「……くそっ!」

 堪えきれず、思わず吐き出したその言葉に、怒りが加速する。

 いつも無愛想な顔にいっぱいの怒りを浮かべ、クラウドは舌打ちしつつ足早に路地を歩いていた。






可愛くて仕方ないからこそ







 待て。
 落ち着け。
 ここで感情に駆られて走ったって良いことは何もない。

 頭の片隅でかろうじて残っている理性が囁いている。
 その声を認識しながらも、クラウドはどうしても足を止められなかった。

 分かっている。
 自分が出て行っても何も良いことなどないだろう…と。
 だが、どうしても、どうしても我慢出来ない。
 怒りの捌け口を全ての元凶にぶつけてしまわなくては、どうにもこの猛狂う気持ちを宥めることが出来ない。

 だが…。
 自分の怒りをぶちまけるだけの行為に終わってしまったとしたら?
 そんなことになったら、傷つくのは自分ではない。
 そう、もっと傷つくのは大切な…。

 だからこそ、クラウドは足を止められなかった。
 大切な人を傷つけたその元凶を地べたに這いつくばらせなくては気が済まない。
 こんなに凶暴な気持ちになったのは、エアリスを目の前で失った時以来ではないだろうか…?
 そんなことがチラリ、と沸騰した頭の中をよぎったが、そんなことは今はどうでも良かった。

 大切な人の泣き顔がすぐにどうでも良い考えを一掃する。
 真っ赤に目を腫らしても尚、泣き止むことが出来ずにボロボロと大粒の涙を零していた姿が…。

 胸がまた、ズキン…と酷く痛んだ。

「……絶対に謝らせる!」

 この怒りを吐き出すことが正しいのだ、と自分に言い聞かせるかのように言葉にして、クラウドは足を速めた。
 目的の家はもう目の前だった。


 *


「信じられない…」

 呆然とティファは呟いた。
 目の前にはそっぽを向いて座っているクラウド。
 彼の目の前には何故か豪勢な菓子折り。
 その菓子折りの理由をたった今、ティファはクラウドから聞き出したところだった。

「本当に…信じられない…」

 もう1度繰り返す。
 ティファは大きな溜め息を吐くと、脱力したようにクラウドの前に座った。
 暫く居心地の悪い沈黙が続く。
 その沈黙を破ったのは、やはりと言うか当然というか…。

「……クラウドに言うんじゃなかったわ…」
「 ! 」

 弾かれたようにクラウドはティファを見た。
 目には怒りがこもっている。
 鋭く跳ね上がっている眉が、クラウドの怒りを雄弁に物語っていて普段のティファなら『あ、失言だった…』と後悔するだろうし、素直に謝るだろう。
 だが、今回ばかりはティファも譲れなかった。
 睨み付けてくるクラウドを真っ向から睨み返す。

「だって、考えてみてよ。クラウドが出て行ったところで何にも良いことないじゃない」
「なら、黙って見なかったふりをしてた方が良かったのか!?」
「そうは言ってないわよ。ただ、やり方がまずかったって言ってるの」
「ならティファはどうして今まで何もしなかった?黙って耐えてたらそれでいつかは相手に伝わるかもしれないって思ってたんじゃないのか!?」
「そ……」
 それは…。

 そう言い掛けて、痛いところを突かれたティファは口ごもり、フイッと視線を逸らしてしまった。
 視界の端でクラウドが怒りも露にまたそっぽを向いたのが見えた。
 そうしてまた沈黙。
 今度の沈黙は、ティファの方にこそ居心地の悪いものとなった。
 クラウドの言っていることは正しい。
 方法が間違えていたと確信しているのに、だったら彼の言い分が間違いなのか?と問われるとそうではない…と言うしかないのだ。
 クラウドの怒りは彼の立場に立って考えると至極当然のものだと理解できるから尚のこと、クラウドの怒りも行動も否定しきれない。
 だけど…。

「それでも……やっぱり間違ってるわ…」

 呟くようにそう言ったティファの言葉には、クラウドへの批判と自身への自己嫌悪が混じっていた。
 クラウドはそれを感じ取ったのだろうか?

「悪かったな。どうせ俺はろくなことが出来やしない」
「な!なにもそんなこと言ってないじゃない!」

 吐き捨てるようにそう言ったクラウドに、ティファもカッとなって言い返す。
 言い返したティファを見ようともせず、クラウドは荒々しく席を立った。
 そのままチラリともティファを見ようとせず、背中を向けて足取りも荒くドアに向かう。
 ティファは途端に不安になった。
 彼が家出をしていた当時の寂しい、悲しい、何故!?という思いが鮮烈に甦る。

「…どこ行くの…」

 つい、声に不安げな色を混ぜて弱々しく問いかける。
 ほんの少しだけクラウドは足を止めたが、結局またすぐに歩き出すと、
「俺はどうしようもないバカらしいからな。少し頭を冷やしてくる」
 やはりチラッともティファを見ないまま投げやりな口調で応え、ドアの向こうに消えた。


 *


 間違っていたのは私なのかしら…。

 クラウドが出て行ってから数時間が経つ。
 とっくの昔に深夜を越え、店内は不気味な暗闇に染まっていた。
 クラウドが出て行った時点で閉店の時刻だったのだから、深夜を越えた時刻になっていても不思議ではない。
 むしろ、彼が出て行ってから店内で明かりもつけずにぼんやりと物思いに耽っているティファの方こそがおかしいのだろう。
 無意識に『節電』を行っている自分になんとなく自嘲する。
 今は電力が不安定だから、まだまだ自由に好き勝手な電力を使用することは控えるよう、星に生きる人達はおのずとそういう生活になっている。
 それに。
 もしも自由に好きなだけ電気が使えたとしても、今のティファの心境では明るい店内で自分の考えに浸る気分にはとてもじゃないがなれなかった…。
 言い争った時、彼が吐き出した最後の一言がティファの胸に深く突き刺さっている。

 ―『ならティファはどうして今まで何もしなかった?黙って耐えてたらそれでいつかは相手に伝わるかもしれないって思ってたんじゃないのか!?』―

 そうじゃない…と言い切れる?
 何もしなかった…というわけじゃないと言える?
 黙って耐えるのも1つの愛情だと思っていたのは確かだ。
 それに、相手にもきっと伝わる時が来る。
 そう淡い期待を抱いたのも事実。
 だけど、その考えそのものが甘かったのではないだろうか…?と、今では思う。
 クラウドの真っ直ぐな怒りをぶつけられたのは数えるくらいしかない。
 片手で充分足りるほどだ。
 むしろ、クラウドへ怒りをぶつけたことの方が多い。
 そんなことを考えながら、また胸が痛んだ。

 思えば…。

 いつも彼は自分に対して一歩、引いている感じがしていた…とティファは思った。
 それは、二年も一緒に生活しておきながら、突如、何も言わないで家出をした罪の意識だ…とティファは思っている。
 だからこそ、そんな過去に囚われないで真っ直ぐ、いつでも本心からぶつかってきて欲しい、と思っていた。
 それなのに、いざ、こういう形で真っ直ぐな彼の怒りをぶつけられると、喜べないどころか悲しくて、自分がとても情けないちっぽけな人間に思えて仕方ない…。

 間違っていたのは…自分の方…?

 だけど…、と思う。
 やはり、今回の件はクラウドの起こした行動は間違っていたと言い切れる。
 では、どうしたら良かったのか…?
 彼が言うように、ティファは相手が気づいてくれることを待つ気でいた。
 だから、クラウドのような行動に出ることが出来なかった。
 ジッと忍耐するのも1つの愛情。
 そう思っていたことも否定しない。
 だけど、それは酷く矛盾していたのかもしれない。
 何が一番大切なのか、それを見失っていたのでは…?と、ようやくその考えに至った。
 では、一体どうするのが最善だったのだろう…?

 店内の時計が深夜3時を告げ、ティファはビクリッ!と肩を震わせた。
 そして、時計の針を見て目を丸くする。

「もう…こんな時間…?」

 呟いてのろのろと立ち上がる。
 もういい加減休まないといけない。
 明日も…というか、今日も店をする予定なのだ。
 でも…。

「…クラウド……」

 今夜は帰って来ないのだろう…。
 そのことを思うと、どうにも気持ちが塞いでしまって眠れそうに無い。

 彼は今、どこにいるのだろう?
 エッジの安宿?
 それともエアリスの教会?
 あぁ、そうだ。考えるまでも無い。
 エアリスの教会にいるだろう。
 彼の拠り所なのだから、エアリスは。
 いつでも彼の深いところを守ってくれている女性、エアリス。
 ティファはエアリスに対し、純粋な親愛の情を持っているが、同時に嫉妬もしている。
 やはり彼女のように、心の深いところでクラウドを支えることが出来ないのだから。
 そういう存在になりたいと、いつも思っている。
 クラウドが家出から戻って来てくれた時、今度こそ、クラウドの心を支えていくと誓った。
 だけど、結局こうした些細なことで自分達の間には簡単に溝が出来てしまう。

 なんとも情けない。
 情けなく、悲しい現実。
 だが、嘆いたところでクラウドに謝罪の気持ちが伝わるはずもない。

 明日帰ってきたら……。
 ちゃんと謝ろう。

 リダイヤルボタンが押せないままの携帯を握り締め、そう誓う。
 誓った矢先、やっぱり頑張って電話をしようかともチラッと思ったが、すぐ却下した。
 もうこんな時間なのだから、彼も休んでいるだろう。
 もしかしたら、自分と同じように悶々と悩んで眠れずにいるかもしれないが…。
 いや、それはただの願望だ。
 ティファはまた、自分を哂った。

「クラウド……ごめんね…」

 自室に戻り、ベッドに横たわってからティファはそっと呟いた。


 *


「……はぁ…」

 何度目かの溜め息。
 クラウドは寝袋を枕にして地べたに寝転んでいた。
 寝袋を使用しなくても今夜は暖かく、風邪は引かないだろう。
 割れた天井からは満天の星空が覗いている。
 大自然の雄大な姿を見つめているうちに、クラウドは頭が冷めてきた。

 …本当に頭を冷やして正解だ…。

 などと胸中で呟きながら、また溜め息を吐く。
 最低なことをしたと、今では分かる。
 ティファにはティファの考えがあったのだろう。
 それに、これまで辛い思いを抱えて黙って耐えていたのは他ならないティファなのだ。
 それを全く無視して真っ向から否定するようなことを口にしてしまった。
 全く…情けない話だ。
 だがそれでも、ティファのように長い目で見守ることがクラウドには耐えられなかった。
 これ以上、苦しんで欲しく無かったからこその行動。
 だがそれが、より一層悩みの種になってしまったのだろうか?
 でも…。

 黙ったままだと伝わらないこともあるんじゃないのか…?

 クラウドはそう思った。
 黙って耐えることも必要なことは人生にあるだろう。
 ティファがそう考えて今まで黙って耐えていた気持ちが、冷えた頭では正しいことの1つだと素直に認めることが出来る。
 だけど…。

 言葉にしなくては伝わらないことだって沢山あるだろう…?

 ゴロリ。
 寝返りを打ってクラウドは溜め息をついた。
「眠れない…な…」
 なんとも情けない気分でいっぱいだ。
 帰宅した時にティファから告げられた事実。
 彼女の告げられたことが真実だと目の当たりにしたあの瞬間の怒りは微塵もない。
 それどころか、望みどおり地べたに這いつくばらせた今回の騒ぎの元凶が必死になって謝罪を口にする姿が閉じた瞼の裏に鮮やかに甦って、惨めさに拍車をかけた。

「サイテーだった…」

 胸の中だけで呟くにはあまりにも重過ぎて口に出る。
 きつく眉根を寄せ、クラウドはもう1度溜め息をついた。

「ごめん…ティファ…」

 目を閉じたまま、胸ポケットに収まっている携帯に触れる。
 結局、この教会に辿り着いてから出すことの出来なかったそれ。
 謝罪の言葉を彼女は聞き入れてくれるだろうか?

『もう、しょうがないわね。今回だけよ?』

 そう言って苦笑してくれるだろうか?
 なんとも言えない重苦しいものを胸に詰め込んで、クラウドはもう1度寝返りを打った。


 *


「おはよう、ティファ」「おはよう!」
 元気に子供達が降りてきた。
 2人の足音が階上から聞こえてきた瞬間から、ティファは笑顔を貼り付けてスタンバイしていた。
 きっとすぐにでも子供達は首を傾げる。
 そして訊ねるのだ。

「「 あれ?クラウドは??? 」」

 きた!

 ティファはニッコリ笑いながら、昨夜、寝ないで考えた言い訳を口にする。
「昨夜、急にお仕事が入ったの。だから、今日帰ってこられるか分からないみたいよ」
 さり気ないウソはちゃんとつけただろうか?
 鋭い子供達のアンテナに引っかかるような声音、表情をしていないか?

 不安は一瞬。

「「 え〜〜……残念… 」」

 ガックシ。
 肩を落とした子供達にティファは内心で胸を撫で下ろした。
 そして、ウソをついている罪悪感に見て見ないフリをする。
 これくらいの罪悪感をごまかせなくてどうする。
 やる時にはやらなくては!!

「さ、2人ともご飯にしましょ」
「「 は〜い 」」

 しょんぼりした表情から一転、2人は満面の笑みを浮かべた。
 と…。

 ヂリンヂリン!!

 いつもよりも激しいドアベルの音に3人はギョッと振り返った。
 朝の早い時間の訪問という非常識な人間に、3人の目がますます丸くなる。
 中でもマリンはカチン…と音を立てて固まった。

 目の前には3人の来客。
 父親、母親、そして……デンゼルと同い年くらいの女の子。
 3人は、突然の来訪に驚き固まっているセブンスヘブンの3人よりも、もっとガチガチだった。
 言い知れない緊迫感が親子から漂っている。
 ティファは咄嗟にマリンとデンゼルを見た。
 さっと2人を庇うようにして、
「2人とも、上に行っていなさい」
 小さく命じる。
 だが、
「ま、待ってください!」
 必死になって引き止めたのは青い顔をした父親。
 母親はブルブルと震えている。
 女の子にいたっては、両親がこんなにも怯えている理由が分かっているらしく、目に涙をいっぱいに浮かべていた。
 その涙で濡れている瞳は恐る恐るマリンとデンゼルに向けられている。
 マリンとデンゼルはただただ戸惑うばかりだ。
 なにしろ、この親子…というよりも、この女の子がこの店に来ること自体が信じられないからだ。
 2人の頭の中には、
『『 …なんで来たの…? 』』
 という疑問しかない。
 一方で大人は違った。

「「 本当に申し訳ありませんでした!! 」」

 腰から90度折り、最敬礼でもって頭を下げる。
 母親にいたっては、長い髪が床に着きそうなくらい恐縮の極みといった状態だった。
 混乱する子供達に、ティファはおろおろとしながら必死になって頭を上げるように頼み込んだ。
 だが、完全にパニック状態になっている両親は、ティファの言葉が聞こえないのか謝罪の言葉を口にしながら頭を何度も下げている。
 しまいには…。

「こら、ティディー!お前も謝りなさい!!」

 父親の大きな手が少女の小さな頭に押さえつけられる。
「あの、本当にそんなこと…」
 とめようとしたティファだったが、少女の方は自分がここに連れてこられる理由を散々聞かせれていたのだろう。
 全く反抗しようとせず、それどころか涙声で震えながら、
「ほ、ほ……っく…、本当に…ヒック、…ごめんなさい!」
 ヒックヒック、としゃくりあげながら謝罪した。

 デンゼルとマリンの目が落っこちそうになるほど見開かれる。
 まるで信じられないものを見たかのようだ。
 そう。
 マリンとデンゼルにとって、それは信じられないことなのだ。
 何しろこの女の子は…。


 チリンチリン。


 タイミングが良いのか、悪いのか。
 またもや誰かの来訪を告げるドアベルの音。

「「「 クラウド!? 」」」
「「「 え!?!? 」」」

 ティファ達の驚きの声に、親子がビクッと身を竦めて振り返る。
 クラウドはドアを開ける前から何度か深呼吸をしていて、ようやく意を決して戻ってきた。
 それが、目の前にいる親子3人に完全に出鼻を挫かれてしまった。

「あ……」

 間抜けにも、帰宅した開口一番がそれとは…。
 後に、クラウドはそのことを非常に悔しがることになる。
 一晩結局眠れないまま帰宅したクラウドは、いかにティファに謝罪をするか、必死になって考えていた。
 遠まわしな謝罪は謝罪とは言えない。
 だから、非常に難しいが素直に頭を下げよう。

 俺がどうかしてた。
 ティファの思いを無駄にしてしまった。
 それなのに、偉そうなこと言って……ごめん。

 こう言おう。
 これが一番だ!

 そう思ってたのに…。
(なんでタイミング悪くいるかなぁ…)
 クラウドはほとほと、自分のタイミングの悪さを呪った…。


 *


「じゃあ、クラウド、ディディーの家に直接行ってくれたの!?」

 マリンが泣きすぎで赤い目を真ん丸くして見つめる。
 隣でデンゼルが目を輝かせて身を乗り出した。

「だからディディー、謝ってくれたんだね」
「そりゃ、クラウドが本気で怒ったんなら、あの高慢ちきなディディーだって鼻っ柱へし折られるって!」
 あ〜、俺もその場に居たかったなぁ〜♪

 そう言うデンゼルにティファが苦笑しながら「こら」とたしなめる。
 クラウドは子供達が喜んでくれたことで、幾分だけだが気分を良くしていた。
 教会で過ごしたあの悶々とした翳りは胸の中にどこにもない。
 ただ…。
 別のことが心配だ。

(これじゃあ、今まで『ディディーにだって分かる日が来るよ。それにね、イジメって言うのは、いつか絶対に自分にも返ってくるのよ。だから、デンゼル、マリン、仕返しなんかしちゃだめ。』って諭していたティファのこれまでを無駄にしてしまうのと同じだよな…)

 軽く凹む。
 チラッとティファを盗み見る。
 と、丁度彼女も自分をこっそり見つめていて目が合った。

『『 あ… 』』

 口を開けただけで声に出さず、2人は同時に同じ顔をした。
 そして、なんとなく気恥ずかしくなって視線を逸らす。
 だが、それだけで分かった。
 クラウドが怒っていないこと。
 ティファが怒っていないこと。
 2人にとって、それが分かったらそれだけで充分。

 ゆるゆると頬を緩めてもう1度お互い同じタイミングで視線を投げて…。
 また合った視線に、
『昨夜はごめん』
『私こそ…ごめん』
 声に出さず、口だけでそう伝える。
 そして、照れたように2人は笑った。


 *


「本当にどうしたら良いのか、難しいよね、子供達の喧嘩とかイジメって…」
「そうだな…。でも、もう二度と同じことはしない…悪かった…ティファ」
「ううん!私こそ頭ごなしで…。でも今回はうまくいっておしまい、ってことになってくれたら良いんだけど」
「……本当にゴメン」
「良いんだよ、クラウド。私ももっと何か他に方法を探せば良かったの。それなのに…」

 ティファが危惧していること。
 それは、マリンをイジメていたディディーが、
『英雄が怒鳴り込んできたの!信じられない!あたしたちの喧嘩に大人を連れてくるのも普通卑怯なのに、英雄の養子だからって英雄に乗り込んでこさせるなんて!』
 そう、彼女の友達に言いふらさないか…ということだ。

 ディディーのマリンイジメは、割と前からあったらしい。
 最初はグループで口をきかない。
 次は、マリンと一緒に遊ばない。
 最後は、『英雄の養子だからってエラソーなんだから。でも、所詮は養子でしょ?本当のパパとママじゃないなんて、かわいそ〜。クラウド様とティファ様に子供が出来たら、マリンもデンゼルも追い出されるわね』というイヤミ……というか脅迫。

 デンゼルはマリンとよく遊びに行っていたので、ディディーのグループから守ることは容易だった。
 だが、段々とデンゼルの遊び友達にまでディディーのイジメが伝染してきた。
 子供達は自分にないものをストレートな表現で『嫉妬』する。
 英雄の養子であるデンゼルも例外ではない。

 2人は耐えた。
 それに、2人の周りにはそういうイジメに参加しない友達も沢山いた。
 だから、無視して置けば良かった。
 だが、とうとうマリンの方が参ってしまった…。

 自分達のイジメにへこたれないマリンに、彼女達は怒りをあらわにしたのだ。
 勿論、一番頭にきたのはディディー。

 ―『ほんっとうにもう、目障り!!』―

 ボール投げをして遊んでいたマリンの背中を急に突き飛ばした。
 悪かったのは、転んだ先に泥水が溜まっていたこと。
 昨夜の雨で出来た水溜り。
 子供達が散々遊びまわった後だから、当然水は汚く濁っている。

 泥だらけになったマリンは、あまりの仕打ちの酷さに一瞬呆然とし、怒髪天を突く勢いで怒り狂うデンゼルが女の子を追い掛け回すのを見て…。

「ヒック…」

 ボロッ。
 これまでの理不尽なイジメに、とうとう堪えきれずに泣き出した。

 そして。
 それを運悪く、かなり視力の良いクラウドが遠くから見ていたのだ。



「まぁ、あんだけ怯えてたら言いふらすとか無理でしょうけどね」
「…それに、なんだか気ぐらい高そうな子供だったから、泣きながら謝った…なぁんてことに繋がる話、するとは思えないけどな」
「そうね」

 2人して苦笑交じりに微笑む。
 子供を育てるのは大変だ。
 自分達の目の届かないところで何をしているのか。
 どういう目に合っているのか、分からないのだから。
 だからこそ、目に付いたら助けてやりたいのだ、親として。

「ティファ、次からはこんなことしない…。本当にゴメン」
「ううん、クラウド、私のほうこそごめんね。そうだよね、言われないと気づかないって沢山あるもんね」

 ティファの明るい声に、クラウドはフッと双眸を細めた。
 やっぱり愛しい。
 腹が立っても、怒られても、それでもやっぱりティファが愛しい。
 ティファもきっと同じ気持ちだろう、と自惚れでは無くそう感じた。
 茶色の温かい瞳が真っ直ぐ…、そして甘やかに細められて輝いている。


「「 まだまだ至らぬ者だけど、これからもよろしく 」」


 同時に言って、同時に吹き出して。
 そして2人は一緒に目を閉じて唇を重ねた。
 まるで誓いのキスのように…。


 まだまだ頼りない親だけど、あなたがいれば。
 キミがいれば。
 きっと、大丈夫。



 あとがき

 なんとなく、マリンに可哀相なお話になっちゃいましたが、これからこの手の嫌がらせはなくなるでしょう。
 子供って本当にすっごく嫉妬とか、感情がストレートだなぁ…と思います。
 裏表が無い、ってことなのかもしれませんが、時には子供は大人以上に残酷なことを口にしますからね(ダク汗)(← なにがあったんだ!?)

 お付き合い下さいまして、ありがとうございました♪