暗い闇を漂いながら、気の遠くなるような時を過ごし、ようやっと叶った願い。 それだけで十分だったはずなのに、思いがけずこの手に与えられた『光』。 それを失くさぬように…。 それを心に刻み込んで…。 それを魂に刻み込んで…。 「おやすみなさい」 子守唄を…。大きな音を立てて食器が割れた。 その音に、店にいた人達がびっくりして振り返ると、カウンターの中で慌てて片付けるティファの姿があった。 謝罪しながらテキパキと片付ける女店主の様子に、怪我はしなかったのだと皆、安堵してめいめい食事やおしゃべり、仕事に戻る。 「ティファ、大丈夫ですか?」 「うん、ごめんねシェルク。ちょっと滑っちゃったみたい」 そっと手を貸してくれたシェルクにティファは苦笑を浮かべた。 シェルクの眉間にしわが寄る。 「『みたい』?」 「ん?」 「どうして、『みたい』って曖昧な表現なんですか?」 「ん〜…、どうして…って言われても…」 なんとなく。 少しだけ考えて結局ティファはそう言って立ち上がった。 手の中には綺麗に片付けられた割れた食器。 ティファが気に入っていたガラスの皿だ。 何故、シェルクが曖昧なニュアンスをしたことに怪訝そうにしたのか、ティファにはそれこそが不思議だった。 「ティファ、なにか考え事でもしていたんですか?」 「ん〜…別にそんなことはないんだけど…」 「じゃあ、疲れている…とか」 「ううん、それはないわ。特にハードなこともないし、レッシュとエアルの子育てもシェルクたち皆がよく助けてくれるからラクさせてもらってるし」 「それなのに…」 「…まぁ、たまにはこういう失敗もあるわよね?」 シェルクの言わんとしていることを察し、ティファはひょい、と肩を竦めた。 何もなかったのにお気に入りの食器を割ってしまうなど、らしくない…、そう言っているのだろう。 事実、シェルクはまだ眉間にしわを寄せたままで、ティファの言葉にいまひとつ納得していない風だった。 だが、盛況なセブンスヘブンがそうそう長い時間、2人の店員に考える時間をくれるはずもない。 「シェルクちゃ〜ん、ティファちゃん、どっちでも良いから追加よろしく〜」 陽気に客が声をかける。 一番奥のテーブルだ。 シェルクがスッと向かったことでこの会話は終わった。 ティファもさっさと手の中の食器を片付けに裏口へ向かう。 店内に戻る際、2階へそっと注意を向けてみる。 今、双子の赤ん坊にデンゼルとマリンが面倒を見てくれていた。 なにやら明るい笑い声がしてくる。 (あ〜、私も行きたいなぁ) 可愛い可愛い我が子を、可愛い可愛い子供たちが愛情一杯で可愛がってくれる姿は、何にも変えられないほどの至福をもたらせてくれる。 いっそのこと、店を一時期休んでしまおうか、という甘美な誘惑に駆られてしまうくらい、ティファにとって家族との時間は大切な宝物だった。 その宝物を守るためにはやはり…。 (…働かないとねぇ…) 気合を入れなおす。 ティファが働かなくても食べていけるだけの余裕はある。 だが、ティファが働いたらその分、困っている人への援助が出来るだけの余裕が生まれる。 だから辞められないし、今のところ甘美な誘惑に乗らないだけの気概を持って働けている。 楽しみながら働いているのだ。 そう、とても楽しい。 子供たちと交替でシェルクが店を手伝ってくれることも嬉しい。 そのシェルクの先ほどの怪訝そうな顔がなんとなく引っかかりつつ、ティファは忙しさゆえにすぐそれを忘れてしまった。 次々と新しい客が来る中、何十回目かのドアベルの音。 新しい客に笑顔を向けたティファと、無表情でドアを見たシェルクは目を丸くした。 そして…。 「いらっしゃい、シュリ君、ラナさん!」「久しぶりですね、シュリ、ラナさん」 久しぶりに訪れてくれたWROの若き大佐とその想い人に、満面の笑みを浮かべた。 その頃。 「あ〜、みんな元気かなぁ」 ようやくエッジの入り口に着いたユフィ・キサラギはイシシシ、と『うら若き乙女』ならあまりしない方が良い笑みを浮かべていた。 背にはナップサック。 中身は大切な仲間の可愛い子供たちへのお土産でいっぱいだ。 中でもユフィがたいそう気に入っているのは、『健康第一』と書かれたお守り。 ウータイでもかなりの人気があるそのお守りを赤ん坊の首にかけてやると丈夫で元気ハツラツな子供成長する、と言われている。 ちなみに、ユフィも赤ん坊の頃に肌身離さず括り付けられて育った…と父親から聞いて育っていた。 だからだろうか、いつでも元気一杯、わが道を行ける力を持っているのは…。 「ふっふっふ、これでレッシュもエアルも風邪知らずの元気印健康優良児になること間違いなし!」 あ〜、なんで産まれた時に持っていくこと、忘れたのかなあ〜!アタシ、のバカ! 独り言には大きすぎる声は、通り過ぎる人達を遠巻きにさせたが、ウキウキ気分のユフィは気づいていない。 そのまま軽快にセブンスヘブンを目指す。 と、その歩調が緩やかになった。 エッジのWRO支部の前を通り過ぎつつ、ポツポツと控えめな照明が窓から洩れているその様子に、リーブへ苦笑が浮かぶ。 「リーブの節約意識がここまで浸透しているってか〜。すごいね、こりゃ」 苦労性の仲間にフルフルと頭を振ると、ふと脳裏にWRO隊員の顔が浮かんだ。 「それにしてもアイツ、ちゃんと上手くやってんのかねぇ」 いつも澄ました顔でとんでもない任務をさらりとこなす、最年少の大佐となった青年。 彼がつい最近、ようやっと己の中にある想いを自覚したことはジェノバ戦役英雄の中では大きな話題となった。 「ちゃんとラナを大切に出来るのかねぇ。任務とかだと優秀なのに色恋沙汰となるとてんでダメな奴だからなぁ、心配だなぁ」 ぼやくその言葉が妙に年増クサイ。 やれやれ、と最後の締めとして零すと、次の瞬間にはセブンスヘブンへと気持ちが向いていた。 「待ってろよ〜、レッシュ、エアル、デンゼルにマリンにシェルク〜♪」 そうして、ユフィはエッジの街に溶け込んでいった。 そして更にその時。 『…なんだ、シド。用事がないのならかけてくるな』 「い、いや、用事ならあるんだ!!いや、用事ってか…なんていうか…」 『…切る』 「だーーっ!!待て待てこの短気野郎!!」 『お前に短気と言われるとは心外だ。それに、私はお前の暇つぶしに付き合うつもりはない。ユフィあたりを当たってくれ』 「いやマジ勘弁!ちょっと待て、ちょっと…その心の準備を…」 『なら、準備が出来たらかけ直せ』 「だーーーっ!ちょっと待てこの野郎!今言う、すぐ言う、これから言うから!!」 『…はぁ…』 「…い、言うぞ?」 『……』 「じ、実はな…そのな…」 『切る』 「ちょっと待て、こんの薄情者!」 『言葉遊びがしたいならティファにかけろ』 「だーーっ!ほんっとうにこの野郎、だから、この俺様が親になるって言ってんだよ!!!」 怒鳴るようにして告白した直後、ハッと我に返った。 勢いに任せて言うつもりなどなかったのに。 恐る恐る、携帯の向こうを窺う。 ヴィンセントに一番に知らせたのは、一番口が堅いから。 そして、一番連絡が仲間のうちで最後の方にいつもなってしまうから。 と言うよりもぶっちゃけクラウドやティファ、ナナキやバレットは大喜びしてくれるのが分かっているので心配ないのだが、ヴィンセントはどうなのだろう?と不安に感じたのだ。 ヴィンセントのこれまでの生い立ちを考えると自然のことだと思われる。 そして、シドはヴィンセントの言葉を待った。 もしかしたら、何も言ってくれずに切られるかもしれない。 そう、不安がよぎった時。 『そうか、おめでとうシド。シエラさんと新しい命ちゃんと守れよ?』 思いがけない温かい声音に言葉。 うっかり涙腺が緩む。 「へへ、ありがとよ!」 グシッ、と鼻を啜りながらシドは笑った。 傍らには、幸せそうに笑って見つめながらシエラが柔らかなソファに座っていた。 妻のその慈愛の眼差しをヒシヒシと感じ、顔を隠すように目元を乱暴に拭う。 携帯を切って、シドは照れ臭そうに妻を見た。 ニッコリ笑ってシエラが立ち上がった。 「コーヒー、煎れましょうか?」 「ああ、頼む。いや、動くな、俺が煎れる!って言うか、お前はコーヒー飲めないじゃねぇか!じゃあ、俺様も緑茶にする!!」 目を丸くする妻を置いて、シドはバタバタとキッチンへ向かった。 背中から、妻のクスッという笑い声が聞こえたが、それすらも幸せだった。 不器用な手付きで恐る恐るお茶の準備をしながら、ふとシドの心にある一組のカップルが浮かんだ。 「シュリ、おめぇも頑張れよ!」 それは、まだ婚約にまでは至っていないが、婚約秒読みでは?と思われているWRO隊員。 今、自分が幸せを生きて手にすることが出来たのは、彼の活躍のお陰。 星がなくなってしまっていたかもしれないのに、それを彼は助けてくれた。 だから、あの無愛想不器用にしか生きられない青年にも幸せになって欲しいと心からそう思う。 ようやく煎れ終えた緑茶を手に、シドは愛妻を振り向いた。 柔らかな微笑みに迎えられ、至福が心を満たす。 なにも不足はなく、なにも不満や不安など、微塵もない完璧な幸せに包まれた…。 シドが幸福絶頂の頃、ナナキはコスモキャニオンに戻っていた。 クラウドから荷物を受け取る。 送り主はバレット。 採掘途中で見つけたという鉱石をナナキのお土産に、とのことだった。 「ごめんよクラウド。ここまで来てもらって」 「謝るな。これが俺の仕事だ」 「でもさぁ、本当ならエッジから離れたくないでしょ?」 「それはそうだが、仕事だからな。家族を養うためだ、頑張るさ」 穏やかにそう応えたクラウドに、ナナキは尾をゆったりと揺らして隻眼を嬉しそうに細めた。 子供が生まれてからどんどんクラウドは頼もしく、大きくなっていくようだ。 「すっかりお父さんなんだねぇ」 「まぁな」 ほんの少しだけ照れたようにはにかみながら微笑む姿も、ナナキを嬉しくさせる。 バレットがわざわざクラウドに配達を頼んだのも、自分を喜ばせてくれるための気配りだ、と分かるくらいのクラウドの成長。 年齢だけで考えるとナナキはクラウドよりもうんと年が上だ。 たとえ、人間年齢で言うとまだまだ子供だとしても。 だから、ナナキの目から見ると、クラウドの成長は目覚しく見える。 そして、そんな仲間に嬉しくて…幸せを感じる。 「今夜は泊まっていきなよ。なんか、リーブから連絡があって、明日こっちにシエラ号第二艇が来てくれるんだって」 「へぇ、なんで?」 「うん、なんかリーブ自らコスモキャニオンのWRO支部の巡視にだってさ」 「…あいつも忙しいだろうに。他に隊員はいないわけじゃないだろう?」 クラウドの言わんとしていることをちゃんと分かったナナキは、クスッと笑った。 「たまにはさ、シュリにもちゃんとお休みをあげたいんじゃないかな?」 「…あぁ、確かに…」 ポリポリと頭を掻きながら、そういう心遣いが出来なかった自分をちょっぴり恥ずかしく思う。 それだけ、シュリという青年がWROの中で、というよりも、リーブの片腕として仲間たちの中で認識されている。 だが、そのこと自体はシュリの負担になってはいないだろうけど、シュリの『想い人』には寂しい思いを味わわせることになる。 そのことをうっかり失念していた。 「そうだな。ラナさんとの時間も必要だな」 「うん、そうだよ。何しろ、シュリはクラウド以上に奥手だから」 「……何か言ったか?」 「ん?べっつに〜」 「……ナナキ…」 「さ、オイラお腹空いちゃった〜、クラウド、今夜はオイラのおごりだからじゃんじゃん食べてね〜」 先に走り出しながら嬉しそうに言うナナキに、クラウドは苦笑半分、微笑み半分の笑顔で後に続いた。 2人とも、幸せだった。 仲間がちゃんと幸せに向かって歩いてくれているのだから。 自分もちゃんと幸せを『自分の居場所』で掴んでいるのだから。 だから、なんの不満も、不安も……悲しみもなかった。 十分、満足していた…。 * 「シュリ君の元気がない?」 シュリが席を外した時、そっと打ち明けられたことにティファは眉を顰めた。 店に来てから、特に今まで気がついたことはなかった。 シュリは元々無口だし、むしろ初めて会った頃を考えるとうんと打ち解けてくれている。 二年前の『ミコト様』の一件以来、とても身近に感じているし、彼も自分達のことをとても大事に思ってくれている。 だから、彼がいくら変わらず無表情なことが多いといっても、その小さな表情の変化から『不機嫌』なのか『機嫌が良い』のか、他の人よりも分かっているつもりだ。 だから、ラナの言葉がにわかには信じられない。 ラナもティファの言いたいことが分かるのだろう。 小さく俯いて目を伏せた。 「彼は……絶対に言ってくれません」 「あ〜…そうかもね。なんか自分の中で溜め込んじゃうかも…でも、今、そんなに困ったことって起こってる?」 「…WROの中ではそういうことは…」 「なら、気のせいじゃないのかなぁ…?だって、シュリ君って仕事以外で悩み…って何もなさそうじゃなぁい?」 「…私も…そう思うんですけど…」 「…何かが引っかかるってこと?」 「…はい。それも…」 「それも?」 「彼にとって…すごくすごく大事なことで…、彼を根本から支えてる…ような…」 ティファは息を止めた。 ラナの言葉は冗談では済まない、とても重いものだ。 否が応でも、緊急事態だと認めざるを得ない。 今、一番彼の傍にいるラナがそこまで言うのだ、きっと彼女の勘違いではないのだろう。 「それに…」 ラナは1度閉じていた口を開いた。 とても口にするのが辛くてたまらないと言わんばかりの表情に、ティファの胸が不安でざわめく。 「私…とても…とても大切な何かを……見落としてるような気がするんです」 「『見落として』…?」 「…ううん、違う」 呟き、ラナは胸にそっと手を当てた。 ギュッと手を握って胸に押し付ける。 「すごく……すごく大事なものを…失くしてしまったような…そんな感じがするんです」 「…大事な…?」 「大事なのに…、絶対に失くせないのに…。それが…、手の平からスーッと消えてしまったような…、二度と戻ってこないような…悲しくて…苦しい、そんな気持ちが時々胸をいっぱいにして……たまらなくなるんです」 そっと顔を上げたラナの目には薄っすらと涙が浮かんでいた。 その涙にティファの胸が激しく痛んだ。 思わず顔をしかめるほどの痛み。 でも、その痛みがなにか分からない。 「どうした?」 2人同時にハッと振り返る。 いつの間にか背後にはシュリが用事を済ませて戻っていた。 2人とも、咄嗟に「「なんでもない」」、と応えると、ティファは仕事に、ラナはカクテルをそそくさと手にした。 そんな2人を、シェルクは怪訝そうに…不安そうに見つめ、シュリはどこまでも無表情のまま、自分の席に着いた。 * 「なぁ…これで本当に良かったんだよな…?」 誰もいない教会はシン…、と静まり返っていて声がうつろに響く。 「本当に…これで……」 誰かが草の上に座る物音と、深い溜め息が静かに広がった。 「…2人の望みどおり、誰も2人のことを覚えてない。ほんの少し、喪失感を感じている人はいるみたいだけど、それも時間の問題だろう…、すぐに消える…」 たった一人。 その人物は誰かがそこにいるかのように話し続けた。 「俺がこっちに残るのが…2人の最後の願い…だったな…」 「だけど…」 「出来れば……最期まで…一緒に……」 最後の方は嗚咽交じりの声になり、暫く声を殺して泣く気配が教会を悲しく満たしていた。 ―『兄上……最期のわがままを聞いて下さい』― ―『私の身体、とうとう終わりが来たようです』― ―『そう、ここまでよくもってくれました。ウェポンとしての魂を完全に消すことはやはり出来なかったのに、よくここまで…』― ―『私は、ほんとに幸せでした。生きてこんな幸せを迎えられるとは思わなかった…』― ―『人間として恋も出来た、心から信頼出来る人達が出来た、何より、兄上と一緒に新しい世界を見られた、これ以上の幸福はちょっと考えられないです』― ―『ねぇ、兄上。最期のわがままです。どうか、生きてラナさんと幸せになって下さい』― ―『カーフ…、いえ、ライは私に何が何でもついてきちゃうでしょう。それを止めるだけの力も、もう私には残っていません』― ―『闇の残滓を回収して時間を費やしたので、しょうがないんですけどね』― ―『ねぇ、だから…』― ―『どうか、私の力を引き継いで下さい…。私とライが存在していたという記憶や記録、そう、写真などを世界から消すために』― ―『あの優しい人達が悲しまずに済むように』― ―『兄上。最期までわがままばっかりで…兄上に結局一番悲しい思いをさせてしまって…本当にごめんなさい』― ―『でも…どうか信じて。私は…幸せでした』― ―『本当に…本当に幸せでした』― ―『人として生まれ変わることはないでしょうが…それでも私、ずっと兄上の幸福を祈っています』― ―『…あ…』― ―『ライが……待ってる…先に……逝っちゃった…』― ―『兄上…、私…、死んでも……、愛している人が……傍に……いてくれるから……だから……』― ―『誰よりも…幸せ…』― それきり、アイリの身体は冷たく動かなくなった。 シュリはプライアデスの身体の居場所を星に聞き、この教会に運んだ。 アイリと一緒に。 そうして、そっと…そっと…。 2人の身体を花畑の地中深くに星の力を借りて……埋めた。 「アイリ……ライ……、幸せか?」 問いかける。 もう…、2人は応えてくれない。 星の中からでさえも…応えてくれない。 きっと、2人は星に還ることも出来ず、ずっと漂うのだろう……ずっと……永遠に。 それでも…、2人にとってそれが幸せなのだとしたら悲しむのは筋違いだ。 ……筋違いなのだろうけど…。 「俺は……寂しいよ……」 新たな涙がひとしずく、頬を濡らす。 と…。 「シュリ…」 心臓が跳ねる。 背中に突如、軽い衝撃が走ったかと思うとギュッと背中から抱きしめられた。 振り返らなくても、もう誰だか分かる。 今…、一番シュリにとって大切な人だ。 その人が、シュリを抱きしめながら……泣いてくれている。 彼女の涙が首筋に濡れる。 「話してくれなくても良い。でも…」 しゃくりあげながら、それでも必死になってラナは言った。 「こういう風に1人で泣かないで!」 シュリは目を見開いた。 今の言葉は…。 ― 私も一緒に泣くから…。だから1人で泣かないで ― そう言ってくれたのだと分かったから…。 (あぁ…そうだな…。俺は生きて……この人と…) 首に回された彼女の両腕にそっと片手を添える。 こみ上げてくる感情は…。 ただただ、ラナ・ノーブルへの愛しさ。 (アイリ…、ライ…、俺はこの人と生きていくから。だから2人とも……心配しないでくれ…) おやすみ、愛しい妹よ、愛しい従兄弟よ。 おやすみ、愛しい妹にその伴侶よ。 どうか安らかに。 今まで頑張った分、どうか何も心配しないで…ゆっくりと…。 子守唄を歌うように、何度も何度もシュリは心の中で繰り返した。 それは、とても悲しくて、とても温かくて…、とても切ない……。 子守唄。 |