「ねぇ、本当に貴女は幸せなんですか?」 「ええ、勿論です」 「…ウソですね」 「ウソじゃないですよ…」 「じゃ、どうして最近の貴女はそんなに無理に作った笑顔ばっかりなんですか!?」 男の言葉に、ティファが言葉を詰まらせる。 そして。 そんなティファに…。 階段に続くドアの陰から、息を殺して様子を窺っていたクラウドは、かろうじて己を保っていた。 彼女の本音ようやく帰宅できたのは閉店間際の深夜。 最近では珍しくない時間帯。 帰宅した時には閉店しており、店の明かりが最低限にまで抑えられていることもあった。 そんな中、いつもの様に裏口からそっと戻ってティファへ声をかけようとした矢先、耳に飛び込んできた客とのやり取り。 恐らく、残っているのはその男性客だけなのだろう…。 自分のライバルとも言えるその男とティファが二人きりで店内にいる…。 想像しただけで嫉妬に駆られ、とんでもないことをしてしまいそうだ。 だが…。 自分の入る隙はない気がして…。 目の前の店内に続くドアは中途半端に開いたままになっており、明かりが洩れている。 ドアを開けようと伸ばした手をクラウドはだらりと下げた。 ティファが男性にモテることなど、とっくの昔に知っていた。そんな事は百も承知。 そして、自分が家を出ていた時期に、彼女に言い寄る男達が腐るほどいたことなど、知りたくなくても知っている。 更に言えば。 彼女がそんな求婚者達を例外なく袖にしていてくれたという事も……。 家を出ている頃だって今だって、痛いくらいに理解している。 彼女が男性の目から見ていかに魅力的か…。 家出をしたとき。 自分が家を出た事によって、彼らが彼女に言い寄るであろうということ…。 そして彼女は自分の”死”がハッキリするまでは決して他の男になびかない事も…本当は心のどこかでちゃんと分かっていたのだ。 なんてズルイ自分。 なんて情けなく、みっともない男だったことか…。 己の身に巣食っていた星痕症候群が奇跡の雨で癒されなければ、今頃は星に還っていたこの自分を、彼女は健気にも待ち続けていてくれた。 『いつか帰って来てくれる』 そう…自分に言い聞かせて…。 クラウドの予想したように…。 そこまで辛い思いをさせていたと言うのに、彼女は自分を責めなかった。タダの一言も…。 本当なら、もっと責められるはずなのに…。 全ての過ちを、彼女は輝く笑顔で浄化してしまった。 そして…。 それにクラウドは甘えていたと改めて自覚した…。 クラウドが全ての過去にけりをつけて家族の元に戻った当初は、彼女の隣に立つ権利を狙っていた多くの男達から敵意に満ちた眼差しを向けられていた。 そうなる事は、目に見えていたし、それらを甘んじて受ける覚悟を固めていた。 しかし、それらは彼女と子供達のお蔭で想像以上に早い時間で解決した。 ― 私達の家族を侮辱するような人は、金輪際のご来店、ご遠慮下さい!! ― 客達を凛とした瞳で真っ直ぐ見つめ、毅然とした態度でそう言ったティファに、誰もが言葉を失った。 それは、客達の聞こえよがしな小声に耐えていたクラウドにとっても同様だった。 ただ、客達と違ったのは、ティファへの愛しさがより一層強まったこと。 ― 決して二度と……彼女を悲しませる事はしない ― 改めて、己にそう誓った。 そして、それから数ヶ月が過ぎた。 クラウドのデリバリーサービスは日を追うごとに評判を呼び、多忙になった。 それに比例して、家族と顔を合わせる時間も減った。 しかし、家を出る時と決定的に違うのは、どんなに忙しくても必ず一日に一回は携帯で皆と会話をするようになったことだった。 それにより、クラウドと子供達、そしてティファとの絆はより一層確かなものになったと言っても過言ではない。 クラウドは幸せだった。 例え、仕事で帰宅出来ない日が続いたとしても。 帰宅した時に、子供達の寝顔しか見れなかったとしても。 それでも、家出をする前に比べたら心の中に灯る明かりとは比べるべくも無い。 それも全て、子供達と…なによりティファのお蔭。 クラウドは、彼女が自分と同じ様に心から笑って過ごしてくれていると全く疑っていなかった。 『…俺は…ティファの何を見ていたんだろう……』 物陰から店内をそっと窺っていたクラウドは、若い男性客の一言で言葉を失ったティファの後姿に胸が締め付けられた。 その間も二人の会話は続いている。 「ティファさんにとって、今の生活は決して幸せじゃない」 「そんなことはありません」 「いいえ、ずっと貴女を見ていた僕には分かります!」 ダンッ! カウンターに男が乱暴に手を着いたのだろう。 クラウドはピクッと身体を震わせ、思わずドアに手を伸ばした。 男性客が言いたいことがなんなのか、クラウドにはもう充分分かっていた。 クラウドが彼女に相応しくない…そう言いたいのだろう。 だから、クラウドを捨てて自分の伴侶に……そう告白しているのだ。 クラウドにとって、家族を…ティファを見捨てて家を出たことは今でも胸に鋭い爪痕を残して疼いている。 しかし、子供達と…何よりティファの温かさに触れ、少しずつ癒されてきていた。 それが、この男性客の一言でパックリと傷口を開け、再び血を流し始めている。 胸が……疼きを通り越してどうしようもなく痛い。 耐え難い苦痛になる前に、クラウドは二人の前に飛び出したい衝動に駆られた。 だが、ドアに触れている手をきつく握り締め、もう片方の手で押さえつける。 男性客の言葉を否定し、彼女を幸せにしている…と、言える権利などない。 彼女への贖罪の気持ちは、きっとこれから先、死ぬまで消えることはないだろう。 だからこそ、二人の前に今、姿を現すことは出来ない。 恐らく男性客はクラウドの姿を見たら、言いたいことを最後まで言わないまま帰ってしまうだろう。 クラウドが『ジェノバ戦役の英雄のリーダー』という肩書きを持つ猛者であるが故に…。 クラウドがどれほど『一人の男』として向かい合いたいと思っても、相手はそうは思ってはくれない。 どこまでも肩書きがついて回る。 実際、今のデリバリーサービスも半分はその肩書きのおかげとも言える。 『英雄ならきっと、無事に荷物を届けてくれる』 『英雄なら失敗することはない』 『英雄を一目見る口実には丁度良い』 『英雄なら』 『英雄なら』 そんな彼らを相手に仕事をするのは、正直最初、気が重くて仕方なかった。 誰も自分を『一人の人間』としては見てくれないのだから。 だが、やがてそれにも慣れた。 それに、懇意にしてくれる顧客も増え、仕事で接する事が増えるたびにクラウドを『クラウド』として見てくれるようにもなってきた。 ようやっと、仕事に対する充実感を最近では感じている。 だから…。 急な用事もつい引き受けてしまう。 『無理しないでね…?』 心配そうに送り出してくれるティファの眼差しにも、困ったような笑顔で頷くだけで一向に改めようとしなかった。 むしろ、どんどん仕事を増やした。 家族を養う為…というだけではなく、仕事が楽しく感じるようになっていた。 疲れていても、待ってくれているティファの笑顔と温もりを思い出し、もっともっと頑張ろう!…そう思うようにすらなっていた。 どんどん減っていく家族との時間。 減っていくけど…それでも毎日の家族との会話は欠かさない。 必ずクラウドから電話を入れる。 電話越しに明るい声を聞かせてくれる子供達。 優しい言葉をかけてくれるティファ。 顔を合わせる時間は確かに少なかったけど、それでも『血を越えた絆』は確実に強くなっていっていると…そう感じていた。 だけど…。 そう思っていたのは自分だけだったのだろうか…? ぼんやりとクラウドは最近の生活を振り返り、己の不甲斐なさに脱力感にも似た疲労感を覚える。 ガラガラと足元が崩れるような錯覚。 しゃがみ込みそうになるクラウドを支えるのは、薄い壁一枚。 壁の向こうには…ティファと彼女に想いを寄せている一人の男。 本当ならこういう時…。 自分の恋人に言い寄る男が目の前にいる場合は、怒り狂って飛び出すものだろう。 しかし、クラウドは負い目がある。 そしてその負い目は決してこれから先、生涯かけても消えることはないだろう。 だから、こういう場面に飛び出していけないのだ。 仮に、今ティファに言い寄っている男が彼女に乱暴を働きかけようという素振りを見せたら、一瞬の内に割って入り、二度と朝日を拝めなくしてやることが出来る。 もっとも、クラウドがそんな事をしなくても、ティファ自身が制裁を加えるだろうが…。 だが、今店内にいる男は少なくとも『紳士的』に振舞っている…ギリギリのところで。 声を荒げたり少々乱暴にテーブルを叩いたりしているが、それは全てティファへの強い想いから。 「ティファさんはここ一・二ヶ月、ずっと辛そうな顔をしている」 「…そんなことは…」 「ホラ、今だって奥歯に何か挟まったみたいな言い方しかしていないじゃないですか」 「………」 「貴女がそんな風に困ったようにしか笑えない原因はクラウドさんでしょう?」 静かな声なのに、グサリと胸に突き刺さる。 ストレートなその言葉に、ティファは否定しない。 そのことが更にクラウドの胸を抉る。 呼吸が苦しくなり、ますます壁にもたれる。 前かがみになって少しでもラクになろうとするのに、胸の痛みはちっともラクにはならない。 飛び出して……男の口を塞ぎたくなる。 自分がここにいることを知らず、過去の古傷に踏み込んでティファの心を揺さぶる男を思い切り殴り飛ばして……ティファを抱きしめて……「ごめん」と謝りたい。 彼女が嫌がっても…絶対に離さないで、彼女が許してくれるまで…何度も…何度も……心からの謝罪の言葉を耳元で囁きたい。 『ハハ…滑稽だな…』 口元から微かに乱れた息が洩れる。 店内にいる二人に聞えないよう、片手で顔を覆いながらクラウドは扉の影に身を潜めている己を振り返って自嘲した。 「ティファさんにそんな顔しかさせられないなら、クラウドさんは貴女に相応しくない。貴女はもっと幸せになるべきなんだ」 ドックン。 大きく心臓が脈打った。 店内で誰かが歩く音がする。 きっと、この足音は男のものだろう。 カウンターを回り込み、ティファの元に近寄ろうとしているのだ。 ギリリ…。 思わず歯を食いしばる。 飛び出したくなる衝動を必死に抑える。 『やめろ……我慢しろ……。俺には…止める権利なんかないんだ…!』 呪文のように何度も言い聞かせる。 どこまでもティファを独占したいと思う。 彼女を他の誰にも渡したくはない。 だけど…。 もしも男の話が本当なら…。 彼女が……ティファが、自分のせいで笑顔が曇っているなら…。 ― 止める権利なんか…あるわけない ― 彼女が大切だから、誰よりも笑顔でいて欲しいから…。 だから。 自分がそれを邪魔する存在であるなら……。 だけど!! じゃあ彼女が男の手を取ってしまったら、自分はこれからどうしたら良いんだ? 彼女なしで生きていくのか? 独りで? いや、子供達がいる……でも…。 きっと、彼女は出て行くなら自分のときのようなことはしないだろう。 幼い子供達を置いて出て行くような非道なことは…絶対に…。 じゃあ……やっぱり彼女が男の手を取ったら……。 必然的に独りだ…。 心が粉々になりそうだ。 顔を覆っていた片手を口元にずらして思い切り噛む。 そうしないと、声を上げてしまいそうだった。 ゆっくり…ゆっくり。 男がカウンターを回り込んでティファに近付く足音だけがする。 中を覗き見る気持ちには到底なれない。 きっと、男は扉の前くらいまできているだろう。 そうなると、扉から覗いたら……ティファの顔が見えてしまう。 彼女の顔を見るのが怖い。 一体どんな顔をしている? 困惑? 猜疑? 怒り? それとも……喜び? 想像しただけで…胃の腑がよじれる。 コツリ。 足音が扉のまん前で止まった。 クラウドは思わず壁に張り付き、完全に扉の隙間から身体を隠した。 バクバクと心臓の音がうるさい。 きっともうすぐ、ティファが男に『何らかの答え』を返すはず。 どうか…。 お願いだから……手を取らないでくれ。 どこにも行かないで。 ずっと…これから先も一緒にいたい。 大切にするから。 もっともっと、ティファのことを見るから…。 だから…!! 「貴方が私のことを本当にずっと見ていたら分かると思いますけど、私はクラウド以外の男の人に、異性としての魅力を感じないんです……全然」 奇跡のようなその言葉は…。 苦笑交じり、溜息交じり、そして……呆れ混じりの声音をしていた。 ギュッと瞑っていた目を見開き、壁から離れて扉を見る。 かすかに男の伸ばされた腕が見えるだけで、どういった容貌をしているのか、年齢はどれくらいなのかといったことは全く分からない。 僅かに震えているその伸ばされた腕が、力なく中途半端に下がる。 「そ…んな……こと…分かってます…。僕はずっと貴女を見てきたんだ。貴女がクラウドさんを想っていることくらい分かってますよ!でも、最近の貴女は」 「ええ…貴方の言う通り、ここ一ヶ月くらいは正直、辛かったわ」 なおも言い募ろうとする男を制するようにティファが口を挟んだ。 肯定する言葉に、クラウドの浮上した気持ちが急降下する。 だが、その重い気持ちも次の言葉で掻き消えた。 「だって、クラウドったら全然休んでくれないんだもの。いくら丈夫なのが取り得っていっても、あれだけ働いたら倒れちゃうでしょう?それに…やっぱり毎日声を聞けても直接顔を見たいし、温かい物を家族と一緒に囲んで食べたいし、それに…もっともっと触れたいの。クラウドが生きてるって感じたいの…」 それに…。 一気に捲くし立てるように言ってのけたティファは、一旦言葉を切ってクスリ…と笑った。 「あれだけ私達家族の為に頑張ってくれて、想ってくれる人は、この星にはいないわ。ううん、この星にも、既に還ってしまった人達の中にもいやしない」 キッパリとそう言い切ったティファに、男は絶句した。 そして、それは扉の前で一部始終を聞いていたクラウドも同様だった。 酸素が身体の隅々まで行き渡り、生き返った心地がする。 あれだけ疼いていた心が、今ではどうしようもない歓喜でいっぱいだ。 「だからごめんなさい。貴方の気持ちには応えられないわ」 ティファのその言葉を最後に、二人の会話は終った。 クラウドはドアベルがチリンチリン…という音をどこか夢見心地で耳にした。 ぼんやりとバカみたいに扉の脇に突っ立ったままだ。 心臓は相変わらずバクバクと激しく打ち付けている。 先ほどとはその意味合いが全く違うその動悸。 一体…どんな顔をしてティファを見たら良いんだ? きっと、間違いなく、絶対に今の顔はマズイ! もう、真っ赤になって熱を持っているのがイヤというほど分かる。 自分には勿体無いほどの彼女の本音(ことば)。 本当は、思い切り抱きしめて、自分もティファの事を誰よりも愛している…と大声で叫びたい。 心からの気持ちを込めて口付けを贈りたい。 『聞いてたの!?』 驚いて真っ赤になる彼女を見たい。 恥ずかしそうに身を捩って可愛く暴れる彼女を……思い切り両腕に閉じ込めて……抵抗がやむまで愛の言葉を囁きたい。 が!! 『む、無理だ……』 受けた衝撃が大き過ぎて、こう……身体が硬直してしまって……。 脳が上手く身体に指令が出せない状態だ。 しかも。 『いや、もしかしたらこれは都合の良い夢を見てるんじゃないのか…?』 などと思えてくる始末。 頭の中は既にショートしてしまっている。 グルグルととりとめもないことばかりが次々と浮かんできて、変な汗まで流れて来た。 イヤイヤ、本当にもう……どうしたら良いんだ!? ザックス、こういうときはどうしたら良いんだ? アレか? やっぱり『聞いてたんだ…』って言うべきなのか? それとも知らない振りして『今帰った…』と、白々しい芝居をするべきか? それとも、何も言わないで抱きしめて…………って、それって犯罪か、もしかして……!? いや、犯罪って言ったら今までだって……ってそんなことを今言っても仕方ないし……! 鼻歌混じりにティファがカウンターの中で後片付けをしている気配がする。 そして、それは恐らくもうそろそろ終るだろう。 早くクラウドは決断しなくてはならなかった。 そう! 一体どんな顔をしていたら良いのか。 ほら、もうティファの足音がカウンターから出ようとしている。 扉の前に突っ立っているクラウドの額には玉の汗が浮かんでいる。 顔は暗闇でもはっきり分かるほど真っ赤になって…。 「あ〜…疲れたぁ。それにしても……遅いなぁ……クラウド…」 ティファの寂しそうな声が扉のすぐそこから聞えてきた。 再び呼吸不全になったクラウド。 そんなクラウドと、既に帰宅していたことにビックリ仰天したティファが鉢合わせするまで…あと三秒。 果たして三秒後にクラウドが目にするティファは……どんな笑顔? あとがき えらく…中途半端な終り方を……(汗)。 いや、こういうタイプの話し、そう言えば書いたなぁ…とか思いまして。 ですから、あえて最後は皆様のご想像にお任せします(逃避) ふふ…でもきっと、クラウドは最高の笑顔に出迎えられたと思います。(願望) |