青と白のコントラストが美しい雄大な空を背景にそれはあった。 確かな足取りでそこに立つとクラウドは一呼吸置き、口を開く。 「遅くなってごめん」 しゃがみ込み、白と黄色の花で作った花束をそっと置くとクラウドは一歩離れてその小さな白い石碑を見た。 −ニブルヘイムを愛せし民ここに眠る。星の中で安らかなる眠りを経て後、再び新たなる命に生まれ変わらんことを− 石碑の文字をそっと指先でなぞり、クラウドは目を細めた。 魂(こころ)を継ぐ者久しぶりに踏む故郷の土は記憶通り硬い中に柔らかさを秘めており、頬を撫でる風はエッジに比べてひんやりと冷たかった。 ニブル山から吹き降ろす風はいつも乾いて冷たい空気だったことを改めて思い出す。 クラウドは暫くその石碑に刻まれた文字を見つめていたが、意外にも自分の心が凪いでいることに小さく驚きながらもどこか誇らしく思い、淡く笑(え)んだ。 「この前久しぶりに来たらこんなものが出来てたから少し驚いた…でも、良かった。こういうのがある方が気持ち的にいいよな」 言葉を切り、まるで目の前の石碑に誰かの面影を映しているかのようにクラウドの声は柔らかい。 「それに、母さんだってやっぱり嬉しいよな…?」 ニブルヘイムで起きた惨劇。 その惨劇は神羅グループによって隠蔽された。 しかし、2年前のジェノバ戦役により神羅の犯した大罪が世に明らかにされると、少しずつ犠牲となった村や町では犠牲者を悼む人々の心が形となって表れるようになった。 ニブルヘイムではこの石碑だ。 小さな小さな石碑は村の隅っこにひっそりと建てられている。 しかし、村の中で一番見晴らしが良く、一番日当たりの良い場所であることがクラウドにはすぐ分かった。 嬉しかった。 今、ニブルヘイムに住む住人はほとんどが新たな住まいを求めた人たちではあるのだが、その中にほんの少しだけ、世界中へ散った故郷の人間が帰ってきていた。 彼らは自分達の同郷の人間の悲惨な末路を哀しんだ。 遺体は既に神羅が処分していたため墓も作れない。 ならば、と石碑を作ったのだ。 しかし、小さな村に仰々しいものは相応しくない上、金も無かった。 集めた大切な金で作ったのがクラウドの目の前にある。 「石碑のことを知ってたら俺たちもなにか出来たんだけど、知った時にはもう完成して時間が経ってたんだ」 だから、なにもしてやれなくてこんな花束しかなくてごめん、とクラウドは続ける。 今、彼の目の前にある石碑には亡き母の顔が浮かんでいた。 いつも元気で明るく、不出来な息子が村の人たちに疎まれているというその逆境の中でたった1人、全身全霊で慈しみ、育ててくれた。 思い返せば親不孝なことしかしていない。 それが、大人になった今、こんなにも悔やまれる。 もっと早くに気づいていれば…と思わずにはいられない。 後悔先に立たず、とはよく言ったものだ。 暫く石碑を見つめながら思い出に浸る。 同年代の子供たちが楽しそうに遊んでいるのをひねた目で遠くから見ていると、お前も声をかけて仲間に入れてもらえばいいのに、とカラリと明るく言ってのけた母に向かって、ツンと澄まし『興味ないね』と言ってしまったこと。 ティファの誕生日に密かにプレゼントを贈ろうとして母に見つかり、咄嗟に『これ…母さんに』と誤魔化すように渡した後、母の手からちゃんとそれはティファへと渡されていたことを後で知ったことや、それがあまりにも恥ずかしすぎて『余計なことするな、母さんの勘違いだ!』とバレバレのウソを口走ったこと。 その時の母の困ったような笑い顔。 『お前はもう少し素直になったらいいのに。誰に似たのかしらね、そのテレ屋で頑固で捻くれたところは』と、母は小さな溜め息を吐いた後、やっぱりニッコリと安心するような笑みを浮かべてくれて、ホッとしてしまったこと…。 「……情けないことばかり思い出してしまうな…」 苦笑し、ふと思う。 今、自分が浮かべた苦笑いはもしかしたら母に少し似ていたのかもしれない…と。 鏡が無いから良く分からないが、きっと似ていると思う。 似ていてくれたら…と思う。 母の苦笑いには愛情が篭っていた。 自分の全部を見透かしているようなその苦笑いは、いつも居心地が悪いような気にさせられた。 そのくせ、何故か安心したのだいつも。 だから、居心地が悪いと感じるくせに逃げ出したいとは思わなかったし、微かな苛立ちを感じながらも『拗ねる』域から出ることは無かった。 絶大な信頼を寄せていた唯一の相手が母だったと気づいたのは村を出て暫くしてから。 神羅兵としてのツライ日々を送るようになってからだ。 澄ました態度しか取れない捻くれ者の自分は当然、同期の人間にも先輩にも好かれなかった。 唯一かまってくれて、可愛がってくれたのはザックスだけだ。 その時になって初めて母のありがたみをかみ締めた。 しかし、結局その感謝を伝えられるほど大人になる前に母は逝った。 本当に今さら過ぎることが人生には多すぎると思う。 母への感謝。 親友への気持ち。 仲間への想い。 全部、いなくなってから確たる言葉として胸に宿った。 もっと早く、大人になることが出来ていたら…と思わずにはいられない。 自分の弱さやみっともない姿を認められるだけの『強さを備えている大人に』なれていたら、ほんの少しくらい母やザックス、エアリスへ相応しい言葉を贈ることが出来ただろう。 今さらそう思っても詮無いことだが。 背後の気配に気づき、クラウドは振り返らないまま口元を微かに綻ばせた。 胸の中で、自分を探しに来たらしいその人物を母に紹介するとゆっくり立ち上がった。 「なんだヴィンセント?」 振り返ると予想通り、紅玉の瞳を不機嫌一色に染めている仲間がいた。 赤いマントを風に好きになぶらせながら、むっつり顔を更にムスッとさせていたヴィンセントは口を開いたものの石碑に気づき表情を改めた。 それは本当に微かな変化で他の者なら見逃していただろう。 しかしちゃんとクラウドはヴィンセントが死者へ敬意を払うべきだと瞬時に気持ちを切り替えたことに気づいた。 律儀な仲間に心の中で笑みを浮かべる。 「お前がちゃんと時間通りに帰って来ないようなら引っ張って来い、とユフィから電話があった」 「……」 クラウドは肩を竦めた。 小さく首を振りながら石碑へ向き直る。 言葉にせずとも自分がちゃんと決まった時間までに戻るつもりだったとヴィンセントには伝わったのだろう。 それ以上何も言おうとせず仲間は隣に立つと黙って石碑を静かに見つめた。 「これが出来た時…」 唐突に口を開いたクラウドにヴィンセントはチラリと視線をよこしたが黙っていた。 「俺もティファも、もう少し早く知っていたらなにか出来たのにって話したんだ。それを今、母さんに話してたところだ」 「そうか」 「でも…」 言葉を切って苦笑する。 「なにが出来たんだろうって思うんだ、実際知ったとして俺とティファにさ。多分、費用を一部出すとか、資材を少し提供するとか、その程度のことしか出来なかっただろう。だったら、今とあんまり変わらないって」 ヴィンセントは訝しげにクラウドを見た。 クラウドの言わんとしているところが良く分からない。 クラウドは横顔でその視線を受けながら石碑から目を離さず、小さく目を細めた。 「結局、村の皆や母さんに起こったことは変えられないし、母さんにしてやれなかったという過去も変えられない。なら、石碑を建造するに当たって何か携わったとしても、結局それは自己満足にすぎないだろうし、それで昔のことを無かったことに…とまではいかなくても、少し大目に見てくれるよなとか、そういう勘違いをしたかもしれない、とか……」 一旦口を閉ざして溜め息をつくように息をつき、小さく肩を竦めながらヴィンセントを見る。 「ようは、自分の気持ちのありようが少しだけ変わっただけにしか過ぎなくて、こう、いつまでもグズグズ考えてしまう自分は結局変えられないというか、うん、上手く言えないけど…」 少し照れたようにヴィンセントの視線から逃げるようにして目を逸らし、石碑へ目を戻す。 「とっくに星に還ってしまった母さんに今、俺が出来ることって自己満足以外でなにが出来るんだろう…って…ちょっと考えた」 ヴィンセントは少しだけ意外そうな顔をして、そうして目を和らげた。 なんとも。 仲間になった当時、目に付いた子供っぽさや危うさ。 それらが今、クラウドの中で別の形で成長をしている。 子供っぽさから深みのある大人へと。 2年前に、クラウドは自分の身に起きた重すぎる変化に呆気なく屈し、己の殻に閉じこもった結果、家出という幼稚な行為へ走った。 それは自分のことしか見えていなかったからこその行動であり、周りの、特に傍にいたティファやデンゼル、マリンの視点に立った考えが出来なかったということに他ならない。 だが今、とうの昔に亡くなった母の視線に立ってものを見ようとしている。 この差は大きい。 それだけクラウドがこの2年で成長したということなのだろう。 その事実だけで、星の中に眠るクラウドの母には十分なのではないだろうか? 不意にクラウドはヴィンセントを見た。 「毎年今日と言う日を忘れてティファたちに呆れられてたけど、今年はちゃんと覚えてただろ」 ヴィンセントは突然の話題の振り方にこれまでの会話との関連性を見つけられず、良く分からないまま視線だけで続きを促した。 クラウドは少し照れたように口元を綻ばせると視線を再び石碑へと戻した。 心なしかその目は石碑を…というよりも、誰かを本当に見ているかのようにはにかんでいるように見える。 「だから…さ。俺が生まれた日ってことは、母さんが”母さん”になった日なんだな…ってフッと気づいてさ。だから、今年はちゃんと俺が生まれた日に墓参り、というより、会いにこようって思ったんだ」 今度こそヴィンセントは仰天した。 今日、こうしてユフィにせっつかれてニブルヘイムに来る羽目になった時は『どうして自分が!』という苛立ちしかなかったというのに、今はクラウドの成長振りを目の当たりにすることが出来て、しかも周りには誰もおらず、従って仲間の内、誰もクラウドのこの姿を目撃していないという一種の奇跡にも近いものを手にしてしまった事実に我知らず興奮してしまう。 もっとも、ヴィンセントもクラウド同様、内心の感情が表に出ないため、第三者には全くその変化が分からないのだが。 急にクラウドはムッとした顔を向けた。 「ヴィンセント、今の話、誰にもするなよ?」 言外に『特にユフィとティファには』と込められていることを瞬時に察し、ヴィンセントは堪らず口元を綻ばせた。 「ああ」 無愛想ないつもの声音で一言頷くと、クラウドはすぐ眉を開いた。 そうして改めて石碑に向かう。 「母さんも…見てくれてるよな」 「そうだな」 「きっと…喜んでくれてると思うんだ、俺がここに1人じゃないってことを」 クラウドが村で嫌われ者だったということはあの旅の最中で知っていた。 クラウドの母がこうして友人とも仲間とも言える人と一緒に並んでいる姿を見て、喜ばないはずがない。 ヴィンセントは頬を緩めたまま小さく頷いた。 そうして、ふと近づく気配に気づいて顔を上げた。 ゆっくり振り返るとそこにいるはずのない人たちの姿に目を点にする。 が、それも一瞬。 やれやれ、と小さく首を振ってクラウドを見る。 クラウドはまだ後方から近づく人たちに気づいていない。 きっと、母への感謝や贖罪、そして誇らしさなどの思いで胸の中は滾々と溢れ、いっぱいになっているのだろう。 しかし、もうすぐ気づくだろう。 にこやかな笑顔やしてやったりとほくそ笑む顔、そして穏やかに笑(え)んでいるそれらの面々の気配に。 ヴィンセントの予想は外れなかった。 ハッと勢い良くクラウドが振り返る。 アイスブルーの瞳がいっぱいに開かれ、ポカンと口が開いていく。 そうして傍らに立つヴィンセントを軽く睨みつけた。 「…騙したな」 「私も騙された」 恨めしそうな声に即、簡潔な一言で返すとクラウドは「え?」と呟いた。 そうして、ガックリ肩を落とす。 「アンタもか…」 「そのようだな」 「…なにが時間通りに帰って来い…だ。ゆっくりする時間をくれるんじゃなかったのか…」 「もう十分ゆっくりしただろう、ということなんだろうな、ユフィたちにとって」 ブツブツ言うクラウドがなんだか無性に可笑しい気がして、ヴィンセントはいつになく言葉にしてクラウドへ返した。 そうこうしている間にあっという間にユフィたちの明るい笑い声が近づき、たった今までそこにあった静かで厳かとすら言える雰囲気は霧散した。 「クラウド、話しできたか?」 「やっぱりクラウドだけじゃズルイ!って思って、来ちゃった」 デンゼルとマリンがティファの周りから離れて駆けて来る。 途端、ムッとした顔に笑みが広がる。 優しい手つきで子供たちの頭にポンポンと手を置くと、ゆっくり歩いてくるティファへと視線を向けた。 「ごめんね、来ちゃった」 「いや」 小首を傾げるようにして微笑むティファにクラウドはゆっくり手を差し出した。 躊躇うことなく重ねてくる繊手に満ち足りた思いが溢れてくる。 そして、ティファが『ごめんね』と言ったことに対して自分の言葉が足りないことに気がついた。 今日、1人でここへ来ることを了承したくせに、結局全員で押しかけてしまったことをティファは心苦しく思っているはずだ。 「やっぱり皆で来たほうが母さんたちも喜んだだろうな、って思ったところだ」 薄茶色の瞳が一瞬丸くなり、次いで蕩けるように細められた。 柔らかな微笑みに知らず、クラウドの目も細くなる。 そんな2人にユフィがいつもの調子で茶化そうとするが、それを瞬時にシドが手で塞ぐ。 「お前な…頼むから場所をわきまえろってぇの」 呆れたような口調のシドにユフィは猛然と抗議をしようとしたが、シェルクまでもが黙ったままジト目で無言の圧力をかけてくるのでシュン…とするしかなかった。 ヴィンセントはその光景を淡々と傍観しつつ、既にユフィたちのやり取りに興味をがないクラウドたちへと視線を向けた。 優しい仕草でティファの腰を抱き寄せ、石碑の前に立つクラウドとクラウドへ全幅の信頼を寄せているのが分かるティファの姿は心温まる。 そっと顔を寄せて「大丈夫か?」と問うクラウドへ、「うん、大丈夫」と微笑み返すティファの雰囲気は柔らかいのにとても固い絆を感じさせた。 少し前には想像も出来なかった2人の成長した”現在(いま)”に仲間達は頬を緩ませた。 クラウドとティファを挟むようにして立っていたデンゼルとマリンは、手にしていた花束をクラウドが既に置いた花束の隣にそっと並べた。 感慨深そうな、神妙な面持ちで石碑を見つめている。 「小さいけど…すごく素敵ね」 しみじみとかみ締めるように言ったティファにクラウドは無言で頷いた。 あの惨劇の場にいながら生き残ったたった2人の村人。 その2人が数年後、星を救う英雄として戦い抜いた。 そして今、新たな旅路を共に歩いている。 1年前に2人がこの地に訪れたときにはまだなかったこの石碑。 村人達の墓の代わりに建てられた白い小さな石碑の前に立つのは、よくよく考えれば家族揃って…というのは初めてのことだ。 それも、誰かの記念日に揃うことが出来たとは。 それがとてもすごいことのように思えたのは、恐らくクラウドだけではないだろう。 「母さん、覚えてるだろ?ティファだ。それに、こっちがデンゼル、こっちがマリン。俺の…家族だよ」 家族。 その言葉に込められた重みを感じ、ティファは身を震わせた。 仲間達もまた、神妙な心地でその言葉を胸で反芻する。 クラウドはチラリと振り返りながらまた口を開いた。 「それと、俺の…仲間だ」 息を飲んだのはユフィだったか、それともナナキだったか。 もしかしたらバレットやシドかもしれない。 クラウドが自分たちのこともちゃんと紹介するとはあまり期待していなかっただけに驚きは大きい。 特にユフィとシドは、クラウドが自分たちのことを紹介しないでさっさと墓前から去ろうとしたら突っ込んでやろう、とその瞬間を狙っていたのだから。 だから、クラウドが更に言葉を続けたのには目を見開いて驚いた。 「ちょっと個性がキツイけど、みんな…いい奴らだよ」 衝撃。 ユフィとシドは固まり、バレットは感動してグシッと鼻を鳴らす。 シェルクとヴィンセントは目を合わせて小さく微笑んだ。 背後の動揺をよそに、クラウドは「あ、それから」と付け足した。 ティファの丸々とした腹をそっと撫でる。 「あと1ヶ月足らずで家族が増えるんだ」 その一言を口にした瞬間、クラウドの微笑みが顔一杯に広がり、声は蕩けんばかりに甘くなった。 「ありがとう…母さん。母さんが俺を今日、産んでくれたから俺は今、とても幸せだ」 ティファの手が、腹を包むように手を置いているクラウドのそれに重なる。 2人は互いの目を見つめ合い、微笑んだ。 「生まれたら…また来るよ。母さんにとっては初孫…だな」 クラウドはクスッと笑った。 そして、ハタ、とあることに気づいたような顔をして急に表情を改める。 「……あ〜…ティファのお父さんにとっても…だな」 急にそわそわと視線を彷徨わせ始めたクラウドにティファはクスクスと笑い声を洩らした。 ヴィンセントたちもまた小さく笑い声を洩らした。 クラウドが自分の母親にしか報告していなかった事実に動揺している姿はなんとも笑みを誘われる。 一種の感動めいた雰囲気が和やかで楽しいものへと変化し、陽の光が急に明るくなったような気さえした。 もっとも、クラウドにとってはあまり笑えるような状況ではないのだが。 「では私達は先に行っている」 ヴィンセントはそう言うと、猛然と抗議の視線を向けるユフィの腕を掴み、引きずるようにして歩き出した。 ティファの父親へ結婚の挨拶は胸の中くらいでしただろうが、2人が結婚した当時はまだこのように目に見える形で故人を悼むものはなかった。 言わばこれが、クラウドにとっては『お嬢さんを下さい』と父親へ頭を下げるのに匹敵するほどの一大イベントのはず。 そんな超重大な、しかも今の今まで思いもしていなかった大告白に、家族以外がその場にいて茶化すのは間違えているだろうし、クラウドは当然、ティファだって見られたくはないだろう。 折角これからが面白いところなのに、とかなんとか言って身を捩る野次馬根性むき出しのウータイの忍びを、シェルクもまた、ヴィンセントとは反対の腕を掴んで歩き出す。 2人にズルズル引きずられるユフィにシドとバレット、ナナキは苦笑しながら顔を見合わせ、自分達もその場を離れることで同意した。 ヴィンセントがチラリと視線を投げると、謝意を込めたティファの視線と目が合った。 そうしてはにかむような笑みを浮かべるとティファは石碑へ顔を戻し、遠目からも分かるほど緊張しているクラウドの背に手をそっと添えた。 寄り添い立つ若い夫婦の両脇には2人にとってかけがえのない子供たちの姿。 そこにあるのは1つの家族の姿だった。 そしてもう1つ。 故人を悼み、心からの敬意を表し、そして故人の生前の姿を心に刻んでいる次の世代の姿だ。 きっと、こうして大切なモノは後世へと受け継がれていくのだろう。 1つの命が生まれるということはそういうことなのだ。 「良かったですね」 ユフィを挟んで歩くシェルクがぽつりと言った。 顔を向けると無表情の少女は前を見つめたままほんのりと目を細めていた。 視線に気づき、大きな瞳をヴィンセントへ向ける。 「ティファ、普通の飛空挺だったら臨月間近だから乗せてくれないじゃないですか。でも」 「おうよ。この俺様がいるのになんとかしてやらないわけがないだろうが」 いつの間にかシェルクの隣に並んでいたシドが誇らしげに胸をそらせる。 「あいつらもすぐ言えば良かったのによぉ」 「いつもシドにわがままを言っているから…と言っていましたよ」 「けっ!水臭ぇ、今さらじゃねえか」 「だよねぇ。自分の誕生日くらいもっとガンガンにわがまま言ったっていいのにさぁ」 不貞腐れていたはずなのに復活したユフィがあっけらかんと言って、お前は少し遠慮しろ、と複数の仲間から即突っ込まれる。 それに対し、猛然と食って掛かるユフィの賑やかな声が静かな村に響き渡り、さして多くない村人達の注目を集めた。 仲間達の気配が遠くなる中、ティファは満ち足りていた。 不器用ながら父への言葉をポツリポツリ一生懸命口にしてくれるクラウドも、いつも寄り添い、支えてくれる子供たちも、そして初めてこの身に宿った小さな命も。 全部が愛しい。 こうして父たちを悼む石碑へ家族揃って…、しかもクラウドの誕生日に来ることができて本当に幸せだ。 「…それで…ティファと…あぁ、いやティファさんと…」 ガチガチに緊張してつっかえるクラウドにデンゼルとマリンが必死になって笑いを堪えている。 目の前にあるのは小さい白い石碑。 実際、父親もクラウドの母もこの石碑の下に眠っているのではない。 それなのにどこまでも生真面目に考えているクラウドにティファはとめどなく溢れてくる想いで胸が一杯だった。 「お義母様」 唐突に口を開くと、クラウドがびっくりして目を向けた。 子供たちも驚いてティファを見る。 ティファはそれに気づきながら石碑へ目を注いだまま、口を開いた。 「25年前の今日、クラウドさんを産んで下さってありがとうございます。私…とても幸せです」 心を込めてそう告白し、息を飲んだクラウドへ顔を向ける。 そして、クラウドの碧い瞳を見つめたまま言葉を紡いだ。 「これからもずっとクラウドさんと歩いていきます」 クラウドの双眸が優しく潤んだ。 そのままそっと抱き寄せられる。 慣れ親しんだ温もりと彼の香りに包まれ、ティファはうっとり目を閉じた。 クラウドの母へ心から『彼を産んでくれてありがとう』と感謝しつつ思いを馳せる。 いつの日か、自分の中で息づいているこの小さな命と手を繋いでこの場へ立てるその時を。 父と彼の母の魂の流れを継ぐ者が確かにいるのだと、笑顔で報告出来るその幸せを。 ニブルヘイムにしては珍しく、温かな風が1つの家族を優しく包んだような気がした。 あとがき クラウド、お誕生日おめでとう。 ということで、クラ誕小説でございます。 書く予定なかったんですけど、唐突に浮かびましたので。 激甘なお話にしようかとも思ったんですけど、ほのぼの系でおさまりました。 本編とかACCの前後、クラウドには心安らぐ時間ってあんまりなかったんじゃないかな?とか思うのはマナフィッシュだけでしょうか? ACC直後は絶対に家出のことで申し訳ない気持ちがグルグルしてたと思いますし。(むしろ、グルグルしてなくてあっさり家出から戻っていたらそれはそれでヤダ) クラウドのお母さんは本当に偉い人だったと思います。 たった1人の息子であり家族が村一番の嫌われ者だなんて、普通いた堪れませんよね。 だけどそんなクラウドを女手1つで育てあげたんですもの、同じ女性として尊敬します。 出来れば。 クラウドが本当の意味で立派になった姿を一目でもいいから見てもらいたかったなぁ… ;; |