看板娘はrealist


「ねえ、ティファ。私って変かな…」

 突然のマリンの質問に、ティファは洗濯物を取り込んでいたその手を止めた。

「どうしたの、突然そんな事言ったりして…?」
 いつになく真剣な面持ちで俯いている可愛い我が子を覗き込む。

 確か、マリンは小一時間ほど前に、デンゼルと共に遊びに行ったはずだった。
 いつもなら、もう少し外で遊んでいるはずなのに、いつの間にか帰宅しており、そしてこの質問だ。
 何か友達とあったのかもしれない…。

 ティファは、しゃがみこんでマリンの視線を捉えると、にっこり笑って見せた。
「マリンは変じゃないよ。それどころか、こんなに思いやりがあって優しい子、世界中探したってそうはいないわ!」
 ティファの賛辞に、いつもならパッと顔を輝かせるのだが、今日のマリンはそうではなかった。
 俯いたままで、暗い表情は明るくなる兆しがない。

『本当に、何かあったのね…』

 ティファは、いつもの明るいマリンをここまで暗い顔をさせる原因に怒りを覚えた。

 こんなに優しくて思いやりがあり、本当ならもっと我が儘を言ってもいい年なのにそれをせず、一生懸命手伝いをしてくれて、家族一人ひとりに心配りをしてくれる、こんなに良い子、愛しい子は世界広しと言えども、マリンだけだ!そう思っている。故に、マリンを苦しめる原因は決して許せない!一体どこの誰が、マリンを『変な子』だと言ったのか!?

 ティファは、まだ知らぬ原因に怒りを感じつつも、マリンの晴れない顔に、何とかいつもの明るさを取り戻そうと、微笑みかけた。

「ねぇ、どうしてそんな事言うの?何かあったの?」

 ティファの優しい声に、マリンは節目がちな瞳をそろそろと上げ、窺う様にティファを見つめた。

「あのね、今、外で友達と遊んでたんだけど…」
「うん、それで?」
「あの、ね。友達と遊んでるうちに、ね…」
「……喧嘩したの?」

 話しにくそうにポツリポツリ語るマリンに、ティファは優しく尋ねる。

 すると、マリンはブンブン大きく頭を振って、再び俯き、黙り込んだ。

「喧嘩したんじゃないのね?それじゃ、一体どうしたの?」
 ティファは首を傾げた。
 喧嘩をしたのでないなら、何故こんなにも悲しそうな顔をしているのだろう…?
 それに、喧嘩をしたのでないなら先程の質問の意味が分からない。

 ティファは色々想像してみようとしたが、マリンの暗い表情を裏付けるに足るものを何も思い浮かべる事が出来なかった。

「マリン…。一体何があったのか分からないけど、マリンの事を『変』だなんて思った事、ただの一度もないよ…」

 ティファのその言葉に、マリンは漸く思い切ったように、重い口を開いた。

「あのね、遊んでるうちに、好きな物語の話になったの…」
「…物語?」
「うん。『シンデレラ』とか『白雪姫』とか…」
「皆と好きな童謡を話したの?」
「うん」

 ティファはますます首を傾げた。
 子供達、それも話から察するにどうも女の子同士での話しらしい。
 自分達が好きな童謡の話をし合っただけで、どうして『変な子』という発言が出てくるのか…。

「それで、一体どうしたの?」
「…友達の一人が、『シンデレラ』が好きだって言ったの」
「……それで?」
「私は『好きじゃない』って言ったの」
「どうして?」
 ティファは驚いた。
 マリンくらいの歳の頃、自分は『シンデレラ』や『白雪姫』等の童話はよく読んだものだが、その中でも『シンデレラ』はお気に入りだった。

 驚くティファを見て、マリンは『やっぱり』と言わんばかりの顔をして、再び俯いた。

「マ、マリン?」
 やや慌ててマリンの顔を覗き込む。
 すると、何と言う事か!マリンの大きな瞳には、涙が一杯に溢れているではないか!!

「マリン、ご、ごめんね。全然責めてるつもりはないのよ?ただ、『シンデレラ』が好きじゃない子ってあんまり聞いた事なかったから驚いただけよ」
 懸命に言い繕うティファの言葉に、マリンは無反応。

『ああ、どうしよう。きっと『シンデレラが好きじゃないなんて言うのは、マリンちゃんだけよ』みたいな事を皆に言われてきたんだわ』
 ティファは自分の口から出た言葉を呪いつつ、何とかマリンを元気付けようとあれこれ考える。が、結局これと言う言葉が全く思いつかない。

 それならば…。
「マ、マリン?どうして『好きじゃない』の?」
 マリンが『シンデレラ』を好きじゃない理由を知り、その事からこの状況の解決策を見出す事に作戦変更を試みる。

 マリンは、少し顔を上げると、涙で瞳を潤ませながら、口を開いた。
「だって、『シンデレラ』って、何にも努力してないんだもん」
「……え?」
「『シンデレラ』って、血の繋がってないお母さんとお姉さん達に毎日苛められてたけど、ある日お城で王子様の誕生パーティーがあって、それに行きたかったけど行けなくて、魔法使いのおばあさんが助けてくれて、お城で王子様に気に入られて、12時の鐘が鳴るからって逃げ出して、それで王子様が一生懸命探し出してくれたから幸せになったお話でしょ?」

 一息で言い切ったマリンに、ティファはやや気圧されながらも「え、ええ。そうよ…」と頷いた。
 話を大分カットしているが、大筋はそんな話で合っている。
 頷くティファに、マリンは更に詰め寄るようにして口を開いた。
「だからね、私は『シンデレラ』が好きじゃないの。ううん、『嫌い』なの!」
「…どうして?」


「『幸せになる為に何にも努力してない』んだもん!」


「………え?………」
 マリンの答えに、思わず絶句する。
『幸せになる為に何にも努力してない』から嫌い……。
 目の前の可愛いわが子はそう言ったのだろうか…。
 本当の本当に、マリンの口から出た言葉なのだろうか…。
 こんなに小さな年の子供が…まさか……。

 そんな、やや茫然自失しているティファに、マリンは、
「だから、『努力』してないから嫌いなの!」
と、再度繰り返した。


 マリンの今までの台詞を統合して考えると、マリンはまさに『幸せになる為に努力』すべし!そう言っている事になる。
 ティファは驚きのあまり、呆然とマリンの可愛らしい顔を見つめた。

 一方、マリンは一言本心を打ち明けてしまったら、心の枷が外れてしまった様だった。

「血の繋がってないお母さんやお姉さん達に苛められている時も、ただ黙ってるだけで何にも努力しなかったし、お城に行くのも簡単に諦めちゃったのに、魔法使いのおばあさんが出てきてくれたお陰でパーティーに行っちゃうし、王子様が探し出してくれたらあっという間に結婚しちゃうでしょ!?それじゃ、結局は『シンデレラ』は、自分の力は全く使わずに、周りの人達ばっかりに頼って、ホイホイ幸せになった事になるじゃない。そんなの、おかしいと思うの。それに、きっと『シンデレラ』が綺麗だから王子様もパーティーで一目見ただけの『シンデレラ』を、国中を上げて探し出して、結婚したのよね?それって、『シンデレラ』が美人じゃなくて『普通の女の子』だったら、絶対にそんな事までして結婚しなかったわよね?と、いう事は、王子様は『シンデレラ』の『見た目』だけで結婚した事になるでしょ?だったら、『世の中見た目の良い人が得をする』って事になるんだって思うの!私、そんなの許せない!自分で何にも努力しなかった『シンデレラ』も嫌いだけど、『見た目』で判断して簡単に結婚しちゃう王子様も大嫌い!」

 ティファは絶句したまま、やや放心状態に陥った。
 何と言う事か!
 こんなにも愛くるしい顔をした、こんなにも心優しく、世界中どこを探してもこんなに出来た子は存在しない!そう、思っていたマリンが…!?


 何て『夢のない子供』に育ってしまった事か……!!


 い、いやいや。まだそうと決め付けてしまうのは早い!

 ティファは、何とか自分を取り戻すと、今ではすっかり涙の乾いたマリンに、
「じゃ、じゃあ、マリンの好きな童謡って、何?」
と、問いかけた。

 すると、マリンは複雑そうな顔をしたが、「…人魚姫」と素直に答えてくれた。
 素直に答えてくれたことは嬉しい。
 しかし、何故に『人魚姫』なのか……?
 ティファは、『人魚姫』のストーリーを一瞬のうちに、何度も何度も思い返してみる。



 …何度思い返しても、『人魚姫』の結末は……『悲恋』だった。

「『人魚姫』ね。う、うん。確かに良いお話よね」
「そうでしょ!?ティファも好き?」
 パッと顔を輝かせたマリンに、一体どの口が『ううん。あんまり」などと言えよう…。

「え、ええ。好きよ。だって、本当に『人魚姫』って健気だもんね」
「そうでしょう!?本当に『人魚姫』って素敵な女の子だと思うの!」
 目をキラキラさせてそう言うマリンに、ティファはホッとした。

 そうだ、何はともかくマリンの顔に笑顔が戻ったのだから良しとしよう…。

 そう自分自身を納得させているティファに、マリンはにっこりと笑顔でこう言った。
「『人魚姫』も最初は、ただ一目見ただけで王子様の事を好きになっちゃって、ちょっとおバカさんかなって思ったんだけど、それでも最後までその『想い』を大事にしたんだもん。凄く心の強い女の子のお話だと思うの」

「…………」

「自分の大事な『声』を魔女に渡して、人間の足を手に入れた場面なんか、本当にバカなんだからって思っちゃったわ」

「…………」

「でも、その後で王子様と出会って一緒に数日を過ごすでしょ?その間に、やっぱり王子様の事が好きだっていう想いは変わらなくて、ずっと傍で見守ってるもんね。最後は、自分が海の泡になって死んでしまうのが分かってるのに、他の国のお姫様と結婚する王子様を殺せなくて、泡になって死んじゃうんのが悲しいけど、でも、それってやっぱり凄い事だもん。自分の命よりも好きな人の命を優先させるなんて事、あまり出来ないよね」

「……そうね…」

「それに、『人魚姫』は自分に出来る事の全てを捧げたでしょ?それが本当に凄いと思うの。声をなくして手に入れた足は、歩く度にナイフが刺さるように痛んだのに、それをずっと隠し通したんだもの。まあ、それに気付かない王子様や周りの人達って、鈍感だな〜って思っちゃうんだけど」

「…………」

「でもでも、自分の想いを実らせる為に努力して、結局は報われなかったけど、『人魚姫』は懸命に人生を全うしたんだって思えるの!」

「…………」

「それに比べて、『シンデレラ』はさっき言った様に、何にも努力しないで幸せになったし、『白雪姫』なんか、お妃様に狙われたのを寸での所で助けられて、森に逃げる事が出来たのに、おばあさんに化けたお妃様の毒りんごを勧められたからって食べちゃって」

「…………」

「食べた挙句にコロッと死んじゃうでしょ!?本当に、何でそんな簡単に騙されちゃうんだろうって思ったのよね」

「…………」

「それで、死んだ後にたまたま王子様が通りかかって、キスしてくれて生き返るでしょ?ハッキリ言って、そんなのナンセンスだわ。それに、王子様も『白雪姫』が綺麗でなかったら、死体にキスなんかしなかったでしょう!?やっぱり『普通の女の子』だと幸せになれない、みたいな物語に思えるの。私はそんなの好きになれないな。ティファはどう思う?」

 無邪気な笑顔でそう問いかけるマリンに、ティファは曖昧な返事しか出来なかったが、すっかり元気になったマリンは、その事を特に気にせず鼻歌を歌いながらカウンターへ水を飲みに行ってしまった。



 そして、その夜。

「ティファ?どうして今夜は店を休むの?」
「……デンゼルとマリンを働かせ過ぎかな〜って思って…」
「私は大丈夫だよ?」
「俺も!」
「良いの良いの!少し家族の時間を大切にしたいな〜って思ったの」
「「?」」

 首を傾げる子供達に、真相を語れるはずもなく……。

 そして…。



 その夜遅く、帰宅したクラウドが目にしたものは…。

「本当に、本当にごめんなさい、バレット…」
『おい、どうしたんだよ?マリンに何かあったのか!?』
「私が至らないばっかりに…」
『お〜い!全然分かんねえぞ!一体どうしたんだ!?』
「まさか、あんなに『夢のない子』になってたなんて…!!」
『は!?何なんだよ〜!!何で泣いてるんだ!?』
「私が働かせ過ぎたせいなのよ〜…」
『お〜い、聞いてるのかティファ〜!?誰か他にいないのかよ〜!!』
「本当にごめんなさい…!!」
『誰か他の話できる奴に替わってくれ〜!!』

 涙ながらにバレットに電話で謝り続けるティファの姿であった。

 クラウドが、その話の一部始終を聞けたのは、泣き崩れるティファを宥め、バレットに後ほど電話をかける事を説明して納得させてから、というかなり時間が過ぎてからだった…。

 そして、その日の晩からしばらくセブンスヘブンの扉には臨時休業の看板が吊るされ、フェンリルのエンジン音もしばらく聞かれなかったらしい…。



あとがき

はい、すみません。マリンがかなり冷めたお子様に仕上がってしまいました(笑)。
realist=現実主義者と言う意味です。
え〜、もちろんこんなに夢のない子供だとマナフィッシュは思っておりません。
ただ、現実をしっかりと見据え、その上で希望を失わない強い子供だと思っております。
今回のお話では、微妙にその事がかけなかったですが、いずれまたその面のお話を書けたらな〜、と
思っております。(いや、現時点では何とも…)

最後まで読んで下さり、有難うございました。