君の言葉
それは、本当に偶然だった。
たまたま、配達の仕事が午前中で終わり、予定よりも早く帰宅できた。
すると、たまたま子供達は遊びに行っていて、彼女は調味料等のちょっとした買い物に出掛ける、とのメモが残されており、家には誰もいなかった。
『買い物くらい、電話してくれたら俺が行ったのに』
そう思うが、きっと彼女は俺にそうさせないように、わざわざメモを残したんだろう。
仕事がない日は、なるべくゆっくりして欲しい…。そう思われている事が手に取るように分る。
そして、誰もいない家に独りで過ごし、仕事の疲れを取る…などとつまらない事をする必要がないくらい、全く今回の仕事では疲労が溜まっていなかった。外を見ると、たまたま天気予報が当たって、絶好の散歩日和であった為、何となくブラブラ歩くのも良いか…という珍しい気分になったのだ。
たまたまが重なったその日、久しぶりにのんびりエッジの町を散策していた俺の眼に、見慣れた後姿が飛び込んできた。
見間違うはずのないその後姿は、あっという間に人ごみの紛れてしまった。
迷うことなく足を彼女の方角へと向け、足早に歩くと難なく彼女の後姿を再び視界に捉えることに成功した俺が、彼女の隣に誰かが連れ立って歩いているのを見てしまった事も自然な成り行きだった…。
― 一体誰だ? ―
彼女の隣を当然の様に、実に自然に歩く若い男。身なりはこざっぱりとしていて、良く言うと人の良さそうな風貌、悪く言えばどこにでもいる雰囲気を持った男だ。
彼女は彼と談笑しながら買い物袋を抱えて歩いている。
男の方も満面の笑みを浮かべ、恐らく彼女の買い物の一つであろうと思われる紙袋を抱えていた。
周りから見れば、まさに恋人同士以外の何物でもないその光景に、俺は全身が心臓になってしまったかの様に、激しく動悸がするのを抑える事など不可能だった。
楽しそうな顔をしている彼女を見て、思わず足がすくんでしまう。
これ以上、彼女とあの男の中睦まじい姿を見る事など耐えられない!
それなのに、震えながらも足を止める事が出来ず、嫌だ!と思うのに視線を外せない。
彼女達以外、何も眼に映らないおれに、何人もの人がぶつかって非難めいた眼差しを向けたようだったが、その時の俺にそんな事は全く気にならなかった…と言うより、気にするだけの余裕が微塵もなかった。
やがて2人は、店までの道のりの途中にある小さな公園で立ち止まり、男が彼女を促して公園へと入って行った。
公園には何人か子供達が滑り台や砂場で遊んでいたが、デンゼルとマリンの姿はなかった。
公園のベンチに並んで腰掛けている2人を、遠くからコソコソ眺めている俺は、きっと周りから見たら非常に怪しい人物だったに違いない。
何を話しているのか、2人共とても楽しそうだ。
硬くこぶしを握り、彼女達から背を向けて歩き出そうとする。が、どうしても足が言う事を聞いてくれない。しかも、あろう事か気が付けば彼女達に気づかれない様に、そっと2人の腰掛けるベンチの背後に廻り込んでいた。
ベンチの後ろは、木々が植えられており、盗み聞きするにはまさにうってつけだ。
自分自身の行為の卑しさに嫌悪感を抱きつつも、どうしても聞き耳を立てずに入られなかった。
俺の知らない男と楽しそうに話している彼女を、どうしてもそのまま後に残して去る事が出来なかった。
そして、2人の前に姿を晒して彼女を無理やりに連れ帰る事も…出来なかった…。
彼女と男の関係を知りたい、という自分と、知りたくない、と言う自分が俺の中で激しくせめぎあっていた。
もし、仮に、俺が家を出ている間、彼女を支えていた奴だったとしたら…!?そんな恐ろしい疑問が頭をよぎる。
そして、それが事実だったとした場合、俺はこの先どうしたら良いんだろう…。
本当は、家に戻ってからもずっと考えていた。俺が家を出ている間、彼女に言い寄る男はそれこそ掃いて捨てるほどいただろうって。
そして、こう思ってもいた。彼女がそんな男になびくはずがないって。
目の前の光景に、どうして今までそう自分に都合の良い考えが出来たのか不思議でならない気がする。
例えば、家を出ている間に残された、俺を心配する留守電のメッセージや、帰ってからも彼女の代わらない温もりや、その他数え上げたらきりがないけど、そういった諸々の事で、彼女には俺しかいない…、そう勝手に自惚れてたんだ。
笑っちゃうよな…。結局、俺は自分の事ばかりで周りの事なんか少しも見る事が出来てなかったんだ。
自己嫌悪に陥っている間も、彼女達の会話は楽しげに続いている。
内容は、最近出来た雑貨屋の事や、レストランの事、デンゼルやマリン…、そして俺の事。
俺の名前を彼女が口にした時、もうこれ以上は強くなりようがないと思っていた鼓動が、更に激しく打ち付けた。
口から心臓が飛び出そうって、この事を言うんだろうな。
俺の話をしている彼女は、気のせいでないなら…、とても優しくて、今までの会話の中でも一番嬉しそうだった。そうであって欲しい、という俺の願望のせいだろうか?
すると、突然それまで彼女と楽しげに話していた男が、むっつりと黙り込み、顔を伏せた。
訝しがって彼女が声を掛けると、意を決したように顔を上げ、彼女の手を強く握り締めた。
「ティファさん、どうか怒らないで聞いて欲しい。俺はずっとあなたのことを想っていた。彼が、クラウドさんが家出をする前からずっと。そして、戻ってきた今でもその想いはは変わらない。彼が家出をしている間、何度あなたにこの想いを告げようかと思ったか!でも、あの頃のティファさんは、出て行ったクラウドさんの事で心が一杯だったし、何より、心が弱っている貴女に告白するのは…何て言うか、フェアじゃない気がしたんだ。だからずっと黙ってた。でも、クラウドさんが戻った今、ティファさんはクラウドさんが家出をする前以上に彼を労わっている。正直、俺はそんな彼を許せない。小さい子供達を残して、あなたに全て押し付け、勝手に出て行ったのに、何もなかったかの様に当然の顔で帰ってきたクラウドさんを!あなたは、あんなに傷つけられたのに、どうしてあんな彼にそうまでして尽くしてるんですか!?何故そこまで彼が好きでいられるんだ!?俺は…、俺なら、あんな事は絶対しないし、あなたをもっと大切にする!そう誓える!!だから…、だから俺との事も考えて欲しい!!」
男の言っている事は正論だ。
俺は勝手に出て行った。彼女独りに全てを押し付けて。
何もかも投げ出し、逃げ出した俺を、彼女はどこまでも信じ、そして受入れてくれた。
そう…、俺には彼女に大切にされる資格などありはしない。
それなのに、その事に目を背け、彼女の行為を甘んじて受けていた俺は、何て身勝手な人間なんだろう。
木陰に隠れて独り、唇をかみ締め、眼を強く閉じる。自分への嫌悪感と怒りでどうにかなってしまいそうだ…。
そんな俺の耳に、彼女の次の言葉が突き刺すように響いてきた。
「あなたはそう言うけど、私、…クラウドの事『好き』なんじゃないのよ…?」
― 好き…じゃ…ない…? ―
この瞬間、俺の全てが止まった気がした。
鼓動も、感覚も、感情も…俺を形作る全てが…。
頭が真っ白になる。
好きじゃない…なら、…それなら、どうして彼女は俺と一緒に生活している?
同情? 義務感? それとも……!?
閉じていたはずの眼はいつの間にか開いていた。自分の意志でなく、全くの無意識で彼女と男を虚ろに見やる。
そんな俺に当然2人は気付かず、男はティファの言葉に力を得たのか気色ばんで身を乗り出した。
「好きじゃないなら…!それなら!!」
「あのね、違うの」
そんな男の手をそっと手を離し、彼女は今までの会話の中で一番優しく微笑んだ。
「あのね。『表現』が違うの。『好き』じゃ全然足りないの。『愛してる』の。」
その瞬間、俺の中でずべての感覚が、感情が息を吹き返した。
暗かった視界は急激に明るさを取り戻し、止まっていた鼓動が逆に激しく、力強く打ち始める。
一気に頬が熱くなるのを感じる。
声が漏れそうになって、慌てて口元に手を当てた。
そんな俺の前で、更に彼女はこう言ってくれた。
「私が彼を愛しているから、彼が戻ってきてくれて本当に今、幸せなの。それに、あなたはクラウドの事を間違って見ているわ。彼は家を出た時も、そして、家に戻った今でもとっても苦しんでるの。家を出た時は、私や子供達に真実を打ち明けられない為に苦しみ、更に目前に迫った死の恐怖、そういった沢山の事でとても苦しい思いをしていたわ。帰って来てくれた今では、家を出た事を悔いて毎日苦しんでる。彼は、あまり表情に『出ないし』、『出さない』から、周りから見たら平然としているように見えるかもしれないけど…私には、わかるの、痛いくらいに、ね」
目の奥が熱くなる。
彼女は、どうして俺の、俺自身すら気付かないような心の奥まで分ってしまうんだろう。
どうして、黙って見守ってくれるんだろう…、こんなにみっともなくて弱い俺の事を…!
「彼を誰よりも愛してるから、彼がした事を受入れるなんて事、私にとっては何でもないわ。もちろん、家出されてる間は本当に辛かったし、悲しかった。でも、辛かったのは、彼が出て行った理由を知らなかったから。そして、悲しかったのは、理由を話してもらえる存在に、私がなれなかったから…。結局、彼にとって頼れる存在は…。」
そこで彼女は寂しそうに微笑んた。
ああ、きっと彼女は『彼女』の事を思ってるんだろうな…。実際、家出をして行き着いた先が、あの教会だったんだし…。
ちくりと胸が痛む。
しかし、そんな俺の目の前で、彼女は再び微笑むと
「でも、結局クラウドはクラウドなのよね。彼が何をしようと、何を考えようと、何を秘めていようと。その全部が、クラウドなんだって思うの」
そんな彼を愛してるの。だから、もう二度と『私に全てを押し付けた』って言葉は口にしないで…。
そう言うと、彼女は呆然とする男を残し、「荷物持ってくれてありがとう」と、全ての買い物袋を抱えると、公園を去っていった。
あの後、どうやって家へ戻ったのか正直覚えていない。
気が付けば店のドアの前に立っていた。
きっと、彼女は今頃開店準備に奔走しているだろう。
でも、俺はそんな彼女を強く抱きしめて、離すことなど出来ないに違いない。
そして、俺も伝えよう。
彼女が俺に与えてくれた、俺にとっての『命の言葉』を…。
君の言葉一つで、俺は生きていく事が出来るって事実を…。
あとがき
マナフィッシュにとって、ティファの中でのクラウドの位置は絶対だと思ってます。
そう、クラウドがティファを想っているよりもずっと強く!(ああ、石投げないで下さい(><))
だからティファは、ずっと留守電にメッセージを入れ続け、必要な時に叱咤激励し、全てが終わった時、
何も言わずに極上の笑みでクラウドを迎えたと思います。
はい、全部マナフィッシュの妄想・願望です(滝汗)

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