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*ありがちネタですので、読んだ後の苦情は勘弁願います。





完全な別離





 穏やかな秋の陽光と同じような柔らかな笑みを浮かべている彼女の姿に心臓が跳ねた。
 思わず足が止まり、我が目を疑う。
 見間違いかと思ったのは一瞬で、即座に見間違いなどではないと否定した。
 見間違うはずなどないのだ、この俺が彼女のことを。
 見間違い、他人の空似、勘違い…。
 一瞬でもそう思ったのは、そうであって欲しい、という俺の願望。
 無意識に自己防衛本能が働いた現象だ。

 あぁ、久しぶりだ。

 ここ久しく虚無感で満たされていた胸中に、遥か昔に捨て去ったはずの熱い想いが爆発的に広がる。
 彼女を一目見た瞬間からその主張を隠そうともしない鼓動は容赦なく全身の血を沸騰させ、知らず呼吸を深いところから微かに乱していく。
 しばらく公園の木々を見つめ微笑んでいた彼女は、やがてベンチに腰掛けたまま、幸せそうな微笑みをそのままに手元へ目を注いだ。
 幸福そのものの様子の彼女から目が離せず、バカみたいに突っ立ったまま時を忘れる。

 本のページをめくる動作一つ一つまでもが記憶の中の彼女そのままだった。
 一体何を読んでいるのか嬉しそうに頬を緩めて1ページ1ページ、味わうようにゆっくり目で追っている。
 気になった個所だろうか。
 何度かその部分を鳶色の瞳が同じ部分を往復し、そうして淡い笑みを模った唇に深い笑みを刻み込んだ。
 その深く美しい微笑みに呼吸が止まりそうになる…。
 あの頃と同じ微笑み。
 いや、あの頃よりもより一層美しくなった彼女。
 内面から溢れんばかりに輝いて見えるのは気のせいだろうか?
 長い時間、彼女と離れていたため余計にそう思うのだろうか…?

 どれくらい経っただろう?
 時間の経過など気にもならず、食い入るように彼女を見つめ続けていた俺の視線がふと顔を上げた彼女のそれと重なり合う。

 数年ぶりに絡まる視線。

 途端、全身が雷に打たれたような衝撃に襲われる。
 実際に雷の魔法を受けたかのような錯覚に陥ったが、もちろんそれは錯覚に他ならず、彼女は驚いた顔をしたそのすぐ後で、記憶の中の笑顔そのままにその整った顔(かんばせ)に浮かべた。
 その記憶と寸分変わらぬ彼女の微笑みに、彼女をこの町で見つけた時からもう幾度目かの衝撃に襲われ、知らず怯みそうになる…。

 だが、そんな俺の胸中など知る由もない彼女は破顔しながらゆったりとした動作で腰を上げた。

「久しぶりね、クラウド」

 …なぁ、どうしてそんな嬉しそうな声が出せるんだ?
 あんな酷い別れ方をしたのに。

 心の中でこぼれた疑問は言葉になることはなく、ただただ黙ってティファが近づくに任せる。
 ティファは全く邪気のない無垢な笑顔を美しい顔に浮かべ、ふわり、ふわりとした軽やかな足取りで歩み寄った。
 俺が愛してやまなかった彼女そのまま。
 絶対の信頼を寄せてくれていたあの頃と全く変わらない。

 あぁ、だけど。
 だけど神様。
 これは…この目の前にある現実はあまりにも俺には酷(こく)過ぎる。
 ベンチから立ち上がったが故に否が応でも目についた彼女の体のふくらみ…。
 そして、決定的な物証を彼女の左手薬指に見つける。

 秋の陽光を受けて優しく輝くマリッジリングを。

 呆然と見つめる視線に気づいたらしい彼女ははにかむような笑みを浮かべた。
「半年くらい前に…ね」
 そうして、光るリングを嵌めた手でゆっくりとほのかなふくらみを帯びた腹部を擦る。
「来年の春ごろが予定日なの」
 慈愛に満ちたその声音によって頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
 そして、そんな衝撃を受けてしまったことこそがショックだった。

 自分自身が切り捨ててしまったものの大きさに数年越しに気づかされてしまった…。

 打ちひしがれる、とはまさにこのことだろうか?
 なんとか必死に崩れそうになるのを耐えながら、「そうか」とだけ応える。
 とてもじゃないが『おめでとう』とか『幸せに』など、祝福の言葉は口に出来ない。

 だが、そんな俺へ彼女はさらに追撃の手を加えた。

「ねぇ、クラウド。最近デンゼルとマリンと連絡とってないんでしょう?ダメよ?心配かけたら」

 その一言は容易く心の奥底に封じてきた過去を引きずりだした。
 彼女を失うきっかけとなってしまった出来事を。


 あれは、ちょうど今くらいの季節だった。
 セブンスヘブンに突然、初老の夫婦が訪ねてきたのだ。
 そうして、デンゼルを見て夫婦は泣き出した。
 戸惑うデンゼルを抱きしめながら、デンゼルの母の両親だと涙ながらに告げた。
 ずっとずっと探していたのだ、と。
 迎えに来たのだ、と。
 一緒に暮らさないか、と。

 デンゼルは悩んだ。
 悩んで、悩んで、救いを求めるように縋るような目を向けた。
 その目に、俺が言った言葉は…。

『家族は一緒にいた方がいい』

 あの時のデンゼルの顔は忘れられない。
 深く傷ついた、泣き出しそうに歪められた顔。
 その瞬間、自分が言葉を間違えたことを知った。
 デンゼルが自分の言葉を思い違いしたことを知った。

 お前は俺たちの家族ではないのだ、と宣告されたと少年は受け取ったのだ。

 違う。
 そうじゃない、と言えば良かった。
 だが、言えなかった。
 言おうと口を開いたときには既に少年は祖父母に向き直り、笑顔で彼らについていくと宣言してしまったから。
 デンゼルの宣言を前に、ティファとマリンの愕然とした顔が瞼に焼き付いて離れない。
 違う、違う、違う!
 そうじゃない。
 そうじゃないんだ、ただ俺は…!

 自分たちの血を分けたたった1人きりの家族を探して、探して、ようやっと見つけて歓喜している老夫婦を立てるつもりで言っただけ。

 断じてデンゼルを家族と思っていないわけではない。
 だが、それを説明するにはあまりにも自分は余裕がなかった。
 可愛い我が子と思っている少年を愚かにも傷つけてしまったという事実にこれ以上ないほど動揺し、寡黙な性質がわざわいして悪足掻きすら出来なかった。

 そうして、一言の弁解も出来ないままデンゼルはその日のうちにセブンスヘブンから去った。

 デンゼルはこれ以上傷つけられたくないと言わんばかりに、荷物は後日、新しい住居へ送って欲しい、とティファへ頼んだ。
 当然ティファとマリンは猛反発した。
 無様に無言で突っ立っている自分とは違い、デンゼルを引き留めようと必死に言葉をかけた。
 考え直してくれるように。
 せめて、出立は3日後くらいにしてくれるように。
 だが、もともと頑固な性分の青年は頑として首を縦に振ることはなく、逆に申し訳なさそうに深く頭を下げると今まで家族として共にいてくれたことを心から感謝している、と謝意を述べた。
 その姿は、少年とは思えないほどしっかりとしていて、同時に他人になってしまったのだ、とはっきりつきつけられるものだった。
 共に住むことを了承してくれたことに歓喜する老夫婦も、迎えに来たその日に共に行くと宣言し、有言実行とばかりにその日の内にセブンスヘブンを去ると言い張る孫を前にして流石に戸惑った。
 だが、変に時間を与えると考え直してしまうかもしれない。
 それを恐れるように、老夫婦は孫の気持ちが変わらぬ間にと、挨拶もそこそこに少年の手を引いて他の大陸にあるという住居へと帰ってしまった。
 
 たった一言。
 たった一言間違えてしまっただけ。
 その一言を訂正することが出来なかっただけで、あっさりと愛しい息子は他人になった。
 そして失ったものはそれだけじゃなかった。
 まるで時期を見計らったかのように、バレットの油田開発の目途が付いた。
 そうして、これまたあっさりと愛しい娘は養父の元へと去って行った。

『今まで本当にありがとうよ。デンゼルのことは…まぁ、残念だったかもしれんが、死んだわけじゃないからまた会える。それに、マリンも俺が引き取るけどよ、しょっちゅう遊びに来るからそん時はまた頼むぜ』

 豪快に笑いながら、実に晴れ晴れとした顔で巨漢の仲間は愛しい娘の手を引き、コレルへと帰って行った。
 少女は何度も振り返りながら泣き笑いの顔でトラックの窓から身を乗り出し、手を振っていた。

 そうして、セブンスヘブンはティファと2人だけになった。
 そうなってから、改めて自分とティファの関係を良いものとして成り立たせてくれていた存在が子供たちなのだ、と痛感した。

 かみ合わない生活リズム。
 自然と減っていく会話。
 重ならない想い…。

 そもそも会話など自分とティファ、自分と子供たちの間ではあまりなかったのだ。
 俺はいつもティファと子供たちの話を同じテーブルで聞いているだけ、同意を求められたり、話を振られたときだけ応えるという、実にラクなポジションを与えられていたと初めて気が付いた。
 だが、それに気づいたからと言って無口で言葉のボキャブラリーも話術も致命的な自分がどうすることが出来るというのか。
 2人だけになった当初はティファもこの関係を良いものにしようと頑張ってくれていた。
 だが、その努力を俺はことごとく踏みにじった。
 デンゼルとマリンを失ってしまった喪失感。
 特に、デンゼルを傷つけてしまったという罪悪感で胸が塞がり、殊更に明るく振る舞おうとしているティファの思いやりが煩わしかった。
 いっそ、思い切り詰ってくれたら良かったのにと、なんとも自分勝手過ぎる八つ当たりめいた不満まで抱いていた。
 そんな身勝手な思いを抱きながら良い関係が保てるはずもない。

 ティファとの別れも俺の愚かな言葉だった。

『疲れたから明日にしてくれ』
『クラウド、お願い。1分でいいの』
『俺は疲れたと言っている』
『クラウド…どうしてもダメ?すごく…大事な話なの』
『うるさい。しつこいぞティファ』
『クラウド…』
『そんなに話したいならデンゼルやマリンに電話で話せばいいだろう。2人がいないからと言って俺が相手をしないといけない謂(いわ)れはない』

 あの時、ティファに向かって吐いたこの言葉が自分の耳にもゾッとするほど冷たく響いたことを思い出す。
 凍りついたようにその場に佇んだティファに、自分がまたもや言葉で人を傷つけてしまったのだ、と知った。
 それも、誰より近い存在であるはずの彼女を。
 真っ青になって立ち竦むティファに、自分の大罪を思い知らされる。
 それが耐えられなくて、自分はまた逃げてしまった…。
 深く傷つき、身動きすら出来ないティファに背を向け、寝室へと逃げ込んだ。
 帰宅直後よりもうんと重くなってしまった心身を放り出すようにベッドへ身を投げる。
 片腕を持ち上げ、顔を覆いながら明日の朝、先ほどの失言を謝ればいい、と思いながら目を閉じた。

 だが、デンゼルの時と同じように謝罪を口にすることは出来なかった。
 目が覚めたらティファがいなかったからだ。
 怒って出て行ったのだろうか、とガランとした店内を見渡しながらそう思った。
 それでも、その時はまだ深刻な状況になっているとは思わなかった。
 ちょっと頭に上った血を冷やすために外へ出ているのだと思った。
 いや、そう思おうとした。
 そうであるはずだ、そうであるべきだと。

 だから。

『もしもし?セブンスヘブンですか?ワタクシ、○○○病院の受付です。ティファ・ロックハートさんが本日の早朝、当院に救急搬送されたということを連絡が出来ていないとご本人様が仰いますので代わりにワタクシが…』

 病院の受付からだという電話に目を見開いた。
 しかも入院と言っている。
 訳が分からないまま、受話器を握りしめたまま固まっている俺に更なる非情な現実が突き付けられた。


 ミッドガルの教会。
 その教会の泉の前で腹部を押さえて倒れているティファを、彼女自身が呼んだ救急隊員が発見した。
 病院に運び込まれ治療の甲斐なくティファは…流産した。



「クラウド?」

 何も言わない、応えようとしない俺にティファが小首を傾げながら見上げる。
 ハッと我に返り、少し慌てながらなんでもない、と首を振って見せると、ティファは安心したように微笑んだ。


「クラウド、お仕事忙しいと思うけどちゃんとご飯食べて、沢山睡眠とってよ?でないと、クラウドでも倒れちゃうから」

 あの頃と同じ、いたわりの言葉。
 だが、あの頃とは決定的に違う。
 目の前のティファは幸福そのもので、俺には虚無感しかない。
 いや、こうして彼女と再会した瞬間、虚無感は絶望へと様変わりし、胸の中を真っ黒に塗りつぶしている。
 だが、絶対にそれを気づかれてはいけない。
 愚かな自分が招いた破局。
 大切で、何をも捨てても守りたかったはずの家庭の崩壊。
 それは全部俺が招いたことで、ティファも、デンゼルも、マリンも巻き込まれてしまった。
 そうしてようやっと、俺が巻き込んだ不幸の螺旋から脱出し、それぞれの人生を歩んでいる。
 それなのに、再び俺が不幸の渦に巻き込んでしまうわけにはいかない。

 だから。

「相変わらずティファは母さんみたいだな」

 精いっぱい強がって笑って見せると、柔らかな頬を膨らませてティファは拗ねた顔をした。

「もぉ、こんな捻くれて大きな子供、いりません」

 そうして、ニッコリとティファは笑う。

「それじゃあ、そろそろ時間だから」
「時間?」
「うん。待ち合わせしてるの」

 誰と?とは問わない。
 視線を逸らしながらはにかむように微笑んだ彼女のその表情だけで十分だった。
 胸が、心が、引きちぎれてしまいそうなほど痛くて、痛くて、痛くて。
 なんとか震えないように腹に力を入れ、口を開く。

「そうか。じゃあ…元気で」

 ありったけの力をかき集めて口に出来たのはなんとも陳腐なたった一言。
 だが、その一言にティファは花が咲くような笑顔を浮かべた。

「うん、クラウドも元気でね」

 その時。


「ティファ」


 背中から男の声が彼女の名を呼んだ。
 途端、これまで浮かべていた彼女の笑みが全く違うものに変わる。
 あの頃。
 幸せだったあの頃、自分にだけ見せてくれていた微笑み…。

 焼き鏝(ごて)を心に直接押し付けられたかのような痛み、熱いのに冷たくて凍りつきそうな痛みが心を壊さんばかりに刻みつけられる。
 嬉しそうに、軽やかな足取りで、もうチラと自分を見もせずに真っ直ぐ背後へと向かうティファの黒髪がふわりと宙を舞う。
 振り返って、ティファと共に歩く幸運を手にした男を見たくなど絶対にないのに、宙を舞った黒髪に誘われるようにして振り返り……。


 そこにいる男を見た…。





 ハッ!と目を見開き、勢い良く跳ね起きると心臓がバクバクとやかましく打ち鳴らし、呼吸は荒く、全身冷や汗でべったりと濡れていた。
 激しすぎる心臓の脈動に吐き気すらして、思わず胸をギュッと押さえつける。
 それでも視線は先ほど見たものを打ち消してくれるものを求めて彷徨わせる。
 大丈夫大丈夫。
 ここは自分の寝室で、今はまだ夜中の2時。
 見慣れ過ぎている自分の部屋だ。

「クラウド?」

 耳に心地いいその声にビクッと思い切り身を竦めながら声の方へと振り向く。
 夜目にも彼女が心配そうに眉根を寄せているのが見えた。
 その姿が視界に入った瞬間、躊躇うことなくきつく抱き寄せる。
 突然のことに腕の中で身を固くし、「どうしたの?」「クラウド、ちょ…痛いってば」と、身を捩って逃げようとするティファにますます力を込めて抱きしめる。
 いや、抱きしめるというよりももはや”縋りつく”が正しいだろう。
 頭のほんの片隅で冷静な自分が、『あれはただの夢だ』と囁いているが、それと分かっていてもどうしても腕を緩めることが出来ない。
 そうこうしているうちに、俺のただならない気配を感じ取ったらしいティファは、身を捩るのをやめてそっと腕を回してきた。
 キュッと抱きしめてくれる彼女に愛しさが募る。

 だから。

「ティファ、ごめん」

 素直に謝罪が口に出来る。

「さっきは…本当に悪かった。もっと言いようがあったのに…」

 さっき。
 寝る前のこと。
 夢と同じように、ティファは大事な話がある、と言った。
 それを俺は疲れているから、と一蹴し、食い下がろうとする彼女に、デンゼルとマリンに相談して決めてくれたらいい、とかなんとか、バカなことを口走ってしまった。
 それを思い出した途端、先ほどの夢と同じような黒いものがヒタヒタと胸を満たそうとする。
 それが怖くて、もしも夢と同じようにもう既に手遅れで、彼女は夢のように去ってしまったなら…と、子供のような恐れを抱き、ますますティファを抱き込んで離すまいとしてしまう。

 そんな俺の耳に届いたのはティファのクスクスという笑い声。

「ごめんね、クラウド。私の方こそクラウド、疲れてるのに無理に話そうとして。それに妙な言い回ししちゃって…」

 いつもと変わらない声には暗いところは全くない。
 ガチガチに強張っていた心がふわりと軽くなり、体からも力が抜ける。
 力が少し緩んだ腕の中で、ティファはもぞもぞと身動きすると少しだけ体を離して見上げてきた。
 夜目にも美しい鳶色の瞳が煌めいて見える。

「ほら、最近クラウド、全然お休みとってないでしょう?だから、来月あたり1週間くらいお休みとれるように調整して、みんなでコスタに行こうって言いたかったの。バレットも誘って。そうしたら、子供たちはバレットにお願いしてクラウドはのんびりバカンスが出来るでしょう?」

 にこにこと笑う彼女に一も二もなく「分かった」と言うと、目を丸くして驚かれた。

「本当に?」
「あぁ、勿論だ」
「え…でも…大丈夫なの?」
「あぁ、絶対に何とかする」

 キッパリそう言い切ると、ティファは怪訝な顔をしたものの最後には眉尻を下げた困ったような顔で笑った。

「クラウド、無理はしないでね?」
「無理じゃない。大丈夫だ」
「そう?」
「あぁ」
「それにしても、どうしたの?怖い夢でも見た?」

 ウグッ。
 思わず言葉に詰まるとティファは少し驚いた顔をしたものの、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。
 そうして、擦り寄るような仕草で俺の胸に頬を寄せる。

「大丈夫だよ。朝までこうしててあげるから」
 だから、もう少しだけ寝よう?と、言うティファに、思わず苦笑が漏れる。
 まるで小さい子供になったようだ、と思った。
 だが、それでもこの温もりは絶対に手放せない。

 2人揃ってベッドにゴロリ、と横になったときもティファは言葉通り、抱きしめてくれたままだった。

「おやすみ、クラウド」
「…あぁ、おやすみ」

 ティファの声音に誘われるようにして目を閉じる。
 彼女の温もりと香りに包まれ、先ほどの夢の恐怖はもう微塵もなかった。
 だが、ふと思い出した。
 夢の中、ティファの指にはまっていたマリッジリングを。
 そして、最後の最後で見たティファの”夫”の顔を。


 あいつ、絶対に楽しんでる。


 本当に本当に苦しかった夢。
 いっそ、正気を”亡くして”しまった方がラクだとさえ思ったほどの悪夢。
 だが、その悪夢のオチが…。


「………ザックス…」
「どうしたの?」

 思わず恨みをこめた呟きを拾い上げ、ティファが顔を上げる。
 それに対してゆるりと首を振ると、ティファの髪へと鼻先を擦り付けるようにして抱きしめなおした。
 くすぐったそうにしながら、ティファは拒むことなく逆に擦り寄ってくれる。

 愛しくてたまらない。

 胸にあふれんばかりの幸福感に酔いしれつつ、ゆったりと瞼を閉じる。
 ティファの温もりのお蔭で高ぶっていた心が凪ぎ、穏やかな眠りへと誘ってくれる中、完全に眠りに落ちる寸前聞こえてきたのは…。

『なら、ちゃんとけじめつけるべきじゃね?』
『そうよ!正夢になっても知らないから』

 …まったく、なんてお節介な奴らだ。
 いい加減、星に還ってしまったらいいのに。

 だけど、確かにその通りだな。
 なんだっけ?まずは給料三か月分だったか?

 早速明日にでも買いに行くか。
 いや、その前に朝起きたらデンゼルとマリンを抱きしめることが第一だな。
 きっと、デンゼルもマリンも驚きつつ嬉しそうにしてくれるだろう。

 そんなことを想像しながら、今度こそ穏やかな眠りについたのだった。


 この曖昧な関係に完全に別れを告げ、確固たる絆を新たに創り上げるための一歩を踏み出す決意を抱きながら。



 あとがき


 もう…なにも言うまい。
 苦情は本当に勘弁してください。