過去の自分

 丁度昼食の準備が整ったとき、お腹を空かせた子供達が元気に帰ってきた。
「おかえり。丁度お昼ご飯が出来たところよ」グッドタイミングだったね!
 そう言って笑いかけるティファに、嬉しそうな顔をして子供達は先を争ってテーブルに着いた。


 楽しい一時の団欒。クラウドは配達の為不在だったが、ちゃんとティファの携帯に『子供達やティファに変わりはないか?』とメールが届いていた。その為、クラウド自身はここにいなくとも、心は常に家族と共にある、とそう感じる事が出来る為、三人は寂しくなかった。

 まぁ、……もちろんいてくれた方が良いに決まってるけど……。とティファは仕事を頑張っている彼の事を想い、うっすらと頬を染めた。

 食事中、子供達はいつもの様に、何をして遊んだのか楽しそうに話していたが、その話の途中でふと、デンゼルが黙り込んでしまった。
「どうしたの、デンゼル?」
 デンゼルはティファを見ると、少し困った顔をした。
「うん、それがさ。最近、いつも遊ぶ公園に良く来る奴がいるんだけど…」
 すると、それまで顔だったマリンまでもが急に困った顔になり、デンゼルを見る。
「どうしたの二人共?
 二人の表情の変化に驚いて、ティファは箸を置いた。

「うん、その子がいっつも俺達が遊んでるの、遠くから見てるんだ」
「私達と同じくらいの歳だと思うの」
「それで、あんまり見てるから、仲間に入れて欲しいのかと思って、一緒に遊ぼうってマリンが声を掛けたんだ。そしたら…」
「『誰がお前らなんかと遊ぶか!』って、真っ赤な顔して大声出したの」
「それ聞いて、他の子がすっごく怒っちゃって…」
「それで、喧嘩になりそうになってさ。俺とマリンで止めたんだ。でも、俺達が友達止めてる間に、そいつ、いつの間にかいなくなってたんだ」
「うん。…でも、なんかね…、その子、すごく寂しそうだったの」
「うん。俺もそう思うんだ。大声出したのもさ、きっと吃驚したのと恥ずかしかったんだって思うんだ。急に話し掛けられたから」
「あの子、本当は私達と一緒に遊びたいって思ってるけど、今まで上手く話しかけたり出来なかったんだって思うの」
「だよな。何か、すっごく照れ屋で、すっごく不器用なんだよ…多分」

 二人の会話を聞いていて、ティファは幼い頃の自分と、彼の眼差しを思い出す。


 いつも友達と遊ぶ自分達を、遠くから見ていた、とても不器用で、寂しそうな瞳を…。

 あの頃、自分や自分の友達には、デンゼルやマリンの様に、優しくて広い心がなかった…。

 それに比べ、本当に我が家の子供達は、人の心の痛みを感じ取る事の出来る、本当に素晴らしい子供達だ!!


「ねぇ、デンゼルとマリンは、その子の事、今でも一緒に遊んであげたいってそう思ってる?」

 ティファの質問に、二人共大きく頷いた。しかし、すぐ暗い顔をして俯きかげんになる。
「でも、さっきの喧嘩の事があるから、他の子達はきっと嫌がると思うんだ」
「うん…、それに、もうあの公園に来てくれないかもしれないもん」

 うな垂れる二人に、ティファは笑いかけると
「大丈夫。きっとまた来るわ。その時は、ちょっとした作戦を思いついたから、二人共協力してくれる?」
胸を張り、自信満々でちょっと悪戯っぽく言うティファに、二人共パーッと顔を輝かせて頷いた。

 ティファはそんな二人が堪らなく愛しく感じ、思わずギューッと抱きしめた。

 マリンは嬉しそうに、ティファの胸に素直に顔を埋めたが、デンゼルは恥ずかしげに身をよじる。しかし、当然ティファの力に敵う筈もなく、結局最後はおとなしくティファの胸に抱かれる事になるのだった。

 これが、いつもの『家族』のほんの一コマの姿。


 ティファは、二人を解放すると、携帯を取り出してメモリーの中の番号に電話を掛ける。
 すると、コール音が数回しか鳴らないうちに相手が出た。
「どうした?何かあったのか!?」

 仕事関係では、いつも店の電話か彼のデスクの電話を使用する為、ティファ個人の携帯からの電話に、驚いたのだろう。
 声に焦りが滲み出ている。

 ティファは、そんなクラウドの表情を思い浮かべて頬を緩めると、「ごめんね、びっくりさせて」と一言謝ってから本題に入った。
 
 初めのうちは不思議そうに聞いていたが、結局クラウドはティファの『お願い』にあっさりとYESの返事をした。


 携帯を切って、ティファは少々心配そうな顔で見ている子供達に、にっこり笑って見せ、作戦決行が明日に決定した事を伝えた。

 デンゼルとマリンは、クラウドが了承してくれた事に心から喜んで、ガッツポーズをとったり、「明日は頑張る!!」と意気込みを体全部で表現した。

 そんな二人の様子に、ティファは『本当に何て良い子供達なんだろう』と、胸を熱くさせた。



 翌日。クラウド、ティファ、デンゼル、マリンはいつもの公園へと向かっていた。
 ティファの隣のクラウドはフェンリルを押して歩いている。

 その光景は、周りから見たら異様であった。

 フェンリルは、普通のバイクに比べてデザインはもちろんだが、大きさも全く違う。
 普通の人が押して歩くと、非常に疲れた顔をして、息を切らしているだろうに、涼しい顔をして歩く姿は、周りから見たら決して近づいてはならない存在に見える。そう、彼を怒らせるなど論外だ、(例えばその隣で『やっぱりクラウドってカッコイイわよね』と惚れ直している麗しい女性に手を出そうとする事など)…と再確認させる威圧感がある。


 やがて、一行は公園に到着した。公園には既に二人の友達が集まりボールで遊んでいたが、デンゼルたちに気付いて集まって来た。

「「こんにちは!!」」
 元気良くクラウドとティファに挨拶をする子供達に、それぞれ「こんにちは」「ああ」と返事をする。

 子供達は、フェンリルを見て感歎の溜め息をつき、憧れの眼差しを向けた。

 その様子に、ティファは『うん!作戦の滑り出しは上々ね!!』と心の中でガッツポーズをとる。
 そして、クラウドに視線を移し、目で合図を送る。
 クラウドは、小首を傾げて『了解』の意志を伝えると、集まった子供達に「乗ってみるか?」と声を掛けた。

 たちまちのうちに子供達から歓声が上がる。

「ほら、慌てるな。順番に全員乗せてやるから」

 先を争う子供達に苦笑すると、クラウドは自分の一番近くにいた男の子をひょい、と抱えるてバイクに跨らせた。
 そして、自身もバイクに跨る。

「いいか?ここをしっかり持って、掴まってろよ」
 そう言うと、エンジンを拭かせてあっという間にフェンリルを走らせた。

 もちろんいつも彼が出しているスピードよりうんと遅いが、それでもバイクのスピードなのだから子供達にとっては非常に、異常なスピードである。

 キャーキャー黄色い声が、エッジの街に響き渡った。

 公園の周辺を適当に走り、そして戻る。
 それを繰り返し、次々と子供達はフェンリルに乗せてもらった。
 滅多に味わう事の出来ないスピードとスリルに皆が大興奮だ。

 デンゼルやマリンもそんな友達に嬉しそうに笑いかけたり、夢中でしゃべったりしていた。が、そんな中、デンゼルがハッとして「ティファ、あそこ」と、小さな声でそっと呼びかけ、視線だけで例の男の子の居場所を伝える。

 その子は、公園のベンチの後ろの木々の間に立って、こちらを見ていた。


 その姿が、ティファの中で、幼い頃の彼と重なった。


 ああ、本当になんて不器用で、寂しい子なんだろう……。


 ティファは、一瞬過去に思いを馳せる。

 あの頃、彼はあの男の子の様にいつも自分と友人達を遠くから見ていた。
 それなのに、あの頃の自分には、デンゼルやマリンの様な『優しい心』も『声を掛けて仲間に誘う勇気』もなかった。

 本当に、彼になんて寂しい思いをさせていた事だろう……。


 やがて、クラウドが公園に戻って来た。
 子供達は全員一回ずつ乗せてもらっており、もう誰も乗っていない子はいなかった…あの男の子を除いて。

「もう一回乗りたーい」
「俺も!」
「私も!」

 次々とクラウドにせがむ子供達に、ティファはそっと近づいてそっと耳打ちした。

 クラウドは、例の男の子を見ると、自分の周りにいる子供達に
「皆は一回ずつ乗っただろう?だから次はまだ乗ってない子の番だ」

 キョトンとする子供達を残し、クラウドは大股で例の男のこの所へ歩いていった。

 男の子は、自分に近づいてくクラウドに、吃驚してオロオロしている。
 どうして良いのか分からないのだろう。

 クラウドが向かった事で、他の子達が例の男の子に気付き、不満めいた表情をするが、一言も文句を言う子はいなかった。


「ほら、次、お前の番だぞ」
「え…え!?」

 差し出された手に、男の子は大いに驚き、戸惑っている。なかなか差し出された手を握れず、オロオロしている男の子に、デンゼルとマリンが駆け寄った。そして、その背中をグイグイ押し始めた。

「ちょ、ちょっと!?」

「良いから、次、お前の番なんだってば!」
「そうよ。私達、もう一回乗せてもらいたいんだから、早く乗ってよ!」
「お前の番が終わらないと、クラウド、俺達の事もう一回乗せてくれないんだからさ!!」
「だから!」
「「早く行こう!!」」

 満面の笑みで自分を押すデンゼルとマリン、それを優しい眼差し手見守るクラウド、そして向かう先ではそんな自分達をじっと見つめる子供達とティファ…。

 男の子はデンゼルとマリンに押されるまま、気付くとフェンリルの前に立っていた。

 昨日の件で、他の子供達はあまり面白くない表情で見つめている事に、男の子は十分分かっていたのだろう。フェンリルの前、つまり子供達の前に立たされ、非常に居心地の悪そうな顔をしている。

 クラウドはそんな事には全く構わず、他の子供達にしたのと同じ様に、ひょいと抱え、フェンリルの前へ跨がせた。
「しっかり掴まれ、少し飛ばすぞ」
「え!?」
 おっかな吃驚の男の子の声は、エンジン音にかき消され、あっという間にフェンリルは駆け出した。


 フェンリルが戻って来た時、男の子は今まで誰も見た事がない程、生き生きとした、キラキラした目をしていた。

 そして、フェンリルから下ろしてもらうと、デンゼルとマリンにまっすぐ向き合い「ありがとう」と、ペコリと頭を下げ、呆然とする他の子供達に向き直り、「昨日はごめん」と、再びペコリと頭を下げた。
 

 その瞬間、他の子供達が男の子を受入れる事に反対する理由は、もうどこにもなかった。



 その後、笑顔でボール遊びをする子供達を、公園のベンチに腰を掛けて、クラウドとティファは穏やかな目で見つめていた。
「良かったね。あの男の子、本当はずっと前から仲間に入れてもらいたかったんだよね」
「ああ、そうだな。それにしても、全く我が家の子供達には驚かされっぱなしだな。普通、ああいうひねくれ者に、ここまでしてやろう、なんて思わないだろ?」
「……うん、そうだね。………そうだったよね」
「ティファ?」

 クラウドは少し俯くティファを怪訝な顔で見つめた。
 ティファは、自分を見つめるクラウドに、寂しそうに微笑む。

「私が…そうだったから。クラウド…いつも私が他の友達と遊んでるのを遠くから見てたのに…、結局何もしなかったもんね」
「ティファ…俺はそういう意味で言ったんじゃ…」
「うん、分かってるよ。クラウドが全然責めてないって分かってる。デンゼルとマリンみたいに、人の痛みの分かる子供がそんなにいるわけじゃないし、ましてや手を差し伸べる事が出来る人って、大人でもそうはいないもの。だから、クラウドが二人を自慢する気持ち、とっても分かるよ。私だってそうなんだから。でもね。でも…、私もあの頃そうだったら良かったのに…、ってそう思っちゃったの」
「……なぁ、ティファ。俺はあの頃かなりひねくれ者で、独りだったろ?でも、それで良かったと思ってるんだ、今は」
「今は?」
「ああ、現在(いま)は」

 少しはにかんだようにして笑うと、クラウドは立ち上がり、大きく伸びをした。
「だって、あの頃独りだったから、他の人に認めてもらいたい一心でソルジャー目指して村を出た。結局なれなかったし、それからも辛い事や悲しい事も沢山あった。でも…」

 一旦言葉を切り、じっと黙って話を聞いているティファにそっと手を差し出す。

 つられてその手にそっと触れた彼女の手を強く握ると
「そんな過去があるから、現在(いま)幸せを手にしてる」
と、グイッと引っ張った。

 あっという間にクラウドの腕の中に納まってしまったティファは、たちまちのうちに真っ赤になったが、クラウドがしっかりと過去を受け止め、現在を幸福のうちに生きている、という告白に、強く胸を打たれて何も言えず、何も抵抗できず…。


 そのまま周りの世界など全く気にならず、クラウドの温もりに幸せをかみ締めた。


 そう、様々な過去があるから、現在がある。
 現在を幸福に生きていけるのも、過去の自分を受け止める事の出来た彼が一緒にいてくれるから……。


 きっと、これからも…ずっと……。


 おまけ
「ティファちゃん、セブンスヘブン今夜は休みかと思ったよ」
「あら、どうして?」
「だって、クラウドさん、休みだろ?」
「うん。でも、クラウドが休みの日だからっていつもお店閉めてるわけじゃないじゃない?」
「でもなぁ」
「なぁに?そんなにニヤニヤして?」
「いや、折角一緒に過ごせる大事な時間だろ?」
「そうそう。聞いちゃったんだよなぁ、これが!」
「なぁに、皆して…?
「「「公園での抱擁!!!」」」

 その途端、ティファの持っていたお盆が派手な音と共に、重力に忠実に従って床に落下した。


 その日のセブンスヘブンの被害。

 大皿1枚
 小皿6枚
 グラス4個
 ティファ特製本日のオススメ

あとがき

はい。いかがでしたでしょうか?
デンゼルとマリンの大活躍でした(笑)
どこにでも『不器用で寂しがりや』な人はいるものですよね。
でも、なかなか手を差し伸べる事ってむずかしいですよね。
デンゼルとマリンなら、きっと手を差し伸べる『強さ』を持っているのでは!!
はい、マナフィッシュの願望・妄想です(笑)