「ねぇ…どうしてまだ怒ってるの?」
「…別に怒ってない…」
「怒ってないって顔じゃないんだけど…」
「本当に何でもない…」
「……嘘ばっかり…」
「………」
彼女の意地と俺の意地と
本当に、どうして俺って奴は、彼女や子供達の事になると意地になってしまうのだろう…。
最初、彼女が目をキラキラさせて「怒ってるの?」って聞いてきた時は、確かにまだ余韻が残ってて、と言うか、シャワーを浴びてたら感情が『あの時』に戻ってしまって、気が立っていたけど、だからと言って素直に「怒ってる」なんて言えるはずもなく、つい「怒ってない」って答えてしまった。
それから、彼女と俺の「怒ってるでしょ?」「別に怒ってない」の一点張りなやりとりが交わされ、今では非常に気まずい空気が漂うに至っている。
……どうしてこんな事になってしまうんだろう…。
自分の不甲斐なさにほとほと呆れてしまう。
別に彼女が悪いわけじゃないのは百も承知だ。
それでも、『優しい彼女』に、時折イラついてしまう自分がいるのも否定出来ない事実…。
そう、彼女は優しい。
子供達や俺に優しいのは当たり前だが、他の人にも平等に優しい。
その優しさが、時折、心底歯がゆく感じる。
彼女の『優しさ』に、嫉妬してしまう…。
彼女の『優しさ』を、甘んじて受けている『その他大勢』に苛立ちを覚える。
…本当、どうして俺って奴は、こんなに度量が小さいのか…。
シンとした店内に、彼女が洗い物をしている水音だけが、妙に響いていて、憂鬱な気分を更に煽っている様だ…。
チラリ、とカウンターの彼女を盗み見る。
硬い表情で洗い物をしている彼女の姿に、胃の辺りが更に落ち込むような感じがした。
…ハァ……。
彼女に気付かれないよう、そっと溜め息をつきながら、そもそもの事の起こりを振り返った。
雨で視界の悪い道を、転倒しないようフェンリルを走らせていると、胸ポケットで携帯が着信を告げた。
『あ、もしもし、クラウド?』
「マリンか?どうしたんだ、何かあったのか!?」
『うん、あのね。特に何かあったわけじゃないんだけど…』
「『けど…』って、歯切れが悪いな。どうしたんだ?」
『あのね。今、お店を閉めようとしたんだけど、お客さんが独り駆け込みで来ちゃったの』
「お客?」
マリンの突然の電話に驚いたが、駆け込みのお客を迎え入れたティファに、更に驚かされる。
今夜は雨が降っている為、客足が悪いので、早めに店じまいする…。そう連絡を受けてからさほど時間は経っていない。
よほど強引な客なんだろう…。
そう…、強引な客ほど始末の悪い物はない。
何故なら…。
強引な客=女店主目当て
この確率の何と高い事か!
この事実に気付いていないのは、恐らくティファ自身と、新顔の客くらいなものだ。
そして、今夜もこの確率が裏づけられる事になった。
『そのお客さん、例の『絡み屋さん』なの…』
マリンの心配そうな声に、一瞬眩暈がする。
その為、危うくぬかるみにタイヤをとられ、転倒するところだった。
……あ、危なかったな…フェンリル……。
などと言っている場合じゃない!!
「な、本当か!?ティファは店に入れたのか!?」
『入れたって言うか、強引に入って来ちゃったの…』
入って来ちゃったの……、じゃないだろう………。
ティファは恐らく、この雨の中せっかく店に来たのに、追い返すのも悪い…、そう考えたのだろう。
全く、彼女の『優しさ』が恨めしい……。
『クラウド。ティファが私とデンゼルはお手伝いしなくて良い、って言ってくれたから、そっと電話してるんだけど、なるべく早く帰ってきてね』
「ああ、分かった。あと少しで着くから。悪いな、心配かけさせて」
『ううん、良いの。それじゃ、よろしくね?』
「ああ、分かった。それじゃ、またあとで」
携帯を切る寸前に、デンゼルの『なぁ、クラウド何て言ってるんだ!?』と言う声が聞こえてきて、口元が緩む。
本当に、我が家のお子様達は、世界一だな…。
そうして、逸る気持ちを抑えつつ、転倒しないよう慎重にフェンリルを出来る限のスピードで走らせ、帰宅した俺の目にまず飛び込んできたのは……。
いやらしい手つきで、彼女の手をガシッと握り締めている『絡み屋』の姿……。
一気に頭に血が上り、彼女とその男の元へほんの数歩で辿り着く。
そして、有無を言わせず彼女の手を掴んでいる男の手を捻り上げるようにして引き剥がすと、そのままの勢いで胸倉を掴んだ。
男の悲鳴に驚いて、彼女が俺を押しとどめようとしていた様だったが、その時の俺にそんなものが通用するはずも無く、力一杯店の扉へ向かってブン投げた。
その結果…。
建て付けの悪い手製の扉は、呆気なく大破し、冷たい風雨が店の入り口に吹き込んで来る、という心底『寒い』有様となってしまった。
物音に気付いた、子供達が駆け下りてきた姿を見て、漸く俺の上った血が、サーッと冷めていった…。
……俺は何てみっともないんだろう……。
情けない自分にほとほと愛想が尽きる…。
むっつりと黙ったまま、風雨から店内を守るべく、どうにかして壊した扉を直そうとしていると、本当に良く出来た子供達は、何も言わずに手伝ってくれた。
むろん、ティファも黙って見ているような事はせず、俺の気持ちを汲んでくれたのであろう…。黙って手を貸してくれた。
皆で力を合わせると、本当に物事が早く片付くし、出来上がりも上々だ。
あれ程壊してしまったというのに、なかなかの出来上がりだ。
そして、ここで何となく気まずい感じになってしまう。
何かをしている時は、その事に集中していれば良いから楽だったけど、し終えてしまった時に、何を口にして良いものやら……。
改めて『ただいま』を言うのも何だかな…。
やはり、ここは『手を煩わせるような事をして悪かった』か、さもなくば『帰るのが遅くなってごめん』か、はたまた『短気を起こしてすまなかった』か……!?
などと色々考え込んでしまった俺に、世界一良く出来た子供達が
「「おかえり、クラウド!」」
と、先に声をかけてくれた。
それに対して、俺はたった一言「ただいま」と言っただけだった。
これも何とも情けない話だ。
だが、子供達はそんな俺に、ニコニコと笑顔を向けてくれた。
そのおかげで、不器用ながらも俺も笑みを浮かべることが出来、漸く『家に帰った』という気持ちになる事が出来た。
その後、子供達は就寝時間をとっくに過ぎていた為、休みに部屋へと引き上げ、俺は汗を流すべくシャワーを浴びた。
ところが、シャワーを浴びていると、段々先程の男の事が脳裏に浮かんできてしまった。
シャワーを浴びてホッと一息つき、気が緩んだせいだろう……。
そのせいで、嫌な事が冷静になった頭に次々と浮かんできてしまい、シャワーから出る頃には、すっかり気分がイラついてしまっていた。
そんな俺を見て、最初彼女は首を傾げていた様だが、正確に俺の心理を読んだらしく、クスクスと可笑しそうに笑って、悪戯っぽく「何で怒ってるの?」と聞いてきた。
いつもなら、そんな彼女が可愛く思えるだろうに、その時の俺は彼女の『優しさ』が恨めしく思えて仕方なかった。
『ティファが、あんな男にまで『優しく』しなければ、今夜のような目に合わずに済んだのに―!』
などと、情けない事この上ないが、本当にあの時はそう思って、どうしようもなくイラついてしまったのだ。
それで、ついぶっきらぼうに
「別に」
と一言、言い捨てるように口にした。
そして…、現在に至るわけだ。
彼女が、伏せていた目を上げて俺を見た。
俺は、咄嗟にそんな彼女の視線を避け、カウンターとは別の方へと視線を流してしまった。
…ハァ。
つい、咄嗟に視線を逸らしてしまった。
しかも、あからさまに……。
どうしてこうなんだろうな、俺は…。
『クラウド、お前って本当に不器用だよな〜』
『本当、クラウドったらいつまで経ってもズルズルなんだから!』
ライフストリームにいる親友のそんな声が聞こえる気がする…。
そうだ。いつまでもこんなんじゃ駄目だ!
よし!!
俺が彼女に謝ろう…、そう決心した時、
「クラウド」
彼女が不意に声をかけてきた。
ドキッとした俺に、咄嗟に上手い言葉が出るはずもなく…。
「……何だ?」
『『何だって』何がだよ!本当に俺って奴は(以下略)』
折角声をかけてくれた彼女にたった一言、しかもぶっきらぼうに答えてしまった事を激しく悔やんでいると、彼女がカウンターを出て俺の所へとやって来るではないか!?
途端に、固めたはずの決意は呆気なくどこかへ飛んで行き、俺はまたしても、あからさまに彼女に背を向けるという愚行に走った…。
どうして、こう俺って奴は(以下略)。
彼女に背を向けたまま、気まずい思いを胸いっぱいに抱えている俺に、不意に彼女の腕が絡みついてきた。
思いもしなかった彼女の行動に、たちまちのうちに顔が熱くなる。
更に、彼女は俺の肩に頬を寄せ、耳元でこう囁いてくれた。
「助けてくれてありがとう、クラウド」
ああ、彼女は本当に素晴らしい女性だ。
こんな優柔不断で不甲斐ない俺には勿体ない女性(ひと)だ…。
それなのに、俺が彼女に贈った言葉と言えば…。
「……別に…」
またしても、たった一言の素っ気無い返事…。
…俺ってつくづく駄目な人間だよな…。
でも、そんな俺に、彼女は嬉しそうにクスクス耳元で忍び笑いをしてくれて……。
こんな俺でも、彼女を喜ばせる事が出来る、それが本当に幸福だと思う。
いつか、この感謝の気持ちと幸せな気持ちを、彼女にハッキリとした言葉で贈りたい、そう思った。
でも、今夜は彼女の『優しさ』に甘えさせてもらって、『不器用』な俺のままでいさせて欲しい…。
彼女が『優しい』から…。
もう少しだけ、このまま甘えさせて…。
いつか必ず、この気持ちを…
君に…。
あとがき
はい。前作のクラウドバージョンでした。
クラウドは、いつまで経っても不器用君だと思います。
でも、心の中はとっても熱い人だと思ってるのです。
そんなマナフィッシュの妄想作品でした(笑)
最後までお付き合い下さり、ありがとうございました。

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