「うん……うん……分かった、じゃあね、気をつけて……」 携帯を切り、パタンと折りたたんだティファは、深い溜め息を吐いた。 欠乏症「「 …あれ??? 」」 子供達は遊びから帰宅し、店のドアノブがいつもと変わらないことに首を傾げた。 普通なら、いつもと『違う』と首を傾げるものなのだろうが、今日は『違う』予定だったのだ…。 「「 ティファーー!! 」」 ドアとドアベルが抗議をあげそうになるほど、乱暴に押し入った二人は、女店長がきびきびと開店準備をしている姿に目を丸くした。 その逆に、ティファは両手を腰に当てて、 「こら!そんな乱暴にドアを開けたら壊れるでしょう?」 「そんなことよりも、どうして?」 「今日は店、休みにするって言ってたじゃんか!!」 ティファのお説教に全く怯むことなく、逆に二人は詰め寄った。 予想通りの子供達の反応に、ティファは苦笑を浮かべると、 「今日は帰ってこられなくなっちゃったの。お客さんに強く引きとめられて、泊まる事になったんだって」 「「 えぇぇぇぇええええ!?!? 」」 かつてない程の、子供達の大声にティファは軽く溜め息を吐いた。 気持ちを切り替えて子供達を宥めようと口を開き、結局はまた溜め息をつくと肩を竦める。 「仕方ないわ。向こうは雨が降ってるみたいなの。酷い豪雨みたいで、電話の向こうから凄い雨音が響いてたし、雷も鳴ってたわ。そんな悪天候でバイクを運転するなんて、自殺志願者くらいよ」 「「 うぅぅ〜〜〜…… 」」 「だから、今夜は諦めましょう?その代わり、また今度埋め合わせするって言ってたから」 両膝に手を付いて前かがみになり、子供達の目線に合わせるティファに、子供達は渋々頷いた。 「…しょうがない…かぁ…」 「うん……しょうがないよね…」 「うん…、事故でも起こして死んじゃったらイヤだしな!」 「うん、そうだよね!スリップ事故で頭打って、脳震盪起こしてる間にモンスターに食べられる…なぁんて事になったらイヤだもんね」 「 ……… 」 ティファは苦笑しつつ、納得してくれた子供達にホッと胸を撫で下ろした。 だが、ホッとしながらも…。 「 ………バカ…」 「「 え??? 」」 ボソッと呟いた小さな小さな本音に、耳の良い子供達がキョトンと見上げる。 慌てて両手を軽く振り振り、ティファは「さぁて、チャキチャキ準備しちゃいましょうか!」と、少々わざとらしく伸びをしながら子供達に背を向けてカウンターの中へと逃げ込んだ。 クラウドから戻ってこられないという携帯を切ってから、ずっとモヤモヤと霧のようなものが胸の中に充満している。 どうにも振り切れないその気持ちに、つい、イライラと手つきが乱暴になる。 ガタン! まな板が派手な音を立ててシンクの上を跳ね、子供達がビックリして作業の手を止めた。 四つのクリクリした瞳が向けられ、慌てて「あ、あはは、まな板、生きてたみたい〜」と笑って見せる。 いかにも…、な胡散臭い笑いに、子供達が何かを含んだような眼差しで頷き合った。 ティファは肩をガックリと落とし、小さくなった…。 そもそも、今回のクラウドの予定は三日間の遠出。 そう、たったの三日! その予定が一日ずれただけ。 合わせて四日、顔を見ていないだけ。 たったの四日だ! それなのに……。 『…足りない…』 胸の中がモヤモヤモヤモヤ…。 耳の奥にはクラウドの申し訳なさそうな謝罪する声が残っている。 彼も会いたいと思ってくれていたのが充分伝わる声音。 もしかしたら、ティファ以上にガッカリしているかもしれない。 そう感じることが出来たからこそ、辛うじて『冷静さを装う』という無意識の行動をとることが出来ている。 そのことに、ティファ自身は気付いていない…。 「もう………バカ…」 またしてもポツリ…、と呟かれたその本音は、子供達の耳にしっかりと届いているのだった…。 「ティファちゃん、こっちにビール追加ね〜!」 「こっちは『トロトロ定食』ね〜!」 店は相変わらずの混雑振りだ。 ティファはいつもと変わらない笑顔でクルクルとよく働いた。 今のティファにとって、こんなに忙しい方が逆に気が紛れて元気が出る。 「はぁい、ちょっと待って下さいネ!」 ティファの笑顔と返事に、男達はだらしなく相好を崩した…。 彼女の笑顔と働く姿は、復興の進む街の人達にとって、心の糧でもある。 美味い料理に美味い酒。 安い料金で腹いっぱい食べられる上に、店長が気立ての良い美人とくれば、人気の出ないはずがない。 その店主に、たとえとんでもなく男前な恋人がいようとも…。 『『いつも留守がちな野郎だからな、いつかはこの俺様が!!』』 そう勝手に夢見て通う者は、新顔の者になるほど多い。 常連客になればなるほど、二人の絆の深さに脱帽するしかないからだ。 まぁ、中には二人の仲を見せ付けられても諦めきれずに、ズルズルズルズルと想いを引きずっている哀れな男もいるのだが…。 「よぉよぉ、旦那はいつ帰って来るんだ?今夜、戻るって言ってなかったか…?」 壮年の顔馴染みの客が、看板息子をそっと捕まえて小声で問いかける。 少年はフワフワの髪を軽く揺すりながら首を振った。 その仕草は、少年の父親代わりに良く似ていた…。 「なんかあっちの大陸、すごい雨なんだってさ。携帯から雷とか雨の音が聞えるくらいだった…ってティファが言ってたからさぁ。だから、今夜は配達先の家に泊めてもらうんだって」 「へぇ…そりゃまた、気の毒になぁ…」 しみじみと気の毒そうに深く息を吐き出したその男に、少年は軽く肩を竦めて見せた。 またしても、この店の女主人の恋人の仕草に良く似ている…。 「しょうがないよ。無理して雨の中走って、事故でも起こしたら大変だし。それに、きっと船も欠航になってるか、もしくは酷く揺れてるか…。どっちかだよ」 「そうかい…。それにしても……」 「???」 「今夜は、お姫様のご機嫌はすこぶる麗しくないようだなぁ…」 「あぁ〜…分かる?」 小さな小さな声で男に訊ねる。 男はニヤッと笑いながら看板息子の首に腕を回して引き寄せた。 「分からいでか!あんなに分かりやすいのによぉ」 「だよなぁ。でも、あれって自分じゃあバレてないって思ってるんだぜ、ティファったら」 「そうだろうなぁ。まぁ、そこがティファちゃんの良い所なんだろうけどな」 「そうかなぁ…」 少年が真剣に男の言葉に首を傾げていると、 「デ〜ン〜ゼ〜ル〜〜!なにしてるのよぉ〜〜!」 「うわっ!!」 いつの間に立っていたのか、小さな看板娘が両手を腰に当てて仁王立ちに立っている。 可愛い容姿の少女が眦を吊り上げている様は、まるで少女の母親代わりのようだ…。 「わ、悪かったって!ちょっと営業トークしてただけじゃん!」 「ウソばっかり!そんなくだらないウソ言ってないで、さっさと仕事して!!」 下手な言い訳は『火に油』だと気付いたのだろう。 少年は顔を引き攣らせながら、「ご、ごめんなさい…」と、すごすご仕事に戻ったのだった。 その真後ろでは、看板娘が「ったくもう…」と、まだ治まらない腹の虫にイライラと愚痴を吐き出している。 男はその光景に、破顔した。 ティファはカウンターの中で食材を実に手際よく切りながら、次々入ってくる注文に頭の中で計算する。 何をどう料理したら、同じテーブルの人の料理が同時にお出しできるのか…。 効率よく調理をするには、どれを先に湯通しし、材料を刻むのか…。 それらを考えながら、一番効率が良いとおもわれる段取りを取る。 ジッと突っ立って考え込むようなことはしない。 全ては動きながら行うのだ。 なにしろ、この店にはお客様にお出しする料理はティファ一人で作っている。 少しでも効率良く、且つ、味が落ちないように。 それが『セブンスヘブン』の店長を務める者が果たさなくてはならない職務であり責務だと、ティファは考えている。 皆、一日の労働で心身ともに疲れているのだから、心身ともに力がつくような店でなくてはならない。 セブンスヘブンとは…そういう店だ。 「はい、お待たせしました。『お袋の味定食』と『ウータイ郷土料理定食』です」 出来上がった料理は子供達が大半運んでくれている。 だが、子供達には他にも仕事がある。 出来た料理を運び、空いた皿を下げ、追加の注文を聞いたり、新たな客を席に誘導したり…。 まだある。 洗い物、客が帰った後のテーブル拭き、足りない卓上調味料の注ぎ足しに、お勘定。 それらを子供達が一手に引き受けて行ってくれている。 看板息子と看板娘が物覚えがよくて本当に助かっているのだ。 そんな子供達はクルクルと良く働く。 良く働いてくれるからこそ、この店が大人一人、子供二人でやっていけるのだから…。 そして、良く働いて仕事をこなしてくれている子供達だからこそ、ティファの料理が出来上がった時、接客をしていて運べない時がどうしても出てくる。 そんな時は、ティファはサッと使い終わった鍋とフライパンを流しの中に放り込み、その上で手を洗って水を張り、少しでも洗い物がしやすくなるように工夫をしてから料理を自ら運ぶのだ。 実は、その『店長自ら運んでくれる』のを待っている常連客は……多い。 恐らく、ティファに近付こうとしている『虫』を警戒している子供達ですら、想像出来ないくらいは確実にいる。 そして、今夜。 ティファ自らが運んだ初めての料理は、彼女に運んでもらえる僅かなチャンスをモノにせん!と、ずっと願をかけていた青年だった。 青年はポーッとした表情で、手際良く料理を並べる女店主を見つめる。 周りのテーブルの若い男達が苦々しい顔になる。 「はい、ではごゆっくりお楽しみ下さいませ」 天女の微笑と軽い会釈を残してティファはカウンターに戻ろうとして…。 足を止めた。 視線の先には常連客。 その客が手に持っているものは…。 「お客様、『禁煙』されてたんじゃなかったんですか〜?」 悪戯っぽく笑いかけると、その中年の男は悪戯が見つかった子供のような笑顔を見せた。 「いやぁ…どうにもコレがないと落ち着かなくて。結局、たった一日しかもたなかった…」 「まぁ、じゃあ、お店に来た一日だけ?」 「…ということになるかなぁ…」 照れ臭そうにガシガシと頭を掻く常連客に、ティファは苦笑した。 「あんなに『俺は禁煙するんだー!』って息巻いてらっしゃったのに」 「おう!本当にあの時は禁煙する気満々だったんだ!だけどよぉ…」 タバコをくわえて深く息を吸い込む。 点いた火がポッと赤くなり、ジジジ…と先端から灰になっていく。 ティファはタバコを吸わない。 だから、タバコを吸っていた人が『禁煙』をするのは本当に強い意志と、努力が必要なのだ…、と言う話がイマイチ良く分からない。 吸わない方が身体に良いのなら、何故『禁煙』をすると、身体は『欲する衝動と戦う』という結果になるのだろう? 「吸わないと…どうなるんです?」 「あぁ?吸わないとどうなる……、う〜〜ん…そうだなぁ、なんて言うか…」 言いながら、もう一口、口に含んでうっとりとした表情で一服。 「こう、胸の中がモヤモヤモヤモヤしてなぁ。どうにもこう…イライラしてさ。我慢できなくなるんだよなぁ。落ち着かないし、なんかこう……」 腕を上げ、手を広げて大きな仕草をするが、結局ダラリ…とテーブルの上に手を落とした。 衝撃で、タバコの灰がテーブルの上に落ちる。 慌てて客は台拭きで拭った。 ティファは軽く笑いながら「大丈夫ですよ、これくらい」と台拭きを受け取る。 客は苦笑しながら詫び、再び話を戻した。 「ん〜…やっぱりこう、ずっと考えちまうわけよ」 「 ??? 」 首を傾げるティファに、客は短くなったタバコをちょい、と上げた。 「『コレ』のこと。もう、ずーっと、イライラしながら考えちまうわけ。こいつの味とか、煙を吐き出した時の感触、咥えた時の満足感!」 そう言って、もう一服、満足そうに煙を吐き出す。 「ふ〜ん、そういうもんなんですか…」 妙に感心したようにもらすティファに、客はカカカ、と笑った。 「そう!もう『タバコ欠乏症』になっちまって、どうにも仕事も手につかねぇし、頭の中はタバコで一杯なんだよな」 「『欠乏症』…」 ティファは何度か「欠乏症かぁ…」と呟くと、ニッコリ笑った。 「ありがとう、良いこと教えてくれて!」 「はぇ?」 「ふふ…、そっかぁ、『欠乏症』かぁ」 訳が分からなくてキョトンとする客に気付かないのか、そのまま急に上機嫌になったティファは弾む足取りでカウンターに戻って行った。 「なんだったんだ…、あれ…」 「さぁ…」 同じテーブルに座っている友人と、『タバコ欠乏症』の客は首を捻るだけで、答えはさっぱり分からないままだったのだった…。 「はぁ……」 ところ変わって、こちらは陰気な気分で目の前の富豪の自慢話に付き合う羽目になった不幸な男、クラウド・ストライフ。 エッジとは違う大陸にいる彼は、豪雨と激しい雷の壁に阻まれ、こうして配達先のお屋敷に一泊する嵌めに陥っていた。 恰幅のよすぎるその配達先の男は、しきりに自分の娘の自慢話しを語り、聞かせていた。 魂胆が見え見えだ。 ようするに、クラウドを娘の婿に!と強く望んでいるのだ。 勿論、彼はクラウドに素晴らしい恋人と愛らしい子供達がいることを知っている。 知っているからこそ、こうして豪雨と雷と言う悪天候を利用して、クラウドを引き止め、一泊させることで、いかに自分の婿になると素晴らしい生活が待っているか…。 そのことを散々匂わせているのだ。 富豪の隣には、『これから一体、どこに行くんだ!?』と聞きたくなるほど着飾った女性が座っている。 歳は18歳。 まぁまぁの美人であることは認めよう。 しかし、ティファにはない『美しさ』だ…と、クラウドは思う。 令嬢の美しさは『飾られた美しさ』。 ティファは『生命力』の美しさだ。 根本的に違うのだから、どんなに綺麗に着飾った女性が目の前に現れても、クラウドの心を惹き寄せることは不可能だ。 そのことが、残念ながら分からない人間が多い。 誰にも話していないが、配達先の人間や、依頼主などからクラウドが受ける誘惑は非常に多い。 恐らく、仲間やティファ、子供達が想像する倍以上は軽く存在する。 その全てをクラウドは無視をした。 中には気付かないまま…、と言うケースも多数存在する。 それほどまでに、家出から戻ったクラウドは魅力的だった。 何かを守るために頑張ることが出来る男の魅力だろう…と、ヴィンセントあたりが評してくれるに違いない…。 「それでですな。うちの娘は料理も得意でしてな。今夜は娘がタルトケーキを焼いたので、それをどうぞ召し上がって頂きたい」 「いや…俺は甘いものは…」 「大丈夫!甘いものが苦手の人でも充分美味しいと感じられるような、甘さ控えめのタルトケーキですからな」 甘いものがさほど好きではないクラウドが断りの言葉を最後まで言うのを許さないかのように、富豪は豪快に笑い飛ばした。 クラウドは辟易した。 正直、いつもこなしている仕事の倍以上、疲れを感じている。 雨や雷に負けず、帰宅すれば良かった…と、この時ほど悔いたことはないかもしれない。 と…。 胸ポケットに入れていた携帯が、着信を告げた。 それはすぐに切れてしまったため、メールが届いたのだと分かる。 しかし、クラウドは『これ幸い!』として、 「申し訳ないが、仕事の電話が来たみたいなので部屋に失礼させて頂く」 なおも引きとめようとする富豪と令嬢に背を向け、宛がわれていた部屋に逃げ込んだ。 そっと携帯を開くと、今、会いたくて仕方なかった愛しい人の名前が表示される。 ドキン! 跳ね上がる鼓動に慌てて携帯を操作する。 ― 明日は絶対に帰ってきて。私、『クラウド欠乏症』でどうにかなっちゃうんだから! ― カーッ!!と、顔が上気する。 息を飲んで、その一文を何度も何度も読み返し、ギュッと胸に押し付けた。 何度か深呼吸をして、ゆっくりと…慎重に返事を打つ。 ピリリ…ピリリ…ピリリ…。 「ティファ、メール来たみたいだよ?」 少し早めに閉店したセブンヘブンの後片付けをしていたティファは、寝巻きに着替えて『おやすみ』の挨拶をしにきたデンゼルの言葉に、パッと顔を輝かせた。 そして、いそいそとメールを開く。 メールを読んでいるティファの頬が真っ赤に染まり、目が嬉しそうに潤んでいる。 「なんだろ…?」 「…クラウドからじゃない?」 「あ〜、なるへそ」 「クラウドには珍しく、ティファが喜ぶようなことを打ったのよ、きっと」 「へぇ、やるなぁ…!」 コソコソと笑いながら話している子供達に気付いたのか、赤い顔のまま、 「明日には絶対帰って来るって!」 「ホント!?」 「やったー!じゃあ、明日は休みだね!!」 「俺、クラウドにフェンリルに乗せてもらおう! 「あ〜、私もー!!」 大はしゃぎの子供達を見て、ティファはもう一度携帯を見つめた。 ― 俺も、『ティファ欠乏症』で頭変になる。だから、明日は絶対に帰る。帰ったら思い切り充電させて ― 「うん……私も充電したい…」 「へ?」 「何か言った?」 はしゃいでいた子供達がキョトンと見つめる。 ティファは慌てて取り繕おうとしたが……。 「ふふ、内緒」 悪戯っぽく笑いながら軽く舌を出して見せた。 そんな子供っぽい仕草に、子供達はパーッと花が咲くように笑う。 「あ〜、ズルイー!」 「教えてよぉ!」 追いかける子供達から逃げながら、ティファは返信をどうしようか…と考えていた。 ― お互い『欠乏症』だなんて、しあわせね ― そのメールがクラウドに届くまで、あとちょっと。 あとがき マナフィッシュはタバコを吸いませんが、沢山の喫煙者に囲まれて仕事しているので、なんとなく『欠乏症』ってこんなんかなぁ??と思いながら書いてみました。 二人にとってもこうだったら嬉しいのになぁ〜♪ お付き合い下さり、ありがとうございました! |