振ると、少し不満そうな顔をした。

「ティファ、こういう時くらい甘えてくれたって良いんだぞ?」

 なんとなく拗ねたようなその口ぶりに、笑いが込上げる。
 喉が痛くて笑い声を上げることは出来なかったが…。

「大丈夫…ありがとう……」

 なんとかそれだけを口にすると、まだ不満そうに…心配そうな顔のままで、もう一度クラウドは前髪を優しく梳いてくれた。
 それがくすぐったくて……嬉しくて……幸せで……。
 風邪を引いて頭がガンガンと痛むのに、胸は別の疼きをもたらす。
 ふと、他に仲間がいないことに気がついて「みんなは?」と訊ねると、クラウドは癖のある髪をガシガシと掻きながら、
「もう寝てる。俺が無茶させすぎたんだから責任とって今夜一晩、しっかり看病しろ…って言われた」
 困ったように笑って見せた。
 そこで初めて今が深夜である事に気が付く。
 当然、ティファはクラウドも休むようにと言ったが、これまた当然のようにクラウドは断固拒否した。

「俺がちゃんと考えて行動しなかったからティファは体調を崩したんだ。これくらいはさせてくれ」
 それに、最低明後日までは絶対に行動しない…、ってみんなにも言われてるしな…。

 苦笑を浮かべるクラウドに、申し訳なさが広がる。

「ティファ、そんな顔するな…」

 手の甲で頬を優しく撫で、クラウドはそのままそっと目を塞いできた。

「ほら、もう寝ろ。明日には熱くらい下がっててくれないと、今度こそ俺が皆に殺される」

 照れたような彼の言葉に…。
 嬉しくて…幸せで…涙が出そうになった……。







 ふと…。
 ティファは髪を優しく梳かれる感触で意識を浮上させた。
 目を開けなくても分かる…その手。
 大きくて…安心出来る手。

「クラウド…?」
「ティファ、目が覚めたのか?」

 重たい瞼を開けると、心配そうな紺碧の瞳がジッと自分を見つめていた。
 ティファはノロノロと身体を起こそうとしたが、それを子供達に止められた。

「ティファ、ダメだってば!」
「そうよ。すっごい熱なんだから!」

 心配しながらも怒ったような子供達に、ティファは数回ゆっくりと瞬きをした。
 そして、自分が今の今までかつての旅の夢を見ていたことにようやく気が付く。

「もう、ほんっとうにティファは無茶ばっかりするんだから」
「そうだよ。意地でも俺達に隠そうとするんだからさぁ。もう少し自分に優しくなっても良いのにさぁ」

 唇を尖らせるマリンとデンゼルに、かつての親友と仲間の姿が重なる。
 思わず口元に笑みを浮かべると、子供達に軽く睨まれた。

「ごめんね…二人共…。ううん、三人とも……」

 かすれた声でそう謝ると、デンゼルとマリンは怒った顔から途端に泣きそうな顔になって唇をグッと真一文字に引き結んだ。
「本当にもう…頼むよ…」
「そうよ。ティファが私達を大事に思ってくれてるのと同じくらい、私達もティファの事、大事なんだから」
 そう言って、布団の上からキュッと抱きついてきた子供達の背を、重い腕を上げて優しくポンポンと叩く。

 愛しい…。
 嬉しい…。
 本当に……幸せ……。

 視線を上げると、クラウドの紺碧の瞳とかち合った。
 優しいその眼差しに、ティファの瞳からひとしずくの涙がこぼれ落ちた。



「子供達から電話をもらったんだ」
 濡れタオルを新しく絞りなおしながらクラウドはことの顛末を話した。
「二人共必死な声で、『ティファの様子がおかしい!』『絶対に何か隠してる!』ってさ…。それで慌てて帰って来たら、ティファが真っ赤な顔をしてベッドで寝てた…ってわけだ」
 二人共、泣きそうな顔してティファのおでこを冷やしたり、部屋の温度を調節したりあたふたしてたぞ…。

 そう聞かされて、ティファは自分の行動が全然通用していなかったことに気が付かされた。
 本当に…なんて聡く、鋭い子供達だろう。
 これっぽっちも隠し事が出来ないなんて…。

 いや、もしかしたら自分は隠し事がただ単に下手なのかもしれない…。
 いやいや、あるいは両方か……???

 固く絞った濡れタオルを額に乗せ、クラウドは顔を覗き込んだ。
「どうだ?水、飲むか?」

 条件反射で首を横に振ろうとして……。

「うん…、飲む」

 思い直して素直になってみたティファに、クラウドはやんわりと微笑を浮かべた。
 ベッドに腰を下ろしてティファの頭を抱きかかえ、そっとグラスを口元に持っていく。
 ゆっくりと冷たい水が喉を潤し、生き返った心地になる。

「もっといるか?」
「ううん…ありがとう」

 フワッと笑ったティファに、クラウドはようやく安堵の表情を浮かべた。
 グラスをベッドサイドのテーブルに置いて、そのままティファの頭を軽く胸に閉じ込める。

「良かった……少しはラクになったみたいだな…」

 耳元で囁かれる優しい言葉に、心が満たされる。

「ごめんね…。仕事……大丈夫だった…?」

 きっと、クラウドは仕事の途中で帰宅したのだろう。
 申し訳なく思うと同時に、仕事よりも自分を優先させてくれたことが嬉しく思えてしまう。
 またそんな自分がイヤになってくるのだが……それなのに……。

「心配ない、ちゃんと依頼主の了承は貰ってる。それに仕事よりもティファの方が大事に決まってるだろ?」
 当然だ。

 そう言わんばかりにあっさりと言ってのけてくれた、クラウドが……愛しい…。
 あの旅の時には言えなかった言葉が、今では口に出来る。



「ありがとう、クラウド…」



 ― 愛してるよ ―



 どんな薬よりも効く、最高の存在。

 願わくば、彼にとっても自分がそうでありますように…。



 そう願いながらティファは安らげる腕の中でゆるゆると目を閉じた。
 ティファの頬に柔らかな彼の唇が降る。

 何よりも効く彼の癒しの魔法に、ティファは目を閉じたまま幸せそうな笑みを浮かべた。


 きっと明日には元気になっているだろう…。



 あとがき

 きっと、あの旅の中では英雄達は誰かしら体調を崩したはずです。
 だって、あんだけのハードスケジュールな上にモンスターのオンパレード。
 精神的にもきつかったはずの旅ですからね。
 そんな時、クラティの場合は仲間として…というよりも、かけがえのない存在として傍にいてくれたら……と思って書きました。

 ゲーム中、看病されていたのはクラウドですけどね(笑)

 ここまで読んでくださってありがとうござました♪