頬を撫でる風が爽やかな草花の香り運んでくる。
 それは、深緑の恵み溢れる幸福な香り。

『親友』と『彼女』の笑顔を髣髴とさせる……そんな香り。




この大地で





「クラウドー!」
「ティファー!」
「「早く、早く〜!!」」

 競うように駆けていた子供達が輝く笑顔で振り返る。

 小さな身体を喜びで一杯にし、惜しむ事無くその心を素直に見せてくれる子供達に頬が緩む。
 傍らを見ると、すっかり母親の顔をした彼女が目を細めて愛しそうに笑っていた。

 その笑顔にドキリ…と、心臓が跳ねる。

「二人共、そんなにはしゃぐとこけるわよ〜!」
「「こけないも〜ん!!」」

 声を揃えて、同じ様な笑顔で応える二人は、血が繋がっていないのに本当の兄妹のようだ。
 いや…俺達は本当の家族…だな…。
 とことん不器用で、すぐに逃げ出してしまう俺には勿体無いほど出来た家族。
 ティファや…、デンゼルやマリンが『家族』でなかったら、きっと俺は今頃どこかで野垂れ死にしてるだろう。

 たった……独りで。

 それこそ、星に還った時、『アイツ』と『彼女』に大目玉を喰らうような死に方をしたはずだ。


 ― こんの、バカ、バカ、バーカ!! ―
 ― クラウドの大馬鹿者ーー!!! ―


 眦を吊り上げて怒る二人が容易に想像出来て、なんとなく苦笑が浮かぶ。

「なに、クラウド?」

 そんな俺にすぐ気が付いたティファが、小首を傾げて見上げてきた。
 茶色の…温かな瞳。
 いつも仕事をしている時には凛としていて力強く輝いているその瞳は、今は『家族』を見る瞳になっている。
 とても…温かで…安心出来る光を宿した彼女が、本当に愛しい。

 軽く首を振って、『なんでもない』と伝えると、ティファはほんの少し怪訝そうな顔をしたが、あえて追求はしなかった。
 やんわりと笑って、
「そう…?」
 どこか悪戯っぽい表情で覗き込む。

 何でもないようなその仕草に、またもや心臓が跳ねる。

 漆黒の髪が風にそよいで彼女の形の良い頬をフンワリと覆う。
 思わず手を伸ばして髪を梳くと、ティファはビックリしたように首を竦めて目を丸くした。
 丸くなった瞳は…俺しか見ていない。
 彼女の茶色の瞳に映る自分が、どこか得意そうに笑っていることに気付き、自分で自分がおかしくなった。

「ほら、行くぞ?」

 呆けている彼女に向かって自然に手を差し出す。
 前なら…絶対に出来なかった行動。
 またもやビックリしてティファは俺の顔と差し出した手を忙しく見比べ、オロオロしている。
 戸惑う彼女も…これまた可愛いと思ってしまうのは惚れた欲目だろうか…?
 それとも、穏やかな風が運んで来る深い自然の香りに酔っているせいだろうか?
 彼女の後ろに広がる色鮮やかな草原のせいか…?
 頭上に広がる青空のせいか…?

 いや…、やっぱり…。
 ティファの持っている魅力のせいだろうな…。

 そんな事を考えていると、段々真っ赤になってきた彼女が、意を決したように俺の手をギュッと握り締めてくれた。
 格闘技をしているのに、やっぱりティファは女なのだと思わせられるような…繊細な手…。
 俺にはない柔らかさに、改めてドキッとする。

「も、もう!クラウドがしてきたんじゃない!」

 照れるティファに釣られて真っ赤になってしまった俺に、ティファが首筋や耳まで赤くしてぐいぐい引っ張って歩き出した。
 足は先を駆けている子供達に向かっている。
 デンゼルとマリンは、明るい笑い声を上げながらじゃれ合いつつ走っていて、赤い顔をしている俺達には気付いていない。

 …ちょっとホッとした…。

 本当に楽しそうにしている子供達を包んでいるのは、どこまでも澄んだ青空と緑の草原。
 陽の光を浴びながら笑っている子供達は、一枚の絵のようだ。
 ティファと繋いでいない方の手でカメラを構え、シャッターを切る。
 ティファがまだ赤みの残っている顔を向けて、嬉しそうに笑った。

 そんな彼女にもカメラを向けて不意打ちのようにシャッターを切った。
 途端に上がる彼女の抗議の声。

「もう!私まで撮る事ないじゃな〜い!」

 パッと手を離して真っ赤になって怒る彼女。
 赤い顔をした彼女と、彼女の背後に広がる緑の草原、そして頭上に広がる真っ青な空と白い雲。
 見事なコントラストに、もう一度カメラを構える。

 と…。

「ダメったらダメー!!」

 一際大きく叫んで、ティファが俺に飛び掛ってきた。
 手を伸ばしてカメラを取り上げようとする。
 勿論、そんな簡単に渡せるはずがない。
 何しろ、今日はティファと子供達を大自然を背景にフィルムに納めることが俺の密かな目的なのだから。

「ティファ、良いだろ?頑張って仕事を片付けたんだから、少しくらいご褒美くれても」
「なんでこれがご褒美なわけ!?」
「楽しみにしてたんだ、ティファとデンゼルとマリンを写真に撮ること」
「だったらクラウドも一緒に写ってよ!!」
「俺は撮るだけで良い」
「ダメー!」
「三脚を持ってきてないから一緒には写れないって」
「一緒に写れないならこれ以上撮ったらダメ!」
「なんで?可愛いのに」
「か、かかかか……!?」

 ついつい、意地になっている彼女に本音がこぼれた。
 案の定、熟れたリンゴのように真っ赤になって固まったティファに、すかさずカメラを向けて…。

 パシャッ。

「ク、ククク…!」
「なにが可笑しいんだ?」
「クラウドー!!」

 わざとそう言ってからかうと、大きな声を上げて飛び掛ってきた。
 パッとそれをかわして走り出す。
 背中から意地になったティファが追いかけてくるのを感じる。
 あっという間に先を走っていた子供達に追いつき、追い越す。
 事情を知らないデンゼルとマリンが呆気にとられてポカンとしている。
 その子供達を追い越して、軽く振り向きまたもや…。

 パシャッ。

 ポカンとしているデンゼルとマリン、その二人の間を丁度走り抜ける寸前の赤い顔をしたティファが、大自然に包まれた一枚の絵のように見えた。


 あぁ…。
 本当にこの世界は美しい。
 風にそよぐ草花も。
 陽の光も。
 澄んだ青空も、そこに浮かぶ真綿のような真っ白い雲も…。
 みんな、みんな…。


 ガシッ!

 まったく遠慮しないで飛び込んできたティファを支えきれず、二人でもんどりうって地面に転げる。
 ティファの繊手は俺のカメラをしっかりと握っていた。

「もう!ほんっとうにクラウドってば子供みたいなんだから〜!!」

 俺の上に乗っかるようにして倒れこんだティファが、赤い顔をして唇を尖らせて怒る。
 でも、その怒った顔がすぐにハタッ…、と固まった。
 自分が俺を押し倒すようにして転んだことにやっと気付いたらしい…。

「ご、ごごごごごめんね!?」

 慌てふためく彼女を、転がったまま暫し観賞する。
 地面に直接転がっているせいで、土の匂いと草の香りがより一層強く鼻腔をくすぐる。
 そして、視界にはティファの背後に広がる……広い広い青天。

 …本当に…なんて綺麗なんだろう…。

 どこか打ち所が悪かったのではないかと焦るティファには悪いけど、本当に綺麗な世界に目を奪われてしまって…。

「大丈夫、クラウド!?」
「どっか打ったのか!?」

 マリンとデンゼルが慌てて駆け寄ってくる気配がする。
 少しだけ頭を上げて子供達を見ると、慌てた顔をした二人の可愛い子供達。
 ティファはオロオロと俺しか見ていない。
 子供達も…俺しか見ていない。


 勿体無いな…。


 突如沸いたその感情。
 俺を心配してくれるのは本当に嬉しい。
 でも、勿体無い。
 こんなに綺麗な世界が広がっているのに俺だけを見てるだなんて…さ。

 だから…。

「キャッ!」
「うわっ!!」
「え、なになに!?」

 最初にティファを引っ張って…。
 次いで駆けつけてくれた子供達を片腕一本でまとめて抱き寄せる。
 そのままゴロン…と草の絨毯に寝転がって…。

「綺麗だよな…」

 戸惑う子供達を胸に抱きしめ、混乱しているティファをもう片方の腕でしっかりと抱きしめたまま素直な感想を口にする。
 少しジタバタしていた三人がピタリと止まる。
 そのまま俺の視線を追って、吸い込まれそうな青空へと目を向けた。

 キャーキャー騒いでいたのがウソのように三人とも黙り込んで…。
 服が汚れるのも気にしないで草の絨毯…、地べたに転がる。

「うん…」
「すっごく綺麗だよね」
「……本当に……」

 三人が感嘆の吐息を漏らす。
 そのまま四人でバカみたいにずーっと寝っ転がって、ジーッと青空を見上げて。
 流れる白い雲に心が解き放たれる思いがする。

 雲の形…って本当に色々な物に見えるよな…。
 なぁんて思っていると…。

「あの雲ってさぁ、何だかナナキに似てるよな?」
「どれどれ?」
「ほら、あれ!あのモコモコッとしたやつ」
「あ〜!本当だ!」

 デンゼルとマリンが楽しそうに笑いだした。
 どの雲のことかと二人の視線を追うと…。

「あら、本当!」

 俺よりも先にティファが見つけた。
 ちょっと焦ってキョロキョロ探している内に、どうやら風の影響で『ナナキ雲』は形を変えてしまったらしい。

「クラウド〜。今の分からなかったの?」
「残念!すっごくよく似てたのに〜」
「ふふ、仕方ないわよ。雲の形ってコロコロ変わっちゃうもの」

 三人がそれぞれ慰めているのか、ちょっと優越感に浸っているのか…。
 そう笑みを含んで声を掛けてくれた。

 …まぁ…良いけどさ。
 こうして家族が一緒に大自然を感じられる喜びの方がうんと大きい。

 地面は連日の青天続きで乾いているものの、背中に触れている草花から発せられるほど良い湿気とむせ返るような緑の青草の匂い。

 幸福の匂いだ。



 ― ほら、あそこに綺麗な花! ―



 あの殺伐とした旅の最中、『彼女』がそう言ってはよく笑っていた。
 いつも自然の中に咲き誇る小さな命を見つけるのは『彼女』だった。
 誰も、草花に目をやる余裕なんかなかったから…。
 でも今は…。


「あ、あそこ、可愛い花が咲いてるわ」
「あ〜、本当だ!」
「良いなぁ、根っこごと持って帰ったら枯れないかな?」


 俺の家族が小さな命に目を細めている。

「ここから持ち帰るのは花にとって可哀想だからやめておけ」

 そっと身体を起こして家族が見ている方へ視線を流しながらそう言うと、
「あ〜、そっか…」
「クラウド、良い事言うね!」
「ふふ」
 愛しい人と子供達がそれぞれらしい反応で応えてくれる。


「じゃ、あの木の下でご飯にしよっか」
「「は〜い!!」」


 少し離れたところに堂々と枝を張っている大樹めがけ、子供達が我先にと駆け出した。


「行こう、クラウド」

 先に立ち上がって手を差し出してくれたティファの顔が、穏やかな笑みで彩られている。
 その手を握って立ち上がり、そのまま離さないで大樹へと歩き出す。



 ― しっかりな… ―
 ― 仲良くね… ―



 一陣の風が吹いて、親友と彼女の声が聞えた気がした。
 思わず振り返ったけど……、見えるのはどこまでも続く青々とした草原に澄んだ青空。

「クラウド?」

 立ち止まった俺に怪訝そうな顔をする彼女と、大樹の下で呼びかける子供達の声にふるふる、と頭を振る。

「なんでもない」
「さっきからそればっかり…」

 ちょっと不服そうな顔をするティファに、苦笑しながら握っている手に力を籠めた。

「ザックスとエアリスが笑ってる気がしたんだ」

 茶色い瞳が一瞬、驚いたように見開かれ…。
 次いで優しく細められた。

「うん。きっと笑ってるよ」

 そう言って幸せそうに笑った彼女に釣られて頬が緩んだ。


 あぁ。
 そうだよな。
 こんなにもこの星は力強く、美しく輝いているんだから。
 その大地で生きていける俺は、本当に幸せ者だ。

 だから。

 悔いが無い様に生きてみせる。
 いつか、その時が来て二人と顔を合わせるその時に、胸を張れるように。



 俺は、この大地で精一杯生きていく。
 大切な家族と一緒に…。



Fin


 あとがき


 FF7の世界は本当に雄大で素晴らしいですよね!!
 そんな大地で生きる…というのは、クラウドにとって大きな幸せであり、また亡くした親友達を思って身の引き締まるものがあるんじゃないでしょうか?
 AC後、クラウドが家族と幸せに生きていってくれることを切に祈りながら…。



『星祭FINAL』の『憧憬』に投稿させて頂いた作品です。
 …読み返してみると、何やらこっぱずかしい限りです…はい。
 やっぱりFF7は素晴らしい!!
 FF7万歳!!ですね♪