「ねぇ…どうしてまだ怒ってるの?」
「…別に怒ってない…」
「怒ってないって顔じゃないんだけど…」
「本当に何でもない…」
「……嘘ばっかり…」
「………」
彼の意地と私の意地と
不機嫌そうにカウンターの席に座り、あからさまに私の視線から目を逸らしつつも、私を意識している彼にそう尋ねる事十数回…。
全く答える様子を見せず、機嫌が悪いままの彼に私はそっと溜め息をついた…。
彼が怒っている理由に心当たりが無い訳ではない…、いや、ハッキリ言って心当たりどころか、彼の怒っている原因はちゃんと分かっている。
分かっているのに、彼に何故尋ねているのか…、と言うと、簡単な話。
彼に、『彼が怒っている事』を認めてもらいたいから…。
ハッキリと言葉にして欲しいから…。
最初は、彼が『怒っている』事、『怒ってくれている』事が嬉しかったから、「何で怒ってるの?」って軽い気持ちで尋ねてた。
しかし、彼は意地になったように「怒ってない」を繰り返すばかり…。
そんな彼に段々私も意地になってきて、何度か同じ台詞を繰り返してしまった。
その結果、現在に至る。
何とも言い難い気まずい雰囲気…。
合いそうで合わない視線…。
閉店後の店内に不自然に響く、洗い物の水の音…。
そして、聞こえそうで聞こえない私と彼の溜め息…。
『何でこんな風になっちゃうのかなぁ…』
私は再びそっと溜め息をつくと、彼に視線を流してみる。
すると、今まで私を見つめていたはずの紺碧の瞳は、あからさまに逸らされ、彼の不機嫌な横顔だけが視界に入ってきた。
『もう…!』
どうしてこんなにお互い意地張ってるのかしら…。
情けない気持ちになりながら、私は事の発端を振り返った…。
今夜のセブンスヘブンは、雨が降っているおかげか、お客さんの入りがいつもに比べて少なかった。
そこで、私は早めに店じまいにする事にした。
たまには、子供達やもうすぐ帰宅する彼と共に、夜の時間をのんびり過ごしたい…。
そう思い、最後になるはずのお客さんを送り出したその時、新たなお客さんが飛び込むようにしてやって来た。
「すいません。今夜はもうおしまいなんです」
そう言って頭を下げる私に、そのお客さんは不機嫌そのものの顔で「何で!?いつもこの時間はやってるだろう!?この雨の中折角来たっていうのに追い返すってのかい!?」と、強引に店の中に入り込んだ。
確かに、いつもならまだまだお店をしている時間帯…。
それに、お客さんの言う通り、この雨の中を折角来てくれたのに追い返すのもどうかと思われる…。
そこで、私は仕方なく彼を最後のお客にする事にした。
早めに閉店出来る、と喜んでいた子供達は、彼を見てガッカリしていたが、このお客さん一人だけなら子供達のお手伝いは要らない為、私は子供達を部屋へと促した。
子供達は、少々気遣わしげな目をしていたが、にっこり笑って見せるとパッと顔を輝かせ、素直に子供部屋へと引き上げた。
本当に、素直で、純粋で、可愛い子供達だ。
子供達の後姿に自然と笑みが浮かぶ。
私は、その後姿を最後まで見送る事なく、新たな、そして今夜最後のお客さんの相手をする為、カウンターの中に入っておしぼりと軽いおつまみを取ると、彼の座るテーブルに向かった。
お客さんは、店内に自分ひとりしかいない事に何故か気を良くした様子だった。
「へぇ〜。今夜はこの店は俺の貸切みたいなもんだな!」
「そうですね。先程のお客様方で最後の予定でしたから…。今夜はこんなお天気ですし」
私はそう言って、軽く肩を竦めて見せた。
すると、お客さんは上機嫌になり「と、言う事は、今夜のティファちゃんは俺だけの為のティファちゃんなんだな!」とか「俺だけのティファちゃんにかんぱ〜い!」などなど、『俺だけの』という鳥肌が立つような台詞を何度も口にしては、しきりに私を自分と同じテーブル席に座らせたがったり、「一緒に飲もうぜ!今夜は他に誰も来ないんだろ?」と無理を言ってきた。
私はこの要求には頑なに「いえ、それでも仕事中には変わりありませんから」「子供達と一緒に食事をさっき済ませたところなんで、お腹が一杯なんです」などと拒否の姿勢を崩さなかった。
きっと、他の常連さんならその誘いに乗り、一緒に楽しんだと思う。
このお客さんは、最近顔を見せるようになった新顔さんの一人なんだけど、正直に言うとあまり好ましくないお客さんだった。
他のお客さんがいても、大きな声で自慢話をしたり、酔っ払うと誰かれ構わずに絡んだり…。
そう…、これ以上僅かでも素行が悪くなれば、当店のブラックリストに載る事となり、永久追放の身となるお客さんなのだ。
それでも今夜の彼を見ると、今までは他のお客さんやクラウド、そして子供達の手前あれでも少々遠慮していたのかもしれない…と、考えてしまうほどに、しつこく私に絡んできた。
今すぐ叩き出そうかしら……。
私が我慢の限界を超え、そのお客さんがいやらしい手つきで私の手を取った、まさにその時―。
キィ、バタン―
と、扉の開く音と閉まる音が店内に響き、次いで荒々しい靴音が私達に急接近してきた。
驚いて、私達がその足音の方に視線をやると同時に、お客さんのいやらしい手が私から引き剥がされる。
そして、私の視界一杯に彼の背中が広がり、お客さんの悲鳴が耳に届いた。
「ちょ、ちょっと、クラウド!!」
慌てて制止する私の声を完全に無視し、クラウドは喚くお客さんの胸倉を掴んだその手を緩める事無く、そのまま高々と店の外へ放り投げてしまった。
当然、お客さんがぶつかった建てつけの悪い扉は、いとも簡単に大破してしまい、冷たい雨風が店内の入り口付近に吹き込んできた。
その後、物音に驚いて飛んできた子供達と共に、その大破した扉を苦労して直し、子供達に改めて「「おかえり、クラウド!」」と迎えられた彼は、やっと「ただいま」と一言だけ口にしたのだった。
何とそれまでの間、彼は全くの無言…。
恐らく、不機嫌・怒りその他の感情で、頭がごちゃごちゃになっていたんだと思うの。
その事は、クラウド本人よりも、むしろ私や子供達の方が良く理解していたから、あえて声をかけずにそっとしていたけど、子供達は私以上に敏感で、『声をかけるべき時』を判断していた。
子供達に『おかえり』を言われた為、『ただいま』と返した後のクラウドは、少々バツの悪そうな笑みを子供達に見せながらも、いつもとそんなに大差ない表情をしていたのだから。
ほんの少し、子供達に嫉妬してしまう…、そんないつもと変わらない日常の一コマ…、だったはずなのに…。
子供達にお休みの挨拶をしてからシャワーを浴び、汗を流し終えた彼は、何故か不機嫌な顔に戻っていた。
シャワーを浴びている間に、先程の事を思い出して不快になったのだと、容易に想像出来てしまう。
きっと、私がお客さんにされるがままになっていたのが、腹立たしく感じたのだろう…。
『クラウドの戻るのが後ほんの少しでも遅かったら、私があのお客さんをぶっ飛ばしてたわよ!』
と、何度口にしようと思った事か……。
今思えば、口にしようと思った時に言ってしまえば良かった…。
こんなに気まずい雰囲気になってしまい、お互いに意地を張ってしまったら、どうしても言い出せない。
ああ、どうして私ってこんなに意地っ張りなんだろう…。
二年前の旅の途中でもそうだった。
彼の事を想っていたのに、心から素直になれたのは結局最後の戦いの前日だった……。(もちろん、それまでは意地だけでなく、照れもあったのだけど)
そんな事をしみじみと思い出してたら、何だかこの状況が本当にバカらしく思えてきた。
「クラウド」
「……何だ?」
不機嫌そうな声に、僅かながら動揺が混ざっているように感じたのは、きっと私の勘違いではないはず。
クラウドも私と同じ様に、この状況をバカらしく思ってくれている、そう感じたのはきっと私の勘違いではないよね?
カウンターを出て彼の傍に近づく…。
彼が居心地悪そうに、視線を逸らしたまま僅かに身じろぎする…。
そっと、彼の方へ手を伸ばす…。
そして……。
キュッと彼の首に腕を絡めて彼の肩に頬を押し付け…。
きっと驚いているだろう彼の耳にそっと囁く…。
「助けてくれてありがとう、クラウド」
「……別に…」
そう一言だけ返事をしてくれた彼の声は、もう不機嫌ではなかった。
たった一言の素っ気無い言葉は、彼の照れ隠しの証。
だから、私は彼のその一言だけで、心から安心出来てしまう。
だって、それがクラウドなんだもの。
私の大好きな、愛しい人なんだもの。
それに、彼も私のたった一言の感謝で『意地っ張り』な仮面を外してくれた…。
それは彼にとっても私が、その、大切な存在…だから……だよね?
その考えは間違いじゃないよね?
彼も私も意地っ張りだけど、こんなにも簡単に私達は『意地っ張り』でなくなってしまう。
そんな、私達の関係は本当に幸せ…、そう感じてしまうのも、きっと私だけじゃないよね?
そうでしょ?
クラウド♪。
あとがき
マナフィッシュの妄想爆裂な作品になってしまいました(汗)。
何となく、AC後の二人は意地を張りつつも笑顔の絶えない関係なんじゃないかと
思ってます…、と言うよりもむしろそうであって欲しいというマナフィッシュの願望
です!!(笑)基本的に明るく、素敵な二人を書きたくて今回の小説に挑んだのに、何故か
背景真っ黒なのは、ただ単にお話の時間が夜中なので、黒くしたのです。
はい、こんな安直な考えでごめんなさい(滝汗)。
最後までお付き合い下さりありがとうございました。
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