「分かった、出て行く」 紺碧の瞳を冷たく光らせ、金髪の青年が目の前に立つ漆黒の髪を持つ美しい女性に言い放った。 奧へと続く戸口に子供達が固まったまま、二人のやり取りを信じられない思いで見つめている。 その子供達の存在をちゃんと分かっているのに、クラウドとティファはやめなかった。 「そう、じゃ、なるべく早くして頂戴。『あちら』もお待ちでしょうし」 震える声に怒りと失望が混じっている。 クラウドは眉間のシワを一層深め、ティファを睨みつけた。 「違うと言ってるだろう!?」 クラウドの怒鳴り声に、ティファは微かに唇を震わせながらギュッと引き結び、子供達は文字通り飛び上がって驚いた。 彼と彼女のすれ違い(前編)クラウドが世界中、どこでも配達を請け負うために、彼のいない生活は意外と多い。 ティファはそんなクラウドがいつでも帰ってこられる『家』であるべく、セブンスヘブンで日々、頑張っていた。 正直、女性であるが故に辛いこともある。 しかし、それはクラウドでも同じ事であり、世の働く人達が必ずぶち当たる障害だ。 自分だけじゃない。 ティファはそう言い聞かせ、クラウドが長期で他の大陸に配達へ行っている間、彼の無事と、彼への想いをそっと胸に大事に抱いて、寂しさを乗り越えてきていた。 それが崩れてしまったのはほんの数分という短い時間だった…。 ティファ宛に届いた差出人のない封書。 ずっしりと重いそれを、ティファは怪訝な顔をしながら隅々まで眺め、はさみを入れた。 差出人のない封書など、本当は捨ててしまいたかったのだが、もしも差出人がうっかり書き忘れだけで、大切な用件だったら大変だ。 イヤな予感を抑えて封書にはさみを入れたティファの目の前に、こぼれ落ちた大量の写真は到底『いたずら』で済まされるものではなかった。 恋人が自分以外の女性と親しく腕を組んでいる写真。 街中でのひとときの逢瀬の写真。 更には…。 「な、な、な…!!」 震える手と声のティファを、遊びから帰って来た子供達は不思議そうに見上げた。 「なぁに…それ?」 「ティファ、大丈夫か?」 子供達の呼びかけに、二人が帰ってきていたことをようやく知った母親代わりは、蒼白になった顔に無理やり笑顔を貼り付け、お決まりの「なんでもないの」という言葉を口にした。 その言葉がなんの意味も成さない事を子供達が主張するのと、ティファが子供達へもっと気の利いた言葉を探すのと、巨大バイクを操る恋人が帰宅したのとが同時になったのが、そもそもの運の尽きかもしれない…。 大きく揺さぶりをかけられた心を制御する事が出来ないまま、帰宅してしまったクラウドを前に、ティファはどうしても堪えることが出来ず、詰め寄った。 紺碧の瞳を不快気に細め、ティファの差し出した数多の『浮気現場の写真』を淡白に流し見て、クラウドはたった一言、 「こんな女、俺は知らない」 だがしかし、それだけで払拭出来るほど、ティファの衝撃は軽くなかった。 明らかに合成写真だろう?と、若干呆れ返ってそう言うクラウドは、疲れたから…と、シャワーを浴びに二階へ向かおうとした。 いつもなら、微笑みながらそれを見送ったり、タオルの置き場所を分かっているのに説明したりするティファだったが…。 「クラウド……待って……」 地の底から呻く亡者のような声を絞り出して恋人を呼び止めた。 ギョッとして足を止める彼に、ティファは彼女にとって本日最大の衝撃写真をズイッ…!と突きつける。 それは、20歳未満はお断りさせて頂かなくてはならない濃密な男女関係の写真。 流石にクラウドもその写真を突きつけられて驚き、目を丸くした。 だが、それだけだった。 ティファにとって、天地がひっくり返りそうなその写真も、クラウドにとっては『取るに足らない合成写真』の一枚でしかなかったのだ。 「…これも合成だろう…」 やれやれ。 そう言わんばかりの口調。 溜め息混じりのその言葉に、ティファは我慢が出来なかった。 「なによ…それ…」 「え…?」 「それだけなの……?」 「…なにが…?」 鈍感極まりない言葉のやり取りに、ティファの忍耐は呆気なく崩壊した。 ギッ!と睨みつけると、 「サイテー!!バカ、鈍感男、この………この色摩ーーー!!!!」 ビックリしているクラウド目掛けて大声を張り上げた。 その後は、もうなし崩しのような形で二人は言い合いをしてしまい…。 「分かった、出て行く」 「そう、じゃ、なるべく早くして頂戴。『あちら』もお待ちでしょうし」 「違うと言ってるだろう!?」 冒頭のやり取りに戻るわけだ。 何も知らない第三者が見たら、ティファの怒りとクラウドの呆れた態度はその立場に立てば充分分かるものであり、だからこそ互いを思いやればちゃんと理解出来た問題だった。 だが、二人共、お互いの立場に立って物事を見るだけの余裕がこの時は無かった。 ティファは、頭の片隅ではちゃんと『合成写真』だと分かってはいたが、あまりにも淡々と語るクラウドに動揺していた心が変な風に刺激されて苛立ちが増していたし、クラウドはクラウドで仕事の疲れによりいつも以上に自分の置かれている状況に『興味が無かった』し、何よりもティファに『信頼されていなかった』というショックが大きくて腹が立っていた。 互いの心のちょっとしたズレが、言い合いをしている間にどんどん大きくなり、遂には『出て行け』『出て行く』という大問題にまで発展。 子供達が身を竦め、ハラハラと見守っていることも分かっているのに止められない。 クラウドは涙を浮かべたまま自分を睨み上げているティファに、内心では激しく傷つきながらもそれを微塵も出さず、踵を返した。 背に突き刺さる三人の視線が痛い…。 だが、彼にも意地がある。 浮気をされた、などと思われたことにも腹が立つが、自分の言い分を全く聞く耳を持たないティファへ理不尽な怒りを感じ、それがそっくりそのまま過去の『家出騒動』を起こしてしまった自分を責めているように感じられてどうしようもなく辛かった。 まだ許されていない…と思った。 口では、『怒っていない』『許してるに決まってる』と言ってくれていたのに、結局本心では信じてくれていなかったのだ…、怒っていたのだ…、許してなんかいなかったのだ…と、思えてしまって情けないやら、悲しいやら…。 とにかく、今日は『セブンスヘブン』にはいられない心境だった。 チリンチリン。 ドアベルの軽い音と同時くらいに、クラウドの愛車のエンジン音が爆音となって空気を揺さぶる。 その音に、子供達はようやく呪縛から解き放たれたように走り出した。 「待って!」 「クラウド、待って!!」 小さな背がドアの向こうへと駆け出し、耳を覆いたくなるような悲痛な叫びを上げる。 だが、そんな子供達の哀願を完璧に無視し、青年は爆音を残してあっという間に小さくなり…消えてしまった…。 デンゼルとマリンが叫びながら走り…追いかける。 当然、追いつけるはずもない。 店から見える距離までクラウドを追いかけ、幼い子供達はクシャクシャに顔を歪めながら足を止めた。 嗚咽を漏らしながら戻ってきた二人に、ティファはようやく自分が何をしてしまったのかを理解した。 激しい後悔に襲われる。 小さな子供達を抱きしめ、 「ごめんね…ごめんね…」 自身も嗚咽を漏らしながら謝り続けた。 それは、子供達への謝罪でもあり、傷つけてしまった恋人への謝罪でもあった…。 その日。 セブンスヘブンは『臨時休業』となり、早い時間から居住区の灯りが消えた。 * 「そんで……、なんで俺のところにくんだよ…」 「…お前のところにいると分かったら、デンゼルとマリンがこれ以上心配せずに済むだろう…」 不機嫌極まりない仲間に、巨漢の男は呆れながらコーヒーのカップを差し出した。 こんな夜中に突然訪れたかと思いきや、セフィロスでさえも蒼白になって逃げ出してしまいそうなほどご機嫌斜めなかつてのリーダーに、バレットは目が落っこちそうなほどビックリした。 そして、話を聞いているうちに驚愕は段々と呆れに変わり、最終的には溜め息しか出てこない結果となった。 なにをやっているのだろう……この万年ラブラブバカップルは…。 半目になって金髪の青年を見やる。 自分を全く見ようともしないでカップに口をつけたこの目の前の青年をどうしてやろうか…と、考えるが、今は何もしないほうが良さそうだ、と長年の『戦士としての勘』がそう告げていた。 モンスターの大群も尻尾を巻いて逃げ出してしまいそうな殺気&怒り。 その殺気と怒りは他者に向けられているのでも、ましてや彼をここまで追いやった彼女に向けられているのでもないことは分かっていた。 クラウドは自分自身を責めており、嫌悪している。 それは致し方ないことだ、とバレットは理解していた。 幼い子供達を置いて家族を捨てたという過去は消えない。 そんなクラウドをバレットも、仲間達も誰も責めていない。 当然、ティファや子供達もだ。 だが、クラウド本人は違う。 ずっと負い目に感じていたのだろう、他の誰も気づかない間ずっと…。 それがこんな形で現れてしまったのだ。 なんとも間の悪い…というか、なんと言うか…。 ティファに理解がない、とは言わない。 人間誰でも、自分の大切な恋人が浮気をしている写真を突きつけられて平然と出来るはずがない。 信じていても…だ。 ましてや、クラウドの話からはその……かなり……マズイ写真だった…と言うではないか。 いくらティファの心が広いと言えど、そんなもん、限度があるに決まっている。 それを、この目の前の青年は理解出来ずに言い合ってしまったのだ。 今は若干、頭が冷えているらしく、彼女への理不尽な怒りはそっくりそのまま自分への自己嫌悪に摩り替わっており、どん底の暗さを惜しみなく放出している。 『た、たまんねぇぜ、おい……』 思わず全身でため息を吐きそうになって、慌てて気を引き締める。 これ以上、この青年の機嫌を損ねたくない。 『だが、一体どうすりゃ良いんだ〜…?』 はっきり言って、この泥沼化した痴話喧嘩をどうにか出来るような言葉を自分が口に出来る自信はこれっぽっちもない。 事実、何を言ってやったら良いのか皆目見当もつかないのだから。 このまま朝を迎えてしまうかもしれない、という不安がムクムクと大きくなる。 冗談じゃない! 自分は疲れているのだ。 当然のことだが、明日も油田開発の厳しい仕事が待っている。 しっかり休んでおかないと、油田開発という途方もないプロジェクトに賛同し、力を貸してくれている仕事仲間達に申し訳がなさ過ぎる。 だが、どうすれば良い? ― 悩んでいても仕方ないから、今日はもう休もうぜ ― ― 明日考えろ。疲れた頭で考えたってちっとも良い案は浮かびやしねぇ ― ― 明日になればティファも頭が冷えてるだろうよ ― …。 どれもオッケーそうな気もするが、どれも無駄な気がする。 悶々と悩むこと数十分。 バレットにとってはそれこそ数十時間にも感じられる苦痛な沈黙の後、徐に(おもむろに)青年は立ち上がった。 そのまま、様子を伺うようにして視線だけよこしてくるバレットを無視したまま、しみだらけ、ヤニの匂いをたっぷり吸い込んだソファーにゴロリ…と横になった。 小さなソファーから両足をブラン、と垂らす。 「寝る。つき合わせて悪かった…」 一言そう言うと、クラウドは目を閉じ、片腕を顔に乗せた バレットは、その姿がとても小さく見えて、それまで『どうしたもんか…』とヒヤヒヤしていた気持ちが180度グルリ…と回転し、とても哀れに感じてしまった。 「お、おう…、じゃあ俺も休むからよ。風邪引くなよ?」 バレットの言葉に、クラウドは空いている方の腕を軽く上げただけで応え、一言もしゃべらなかった。 バレットは、自室に戻ると薄いブランケットを一枚持って戻り、クラウドにそっとかけてやった。 クラウドからは何も礼の言葉はなかったが、それでも青年がまだ起きていることは十分わかったし、感謝していることも何とはなしに伝わってきた。 それがますますバレットの心をギューッ…と切なく締め上げた。 自室のベッドにゴロリ…と横になり、クラウドの立場に立って改めて考えてみる。 仕事で疲れて帰る。 帰宅中、きっとクラウドは家族に会えるという喜びで胸がいっぱいで、何とか今回の仕事のしんどさを乗り越え…乗り越え、ようやっと家に着いたのだろう、おそらく…。 バレットにはクラウドの考え等はとても分かりにくいのだが、時折電話で話をする愛しい娘からは、彼が実はとても繊細で、家出をしたことを今でも気にしている風だ、と聞かされていた。 だから、バレットは自分の今想定したクラウドの心境は、あながち間違いではない、と思った。 そんな思いでようやっと帰宅したクラウドが、いきなり『明らかに合成と判断出来る浮気写真』を突きつけられたら…? …。 ……。 他人に対して、と言うよりも、仲間や家族、数少ない親友以外、関心の薄いクラウドのことだ。 『アホくさ…』『興味ないね』 これくらいしか思わなかっただろう。 更には、ようやっと家族の元に返ってゆっくり出来る、と思った喜びが帰宅直後から見事に裏切られた、という感じがしたかもしれない。 となると…。 『どうしてこんな明らかに合成写真と分かるものを見て、ティファはここまで動揺するのだろう?』 『どうしてそんなにこだわるのだろう?』 『俺がここまで『違う』『知らない』『ただの嫌がらせだろう』『問題は、これを送ってきた奴をどう探し出すか、だろう?』『嫌がらせの犯人の本当の狙いを考えるほうが先じゃないのか?』って話してるのに、まったく聞く耳を持たないなど、ティファこそどうかしてるんじゃないのか?』 『あぁ…そうか…』 『彼女は自分をまだ許していないから、だから信じてもらえないし、ここまで怒ってるんだ』 …。 バレットはため息を吐いた。 ティファの立場に立って考えようとして……、結局はすぐにやめてしまった。 何しろ、今、クラウドの立場に立って考えただけで普段あまり使わない頭は痛くなってきたし、そもそも自分は男だから、女のティファの立場に立って考えること自体が、難しい…。 「さぁて…どうしたもんかなぁ…」 ゴロリ。 寝返りを打ちながら、バレットは一人ごちた。 脳裏に浮かんだ一人の人物。 彼ならなんとかしてくれそうだ。 だが、彼は忙しい。 とにかくめちゃくちゃ忙しいのだ。 WRO局長と言う重責を負い、毎日それはそれは忙しく過ごしている。 そんな彼に『犯人を捜査して欲しい』とはなんとも頼みにくい…。 それに、クラウドもきっと、真っ先に彼に頼る、という選択を思いついただろう。 そして、結局頼ってきたのはこの自分の所なのだ。 「はぁ…参ったぜ…おい……」 特大の溜め息を吐き出しながら、昼間の疲れによって、バレットはいつの間にか豪快ないびきをあげ始めたのだった…。 翌朝。 バレットは、仕事仲間達の声で目が覚めた。 まだもうちょっと寝かせてくれ…。 そう言いながら、シーツで頭までスッポリかぶる。 だが、なおも、 「バレットさん、頼むからもう起きてくれよ!」 「いつもの時間、とっくに過ぎてんだからよ!」 との仲間達の声に、バレットは「う〜〜ん…うぅ…分〜ったぁ…」と、間延びした声を上げながら、『はて、なにか忘れてないか?』と首を傾げた。 と。 「あーーーー!!!」 仲間達がギョッとして後ずさる。 目を見開いて硬直する仲間達に、 「あいつは!?」 「はい?」 噛み付かんばかりの勢いで問い詰める。 すぐに返事がない仲間達を部屋に残し、小さなダイニングに踊り出て、もぬけの殻のソファーに驚愕した。 「うぉ!?クラウドの奴、どこ行っちまったんだ!?」 ソファーの足元には、綺麗にたたまれたブランケットがある。 そのブランケットの上に、 ― 世話になった ― クラウドのやや歪んだ走り書きのメモ。 バレットはオロオロとしながら、携帯電話を取り出した。 |