『残念ですが、彼が再びバイクに乗る事はないでしょう…』

 え……?
 今、何て……?

『むしろ、命があるのが不思議なくらいです』

 だって、彼は普通の人と違うのよ…?
 とっても強くて…、頼りになって…、約束は必ず守ってくれるのよ…?
 だから、絶対に元気になって私と子供達のところに帰ってきてくれるの…!

『このまま目を覚まさない可能性も…』

 嘘よ!!



この身を賭しても…




 目の前の白衣の男性の言葉が信じられない。
 だって、この人はさっきからわけの分からない事を口にするんだもの。

 クラウドは…、彼はいつも通り、少しはにかんだ笑顔で私と子供達に『今日は早く帰れるから、夕飯一緒に食べれるぞ』って言ってくれた。
 子供達の頭をそれぞれ優しく叩き、はしゃぐ子供達に紺碧の瞳を細め…。
 私にそっと優しく、行って来ます、ってキスを贈ってくれて…。

 分かってたわ。
 彼の仕事が今の世界情勢の中ではとても危険なんだって事。
 だけど、信じてたの。
 彼なら絶対に大丈夫だって…。
 各地に生息するモンスターだって、彼の大剣の前では何の脅威にもならないんだって…。
 だって、彼は世界中の誰よりも強いのよ?
 彼の上を行く戦闘能力を持った生き物なんか、絶対にありはしないんだって…。
 そりゃ、大型のドラゴンとか、ウェポンとかなら苦戦するでしょう…。
 でも、そんなモンスターがそこら辺にゴロゴロ出没するようなら、絶対に私達の耳に入るはずだもの!!
 きっと、リーブ率いるWROから支援要請が来るはずよ。
 それに、支援要請が例え来なかったとしても、注意を呼びかけるニュースが流れるはずだわ。
 今までそんなニュースは無かった。
 今だって、そんな危険な情報は微塵も流れていない。
 勿論、世界はまだまだ復興途中で、治安も悪いから日々絶え間なく事件は報道されてるけど、でもそれは私達、とりわけクラウドの仕事には関係ない事柄だって思えるものばかりだった。
 だって、彼は人間相手に負けたりしないもの!
 毒を盛られたとしても、きっと乗り越えてしまうわ!!
 ……勿論、今までそんな目に合った事無いけど…。

 でも、それなのに、一体何!?

『配達の途中でモンスターの集団に襲われたらしくて…』

 そんなの、クラウドなら何でもないわ!

『バイクの操作を誤ったらしく…』

 クラウドがフェンリルの操作を誤るだなんて事、あり得ない!!

『その為、崖下に転落を…』

 落ちきる前に、フェンリルから飛び降りて、無事に着地出来るわよ!!

『打ち所が悪くて、意識不明の重態で…』

 絶対、絶対に!!
 そんな事、嘘なんだから!!

『とにかく、すぐに来て下さい』

 絶対にそんな事、あり得ないんだから!!!



 ピッ…ピッ…ピッ…。

 イヤね…何て嫌な音の響く部屋なのかしら。

 ピッ…ピッ…ピッ…。

 こんな音を聞いてるだけで、病気になっちゃいそうだわ…

 ピッ…ピッ…ピッ…。

 ねぇ、クラウド…。
 あなたもそう思うでしょう?
 それなのに、どうしてこんなに熟睡できるの?

 ピッ…ピッ…ピッ…。
 
 ねぇ、早く帰りましょうよ、私、こんな所に長くいたくないわ。
 それに、今夜は一緒に夕飯だって言ってくれたでしょう?
 折角クラウドの喜びそうなものばかりをメニューにしたのに、これじゃ、一緒に食べれないじゃない…?

 ピッ…ピッ…ピッ…。

『ティファ、今夜は俺達がいるから店に戻れよ…』
『そうだよ、ティファ!クラウドよりもティファが先に倒れちゃうよ!!』

 バレット?
 ユフィ?
 ドウシテここにいるの?

『ティファ、子供達を連れて一旦帰れ。何かあればすぐに連絡する』

 ヴィンセントまで?
 あれ?ヴィンセントの後ろにいるのはリーブ?
 仕事で忙しいんじゃないの?

『ティファ…、おめぇの気持ちも分かるけどよ。今は何も出来る事はねぇんだ。だから、無理かも知れねぇがゆっくり体を休めとけ』

 シドまでいるの?
 いやね。皆なんて顔してるの?
 ほら、クラウドも早く起きて、皆に言ってやってよ。
 いつもみたいにクールな声で『何でもない』って、そう言って!


 ふいに私の両手が子供達にそれぞれギュッと握り締められる。
 視線を下にすると、必死に泣くまいとしている顔が見える。

 バカね。
 皆、お医者様の言うこと信じてるの?
 そんなの、ちっとも信用出来ないじゃない。
 だって、クラウドがそう簡単に大変な事になるはずないじゃない?

 ピッ…ピッ…ピッ…。

 ああ、それにしても耳障りな音ね。
 どうしてこの音、止めてくれないのかしら…。


 ピッ…ピッ…ピ…、……ツゥーーー………。


 ああ、この音が一番耳障りだわ!!
 誰か、この音を止めて!!




『ティファ…、俺達がいるから…!』
『ティファ、絶対にティファを一人にはしないからね』

 なに言ってるの?
 今までも、これからも私達は四人で生活していくのよ?
 やっと手に入れた『家族の絆』を持てる生活を、クラウドが手放すと思う?

『ティファ…、なぁ、おいら達もいるから、だから…』

 ナナキまで…。
 何て顔して私を見るの?
 大丈夫よ、だって星痕症候群から癒されたクラウドは、絶対に私達の所に戻ってくれるようになったもの。
 あの事件をきっかけに、生きる事に前向きになってくれたのよ?
 その彼が、私を置いてライフストリームに行ってしまうだなんて酷いこと、出来るはすないもの。

 だから…。

 ねぇ、クラウド…。
 今すぐ起きて…。
 なんで寝てるの?
 そんなにも穏やかな顔して…。
 私の事なんか忘れたような…、そんな無垢な顔して目を閉じてないで…。

 今すぐ目を開けて!!



 クラウド!!!



 血が出る程に泣き叫びながら愛しい人の名前を呼んだ彼女は、その勢いで何かを思い切り突き飛ばした…。



「………というわけなの……」
「………それで、寝ぼけて突き落としたのか…?」
「…ごめんなさい…」
 ティファは、数回目の『ごめんなさい』の台詞を口にしながら、頬を腫らせたクラウドの目の前で小さくなっていた。
 その彼女の目は、真っ赤になって腫れている。
 クラウドは苦笑しつつ、その晩何度目かのキスを彼女の腫れた瞼にそっと贈り、優しく抱き寄せた。


 悪夢から目覚める瞬間、隣に寝ていたクラウドを思いっきりベッド下に突き落としたのだ。
 しかも、彼の横っ面を張り手で……。
 その結果が…。
 目の前にあると言うわけで…。

 ティファは最初、悪夢の延長線にある状態で、ベッド下にものの見事に突き落とされたクラウドを見て、半狂乱に泣き叫びながらわけの分からないクラウドに必死にしがみついて泣き喚いた。
 当然、わけの分からないクラウドはオロオロするしかない。
 眠っていたら突然突き落とされた挙句、突き落とした彼女は子供のように自分にしがみついて泣き叫んでいるのだから…。
 取り乱す彼女を必死にあやし、ようやく今、落ち着きを取り戻した彼女から事情を聞きだす事が出来たところだった。

「なぁ、ティファ?そんなに心配してたのか?」
「……してなかったつもりだったんだけど…」
「じゃあ、無意識なんだろうな…」
 泣き過ぎて声がすっかりしゃがれている彼女を腕に閉じ込めたまま、溜め息を一つ零す。
「今は、本当にモンスターがいると言っても、二年前のウェポンクラスの強力な奴はいないから…」
「…うん」
「それに、俺はまだまだエアリスとザックスのところに行く気もないし…」
「…うん」
「それから、フェンリルの操作で危なかった事も…、まぁ、あるにはあるけど、今は大丈夫だから…。何て言ってもカダージュ達みたいに不意打ちで攻撃してくる奴なんかいないしさ…」
「…うん」
「それからさ…。俺は絶対に帰るから…、ここに…」
「………うん…」

 不器用に、でも一生懸命ティファの不安を取り去ろうとポツポツ語るクラウドに包まれ、ティファは胸に広がっていた黒雲がスーッと晴れるのを感じた。
 それでも、今の彼女はただ『うん』と口にするだけで精一杯だった。
 それ以上を口にしようとすると、また泣き出してしまいそうだったのだ。

「あ〜、それからさ。俺、諦め悪くなったから」
「え?」
「星痕症候群に侵されてた時よりも、うんと諦め悪くなったから…」
「………」
「だから、絶対に生きる事を諦めたりしない。約束するよ」
「うん…!」
 ギュッとクラウドにしがみつき、彼の鼓動を聞いていると、何ともいえない安堵感が彼女を支配した。
 すっかり落ち着きを取り戻した彼女に、クラウドはフッと笑みを零すと、そっとそのままベッドへ彼女と共に横になる。

「何だか、滅多に見られないティファを見れて、得した気分だな」
「もう…。」
「うん、たまにはこんな風に甘えてくれたら良い。きっと、今まであんまり甘えなかったからストレスがたまったんじゃないか?」
「……そ、そそそそんなことは…」
「ないか?」
「う………」
 真っ赤になって言葉に詰まる彼女に、思わず吹き出すと、その額にそっと口付けを落とす。
「ま、ティファは甘え下手だからな。期待せずに待ってるよ」
「……クラウド〜…」
「フフ、お休み。もう寝れるか?」
「うん…、ごめんね?」
「気にするな。俺には全然問題ないから…」
「うん…ありがとう…」
「どういたしまして…」

 やがてティファは、クラウドの腕の中で規則正しい寝息を立て始めた。
 その寝顔を見てクラウドは堪らなくなる。
 悪夢に浮されるティファを見るのは初めてだった。
 ましてや、子供のように泣き叫ぶ姿など…旅を終えた時に見て以来だ。

「俺に出来る事なら…、何だってするのに…」
 ぽつりと眠るティファに零す。

 彼女が幸せに微笑んでくれるのに必要なことなら何でもする。
 それが、例え自分の身に何が起ころうとも…。
 でも、それは彼女にとって最も辛いことになるだろうから、我が身を犠牲にする事は絶対にないだろう…。
 でもそれは、クラウドの偽らざる本心だ。
 彼女と…子供達を守る為なら…。

 眠るティファにそっと頬を寄せ、彼女の温もりを全身で感じながら、クラウドもやがて眠りについた。



「ねぇ、昨夜はどうしたの?二人して喧嘩したの?」
 翌朝。
 子供達が開口一番に心配そうに尋ねたこの質問に…。
 真っ赤になったティファが何と答えたのか…。
 それを知ってるのはセブンスヘブンの住人だけ…。




あとがき

はい、すみません。
またまた夢オチ話です(汗)。
以前、クラウドの話を書いた時に、いつかティファも〜と思ってまして。
今回ティファに悲しい思いをさせてしまいました…。
本当はもっと長くて、別の夢オチの話を考えてたんですが、
途中まで書いててどうにも痛くなったので…(夢オチのクセにです 汗)
書いてる本人が辛くなったので全消去!しちゃいました(笑)
もしかしたら、また書くかも〜(苦笑)

はい。こんなありきたりネタでごめんなさいm(__)m