「はっ!?!?」

 目の前の無愛想&口下手&無表情男を、シドは穴が開くほど眺めた。



君に一番相応しいものを




「わ、わりぃけど……も一回言ってくれるか……?」
 ポトリ…。
 咥えていたタバコがシエラの手によって拭き清められたテーブルに無残な汚れをつけた。
 クラウドはその灰をジッと見ながら………というよりも、むしろ顔を上げられない気恥ずかしさからモゴモゴと口を動かした。
「いや……だから……」

 ソワソワソワソワ。

 何度かタバコの灰とシドを行き来していた魔晄の瞳が、意を決したようにギュッと瞑られる。


「シドは…!シエラさんに……その……………」
 段々尻すぼみになる言葉。
 それによって最後は聞き取りづらくなってしまう声。
 シドはそれを笑う気には到底なれなかった。
 ただただ、あんぐりと口を開けて目の前の青年を見る。

 かつての旅の時、最初は頼りになるのかならないのか分からない青年だった。
 それが、いつの間にか頼もしいリーダーとなり……あの辛い旅を勝利に納めた。
 その後、青年自身が星痕症候群に侵され、家を出た…という大きな衝撃に出くわしたものの、星の恵みによって彼のみならず、星痕症候群の被害者達は癒された。

 さて。
 そんな平穏な日々にシドは少しだけ、退屈していた。
 勿論、WROの局長であるリーブからは、再三呼び出しを喰らって飛空挺技師達の指導をさせられている。
 だが、それでも!!

 今日もたらされたこの衝撃の話しの方がより刺激的……というよりも、青天の霹靂だ。

「おめぇ………」

 そう言うのが精一杯。
 まさか…。
 まさか、目の前の唐変木が!!
 あろうことか、世の人々が浮き立つ行事に興味を示したばかりでなく、自分のところに相談に来るとは!!!

「……くぅ…」

 思わず目頭を押さえて涙を堪えた仲間に、クラウドは真っ赤な顔をして、
「シド!いくらなんでも大袈裟だ!」
 大きな声を上げる。
 気を利かせて席を外していたシエラが、その大声にひょっこりと隣の部屋から顔出した。
 そして、冗談ではなく本気で感動し、目頭を押さえている夫に目を丸くして駆け寄った。



 話しはほんの十五分ほどに遡る。
 突然、シド・ハイウィンド家のドアを叩いたクラウド・ストライフに、その家の主である男は目を丸くした。
 こうして急に訪れることなど滅多にないのだ。
 どこぞの忍びならいざ知らず…。

「なんでぇ、どうした?」

 もっともな問いかけに、金糸で癖のある髪を持つかつての旅のリーダーは、非常に落ち着きなくそわそわとしっぱなしだった。
 彼の事を知らない第三者なら、別段『なにか困ってるのかな?』くらいにしか受け止めないであろうその仕草は、彼を知るものにしたら『なにがあったんだ、この野郎!!』と焦燥感に駆られるには充分なもので…。
 動揺しながら自宅に招きいれ、愛妻にコーヒーを煎れてもらってから彼女に席を外すよう………言う前に、良妻であるシエラは『じゃあ、ゆっくりして下さいネ』と、笑顔を残して隣の部屋に引っ込んだ。
 出来た妻に、知らず顔がにやける。
 慌てて顔を引き締め、青年から嫌味やからかいが飛んでこないか警戒をしたが…。

「 ??? 」

 全く自分を見ていなかったらしいクラウドは、ジッと俯いて何やら葛藤している様だ。

「おい」
「………」
「おいってばよ」
「………」
「クラウド!」
「 !! な、なんだ?」

 ビクッと顔を上げたクラウドに、シドは眉を寄せた。
 なんともまぁ、今日のクラウドは彼らしくない。
 そわそわしているところとか、思いつめている所とか。
 いつもは完璧なポーカーフェイスで、滅多に表情や態度が崩れることなどないのに。

「おめぇ、なんかあったのか…」

 恐々訊ねてみる。
 ここまでクラウドの様子がおかしいのは、絶対に彼が一緒に住んでいる家族が絡んでいるはずだ。
 クラウドの家族は自分にとっても、仲間達にとっても大切な存在。
 何かあったのならば、すぐにでも緊急招集をかけて全員で一致団結、即刻問題解消に乗り出さねばならない。

 そう気負うシドに…。

「いや……その、今日はちょっと相談があってな……」
 なんとも歯切れの悪い返事をする。
 シドは浮きかけていた腰を再び下ろし、訝しげな顔を向けた。
「おい…じゃあなんだってんだよ。ユフィじゃあるまいし、いきなり来といて『なんでもない』なんてつまんねぇ事言うなよ?」

 ねめつけるような視線に、クラウドはますます居心地が悪そうな顔をした。
 そのまま、シエラの煎れてくれたコーヒーに手を伸ばす。
 心を固める為にグッと熱いままのコーヒーを飲み干し、直後に「つぅっ!!」と、焼け付く口内に目に涙を浮かべて片手で口を覆った。

 よくもまあ、吹き出さなかったものだ……。

 ありえないその動揺ぶりに、シドは心配を通り越して唖然とした。

「おい…おめぇ何やってんだ…」

 呆れ返った口調で徐(おもむろ)に立ち上がり、冷凍庫から氷を一個、グラスに放り込んで無言で渡す。
 これまた涙目のまま無言で受け取って慌てて口の中に放り込み、クラウドは暫く口内の火事を鎮火することに専念した。


「んで?なんだよ、今日は」
 はぁ…。

 溜め息と共に話を振る。
 クラウドは醜態を晒してバツが悪そうにしていたが、やがてとうとう覚悟を決めたのか顔を上げた。



「シドは今度のバレンタインでシエラさんに何をするんだ?」



 シドは石化した。
 そして冒頭に戻る。

 シエラに再び席を外してもらえるようお願いし、シドは改めて目の前の青年を見た。
 耳まで赤くし、視線をウロウロと膝辺りに彷徨わせる迷える子羊…。
 まさか!
 あの朴念仁で無愛想で無頓着で世の中の浮き立つお祭りごとには『興味ないね』と、無関心を貫き通していたこの男が!!


「おめぇも……でかく成長しやがって……!」


 クッ…。

 込上げる感動がそのまま素直に涙腺を刺激する。
 クラウドが真っ赤な顔を上げ、恨めしげに睨むが全く迫力がない。


「悪かったな。もういい、帰る!」

 恥ずかしさのあまり顔から火を出しながら、クラウドは荒々しく立ち上がった。
 それを「バカ言え、ほれ座れ!」と引きとめ、自身は向かい合わせの席からクラウドの隣の席に移動した。
 クラウド自身、元から本気で帰るつもりなどなかったのか、彼にしては大人しく再び腰を下ろした。


「……まぁ、俺は単純に花束にしようかと思ってるがなぁ…」
「花束……か…?」
「おう…」

 声を潜め、モゴモゴと呟くように白状したシドに、クラウドは真剣な声で応えた。
 二人共、顔が真っ赤だ。
 シドも恥ずかしいのだ。
 これまで、愛妻には特になにもしてこなかったわけではないが、妻に迎えるまでの己の仕打ちを考えると、とてもじゃないが一生かけても償えるとは思えない。
 それに伴い、彼女への愛情が益々深まる。
 故に!!

「俺様だって恥ずかしいんだが、シエラの奴が喜ぶから……」

 ボソボソ。

 真っ赤な顔をした男が若干小さくなって密談中。
 怪しさ満載の構図だが、幸いこの家の女主人は盗み見をするという悪趣味は持っていない。
 そのお蔭で、誰にもその怪しい構図は見られることもなく……。

「花………か」

 ボソリ…。
 無意識に顎に指を添え、クラウドは考えた。
 これまで、花を彼女に贈ったことがない……ことはない。
 何回かは贈った事がある…意外にも!
 まぁ、しかし特別な意味合いを込めて贈った事はなかった。
 子供達の策略にかかって贈ったことが一回。
 あとは…まぁ、野花が綺麗だったので摘んで帰ったことが数回と、エアリスの教会の花を鉢に入れて帰ったことが度々。
 こうして考えてみると、想いを込めて花を贈ったことはなかった。

「それも…良いかもしれないな…」

 呟かれたその言葉に、シドははにかむように笑って、
「おう!そうだろ!?」
 クラウドの癖のある髪をクシャリと撫でた。


「ところで、その花の種類は何にするんだ?」
 真っ赤な顔をしてシドの腕を払いのけて、ハッとして訊ねる。
 これまたクラウドに負けず劣らず、真っ赤になると、
「そ、それはそのよぉ………、気持ちを表すもんだよ……」
 顔を逸らしてモゴモゴと答えた。

「…だから、その気持ちを表す花ってなんだよ…?」
「おま…!!それを聞くか、普通!」
「いや…花の意味なんか知らないんだから仕方ないだろ!?」
「な…!……そんなの…花屋の店員にでも聞けよ!」
「それこそ店員に聞くほうが恥ずかしいじゃないか!」
「じゃあなにか?お前は俺と同じ種類の花を買うのか!?」
「 !? …………………………いや……参考に…………」
「…その間が気になるぜ…」
「………」
「………」

 シーーン。

 なんとも微妙な空気を漂わせて沈黙が支配する。
 二人共黙ったまま、俯いてソワソワしているだけだ。
 何も言わないその光景が、本当に気味悪い。
 まぁ、何度も言うが、この光景を見るものは誰もいないのだが…。

「…にしてもよぉ。バレンタインって一般的には女が男に想いを伝えるべく、チョコを渡す日なんだが、なんだって急にティファに…?」
「……な、なんだって良いだろ……別に……」
「よかないだろ?貴重な休日をお前の悩み相談室で使われてるっつうのに」
「…………」
「ま、別に良いけどよぉ。なんならティファに直接何が良いか聞いて」
「バカ言うな!!やめろシド!!!」
「わっ!冗談だっつうの!!いてー!いてーって!!」

 ニヤリ…と、笑って携帯を出したシドに、クラウドが真っ赤な顔をして飛び掛った。
 素人相手なら、シドは余裕でかわして「冗談だって!」と笑うところだが、相手はかつてのリーダーだ。
 慌てて本気で飛び掛ったクラウドをかわせるはずもない。

 どんがらがっしゃーーん!!!

 ど派手な音を立てて、ダイニングが派手に荒らされた。
 シエラがビックリして飛び込んできたのは言うまでもない。





「すまなかったな、シド」
「良いって事よ、また来いよ!」

 なんとも消化しがたい気持ちを抱えたままだが、クラウドは帰路につくことにした。
 帰りの船に間に合わなくなるし、なんとなくシドの言うことがもっともな気がしたからだ。

 シドの言う通りの花を買ったとしたら、それはいくらクラウドが想いをこめたとしても『二番手』でしかないだろう。
 それに、花屋の店員に意見を求めるのも恥ずかしいと思いつつ、『餅は餅屋』という諺もあることだし…。


『ま、まぁ、この季節、俺だけでなくほかにも同じ様なアドバイスを求める人間はいるだろうしな』


 強引に自分を納得させ、エッジに向けてハンドルを切る。

「クラウドさん…なんだったんですか?」
「まぁ……男にしか分からない悩みだな…」
「そうですか…」
「おうよ」
「でも…」
「あん?」
「私は、貴方が何をくれたとしても、本当に嬉しいわ」
「 !? 」
「ふふ」
「………お、おお…………そうか…?」
「ええ!」
「……そっか…」

 ボリボリボリ。

 恥ずかしげに顔を赤くしてそっぽを向く夫に、シエラは穏やかな微笑みを浮かべてそっと腕を組んだ。
 結局はこの聡明な妻には敵わないことを痛感しつつ、シドは遠ざかる青年の背を見送った。
 彼の想いが彼女に真摯に伝わることを祈りながら…。






「だからって………何が良いんだ……?」

 エッジのとある一軒の花屋で、クラウドは途方に暮れていた。
 昨日、ジュノン行きの船に乗り込み、予定通りエッジに帰りついたわけだが、何をどう頼んで良いのか分からない。
 そもそも、シドと別れてから店員に助言を請うと決めたのに、何故独りで途方に暮れているかと言うと…。

「お姉さん、これで良いかな?」
「兄ちゃん、こっちはこれでも良いもんかな?」
「姉ちゃん、悪いがこっちも…」
「あ、俺も…」
「僕も!」
「我輩も!」

 満員御礼なのだ。
 小さな花屋は男達で溢れ帰り、むさくるしいことこの上ない。
 いっそ、他の店にしようかとも考えたが、セブンスヘブンから遠い店で評判の良い花屋はここしかなかった。
 万が一!!
 バレンタイン当日までに彼女や子供達が勘付くと困る。
 何分、自分と彼女は有名人なのだ。
 望むと望まざるとに関わらず、こんな『行事』に参加したことが一般市民……特に、店の常連客達にバレでもしたら、それこそエライことだ。
 というわけで…。


 ひたすらジッとクラウドは耐えるしかなかった。
 客達が引くのを待つに待って……!
 青空が茜色に染まるまで……!!
 店員である若い男女が訝しげに見つめつつも、話しかけるチャンスが巡ってくるのをひたすら待った。


 二度と、花束なんか買わない!!


 心に強く誓ったクラウドが花屋から出たのは、一番星が空に煌く時刻だった。
 携帯には家族からの着信が三回入っている。
 いずれもマナーモードになっていたことと、クラウドがいっぱいいっぱいだったことから留守番電話に切り替わっていた。


 ― クラウド…なんだか遅くなってるみたいだけど大丈夫?また連絡出来る様になったら電話をちょうだいね ―
 ― クラウド!今どこにいるの?今日は夕飯一緒に食べられる…って言ってけど、大丈夫?一緒に食べられるなら……嬉しいなぁ…。また電話してね! ―
 ― クラウド、今どこだ?俺もマリンもティファもめちゃくちゃ心配してるんだぞ?何かあったんならそのままでいいや。もしも電話出来るならすぐに電話してくれ。でないと、WROのリーブのおっちゃんにお願いしてクラウドの走査をしてもらうから!必要なかったらすぐに電話くれよな!! ―


 最後のデンゼルの留守電に、クラウドは慌てて電話をかけた。



 ― 深紅なバラとカスミソウだけで充分だと思いますよ ―
 ― 深紅なバラは『熱烈な愛』って意味を持ってます ―
 ― カスミソウは『清らかな心』『無邪気』という意味もありますが『感謝』という意味も持ってるんです ―
 ― 深紅なバラと真っ白なカスミソウだけで充分綺麗に彩れますし、逆に純粋な想いが相手の方に伝わりやすいんじゃないでしょうか? ―



 花びらが散ってしまわないように入念にラッピングしてもらって、袋に再度入れもらって。
 クラウドは花屋を後にした。

 ― ― ハッピー バレンタイン ― ―

 店員二人に笑顔で見送られながら、クラウドは頬を緩めた。


『旦那、バレンタインは何もティファちゃんにしないのかい?』
『 ? あれは女が男に好意を伝える行事じゃないのか?』
『甘いね。それはお菓子業者がかってに持ち出したフレーズだ。本当は男女問わず、想う相手に自分の心を贈る日だ』
『そ、そうなのか!?』
『ってことは、旦那、去年は何にもしなかったんだな……』
『……去年は……それどころじゃなかった…』
『まぁな。色々あっただろうからよぉ。それは、世の中全部がそうだったさ。でもよ…』
『 ? 』
『今は平穏無事なわけだ。世の中も、旦那の家族も』
『 ……まぁ……な 』
『ティファちゃんはモテるからなぁ。今年は贈り物が大変だろうぜ』
『 !? 』
『ま、ティファちゃんに限って浮気はないと思うが、気持ちは伝えられる時に伝えとかないと後悔するぜ?』
『…そうだな…』


 数日前の店でのやりとりが思い出される。
 幾分か、その常連客に担がれた気もしないでもないが、彼の言うことはもっともだ。
 伝えられるときに…想いを伝えないと…意味がない。


 花束を渡した時のティファの顔を想像し、クラウドは目を細めた。
 彼女の満開の笑顔が容易に瞼に浮かぶ幸せを噛み締めながら…。





 いつもありがとう。
 心から愛してる君に、感謝と想いを込めて…。



 あとがき

 本当は、バレンタイン自体、恋人たちの行事ではありません。
 聖バレンタインという人が昔、処刑された日なんですよね。
 ですから、とある国では『血のバレンタイン』と呼ばれているのは有名です。

 でも、日本は昔から『お祭り好き』な国ですから、何かとお祭りにしちゃいますよねぇ。
 クリスマスも正月も…。
 クリスチャンでもないのにクリスマスをお祝いしたかと思ったら、数週間後にはお正月で神社に参拝する。
 実はマナフィッシュ、日本のそういう『八百万(やおよろず)』的な考えが嫌いだったりします。
 それで、色々と行事ごとに関して話を書かなかったんですが、なんとなく今回の話は書いてみたくなりまして…(笑)。

 いずれにしても、クラウドとティファが幸せならそれでオッケーです♪
 ………なんていい加減な管理人だ…。